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追録5の目録
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追録5-No.587 松平武元書状
松平右近将監武元が十月五日、松平大隅守へ送った返書。相手の礼状を披見し、同氏薩摩守が病気の折、上意の趣を伝える宿次の奉書によって容体を尋ねられ、そのうえ粕漬鯛を拝領したことを受ける。また、大御所・大納言からの御諚の趣を伝える奉書が届いたことを、ありがたく思う意向も承知する。これに伴って相手が使者を差…
追録5-No.588 秋元凉朝書状
秋元但馬守凉朝が十月五日、松平大隅守へ送った返書。相手の礼状を披見し、同氏薩摩守が病気の折、上意の趣を伝える宿次の奉書によって容体を尋ねられ、さらに粕漬鯛を拝領したことを受ける。大御所・大納言からの御諚の趣を伝える奉書が届いたことを、ありがたく思う意向も了解する。そのため相手が使者を差し越した件につ…
追録5-No.589 西尾忠尚書状
西尾隠岐守忠尚が十月五日、松平大隅守へ送った返書。相手の礼状を披見し、同氏薩摩守が病気の折、上意の趣を伝える宿次の奉書によって容体を尋ねられ、さらに粕漬鯛を拝領したことを受ける。大御所・大納言からの御諚の趣を伝える奉書が届いたことを、ありがたく思う意向も了解する。これに伴い相手が使者を差し越したため…
追録5-No.590 徳川宗勝書状
尾張中納言宗勝が十月七日、松平大隅守へ送った返書。相手の礼状を披閲し、同氏薩摩守の死去に際し、上使をもって御香奠を拝領した旨を受ける。その件に関する芳簡の趣を、御念入りなことと感じ入る旨を述べ、「恐々謹言」で結ぶ。 冒頭に「継豊公御譜中」「正文在文庫」がある。末尾に十月七日、尾張中納言宗勝の判、松平…
追録5-No.591 松平武元書状
松平右近将監武元が十月九日、松平大隅守へ送った返書。相手の礼状を披見し、同氏薩摩守の死去に際して、三御所からの御意の趣を伝える奉書が届いたことをありがたく思う意向を承知する。この御礼のため相手が使者を差し越したので、紙面のとおり各人で相談して上聞に達したと伝え、「恐々謹言」で結ぶ。 冒頭に「継豊公御…
追録5-No.592 秋元凉朝書状
秋元但馬守凉朝が十月九日、松平大隅守へ送った返書。相手の礼状を披見し、同氏薩摩守の死去に際して、三御所からの御意の趣を伝える奉書が届いたことをありがたく思う意向を承知する。この御礼のため相手が使者を差し越したので、紙面のとおり言上したと伝え、「恐々謹言」で結ぶ。 冒頭は「全上」。末尾に十月九日、秋元…
追録5-No.593 西尾忠尚書状
西尾隠岐守忠尚が十月九日、松平大隅守へ送った返書。相手の礼状を披見し、同氏薩摩守の死去に際して、三御所からの御意の趣を伝える奉書が届いたことをありがたく思う意向を承知する。この御礼のため相手が使者を差し越したので、紙面のとおり言上したと伝え、「恐々謹言」で結ぶ。 冒頭は「全上」。末尾に十月九日、西尾…
追録5-No.594 松平武元書状
松平右近将監武元が十月九日、松平大隅守へ送った返書。相手の礼状を披見し、同氏薩摩守の死去に際して、上使をもって御香奠が下されたことをありがたく思う意向を承知する。この御礼のため相手が使者を差し越したので、紙面の趣を各人で相談して上聞に達したと伝え、「恐々謹言」で結ぶ。 冒頭は「全上」。末尾に十月九日…
追録5-No.595 秋元凉朝書状
秋元但馬守凉朝が十月九日、松平大隅守へ送った返書。相手の礼状を披見し、同氏薩摩守の死去に際して、公方から上使をもって御香奠が下されたことをありがたく思う意向を承知する。この御礼のため相手が使者を差し越したので、紙面の趣を言上したと伝え、「恐々謹言」で結ぶ。 冒頭は「全上」。末尾に十月九日、秋元但馬守…
追録5-No.596 西尾忠尚書状
西尾隠岐守忠尚が十月九日、松平大隅守へ送った返書。相手の礼状を披見し、同氏薩摩守の死去に際して、公方から上使をもって御香奠が下されたことをありがたく思う意向を承知する。この御礼のため相手が使者を差し越したので、紙面の趣を言上したと伝え、「恐々謹言」で結ぶ。 冒頭は「全上」。末尾に十月九日、西尾隠岐守…
追録5-No.597 さえた外五名連署消息
とよ岡・梅その・まつしま・うら尾・たきつ・さえたの六名が、松平大隅守様方の人々へ送った消息。九月三日付の書状を受け取り、同氏薩摩守の死去に際し、「去月七日」に上使金森兵部少輔を通じて御香奠を下されたことを、御手前がありがたく思う旨を承知する。金森には頼錦の注が付く。 この御礼として、表へは使者をもっ…
追録5-No.598 本多正珍書状
本多伯耆守正珍が十一月五日、松平大隅守へ送った返書。相手の礼状を披見し、三御所がますます御機嫌よく過ごしていることを喜ぶ意向を、もっともなことと受け止める。また、重陽の祝儀として時服と肴を拝領したことをありがたく思う旨も承知する。紙面の趣を各人で相談して上聞に達したと伝え、「恐々謹言」で結ぶ。 冒頭…
追録5-No.599 秋元凉朝書状
秋元但馬守凉朝が十一月五日、松平大隅守へ送った返書。相手の礼状を披見し、三御所がますます御機嫌よく過ごしていることを喜ぶ意向を、もっともなことと受け止める。また、重陽の祝儀として時服と肴を拝領したことをありがたく思う旨も承知する。紙面の趣を言上したと伝え、「恐々謹言」で結ぶ。 冒頭は「全上」。末尾に…
追録5-No.600 西尾忠尚書状
西尾隠岐守忠尚が十一月五日、松平大隅守へ送った返書。相手の礼状を披見し、三御所がますます御機嫌よく過ごしていることを喜ぶ意向を、もっともなことと受け止める。また、公方から重陽の祝儀として時服と肴を拝領したことをありがたく思う旨も承知する。紙面の趣を言上したと伝え、「恐々謹言」で結ぶ。 冒頭は「全上」…
追録5-No.601 島津重年実名勘文
吉田清純が十一月吉祥日、「重年」の御実名と御諱字「重」について考えを奉った勘文。「御實名 重年」「本命土」「御諱字 重」を掲げ、重の字は火に属し、命宮の土を生ずるとして、本命の土に配する意味を説明する。さらに火局の「年」字と重の字を組み合わせて火生土となることを説く。 両字の画を八卦として算し、富貴…
追録5-No.602 伊勢貞起家老添状
伊勢兵部貞起が三月、御小納戸役へ送った添状。差し上げた御實名考の書付に、仮名付一通を添えたことを示す。これらを御小納戸方で格護置、すなわち保管しておくよう申し渡し、渡すべき旨を伝える。 冒頭に「右ニ相添フ書付」「御實名考差上候書付 外假名付一通相添」、その宛先に「御小納戸役江」とある。末尾は三月、兵…
追録5-No.603 島津重年花押書立
重年の御判について、寛延二年巳十一月九日に改めたことを記す書立。冒頭に「重年公御譜中」「正文在文庫」、続いて島津重年の注を伴う「花押No.2」の参照表示がある。本文は「右 重年公御判、寛延二年巳十一月九日被成御改」と記す。花押の具体的な図形や改定の理由、作成者・宛名は示されない。
追録5-No.604 老中四人連署状(翌日登城通知)
松平右近将監・本多伯耆守・酒井左衛門尉・堀田相模守の四名が十一月九日、嶋津兵庫殿へ、御用があるため、翌十日の四時に一類中一人を同道して登城するよう通知した連署状。追伸では、もし病気であれば名代を差し出すよう付記する。 冒頭に「全上」「正文在文庫」がある。十一月九日の年は寛延二年の朱注による。末尾に四…
追録5-No.605 重年、兄宗信ノ遺領ヲ賜ハル
重年公御譜に、寛延二年十一月十日の久門の登城と宗信遺領の拝領を記す。久門は執政の奉書に従い、支属の嶋津加賀守忠雅を伴って登城する。白書院の縁頬で縁類・執政が列座する中、本多正珍が、願いのとおり宗信の養子となり、その遺領すべてを賜う旨の台命を伝えた。久門は謝恩の篤志を奉って退き、宗家を継いで薩摩・大隅…
追録5-No.606 島津重年申渡書
重年が十一月十日、当日家督を仰せ付けられたことに伴い、家老とその他の諸役人に、従来どおり職務を勤めるよう申し渡す。隅州様の御方に勤める者も、現在のとおり勤めることとする。 この内容を家老中が承知し、諸役人へは家老から直接申し渡すよう命じ、国元でも同じ趣旨を申し渡すことを定める。冒頭に「正文在文庫」、…
追録5-No.607 善次郎重季、加治木島津家ヲ継ク
重豪公御譜に、重年が宗家を襲封した後、善次郎が兵庫久季の後を継ぐまでの経緯を記す。厳父重年は太父継豊の二男で、兵庫久季の後を継いでいたが、家兄宗信が嗣子なく死去した。宗族に属するため大宗家に請う手続を経て、父公重年は台命を奉り、寛延二年冬十一月十日、宗信の養子となって襲封した。 同年十二月四日には、…
追録5-No.608 島津重年書状
松平兵庫久門が十一月十三日、隅州様へ送った書状。相手がますます御機嫌よく過ごしていることを喜び、自分は「去十日」、家督を無相違仰せ付けられ、ありがたい幸いに思う旨を報告する。このことを申し上げるための書状として「恐惶」で結ぶ。 冒頭に「継豊公御譜中」「扣正文在右筆所」、末尾に十一月十三日、松平兵庫久…
追録5-No.609 徳川宗勝書状
尾張中納言宗勝が十一月十五日、松平大隅守へ送った返書。相手の礼状を披閲し、同氏薩摩守の所労に対する見舞いとして書状を送ったことについて、相手から謝礼が伝えられた旨を受ける。御念入りなことと感じ入る意向を述べ、「恐々謹言」で結ぶ。 冒頭は「全上」。末尾に十一月十五日、尾張中納言宗勝の判、松平大隅守殿へ…
追録5-No.610 伊勢貞起書状
伊勢兵部貞起が十一月十四日、樺山主計へ送った婚姻相談の書状。国許での縁組について御内証からの知らせを御守殿へ伝え、相手方の家柄が意に適わない事情もあって、国許で縁組を定める意向を受けたと述べる。一方、嶋津大学の息女の国許での取組については、公辺へ届けたうえで出府することと、お殿殿・大学への断りに関す…
追録5-No.611 樺山久初返書
樺山久初の婚姻相談への返書。姫君の考えに従ってお殿殿・大学へ伝える旨を述べ、以前の縁組を断った折に備中殿を通じた相談があったため、そのことも合わせて伝えるとする。お殿殿と大学へ申し達したうえで、両人から返答を受け、縁組先への伝達や慎重な辞退の扱いを確認する必要を述べる。 息女が国元で育ち、諸事に不慣…
追録5-No.612 老中四人連署状(家督御礼登城通知)
松平右近将監・本多伯耆守・酒井左衛門尉・堀田相模守の四名が十一月十四日、松平兵庫殿へ、翌十五日の五時に登城して家督の御礼を申し上げるよう通知した連署状。「明十五日五時登城、家督之御禮可被申上候、以上」と記す。 冒頭に「重年公御譜中」「正文在文庫」があり、末尾に十一月十四日と寛延二年の朱注、四名の官名…
追録5-No.613 重年登営シテ襲封ヲ礼謝ス
寛延二年十一月十五日、久門(重年)が執政の奉書に従って登城し、白書院で家重へ、襲封の御礼として太刀一腰・御刀一腰・縮緬二十巻・白銀百枚・馬二匹を献じた。永井伊賀守直陳が奏達し、久門は大納言家治にも御礼を申し上げ、尊詞を受けて退席した。その後、再び召されて敷居内へ進んだ。 宗族の島津木工久篤、家老の島…
追録5-No.614 登城令書
家来九人に御目見を仰せ付けたので、その九人を召し連れて出るよう命じる登城令書。「家來九人御目見被仰付候間、召連可被罷出候」と記す。 冒頭に「全上」「正文在文庫」と寛延二年の朱注がある。本文には月日、差出人の署名、具体的な宛名を記さない。
追録5-No.615 島津重年袖判申渡書
島津重年が寛延二年十一月十六日、家督を無相違仰せ出されたことを受け、領国の諸事について守るべき方針を申し渡した袖判文書。公儀の御政道を万端慎み、国家の仕置は先代の申付どおり忘却せず、固く守るよう命じる。家督継承に際して、公儀への慎重な対応と先代以来の仕置の遵守を求めている。本文右に重年の花押No.2…
追録5-No.616 島津久富外二名家老連署申渡書
島津矢柄・伊勢兵部・島津主鈴の家老三名が、家督を無相違仰せ出されたことと重年の袖判による申渡しを受け、領国の諸事について守るべき方針を申し渡した連署文書。まず袖判で示された趣旨を守るよう求め、特に公儀の御政道と家の仕置について、先代が定め置いたとおりに申し付けるので、その意を奉ずるべきとする。代替わ…
追録5-No.617 徳川宗勝書状
尾張中納言宗勝が松平大隅守へ送った返書。継豊の書状を披見したことを述べ、今回の不幸に際し、宗勝から書状と「両種」を送った件について継豊が謝礼を伝えたことを、御念入りな儀として受け止めている。本文には贈答品の具体的な品名・数量は記されていない。不幸は前後の宗信死去記事に対応するとみられるが、この書状で…
追録5-No.618 島津重年書状
松平兵庫久門が十一月二十二日、隅州様へ送った書状。相手がますます御機嫌よく過ごしていることを喜び、自分は当月十五日に家督の御礼を申し上げた際、大納言への御目見を仰せ付けられ、ありがたい仕合せである旨を報告する。「御懇之蒙上意」「此段爲可申上」と、その上意と報告の趣旨を記し、「恐惶」で結ぶ。 冒頭に「…
追録5-No.619 将軍、重年ニ首服ヲ加ヘ偏諱ヲ授ク
寛延二年十一月二十八日、久門が執政の奉書に従って登城し、黒書院で家重から首服を加えられ、御諱の「重」字を記す折紙を賜った。本多伯耆守正珍が奏達し、久門は松平薩摩守重年と称することとなった。重年は懇篤な尊言を受け、御盃と御挾肴を拝戴し、宝刀一腰も賜った。宝刀の割注は備前国弘利・代金二十枚とする。 儀式…
追録5-No.620 島津重年実名勘文
吉田清純が寛延二年十一月吉祥日、重年の御実名について考えを奉った勘文。御実名「重年」、御諱字「重」、本命を土と掲げ、重字は火に属し、生命宮は土であるとする。火局の「年」字と組み合わせると重の火と比並し、火生土となることを説く。また両字の画を八卦に算定し、富貴高名の象があり、「善之善者歟」と評する。 …
追録5-No.621 堀田正亮外三名老中連署状
松平右近将監・本多伯耆守・酒井左衛門尉・堀田相模守の四名が十一月二十七日、松平兵庫殿へ送った登城通知の連署状。翌二十八日に元服を仰せ付けるので、五半時に登城するよう命じる。「明廿八日元服被仰付候間、五半時可有登城候、以上」と記す。 冒頭に「全上」「正文在文庫」、末尾に寛延二年の朱注と十一月廿七日があ…
追録5-No.622 徳川家重一字状
家重が寛延二己十一月廿八日、松平薩摩守殿へ授与した一字状。冒頭に「重」の一字を掲げ、末尾に家重の署名と、徳川家重の花押を参照する「花押No.3」の注を付す。重年が将軍家重の御諱の一字を受けた文書である。 冒頭に「全上」「正文在文庫」。授与字のほか、日付・発給者・宛名を記し、字義を説く文章は付さない。
追録5-No.623 島津重年任左近衛権少将口宣案
寛延二年十一月廿八日、侍従源重年朝臣を左近衛権少将に任ずべしとの宣旨を伝える口宣案。上卿を久我大納言とし、「宜任左近衛権少将」と記す。蔵人頭右近衛権中将藤原實連が奉ずる。 冒頭に「全上」「正文在文庫」。本文左に「口宣案」と「在口袋」の朱注がある。右側には、以下数通の正文が旧御番所御文書三番箱中にある…
追録5-No.624 島津重年被従四位下口宣案
寛延二年十一月廿八日、従五位下源重年を従四位下に叙すべしとの宣旨を伝える口宣案。上卿を中山大納言とし、「宜叙従四位下」と記す。蔵人右中辨兼右衛門権佐藤原益房が奉ずる。 本文は対象者の従前位階を従五位下、授与する位階を従四位下と記す。冒頭に「全上」「正文在文庫」、左に「口宣案」と「在口袋」の朱注を載せ…
追録5-No.625 島津重年任左近衛権少将宣旨
寛延二年十一月廿八日、侍従源朝臣重年を左近衛権少将に任ずべしと命じる宣旨。正二位行権大納言源朝臣通兄の宣を受けて、「件人宜令任左近衛権少将者」と記す。大外記兼掃部頭造酒正中原朝臣師充が奉ずる。 対象者の従前官職は侍従で、授与する官職は左近衛権少将。冒頭に「全上」「正文在文庫」、末尾に寛延二年十一月廿…
追録5-No.626 島津重年叙従四位下位記
寛延二年十一月廿八日、従五位下源朝臣重年を従四位下に叙すべしとする位記。中務の叙位文は、兵欄・羽衛に勤め、精誠を怠らず夙夜公に尽くしたことを述べ、「宜申榮級、用旌寵章」として昇叙を命じる。中務卿職仁親王が宣し、中務大輔藤原朝臣光香が奉じ、中務少輔藤原朝臣冬康が行う。 続いて大納言・中納言の交名を掲げ…
追録5-No.627 島津重年叙任上卿・職事交名
「薩摩少将」と見出しを付した交名書付。上卿を久我大納言、職事を正親町頭中将とし、久我大納言に「通兄」の注を付す。 冒頭は「全上」「正文在文庫」。本文は担当者の官名を掲げるもので、独立した年月日や任官を命じる文言は記されない。
追録5-No.628 島津重年任侍従口宣案
寛延二年十一月廿八日、従四位下源重年朝臣を侍従に任ずべしとの宣旨を伝える口宣案。上卿は醍醐大納言で、「宜任侍従」と記す。蔵人頭左大辨藤原俊逸が奉ずる。 冒頭に「全上」「正文在文庫」。日付・対象者・授与官職に続いて奉者の官職と姓名を掲げ、本文左には「口宣案」「在口袋」の朱注を付す。
追録5-No.629 島津重年任侍従宣旨
寛延二年十一月廿八日、従四位下源朝臣重年を侍従に任ずべしと命じる宣旨。正二位行権大納言藤原朝臣兼潔が宣し、「件人宜令任侍従者」と記す。大外記兼掃部頭造酒正中原朝臣師充が奉ずる。 冒頭は「全上」「正文在文庫」。対象者の位階を従四位下、授与する官職を侍従と記し、日付・奉者の官職と姓名を掲げる。
追録5-No.630 島津重年叙従五位下位記
寛延二年十一月廿八日、源朝臣重年を従五位下に叙すべしとする位記。「右可従五位下」に続く中務の叙位文は、兵欄・羽衛に勤め、精誠を怠らず夙夜公に尽くしたことを述べ、「宜授榮爵、用旌寵章」として叙位を命じる。中務卿職仁親王が宣し、中務大輔藤原朝臣光香が奉じ、中務少輔藤原朝臣冬康が行う。 大納言・中納言の交…
追録5-No.631 島津重年叙任上卿・職事交名
「薩摩侍従」と見出しを付した交名書付。従四位下の上卿を中山大納言、職事を清閑寺右中辨とし、中山大納言には「榮親」の注を付す。続いて侍従の上卿を醍醐大納言、職事を坊城頭左大辨とし、昇叙と侍従任官の担当者を二組で掲げる。 冒頭は「全上」「正文在文庫」。本文に独立した年月日はなく、叙位・任官を命じる文言も…
追録5-No.632 島津重年叙従五位下口宣案
寛延二年十一月廿八日、源重年を従五位下に叙すべしとの宣旨を伝える口宣案。上卿は勧修寺中納言で、「顯道」の注を付す。「宜叙従五位下」と記し、蔵人頭右近衛権中将藤原實連が奉ずる。 冒頭は「全上」「正文在文庫」。本文左に「口宣案」「在口袋」の朱注がある。対象者の姓名は源重年で、従前の位階は掲げず、授与する…
追録5-No.633 島津重年任薩摩守口宣案
寛延二年十一月廿八日、従五位下源重年を薩摩守に任ずべしとの宣旨を伝える口宣案。上卿は中院中納言で、「通枝」の注を付す。「宜任薩摩守」と記し、蔵人左少辨藤原紹房が奉ずる。 冒頭は「全上」「正文在文庫」。本文左に「口宣案」「在口袋」の朱注がある。対象者の従前位階を従五位下、授与する官職を薩摩守と明記する…
追録5-No.634 島津重年任薩摩守宣旨
寛延二年十一月廿八日、従五位下源朝臣重年を薩摩守に任ずべしと命じる宣旨。正三位行権中納言兼左衛門督源朝臣通枝が宣し、「件人宜令任薩摩守者」と記す。大外記兼掃部頭造酒正中原朝臣師充が奉ずる。 冒頭は「全上」「正文在文庫」。対象者の位階を従五位下、授与する官職を薩摩守と記し、日付・奉者の官職と姓名を掲げ…
追録5-No.635 島津重年叙任上卿・職事交名
松平薩摩守に関する交名書付。従五位下の叙位について上卿を勧修寺中納言、職事を正親町頭中将とする。続いて薩摩守任官の上卿を中院中納言、職事を万里小路左少辨とし、二組の担当者を掲げる。 冒頭は「全上」「正文在文庫」。本文に独立した年月日や叙位・任官を命じる文言は記されない。
追録5-No.636 飛鳥井雅香紫組冠懸免許状
飛鳥井雅香が寛延二年十一月廿八日、薩摩少将殿へ与えた紫組冠懸の免許状。「蹴鞠為門弟紫組冠懸之事、窺叡慮所免之如件」と記し、蹴鞠の門弟に対する紫組冠懸を、叡慮をうかがって免じたことを伝える。 末尾には雅香の署名と「飛鳥井」の注、薩摩少将殿の宛名がある。冒頭は「全上」「正文在文庫」。
追録5-No.637 伊勢貞起書状
伊勢兵部貞起が寛延二年十一月廿八日、樺山主計殿へ送った婚姻相談の書状。「閑院宮之姉宮」「五十之宮御姉宮」「格宮様」と記す京都の縁談について、本丸の老女衆から内々の依頼があったこと、村田長庵と岩下佐次右衛門を通じて聞いた事情を述べる。守殿は国元奥方の出府を望み、京都の縁組に心が叶わないとしている。長庵…
追録5-No.638 島津重年明細書
重年の所領・系譜・官位・年齢を掲げた明細書。「高六拾萬五千石餘」の所領として薩摩国一円・大隅国一円・日向国之内を列記し、別に「外拾貳萬三千七百石」として琉球国を掲げる。 本国と生国を薩摩、居城を薩州鹿児嶋とし、養父を薩摩守、実父を大隅守と記す。官位・姓名は「従四位少将 松平薩摩守」、年月日は「寛延二…
追録5-No.639 堀田正亮外三名老中連署奉書
松平右近将監武元・本多伯耆守正珍・酒井左衛門尉忠寄・堀田相模守正亮の四名が寛延二己十一月廿八日、松平豊後守殿へ送った連署奉書。松平薩摩守を従四位下少将に仰せ付けたので、口宣等を調え、伝奏衆へ申し入れるよう求める。 日付に続いて四名の姓名と判の表示を掲げ、松平豊後守殿の宛名を記す。冒頭に「全上」「寫正…
追録5-No.640 伊勢貞起・島津久郷家老連署書状
伊勢兵部貞起と嶋津主鈴久郷が寛延二年十二月二日、嶋津主殿・樺山主計・義岡相馬・鎌田典膳・平田靱負の五名へ送った書状。守殿の婚姻と奥方出府について国元の意向を二十八日の飛脚で承知し、堀田相模守の用人浅井八兵衛、岩下佐次右衛門を通じて相談した経過を伝える。「一昨廿九日之晩」に堀田から聞いた国元奥方の件に…
追録5-No.641 重年、島津久尚女於村トノ婚姻ヲ許サル
重年公御譜は十二月二日、重年が小笠原縫殿助持廣を堀田相模守正亮へ遣わし、家臣島津大学久尚の娘於村を夫人とする願いを申し上げたと記す。同月四日に許可され、その日に重年が執政らの邸へ出向き謝した。願いの提出は二日、許可とその御礼は四日で、No.642の妻女伺書に対応する記事である。
追録5-No.642 島津重年伺書
松平薩摩守重年が十二月二日付で、薩州在住中に同氏大隅守(継豊)の従弟島津大学(久尚)の娘を妻として婚姻を整えていたことを述べる。今度同氏薩摩守(宗信)の願いどおり養子を仰せ付けられ遺領を賜ったので、この既存の妻をそのまま妻女とすることに差し支えがないかを伺う。系譜注では於村を久尚女・重年室とし、旧姓…
追録5-No.643 島津重年伺書
松平薩摩守重年が十二月二日付で、先年の琉球中山王使者上京・御目見・上品拝領、使者従者への拝領品が無事に行われたことへの御礼を申し上げたいと伺う。今回は使者を国元に留め置き、使者と古田親方、書翰及び献上物を薩州へ順次送り、これらをもって使者を差し上げたいという方式を提案し、指図を求める。本丸・西丸・御…
追録5-No.644 重年、初メテ御鷹ノ鶴拝領ス
十二月四日、重年襲封後初めて将軍家重が松平頼母(元注定朝)を使者として、鷹所で捕らえた鶴一羽を重年に賜ったと重年公御譜が記す。重年はその日に執政らの邸へ出向き御礼を述べた。拝領品は鷹そのものではなく鷹で捕獲した鶴一羽であり、使者と御礼先も明記する。婚姻許可と同日に載るが、記事は襲封後の初拝領を主題と…
追録5-No.645 伊勢貞起・島津久郷家老連署書状
伊勢兵部と島津主鈴が十二月六日、島津主殿・樺山主計・義岡相馬・鎌田典膳へ長文を送る。於村の件を二日の飛脚で委曲承知し、四日に堀田が小笠原縫殿助を召して妻女伺への回答を渡したので、太守から老中、京都諸司代・若年寄へ御礼を行ったと報告する。内証勤務、三御所・菊姫・大御所・姫様への礼を相談し、守殿が早い出…
追録5-No.646 重年、重器・相伝文書等ヲ受ク
重年が兄宗信から家統を継いだことを受け、在国の老君継豊が十二月十一日に譲状を整える。先規に従い家臣島津主鈴久郷が江戸芝邸で、家に世伝する家系文献・太刀・甲冑等の宝器を重年へ渡し、目録を付して後世へ伝えるよう委ねたと記す。継豊が譲状を整え、久郷が宗信の遺跡を継ぐ重年へ相伝品を引き渡した経緯を記す。
追録5-No.647 島津継豊譲状
大隅守継豊が寛延二年十二月十一日、松平兵庫殿(重年)へ譲状を出す。故薩摩守宗信の遺跡相続が無事仰せ出されたことを喜び、先祖以来相伝する家宝を別録の表どおり譲り渡すと述べる。堅固に保持して子孫万歳へ伝えるよう求め、継豊の御判を備える。No.646の実物引渡し記事とNo.648の重物目録に対応する。
追録5-No.648 島津家重物目録
十二月十一日付の重物目録は、系図、文書五帖、巻物数十軸、家康墨印一通・秀忠感状一通、御判物六通(領知目録五通附属)、記録四百二十五冊を掲げる。源氏重代膝丸の太刀、頼朝の太刀・脇指・本尊、五指量愛染明王像、摩利支天像、忠久公の鎧、鎧うつし、兼永・宗近・貞利・康次・備前長光等の太刀、般若の剣、血吸の剣、…
追録5-No.649 酒井忠寄書状
酒井左衛門尉忠寄が松平大隅守継豊へ十二月十二日に返書を送る。公方がますます健勝であり、十月十四日に増上寺御霊屋を参詣したことについて継豊の喜びを来書で承知する。紙面の趣旨を関係者と申し談じて上聞に達したと記す。将軍の十月十四日の参詣を喜ぶ継豊の祝意を取り次いだ十二月十二日付の返書である。
追録5-No.650 島津忠雅願書(又四郎の復源姓・叙爵取計い)
島津加賀守忠雅が十二月十五日付で、昨年願いどおり認められた自分の復源姓を踏まえ、同氏又四郎(元注久幹)が当月月次登城する際に叙爵を仰せ付けられると考えるので、その機会から復源姓とする取計いを願う。口宣を万端滞りなく頂戴できるよう再度願い出て、その趣旨を整えることも求める。目録は佐土原城主願書。又四郎…
追録5-No.651 酒井忠寄書状
酒井左衛門尉忠寄が松平大隅守継豊へ十二月十九日に返書を送る。寒中に三御所の機嫌を伺った書状を受け、ますます安全であることに継豊が安堵するよう伝える。添えて献じられた鯛一箱について関係者と申し談じて披露し、一段の御仕合せであると記す。鯛の献上先や三御所への個別の配分は、この史料だけでは確定できない。
追録5-No.652 秋元凉朝書状
秋元但馬守凉朝が松平大隅守継豊へ十二月十九日に返書を送る。寒中の三御所機嫌伺いを受け、ますます勇健であり心易くするよう伝える。添えられた鯛一箱の献上を披露して一段の御仕合せであると記す。No.651と同日・同件だが、三御所の安否表現を勇健とし、酒井書状にある「各申談」の文言は記されない。
追録5-No.653 西尾忠尚書状
西尾隠岐守忠尚が松平大隅守継豊へ十二月十九日に返書を送る。寒中に三御所の機嫌を尋ねた継豊書状を披見し、ますます安全であり心易くするよう伝える。添えられた鯛一箱の献上を披露し、一段の御仕合せであると記す。同日付の酒井・秋元返書と同件だが、独立した宛所を備える。
追録5-No.654 酒井忠寄書状
酒井左衛門尉忠寄が十二月十九日、松平薩摩守殿(重年)へ返書を出す。今朝献上した蜜柑二箱・乾鮎一箱を逐一披露し、上の御仕合であったと伝える。重年公御譜に収められ、正文在文庫と記す。同日・同品目の秋元凉朝書状No.655に対応する。
追録5-No.655 秋元凉朝書状
秋元但馬守凉朝が十二月十九日、松平薩摩守殿(重年)へ、今朝の蜜柑二箱・乾鮎一箱献上を逐一披露したところ、上の御仕合であったと返す。正文在文庫の同上注記を伴い、凉朝の判・署名と松平薩摩守宛所を備える。No.654と同じ献上に対する、別の老中による返書である。
追録5-No.656 島津久柄外四名家老連署達書
島津主殿・樺山主計・義岡相馬・鎌田典膳・平田靭負の家老五名が寛延二年十二月二十一日付で連署する。家督が無事仰せ出され、領国を謹んで守るよう御袖判をもって仰せ出された旨を伝える。公儀御政道と先代からの家の仕置を第一に守り、代替わりだからといって他所の諸事に気を付け批判することがあってはならず、古来の風…
追録5-No.657 重年、中山王尚敬ノ献物ヲ幕府ニ達ス
重年公御譜は、前年、宗信が琉球中山王尚敬の将軍家代替わり祝賀の献物を取り次ぎ、正使具志川王子が江戸へ赴き、使節の任務を終えて琉球へ帰った経緯を記す。今年は中山王が与古田親方を謝恩使として薩摩へ送り、先例に従い書翰・献物等を幕府へ納めた。重年が家臣野村十郎右衛門盛房を江戸へ遣わして柳営へ伝献させ、三御…
追録5-No.658 幕府老中書状
十二月二十一日付で松平薩摩守宛に、前年の御代替わりに琉球中山王の使者が来て無事御礼を申し上げたため、上品を賜り、使者・従者へも拝領物を仰せ付けたと述べる。その御礼として薩州へ遣わされた与古田親方の書翰・目録どおりの献上物を使者が献じ、逐一披露したので返翰を送ると伝え、中山王側へ知らせるよう求める。幕…
追録5-No.659 幕府老中書状
十二月二十一日付の幕府側書状が松平薩摩守へ、前年に来た琉球中山王の使者が無事御礼を終え、上品を下されたと述べる。その御礼に薩州へ遣わされた与古田親方の書翰・目録どおりの品を使者が献上したので、逐一披露し返翰を送るから中山王側へ伝えるよう求める。No.658と並ぶ独立した返書である。No.658にある…
追録5-No.660 幕府老中書状
十二月二十一日、松平薩摩守に宛て、前年の御代替わりに派遣された琉球中山王の使者が滞りなく御礼を済ませ、上品を賜った旨を述べる。御礼のため薩州へ遣わされた与古田親方の書翰・目録に従う品々を使者が献上し、逐一披露したので返翰を遣わすことを知らせ、中山王側への伝達を求める。No.659とほぼ同趣旨の別書で…
追録5-No.661 伊勢貞起家老申渡書
伊勢兵部が十二月二十一日、嶋津加賀守様(元注忠雅)へ復源姓の件を申し渡す。前年の願いについて記録方と相談し、本家が源姓へ復するなら支障はないとして許可された旨を伝える。重大な姓の変更に際し、淡路守殿(元注久柄)に叙爵を仰せ付けられた節から、いっそう復源姓となるようにとの意向を受けたと記す。今後公儀か…
追録5-No.662 酒井忠寄書状
継豊公御譜に収める酒井左衛門尉忠寄の十二月二十三日付返書。将軍がますます機嫌よく、十月二十四日に東叡山の深徳院様御霊前へ参詣したことを承り喜んだという継豊の書面を、各申談して披露したと伝える。深徳院には家重生母大久保氏という元注がある。参詣の主体は将軍であり、継豊自身の参詣報告ではない。本文に大納言…
追録5-No.663 佐土原島津家源姓ヲ許サル
重年公御譜が、佐土原城主島津加賀守忠雅の復源姓の経緯を記す。延享四年、忠雅は藤原姓を固有の源姓に戻すことを先君宗信へ願ったが、許可に至らなかった。宗信は又四郎久柄が叙爵する際に源姓へ改める旨を忠雅に告げていた。今年の暮れに久柄が叙爵して復源姓となることを受け、忠雅も復源姓を請い、家老伊勢兵部貞起を通…
追録5-No.664 伊勢貞起書状
伊勢兵部が十二月二十四日、嶋津主殿・樺山主計・義岡相馬・鎌田典膳・平田靭負に、島津加賀守の復源姓願いについて知らせた書状。先に願いの趣旨を問い合わせ、隅州へ申し上げた意向を前月二十五日の便の朱書返答で承知したと記す。その後、別紙のとおり願いについて仰せ出されたため、その書付を送って知らせ、隅州にも申…
追録5-No.665 山田有隆書状
正月十四日、伊勢兵部の書状本文に関する問い合わせを記した朱押札。「御問候」と記し、取次人として山田元右衛門を掲げる。大字書状は島津加賀守の復源姓願いを扱う。問い合わせの詳しい本文や、独立した署名・宛名は記されない。
追録5-No.666 島津重年書状
少将重年が十二月二十五日、琉球中山王へ書状を送り御判を据える。御代替わりの祝儀献上が済み、拝領物があったため、御礼としてこのたび使翰が遣わされたところ、逐一披露して奉書を渡す旨を告げる。その書翰を次の使者で差し上げるので、詳しいことは使者に聞くよう求める。山之口在琉球國惣司との注記を伴い、使者・献上…
追録5-No.667 徳川家重御内書
家重が十二月二十七日、松平大隅守殿(継豊)へ御内書を出す。歳暮の祝儀として小袖一重が到来し喜んで見たと述べ、詳しいことは酒井左衛門尉が伝えるとする。家重公御印と正文在文庫の注記を備え、継豊公御譜に収める。将軍の返書で、この日に酒井へ使者を遣わしたという手続は本文には記されない。No.668は同じ献上…
追録5-No.668 秋元凉朝書状
秋元但馬守凉朝が十二月二十七日、松平大隅守殿(継豊)へ返書を出す。歳暮の祝儀として使者をもって献上された小袖一重を逐一披露し、一段の御仕合であったと伝える。No.667家重御内書と同じ献上を老中の立場から知らせる書状である。正文在文庫の同上注記を伴う。
追録5-No.669 徳川家重御内書
家重が十二月二十七日、薩摩少将殿(重年)へ御内書を送る。歳暮の祝儀として小袖一重が到来したことを喜び、詳細は酒井左衛門尉が伝えると述べる。家重公御印を備え、重年公御譜に収め、正文在文庫とする。No.667の継豊宛御内書とほぼ同文だが宛所は重年で、No.670の老中返書に対応する。
追録5-No.670 秋元凉朝書状
秋元但馬守凉朝が十二月二十七日、松平薩摩守殿(重年)へ、歳暮の祝儀として使者をもって献上した小袖一重を逐一披露し、一段の御仕合であったと伝える。No.669家重御内書に対応する老中返書で、日付・宛所・凉朝判を備える。
追録5-No.671 重年、将軍父子ニ新年ノ慶賀ナス
寛延三年正月二日、重年が歳首の賀礼のため登城し、大広間で家重・家治に拝謁した。両公へ太刀一腰を自ら献上し、家重から御盃と時服を賜った。重年はこのことを父継豊へ書面で報告し、あわせて新年の佳節を賀した記事。出典は重年公御譜。
追録5-No.672 島津重年書状
重年が寛延三年正月二日、隅州様(元注大隅守継豊)へ改年の慶賀を申し上げる。三御所の機嫌がよいこと、継豊も障りなく年を越しただろうことを述べる。その日に登城して賀礼を無事済ませ、初めて着座を仰せ付けられ、御盃・時服を拝領したことを喜び、こちらの御守殿にも別条はないので安心するよう伝える。年首の祝儀とし…
追録5-No.673 堀田正亮書状
堀田相模守正亮が寛延三年正月七日、松平大隅守殿(継豊)へ返書を出す。若菜の祝儀として鯛一折が献上され、逐一披露したところ一段の御仕合であったと伝える。継豊公御譜に収められ、正文在文庫・正亮判を備える。老中の返書で、家老側を経由したという手続は本文に記されない。次のNo.674は同件の秋元凉朝書状に当…
追録5-No.674 秋元凉朝書状
秋元但馬守凉朝が寛延三年正月七日、松平大隅守殿(継豊)へ、若菜の祝儀として献上された鯛一折を逐一披露し、一段の御仕合であったと返す。No.673の堀田正亮返書と同じ継豊の献上に対応する。献上を使者に持たせたという手続は本書には明記されない。
追録5-No.675 堀田正亮書状
堀田相模守正亮が寛延三年正月七日、松平薩摩守殿(重年)へ返書を出す。若菜の祝儀として鯛一折が献上され、逐一披露したところ一段の御仕合であったと伝える。重年公御譜に収められ、正文在文庫・正亮判を備える。献上を記す御譜記事ではなく堀田の書状である。No.673は継豊宛の同趣旨の返書、No.676は重年宛…
追録5-No.676 秋元凉朝書状
秋元但馬守凉朝が寛延三年正月七日、松平薩摩守殿(重年)へ、若菜の祝儀に献上された鯛一折を逐一披露し、一段の御仕合であったと伝える。凉朝判と別記の署名・宛所を備える。No.675の堀田返書と同じ重年の献上に対応し、No.674の継豊宛書状とは宛先が異なる。本文は使者の派遣を明記しない。
追録5-No.677 徳川宗勝書状(重年家督相続の知らせ)
尾張中納言宗勝が寛延三年正月十日、松平大隅守殿(継豊)へ御報を出す。継豊の書状を拝見し、前年十一月十日に同氏薩摩守殿(元注宗信)の家督が兵庫殿(元注重年)に仰せ付けられたとの知らせを承知したと述べる。継豊が念を入れて知らせたことを喜び、恐縮の意を伝える。継豊公御譜・正文在文庫の注記、宗勝判を備える。
追録5-No.678 堀田正亮外二名老中連署状
松平右近将監武元・酒井左衛門尉忠寄・堀田相模守正亮が寛延三年正月十一日、松平大隅守殿(継豊)へ連署で返す。年頭の祝儀として使者をもって献上した太刀一腰・御馬代黄金十両を逐一披露し、一段の御仕合であったと伝える。三名それぞれの判を備える。同日・同品目の秋元凉朝No.679、西尾忠尚No.680の返書と…
追録5-No.679 秋元凉朝書状
秋元但馬守凉朝が寛延三年正月十一日、松平大隅守殿(継豊)へ返書を出す。年頭の祝儀として使者で献上された太刀一腰・御馬代黄金十両を逐一披露し、一段の御仕合であったと伝える。凉朝判と同上の注記を備える。No.678の老中三名連署状、No.680の西尾忠尚返書と同日・同件の献上への返答である。
追録5-No.680 西尾忠尚書状
西尾隠岐守忠尚が寛延三年正月十一日、松平大隅守殿(継豊)へ、年頭の祝儀として使者をもって献上された太刀一腰・御馬代黄金十両を逐一披露し、一段の御仕合であったと返す。忠尚判と同上注記を伴う。No.678・679と同じ継豊からの年頭献上を扱う、別の老中による返書である。
追録5-No.681 重年、吉書始ヲ行フ
重年公御譜は同月十一日、芝邸大書院で吉書始めを行ったと記す。これは島津家の旧来の礼式に従うもので、毎年この日に行うという。儀礼の日・場所・恒例性を記す短い記事で、次のNo.682に吉書の実際の三箇条と重年御判を載せる。
追録5-No.682 島津重年吉書状
寛延三年正月十一日付の重年御判を備える吉書。第一に神社仏閣の修造・興行、第二に農事に勧め励むこと、第三に国の年貢を徴納することを掲げる。右の三箇条の旨に任せて沙汰するよう命じ、正文在文庫とする。No.681の芝邸大書院の吉書始記事に対応し、祭祀施設・農事・年貢徴納の三項と末尾の指示を記す。
追録5-No.683 島津久柄外二名家老連署申渡書
島津主殿(元注久柄)・樺山主計(久初)・義岡相馬(久宅)が寛延三年正月、御納戸奉行へ連署で申し渡す。前年十一月二十八日に太守が御黒書院で元服した節、将軍から賜った刀一腰と道具を列記する。刀は備前国広利、代金三十五枚、折紙あり、長二尺三寸八分、表裏樋付き。三所物赤銅七子鶴松色絵、鍔二重金無垢・切羽金無…
追録5-No.684 重年、襲封ノ礼物ヲ先霊ニ献ス
重年公御譜は、前年の江戸での襲封・元服に伴い、今年正月十八日、先例に従って薩府で使者を命じ先霊へ礼物を納めたと記す。台徳公・大猷公・厳有公・常憲公・文照公には各白銀二枚、南泉院の有章公、清揚院、慈眼院、不断光院の大玄院・寛陽院・陽和院・泰清院・真修院、福昌寺の蘭室院・霊龍院・深固院等、恵燈院の義天公…
追録5-No.685 堀田正亮書状
堀田相模守正亮が寛延三年正月十九日、継豊の書状への返書を出す。三御所がますます機嫌よいことを継豊が喜んだ旨を承知し、旧冬に同氏薩摩守の家督を兵庫殿(重年)へ仰せ付けられた件をありがたく受け止めたと述べる。その御礼として使者で献上した御樽肴を各申談し逐一披露して、一段の御仕合であったと伝える。本文は将…
追録5-No.686 秋元凉朝書状
秋元但馬守凉朝が寛延三年正月十九日、松平大隅守殿(継豊)へ返す。三御所の機嫌を喜ぶ継豊の書状を受け、旧冬に同氏薩摩守の家督を兵庫殿へ仰せ付けられたことへの謝意を承知したと述べる。その御礼として使者が目録どおり献上した品を逐一披露し、一段の御仕合であったと伝える。No.685と同じ家督相続の御礼だが本…