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追録6の目録

暫定版です。原文との照合により、概要や文書の区切り等を修正する場合があります。

全3,127件中 201~300件・3 / 32ページ

  1. 追録6-No.181-18 東郷実孝廻状添状

    東郷源五が二月十八日、此面に、筒井大和守からの廻状と書付写一通が、上杉大炊頭家と松平内蔵頭家の衆の添廻状を伴って到来したため、写を差し上げると報告する。二家の留守居による伝達を経て薩摩側が書類を受領し、その写を送付したことを記す。

  2. 追録6-No.181-19 幕府指図書

    日光山法会に際し、東叡山御宮への参詣者と日限を定める。四月十七日は四品以上、譜代・外様大名、高家、御奏者番、菊間縁頬詰、嫡子、諸番頭、諸物頭、布衣以上の役人、医師を対象とし、十九日は寄合、諸御番衆、小役人を対象とする。参詣は両日とも朝五時から七時までの間とし、諸大夫以上は束帯、布衣はその装束、無官は…

  3. 追録6-No.181-20 幕府廻状

    五家の家臣が二月廿四日、松平右近将監から受け取った書付の写を同席の諸家へ廻す。右近将監に召し出され、御用人小堀十太夫を介して書付一通を渡され、同席各家へ通達するよう命じられたと述べる。内容を承知して署名し、右近将監への御請使者を出すこと、在国・在邑の家でも承知のうえ御請を行い、その方法は先例どおりに…

  4. 追録6-No.181-21 東郷実孝(留守居)首尾書

    東郷源五が二月廿四日、日光山法会に伴う東叡山御宮参詣の書付の受領・伝達と御請の予定を此面へ報告する。松平右近将監の用人から、当日中に当家から一人出頭するよう求める切紙が届いたため、東郷が出向いたところ、藤堂和泉守・松平出羽守・松平陸奥守・細川越中守の留守居も同様に召され、各人へ書付が渡された。用人を…

  5. 追録6-No.181-22 東郷実孝(留守居)首尾書

    東郷源五が二月廿四日、日光山法会に伴う東叡山御宮参詣の命令に対する御請を勤めた首尾を此面へ報告する。書付による命令を承知した旨を、御請使者の口上として相応に申し達したところ、取次から、御請の内容を記録し、追って申し上げるとの返答を受けたと記す。書面には日光法会の係として松平右近将監、取次として石倉十…

  6. 追録6-No.181-23 江坂松庵(坊頭組頭)書状

    江坂松庵が三月八日、同席の留守居に、松平右近将監から大目付筒井大和守へ渡された書付の写を送り、同席の諸家へ通達するよう求める。書付は、右近将監の日光出発に際し、諸方からの見舞と附使者の派遣を差し控えること、旅中及び滞在先へ飛札や音物を送らないことを厳禁する。単なる断りとして申し達する趣旨ではなく、実…

  7. 追録6-No.181-24 島津重豪伺書

    島津重豪が三月十七日、日光山法会に際して妻から献納物を差し上げる件を伺う。献納の許可を願い出るところであったが、妻が服中であるため、どのように取り扱うべきかを照会する。正文の間に朱書の御付紙として「服明可被伺候」とあり、服明けに改めて伺うよう指示している。書面には重豪の御名と、松平右近将監の御用人久…

  8. 追録6-No.181-25 佐久間村央(留守居)首尾書

    佐久間新左衛門が左中へ、御前様の服中における日光山法会の献納伺に関する取次と御請の予定を報告する。正文は二月廿七日付で、付属の朱書には三月十六・十七日の報告を収める。三月十六日の報告では、伺書一通を持参し、先年の百回御忌法会の先例を把握していない旨を口頭で伝えたところ、松平右近将監が早く登城していた…

  9. 追録6-No.181-26 日光道中本使副使定書

    日光へ赴く本使・副使の道中の表示、供廻り人数、参着後の作法照会と献納用具の仕立を定める覚。本使・副使の泊宿では常高提灯を各一張用い、上に主人の家紋、下に名を付け、夜中は宿の門口に掛ける。宿札は長さ一尺・幅四寸で、肩書と御名の下に何某と書き、副使の札は同様にやや小さくする。供廻り人数は先に廻達があり、…

  10. 追録6-No.181-27 日光山法会本使副使参着次第書

    日光法会の本使・副使が参着後に勤める届出・見廻り、贈物、太刀奉納と出立の手続を列記する。本使・副使同道で松平右近将監に参着を届け、寺社奉行酒井飛騨守・土岐美濃守、大目付筒井大和守、目付夏目藤四郎・新庄織部・松平縫殿頭へ届出・見廻りの口上を述べる。日光奉行神尾若狭守・浅野美作守には副使が出向いて届出・…

  11. 追録6-No.181-28 中川郡兵衛・永田九郎左衛門連署廻状

    中川郡兵衛と永田九郎左衛門が三月十八日午刻、日光での勤向を旧記に基づいて協議した結果を廻状で伝える。前の様子を御並様方に問い合わせたところ、旧記の趣旨を記した書付が差し出されたため、昨日の寄合席で一統が協議して取り決めたという。別紙三通を廻すので、意見がある場合は下書へ書き込むよう求める。後書には、…

  12. 追録6-No.181-29 橋口与三次願書

    留守居付の橋口与三次が三月十五日、東郷源五へ、来月の日光山法会に際して自分が日光へ差し遣わされることとなったため、外足軽二人を召し付けてほしいと願う。願いの趣旨を申し上げて取り計らうよう求める。

  13. 追録6-No.181-30 東郷実孝返書

    東郷源五が三月十八日、外足軽二人を召し付けてほしいとの願いに返答する。正徳の時にも外足軽二人を召し付けた先例があるので、今回も願い出どおり召し付けて差し遣わすよう命じられた旨を伝える。前の橋口与三次の願に対応する返書である。

  14. 追録6-No.181-31 使番覚書

    日光法会へ使者を差し遣わし、太刀・馬代を奉納するため、献納品と運搬用具の調達を願う御使番の覚。太刀二腰はうち一腰を代りとし、馬代金二枚はうち一枚を代りとする。太刀受台二つは檜白木の二重くりで、長二尺五~六寸・幅七寸五分・足とも高八寸、馬代金受台二つは白木の鏡板付きで足とも高八寸・二重くりとする。桐白…

  15. 追録6-No.181-32 使番伺書

    東照宮百五十回忌の日光法会に際し、御使番が三月二十三日、使者の参着後の挨拶、贈物、奉納・出立の手続を伺う。松平右近将監には家老衆が留守居の案内で到着届と見廻りを行い、諸事の指図を頼むことを問う。寺社奉行酒井飛騨守・土岐美濃守、大目付筒井大和守、目付夏目藤四郎・新庄織部・松平縫殿頭、日光奉行神尾若狭守…

  16. 追録6-No.181-33 使番伺書

    日光へ差し遣わす使者の勤向を重ねて吟味した書付。冒頭には酉三月二十三日付で、出入の御用を頼む御坊主関長三・近藤意泉へ銀五枚ずつを下すこと、御使番方で取り計らうことを記す。続いて、献納の太刀に掛ける服紗は先の廻状から書き落とされたが、既に申し合わせたとおり掛けるとする。日光門主をはじめ役人方への廻勤で…

  17. 追録6-No.181-34 中川郡兵衛・永田九郎左衛門連署廻状

    中川郡兵衛と永田九郎左衛門が三月二十五日、日光へ赴く使者の勤向についての協議内容を別紙で廻す。前の相談には少し漏れがあったため、改めて話し合ったところ別紙のとおりとなったので、知らせるため差し廻す旨を伝える。朱書には、年番から廻された二通が昨夜到来したため写して差し出したこと、三月二十六日に佐久間新…

  18. 追録6-No.181-35 島津久金・高橋種寿(家老)連署伺書

    島津左中と高橋此面同が、四月に日光へ差し遣わす使者の道中通人馬を伺う。公儀からは通馬八足を下す旨が伝えられたが、使者の勤向には物入りがあると聞くため、通馬四足を下し、少人数で籠越しをするよう命じてほしいと願う。続く東郷源五名の願では、通馬二足と四人陸尺を下し、留守居付以下には一人ずつ通馬一足を下すこ…

  19. 追録6-No.181-36 島津重豪内意書

    本文を申し上げて御意を伺ったところ、すべて伺いのとおり命じる旨の御意があったことを、三月八日付で記す。御取次は二階堂部とある。個別の人馬数や用件を本文中に繰り返さず、前の本文を指す短い内意の記録である。

  20. 追録6-No.181-37 幕府触書

    日光山での権現の百五十回御忌法会に伴い、四月十七日に紅葉山御宮へ束帯で参詣する旨を、大目付に伝える触書。法会と参詣の場所、日、着服を簡潔に示す。作成日は記されず、目録は三月の触書として掲げる。

  21. 追録6-No.181-38 幕府触書

    日光山法会に伴う四月十七日の紅葉山御宮参詣に際し、行列、国持と四品以上の予参の扱いを示して大目付に伝える。例年四月十七日の参詣時に予参し、還御後に拝礼する者は、このたびも還御後に拝礼するよう申し達することを命じる。三月付の触書であり、参詣時の予参と還御後の拝礼を分けて示す。

  22. 追録6-No.181-39 幕府触書

    日光山の法事が済んだ祝儀として、来月十八日に熨斗目を着て本丸・西丸へ惣出仕することを、大目付へ伝える三月付の触書。隠居、病気、幼少の者は、老中伊予守・板倉佐渡守・若年寄へ使者を出して祝意を申し上げる。在国・在邑の者は法事が済んだことを承知した後、使札で祝儀を申し上げ、隠居で在邑の者も同様とする。出仕…

  23. 追録6-No.181-40 幕府大目付添廻状

    大目付が三月二十六日、松平右近将監から渡された書付の写し二通を送り、その趣旨を承知して滞りなく順達するよう命じる。最後の受取人から池田筑後守方へ返却するよう指示する。宛先として松平陸奥守、有馬中務大輔、伊達遠江守、真田伊豆守、鍋島摂津守、秋月山城守、大田原出雲守、毛利能登守、織田丹後守、堀田梅之丞の…

  24. 追録6-No.181-41 佐久間村央(留守居)首尾書

    佐久間新左衛門が、日光山法会に伴う四月十七日の参詣・予参の手順を、大目付池田筑後守の用人鈴木善右衛門へ繰り返し照会した経緯を記す。先に東叡山参詣を命じられ、後に同日の紅葉山予参を命じられたが、書面から扱いを判別し難いため、先月晦日に参上して内談した。池田が留守のため、その場では用人が大略を伝え、翌日…

  25. 追録6-No.181-42 公辺日記

    日光へ使者を差し遣わすに当たり、小判金百両を現地の出入用に備える用心金として持参させる扱いを記す。留守居東郷源五は、御献納物宰領人に護持して持ち越させ、指図を得て支出するよう命じてほしいと申し出た。そのとおり取次岩下佐次右衛門が申し渡した。編録の注記では、この本文は一八一の三七号文書の行間朱書とされ…

  26. 追録6-No.181-43 東郷実孝(留守居)首尾書

    東郷源五が、日光へ差し遣わす留守居付橋口与三次と外番足軽二人の出立・道中賦銀を申し出る。本使が四月十一日に当御地を出立する予定のため、与三次と足軽を九日に先発させたいとする。道中往来の賦銀等は、先年、本使出立の二日前から渡すよう命じられており、その例に従うよう願う。四月一日の朱書は、このとおり九日に…

  27. 追録6-No.181-44 岩下方峯覚書

    島津左中が、日光へ差し遣わされるに当たり、来る十一日に籠立する予定を申し出たことを、酉四月三日付で記す。近習役を通じて口達で申し上げ、左中、留守居東郷源五、そのほか差し遣わす役々へ、十一日に差し立てる旨を口達で申し渡した。四月四日付の朱書は、日光までの道中日数四日、日光滞在三日、帰宅時の道中三日を掲…

  28. 追録6-No.181-45 島津久金申渡書

    日光山法会の御献納物宰領として津留五右衛門を差し遣わすため、御兵具所付足軽二人を付け、例のとおり申し渡すよう指示する。正文は四月付、左中名である。酉四月四日の朱書では、本文のとおり物頭へ申し渡し、首尾係へは取次の證文を用いて申し渡し、五右衛門にも申し聞かせたと記す。取次は岩下佐次右衛門。宰領への足軽…

  29. 追録6-No.181-46 在府役人伺書

    日光法会の使者に島津左中を命じ、来る十一日に出立する予定であったが、御暇・御給に際して留守詰家老一人が将軍へ御目見する必要があるため、使者の代役を内々に伺う。先例どおり島津主鈴の御目見を願いたいが、まだ到着していない。三日に極急飛脚を大坂まで送って少人数で急ぎ到着するよう伝えたものの、船中の滞留もあ…

  30. 追録6-No.181-47 島津久金申渡書

    日光山で権現の百五十回御法会が済んだ祝儀として、来る二十一日に御番頭の使者を通じて献上する贈物を定め、御使番へ申し渡して首尾懸にも伝えるよう指示する。配分は将軍へ二種一荷、御台所と若君へ一種一荷ずつであり、品物の種類は記されていない。正文は四月付、左中名。四月七日の朱書には、本文のとおり御使番へ申し…

  31. 追録6-No.181-48 中川郡兵衛・永田九郎左衛門連署廻状

    中川郡兵衛と永田九郎左衛門が、日光法会の使者・副使関係者に三件を相談する四月八日付の廻状。まず松平右近将監への贈物について、十七日の会合で相談し、翌十八日にその趣旨を一統へ廻状で伝えるとする。百回御神忌の際の先例があり、このたびも各家の内意として右近将監へ一種を贈ると聞くので、一統それぞれ一種ずつ贈…

  32. 追録6-No.181-49 日光山法会副使衆旅宿書立

    日光の副使衆の旅宿と宿坊を列記した書立。「御名」の項は遊成院とあり、編録にママの注記が付く。他家十五件は、藤堂和泉守が教城院、松平陸奥守が観音院、松平土佐守が禅知院、有馬中務大輔が華蔵院、上杉大炊頭が實教院、松平大膳大夫が観音院、伊達遠江守が観音院、松平阿波守が實教院、松平相模守が安居院、松平信濃守…

  33. 追録6-No.181-50 日光山法会使者人数書

    酉四月十一日付で、日光へ差し立てる留守居・献納物宰領と随行人数を記す。留守居東郷源五は上下十二人、御献納物宰領津留五右衛門は上下三人とし、続けて足軽二人を掲げる。末尾は、右の者を今日差し立て、日光へ差し遣わすと記す。正文の月日は四月十一日であるが、目録では四月十日とされ、日付が一致していない。

  34. 追録6-No.181-51 幕府大目付廻状

    大目付が四月十日、来る十七日の紅葉山御宮参詣に際して予参を勤めるかどうか知らせるよう、各家の留守居へ廻状を送る。その旨の書付を明後十二日までに稲垣出羽守方へ差し越すよう求める。廻状は順達し、最後の受取人から出羽守方へ返すよう指示する。宛先は「御名」の家に加え、松平出羽守、松平土佐守、有馬中務大輔、上…

  35. 追録6-No.181-52 有川真厚(留守居)首尾書

    有川勇馬が四月十日、大目付の廻状を有馬中務大輔の家から受け取ったため、写しを差し上げたことを報告する。本書は松平安芸守方へ順達したと記す。前の廻状の行間朱書として載り、受領元、写しの上申、本書の次の順達先を簡潔に記録している。

  36. 追録6-No.181-53 佐久間村央(留守居)首尾書

    佐久間新左衛門が四月十一日、日光山法会の中日における在府側の機嫌伺いについて、照会結果を左中へ報告する。先に年番から、在府の各家は機嫌伺いをしてよいという相談の廻状が来ていた。今朝、御用番阿部伊予守方で確認したところ、この法会については御三家からも機嫌伺いをしていないため、在府側も機嫌伺いをする必要…

  37. 追録6-No.181-54 島津重豪内意書

    日光山での権現百五十回御法会に伴い、使者を島津左中に命じていたが、差支えがあるため、代わりに高橋此面を命じ、急いで差し遣わす旨を申し渡すよう命じる四月付の内意書。御取次は桂馬とあり、左中へ伝える形で記す。付記は、法会使者を命じ、急ぎ明日差し遣わす旨を補う。四月十一日の朱書には、このとおり家老座で申し…

  38. 追録6-No.181-55 在府家老首尾書

    四月十一日、島津左中を日光山の使者に命じていたが、差支えがあるため、その役を免じる旨が命じられたことを報告する。家老の場で申し渡し、事情を承知するためには岩下佐次右衛門を通じて伝え、首尾書をもって申し上げたと記す。宛先は島津左中殿。使者役の免除と、家老座での申し渡し・岩下を介した説明・首尾書による報…

  39. 追録6-No.181-56 家老座覚書

    四月十一日、日光使者を高橋此面に命じ、急いで明十二日に差し立てるため、家老座筆者・与力兼役の上村善助を此面に付ける旨を記す。左中の口達を受け、岩下佐次右衛門が善助へ申し渡した。使者の出立予定、随行者の役職と配属先、左中から岩下を経由する伝達を示す。

  40. 追録6-No.181-57 家老座申渡書

    日光山御法事の初日を四月七日、中日を十一日、結願日を十六日と示す家老座の四月付申渡書。法事中の通式日の立合・内寄合は前々のとおり行うが、この三日は延引してよいとする。拷問、手鎖、籠舎、縄掛の類は無用とし、普請、鳴物、祭礼、法事などは差し止めるには及ばないと定める。法事中は火用心を特に念入りに行い、遊…

  41. 追録6-No.181-58 島津久金申渡書

    日光山御法事の初日四月七日、中日十一日、結願日十六日を列記し、法事中は火用心を特に念入りに行い、遊興めいたことのないよう慎ませる四月付の申渡書。左中は、奥女中へその旨を伝えるよう納殿役人に申し渡すよう指示する。取次は福山平大夫。朱書には、正文のとおり納殿役人へ申し渡したと記す。正文による伝達指示と、…

  42. 追録6-No.181-59 高橋種寿願書

    日光山使者を命じられた高橋此面について、道中は夜を通して罷り通るため、足軽一人を付けてほしいと願う。足軽は自分で召し連れたいので、この段は私から申し出るよう命じられたとし、酉四月十一日、与力花田兵左衛門が書き留める。朱書には、同十一日、願いのとおり口達で申し渡したと記し、取次を岩下佐次右衛門とする。…

  43. 追録6-No.181-60 幕府大目付廻状

    四月十三日付の大目付廻状。日光山御法会に伴う紅葉山御宮での法会日割を、十五日卯上刻、十六日午上刻、十七日寅上刻と示す。阿部伊予守から渡された書付の写し一通を送るので、順廻の最後の受取人から大井伊勢守方へ返すよう指示する。宛先は御名の家と有馬中務大輔、真田伊豆守、秋月山城守、毛利能登守、堀田梅之丞、松…

  44. 追録6-No.181-61 有川真厚(留守居)届書

    有川勇馬が四月十二日、来る十七日の紅葉山御宮参詣に際して予参を勤めるかどうか申し上げるよう求める書付の趣旨を承知し、薩摩守は予参を勤める心得であると届ける。御名内として有川勇馬が署す。続く首尾報告では、この書付を持参して差し出したところ、出羽守は登城中で、留守居に預け、帰宅の際に書付を差し上げる旨を…

  45. 追録6-No.181-62 有川真厚(留守居)首尾書

    朱書の「書付一通」として、来る十七日の紅葉山御宮で予参を勤めることに関する書付を示す。宛先は大御目付稲垣出羽守様と記す。目録は四月十二日付の有川真厚首尾書とするが、この箇所には独立した日付・署名や長い報告本文はなく、書付一通の内容と宛先を記録する形で載る。前の予参意向届と書付持参の首尾報告に対応する…

  46. 追録6-No.181-63 佐久間村央(留守居)届書

    佐久間新左衛門が四月十六日、明十七日の紅葉山御宮参詣に際する薩摩守の予参について届ける。先に予参を勤める旨を申し置いていたが、昨日十五日に御暇の御礼を済ませたため、予参は勤めないと申し上げる。御名内として佐久間新左衛門が署す。既に届けた予参の予定と、御暇の御礼後に予参を勤めないという変更を区別し、変…

  47. 追録6-No.181-64 佐久間村央(留守居)首尾書

    朱書の「書付壱通」は、明十七日の紅葉山御宮で予参を行う予定であったが、御暇を賜り、昨日御礼を済ませたため、明日は予参を勤めないと届ける書付の内容を示す。宛先は大御目付稲垣出羽守様。続く首尾報告には、佐久間新左衛門がこれを持参して差し出したところ、出羽守は登城中で、退城の際に申し上げる旨を用人から承っ…

  48. 追録6-No.181-65 島津重豪届書

    御名署の四月十六日付届書。自分に積気があるため、明十七日に東叡山御宮へ参詣することが難しいと申し上げる。参詣予定日と辞退を届けた日を分け、理由を原文の積気として記録する。正文は御名で結び、宛名はこの届書本文には記されない。

  49. 追録6-No.181-66 佐久間村央(留守居)首尾書

    朱書の御書付壱通は、明十七日に東叡山御宮へ参詣する予定であったが、積気のため参詣を辞退する書付について記す。御用番阿部伊豫守に宛て、山口十郎左衛門を取次として持参・差出したところ受取済となり、その取次を通じて承知した旨を、四月十六日に佐久間新左衛門が左中様へ申し出る。続く同日付の首尾報告は、紅葉山御…

  50. 追録6-No.181-67 日光山法会使者出立人数書立

    日光へ急ぎ派遣する人数を列記する。高橋此面殿の箇所は「上下」とあり、朱書で本ママと注記するが、人数の数値は記されていない。御家老座筆者與力兼役の上村善助は上下四人、與力の花田兵左衛門も上下四人とする。右の者は酉四月十二日、中急で日光へ差し越されたと記す。朱書には、本文の此面殿その他と、先に差し越した…

  51. 追録6-No.181-68 東郷実孝(留守居)首尾書

    東郷源五が四月二十一日、左中様へ首尾を報告する。四月十五日に日光の旅館へ、御使者此面の案内によって参上し、昨晩到着した旨を届けた。松平右近将監への取次を務める川井左傳から、追って申し上げる旨を承ったと記す。到着の案内を本人が勤めた経過と取次の応答を示す。四月十五日の参上・届出と、二十一日の首尾報告を…

  52. 追録6-No.181-69 東郷実孝(留守居)首尾書

    東郷源五が四月二十一日、左中様へ首尾を報告する。四月十六日に日光の旅館へ参上し、先に指示された明十七日の御太刀献納の刻限を伺った。松平右近将監への取次川田喜内から、御目付より通達があるので御触を待つようにとの回答を承ったと記す。十六日の刻限照会、十七日の献納予定、二十一日の報告を区別し、献納の実施済…

  53. 追録6-No.181-70 筒井忠雄(大目付)外四名連署廻状

    四月十六日、大目付筒井大和守と御目付新庄織部・夏目藤四郎・松平縫殿頭・松平庄九郎の五名が連署し、各家留守居へ廻達する。明十七日に本坊で御太刀・馬代を献納するため、晝八時に本坊玄関へ揃うよう通知する。追啓では、隠居の者も献上物がある場合は同様に心得るよう申し添える。廻状は順に廻達し、末尾から松平庄九郎…

  54. 追録6-No.181-71 東郷実孝(留守居)首尾書

    東照宮百五拾回御神忌法会に際し、日光山へ使者高橋此面を派遣して、御太刀一腰と御馬代黄金拾両を献納した首尾を記す。四月十七日、東郷源五が日光の本坊へ使者を案内した。御門主は御書院に出座し、老中松平右近将監、寺社奉行土岐美濃守・酒井飛弾守、大御目付筒井大和守、勘定奉行小野日向守、御目付松平庄九郎・松平縫…

  55. 追録6-No.181-72 日光山本坊への金品献納者名書

    四月十七日、本坊で御太刀目録・金馬代を献納する者の名順を、侍従以上として書き付ける。松平加賀守・松平讃岐守・御名から、諸大名と隠居、喜連川金王丸・喜連川秀翁までを列記する。松平越前守には「服」、井伊掃部頭と松平右近将監には「於御宮献納」の注記がある。隠居については、松平空山を内蔵頭隠居、松平監物を左…

  56. 追録6-No.181-73 東郷実孝(留守居)首尾書

    日光山で御太刀献納のため本坊に揃った際、御門主から使者と副使へ御菓子・御茶を頂戴する旨が仰せ付けられたことを報告する。退散時には、立帰りの御礼を取次の者へ前もって申し置き、御主人様方が承知したうえで御礼を行うことになるため、江戸で一統が相談し、年番から廻状で通達する旨も申し合わせてあると記す。正徳の…

  57. 追録6-No.181-74 佐久間村央(留守居)首尾書

    日光山法会が滞りなく済んだことへの祝儀と、国許への御暇を仰せ出されたことを、使者に伝えるよう仰せ付けられた旨を記す。その御口上に応じて、今日、使者を勤めた首尾を、四月十八日に佐久間新左衛門が左中様へ報告する。法会終了への祝儀、帰国の御暇、使者への御口上伝達を分けて示し、帰国が既に済んだとの記述にはし…

  58. 追録6-No.181-75 有川真厚(留守居)首尾書

    公方様へ二種一荷を献上した首尾を記す。日光山法会が済んだことへの祝儀献上として、使者嶋津矢柄が本丸の殿上之間で、奏者仙石越前守の家来山口彌一郎に御目録を申し出たと記す。該当箇所の原文「御目録申候」には本ママの注がある。今朝、献上を済ませ、本人が使者の案内を勤めた首尾を、四月二十一日に有川勇馬が報告す…

  59. 追録6-No.181-76 佐久間村央(留守居)首尾書

    若君様へ一種一荷を献上した首尾を記す。日光山法会の終了への祝儀献上として、使者岩下佐次右衛門が西丸の殿上之間で、奏者松平能登守の家来荻原小市へ御目録を渡し、献上を済ませた。今朝、佐久間新左衛門本人が使者の案内を勤めた旨を、四月二十一日に左中様へ報告する。

  60. 追録6-No.181-77 矢野清香首尾書

    御臺様へ一種一荷を献上した首尾を記す。日光山法会の終了への祝儀献上として、本人が使者佐久間九右衛門を同道し、平川口の番所で、奏者久世出雲守の家来田中源右衛門に使者から御目録を渡して献上を済ませた。今朝、使者の案内を勤めた首尾を、四月二十一日に寄御留守居矢野清右衛門が左中様へ報告する。署名には清香の注…

  61. 追録6-No.181-78 家老座覚書

    日光法会に伴う餞別品と用人への贈答を日付・相手ごとに記す。三月二十七日、松平右近将監へ押掛十懸・織熊障泥十掛・干鯛一箱を進める。法会のため日光へ越し、宿坊に滞在して御用を取り扱うことになったための餞別である。四月九日には、御側衆で御内用を頼む田沼主殿頭へ押掛十掛・織熊障泥五掛・干鯛一箱を同じ理由で進…

  62. 追録6-No.181-79 宮之原通直(側用人)首尾書

    日光山百五十回忌法会の終了に際する表向と御内證の祝儀について、宮之原甚五太夫が四月二十二日に首尾を報告する。公方へ差し上げる御文には若君・萬壽姫への祝儀も書き入れるよう差図があり、御前様が昨日二十一日、御文で祝儀を述べたところ、その日のうちに返事を得たと記す。検討の本文は、太守の表向献上と御内證から…

  63. 追録6-No.181-80 曲渕景漸外四名(御目付)連署廻状

    前置する経費覚は、日光の宿料金三十五両から五両減、諸小屋掛代銀七百二十八匁四分、金換算欄の十一両貳部と六匁六分、減銀五百九十一匁、合金十四両壱部と十匁一分減、小判金一両に銀六十二匁八分の換算を記す。四月十三日の小判金四十六両・壱部金二切・銭三百八十文も載せる。宿料・小屋掛等は差し越された金と用心金か…

  64. 追録6-No.181-81 毛利重就・池田重寛留守居連署廻状

    曲淵勝次郎・松平庄九郎・松平縫殿頭・夏目藤四郎・新庄織部から別紙一通を受けたため、大膳大夫・相模守へ申し聞かせたところ、同席の各家から通達するよう命じられたとして、写しを順に廻す。各家からの返答は不要ではないかと思うと述べ、通達が済んだ後は差出側から届ける予定とし、廻状を確認したうえで返すよう求める…

  65. 追録6-No.181-82 幕府廻状

    明十一日の能見物を仰せ付けられたことへの御礼として、万石以上・高家・御留守居・大御番頭は来る十三日に本丸・西丸へ登城するよう命じる。それ以外の者は、同じ十三日に御礼のため老中伊豫守・板倉佐渡守・若年寄鳥居伊賀守へ廻るよう求める。五月十日付。対象者の区分と御礼の訪問先を分け、十一日の見物と十三日の御礼…

  66. 追録6-No.181-83 幕府大目付廻状

    松平右近将監から渡された書付の写し一通を送り、同席中の在府者へ早く通達するよう求める。返答は各人から個別に挨拶する必要はなく、各家から大目付大井伊勢守方へ申し聞かせるよう定める。五月十日、大目付から細川越中守・松平大膳大夫の留守居に宛てる。添付書付の受領、在府者への通達、返答の取次先を区別し、各人が…

  67. 追録6-No.181-84 細川重賢・毛利重就留守居連署廻状

    大目付大井伊勢守から廻状一通と書付の写し一通を受け、越中守・大膳大夫へ申し聞かせたところ、同席の各家の担当者から通達するよう命じられたため、写しを順に廻す。個別の返答・挨拶は不要とし、通達が済んだ後、担当者側から伊勢守へ届ける予定である。廻状を確認して返すよう求め、嫡子のいる家は御付の家衆へも知らせ…

  68. 追録6-No.181-85 幕府大目付廻状

    昨日十一日に能見物を仰せ付けられたことへの御礼として、明十三日の登城は刻限五半時に揃って出仕するよう求める。同列中の四品以上の者へ漏れなく、遅滞せず早く通達するよう命じる。返答は各人から個別に挨拶する必要はなく、各家から池田筑後守方へ申し聞かせるよう定める。五月十二日、大目付から細川越中守・松平阿波…

  69. 追録6-No.181-86 細川重賢・蜂須賀重喜留守居連署廻状

    大目付池田筑後守から廻状一通を受けて越中守・阿波守へ申し聞かせたところ、同席の各家の担当者から通達するよう命じられたため、写しを順に廻す。個別の返答・挨拶は不要とし、通達が済んだ後、担当者側から筑後守へ届ける予定である。廻状を確認して返すよう求め、嫡子がいる家は御付の家衆へも知らせるよう追記する。五…

  70. 追録6-No.182 島津重豪願書

    島津重豪が帰国の暇を許され、国許へ赴くに当たり、男子がいないため、在国中に不慮のことがあった場合の相続を願い出る。国許に置いている嶋津杢を「私大叔父、実叔父之続」と記し、注記では継豊の男・久峯、当年三十四歳とする。この者に相続を命じ、跡職に相違がないよう取り計らってほしいと願う。署名は松平薩摩守の御…

  71. 追録6-No.183 松平武元書状

    東照宮百五十回御忌の法会が執行されるに当たり、松平薩摩守が使者を通じて日光山に太刀一腰・馬代黄金十両を奉納した件について、その趣旨が上聞に達したことを松平右近将監武元が知らせる。四月廿五日付で、年は朱注の明和二年。冒頭の「今度就」に続いて奉納と上聞の報告が記され、武元の判と薩摩守宛の宛所を備える。

  72. 追録6-No.184 松平武元外三名(老中)連署状

    東照宮百五十回御忌の法会が済んだ祝儀として、松平薩摩守が使者を通じて御樽肴を献上したことに対し、披露を遂げ、一段の御仕合であると知らせる。阿部伊豫守正右・松平周防守康福・松平右京大夫輝高・松平右近将監武元の四名が判を据え、松平薩摩守に宛てた四月廿五日付の連署状。年は朱注に明和二年とある。

  73. 追録6-No.185 阿部正右書状

    東照宮百五十回御忌の法会が済んだ祝儀として、松平薩摩守が若君に使者を通じて御樽肴を献上したことを受け、阿部伊豫守正右が、披露を遂げ、一段の御仕合であると知らせる。四月廿五日付で、年は朱注に明和二年とある。若君への献上について返答する薩摩守宛の書状で、阿部正右の判を備える。

  74. 追録6-No.186 阿部正右書状

    松平薩摩守が若君に使者を通じて菖蒲御兜一飾を献上したことに対し、阿部伊豫守正右が、首尾よく披露を遂げた旨を知らせる。四月廿八日付で、年は朱注に明和二年とある。署名は阿部伊豫守正右の判、宛所は松平薩摩守。

  75. 追録6-No.187 徳川家治御内書

    端午の祝儀として贈られた帷子・単物が到来したことを喜び、詳しいことは松平右京大夫が述べると伝える。五月二日付の御内書で、家治公御印を載せ、薩摩中将に宛てる。年の記載は本文になく、目録では明和二年とする。帷子・単物の数量は記されていない。

  76. 追録6-No.188 阿部正右書状

    端午の祝儀として、松平薩摩守が使者を通じて帷子・単物を献上したことに対し、阿部伊豫守正右が、披露を遂げ、一段の御仕合であると知らせる。五月二日付で、年は朱注に明和二年とある。阿部正右の判と松平薩摩守宛の宛所を備える。衣服の数量は記されていない。

  77. 追録6-No.189 重豪帰国、礼使を上す

    重豪は五月四日に江戸芝第一を発ち帰国する。家老高橋此面種寿、側用人二階堂源太夫行端・宮之原甚五太夫通直、近習役二階堂部行旦・村上桂馬範村らが供奉した。東海道を経て五月十九日伏見着、廿一日舟で大坂へ下り、三宿後に大坂を発つ。播磨路を進み廿七日坂越着、同日乗舟し六月七日豊前州大里着、九州路を進んで六月廿…

  78. 追録6-No.190 幕府指図書

    佐々木文次郎に新暦調御用を命じたので、松平薩摩守の家来水間喜八は弟子一人を連れて出府し、その御用を手伝うよう指図する。特に差し急いで出府することを求める。宛名として松平薩摩守家来水間喜八を掲げ、本文の日付は六月、朱注に明和二年とある。目録では六月六日付の幕府指図書とする。出府を命じる段階の文書で、実…

  79. 追録6-No.191 松平武元書状

    松平右近将監武元が松平薩摩守からの書札を見たことを伝える。酷暑の折、公方・若君の機嫌を使者を通じて伺ったことについて、両者ともますます御安全であると知らせる。あわせて献上された琉球布一箱、砂糖漬天門冬一器、赤貝塩辛一器、琉球泡盛酒二壺について、各々申し談じて披露を遂げ、一段の御仕合であると返答する。…

  80. 追録6-No.192 阿部正右書状

    阿部伊豫守正右が松平薩摩守の書札を見たことを伝える。酷暑の折、公方・若君の機嫌を使者を通じて伺ったことについて、両者ともますます御安全であるので安心するよう知らせる。あわせて献上された琉球布一箱、砂糖漬天門冬一器、赤貝塩辛一器、琉球泡盛酒二壺を披露し、一段の御仕合であると返答する。六月六日付、年は朱…

  81. 追録6-No.193 高橋種寿書状

    高橋此面が、下国途上の大里及び豊前内野で、二階堂部の取次による内々の指示を承知したと請ける。大里では、来年の参勤から行列の一部、弓臺の唐人尻籠、たんす等を減らし、ほかも同じ趣旨で吟味する旨を聞いた。帰国後に正式に命じる予定だが、先の内沙汰として承知したという。内野宿泊時にも同人を介し、道中の倹約、刀…

  82. 追録6-No.194 重豪、府下士の僕を賞す

    府下士伊地知市左衛門の僕、甚平を賞した記事。市左衛門の家はもとより貧しく、甚平は奉公で受けた禄を主人の家に奉じて給したという。官もその慎み深く勤勉な働きを称え、この年の六月、廩米十五苞を与えて賞したと記す。甚平の働きと主人への扶助を褒賞の理由として伝え、数量は十五苞とする。

  83. 追録6-No.195 松平武元外三名(幕府老中)連署状

    生見玉の祝儀として松平薩摩守が黄金十両を献上したことに対し、披露を遂げ、一段の御仕合であると知らせる。七月六日付で、年は朱注の明和二年。阿部伊豫守正右・松平周防守康福・松平右京大夫輝高・松平右近将監武元の四名が判を据え、松平薩摩守に宛てた連署状である。献上先の固有名は本文に記されていない。

  84. 追録6-No.196 阿部正右書状

    生見玉の祝儀として松平薩摩守が黄金十両を献上したことに対し、阿部伊豫守正右が、披露を遂げ、一段の御仕合であると返答する。七月六日付で、年は朱注に明和二年とある。正右の判と松平薩摩守宛の宛所を備える。献上先の固有名は本文に記されていない。

  85. 追録6-No.197 松平武元外三名(幕府老中)連署状

    八朔の祝儀として松平薩摩守が使者を通じて太刀一腰・馬代黄金十両を献上したことに対し、披露を遂げ、一段の御仕合であると知らせる。八月四日付、年は朱注に明和二年。阿部伊豫守正右・松平周防守康福・松平右京大夫輝高・松平右近将監武元の四名が判を据え、松平薩摩守に宛てた連署状である。献上先の固有名は本文に記さ…

  86. 追録6-No.198 松平武元書状

    八朔の祝儀として、松平薩摩守が若君に使者を通じて太刀一腰・馬代黄金十両を献上したことに対し、松平右近将監武元が、披露を遂げ、一段の御仕合であると返答する。八月四日付で、年は朱注に明和二年とある。武元の判と松平薩摩守宛の宛所を備える。

  87. 追録6-No.199 松平武元書状

    松平右近将監武元が松平薩摩守の書札を見たことを伝える。公方・若君がますます機嫌よく過ごしていることについて、恐悦した旨をもっともであると受け止める。また、暑気見舞いとして公方から妻女への拝領物があり、ありがたく思うという書面の趣旨を承知したと返答する。八月七日付、年は朱注に明和二年。武元の判と松平薩…

  88. 追録6-No.200 阿部正右書状

    阿部伊豫守正右が松平薩摩守の書札を見たことを伝える。公方・若君がますます機嫌よく過ごしていることについて、恐悦した旨をもっともであると受け止める。また、暑気見舞いの妻女への拝領物をありがたく思うという書面の趣旨を、各々が一覧したことを知らせる。八月七日付で、年は朱注に明和二年とある。正右の判と松平薩…

  89. 追録6-No.201 阿部正右書状

    松平薩摩守の留守居に対し、国許到着の御礼使者である鎌田典膳を、翌十五日の五時に御城へ差し出すよう伝える。典膳には政為の注が付く。使者の御礼に加え、自分自身の御礼も申し上げられるので、その趣旨を心得るよう知らせる。八月十四日付、年は朱注に明和二年。本文署名は「阿伊豫」で、目録は阿部正右書状とする。翌日…

  90. 追録6-No.202 阿部正右書状

    阿部伊豫守正右が松平薩摩守の書札を見たことを伝える。公方がますます機嫌よく過ごし、六月十二日に増上寺の御霊前へ参詣したことを聞いて恐悦したという書面に対し、その趣旨はもっともであると返答する。書面の内容を各々申し談じ、上聞に達したことを知らせる。八月十五日付、年は朱注に明和二年。正右の判と松平薩摩守…

  91. 追録6-No.203 板倉勝清書状

    板倉佐渡守勝清が松平薩摩守の書札を拝見し、公方・若君が機嫌よく過ごしていることへの恐悦をもっともであると受け止める。帰国の暇に際して白銀・巻物を頂戴し、そのうえ馬を下され、若君からも拝領物があったことを、重ねてありがたく思うという趣旨を承知したと伝える。六月廿二日の国許到着に伴う御礼として、鎌田典膳…

  92. 追録6-No.204 参勤船中備道具減少方届書

    物頭が、船中の三百人御備の道具を減らす命により諸道具を半分方減らし、引札どおりの減方となった旨を届ける。御座船の飾り・乗付道具は減らさないとの注があり、鉄砲入箱四、内訳として二十目筒十丁・四匁筒二十丁、鞢入箱一、玉薬箪笥入箱一(二荷入)、弓十張、替弦十筋、鞢十指を掲げる。御家老衆船二艘の七項目では鉄…

  93. 追録6-No.205 阿部正右書状

    松平薩摩守の留守居に対し、国許到着の御礼使者である鎌田典膳を、翌日の四時に御城へ差し出すよう伝える。八月廿日付なので、翌日は廿一日に当たる。年は朱注の明和二年。本文の署名は「阿伊豫」で、目録では阿部正右書状とする。翌日の登城を求める指示で、実施済みの報告ではない。

  94. 追録6-No.206 松平武元書状

    松平薩摩守の留守居に対し、鎌田典膳を翌日の九時に自宅へ差し出すよう伝える。本文は典膳の名を掲げ、「右明日九時我等宅に可差出」とする。八月廿日付、年は朱注に明和二年。本文署名は「松右近」で、目録では松平武元書状とする。御城への登城指示とは別に、武元宅への来訪を求めた文書である。

  95. 追録6-No.207 松平武元外三名(幕府老中)連署状

    松平薩摩守からの書札を受け、公方・若君の機嫌がよいことへの恐悦をもっともであるとし、帰国の暇に際する白銀・巻物・馬及び若君からの拝領物を重ねてありがたく思う趣旨を承知したと返答する。国許到着の御礼として、鎌田典膳を通じて琉球芭蕉布二十端と御樽肴を献上した件を披露したと伝える。披露後のことを「御前に被…

  96. 追録6-No.208 松平武元書状

    松平右近将監武元が松平薩摩守の書札を見たことを伝え、公方・若君の機嫌がよいことへの恐悦をもっともであると受け止める。帰国の暇に際して白銀・巻物を頂戴し、そのうえ馬を下され、若君からも拝領物があったことへの重ねての謝意を承知したとする。国許到着の御礼として、若君に鎌田典膳を通じて目録どおりの品を献上し…

  97. 追録6-No.209 阿部正右書状

    阿部伊豫守正右が松平薩摩守の書札を見たことを伝える。公方がますます機嫌よく過ごし、六月廿日に東叡山の御霊前へ参詣したことを聞いて恐悦したという書面に対し、その趣旨はもっともであると返答する。書面の内容を各々申し談じ、上聞に達したことを知らせる。八月廿一日付、年は朱注の明和二年。正右の判と松平薩摩守宛…

  98. 追録6-No.210 松平輝高書状

    松平右京大夫輝高が松平薩摩守の書札を見たことを伝える。公方・若君の機嫌を伺ったことに対し、両者ともますます御勇健であるので安心するよう知らせる。あわせて献上された干鱠残魚一箱について、各々申し談じて披露を遂げ、一段の御仕合であると返答する。九月四日付、年は朱注に明和二年。輝高の判と松平薩摩守宛の宛所…

  99. 追録6-No.211 阿部正右書状

    阿部伊豫守正右が松平薩摩守の書札を見たことを伝える。公方・若君の機嫌を伺ったことに対し、両者ともますます御安全であるので安心するよう知らせる。あわせて献上された干鱠残魚一箱を披露し、一段の御仕合であると返答する。九月四日付で、年は朱注に明和二年とある。正右の判と松平薩摩守宛の宛所を備える。

  100. 追録6-No.212 徳川家治御内書

    重陽の祝儀として贈られた小袖一重が到来したことを喜び、詳しいことは松平右近将監が述べると伝える。九月七日付の御内書で、年は朱注に明和二年とある。家治公墨印を載せ、薩摩中将に宛てる。小袖の数量・単位は一重である。