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追録6の目録
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追録6-No.2470 浚明院の院号の唱え方を問い合わせた結果と口達覚を送る
二階堂主計は、院号の唱え方を先に知らせた後もまちまちな唱え方があると聞き、留守居に問い合わせさせた経緯を報告する。留守居が牧野越中守へ出向いて取次を通じて尋ねると、去る十二日に大御目付・御目付へ口達覚を渡したとのことで、その写しを受け取った。「明」は「ミョウ」と唱えるため、この旨を知らせ、当地では既…
追録6-No.2471 院号の唱え方を承知し南泉院への伝達と控えの保存を返答する
島津伊賀ら五名は、院号の唱え方を知らせた本書を承知し、漏れなく伝達し、南泉院へも知らせたと返答する。添付された別紙を控え置き、この旨を返答したと記す。本書の余白に朱書された返書で、日付は十二月二十日。
追録6-No.2472 代替御礼の無事を祝い種姫君への祝儀の取成しを頼む
上々様の機嫌がよいことを喜び、今回の代替御礼が首尾よく済んだことを祝う。祝儀の言葉を種姫君にも申し上げたいとして、機会のある折に御前へよろしく取り成すよう依頼し、なお一層の取り計らいを頼む。
追録6-No.2473 代替御礼の祝賀と種姫君への取成しを頼む同文書状
上々様の機嫌がよいことを喜び、今回の代替御礼が首尾よく済んだことを祝う。祝儀の言葉を種姫君にも申し上げたいとして、機会のある折に御前へよろしく取り成すよう依頼し、なお一層の取り計らいを頼む。 前の2472と同文で、原本では別番号を付した書状として収める。
追録6-No.2474 斉宣の実名を五行・八卦・君徳から吉と考証する
十四歳・癸巳生まれで本命を水とする斉宣の実名を、黒田清躬が考証する。「斉」と「宣」はともに金に属し、両字の比和が本命の水を生じるため吉で、両字の点画を八卦数に配すると艮となり、富貴高名の説があることからも吉とする。また帰納は「全」であるとし、君主が倫理を正し恩義を篤くして家を斉えれば、民がこれに感化…
追録6-No.2475 琉球国王による諏方社頭の造替・修甫の請けを江府へ披露したと伝える
島津伊賀は、琉球国王から島津近江へ送られた書状を拝見したと三司官へ伝える。太守の厄年にあたり寄進の願いがあり、福箇迫の諏方社頭の造替その他の修甫を命じられたことについて、その請けの趣旨を江府へ披露したと知らせる。
追録6-No.2476 中城王子による諏方社大鳥居等の造替の請けを江府へ披露したと伝える
島津伊賀は、中城王子から島津近江へ送られた書状を拝見したと三司官へ伝える。太守の厄年にあたり寄進の願いがあり、福箇迫の諏方社大鳥居等の造替を命じられたことについて、その請けの趣旨を江府へ披露したと知らせる。
追録6-No.2477 琉球国王の使者を薩州に留め書翰を継使者で差し上げると届ける
浚明院の薨御に伴い、琉球中山王が御機嫌を伺うため阿波根親方を使者として薩州まで書翰を送ってきたと届ける。阿波根親方は国元に留め置き、書翰を継使者によって差し上げると記す。
追録6-No.2478 垂水郷本城村の農夫八十の孝養を島津重豪が褒賞する
大隅郡垂水郷本城村の農夫八十は、幼い頃から父母に孝養を尽くした。安永の頃に母が病床に伏した際には、八十日間夜に付き添い、湯薬を進め、衣服が汚れると夜中に水で洗い、母にその苦労を知らせなかったという。そのほか大小の事にも苦労をいとわず仕え、領主島津備前貴澄がこれを聞いて物を与えて褒賞した。天明六年冬に…
追録6-No.2479 小番・一代小番・部屋栖一代小番を若年寄支配と定める
小番は若年寄の支配とし、一代小番および部屋栖一代小番も同様とすることが、今後の定めとして命じられた。宮之原主膳は、この旨を関係する向々へ申し渡すよう指示する。
追録6-No.2480 新番・一代新番・部屋栖一代新番を大番頭支配と定める
新番は大番頭の支配とし、一代新番および部屋栖一代新番も同様とすることが、今後の定めとして命じられた。宮之原主膳は、この旨を大番頭へ申し渡し、承知すべき向々へも申し渡すよう指示する。
追録6-No.2481 大風洪水以前の虫害等を再調査し損高の増加を届ける
松平薩摩守は、領内の大風洪水による損失を既に届け出ていたが、それ以前にも虫害等があったため再調査したと報告する。調査前までの損高に十四万五千石余を加え、合計三十九万八千石余になったと国元の家来から知らせがあったため、追加して届け出る。朱書注記によれば、この届書は御用番鳥居丹波守へ留守居本城源七郎から…
追録6-No.2482 蓮光院の二之丸移転を祝い拝領した鯛への礼の取成しを頼む
上々様の機嫌がよいことを喜び、蓮光院が二之丸へ移転を済ませたことを祝う。その件につき昨日鯛一折を拝領し、ありがたく思っていると述べ、その礼を申し上げたいので、よろしく取り成すよう藤さきへ依頼する。追っても引き続きの取り計らいを頼む。
追録6-No.2483 御縁女の本丸移転を祝い目録の品を贈るため取成しを頼む
御縁女が無事であり、今日、本丸へ移転されたことを祝う。これにより目録のとおり品を進上するので、機会の折によろしく取り成すよう藤さきへ頼む。追っても今後の取り計らいを依頼する。
追録6-No.2484 隠居後も政治を助け家老が後代の政事に尽力するよう求める
今回の隠居は政務の安定を専ら意図したものであり、隠居のうえでも政治を助けるとともに、自身の分限を考えて栄誉を後代に付与しようとする思召であると伝える。家老中はその深い配慮を受け止め、少しも油断せず後代の政事に心を尽くし、厚い思召による隠居が格別のものとして成り立ち、国家の政道が最もよく行き届くよう努…
追録6-No.2485 本丸移転の祝儀としての献上品を披露したと知らせる
今回の本丸移転の祝儀として、使者を通じて目録のとおり献上された品について、披露したところたいそう喜ばれたと松平康福が知らせる。
追録6-No.2486 浚明院薨御への琉球国王の弔意に対する返礼書を届けるよう指示する
浚明院の薨御について、琉球中山王が弔意を申し上げるため薩州まで使簡を送ったとの書翰が到来した。これに対する返礼書を送るので、届けるよう指示する。
追録6-No.2487 御縁女の移転を祝い塗重一組と鯛一折拝領への礼の取成しを頼む
書状を拝見したと述べ、上々様の機嫌がよいことを喜ぶ。このほど御縁女が移転を済ませたことを祝い、それに伴って塗重一組と鯛一折を内々に拝領したことをありがたく思っていると伝える。この礼についてよろしく取り成すよう藤崎へ頼み、追っても今後の取り計らいを依頼する。
追録6-No.2488 病気のため又三郎元服の御礼を稲葉能登守の名代で申し上げたいと願う
同氏又三郎の元服が命じられるにあたり、先例どおり自ら御礼を申し上げたいが、病気のため当分登城できないので、稲葉能登守を名代として御礼を申し上げたいと伺う。付札には願いどおりにするよう許可が記される。朱書注記によれば、五日の当日、留守居澁谷五郎右衛門が御用番松平周防守へ差し出し、即日留守居が呼び出され…
追録6-No.2489 又三郎の元服に際する名乗の下の字を「宣」とする旨を届ける
同氏又三郎の元服が命じられるにあたり、改める官名と名乗の下の字について先に伺っていたが、代替に伴い、名乗の下の字は「宣」を用いたいと届ける。付札には承知した旨が記される。
追録6-No.2490 又三郎元服のため翌七日五半時の登城と名代による御礼を命じる
同氏又三郎の元服が命じられるので、明七日五半時に城へ出向くよう松平薩摩守へ通知する。また、薩摩守方の御礼は稲葉能登守を名代として申し上げるよう指示する。鳥居丹波守・水野出羽守・牧野越中守・松平周防守の四名が連署する。
追録6-No.2491 御目見を命じられた家来一人を伴って登城するよう命じる
家来一人の御目見が命じられたので、その者を召し連れて登城するよう指示する。
追録6-No.2492 家斉による又三郎の加冠と斉宣への改名・叙任および謝礼を記す
十二月六日付の老中奉書を受け、翌七日、稲葉能登守弘通が重豪の名代として又三郎忠堯に伴って登城した。黒書院で家斉が忠堯に加冠し、名の一字を与えられて豊後守斉宣と改称した。この日、従四位下に叙され、侍従に任ぜられたため、弘通は重豪に代わって御太刀一腰・綿三十把・御馬代黄金一枚を家斉へ献上し、謝礼とした。…
追録6-No.2493 斉宣元服の経緯・登城儀礼・叙任と改名後の通達を詳報する
二階堂主計・関山糺は、若殿の元服が無事に済んだ経緯を国元へ報告する。八月十五日、水野出羽守から留守居を通じ、改名候補二種・名乗の下の字・両殿の献上品を伺うよう命じられ、二十二日に提出したが、代替のため在府中の元服が延期された。十二月四日には松平周防守から元服の作法、豊後守への改称、着服、献上品を指示…
追録6-No.2494 元服報告を承知し改名・侍従呼称と名乗遠慮の通達を返答する
島津伊賀ら五名は、元服についての本書の報告と、明姫・女中方へ申し上げる件を承知したと返答する。豊後守・斉宣という呼称を承知し、周知するよう申し渡したこと、「宣」の文字や同じ読みの実名を用いる者は遠慮する旨を伝達したことを記す。さらに「豊」の文字や名乗に用いる場合についても同じ読みまで遠慮するよう、先…
追録6-No.2495 家斉による加冠と斉宣への改名・叙任および拝領品と謝礼を記す
天明六年十二月六日付の老中奉書を受け、翌七日、稲葉能登守弘通が父重豪の名代として忠堯に伴い登城した。注記によれば忠堯は熨斗目・長袴を着用し、実年齢十五歳であった。黒書院で家斉が手ずから加冠し、一字を与えられて斉宣と改名、豊後守に任じられ松平豊後守と称した。次間では列座する老中が台命を伝え、従四位下・…
追録6-No.2496 薩摩侍従への蹴鞠門弟としての紫組冠懸の許しを伝える
蹴鞠の門弟となった薩摩侍従に対し、紫組冠懸の件について叡慮によって免許された旨を飛鳥井雅威が伝える。包紙にも薩摩侍従殿と宛名を記し、差出人を飛鳥井三位侍従とする。
追録6-No.2497 従五位下の口宣案・位記を同日授与する叙位手続きを説明する
当家の初叙位を従四位下とするのが例である一方、従五位下の口宣案・位記も同日に併せて授けられると説明する。叙位の法では位階を飛び越して直接従四位へ叙することができないため、順に位階を経て昇ったことを示すのであり、その位に一日とどまったということではないと記す。
追録6-No.2498 斉宣の加冠・叙任と白書院・黒書院での礼席および初登城を記す
十二月七日、家斉が世子を黒書院に召して自ら加冠し、一字を与えて斉宣と名付け、薩摩守と称し、従四位下侍従に叙任したと記す。また家斉から宝刀一腰が与えられ、世子は太刀一腰・刀一腰(備前祐光)・縮緬十巻・白銀三十枚・馬一足を献じて恩に謝したとする。十三日には松平周防守康福を通じ、朝謁や五節句の礼は白書院、…
追録6-No.2499 登城時の礼席許可と重豪が家督を譲ろうとする意図への考察を記す
十二月十三日、幕府から慶礼・佳辰の賀儀は白書院、朔望の礼は黒書院で行い、登城の日には大廊下第二房で待つことを許されたと記す。続いて、父重豪が近頃斉宣へ家督を譲って隠居しようと考えていることを挙げ、父はまだ老齢でなく斉宣も若年なのに、なぜその意図があるのかを論じる。重豪は将軍の縁女の父として外戚の厚遇…
追録6-No.2500 豊後守の元服・官位授与の謝礼として御縁女への進上と取次を依頼する
重豪は上々様の機嫌を祝したうえで、同氏豊後守が今日元服して官位を命じられたことを喜び、その御礼を御縁女へ申し上げたいと伝える。重豪から目録に記した品を進上し、豊後守からも目録のとおり進上するので、機会のよい折に取り成してほしいと、高をか・常盤井以下八名へ依頼する。
追録6-No.2501 豊後守の元服に伴う御縁女からの肴拝領への謝意を藤崎へ伝える
藤崎からの書状を拝見したと述べ、上々様の機嫌を祝す。豊後守がこのたび元服して官位を命じられたことを喜び、これに伴い御縁女から重豪へ肴一折が贈られ、豊後守にも拝領を命じられたことに謝意を示す。機会のよい折に御縁女へ取り成してほしいと藤崎へ依頼する返書である。
追録6-No.2502 前日の肴拝領に対する重豪と豊後守の謝礼の取次を藤崎へ依頼する
上々様の機嫌を祝し、豊後守の元服・官位授与に伴って、昨日御縁女から重豪へ肴を拝領し、豊後守にも拝領を命じられたことへの感謝を記す。重豪から御礼を申し上げたく、豊後守からも謝礼を申し上げるので、その旨をよいように取り成してほしいと藤崎へ依頼する。
追録6-No.2503 今朝献上された炙鮎一箱を披露した旨を薩摩守へ伝える
今朝献上された炙鮎一箱について、披露を遂げたところ、たいへん結構なことであった旨を松平康福が松平薩摩守へ伝える。十二月十一日付で康福の判を記し、朱書により天明六年とされる。
追録6-No.2504 豊後守の初めての月次登城・御目見への謝意を種姫へ取り次ぐよう依頼する
上々様の機嫌を祝し、同氏豊後守が今日初めて月次登城し、御目見を命じられたことを、重豪としてもありがたいことと述べる。その御礼を種姫にも申し上げたいので、機会のよい折に御前へよいように取り成してほしいと、高をか・常盤井以下八名へ依頼する。
追録6-No.2505 豊後守の初めての月次登城・御目見への謝意を御縁女へ取り次ぐよう依頼する
上々様の機嫌を祝し、同氏豊後守が今日初めて月次登城し、御目見を命じられたことを、重豪としてもありがたいことと述べる。その御礼を御縁女にも申し上げたいので、機会のよい折に御前へよいように取り成してほしいと、高をか・常盤井以下八名へ依頼する。
追録6-No.2506 重豪の政務譲渡の意向と若殿側の受諾および関係者への伝達を報告する
太守重豪が深い思慮により若殿へ政務を譲る意向を示したため、今日主計が使者となってその旨の書付を直接差し上げたところ、若殿から受諾の返答があったと報告する。これに伴い、若殿から明姫と御女中方へ矢野男吏を通じて知らせ、一門方にも同じ趣旨を伝えることとし、男吏も承知しているという。さらに詳しい事情は男吏と…
追録6-No.2507 政務譲渡の通知を受け関係者への伝達と打合せ事項の了承を報告する
政務譲渡に関する正文の内容を承知したと返答する。明姫・御女中方へ伝達し、さらに男吏を通じて周知したこと、一門方にもこの趣旨を伝えたことを記す。また、男吏と打ち合わせて申し越された詳しい事情を承知したと述べ、返答として伝える。さらに知らせるべきことがあれば申し上げると結ぶ。
追録6-No.2508 隠居願いの予定と翌未年の下国・政務介助に備えた手配を伝える
重豪は近く隠居を願い出る予定で、その場合には国元への暇が仰せ出されないが、若殿の政務を助けるため、来る未年に願い出て下国し、万事を指図する意向であると伝える。この趣旨を承知して各方面で準備をするよう命じられたため、去る十三日に申し渡したとし、伝達された事項を取り扱うよう求める。十二月十七日付で関山糺…
追録6-No.2509 隠居・下国の内意を承知し関係する向きへ伝えた旨を返答する
正文に記された隠居・下国に関する内意を承知し、承るべき関係先へ申し渡したと喜入安房が返答する。正月廿七日付で島津伊賀・二階堂主計・市田勘解由・島津営の四名に宛てる。
追録6-No.2510 重豪の隠居と若殿への政務譲渡の趣旨を説明し奉公の徹底を求める
太守重豪が近く隠居し若殿へ政務を譲る意向を示したことを受け、その趣旨を諸向へ説明する。重豪は長年家督を担い、上下・遠近の事情や職分・日用の儀まで熟知しているので、若殿が若いうちに政務を譲り、なお助言すれば、若殿の作法や政務にも熟達が進むとする。また先般の公辺との特別な関係は若殿にも及ぶことを喜び、重…
追録6-No.2511 琉球国の飢饉対策として借り受ける京升一万石と十年賦返納を証する
領分の琉球国の飢饉への手当として願い出て、京升で米一万石の拝借を命じられたことを受け、書面のとおり請け取る旨を記す。返納は来る未年から十年賦で上納する約束とし、御蔵奉行の本山弥太郎以下十一名に宛て、差出部分は御名・御印判と記す。裏書は表書の一万石を引き渡すよう命じ、但し書は本文にある旨を示し、丹波・…
追録6-No.2512 隠居方へ分ける鷹と馬の数量を通知し担当役への伝達を求める
隠居方に分けるものとして、鷹九据、召馬二疋、召下地一疋、立馬二疋を列記する。これ以外は御表へ渡すよう命じられたため、承るべき関係先へ申し渡したと伝え、御鷹掛・御厩掛にも通知するよう求める。関山糺が五名に宛てた十二月十七日付の書状である。
追録6-No.2513 鷹・馬の配分通知を了承し鷹掛・厩掛へ伝達した旨を返答する
正文の内容を承知し、承るべき関係先へ申し渡したこと、御鷹掛・御厩掛へも伝えたことを喜入安房が報告する。正月廿七日付で島津伊賀・二階堂主計・市田勘解由・島津営の四名に宛てる。
追録6-No.2514 隠居付の新役設置を通知し帳面への記録を求める
隠居付の新役について、茶道頭を掲げ、続けて「御同朋頭次ニ可罷在候」と記す。新規に役を立てるよう命じられて申し渡したので、そちらでも通知し、帳面などに記録しておくよう求める。関山糺が五名に宛てた十二月十七日付の書状である。
追録6-No.2515 隠居付の役職新設を了承し伝達・帳面記録を済ませた旨を返答する
正文の内容を承知し、承るべき関係先へ申し渡し、帳面などに記録したと喜入安房が報告する。正月廿七日付で島津伊賀・二階堂主計・市田勘解由・島津営の四名に宛てる。
追録6-No.2516 隠居料五万石で諸費用を賄い無駄な支出を避けるよう担当役に指示する
隠居料として五万石を分けるので、これをもって万事を賄えるよう担当役人が吟味し、無駄な費用が生じないようにする旨が命じられたと伝える。当地では承るべき担当役人へ申し渡したので、そちらでも適切に取り扱うよう求める。十二月十七日付で二階堂主計が五名に宛てる。
追録6-No.2517 隠居料の費用管理方針を了承し担当役人へ伝えた旨を返答する
隠居料五万石の使途を吟味するよう指示した正文について、その内容を承知し、承るべき担当役人へ申し渡したと返答する。朱書の正月廿七日付で、正文に宛名として並ぶ島津伊賀以下五名が返書の差出人となる。
追録6-No.2518 隠居料五万石の所務代銀による支払と隠居願い済み後の配分を伝える
隠居料として五万石を分けるため、その所務代銀で各方面への支払を行うことになると伝える。ただし、この配分は隠居願いが済んだ時点で行う旨を、承るべき各方面へ申し渡したという。そちらでもこの趣旨に基づく伝達事項を適切に取り計らうよう求める。十二月十七日付で市田勘解由が五名に宛てる。
追録6-No.2519 隠居料の代銀支払と配分時期を了承し関係先へ伝えた旨を返答する
隠居料五万石の代銀による支払と配分時期を記した正文について、その内容を承知し、承るべき関係先へ申し渡したと返答する。朱書の正月廿七日付で、正文の宛名に並ぶ島津伊賀以下五名を返書の差出人とする。
追録6-No.2520 歳暮の小袖一重の到来を喜び詳しくは鳥居丹波守が伝えると記す
歳暮の祝儀として小袖一重が届いたことを喜び、詳しいことは鳥居丹波守が述べると薩摩中将へ伝える。十二月廿七日付で、刊本は家斉公の墨印を示す。
追録6-No.2521 歳暮の小袖一重献上を披露した結果を伝える
歳暮の祝儀として使者をもって献上された小袖一重について、披露したところ大いに喜ばれた旨を伝える。十二月廿七日付で鳥居丹波守忠意が松平薩摩守へ宛てる。
追録6-No.2522 島津幡袈裟に加冠の仮名「数馬」を与える
島津幡袈裟の加冠に際して、仮名を「数馬」と称するよう命じる。天明六年十二月廿八日付で、重豪公の墨印を掲げる。
追録6-No.2523 重豪の隠居と政務補佐の方針を承り国家の作法に励むと請ける
重豪が政務の安定を意図して隠居後も補佐し、一代の栄耀を後代へ付与しようとしていること、家老が油断なく政事に心を用い、隠居を契機として国家の作法が行き届くよう努めるべき旨の書付を、家老中が承知したと述べる。その厚い配慮に感謝し、意向に沿うよう精励する旨を請け、適切な取り成しを依頼する。十二月廿八日付、…
追録6-No.2524 浚明院位牌の染筆を送付し南泉院への安置を取り計らうよう伝える
浚明院の位牌を南泉院へ安置する件について、十九日便で知らせたとおり、上野の宮様による染筆の許可を得て、惇信院の位牌の内法寸法に合わせた用紙を差し上げていたと述べる。染筆が済み、留守居が受け取って御覧に供したため、右筆頭に写しを作らせ、白木箱に納めて塗箱に入れ、本日便で送ると伝える。そちらでの位牌調製…
追録6-No.2525 若菜の祝儀に献上した鯛一折の披露結果を伝える
若菜の祝儀として献上された鯛一折について、披露したところ大いに喜ばれた旨を伝える。正月七日付で貞長が松平薩摩守へ宛て、裏書に牧野越中守貞長と記す。
追録6-No.2526 社寺の修造・農事精励・年貢徴納の三箇条を命じる
神社・仏閣の修造興行、農事に専ら励むこと、国々の年貢を徴納することの三箇条を掲げ、この趣旨に従って沙汰するよう命じる。天明七年正月十一日付で、重豪の判を記す。
追録6-No.2527 年頭の太刀一腰と馬代黄金十両の献上を披露した旨を伝える
年頭の祝儀として使者をもって献上された太刀一腰と馬代の黄金十両について、披露したところ大いに喜ばれた旨を伝える。正月十一日付で貞長が松平薩摩守へ宛て、裏書には牧野越中守貞長と記す。
追録6-No.2528 御縁女の養女扱いへの変更を懸念し従来の縁談の経緯を述べる
隠居を近く願い出るに当たり、御縁女が将来堂上方などの養女となる評議を案じ、念のため内意を述べる。豊千代が一橋にいた時、浄岸院の遺した意向により娘との縁組を命じられ、浚明院在世の世話として扱うべきこと、その後豊千代が将軍の養君となって西丸へ入った経緯を説明する。御縁女の身柄を養女などへ変更すれば、従来…
追録6-No.2529 御縁女を養女とする場合は近衛家を希望すると伝える
御縁女について万一養女などの扱いとなる場合には、近衛殿の養女とするよう希望を伝える。近衛家は当家の元祖に関わる由緒があり、代々双方が格別に往来し、今後も厚い間柄となるためであると説明する。御縁女に関する相談であるので、特にこの希望を内々に申し入れる。正月十八日付で、署名位置は「御名」と記す。
追録6-No.2530 島津但馬守を在所へ帰して保養させる許可を願う
島津但馬守は持病の疝積と足痛により去々巳年五月に隠居を命じられたが、今も病状が快方に向かわないと述べる。島津淡路守が願い出たとおり、但馬守を在所へ遣わして保養させることを許可してほしいと願う。正月十八日付で、署名位置は「御名」と記す。
追録6-No.2531 重豪の隠居願と斉宣の継封許可および謝礼の経過を記す
正月十八日に重豪が隠居して国を斉宣へ伝える願書を出したと記す。二十八日に老中奉書を受け、翌日に斉宣と本多豊後守助受が登城し、白書院で大老・老中から斉宣の継封と重豪の隠居を許す命を受け、牧野越中守貞長がこれを伝えたとする。助受が重豪に代わって命を聴き、同日、大老井伊直幸と老中松平康福・牧野貞長・水野忠…
追録6-No.2532 病気のため隠居と豊後守への家督継承を願い政務補佐の意向を添える
持病の疝積に加えて脚痛が近年いっそう堪えがたくなり、療養のため在府し、相州塔ノ沢で入湯したものの効験がなく、引き続き勤めることが難しいと述べる。このため自分の隠居と同氏豊後守への家督継承を願う。事情により由緒ある役目を命じられ、無理を押して勤めてきたが、病状のため思うに任せないとしつつ、国政について…
追録6-No.2533 斉宣の継封許可と家伝の譜牒・重器の譲渡、重豪の政務補佐を記す
正月十八日に父重豪が隠居して国を斉宣へ伝えることを幕府に願い、二十八日に老中奉書を受け、翌二十九日に斉宣が本多豊後守助受と登城したと記す。白書院で大老・老中が重豪の隠居と斉宣の継封を許し、牧野越中守貞長が命を伝えた。斉宣と助受は受命後、大老・老中各邸に謝礼し、番頭と表方使者を若年寄・御側衆各邸へ遣わ…
追録6-No.2534 隠居・家督願の提出受領と関係先への通知を報告する
隠居・家督願の案文を十五日に留守居澁谷五郎右衛門が用番牧野越中守ほか老中へ持参し、内見を求めたと報告する。異存がなければ十八日の客対日に先例どおり親類方へ先手衆を添えて提出したいと申し入れ、随意にするよう回答を得た。用番と松平周防守には十八日に願書を出し、廿九日か晦日に隠居・家督の命が下ることを希望…
追録6-No.2535 隠居家督願の受領を了承し周知と願書写しの右筆への引渡しを報告する
正文の内容を承知し、明姫と女中方へ伝え、一門にも知らせるよう申し渡したと返答する。島津左衛門と同格の者、そのほか大身分・寄合・月次の礼に出る者への周知を指示し、小番・新番・小姓頭には支配頭から伝えるよう申し渡したと記す。願書が滞りなく受け取られたことを喜び、願書の写しを右筆へ渡したと報告する。朱書の…
追録6-No.2536 斉宣が十五歳のため重豪が国政を執り諸役人が命を聴くと記す
この年の正月、重豪が隠居を願った時、斉宣は十五歳であったため、重豪が引き続き国政を執ることを幕府へ告げたと記す。それ以後、事の大小を問わず諸役人が重豪の命を聴いたと述べる。
追録6-No.2537 隠居後も政務を補佐するため従来の申上げ経路を保つよう通知する
深い意向をもって隠居を願い、政務は補佐するという特別の事情であるため、これまでの事柄は何事であっても隠居の重豪に申し上げ、従来どおり御表へ申し上げる事柄はそのとおりにするよう命じられたと伝える。当地では担当役人へ申し渡したので、この通知を承知してそれぞれに伝えるよう求める。正月廿三日付で市田勘解由か…
追録6-No.2538 政務補佐と報告経路の通知を了承し担当役人へ伝えたと返答する
正文の内容を承知し、こちらでも担当役人に申し渡したと返答する。朱書の二月廿日付で、喜入安房・川上頼母・島津仲・宮之原主膳の四名を返書の差出人とする。
追録6-No.2539 隠居の下向後の政務補佐に備えて諸事を予告し必要な事項を留めるよう伝える
太守が隠居として下向するものの、追って相談のうえ政務を補佐することを心得て、諸事の連絡をひとまず下向途中へ送るよう述べる。また別紙で知らせたとおり、差し当たって急がない事柄は控えておき、着城後に相談することになると伝える。この趣旨は自然に理解されているだろうが、念のため改めて知らせるという。正月廿三…
追録6-No.2540 隠居家督が許可された場合の豊後守からの女使について了承する
便りを受け取り、相手が元気であることを喜ぶ。願いどおり隠居・家督を命じられた場合、今後豊後守から女使を差し上げる際には、小野嶋こと平野を代わりに差し上げたいとの意向を、手紙のとおり承知したと返答する。高をか・常盤井・萬里小路・梅野井・たき川・野むら・大さき・高はしの八名から、松たいら薩摩守への返事と…
追録6-No.2541 翌廿九日四時に豊後守と登城し病気の場合は名代を出すよう命じる
御用があるため、翌廿九日の四時に同氏豊後守を伴って登城するよう、松平薩摩守に命じる。病気で出仕できない場合には名代を差し出すよう求める。正月廿八日付で、鳥居丹波守・水野出羽守・牧野越中守・松平周防守の四名が連署する。
追録6-No.2542 隠居家督が許可された場合に豊後守からの女使を平野としたいと依頼する
上々様がますます機嫌よく過ごしていることを喜ぶ。願いどおり隠居・家督を命じられた場合、今後豊後守から女使を差し上げる際は、小野嶋こと平野を代わりに差し上げたいとして、よろしく取り計らうよう依頼する。追伸でも重ねて依頼する。宛先は高をか・常盤井・萬里小路・梅の井・たき川・野むら・大さき・高はしの八名で…
追録6-No.2543 重豪が致仕を願い正月廿九日に牧野貞長から許可を伝えられたと記す
天明七年正月四日、柳生但馬守俊則・倉橋三左衛門久雄が重豪に代わって登城し、致仕を願ったと記す。廿九日には重豪が登城し、牧野越中守貞長を介して願いの許可を伝えられたと述べる。
追録6-No.2544 世子への伝命・隠居の待遇・帰国許可と往還を記す
正月廿九日、世子への伝命と重豪の隠居、御附御茶道頭の設置を記す。二月十五日には家斉へ太刀一腰・馬代黄金十両・縮緬十巻を献じて隠居の恩を謝し、続く廿一日の条に公内書を賜ったと記し、「大家承統始値歳杪也」とする。「歳杪」は歳末の意だが、二月十五日から続く叙述との時系列関係は確定できない。翌日、上総介に改…
追録6-No.2545 神社仏閣の修造・農業奨励・年貢徴納の三箇条を示す
神社仏閣を修造・興行すること、農業に専念させること、国々の年貢を徴納することの三箇条を示し、その趣旨に沿って取り計らうよう命じる。天明七年正月十一日付で重豪の御判がある。外包には、同年三月七日に安房殿から渡され、御記録所へ納め置くよう命じられ、平山五郎右衛門が受け取って納めた旨を記す。
追録6-No.2546 家督を継いだ豊後守へ相伝の家宝を譲り子孫への継承を命じる
家督相続が首尾よく命じられて安堵したとして、相伝の家宝を別の目録に記して豊後守に譲り与える。子孫万代に至るまで譲り渡すよう命じる。天明七年正月廿九日付、薩摩守重豪の御判を据え、松平豊後守に宛てる。上包にも「松平豊後守殿」とある。
追録6-No.2547 重豪から斉宣へ譲る文書・記録・刀剣・武具・祭具などを列記する
重豪から太守斉宣へ譲る家伝の重物を記す目録。冒頭に系図、文書五帖、巻物数十軸、家康の黒印一通、秀忠の感状一通、御判物七通と付属の領地目録六通、記録六百弐拾三冊を掲げる。続いて源氏重代の膝丸・頼朝の太刀と守脇指、五指量愛染明王像、摩利支天像、忠久の鎧とその写し、綱切の太刀、旗・剣・手鎗・馬験、遠鷹と称…
追録6-No.2548 重豪以来の領国統治を守るよう命じ家老が遵守を添書する
中将重豪が願いにより隠居し、自分に家督が命じられたことを受け、領国の者は公儀の政治を重んじて慎み、国家の仕置は中将の代からの申し付けを忘れず堅く守るよう命じる。正月廿九日付の袖判の仰せである。三月付の家老連署添書は、隠居・家督に際して袖判で命じられた趣旨を領内で守り、古来の風俗を乱さず万事慎むよう重…
追録6-No.2549 毎朔御条書一通の所在と包紙標題を記し本文の写しを省略する
白木御文書六番箱中十五号に毎朔御条書一通があり、天明七年正月廿九日付であると記す。包紙には「条目」とあることを付記し、本文の写しは省略すると明示する。条書の具体的な条項は掲げていない。
追録6-No.2550 父重豪の政務補佐に応え家法を守り家老以下が精勤するよう命じる
父中将の厚い配慮によって隠居・家督が命じられ、累代の領国を継いだことを述べる。自分が若いうちは公儀への勤めと政事に父の助言を受けることは代々の家法であり、長年家督を担った父が隠居後も補佐する恩に報いるため、家老以下が油断なく精勤し、作法と風儀を正すよう命じる。怠れば父の孝養にも関わり、仕置の基礎が立…
追録6-No.2551 若い豊後守を補佐して家法と国政を立て直す方針を家臣に命じる
自分の隠居と豊後守への家督相続について、兼ねて伝えた考えを踏まえ、公儀への勤めと国政に心を添え、軽い事柄でも報告して家法が一層確立するよう命じる。それが国家永続の基礎であるから、老年に至る前に隠居するとし、家老をはじめ皆が油断なく後世の模範となるよう求める。一方、自分が心を砕いても重役が注意せず目前…
追録6-No.2552 隠居家督に際する袖判の命令と古来の風俗を守るよう伝える
願いどおり隠居・家督を命じられたので、袖判による仰せの趣旨を領内で守り、古来の風俗を乱さず万事慎むよう命じる。天明七年正月付で主計・勘解由が連署する。上包に「添書」とあり、外包は太守・中将の仰せの書付二通と家老添書を記す。さらに、天明八年二月朔日に主計から平山五郎右衛門へ渡し、白木御文書六番箱に納め…
追録6-No.2553 隠居家督の許可と登城・謝礼・通知・祝儀の手順を詳報する
正月十八日に提出した隠居家督願について、廿八日に老中連署の奉書が届き、翌廿九日四時に侍従と登城すること、病気なら名代を出すことが命じられたと伝える。侍従は今朝五半時に登城し、太守の名代を頼んだ本多豊後守も登城した。白書院の縁頬で牧野越中守が、薩摩守の病気による願いどおり隠居を許し、家督を豊後守に与え…
追録6-No.2554 隠居家督の報告を受け各方面への伝達・祝儀・通知の処置を返答する
正文で知らせられた内容を承知したと返答する。明姫・御女中方へ報告して伝え聞かせ、先月廿九日の月次礼には一門以下と奥表の役人に先例により申し渡し、出仕を免れた者にも祝いの趣旨を伝えたと報告する。長崎奉行への知らせや祝物は申し越された趣旨で取り計らい、隣国・佐土原への通知は先例により処理し、中山王へは近…
追録6-No.2555 隠居と家督相続に伴う太守・中将の称号と記載順を通知する
太守の隠居に伴い、今後は「中将様」と称し、侍従の家督相続に伴い「太守様」と称することを知らせる。記載の順序は太守様を先、中将様を後とするとし、この趣旨を明姫・御女中方に申し上げ、通達等を取り扱うよう求める。正月廿九日付で市田勘解由から喜入安房・川上頼母・島津仲・宮之原主膳へ宛てる。
追録6-No.2556 太守・中将の称号変更を承知し明姫方への伝達を返答する
正文の内容を承知し、明姫・御女中方へ申し上げ、通達などは先例により申し渡したと返答する。三月十八日付、喜入安房の返書である。正文で通知された、隠居後の重豪を中将様、家督を継いだ斉宣を太守様とする称号とその記載順についての返答に当たる。
追録6-No.2557 隠居後も若い豊後守を補佐し家法と国政を整えるよう家臣に命じる
自分の隠居と豊後守への家督相続について、兼ねて伝えた考えを踏まえ、公儀への勤めと国政に心を添え、軽い事柄でも報告し、家法が一層確立するよう求める。国家永続の基礎を築くため老年になる前に隠居すると述べ、家老をはじめ皆が油断なく心を配り、後世の規範となるよう命じる。自分が心を砕いても、重役が注意せず目前…
追録6-No.2558 重豪が上総介への改名を願い翌日許される
春正月廿九日、重豪が幕府に願状を提出し、上総介への改名を求めた。翌日、浮帖によってこれを許されたと記す。
追録6-No.2559 薩摩守を上総介に改めたい旨を伺う
同氏の薩摩守が名を上総介に改めたいと願っているので、その旨を伺うと述べる。正月廿九日付、松平豊後守の署名がある。付紙には、伺いのとおりとしてよい旨を記す。
追録6-No.2560 薩摩守から上総介への改名許可を受け登城の礼を伺う
薩摩守を上総介に改めたいと伺ったところ、願いのとおり許す旨を仰せ渡され、ありがたく存じると述べる。その礼のため登城したいとして伺う。二月朔日付、松平豊後守の署名がある。
追録6-No.2561 家督相続後の献上品と上総介の年中勤向に関する二通の伺書
家督相続に伴う二通の伺書を収める。第一通は、上総介が御縁女へ年中献上してきた品を今後は豊後守から進上し、上総介からの品は別紙のとおりとしたいと伺う。第二通は、上総介の年中献上品と勤向、参詣時の使者による機嫌伺などを伺う。それぞれに品目・数量と、願いのとおり取り扱うよう指示された旨の朱記がある。
追録6-No.2561-1 御縁女への献上を豊後守が引き継ぎ上総介分の品目を定める
家督を継いだので、これまで上総介から御縁女へ年中差し上げてきた品は今後自分から進上し、上総介からは別紙の品を献上したいと伺う。二月朔日付、松平豊後守の署名がある。別紙は、正月二日の年頭に鯛一折、上巳に干鯛一箱と御樽代五百疋、端午に鯛一折、暑気に縞織越後五端と御干肴一籠、暑気の機嫌伺に氷砂糖一器を掲げ…
追録6-No.2561-2 上総介の年中献上品と参詣時などの機嫌伺の取扱いを願う
上総介の年中献上物と勤向を掲げ、次のとおり取り扱わせたいと伺う。年頭は御太刀一腰と御馬代黄金十両、暑寒は御肴を各一種、端午・重陽・歳暮は時服を各二宛、若菜の祝儀は鯛一折、生身魂の祝儀は黄金十両とする。惣出仕のある折や東叡山・増上寺などへ参詣する折には、使者をもって機嫌伺・祝儀を申し上げたいと記す。二…
追録6-No.2562 京都から届いた口宣と宣旨を斉宣が受ける
天明七年二月七日、口宣と宣旨が京都から届き、斉宣がこれを受けたと記す。
追録6-No.2563 上総介への改名許可と謝礼・通知・名の遠慮の取扱いを報告する
中将の隠居が願いどおり命じられたのに伴い、上総介へ改名したい旨の太守の伺書を、先月廿九日に留守居澁谷五郎右衛門から御用番牧野越中守へ差し出したと記す。翌晦日に留守居の出頭を求める切紙が届き、五郎右衛門が出頭すると、願いのとおりとの附札が伺書に付けて渡された。去る朔日、太守は越中守を礼のため見舞い、大…
追録6-No.2564 改名通知を承知し明姫方への伝達・祝儀・関係先への知らせを返答する
改名に関する正文を承知したと返答し、明姫・御女中方へ申し上げ、先例により相談したうえで、今日出席した一門以下の月次礼の席で祝儀を申し上げたと記す。明姫・御女中方には今便で知らせのとおり祝詞を申し上げるよう伝え、一門その他にも従来のとおり申し上げるよう知らせた。差出人たちを含む大目付以上からも書状で同…
追録6-No.2565 重豪が隠居後も政務を補佐するため軽い事柄も従来どおり表へ報告させる
深い考えによって隠居を願い出たが、政務は引き続き補佐するので、今回は格別の時節であると伝える。このため、今後も事柄の軽重にかかわらずすべて隠居へ申し上げ、そのうえで従来どおり表へ報告するよう命じられたと知らせる。この趣旨を承知し、各役へ申し伝えるよう求める。二月付、安房の名を記す。
追録6-No.2566 若年での隠居の深意を使者の説明で理解し家の永続を願う配慮を承服する
隠居の仰せについて、先に矢野男吏が下されて配慮の趣旨は知らされたものの、まだ老年ではないため詳しい事情を理解できず、人々に不安があったと述べる。さらに岩下佐次右衛門が下され、深い趣意を理解するよう伝えられ、家老中も別途説明を受けた。その後の詳しい仰せも一つずつ承知し、もっともなことであると受け止めた…
追録6-No.2567 格式を子孫へ継ぐための隠居と若い侍従への政務補佐の意図を示す
隠居について、現当主が先代の遺意を継いで家の規定や領国内の統制を細かく命じてきたが、いまだ行き届かない点があり心を痛めていると述べる。他方、公儀との特別な由緒により、侍従の初めての御目見や月次礼での休息所の席など、太守と同様の取扱いを受け、両殿とも内外で大きな威勢を得ているとする。今しばらく勤めれば…