上総介への改名許可と謝礼・通知・名の遠慮の取扱いを報告する
天明七年二月九日(年は朱書)/原整理番号 2563/整理ID 2563
現在、内容を確認中です。概要・人物・宛先・キーワード等は後日修正される可能性があります。
概要
中将の隠居が願いどおり命じられたのに伴い、上総介へ改名したい旨の太守の伺書を、先月廿九日に留守居澁谷五郎右衛門から御用番牧野越中守へ差し出したと記す。翌晦日に留守居の出頭を求める切紙が届き、五郎右衛門が出頭すると、願いのとおりとの附札が伺書に付けて渡された。去る朔日、太守は越中守を礼のため見舞い、大老・老中には留守居の使者で礼を伝えた。若年寄・用向を頼む側衆には礼は行わず、改名の通知を表方の使者で伝えた。中将からの礼は大老・老中へ表方使者で行い、若年寄・側衆への使者は出さなかった。日光御門主、一橋、御三家その他の一門、兼ねて交際のある向きや隣国、京・大坂役場、近衛その他への通知方法を記す。長崎在勤の奉行には双方から書状を送ることになり、使番から元同役へ連絡したので、そのとおり扱うよう求める。名の遠慮については享保六年の改名と享保十四年の益之助への改名の二例を調べ、似通った名の取扱いも照会したが、今回は特に申し渡すには及ばないとされた。詰中への改名告知、月次礼で両殿・両奥・両広敷へ祝儀を申し上げる取扱いも記す。明姫・御女中方への通知、隣国・佐土原への知らせと中山王への伝達を依頼し、先便で改名許可を聞いた喜びを述べ、自分たちも今便の書状で祝詞を申し上げると結ぶ。二月九日付、島津登・市田勘解由・島津伊賀から国元四名への書状である。
登場人物
島津重豪(中将・上総介)、斉宣(太守)、牧野越中守、澁谷五郎右衛門、島津久建(登)、市田貞英(勘解由)、島津久金(伊賀)、明姫、長崎奉行、中山王、喜入安房久福、川上頼母久品、嶋津仲久健、宮之原主膳通直
宛先
喜入安房久福、川上頼母久品、嶋津仲久健、宮之原主膳通直(各殿)
キーワード
隠居、上総介、改名、伺書、附札、牧野越中守、留守居、謝礼、通知、名の遠慮、月次礼、明姫、長崎、中山王
冊子頁
938~939頁
読込量
中
面白さ
★★★★★
(7)926~1054頁(天明7~寛政元).pdf