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追録6の目録
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追録6-No.101 島津重豪書状
少将重豪が中山王に宛て、書翰を披見したと伝える。若君様・万寿姫君様の誕生に際し、公方様・若君様・万寿姫君様へ目録の通り祝儀を献上し、両使者にも拝領物が与えられて重ねてありがたいとの知らせをもっともとする。あわせて、派遣された小波津親方から目録の品を贈られたことを喜ぶ。九月十五日付、少将重豪御判。年記…
追録6-No.102 島津重豪書状
少将重豪が中山王の書翰を披見し、代替わりに際して王の使者を当秋に召し連れて参府する予定だったが、寒湿の痛みのため先に出府し、使者は秋に派遣するよう願った通りに仰せ出されたことを述べる。派遣された小波津親方から太刀・馬代白銀百両および目録の品を贈られ、その入念な心遣いを喜ぶ。九月十五日付、少将重豪御判…
追録6-No.103 島津重豪書状
少将重豪が中山王に宛て、年始の嘉儀として使簡を差し渡し、目録の品を贈られた入念な心遣いを喜ぶ。さらに、後に喜び合う時を期すと述べる。九月十五日付、少将重豪御判。年記は朱注。冒頭は全上で前通の出典を受ける。
追録6-No.104 島津重豪書状
少将重豪が中山王に宛て、御鷹の鶴を拝領した祝儀のため盛嶋親方が派遣され、とくに太刀・馬代白銀百両および目録の品を贈られたことについて、その入念な心遣いを喜ぶ。九月十五日付、少将重豪御判。年記は朱注。冒頭は全上で前通の出典を受ける。
追録6-No.105 島津重豪書状
少将重豪が中山王に宛て、若君様・万寿姫君様の誕生祝儀献上が済み、拝領物があったことを述べる。その御礼として今回送られた書翰を次の使者を通じて差し上げたところ披露され、奉書を渡されたので、これを送り届けると伝える。十月廿二日付、少将重豪御判。年記は朱注。出典注は重豪公御譜中・正文在琉球国国司。
追録6-No.106 麑府稲荷神祠ニ結願ノ流鏑馬ヲ張行ス、重豪、将軍世子家基ノ髪置ヲ賀ス
麑府稲荷大明神の例年十一月三日の祭祀で鏑流馬を行い、この年は結願のため三騎を加えたことを記す。旧式の上馬者は川上庄八郎親馮、射手は鮫島次左衛門員良、結願の上馬者は川上四郎親宣、射手は相良助之進常苗・種子島四郎助時良で、計五騎。同月四日、儲君家基が出生後初めて胎髪を置いたため、重豪が即日登城して波之廂…
追録6-No.107 松平康福書状
松平周防守康福が松平薩摩守に宛て、若君様の髪置の御祝儀として使者を通じて目録の通り献上された品を披露し、たいへんよい仕合わせであったと伝える。十一月四日付で、明和元年の年記は朱注。具体的な献上品名は本文に記さない。出典注は正文在文庫。本文から日付・署名・宛名は次頁に続く。
追録6-No.108 阿部正右書状
阿部伊予守正右が松平薩摩守に宛て、若君様の髪置の御祝儀として使者を通じて目録の通り献上された品を披露し、たいへんよい仕合わせであったと伝える。十一月四日付で、明和元年の年記は朱注。具体的な献上品名は本文に記さない。冒頭は全上で前通の出典を受ける。
追録6-No.109 重豪琉使ヲ伴ヒ将軍嗣位ヲ賀ス
将軍家重が家治に政務を譲り西城に退いたことを受け、琉球国司尚穆が先例に従って賀使読谷山王子を江府へ遣わし方物を献じた経緯と、賀使の旅程を記す。王子は麑府に到来後、八月廿三日に東武へ向けて出発し、家老川田伊織国福・用人岩下佐次右衛門方峯・近習役島津矢柄久籌・留守居有川勇馬貞厚・使番矢野清右衛門清香らが…
追録6-No.110 松平武元外二名連署状
松平周防守・松平右京大夫・松平右近将監が連署して松平薩摩守に宛て、御用のため翌十三日四時に登城するよう命じる。十一月十二日付、明和元年の年記は朱注。本文の署名は官称のみで、目録は松平武元外二名の幕府老中連署状とする。出典注は重豪公御譜中・正文在文庫。
追録6-No.111 重豪従四位上中将ニ叙任セラル
同月十三日、重豪が登城して白書院に赴くと、松平輝高・松平武元・松平康福・阿部正右が縁に連座し、輝高が台命を伝えた。琉球使節の来朝が将軍の意にかない、先例に従って従四位上・左近衛中将に叙任するとの旨で、重豪はこれを拝受した。続いて西城で奏者仙石越前守政辰に取り次ぎを受けて拝礼し、老中宅へ謝意を述べに赴…
追録6-No.112 松平武元外二名連署奉書
松平康福・松平輝高・松平武元が連署し、阿部飛弾守に宛て、松平薩摩守を従四位下少将から従四位上中将にする旨が仰せ付けられたので、口宣などを調えるよう伝奏衆へ申し入れることを命じる。明和元申十一月十三日付、三名の判。宛名には所司代・正允の人物注がある。出典注は全御譜中・写、写正文在右筆所。
追録6-No.113 島津重豪叙従四位上口宣案
従四位下源重豪朝臣を従四位上に叙する旨を記した口宣案。明和元年十一月十三日付の宣旨として、上卿は滋野井中納言、蔵人左少弁藤原光祖が奉じる。朱注は在口裏・口宣案とする。冒頭の全上は前文書の出典を受け、正文在文庫の注がある。
追録6-No.114 島津重豪左近衛権中将転任口宣案
左近衛権少将源重豪朝臣を左近衛権中将へ転任させる旨を記した口宣案。明和元年十一月十三日付の宣旨として、上卿は広橋大納言、蔵人頭左大弁藤原俊臣が奉じる。出典注は正文在文庫。朱注は在口裏・口宣案とする。
追録6-No.115 島津重豪左近衛権中将転任宣旨
左近衛権少将源朝臣重豪について、正二位行権大納言藤原朝臣兼胤が勅を奉じて左近衛権中将に転任させる旨を宣する。明和元年十一月十三日付、大外記兼掃部頭造酒正中原朝臣師資が奉じる。本文は冊子三十頁下段から三十一頁上段へ続く。出典注は正文在文庫。
追録6-No.116 島津重豪叙従四位上位記
従四位下源朝臣重豪を従四位上に叙する位記。勤仕・精誠・夙夜の奉公をたたえ、栄級を授け、主者の施行を命じる。明和元年十一月十三日付で、元年には朱印の表示がある。職仁親王の宣、藤原兼敦の奉、藤原持豊の行を記し、権大納言・権中納言等の官位と人名を列記する。さらに資枝らの請奉、中原師資の施行、摂政近衛内前・…
追録6-No.117 上卿・職事書立
従四位上薩摩中将の叙任に関わる上卿と職事の書立。従四位上について、上卿滋野井中納言・職事鳥丸権右中弁を記し、左近衛権中将については、上卿広橋大納言・職事中御門頭左大弁を記す。本文には独立した年月日・署名・宛名を記さない。朱注は正文在文庫。
追録6-No.118 後桜町天皇女房奉書
薩摩中将から今回の昇進の御礼として黄金百両・御きぬ三十疋が献上され、披露したところ喜ばれたので、その旨を心得て伝えるよう命じられたことを御いまの御局へ知らせる女房奉書。本文末に独立した年月日や差出人の実名はなく、朱注に在口裏・明和二の記載がある。目録は後桜町天皇女房奉書、明和二年二月十六日とする。冒…
追録6-No.119 松平武元外三名連署状
阿部伊予守・松平周防守・松平右京大夫・松平右近将監が連署し、松平薩摩守に宛て、翌廿一日四時に中山王の使者を召し連れて登城するよう命じる。追って直垂を着用し、本丸の用事が済んだら西丸にも使者を召し連れて参上するよう指示する。十一月廿日付、年記は朱注明和元年。正文の署名は官称のみ。目録は松平武元外三名の…
追録6-No.120 登城令書
琉球人に付き添う家来一人に御目見を仰せ付けられたので、召し連れて参上するよう命じる登城令書。本文に差出人・宛名・月日の記載はない。朱注は明和五年とし、別の朱注に元年の誤りかと疑問を示す。目録も明和五年(ママ)とするため原記と疑問注を併記する。出典注は正文在文庫。
追録6-No.121 重豪、琉使ヲ率ヒ登営ス
同月廿一日、重豪が琉使を率いて登営し、先に殿上間へ赴き、将軍家治が御座する大広間へ使者を伴って入見した。加納遠江守久堅が中山王尚穆の太刀目録を取り、別幅腰帯・馬具、龍髄香・香餅、太平布、龍織芭蕉布、鳥織芭蕉布、羅紗、青貝、堆錦硯屏、青貝箱飯・香盒、泡盛酒等を含む進物を述べ、使者が中壇で奏して三拝した…
追録6-No.122 松平武元外三名連署状
阿部伊予守・松平周防守・松平右京大夫・松平右近将監が連署し、松平薩摩守に宛て、翌廿五日に琉球人の音楽が仰せ付けられ、御暇も下されるので、四時に召し連れて登城するよう命じる。なお、直垂を着用し、本丸での用事が済んだら西丸にも召し連れて参上するよう指示する。十一月廿四日付、年記は朱注明和元年。出典注は全…
追録6-No.123 重豪再ビ琉使等ヲ率ヒ登営ス
同月廿五日、重豪が琉使と楽師を率いて再び登営した。琉使は殿上間を経て大広間に入り、楽師は御向板縁で待機し、松平肥後守・忠恭・頼真らや板倉勝清・鳥居忠孝が列座した。将軍家治が上壇で御簾を上げ、琉使以下が平伏すると、楽師が演奏した。演奏後、琉人は殿上間へ退き、将軍入御後に大広間で池田政倫・稲垣正武の引導…
追録6-No.124 松平武元外三名連署状
阿部伊予守・松平周防守・松平右京大夫・松平右近将監が連署し、松平薩摩守に宛て、官位昇進の御礼を申し上げるため、翌廿八日五半時に登城するよう命じる。十一月廿七日付、年記は朱注明和元年。出典注は全上・正文在文庫。本文から日付・署名・宛名は次頁に続く。
追録6-No.125 重豪官位昇進ノ口宣ヲ受ク
同年十一月廿八日、重豪が登営し、白書院で将軍家治に太刀一腰・馬代黄金一枚・縮緬十巻を献じて官位昇進の礼を述べた。御台所には白銀五枚・干鯛一匣、若君には太刀一腰・馬代黄金一枚を献じて拝礼した。同日、老中から所司代阿部飛弾守正允宛の奉書を賜った。十二月九日に高橋七郎右衛門種央・小倉仲之丞知澄を京都へ遣わ…
追録6-No.126 島津重豪明細書
松平薩摩守の領知・官位等を記す明細書。薩摩国一国・大隅国一国・日向国の内、高六十万五千石余、別に琉球国十二万三千七百石を記し、従四位上中将松平薩摩守、生国薩摩、居城薩州鹿児島を列記する。本国薩摩・薩摩守嫡子の欄と「申廿」の記載がある。料紙は小奉書、寸尺は縦九寸五分・横二寸八分。上包には小奉書披キ、包…
追録6-No.127 重豪、中山王ノ拝賜ヲ謝ス
同月廿九日、御台様が使者新家市正を芝邸へ遣わし、中山王への賜物を授けた。新家には孝之・広敷用人の人物注がある。重豪は直垂を着用して書院上之間で恩旨を奉じ、通訳を通じて唐衣・烏帽子姿の読谷王子へ伝えた。王子は進席して拝礼し、重豪がほかの謝意を取り次いだ。儀礼を終えると老中各宅へ赴いて礼を述べた。出典は…
追録6-No.128 島津久金・高橋種寿連署状
島津左中・高橋此面の連署状。十一月晦日付、朱注年記は明和元年で、目録は久金・高橋種寿とする。前日の老中連名奉書により廿八日朝六半時、重豪が熨斗目長袴で登城し、白書院で官位の御礼を述べ、土岐美濃守の取次ぎと輝高の処置で西丸でも御礼を済ませたと報告する。公方様へ太刀一腰・馬代金一枚・縮緬十巻、御台様へ白…
追録6-No.129 島津久定外三名連署返書
No.128の書状への御返答。女中方へ伝えて御聴き届けと御礼について先例を調べ、卯日付の役人限りの祝儀や六日付の浄岸院・重豪・御前様・真含院への御目付兼帯役人の祝儀、御一門・大身分と本人独礼を、従来の通達どおり取り扱うと述べる。女中方から祝儀を当人へ伝える先例も同日付で届いたので、その通り留守居へ指…
追録6-No.130 重豪、内之浦ノ市人ヲ褒賞ス
肝属郡内之浦郷の村市人弥三兵衛が、明和中に私蔵の米若干石を出して、同郷南浦村・小串村の飢えた民二百余人に施し、さらに私財で窮民を救ったことを記す。この冬十一月、その厚意を嘉して弥三兵衛に銅千疋を褒賞した。具体的な米量・賞与日の記載はない。出典は重豪公御譜中。目録は記事で年月日欄を空欄とする。
追録6-No.131 島津重豪伺書并例書
琉球中山王が従来江戸へ使者を上げ、その翌年薩州へ使者を遣わして書翰・献上品を送り、在江戸の家来を通じて公方へ献上した先例を踏まえ、今回の献上について松平薩摩守が指図を求めた伺書と例書。十二月七日付。朱書の張紙は、公方へ寛延の度の献上物、若君へ同年大納言に献じた物、御台へ正徳五年一位様に献じた物を、書…
追録6-No.132 島津重豪書状
中将重豪が中山王に宛てた謝状。芳翰を披見し、御代替の祝儀として読谷山王子を派遣し、太刀一腰・馬代白銀百両および別録に記す品々を贈られたことを喜び、礼を述べる。十二月九日付、重豪御判。年記は朱注明和元年。出典注は全御譜中・正文在琉球国国司。
追録6-No.133 琉使読谷山朝勤ヲ終ヘ帰国ス
中山王の信使読谷山が儀礼を終え、尾張宗睦・紀伊宗将・水戸宗翰・徳川宗武・宗尹・重好、台老、京都所司代、大坂城代、若年寄以下の諸官から、それぞれ謝礼への贈物を受けた。十二月十一日に琉使が江府を発ち、川田伊織国福・島津登久運・関山新左衛門金郷・本田六左衛門親相を護送に付けた。東海道・美濃路を通り、閏十二…
追録6-No.134 きよ橋外六名連署消息
松しま・高をか・うら尾・いはせ・たき川・むめた・きよ橋の七名が連署した口上の覚。松たいらさつ摩守が官位の御礼として御台様へ目録の通り進上した品をすべて披露し、御台様が満足し、よく申し述べるよう仰せになったことを伝える。官位の御礼がめでたく済んだことも喜ぶ。宛名は松たいらさつ摩守、年記は朱注明和元年で…
追録6-No.135 島津重豪書状
まつ嶋ら七名に宛て、御台様がますます御機嫌よくおられることを喜び、自身の官位御礼として目録の通り進上した品を披露し、御意の趣旨を口上書で知らせてくれたことに謝意を述べる。御序の折には御前でよろしく取りなすよう依頼する。冒頭の添書は、いはにもよろしく伝えるよう求める。宛所七名の仮名表記は本文に従う。署…
追録6-No.136 島津重豪伺書
徳川刑部卿の逝去に際し、公方様の上意によって妻へ奉文を下されたことをありがたく受け、松平薩摩守が、表向きに自身の御礼をどのように勤めればよいか指図を求めた伺書。十二月十四日付、松平薩摩守の名を記す。年記は朱注明和元年。御付紙の朱注は、この件を月番老中阿部伊予守へ伺うよう示す。妻の実名、刑部卿の実名、…
追録6-No.137 某覚書
暑気の御尋として公方様から薩摩守妻へ奉文・御肴を賜った場合、および御鷹を賜った場合の御礼の取扱いを記す覚書の扣。薩摩守が在府のときは御用番と西丸老中に御礼の回勤をし、在国のときは飛札で御礼を申し上げるとする。また、薩摩守妻の出府に際して奉文で御尋を受けたとき、薩摩守が在国なら、両御丸へ飛札で御礼を申…
追録6-No.138 幕府指図書
来年四月の日光山御法会について、松平薩摩守に御太刀・御馬代黄金十両を、使者を通じて四月十七日に日光本坊へ奉納するよう指示する。使者は熨斗目長袴を着用し、刻限は現地で問い合わせるよう命じる。本文に発給者名・署名・日付はなく、朱注は明和元年閏十二月、在口裏に松平薩摩守にとある旨を記す。目録は幕府指図書。…
追録6-No.139 松平康福書状
松平周防守康福が松平薩摩守に宛て、今朝献上された御干菓子一箱を披露したことを知らせる。閏十二月三日付、康福判。年記は朱注明和元年。出典注は全上。披露先の名はこの書状自体に記さない。
追録6-No.140 松平康福書状
松平周防守康福が松平薩摩守に宛て、今朝献上された蜜柑二箱・干椎茸一箱を披露したことを知らせる。閏十二月六日付、康福判。年記は朱注明和元年。出典注は重豪公御譜中・正文在文庫。披露先の名はこの書状自体に記さない。
追録6-No.141 阿部正右書状
阿部伊予守正右が松平薩摩守に宛て、今朝献上された蜜柑二箱・灸鮎一箱を披露し、よい御仕合であったことを知らせる。閏十二月六日付、正右判。年記は朱注明和元年。出典注は全上。披露先の名はこの書状自体には記さない。
追録6-No.142 島津久定外二名連署状
島津土鈴・樺山左京・島津山城が連署し、嶋津左中・髙橋此面に宛てた問い合わせ。官位についての城からの仰せを使番が持ち出したところ、白書院の縁頬で老中から、琉人を伴う参府の喜びと従四位上中将への任官を告げられたことを承知し、喜びを述べる。官位のための出仕に際して先例による相違はなく、喜びは同じながら、琉…
追録6-No.143 島津久金・高橋種寿連署返書
No.142の問い合わせへの返書。今回も琉球人を伴う参府は従来と変わらず、機嫌伺い・従四位上中将任官の仰せを受けたと述べる。琉人を召し連れたと記した点について、太守が合点しにくいとして手前方へ照会を命じ、留守居が去方へ承合せたこと、太守の痛所と家来の警固に触れる。太守が先規どおり参府に琉人を伴って登…
追録6-No.144 樺山久智申渡書
太守の官位昇進に伴う社寺・霊牌等への献納と代参の申渡書。大雄山御宮へ白銀二枚、台徳院以下大猷院・厳有院・常憲院・文昭院・有章院・有徳院・惇信院の位牌殿へ各一枚を南泉院に納め、花尾山の忠良、加世田日新寺の慈眼院・寛陽院・泰清院・大玄院・有邦院・慈徳院の各位牌、福昌寺の円徳院位牌、浄光明寺の浄国院位牌へ…
追録6-No.145 重豪昇進、祖廟ニ白銀ヲ献ズ
先の官位昇進により、この冬閏十二月二十五日、島津肥前忠紀を大雄山の神祖廟へ遣わして白銀二枚を献じ、島津播磨久敦を通じて台徳公から惇信公まで八代の霊牌へ各一枚を献じた。同日、島津図書久濃を花尾権現社へ、番頭島津内記久澄を福昌寺の慈眼院・寛陽院・泰清院・大玄院・有邦院・慈徳院・円徳院の尊牌へ遣わして、各…
追録6-No.146 徳川家治御内書
家治公の黒印を伴う御内書。歳暮の祝儀として小袖一重が届いたことを喜び、詳しいことは阿部伊予守が述べると伝える。閏十二月廿七日付、薩摩中将宛。年記は朱注明和元年。出典注は全上・正文在文庫。
追録6-No.147 阿部正右書状
阿部伊予守正右が松平薩摩守に宛て、歳暮祝儀として使者を通じて献上された小袖一重を披露し、よい御仕合であったことを知らせる。閏十二月廿七日付、正右判。年記は朱注明和元年。出典注は全上。
追録6-No.148 阿部正右書状
阿部伊予守正右が松平薩摩守に宛て、使者を通じて若君様へ献上された御破魔弓一飾を、首尾よく披露したことを知らせる。閏十二月廿八日付、正右判。年記は朱注明和元年。出典注は全上。若君の実名はこの書状では記さない。
追録6-No.149 島津久郷申渡書
新番の組合について、当人が所属を願い出て認められたことを踏まえ、今回別冊の通り番組を編成したので、書き改めて伝えるよう組頭へ命じる申渡書。一番から四番組までは各人を従来の組へ入れ、できるだけ増減せずおおむね人数がそろうよう組み合わせる。組ごとに人数の多少がある場合は、この四組の内で調整する。五番・六…
追録6-No.150 島津重豪吉書
明和二年正月元日付、重豪御判の吉書。漢句「長生殿裏春秋留、不老門前日月遅」と、君が代が八千代に続き、さざれ石が巌となって苔がむすまでと詠む和歌を記し、長寿と永続を寿ぐ。右包紙の注は、重豪公御内證御吉書を白木御文書五番箱に入れ、同年二月十五日、江戸で村上桂馬から差し渡されたため児玉皐之丞から差し越して…
追録6-No.151 明和二・三年間公辺記事
明和二年乙酉・三年丙戌の公辺行動記録。二年正月二日に大家へ朝賀し、廿一日に鶴を賜る。二月四日に琉使が薩府へ着き、十九日に島津大蔵久通の改称、廿五日に山城久定の家老辞職を記す。三月四日、輝高・正右・若年寄らを芝邸に招き、貴樹君誕生を祝う。六日に宗衍ら十八名、九日に重定ら二十二名、四月五日に忠恭らを再び…
追録6-No.152 松平輝高書状
松平右京大夫輝高が松平薩摩守に宛て、若菜の祝儀として献上された鯛一折を披露し、よい御仕合であったことを知らせる。正月七日付、輝高判。年記は朱注明和二年。宛所の在口裏注と、重豪の人物注がある。出典注は重豪公御譜中・正文在文庫。
追録6-No.153 阿部正右書状
阿部伊予守正右が松平薩摩守に宛て、若菜の祝儀として献上された鯛一折を披露し、よい御仕合であったことを知らせる。正月七日付、正右判。年記は朱注明和二年。宛所の在口裏朱注がある。出典注は全上。
追録6-No.154 島津久定申渡書
年頭に太刀を進上する人のうち、在京中、使者として赴いている者、江戸往来の途中などで年頭に在府しない人は、今後の出府または帰着の際に太刀を納めるよう指示する。ただし、江戸で詰合せをしている人は従来どおり江戸で進上するとする。これを通達したので承知し、記録奉行にも申し渡すよう命じる。山城の署に島津久定の…
追録6-No.155 島津重豪吉書
明和二年正月十一日付、重豪判の吉書。神社仏閣の修造・興行、農事への専念、国内年貢の徴納という三箇条を掲げ、沙汰するよう命じる。包紙の注は、同年二月十五日に本殿から郡山主右衛門へ渡され、納め置いたことを記す。白木御文書五番箱にある旨の保管注もある。出典注は重豪公御譜中・正文在文庫。
追録6-No.156 重豪御鷹ノ鶴拝領ス
明和二年乙酉正月廿一日、大将軍家治が上使間部玄蕃詮緒を遣わし、重豪に御鷹の鶴一隻を賜った。重豪は先格どおり恩旨を拝した。本文は贈品を一隻と記す。目録は記事で年月日欄を空欄とする。出典は重豪公御譜中。
追録6-No.157 島津重豪書状
まつ嶋ら七名に宛て、公方様・御台様・若君様・万寿姫君様の御機嫌を喜び、上使間部玄蕃を通じて御鷹の鶴を拝領したことに礼を述べる。御台様・若君様・万寿姫君様にも謝意を伝え、折を見て御前でよろしく取りなすよう依頼する。冒頭添書は、表にも御礼を述べるので、いはにもよろしく伝えるよう求める。年記は朱注明和二年…
追録6-No.158 島津久金・高橋種寿連署状
髙橋此面・嶋津左中の連署状。官位の口宣・宣旨を受領する使者高橋七郎右衛門が京都へ行き、禁裏への献上物や脇への贈物等を先規どおり済ませ、口宣・宣旨を滞りなく受け渡し、去る十一日に当地へ帰着したと報告する。その後の口宣・宣旨・女房奉書二所への伝達等を尋ねる。長く当地に置くと火事等が心配なので、口宣・宣旨…
追録6-No.159 川田国福家老返書
川田伊織国福が嶋津左中・髙橋此面に宛てた返書。口宣・宣旨が去る三日に届き、家老中で拝見し、先例どおり格護するよう記録奉行へ指示した。箱は左中切封のまま返す。添付の祝儀の扱いは先例を調べても、口宣を頂戴する際に当所で役人に限って本人へ祝儀を述べるという処置が見当たらなかったとする。元服・官位の先例につ…
追録6-No.160 近衛内前書状
近衛内前が薩摩中将に宛てた書状。年甫の賀章と日録の饋給を祝着に思い、ますます平安に年を重ねることを寿ぐ。当地ではすべて無事であり、後日の音信を待つとして結ぶ。正月廿八日付、年は朱注明和二年。署名の代わりに近衛内前の花押注があり、花押集参照番号No.1を付す。出典注は重豪公御譜中・正文在文庫。
追録6-No.161 仁礼仲古覚書
大田播磨守の役替えにより、跡の御目付御用を松平庄九郎に依頼したところ、引き受ける旨の返答が来たので、此面に伝えるよう山城が指示した。また、大田三郎兵衛が播磨守へ改名したことを知らせる。仁礼仲右衛門が、右のとおり申し渡されたので通達すると正月廿九日付で記す。仁礼には勘定奉行・仲古の注、大田には正房、松…
追録6-No.162 島津重豪伺書
有章院家継五十回忌法事につき、妻から香奠を献上させたいとして伺う。二月十九日付、御名、年は朱注明和二年。行間の御付紙は白銀壱枚を差し上げるよう指示する。右朱書のとおり酉二月廿八日に法事係老中松平周防守が留守居を呼んで付紙を申し渡したとの注がある。留守居東郷源五が持参し、取次小田五左衛門へ渡して差し出…
追録6-No.163 高橋種寿書状
髙橋此面が官位に伴う恩赦の方針を伝える。慈徳院代の大赦と同一にはしないが、官位は重い事なので通常の祝儀に伴う恩赦より厚くするよう命じられ、国元の大御目附に調査・伺いをさせる。入輿と宥邦院継豊の中将叙任時の先例も踏まえ、牢舎・遠流・百姓・下人下女・寺入・親族の咎目・逼塞等を吟味する。ただし本人の罪を調…
追録6-No.164 島津久定外四名家老連署返書
No.163の官位に伴う恩赦の書状に対する行間朱書の返答。本文で申し越した趣旨を承知し、大御目附へ伝えておいたと答える。朱書日付は三月廿一日、年は目録の明和二年。目録は島津久定外四名家老連署返書とする。原状の二月廿九日付や、黒字の恩赦対象・除外条件の詳細は原状に属する。原状署名の髙橋此面に朱の上、末…
追録6-No.165 重豪、家継ノ法事ニ香奠ヲ献ズ
有章院家継五十回忌に当たり増上寺で法事が行われるため、重豪が春三月朔日に家臣岩下佐次右衛門方峯を使いとして香奠銀十枚を献納した記事。本文は是歳とし、目録の年月日欄は空欄。出典注は全御譜中。妻からの白銀壱枚の献上伺いとは別の献納である。
追録6-No.166 幕府指図書
松平薩摩守に対し、若君家基の誕生祝いの振舞いとして三月四日の晩に何れへか相越すよう指図する。年記は朱注明和二年で、本文中の三月四日は振舞いの予定日。出典注は重豪公御譜中・正文在文庫。
追録6-No.167 重豪、若君生誕ヲ賀ス
先に若君が江府で誕生したので重豪が祝い、老中を芝邸へ招いた記事。三月四日、松平右京大夫輝高・阿部伊予守正右、若年寄鳥居伊賀守、奏者番土井大炊頭利里・牧野遠江守康満および数名の諸役人が芝邸へ来て、先例どおり饗応した。晩に各人が退去すると、重豪は輝高・正右の宅を訪ねて礼を述べた。鳥居の本文名は忠孝、人物…
追録6-No.168 近衛内前書状
近衛内前が薩摩中将へ宛てた書状。営中に使者を進める機会に一筆寄せ、新春の賀儀を珍重し、ますます平安であろうと挨拶する。当方も無事であり、目録のとおり贈り物をする旨を伝える。三月八日付、年は朱注明和二年。近衛内前の花押注と花押集参照番号No.1がある。出典注は重豪公御譜中・正文在文庫。
追録6-No.169 重豪官位昇進ノ慶宴ヲ設ク
同年三月十三日、重豪が官位昇進を祝うため、松平中務大輔義敏・松平掃部頭勝長・松平弾正大弼勝當・有馬中務大輔頼徸・佐竹右京大夫義敦・有馬上総介頼貴・南部信濃守利謹、そのほか親戚・知己を芝邸に招き、慶宴を設け、猿楽を催して饗応した記事。目録も重豪官位昇進ノ慶宴ヲ設クという記事で、年月日欄は空欄。出典注は…
追録6-No.170 島津重豪伺書
日光山の法会に際して妻の献上物を伺うべきところ、妻が服中なのでどのようにすべきかを問い合わせる。三月十七日付、松平薩摩守、島津重豪の人物注、年は朱注明和二年。行間の御付紙は、服が明けてから伺うよう指示する。出典注は全御譜中・扣正文在江戸家老座。
追録6-No.171 近衛内前書状
近衛内前が薩摩中将に宛てた書状。営中へ使者を進める機会に一筆寄せ、新春の賀儀を珍重し、ますます平安であろうと挨拶する。当方も無事であり、目録のとおり贈り物をする旨を伝える。三月十九日付、年は朱注明和二年。署は花押で、花押集参照番号No.1がある。出典注は重豪公御譜中・正文在文庫。
追録6-No.172 御牧廃止書付二通(構成索引)
明和二年三月十九日に小松式部から申し渡された書付一通と、記録奉行の覚書一通を収める包紙の記録。下甑野・頴娃唐松野の牧廃止に関する記録奉行覚書と小松清香申渡書を、それぞれ別文書として収録する。
追録6-No.172-1 記録奉行覚書
下甑野・頴娃唐松野の御牧を、取駒が少なく脚柄がよくないため廃止すると、川上弥五太夫を介して小松式部から伝えられた記録。領内の牧数を定めたことはなく、他の牧の廃止・再設置時も幕府へ書き出した例がないので今回も先例どおりとし、吉田用右衛門が書付一通を受け取り白木御文書五番箱へ収めた。両所の役人には書付を…
追録6-No.172-2 小松清香申渡書
下甑野と頴娃唐松野の二箇所について、取駒が少なく野柄がよくないため牧を廃止すると申し渡す。以前から領内の牧数を定めたことはなく、他の牧を廃止したり再設置したりする際にも幕府へ書き出した例はなかったので、今回も先例どおりとする。この旨を承知しておくよう記録奉行へ申し渡すことを命じる。本文は三月付、式部…
追録6-No.173 重豪帰国ノ暇賜ハルヲ謝ス
同年四月十三日、上使松平周防守康福から帰国の暇を賜り、先格どおりの恩賜を受けた。若君からも先例に従う贈物があり、康福が兼ねて使者を務めた。重豪は即日、各老中の宅を訪ねて謝礼した。十五日に指示どおり登城し、黒書院で家治に謁して休暇許可に礼を述べ、懇意の言葉と御馬一匹を賜り退出した。西営にも登り、その贈…
追録6-No.174 幕府指図書
松平薩摩守に対し、在所への暇を与え、拝領物を仰せ付け、近く御目見を仰せ付ける旨を知らせる指図。年記は朱注明和二年、月日はない。出典注は正文在文庫。本文は上段から下段右端の仰付まで続く。
追録6-No.175 幕府指図書
松平薩摩守に対し、暇に伴って若君から拝領物を仰せ付ける旨を知らせる指図。年記は朱注明和二年、月日はない。出典注は正文在文庫。
追録6-No.176 松平輝高外二名幕府老中連署状
阿部伊予守正右・松平周防守康福・松平右京大夫輝高の三名連署で松平薩摩守に宛て、明日五半時に登城し、暇への礼を申し上げるよう指示する。四月十四日付、年は朱注明和二年。差出三名の実名注がある。出典注は正文在文庫。
追録6-No.177 登城令書
家来一人に御目見を仰せ付けるので、召し連れて出頭するよう指示する令書。本文は家来一人という冒頭から翌頁の御目見指図へ続く。年記は朱注明和二年、月日・署名・直接宛名はない。出典注は正文在文庫。
追録6-No.178 拝領馬目録
拝領する御馬一匹の目録。馬は青、五歳と記す。年記は朱注明和二年、月日・署名・宛所はない。出典注は正文在文庫。
追録6-No.179 東征戦亡碑文
薩摩儒官臣今藤惟宏撰、西郷隆盛書の東征戦亡碑文。慶応の戦役を皇運再盛の機とし、戦死者を不幸中の幸と評して始まる。碑文は二年秋八月の慶喜の将軍職辞任・大坂入城、容保・定敬との企図、翌春正月の北上を叙述し、薩摩・長州等が詔を奉じて伏見・鳥羽で迎撃したとする。熾仁親王を大総督とする諸藩兵が二月に京師から三…
追録6-No.180 重豪、日光山家康ノ法会ヲ賀ス
神祖家康の百五十回忌法会が野州日光山で行われるため、重豪は家老高橋此面種寿を登山させ、四月十七日に日光山本坊へ太刀一腰・馬代黄金十両を献納した。留守居東郷源五実孝が種寿に同行して取次を務めた。法会終了後の同月廿一日、側用人島津矢柄久籌を登城させて家治へ二種一荷を、勝手方用人岩下佐次右衛門方峯を登城さ…
追録6-No.181 家康百五十回忌法会一巻
明和二年酉四月、日光山権現の百五十年回法会に使者を差し越した一巻の首尾を記す。巻首に嶋津左中久金・高橋此面種寿の名を掲げ、「白木御文書五番箱」の収蔵表示に箱内番号の小字注が付く。蓋紙の記載で一冊とする編纂注もある。巻内には奉納・祝儀の指図、年番や留守居間の通達、使者の人員・職分・衣服・先例照会、法事…
追録6-No.181-1 幕府指図書
翌年四月に日光山で営む法会について、松平薩摩守に使者による奉納を命じる。四月十七日に日光本坊へ太刀と馬代黄金十両を納め、使者は熨斗目長袴を着用する。奉納の刻限は現地で伺うよう指示している。
追録6-No.181-2 幕府指図書
翌年四月の日光山法会が済んだ後の祝儀献上について、献上物と差出方法を定める。公方への献上は十万石以上が二種一荷、一万石から九万九千石までは一種一荷とし、十万石以上の嫡子・隠居も同様とする。御台への献上も同じ区分とする。若君へは十万石以上が一種一荷、一万石から九万九千石までは一種宛を献ずる。在江戸の者…
追録6-No.181-3 東郷実孝覚書
東郷源五が此面に、日光山法会に関する幕府の書付を送る。覚には書付二通と別の一通を掲げ、翌年四月の日光山法会で太刀と馬代黄金十両を使者により献納する指示、法事終了後の祝儀献上物の規定、法会に関する機嫌献上物は不要とする指示を整理している。松平右近将監の用人佐々木丑蔵から連絡があり、当日中に東郷らの一人…
追録6-No.181-4 江副金兵衛・笹生彦五郎連署廻状并留守居添書
正月二十六日、江副金兵衛・笹生彦五郎が、四月の日光山法会で献納する使者の勤めについて御組合中の相談を求め、別紙を廻す。寄合席では十分に相談できなかったため、内談を整え、順達後は留めの家から二人のうち一人へ返すよう求める。続く条書は、正徳五年に井上河内守から使者の供を小勢にする旨を用人口達で伝えた先例…
追録6-No.181-5 東郷実孝書状
日光法会の使者派遣について正徳期の先例を示し、旧記の吟味と御内談による合議を求める。本文は、正徳五年の使者が四月十一日に江戸を出立し、十四日に日光へ到着、十七日の八時に本坊へ詰めて献納を済ませ、翌十八日に出立し二十一日に帰府した日程を記す。これに付す朱書は、当地の使者が家老役を勤めたこと、日光での献…
追録6-No.181-6 島津重豪内意書
四月に日光山で営む権現百五十回法会への使者派遣について、指示を伝えるよう命じた内意を島津左中が記す。朱書には、家老座で本文の内容を申し渡したところ御請を申し出たため、首尾係にも岩下佐次右衛門を通じて伝達し、即日書挙げを済ませた旨がある。記録日は酉二月十一日。
追録6-No.181-7 島津久金・高橋種寿(家老)連署伺書
島津左中と高橋此面が、四月の日光山権現百五十回法会に派遣する者を先例に基づいて伺う。留守居の東郷源五、留守居付の橋口与三次、家老座筆者で与力を兼ねる税所次郎八、献納物宰領の津留五右衛門を掲げる。朱書には、左中が日光使者に命じられたことと、税所を与力兼役として差し越すよう申し渡し首尾係にも伝えることを…
追録6-No.181-8 島津重豪内意書
伺いの内容について、申し出の通り差し越すよう命じた内意の伝達記録。二月十三日付で、御取次を二階堂部と記す。
追録6-No.181-9 日光山御法事日割
大目付に宛てた日光山法事の日割。初日を四月七日、中日を四月十一日、結願日を四月十六日とする。
追録6-No.181-10 幕府条書
日光山法事中の会合や諸事の取扱いを大目付に示した二月付の覚。日立合・内寄合は従来通り行うが、法事の初日・中日・結願日の三日間は延期する。拷問・手鎖・籠舎・縄掛の類は無用とする。また法事中も普請・鳴物・祭礼・法事などを止めるには及ばないと定める。
追録6-No.181-11 幕府大目付廻状
大目付が二月十七日、松平右近将監から渡された書付の写二通を諸家の留守居へ送る。書付を承知し、遅滞なく順達した後、池田筑後守のもとへ返却するよう指示している。宛先は松平陸奥守、有馬中務大輔、伊達遠江守、真田伊豆守、鍋嶋摂津守、秋月山城守、大田原出雲守、毛利能登守、織田丹後守、堀田梅之丞の十家の留守居。
追録6-No.181-12 有川真厚(留守居)首尾書
有川勇馬が二月十七日、此面に幕府の廻状と書付写二通の受領・順達を報告する。大目付池田筑後守から届けられたこれらの書類を、有馬中務大輔の家まで順達し、写を差し上げた旨を記す。
追録6-No.181-13 佐久間村央・有川真厚(留守居)連署書状
佐久間新左衛門と有川勇馬が二月十八日、此面に「去御方」への白銀二十枚の贈与について相談した旨を報告する。日光山法会に伴う派遣が先に命じられ、二月十五日に御暇と拝領物があり、来月四日頃に当地を出立する予定と聞いたことを述べ、派遣の際に右の品を贈るべきか相談している。朱書には、御使番の吟味に従って贈るよ…
追録6-No.181-14 使番書状
御使番が二月十九日、御内用の頼みがある人物への贈与について、似寄りの先例は見当たらないものの、琉紬三反と国分煙草五斤を贈ってよいとの吟味結果を述べる。朱書には、この吟味を問い合わせたところ同様に仰せ付けられた旨と、御使番の吟味どおりに贈るよう指示された旨を記す。朱書の日付は二月廿日で、取次は二階堂部…
追録6-No.181-15 幕府指図書
四月の日光山法会に際して、御太刀と御馬代を献上する使者を日光へ差し遣わす場合、道中を通し人馬で通行させるよう命じる。あわせて、この扱いを日光へ使者を派遣する者へ伝達するよう指示している。日付は二月と記される。
追録6-No.181-16 筒井忠雄(大目付)廻状
大目付筒井大和守が二月十八日、上杉大炊頭と松平内蔵頭の留守居に、松平右近将監から渡された書付一通を送り、内容を承知して同席の各家へ漏れなく通達するよう命じる。返答については、各家から個別に挨拶するには及ばず、通達者から申し聞かせるよう指示している。
追録6-No.181-17 池田治政・上杉重定留守居連署廻状
松平内蔵頭家の中村善右衛門・長谷川九兵衛と、松平大炊頭家の舟橋源太左衛門・笹生彦五郎が二月十八日、筒井大和守から届いた廻状と書付写一通を同席の諸家へ送る。内蔵頭・大炊頭へ申し聞かせたところ、各家へ伝達するよう命じられたため、写を廻すという。各家から個別に返答するには及ばず、通達が済んだ後に連署者らか…