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『本藩人物誌』人物解説

人物・異名・系譜・奉公・軍役から調べる史料別人物索引

『本藩人物誌』の記事を人物単位で精読し、原文に記された系譜・主従関係・役職・事績・生没等を検索用の人物解説として整理しています。一般的な人物略伝ではなく、この史料の記述内容を確認するための独立した入口です。

2,174統合人物台帳
2,174人物別整理記録
2,174公開対象
公開条件を広げた試験版です

全巻の人物別整理を反映(注記付き・暫定公開を含み、再点検は継続中)。公開対象は「公開可」1,170人、「注記付き公開可」1,004人、「暫定公開可(従来判定)」0人です。注記・暫定の人物は各ページに確認状況を明示し、今後の原画像照合により更新する場合があります。

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史料別人物解説として読む

個別人物事典の総合的な略伝とは分けて掲載しています。人物名だけによる他史料との自動統合は行わず、統合人物IDと原人物IDを保持します。OCR全文・AI用PDF・ローカルファイル情報は公開していません。

出典:『鹿児島県史料集 第13集 本藩人物誌』

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2,174 人

1–30人を表示

HP-0001巻8:145注記付き公開可

阿多若狭守

阿多 / 異名:阿多若狭守/若狭守/島津歳久/地頭/天文二十三年/岩剣/永禄六年

阿多若狭守は島津歳久に付属して旧地の地頭職を務めた。天文二十三年九月、岩剣での矢合わせに参加し、永禄六年には麓衆十一人の一人に数えられたと記される。

主題・活動
系譜・奉公・役職・軍役・生没
人物関係
家族関係は記載なし。
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HP-0002巻8:145公開可

阿多新助

阿多 / 異名:阿多新助/新助/忠平公/飯野/六十人/永禄七年

阿多新助は永禄七年、忠平公に供奉して飯野へ移った六十人の一人。本文は主君への供奉、移住年、移住先と人数だけを一行で伝え、役職、知行、軍役、家族関係、出生・没年、法名、墓所は記載しない。

主題・活動
系譜・奉公・役職・軍役・生没
人物関係
家族関係は記載なし。
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HP-0003巻8:146注記付き公開可

阿多内膳忠栄

阿多 / 異名:阿多内膳忠栄/阿多忠栄/内膳/島津式部/長寿院盛淳/阿多甚左衛門/惟新公/横目頭/加治木

阿多内膳忠栄は島津式部長寿院盛淳の子。幼少から惟新公に召し仕え、阿多甚左衛門家で成長したため阿多氏を称した。

主題・活動
系譜・奉公・役職・軍役・生没
人物関係
父は島津式部長寿院盛淳。阿多甚左衛門家で養育され阿多氏を称する。
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HP-0004巻8:145公開可

阿多但馬守

阿多 / 異名:阿多但馬守/但馬守/日新公

阿多但馬守は日新公の家臣であったと記される。本文は奉公先だけを一行で伝え、実名、役職の具体的内容、知行、軍役、家族関係、出生・没年、法名、墓所は記載しない。

主題・活動
系譜・奉公・役職・軍役・生没
人物関係
家族関係は記載なし。
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HP-0005巻8:146注記付き公開可

阿多源六忠次

阿多 / 異名:阿多源六忠次/阿多忠次/源六/朝鮮出兵/番船破損/木原/阿多左衛門

阿多源六忠次は朝鮮出兵に従軍し、番船が破損した際に戦死した人物。木原合戦の戦死者を記した資料には『阿多左衛門』として載るともいう。

主題・活動
系譜・奉公・役職・軍役・生没
人物関係
家族関係は記載なし。
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HP-0006巻8:145注記付き公開可

阿多周防介忠春

阿多 / 異名:阿多周防介忠春/阿多忠春/周防介/忠真/天文二十五年/寛永七年/洞雲南泉居士

阿多周防介忠春は忠真の子。天文二十五年六月十六日生、寛永七年三月五日没と記される。

主題・活動
系譜・奉公・役職・軍役・生没
人物関係
父は阿多源左衛門忠真。子に阿多勝右衛門忠増。
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HP-0007巻8:145注記付き公開可

阿多源左衛門忠真

阿多 / 異名:阿多源左衛門忠真/阿多忠真/源左衛門/刑部少輔忠明/慶長七年/城斎宗意居士

阿多源左衛門忠真は、阿多飛騨守の子孫である刑部少輔忠明の子とされ、町田氏から分かれた阿多氏の系譜に属する。慶長七年四月十六日に死去し、法号は城斎宗意居士。

主題・活動
系譜・奉公・役職・軍役・生没
人物関係
父は刑部少輔忠明。阿多飛騨守・町田清久の系統。男子なく養子を立てたとみられる。
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HP-0008巻8:145-146公開可

阿多勝右衛門忠増

阿多 / 異名:阿多勝右衛門忠増/阿多忠増/勝右衛門/忠春/天正元年/慶長十九年/蘭室桂岳居士

阿多勝右衛門忠増は阿多周防介忠春の子。天正元年生、慶長十九年八月十八日に四十二歳で死去した。

主題・活動
系譜・奉公・役職・軍役・生没
人物関係
父は阿多周防介忠春。
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HP-0009巻8:145注記付き公開可

阿多飛騨守

阿多 / 異名:阿多飛騨守/飛騨守/久清/町田清久/志布志/加世田城/大山内蔵助/天文七年

阿多飛騨守は、町田氏七代清久の三男を祖とする系統で、元久公の代に町田氏の舎弟が阿多志布志へ置かれたため阿多名字を称し、飛騨守久清と号したという。天文七年十二月二十九日の加世田城攻めでは城中へ走り入り、敵の大山内蔵助を討ち取った。

主題・活動
系譜・奉公・役職・軍役・生没
人物関係
町田清久の三男を祖とする阿多氏系統。子孫に阿多源左衛門忠真の家系を挙げる。
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HP-0010巻8:149公開可

愛甲五左衛門

愛甲 / 異名:愛甲五左衛門/五左衛門/木崎原/戦死

愛甲五左衛門は木崎原の合戦で戦死した人物。本文は姓名と戦死地だけを一行で伝え、合戦時の主君、軍中での役目、具体的な働き、家族関係、出生年、戦死年月日、知行高、法名・墓所は記載しない。

主題・活動
系譜・奉公・役職・軍役・生没
人物関係
同頁の愛甲氏諸人との親族関係は明記なし。
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HP-0011巻8:149注記付き公開可

愛甲次兵衛

愛甲 / 異名:愛甲次兵衛/愛甲次右衛門/肥後/薩州知覧/家久公/寛永十九年

愛甲次兵衛は肥後から薩州知覧へ来住し、家久公に召し出された人物。本文には愛甲次右衛門との関係を示す注記があり、次項の次右衛門宗次は次兵衛の次男とされる。

主題・活動
系譜・奉公・役職・軍役・生没
人物関係
子は愛甲次右衛門宗次。愛甲次右衛門に関する系譜注記がある。
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HP-0012巻8:149注記付き公開可

愛甲次右衛門宗次

愛甲 / 異名:愛甲次右衛門宗次/愛甲宗次/次右衛門/愛甲次兵衛/九郎右衛門/家久公/光久公/江戸/寛永十三年/六十石/慈眼寺

愛甲次右衛門宗次は愛甲次兵衛の次男。兄九郎右衛門に代わって家督を継いだとみられる。

主題・活動
系譜・奉公・役職・軍役・生没
人物関係
父は愛甲次兵衛。兄は九郎右衛門。
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HP-0013巻8:152注記付き公開可

綾部助兵衛

綾部 / 異名:綾部助兵衛/助兵衛/秋月長門守/美々津郡代/島津家久/大坂の陣/豊後/船六十艘/水主三百人/慶長十九年

綾部助兵衛は秋月長門守の家臣で、日向美々津郡代を務めた。慶長十九年十二月、大坂の陣へ向かう家久公が豊後に着いた際、薩摩船が未着だったため船六十艘・水主三百人を用立てた。

主題・活動
系譜・奉公・役職・軍役・生没
人物関係
子が四人。本文末に子孫の居住・奉公記事を載せる。
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HP-0014巻13:241公開可

安楽下総守

安楽 / 異名:安楽下総守/安楽下総守/下総守

肝付一族・家臣の部に名前のみ載る下総守。経歴の具体的な記載はない。

主題・活動
系譜・奉公・役職・軍役・生没
人物関係
安楽備前守との具体的な続柄は不記載。
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HP-0015巻13:241公開可

安楽刑部少輔兼□

安楽 / 異名:安楽刑部少輔兼□/安楽刑部少輔兼□/刑部少輔/兼□

永禄年間の市成地頭。諱は本文でも兼□と欠字を含む。

主題・活動
系譜・奉公・役職・軍役・生没
人物関係
系譜の具体的な記載なし。
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HP-0016巻8:148-149公開可

安楽五郎左衛門兼惟

安楽 / 異名:安楽五郎左衛門兼惟/安楽兼惟/五郎左衛門/安楽小左衛門/朝鮮/高麗御供/関ヶ原/退去御供/感状/三十石

安楽五郎左衛門兼惟は朝鮮役に供奉し、関ヶ原合戦後の惟新公の退却にも従った人物。退却供奉の記事では『安楽小左衛門』とも記され、感状と三十石を与えられたという。

主題・活動
系譜・奉公・役職・軍役・生没
人物関係
家族関係の記載なし。
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HP-0017巻8:149注記付き公開可

安楽大炊介

安楽 / 異名:安楽大炊介/伊予守/肝付氏/日州福島/義久公/岩屋城/根白坂/朝鮮/石田三成/伊集院幸侃/龍伯公/奥州公/庄内合戦/国分新城/石船奉行

安楽大炊介は肝付家の庶流で、日州福島にいたという。岩屋城攻めで二之丸口を受け持ち負傷し、義久公から大炊介の名を与えられた。

主題・活動
系譜・奉公・役職・軍役・生没
人物関係
肝付家の庶流。日州福島に居住したと記される。
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HP-0018巻13:241公開可

安楽備前守

安楽 / 異名:安楽備前守/安楽備前守/備前守

牛根地頭を務めた安楽氏。備前守と称した。

主題・活動
系譜・奉公・役職・軍役・生没
人物関係
上段の安楽下総守との具体的な続柄は不記載。
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HP-0019巻8:150公開可

安重三蔵

安重 / 異名:安重三蔵/三蔵/朝鮮/渡海

安重三蔵は朝鮮へ渡海した人物。本文は姓名と渡海の一事だけを一行で伝え、奉公した主君、渡海年、所属部隊、役職、知行高、具体的な軍功、家族関係、出生・没年、法名・墓所は記載しない。

主題・活動
系譜・奉公・役職・軍役・生没
人物関係
家族関係の記載なし。
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HP-0020巻7:128注記付き公開可

安新為定

安新 / 異名:安新為定/為定

安新為定は明国出身の人物で、日本では医師を務めたと記される。本文は出身地と職掌だけを伝える一行記事で、渡来の時期・事情、仕えた主君、居所、知行、医療活動の具体例、家族関係、生没年、法名、墓所は記載しない。

主題・活動
系譜・奉公・役職・軍役・生没
人物関係
明国出身。家族関係は記載なし。
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HP-0021巻7:127注記付き公開可

安田次郎兵衛

安田 / 異名:安田次郎兵衛/次郎兵衛

安田次郎兵衛は島津彰久の家臣。朝鮮で虎狩りが行われた際に虎を仕留め、島津家久から手柄を賞され、御前で備前兼光の二尺五寸の腰物を与えられたという。

主題・活動
系譜・奉公・役職・軍役・生没
人物関係
島津彰久の家臣で、のち殉死。
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HP-0022巻8:150公開可

安藤権右衛門

安藤 / 異名:安藤権右衛門/権右衛門/朝鮮/南原城/上床国隆/城乗/蒲生/平松/加治木/慶長六年

安藤権右衛門は朝鮮役に供奉し、南原城攻めでは上床国隆とともに城へ乗り込んだ人物。慶長六年に蒲生城内へ召し移され、その後、平松を経て加治木へ移った。

主題・活動
系譜・奉公・役職・軍役・生没
人物関係
家族関係の記載なし。
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HP-0023巻8:149注記付き公開可

安藤左近茂昌

安藤 / 異名:安藤左近茂昌/安藤茂昌/左近/貴久公/肝付合戦/龍伯公/太平寺/御輿/五石/朝鮮/関ヶ原

安藤左近茂昌は貴久公以来の安藤氏の系譜に属し、肝付氏との合戦で軍功を挙げた人物。龍伯公が太平寺へ出御した際には御輿を担ぎ、知行五石を与えられた。

主題・活動
系譜・奉公・役職・軍役・生没
人物関係
安藤氏の先祖・子孫に関する系譜注記がある。子孫に藤八左衛門茂秀と読める名を挙げる。
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HP-0024巻7:127注記付き公開可

安田金之丞

安田 / 異名:安田金之丞/金之丞

安田金之丞は加治木の卒将と記され、弘治元年三月八日に帖佐山田の戦いで戦死した。本文は所属、戦死年月日、戦場だけを伝える一行記事で、主君、出自、役職、知行、具体的な戦闘経過、家族関係、法名、墓所は記載しない。

主題・活動
系譜・奉公・役職・軍役・生没
人物関係
家族関係は記載なし。
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HP-0025巻1:21公開可

伊佐敷久基

伊佐敷 / 異名:伊佐敷久基/伊佐敷平兵衛久基/平兵衛/久基/小吉/小左衛門/佐多久基/天応法清庵主

伊佐敷久理の子。百石を給され出水へ移り、佐多氏を称した。慶長2年、佐多久慶の軍代として佐多久英に付き朝鮮へ渡海。

主題・活動
知行・移住・改姓・朝鮮渡海
人物関係
前項01-021-03末尾の其子に続く久理の子。初小吉・小左衛門、平兵衛。幼時に父を失い久慶を頼る。佐多忠光の許可で佐多氏を称す。本人の子の記載はない。
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HP-0026巻1:21注記付き公開可

伊佐敷久理

伊佐敷 / 異名:伊佐敷久理/伊佐敷左近将監久理/左近将監/久理/清居士

左近将監伊佐敷久理。天正14年に久政とともに豊後へ従軍し、翌15年3月14日に久政と同所で25歳で戦死。法号清居士。

主題・活動
家系由緒・豊後従軍・戦死
人物関係
中務小輔為久の子。子は次の既存記事で扱う平兵衛久基。子孫佐多平左衛門直行との小注。前段には氏義・忠豊・氏豊・久尚・右馬助の系譜が続くが細字と続柄の一部を留保。久政へ家督を譲ったという根拠は確認できない。
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HP-0027巻1:21注記付き公開可

伊佐敷猛久

伊佐敷 / 異名:伊佐敷猛久/伊佐敷又九郎猛久/又九郎/猛久/慶室道善

佐多忠将の家臣、伊佐敷又九郎猛久。為久の弟で、弘治2年12月24日、蒲生馬立で28歳で戦死。法名慶室道善。

主題・活動
佐多家奉公・蒲生馬立戦死・系譜
人物関係
為久の弟。為久の官途細字は留保。子孫として島津家家来伊佐敷勇右衛門を記すが、勇に異読注記が付く。勇右衛門の奉公先を猛久本人へ移さない。
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HP-0028巻1:22注記付き公開可

伊作久次

伊作 / 異名:伊作久次/伊作与吉郎久次/与吉郎/久次

与吉郎。太郎兵衛久国の子で、高麗で戦死したと記される。祖父久吉・曾祖父忠房らの系譜を載せる。戦死年月日は不記載。

主題・活動
高麗戦死・家系由緒
人物関係
父太郎兵衛久国、祖父甲斐久吉、曾祖父式部左衛門忠房、高祖父忠清。伊作大隅守久長・下野守親忠七男石見守久周以下の系譜を記す。忠房と忠清の世代を旧説明から訂正。
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HP-0029巻1:22注記付き公開可

伊鹿倉忠兼

伊鹿倉 / 異名:伊鹿倉忠兼/伊鹿倉織部丞忠兼/織部丞/忠兼

織部丞。豊前忠長の子、豊前忠年の父。代々北郷家に仕えた家の系譜に記される。弘治2年の戦死記事は祖先久宣のもの。

主題・活動
北郷家臣・祖先系譜
人物関係
父豊前忠長、子豊前忠年。祖先は伊集院四世忠国の他腹長男伊鹿倉又太郎忠貞。その子左近将監久知、子豊前守久宣、子左近将監忠知、子筑後守忠因、子忠長の順。子孫は都之城にいると記す。
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HP-0030巻1:4注記付き公開可

伊集院久慶

伊集院 / 異名:伊集院久慶/伊集院刑部少輔久慶/刑部少輔/久慶

伊集院久慶は刑部少輔。永禄十年十二月二十九日、菱刈攻めの市山城在番中、西之原川のほとりで主従五人が戦死した。記事は子忠光・久武の軍歴へ続く。

主題・活動
市山城在番・戦死・子孫軍歴
人物関係
記事冒頭に父祖の系譜・奉仕歴の小注があるが、久綱と見える名や養子関係の接続は判読保留。子は刑部少輔忠光(平七)、その子は刑部少輔久武(入道竜好、平七)。忠光は後段に忠元と見える異記がある。末尾に子孫の伊集院新之丞を記す。
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