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追録5の目録

暫定版です。原文との照合により、概要や文書の区切り等を修正する場合があります。

全2,955件中 1901~2000件・20 / 30ページ

  1. 追録5-No.1859 堀田正亮書状

    堀田相模守正亮が七月三日、松平大隅守継豊の礼状を受け取ったと返答し、公方・大納言の機嫌がよいことを伝える。端午の祝儀として時服と肴を拝領したことへの継豊の謝意を承知し、書状の趣旨をそれぞれ申し合わせて上聞に達したと知らせる。

  2. 追録5-No.1860 秋元凉朝書状

    秋元但馬守凉朝が七月三日、松平大隅守継豊の礼状を受け取ったと返答し、公方・大納言の機嫌がよいことを伝える。公方から端午の祝儀として時服と肴を拝領したことへの継豊の謝意を承知し、書状の趣旨を言上したと知らせる。

  3. 追録5-No.1861 両監国使、領内ヲ巡見ス(記事)

    宝暦六年七月三日、国目付二人が領内巡見のため旅館を発ち、家老の用人以下が扈従した。番頭兼用人の名越左源太恒篤、用人相良彌一兵衛長主、江戸留守居岩下佐次右衛門方峯、使番佐久間新左衛門村央と諸有司も同行した。谷山を経て喜入に泊まり、四日に指宿を通って山川、五日に山川から船で鳥濱へ渡って大姶良、六日に鹿屋…

  4. 追録5-No.1862 堀田正亮外一名幕府老中連署書状

    松平右近将監武元・本多伯耆守正珍・堀田相模守正亮が七月六日、「生見玉」の祝儀として献じられた黄金十両をそれぞれ披露したと返答する。たいへんよい献上であったと伝える。

  5. 追録5-No.1863 秋元凉朝書状

    秋元但馬守凉朝が七月六日、松平大隅守継豊へ、「生見玉」の祝儀として献じられた黄金十両をそれぞれ披露したと返答する。たいへんよい献上であったと伝える。

  6. 追録5-No.1864 堀田正亮書状

    堀田相模守正亮が七月六日、松平又三郎忠洪へ、「生見玉」の祝儀として進上した黄金十両をそれぞれ披露したと返答する。たいへんよい進上であったと伝える。

  7. 追録5-No.1865 秋元凉朝書状

    秋元但馬守凉朝が七月六日、松平又三郎忠洪へ、「生見玉」の祝儀として進上した黄金十両をそれぞれ披露したと返答する。たいへんよい進上であったと伝える。

  8. 追録5-No.1866 重年親母・宗信眞母ヲ「様付」トス(記事)

    この年、先考重年の親母と太父宗信の眞母に、従来に加えて「貴重」の称を付した記事。重年の親母には「称於登免」、宗信の眞母には「称於嘉久」の注があり、「貴重」には俗に「様付」と呼ぶとの注を添える。宝暦六年七月二十八日、その扱いを領内に知らせた。出典は重豪公御譜。

  9. 追録5-No.1867 堀田正亮書状

    堀田相模守正亮が八月二日、松平大隅守継豊へ、千代姫の七夜の祝儀として使者を通じて目録のとおり献上した品を、それぞれ披露したと返答する。たいへんよい献上であったと伝える。

  10. 追録5-No.1868 秋元凉朝書状

    秋元但馬守凉朝が八月二日、松平大隅守継豊へ、千代姫の七夜の祝儀として使者を通じて目録のとおり献上した品を、それぞれ披露したと返答する。たいへんよい献上であったと伝える。

  11. 追録5-No.1869 堀田正亮書状

    堀田相模守正亮が八月二日、松平又三郎忠洪へ、千代姫の七夜の祝儀として使者を通じて目録のとおり進上した品を、それぞれ披露したと返答する。たいへんよい進上であったと伝える。

  12. 追録5-No.1870 秋元凉朝書状

    秋元但馬守凉朝が八月二日、松平又三郎忠洪へ、千代姫の七夜の祝儀として使者を通じて目録のとおり進上した品を、それぞれ披露したと返答する。たいへんよい進上であったと伝える。

  13. 追録5-No.1871 松平武元書状

    松平右近将監武元が八月四日、松平又三郎忠洪へ、八朔の祝儀として使者を通じて太刀一腰と馬代黄金十両を進上した件について返答する。それぞれ披露し、たいへんよい進上であったと伝える。

  14. 追録5-No.1872 秋元凉朝書状

    秋元但馬守凉朝が八月四日、松平又三郎忠洪へ、八朔の祝儀として使者を通じて太刀一腰と馬代黄金十両を進上した件について返答する。それぞれ披露し、たいへんよい進上であったと伝える。

  15. 追録5-No.1873 松平武元書状

    松平右近将監武元が八月十二日、松平大隅守継豊の礼状を受け取ったと返答し、公方の機嫌がよいことを伝える。六月二十日の東叡山御霊前への参詣を継豊が喜んでいる旨を承知し、書状の趣旨をそれぞれ申し合わせて上聞に達したと知らせる。

  16. 追録5-No.1874 酒井忠寄書状

    酒井左衛門尉忠寄が九月六日、松平大隅守継豊の礼状を受け取ったと返答する。公方・大納言の機嫌を継豊が尋ねた件について、ますます無事なので安心するよう伝える。あわせて献じられた干鯛一箱をそれぞれ申し合わせて披露し、たいへんよい献上であったと述べる。

  17. 追録5-No.1875 秋元凉朝書状

    秋元但馬守凉朝が九月六日、松平大隅守継豊の礼状を受け取ったと返答する。公方・大納言の機嫌を継豊が尋ねた件について、ますます無事なので安心するよう伝える。あわせて献じられた干鯛一箱をそれぞれ披露し、たいへんよい献上であったと述べる。

  18. 追録5-No.1876 徳川家重御内書

    家重が九月七日、松平大隅守継豊へ、重陽の祝儀として小袖一重が届き、喜んで見たと伝える御内書。詳しくは本多伯耆守が述べるとし、家重公の墨印を付す。

  19. 追録5-No.1877 秋元凉朝書状

    秋元但馬守凉朝が九月七日、松平大隅守継豊へ、重陽の祝儀として使者を通じて小袖一重を献じた件について返答する。それぞれ披露し、たいへんよい献上であったと伝える。

  20. 追録5-No.1878 秋元凉朝書状

    秋元但馬守凉朝が九月七日、松平又三郎忠洪へ、重陽の祝儀として使者を通じて小袖一重を進上した件について返答する。それぞれ披露し、たいへんよい進上であったと伝える。

  21. 追録5-No.1879 酒井忠寄書状

    酒井左衛門尉忠寄が九月十六日、松平大隅守継豊の礼状を受け取り、公方・大納言の機嫌がよいことを伝える。御廉中の安産と姫君の誕生を継豊が喜んでいる旨を承知し、書状の趣旨をそれぞれ申し合わせて上聞に達したと返答する。

  22. 追録5-No.1880 秋元凉朝書状

    秋元但馬守凉朝が九月十七日、松平大隅守継豊の礼状を受け取り、公方・大納言の機嫌がよいことを伝える。御廉中の安産と姫君の誕生を継豊が喜んでいる旨を承知し、書状の趣旨を言上したと返答する。

  23. 追録5-No.1881 せやま外四名連署消息

    松しま・岩はし・うら尾・さえた・せやまが松平大隅守継豊へ、八月十八日付の書状に返答する。公方・大納言・御廉中の機嫌がよいことへの継豊の喜びと、先月二十一日の御廉中の安産・姫君誕生を祝う心を承知したと述べる。その趣旨を大納言・御廉中へ申し上げ、御廉中・姫君への機嫌伺いも取り次いだと知らせる。

  24. 追録5-No.1882 高橋種寿在国家老首尾書

    高橋縫殿が九月晦日、島津圖書・義岡相馬へ、同月二十四日の国目付二人の城山見分と、南泉院への参詣を報告する。番所の屏風・道具・飾り・墓構えを前もって整え、岩崎口から新上橋口・大手口を経て南泉院の内座へ案内し、料理を出し、供の者にも相応の席と料理を用意した。二十六日の桜島見分では手配を先に命じ、南林寺前…

  25. 追録5-No.1883 島津久亮・義岡久仲在府家老連署返書

    島津圖書・義岡相馬が十一月朔日、高橋縫殿へ、国目付二人の城山見分・南泉院参詣と桜島見分を報告した九月晦日付書状に返答する。申し越した内容を承知し、貴聞に達したと伝える。

  26. 追録5-No.1884 西尾忠尚書状

    西尾隠岐守忠尚が十月二日、松平大隅守継豊の礼状を受け取り、公方・大納言の機嫌がよいことを伝える。七月二十七日の千代姫の七夜祝儀が済んだことを継豊が喜んでいる旨を承知し、書状の趣旨をそれぞれ申し合わせて上聞に達したと返答する。

  27. 追録5-No.1885 秋元凉朝書状

    秋元但馬守凉朝が十月二日、松平大隅守継豊の礼状を受け取り、公方・大納言の機嫌がよいことを伝える。七月二十七日の千代姫の七夜祝儀が済んだことを継豊が喜んでいる旨を承知し、書状の趣旨を言上したと返答する。

  28. 追録5-No.1886 忠洪、両監国使ヲ招請饗応ス(記事)

    重豪公御譜は、十月十日に江戸から奉書が届き、国目付二人を帰府させることになったと記す。同月二十六日に二人を府城書院へ招いて饗応し、島津周防忠紀が伴食した。一門の島津備中貴儔・島津出雲久定、家老・若年寄・大目付らが迎えて接待し、二使は一門以下に酒一盃を賜った。

  29. 追録5-No.1887 高橋種寿書状

    高橋縫殿が十月十四日、島津圖書・義岡相馬へ国目付二使の帰府命令の到来と十一月三日の出立予定、暇乞い・餞別の手配を報告する。月番家老の用で主殿の旅宿へ赴いた二使の口上を伝え、一門・大身分・大目付以上や寺社奉行らの挨拶、太守・隅州からの道中挨拶書状、出立日を長崎奉行・隣国に知らせる手配と京都・大坂への届…

  30. 追録5-No.1888 島津久亮・義岡久仲在府家老連署返書

    島津久亮・義岡久仲が十一月二十六日、高橋縫殿の国目付帰府・出立手配の報告を承知し、継豊へ伝えたと朱書で答える。出立日について江戸方からも届け出ず、京都・大坂への届出や一門への知らせも不要と伝える。届いた別紙を江戸で控え置くと知らせる。

  31. 追録5-No.1889 国目付、任満チテ帰府ス(記事)

    宝暦六年十一月三日、任期を終えた国目付二人が旅館を発った。家臣の従僕が扈従し、江戸留守居岩下方峯・使番佐久間村央・目付肥後八右衛門盛望と諸有司も同日に鹿府を発ち、横井を経て伊集院苗代川に泊まった。忠洪・継豊はあらかじめ家老島津主殿久馮に慰労を命じた。四日に市来湊・串木野・隈之城を経て森尾町、五日に西…

  32. 追録5-No.1890 高橋種寿書状

    高橋縫殿が十一月三日、島津圖書・義岡相馬へ、国目付二使が先月十六日に暇乞いで登城し、書院で料理を受け、太守の礼と隅州の挨拶口上、帰府書状について留守居が取り次いだと報告する。肴一折ずつを進め、退城後は備中・周防・主鈴・織部・縫殿・筑後宅の門まで、翌十七日は主殿・典膳・出雲・大学宅へ挨拶・見舞に赴いた…

  33. 追録5-No.1891 島津久亮・義岡久仲在府家老連署返書

    島津久亮・義岡久仲が閏十一月十一日、高橋縫殿の国目付二使の暇乞い・料理・挨拶に関する十一月三日付報告を、継豊へ伝えたと朱書で答える。送られた次第書を江戸で控え置くと知らせる。

  34. 追録5-No.1892 高橋種寿在国家老首尾書

    高橋縫殿が十一月三日、島津圖書・義岡相馬へ、国目付二使が当朝五ツ半に無事鹿児島を出立し、別紙宿割に従い小倉方面へ十三日間の通路、大里から乗船する予定と報告する。太守の音物の品数を留守居・使便・使番の同役で調整し、苗代川・出水での見送り案を二使が辞退したため、一泊目に主殿の使者、出水境の谷まで懸の用人…

  35. 追録5-No.1893 島津久亮・義岡久仲在府家老連署返書

    島津久亮・義岡久仲が閏十一月十一日、高橋縫殿の十一月三日付報告を承知して継豊へ伝え、国目付二使が無事出立したことを喜ぶと朱書で答える。出立の届出が済んだことは、別紙の問合せに朱書したとおりと知らせる。送られた別紙を江戸で控え置くと伝える。

  36. 追録5-No.1894 本多正珍書状

    本多伯耆守正珍が十一月十二日、松平大隅守継豊の礼状を受け取り、公方・大納言の機嫌がよいことを伝える。重陽の祝儀として時服と肴を拝領したことへの継豊の謝意を承知し、書状の趣旨をそれぞれ申し合わせて上聞に達したと返答する。

  37. 追録5-No.1895 秋元凉朝書状

    秋元但馬守凉朝が十一月十二日、松平大隅守継豊の礼状を受け取り、公方・大納言の機嫌がよいことを伝える。公方から重陽の祝儀として時服と肴を拝領したことへの継豊の謝意を承知し、書状の趣旨を言上したと返答する。

  38. 追録5-No.1896 堀田正亮書状

    堀田相模守正亮が十一月二十三日、松平大隅守継豊へ、千代姫の色直祝儀として使者をもって目録のとおり献上した品を披露したと返答する。祝儀を喜ばれたことも伝える。

  39. 追録5-No.1897 秋元凉朝書状

    秋元但馬守凉朝が十一月二十三日、松平大隅守継豊へ、千代姫の色直祝儀として使者をもって目録のとおり献上した品を披露したと返答する。祝儀を喜ばれたことも伝える。

  40. 追録5-No.1898 堀田正亮書状

    堀田相模守正亮が十一月二十三日、松平又三郎忠洪へ、千代姫の色直祝儀として使者をもって目録のとおり進上した品を披露したと返答する。祝儀を喜ばれたことも伝える。

  41. 追録5-No.1899 秋元凉朝書状

    秋元但馬守凉朝が十一月二十三日、松平又三郎忠洪へ、千代姫の色直祝儀として使者をもって目録のとおり進上した品を披露したと返答する。祝儀を喜ばれたことも伝える。

  42. 追録5-No.1900 島津久亮・義岡久仲在府家老連署首尾書

    義岡相馬・島津圖書が閏十一月二十四日、主殿・主鈴・典膳・縫殿へ、国目付二使の十二日の帰府と川崎への軽使・樽肴、品川での使番の歓迎を報告する。十三日の用番堀田への帰府取次ぎ、国元で渡した継豊の飛札による礼、太守名代での用番への礼と非番老中・若年寄への留守居使者の礼を記す。両使は絵図・書付を提出して用事…

  43. 追録5-No.1901 島津久憑外三名在国家老連署返書

    国元家老四名が十二月十八日、義岡相馬・島津圖書の閏十一月二十四日付の国目付帰府報告を承知し、継豊へ伝えたと朱書で答える。送られた別紙・書付をすべて国元で留め置くと知らせる。

  44. 追録5-No.1902 堀田正亮書状

    堀田相模守正亮が閏十一月二十八日、松平大隅守継豊の礼状を受け取り、公方の機嫌がよいことを伝える。十月二十四日の東叡山・深徳院の霊前への参詣について継豊が祝意を寄せたことを承知し、書状の趣旨を申し合わせて上聞に達したと返答する。

  45. 追録5-No.1903 高橋種寿書状

    高橋縫殿が閏十一月二十八日、島津圖書・義岡相馬へ、国目付二使への進物・進覧品と帰府後の取扱いを知らせる。太刀二腰・大判金二枚・縮緬六巻・紗綾十二巻・細上布六反・樽代金四千二百疋、両殿から太刀百二十四腰・馬代銀百二十四枚、一門・大身分・用人以上や使番らから太刀二腰・馬代銀二枚・樽代金千疋を挙げる。淡路…

  46. 追録5-No.1904 島津久亮・義岡久仲在府家老連署返書

    島津久亮・義岡久仲が宝暦七年正月二十九日、前年閏十一月二十八日付の高橋縫殿の進物報告を承知したと朱書で答える。両殿・一門・大身分・諸役人・淡路守の進物は早く届けるのがよいが、太刀はすべて贈るに及ばない旨を岩下・佐久間から聞き、そのように申し渡したと記す。江戸で取り替えた品は旧臘に御用聞が二使方へ持参…

  47. 追録5-No.1905 松平武元書状

    松平右近将監武元が十二月六日、松平大隅守継豊の礼状を受け取り、寒中も公方・大納言の機嫌がよいことを伝える。機嫌伺いに添えた鯛一箱をそれぞれ申し合わせて披露し、喜ばれたと返答する。

  48. 追録5-No.1906 秋元凉朝書状

    秋元但馬守凉朝が十二月六日、松平大隅守継豊の礼状を受け取り、寒中も公方・大納言の機嫌がよいことを伝える。機嫌伺いに添えた鯛一箱を披露し、喜ばれたと返答する。

  49. 追録5-No.1907 せやま外四名連署消息

    松嶋・岩はし・うら尾・小枝・せやまの五名が、松平大隅守継豊の閏十一月二十二日付書状に返答する。公方・大納言・御簾中・千代姫が健勝であることと、先月二十二日に千代姫の色直祝儀が滞りなく済み、喜ばれたことを知らせる。継豊からの祝意を伝えるとともに、今後もよろしくと挨拶する。

  50. 追録5-No.1908 松平武元書状

    松平右近将監武元が十二月六日、松平又三郎忠洪へ、当朝進上した蜜柑二箱と炙鮎一箱を披露したと返答する。進物を喜ばれたことも伝える。

  51. 追録5-No.1909 秋元凉朝書状

    秋元但馬守凉朝が十二月六日、松平又三郎忠洪へ、当朝進上した蜜柑二箱と炙鮎一箱を披露したと返答する。進物を喜ばれたことも伝える。

  52. 追録5-No.1910 松平武元書状

    松平右近将監武元が十二月二十五日、松平大隅守継豊の礼状を受け取り、公方・大納言の機嫌がよいことを伝える。十一月二十三日の曲輪内の出火が鎮まったことについて継豊が祝意を寄せたことを承知し、書状の趣旨を申し合わせて上聞に達したと返答する。

  53. 追録5-No.1911 秋元凉朝書状

    秋元但馬守凉朝が十二月二十五日、松平大隅守継豊の礼状を受け取り、公方・大納言の機嫌がよいことを伝える。十一月二十三日の曲輪内の出火が速やかに鎮まったことについて継豊が祝意を寄せたことを承知し、書状の趣旨を言上したと返答する。

  54. 追録5-No.1912 徳川家重御内書

    家重の墨印御内書で、松平大隅守継豊へ、歳暮の祝儀として小袖一重が到来し、歓覧したと伝える。詳しいことは堀田相模守が述べるとしている。

  55. 追録5-No.1913 秋元凉朝書状

    秋元但馬守凉朝が十二月二十七日、松平大隅守継豊へ、歳暮の祝儀として使者をもって献上した小袖一重を披露したと返答する。進物を喜ばれたことも伝える。

  56. 追録5-No.1914 秋元凉朝書状

    秋元但馬守凉朝が十二月二十七日、松平又三郎忠洪へ、歳暮の祝儀として使者をもって進上した小袖一重を披露したと返答する。進物を喜ばれたことも伝える。

  57. 追録5-No.1915 島津忠洪吉書

    島津忠洪が宝暦七年正月元日に記した吉書で、長生・不老を詠む漢詩と、君が代の千代・八千代を祈る和歌を並べる。末尾に忠洪の名と花押を記す。

  58. 追録5-No.1916 酒井忠寄書状

    酒井左衛門尉忠寄が正月七日、松平大隅守継豊へ、若菜の祝儀として献上した鯛一折を披露したと返答する。進物を喜ばれたことも伝える。

  59. 追録5-No.1917 秋元凉朝書状

    秋元但馬守凉朝が正月七日、松平大隅守継豊へ、若菜の祝儀として献上した鯛一折を披露したと返答する。進物を喜ばれたことも伝える。

  60. 追録5-No.1918 酒井忠寄書状

    酒井左衛門尉忠寄が正月七日、松平又三郎忠洪へ、若菜の祝儀として進上した鯛一折を披露したと返答する。進物を喜ばれたことも伝える。

  61. 追録5-No.1919 秋元凉朝書状

    秋元但馬守凉朝が正月七日、松平又三郎忠洪へ、若菜の祝儀として進上した鯛一折を披露したと返答する。進物を喜ばれたことも伝える。

  62. 追録5-No.1920 酒井忠寄書状

    酒井左衛門尉忠寄が正月九日、松平大隅守継豊の礼状を受け取り、公方・大納言の機嫌がよいことを伝える。前年十一月二十二日に千代姫の色直祝儀が済み、閏十一月六日に宮参りをしたことへの継豊の祝意を承知し、書状の趣旨を申し合わせて上聞に達したと返答する。

  63. 追録5-No.1921 秋元凉朝書状

    秋元但馬守凉朝が正月九日、松平大隅守継豊の礼状を受け取り、公方・大納言の機嫌がよいことを伝える。前年十一月二十二日に千代姫の色直祝儀が済み、閏十一月六日に宮参りをしたことへの継豊の祝意を承知し、書状の趣旨を言上したと返答する。

  64. 追録5-No.1922 堀田正亮外四名幕府老中連署状

    西尾隠岐守忠尚・松平右近将監武元・本多伯耆守正珍・酒井左衛門尉忠寄・堀田相模守正亮の五名が正月十一日、松平大隅守継豊へ返答する。年頭の祝儀として使者をもって献上した太刀一腰・馬代黄金十両を披露し、喜ばれたと伝える。

  65. 追録5-No.1923 秋元凉朝書状

    秋元但馬守凉朝が正月十一日、松平大隅守継豊へ、年頭の祝儀として使者をもって献上した太刀一腰・馬代黄金十両を披露したと返答する。進物を喜ばれたことも伝える。

  66. 追録5-No.1924 島津忠洪吉書

    島津忠洪が正月十一日に署判した吉書で、神社仏閣を修造・興行すること、農事に専ら励むこと、国々の年貢を徴納することの三箇条を掲げる。この趣旨に従って沙汰するよう命じる。

  67. 追録5-No.1925 酒井忠寄書状

    酒井左衛門尉忠寄が正月十一日、松平又三郎忠洪へ、年頭の祝儀として使者をもって進上した太刀一腰・馬代黄金十両を披露したと返答する。進物を喜ばれたことも伝える。

  68. 追録5-No.1926 秋元凉朝書状

    秋元但馬守凉朝が正月十一日、松平又三郎忠洪へ、年頭の祝儀として使者をもって進上した太刀一腰・馬代黄金十両を披露したと返答する。進物を喜ばれたことも伝える。

  69. 追録5-No.1927 西尾忠尚書状

    西尾隠岐守忠尚が二月六日、松平大隅守継豊の新年を祝う礼状を受け取り、公方・大納言の機嫌がよく、年始の儀式が滞りなく済んだことを伝える。礼状に添えた樽肴をそれぞれ申し合わせて披露し、喜ばれたと返答する。

  70. 追録5-No.1928 秋元凉朝書状

    秋元但馬守凉朝が二月六日、松平大隅守継豊の新年を祝う礼状を受け取り、公方・大納言の機嫌がよく、年始の儀式が滞りなく済んだことを伝える。礼状に添えた樽肴を披露し、喜ばれたと返答する。

  71. 追録5-No.1929 忠洪、忠昌二百五十年忌法事ヲ修ス(記事)

    宝暦七年二月十五日、忠洪が興国寺で修圓室公の二百五十年忌法事を営んだ記事。修圓室公には島津忠昌の注がある。番頭北郷民部久傳を遣わし、香奠銀五枚を献じて拝礼させた。継豊も側用人關山軍兵衛金麻を使者として遣わし、香奠銀一枚を献じた。出典は重豪公御譜。

  72. 追録5-No.1930 本多正珍書状

    本多伯耆守正珍が三月二日、松平大隅守継豊の礼状を受け取り、公方・大納言の機嫌がよいことを伝える。歳暮の祝儀として時服と肴を拝領したことへの継豊の謝意を承知し、書状の趣旨を申し合わせて上聞に達したと返答する。

  73. 追録5-No.1931 秋元凉朝書状

    秋元但馬守凉朝が三月二日、松平大隅守継豊の礼状を受け取り、公方・大納言の機嫌がよいことを伝える。公方から歳暮の祝儀として時服と肴を拝領したことへの継豊の謝意を承知し、書状の趣旨を言上したと返答する。

  74. 追録5-No.1932 島津忠洪疏

    又三郎忠洪が三月二十一日に記した福昌寺の疏で、禅の祖意と法脈を述べ、覺照山妙谷禅寺の教州和尚の才徳と教えをたたえる。学人が耆宿を尊ぶことを述べ、聖運の永盛と邦家の泰寧を祈る。

  75. 追録5-No.1933 本多正珍書状

    本多伯耆守正珍が三月二十八日、松平大隅守継豊の礼状を受け取り、公方の機嫌がよいことを伝える。正月二十四日の増上寺御霊屋への参詣について継豊が祝意を寄せたことを承知し、書状の趣旨を申し合わせて上聞に達したと返答する。

  76. 追録5-No.1934 秋元凉朝書状

    秋元但馬守凉朝が三月二十八日、松平大隅守継豊の礼状を受け取り、大納言の機嫌がよいことを伝える。正月二十六日の東叡山・至心院の霊前への参詣について継豊が祝意を寄せたことを承知し、書状の趣旨を言上したと返答する。

  77. 追録5-No.1935 島津忠洪願書

    松平又三郎忠洪が四月五日、継豊が多年病気のため国許に滞在してゆっくり入湯し、ありがたく思っているが、なお同じ病状で長途の旅行が難しいと申し出る。当夏の参府はできないので、来夏まで国許に滞在して養生できるよう願う。張紙には願いのとおりとする許可の記載がある。

  78. 追録5-No.1936 堀田正亮書状

    堀田相模守正亮が四月十七日、松平又三郎忠洪へ、当朝進上した香具一箱と丸熨斗一箱を披露したと返答する。進物を喜ばれたことも伝える。

  79. 追録5-No.1937 秋元凉朝書状

    秋元但馬守凉朝が四月十七日、松平又三郎忠洪へ、当朝進上した香具一箱と丸熨斗一箱を披露したと返答する。進物を喜ばれたことも伝える。

  80. 追録5-No.1938 秋元凉朝書状

    秋元但馬守凉朝が四月二十九日、松平大隅守継豊の礼状を受け取り、大納言の機嫌がよいことを伝える。二月二十六日の東叡山・至心院の霊前への参詣について継豊が祝意を寄せたことを承知し、書状の趣旨を言上したと返答する。

  81. 追録5-No.1939 徳川家重御内書

    家重の墨印御内書で、松平大隅守継豊へ、端午の祝儀として帷子・単物が到来し、歓覧したと伝える。詳しいことは西尾隠岐守が述べるとしている。

  82. 追録5-No.1940 秋元凉朝書状

    秋元但馬守凉朝が五月四日、松平大隅守継豊へ、端午の祝儀として使者をもって献上した帷子・単物を披露したと返答する。進物を喜ばれたことも伝える。

  83. 追録5-No.1941 秋元凉朝書状

    秋元但馬守凉朝が五月四日、松平又三郎忠洪へ、端午の祝儀として使者をもって進上した帷子・単物を披露したと返答する。進物を喜ばれたことも伝える。

  84. 追録5-No.1942 島津継豊請書

    継豊が五月四日、堀田相模守・酒井左衛門尉・本多伯耆守・松平右近将監・西尾隠岐守と、大納言方の秋元但馬守へ謝礼の書状を送る。自分の病気がなお快復せず、同氏又三郎が願い出た来夏までの国許滞在・養生が許されたことを承知し、ありがたく思っていると述べる。この謝意を伝えるため飛札を送ったとする。

  85. 追録5-No.1943 酒井忠寄書状

    酒井左衛門尉忠寄が六月六日、松平大隅守継豊の礼状を受け取り、酷暑にも公方・大納言の機嫌がよいことを伝える。機嫌伺いに添えた鰹節一箱をそれぞれ申し合わせて披露し、喜ばれたと返答する。

  86. 追録5-No.1944 秋元凉朝書状

    秋元但馬守凉朝が六月六日、松平大隅守継豊の礼状を受け取り、酷暑にも公方・大納言の機嫌がよいことを伝える。機嫌伺いに添えた鰹節一箱を披露し、喜ばれたと返答する。

  87. 追録5-No.1945 酒井忠寄書状

    酒井左衛門尉忠寄が六月七日、松平大隅守継豊の礼状を受け取り、公方・大納言の機嫌がよいことを伝える。継豊の病気がなお快復せず、同氏又三郎の願いのとおり来夏まで国許に滞在して養生することが許されたことへの継豊の謝意を承知し、書状の趣旨を一覧したと返答する。

  88. 追録5-No.1946 秋元凉朝書状

    秋元但馬守凉朝が六月七日、松平大隅守継豊の礼状を受け取り、公方・大納言の機嫌がよいことを伝える。継豊の病気がなお快復せず、同氏又三郎の願いのとおり来夏まで国許に滞在して養生することが許されたことへの謝意を承知し、書状の趣旨を承知したと返答する。

  89. 追録5-No.1947 酒井忠寄書状

    酒井左衛門尉忠寄が六月六日、松平又三郎忠洪へ、当朝進上した琉球布一箱・砂糖漬天門冬一器・赤貝塩辛一器・琉球泡盛酒二壺を披露したと返答する。進物を喜ばれたことも伝える。

  90. 追録5-No.1948 秋元凉朝書状

    秋元但馬守凉朝が六月六日、松平又三郎忠洪へ、当朝進上した琉球布一箱・砂糖漬天門冬一器・赤貝塩辛一器・琉球泡盛酒二壺を披露したと返答する。進物を喜ばれたことも伝える。

  91. 追録5-No.1949 島津忠洪伺書

    松平又三郎忠洪が六月九日、有徳院吉宗の七回忌法事に際して、同氏大隅守継豊から香奠を献じたいと申し出る。添付紙には白銀二枚を献上したい旨を記す。

  92. 追録5-No.1950 酒井忠寄書状

    酒井左衛門尉忠寄が六月十二日、千代姫の逝去に際して使者を遣わし、公方の機嫌を尋ねた礼状を受け取ったと返答する。公方に変わりがないので安心するよう伝え、書状の趣旨を申し合わせて上聞に達したと知らせる。

  93. 追録5-No.1951 秋元凉朝書状

    秋元但馬守凉朝が六月十二日、松平大隅守継豊へ、千代姫の逝去に際して使者を遣わし、大納言の機嫌を尋ねた礼状を受け取ったと返答する。大納言に変わりがないので安心するよう伝え、書状の趣旨を言上したと知らせる。

  94. 追録5-No.1952 酒井忠寄書状

    酒井左衛門尉忠寄が六月二十八日、松平又三郎忠洪へ、当朝進上した檜重一組を披露したと返答する。進物を喜ばれたことも伝える。

  95. 追録5-No.1953 酒井忠寄書状

    酒井左衛門尉忠寄が六月二十六日、松平大隅守継豊の礼状を受け取り、公方の機嫌がよいことを伝える。四月二十日の東叡山御霊前への参詣について継豊が祝意を寄せたことを承知し、書状の趣旨を申し合わせて上聞に達したと返答する。

  96. 追録5-No.1954 堀田正亮外三名幕府老中連署状

    西尾隠岐守忠尚・松平右近将監武元・酒井左衛門尉忠寄・堀田相模守正亮の四名が七月六日、松平大隅守継豊へ、生見玉の祝儀として献上した黄金十両を披露したと返答する。祝儀を喜ばれたことも伝える。

  97. 追録5-No.1955 秋元凉朝書状

    秋元但馬守凉朝が七月六日、松平大隅守継豊へ、生見玉の祝儀として献上した黄金十両を披露したと返答する。祝儀を喜ばれたことも伝える。

  98. 追録5-No.1956 西尾忠尚書状

    西尾隠岐守忠尚が七月六日、松平又三郎忠洪へ、生見玉の祝儀として進上した黄金十両を披露したと返答する。祝儀を喜ばれたことも伝える。

  99. 追録5-No.1957 秋元凉朝書状

    秋元但馬守凉朝が七月六日、松平又三郎忠洪へ、生見玉の祝儀として進上した黄金十両を披露したと返答する。祝儀を喜ばれたことも伝える。

  100. 追録5-No.1958 西尾忠尚書状

    西尾隠岐守忠尚が七月十二日、松平大隅守継豊の礼状を受け取り、公方・大納言の機嫌がよいことを伝える。端午の祝儀として時服と肴を拝領したことへの継豊の謝意を承知し、書状の趣旨を申し合わせて上聞に達したと返答する。