重豪帰国、礼使を上す
明和二年五月四日~十月十五日(記事の各日付)/原整理番号 189/整理ID 189
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概要
重豪は五月四日に江戸芝第一を発ち帰国する。家老高橋此面種寿、側用人二階堂源太夫行端・宮之原甚五太夫通直、近習役二階堂部行旦・村上桂馬範村らが供奉した。東海道を経て五月十九日伏見着、廿一日舟で大坂へ下り、三宿後に大坂を発つ。播磨路を進み廿七日坂越着、同日乗舟し六月七日豊前州大里着、九州路を進んで六月廿二日鹿城へ帰着した。同日、謝恩使として鎌田典膳政為を鹿府から東武へ派遣する。政為は西海・山陽・東海道を経て七月廿四日江府に着いた。八月朔日に阿部伊豫守正右宅で趣旨を述べ連署等の書を渡し、西丸老中松平右近将監武元宅でも趣旨を伝え書を渡す。十五日に登営し白書院で礼使として先規の方物を献じ家治に謁し、さらに自身の献物を差し出して台顔を拝した。西城檜之間では献物目録を捧げ武元に謁し、加納遠江守久堅が執奏した。席に戻って久堅に自身の献物を差し出す。廿一日に再び登営し、檜之間で阿部正右から奉書を受け、将軍から賜った「巻物二」を拝戴して退出した。同日武元宅で若君の旨を承け、その奉書を渡され、老中・若年寄の各宅を訪ねて謝礼した。勤事は先格どおりに行い、九月九日に江府を発ち、十月十五日に薩府へ還って復命した。
登場人物
島津重豪、高橋種寿(此面)、二階堂行端(源太夫)、宮之原通直(甚五太夫)、二階堂行旦(部)、村上範村(桂馬)、鎌田政為(典膳)、阿部正右(伊豫守)、松平武元(右近将監)、加納久堅(遠江守)、徳川家治
宛先
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キーワード
重豪帰国、供奉、東海道、舟行、謝恩使、鎌田政為、礼使、登営、奉書、巻物二、復命
冊子頁
97頁
読込量
中
面白さ
★★★★☆
(1)例言・目次・本文1~172頁(宝暦14~明和4).pdf