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追録5の目録
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全2,955件中 701~800件・8 / 30ページ
追録5-No.687 堀田正亮書状
堀田相模守正亮が寛延三年正月二十二日、継豊の書状へ返す。三御所の機嫌を喜ぶ旨を承知したうえ、旧冬、同氏兵庫の家督相続の御礼を申し上げた節に、大納言様へ御目見があったことを継豊がありがたく受け止めたと記す。その御礼として差し越した使者の書面の趣旨を各申談して上聞に達したと伝える。No.685・686の…
追録5-No.688 秋元凉朝書状
秋元但馬守凉朝が寛延三年正月二十二日、松平大隅守殿(継豊)へ書状を出す。三御所の機嫌を喜んだこと、旧冬に同氏兵庫の家督相続御礼の節、大納言様へ御目見したことへの謝意を承知したと述べる。その御礼として遣わされた使者の書面の趣旨を言上したと伝える。No.687の堀田返書と同件で、品目や目録の献上について…
追録5-No.689 徳川宗睦書状(重年家督相続への祝意)
尾張中将宗睦が寛延三年正月二十三日、松平大隅守殿(継豊)へ御報を出す。継豊の書状を読み、いよいよ無恙との知らせを重ねて喜ぶ。同氏薩摩守殿の家督が無事仰せ出され、使者を遣わして知らせたことを承知し、念を入れた通知を喜んだと述べる。宗睦判を備える。
追録5-No.690 西尾忠尚書状
西尾隠岐守忠尚が寛延三年正月二十六日、松平大隅守殿(継豊)へ返す。三御所の機嫌を喜ぶ書状を受け、旧冬に同氏薩摩守の家督を兵庫殿へ仰せ付けられたことへの謝意を承知したと述べる。その御礼に使者で目録どおり献上した品を逐一披露し、一段の御仕合であったと伝える。No.691の大納言御目見への御礼に対する返書…
追録5-No.691 西尾忠尚書状
西尾隠岐守忠尚が寛延三年正月二十六日、松平大隅守殿(継豊)へ、三御所の機嫌を喜んだ旨を承知したと返す。旧冬、同氏兵庫の家督相続御礼の節に大納言様へ御目見したことを継豊がありがたく受け止め、その御礼として遣わした使者の書面の趣旨を言上したと記す。同日のNo.690は家督相続への目録記載品の献上、本書は…
追録5-No.692 清崎・高瀬連署消息
清崎・高瀬が松平大隅守様の人々御中へ御返事を出す。御表から御礼があったとの知らせに返礼し、十二月十三日付の継豊の書状について、三御所の機嫌を喜び、先月十日に薩摩守殿の家督が無事兵庫殿へ仰せ付けられたことを継豊もありがたく思ったという趣旨を承知したと伝える。めでたく祝し、よろしく申し上げると結ぶ。兵庫…
追録5-No.693 さえた外五名連署消息
豊岡・梅その・松しま・うら尾・たきつ・さえたの六名が、松平大隅守様の人々御中へ御返事を送る。御表から御礼があったとの知らせを受け、十二月十三日付書状で三御所の機嫌を喜び、先月十日に同氏薩摩守殿の家督が無事兵庫殿へ仰せ付けられたことを継豊もありがたく思ったという趣旨を承知したと述べる。めでたく祝い、書…
追録5-No.694 さえた外五名連署消息
豊岡・梅その・松しま・うら尾・たきつ・さえたの六名が、松平大隅守様の人々御中へ御返事を送る。御表から御礼があったとの知らせに返礼し、十二月十五日付書状について三御所の機嫌を喜ぶ。先月十五日に同氏兵庫殿が家督相続御礼を申し上げた際、御懇の上意により大納言様へ御目見したことを継豊もありがたく思ったという…
追録5-No.695 清崎・高瀬連署消息
清崎・高瀬が松平大隅守様の人々御中へ御返事を出す。御表からの御礼への返礼とともに、十二月十五日付書状で三御所の機嫌を喜んだことを承知する。先月十五日、同氏兵庫殿が家督相続御礼を申し上げた際、御懇の上意で大納言様にも御目見したことを継豊がありがたく思ったという趣旨を受け、よろしく申し上げると結ぶ。No…
追録5-No.696 さえた外五名連署消息
豊岡・梅その・松しま・うら尾・たきつ・さえたが、松平大隅守様の人々御中へ御返事を送る。御表からの御礼がありがたかったことを伝え、十二月十五日付書状にある三御所の機嫌を喜ぶ。先月十五日、同氏兵庫殿の家督相続御礼の際、御懇の上意で大納言様に御目見したことを継豊もありがたく思ったという趣旨を承知し、右の御…
追録5-No.697 徳川宗勝書状
尾張中納言宗勝が寛延三年二月四日、松平大隅守殿(継豊)へ御報を出す。陽春の慶賀は休みなく喜ばしいと述べ、継豊が無恙で年を越したとの知らせを重ねて喜ぶ。宗勝自身も無恙で年を重ねたことに、継豊が念を入れて賀意を示したのを喜んだと返す。継豊公御譜・正文在文庫の注記と宗勝判を備える。
追録5-No.698 松平武元書状
松平右近将監武元が寛延三年二月六日、松平大隅守殿(継豊)へ返書を出す。三御所の機嫌を喜んだ旨を承知し、旧冬廿八日、同氏薩摩守の元服を仰せ付けられ、御一字を賜り従四位下少将を命じられたこと、御盃・御肴・腰物を拝領したことを、継豊が重ねてありがたく思った旨を述べる。その御礼に使者で献上した縮緬十巻・御樽…
追録5-No.699 秋元凉朝書状
秋元但馬守凉朝が寛延三年二月六日、松平大隅守殿(継豊)へ、三御所の機嫌を喜んだ旨を承知したと返す。旧冬、同氏薩摩守の元服、御一字下賜、従四位下少将の命令、御盃・御肴・腰物拝領を、継豊が重ねてありがたく受け止めたと述べる。その御礼に使者で目録どおり献上した品を逐一披露し、一段の御仕合であったと伝える。…
追録5-No.700 西尾忠尚書状
西尾隠岐守忠尚が寛延三年二月六日、松平大隅守殿(継豊)へ返す。三御所の機嫌を喜ぶ書状を受け、旧冬廿八日に同氏薩摩守の元服、御一字下賜、従四位下少将の命令があり、御盃・御肴・腰物を拝領したことを、継豊が重ねてありがたく思った旨を承知する。その御礼に使者で献上した御樽肴を逐一披露し、一段の御仕合であった…
追録5-No.701 松平武元書状
松平右近将監武元が寛延三年二月七日、松平大隅守殿(継豊)へ書状を出す。継豊の書状を拝見し、改年の慶賀を重ねて喜ぶ。三御所の機嫌がよく、年始の御規式を無事済ませたことを継豊が喜んだ旨を承知する。これに伴う御樽肴の献上を各申談して逐一披露し、一段の御仕合であったと伝える。本文は家重・家治を名指しせず三御…
追録5-No.702 秋元凉朝書状
秋元但馬守凉朝が寛延三年二月七日、松平大隅守殿(継豊)へ返す。改年の慶賀を喜び、三御所の機嫌がよく年始の御規式を無事終えたことを継豊が喜んだ旨を承知したと述べる。それに伴う御樽肴の献上を逐一披露して、一段の御仕合であったと伝える。
追録5-No.703 西尾忠尚書状
西尾隠岐守忠尚が寛延三年二月七日、松平大隅守殿(継豊)へ、継豊の書状を拝見して改年の慶賀を重ねて喜ぶと返す。三御所の機嫌がよく、年始の御規式が無事済んだことを継豊が喜んだ旨を承知し、書面の趣旨を言上したと伝える。忠尚判を備える。No.701・702と同日・同じ賀意の返書だが、本書は樽肴や他の献上品を…
追録5-No.704 松平武元書状
松平右近将監武元が寛延三年二月九日、松平大隅守殿(継豊)へ返書を出す。三御所の機嫌を喜ぶ書状を受け、旧冬、同氏薩摩守が家督相続後初めて上使から御鷹の鶴を拝領したことを継豊がありがたく受け止めた旨を承知する。書面の趣旨を各一覧したと述べる。継豊公御譜・正文在文庫、武元判を備える。拝領者は重年、書状の宛…
追録5-No.705 秋元凉朝書状
秋元但馬守凉朝が寛延三年二月九日、松平大隅守殿(継豊)へ返す。三御所の機嫌を喜んだこと、旧冬、同氏薩摩守が公方様から上使をもって初めて御鷹の鶴を拝領したことを継豊がありがたく思った旨を承知したと述べる。No.704と同じ拝領に対する返書だが本書は公方様による下賜を明記する。上への言上については本文に…
追録5-No.706 西尾忠尚書状
西尾隠岐守忠尚が寛延三年二月九日、松平大隅守殿(継豊)へ返書を出す。三御所の機嫌を喜ぶ旨を承知し、旧冬に同氏薩摩守が家督相続後初めて上使から御鷹の鶴を拝領したことを、継豊がありがたく受け止めた書面の趣旨を承知したと伝える。忠尚判を備える。No.704・705と同じ拝領に対する、継豊宛の返書である。
追録5-No.707 徳川宗春書状
尾張宰相宗春が寛延三年二月十五日、薩摩中将殿へ御報を出す。陽春の慶賀を喜び、相手が無為であることを重ねて喜ぶ。宗春自身も無恙で年を越したことに念を入れて賀意を示したのを喜んだと返す。継豊公御譜に収める薩摩中将宛の書状で、正文在文庫とあり、継豊宛とみられる。双方の無為・越年と季節の賀状への返答を記す。
追録5-No.708 松平武元書状
松平右近将監武元が寛延三年二月十八日、松平大隅守殿(継豊)へ返す。三御所の機嫌を喜んだ旨を承知し、同氏薩摩守の国許にいる妻について、そのまま直妻とすることが済んだのを継豊がありがたく思った書面を各一覧したと伝える。継豊公御譜・正文在文庫と武元判を備える。国許にいるのは重年の既存の妻である。妻の父久尚…
追録5-No.709 秋元凉朝書状
秋元但馬守凉朝が寛延三年二月十八日、松平大隅守殿(継豊)へ返書を出す。三御所の機嫌を喜ぶ書状を受け、同氏薩摩守の国許にいる妻をそのまま直妻とする件が済んだのを、継豊がありがたく受け止めた趣旨を承知したと述べる。凉朝判を備え、No.708・710と同日・同件の別の老中返書である。国許にいるのは重年の既…
追録5-No.710 西尾忠尚書状
西尾隠岐守忠尚が寛延三年二月十八日、松平大隅守殿(継豊)へ、三御所の機嫌を喜んだ旨を承知したと返す。同氏薩摩守の国許にいる妻をそのまま直妻とする件が済み、継豊がありがたく思った書面の趣旨を承知したと伝える。忠尚判を備える。No.708・709と同じ、既存の妻の扱いに関する返書である。本文に妻の父や新…
追録5-No.711 松平武元書状
松平右近将監武元が寛延三年二月二十二日、松平大隅守殿(継豊)へ返す。三御所の機嫌を喜ぶ書状を受け、歳暮の祝儀として時服と御肴を拝領し、さらに大御所様から御肴を下されたことを重ねてありがたく思った旨を承知する。書面の趣旨を各申談して上聞に達したと伝える。継豊公御譜・正文在文庫に収める継豊宛書状で、本書…
追録5-No.712 秋元凉朝書状
秋元但馬守凉朝が寛延三年二月二十二日、松平大隅守殿(継豊)へ、三御所の機嫌を喜んだ旨を承知したと返す。歳暮の祝儀の時服・御肴を拝領し、さらに大御所様から御肴を拝領したことを重ねてありがたく思った継豊の書面の趣旨を言上したと伝える。凉朝判を備える。No.711・713と同じ、継豊の拝領御礼に対する返書…
追録5-No.713 西尾忠尚書状
西尾隠岐守忠尚が寛延三年二月二十二日、松平大隅守殿(継豊)へ返す。三御所の機嫌を喜ぶ書状を受け、歳暮の祝儀に時服・御肴を拝領し、さらに大御所様から御肴を下されたことを重ねてありがたく思った旨を承知したと述べる。書面の趣旨を言上したと伝え、忠尚判を備える。No.711・712と同件の別の返書で、御肴を…
追録5-No.714 重年、島津久尚女を夫人に迎える
重年は幕府の許可を得て、家臣島津大学久尚の娘(元注於村)を夫人に立てた。今年二月二十二日に夫人が麑城(鹿児島城)の大奥へ入ったと記す。婚姻の許可を得た経緯と、夫人が実際に入輿した日・場所を記録する。
追録5-No.715 松平武元書状
松平右近将監武元が寛延三年二月二十九日、松平大隅守殿(継豊)へ返す。三御所の機嫌を喜ぶ書状を受け、同氏薩摩守の年始着座を仰せ出されたことを継豊がありがたく受け止めた旨を承知する。書面の趣旨を各一覧したと伝える。継豊公御譜に収められ、正文在文庫とあり、武元判を備える。年始着座を許されたのは重年で、継豊…
追録5-No.716 秋元凉朝書状
秋元但馬守凉朝が寛延三年二月二十九日、松平大隅守殿(継豊)へ返書を出す。三御所の機嫌を喜ぶ旨を承知し、同氏薩摩守が年頭着座を仰せ付けられたことを、継豊がありがたく思った書面の趣旨を承知したと述べる。凉朝判を備える。No.715・717と同じ着座への謝意の返書だが、御盃・時服の拝領は本書に記さない。
追録5-No.717 西尾忠尚書状
西尾隠岐守忠尚が寛延三年二月二十九日、松平大隅守殿(継豊)へ、三御所の機嫌を喜んだ旨を承知したと返す。同氏薩摩守が年始着座を仰せ出されたことを継豊がありがたく思った書面の趣旨を承知したと述べる。忠尚判を備える。No.715・716と同日・同件の別書状で、No.718~720に記される御盃・時服の拝領…
追録5-No.718 本多正珍書状
本多伯耆守正珍が寛延三年三月二日、松平大隅守殿(継豊)へ返す。三御所の機嫌を喜ぶ書状を受け、同氏薩摩守が年始御礼の節に着座を仰せ付けられ、御盃を頂戴して時服を拝領したことを、継豊が重ねてありがたく思った旨を承知する。書面の趣旨を各一覧したと述べる。継豊公御譜・正文在文庫と正珍判を備える。
追録5-No.719 秋元凉朝書状
秋元但馬守凉朝が寛延三年三月二日、松平大隅守殿(継豊)へ、三御所の機嫌を喜んだ旨を承知したと返す。同氏薩摩守が年始御礼の節に着座を仰せ付けられ、御盃を頂戴して時服を拝領したことを、継豊が重ねてありがたく思った書面の趣旨を承知したと述べる。No.718・720と同じ拝領への継豊の謝意を受けた、別の返書…
追録5-No.720 西尾忠尚書状
西尾隠岐守忠尚が寛延三年三月二日、松平大隅守殿(継豊)へ返書を送る。三御所の機嫌を喜ぶ旨を承知し、同氏薩摩守が年始御礼の節に着座を仰せ付けられ、御盃を頂戴し時服を拝領したことを、継豊が重ねてありがたく受け止めた書面の趣旨を承知したと述べる。忠尚判を備える。No.718・719と宛先・拝領品が同じ、継…
追録5-No.721 町田・伊集院両家ノ実名定例ヲ定ム
重年公御譜は、正徳三年癸巳の春に島津家支族とその庶子が実名を選び定例を立て、町田・伊集院両家では俊字を庶子の通字にしていたと記す。このたび重年の諱訓を避けたいとの願いがあり、町田には實字、伊集院には兼字を改めて与え、家老樺山主計久初が副書で伝えた。No.722~725の一字状と副状へつながる記事で、…
追録5-No.722 島津重年一字状
寛延三年三月十一日付、町田郷九郎宛の一字状は、大きく實の一字を掲げる。扣正文在文庫と記し、本文は一字・年月日・宛所から成り、差出人署名は載らない。目録とNo.721の御譜記事から、重年による實字授与状とみられる。No.723は、以前の俊字に差支えが生じたため別紙どおり實字を与えたことを伝える樺山久初…
追録5-No.723 樺山久初副状
樺山主計(元注久初)が寛延三年三月十一日、町田郷九郎へ副状を送る。以前、庶流の実名に俊字を与えられていたが差支えが生じたため、このたび別紙どおり實字を下されたと伝える。寫・扣正文在文庫の注記を備える。No.721の記事にある重年の諱訓の回避とNo.722の一字状に対応する。従来の字に差支えがあった理…
追録5-No.724 島津重年一字状
寛延三年三月十一日付、伊集院十右衛門宛の一字状は兼の一字を掲げ、同上とする。本文は一字・年月日・宛所で構成され、差出人署名は載らない。目録とNo.721の御譜記事から、重年による兼字授与状とみられる。町田家に實字を与えたNo.722とは、授与する字と宛先が異なる。次のNo.725は従来の俊字に差支え…
追録5-No.725 樺山久初副状
主計(No.723同上の樺山主計久初)が寛延三年三月十一日、伊集院十右衛門へ副状を送る。以前、庶流の実名に俊字を与えられていたが差支えが生じたため、このたび別紙どおり兼字を下されたと伝える。No.724の一字状と一組で、俊字から兼字への変更を通知する。差支えなく用いるという命令ではなく、旧字に差支え…
追録5-No.726 本多正珍書状
本多伯耆守正珍が寛延三年三月十三日、松平大隅守殿(継豊)へ返す。公方様の機嫌がよく、正月十日に東叡山御霊屋へ参詣したことを継豊が承った旨を受け、書面の趣旨を各申談して上聞に達したと伝える。継豊公御譜・正文在文庫と正珍判を備える。参詣の主体は将軍で、継豊宛の返書である。
追録5-No.727 本多正珍書状
本多伯耆守正珍が寛延三年三月十六日、松平大隅守殿(継豊)へ返す。三御所の機嫌を喜ぶ書状を受け、正月十六日に竹姫君が入御した節、菊のことにつき御懇の上意を受けたこと、三御所から拝領物を仰せ付けられ、五十宮御方から贈物があったことを、継豊が重ねてありがたく思った旨を承知する。さらに公方様から同氏薩摩守へ…
追録5-No.728 秋元凉朝書状
秋元但馬守凉朝が寛延三年三月十六日、松平大隅守殿(継豊)へ返す。三御所の機嫌を喜ぶ旨を承知し、正月十六日の竹姫入御時に菊のことを御懇に扱う上意があり、三御所から拝領物、五十宮御方から初めて贈物があったことを述べる。さらに公方様から同氏薩摩守へも拝領物があり、これらを継豊が重ねてありがたく思った書面の…
追録5-No.729 西尾忠尚書状
西尾隠岐守忠尚が寛延三年三月十六日、松平大隅守殿(継豊)へ書状を出す。三御所の機嫌を喜ぶ旨を承知し、正月十六日の竹姫入御時、菊のことにつき御懇の上意があり、三御所の拝領物と五十宮御方の贈物を受けたことを述べる。さらに公方様から同氏薩摩守へ拝領物があり、継豊が重ねてありがたく思った書面の趣旨を承知した…
追録5-No.730 桜町上皇崩御シ、継豊香奠ヲ献ス
今年三月二十三日の仙洞(元注證櫻町院)崩御の報せが薩州に届いたことを受け、継豊が香奠を献納した記事。先例に従い、七月二日に伏見假屋守鎌田覺大夫政常を騎馬で京都泉涌寺へ遣わし、尊霊前に白銀三枚を納めた。使者の移動手段と香奠の品・数量を記す。No.732には重年による白銀二十枚の献納が載る。
追録5-No.731 桃園天皇女房奉書
重年公御譜に収める女房奉書は、さつまの少将から昇進の御礼として黄金百両・絹三十疋が進上され、披露したところ天皇が喜んで見られ、その旨を伝えるよう命じたと述べる。御いまの御局へ宛て、よく心得て伝えるよう求める。正文在文庫と日置番所御文書二番箱にある旨の注記、朱書の寛延三年三月廿二を伴う。
追録5-No.732 桜町上皇崩御シ、重年香奠ヲ献ス
重年公御譜の同上記事は、同年三月二十三日の仙洞(元注證櫻町院)崩御に際し、先例に従って使者を京都泉涌寺へ遣わし、尊霊前に香奠白銀二十枚を献納したと記す。伏見假屋守鎌田覺大夫政常が騎馬で赴き使者を勤めた。No.730の継豊の白銀三枚と対になるが、本記事自体には七月二日という献納日を記さない。騎馬は使者…
追録5-No.733 秋元凉朝書状
秋元但馬守凉朝が寛延三年三月二十六日、松平大隅守殿(継豊)へ返書を出す。至心院様(元注家重妾・梅溪氏)の三回御忌の法事が東叡山で執行されるため、使者で香奠を献上した件について、その趣旨を言上したと伝える。
追録5-No.734 酒井忠寄書状
酒井忠寄が寛延三年四月四日、松平大隅守継豊へ返書を送る。御賀の祝儀として鯛一折を献上したことについて、その趣旨を披露したと伝え、一段の御仕合と述べる。継豊公御譜中の正文在文庫という出典注、日付、酒井左衛門尉忠寄判、宛所を備える。本文には御賀の対象者・年齢や使者名の記載がないため、特定の人物の誕生祝と…
追録5-No.735 さえた外五名連署消息
さえた・たきつ・うら尾・松しま・梅その・豊をかの六女房が、松平大隅守継豊の人々御中へ御返事を送る。二月二十九日付書状を受け、三御所が機嫌よく過ごすことを継豊が喜んだ旨を承知する。公方から年賀祝儀として竹姫君へ進物があり、継豊もありがたく思うとの礼意を、御手前様へよろしく申し上げると伝える。消息自身の…
追録5-No.736 さえた外五名連署消息
さえたら六女房が、二月二十九日付の継豊の書状に返事する。三御所の機嫌を継豊が喜び、公方から年賀祝儀として菊姫方へ拝領物が付されたことをありがたく思うとの趣旨を承知し、よろしく申し上げると伝える。大納言様へもよろしく申し上げるとの文言が続く。宛所は松平大隅守様人々御中である。消息自身の月日はなく、二月…
追録5-No.737 清崎・高瀬連署消息
高瀬・清崎が、松平大隅守継豊の人々御中へ二月二十九日付書状の御返事を送る。三御所の機嫌に継豊が恐悦した旨を受け、公方四十の御賀の祝儀として菊姫方に拝領物が付されたことと、継豊の謝意を承知したと述べる。その御礼を御手前様へよろしく申し上げると伝える。消息自身に月日はない。
追録5-No.738 酒井忠寄書状
酒井忠寄が寛延三年四月四日、松平大隅守継豊へ、御礼書状を拝見したと返す。公方の機嫌がよく、正月十九日に増上寺御霊屋へ参詣したことを聞いて継豊が恐悦した旨について、書面の趣旨を各々相談し上聞に達したと通知する。継豊本人に参詣を命じた書状ではなく、将軍の参詣への祝意を取り次いだ返書である。参詣先は増上寺…
追録5-No.739 酒井忠寄書状
酒井忠寄が寛延三年四月二十五日、松平薩摩守重年へ返書を送る。今朝、御香具一箱と丸熨斗一箱を献上したことについて、その趣旨を披露し、一段の御仕合と伝える。重年公御譜中・正文在文庫の出典注があり、忠寄判、宛所、酒井左衛門尉忠寄の署名を備える。本文の今朝は献上時を示す語で、品名の一部ではない。
追録5-No.740 秋元凉朝書状
秋元但馬守凉朝が寛延三年四月二十五日、松平薩摩守重年へ返書を送る。今朝の御香具一箱・丸熨斗一箱の献上を披露したと伝え、一段の御仕合と述べる。同上の見出しを持ち、No.739の酒井忠寄返書と同日・同じ二品の献上に対応するが、差出人と署名は別である。使者名・数量以外の品目は本文にない。
追録5-No.741 島津久柄申渡書
島津主殿久柄が寛延三年五月、酒匂平左衛門へ申渡す。対象は御家御守御本尊(注に令佛・觀音)と天之御母衣壹掛の二項目である。御先祖の代から酒匂家に預けられていた品につき、重年の家督相続に伴い先代どおり預け置くと命じる。さらに御記録奉行へもこの申渡しを伝えるよう指示する。重年公御譜中の写で、末尾に五月・主…
追録5-No.742 徳川家重御内書
将軍家重が寛延三年五月四日、松平大隅守継豊へ御内書を送る。端午の祝儀として帷子・単物が到来し、歓覧したと伝え、詳細は堀田相模守正亮から述べるとする。継豊公御譜中・正文在文庫の出典注と家重公黒印の表示がある。No.743は同じ継豊の献上を披露した秋元凉朝の返書で、No.744は薩摩少将重年宛の御内書で…
追録5-No.743 秋元凉朝書状
秋元但馬守凉朝が寛延三年五月四日、松平大隅守継豊へ返書を送る。端午の祝儀として使者をもって帷子・単物を献上したことを披露し、一段の御仕合と通知する。同上の出典表示を持ち、No.742の家重御内書と同日・同じ宛先の献上に対応する。使者を通じた献上は本文に明記されるが、使者名と品の数量は記されない。末尾…
追録5-No.744 徳川家重御内書
将軍家重が寛延三年五月四日、薩摩少将重年へ御内書を送る。端午の祝儀として帷子・単物が到来し、歓覧したと伝え、詳細は堀田相模守正亮から述べるとする。重年公御譜中・正文在文庫の出典注があり、末尾に家重公黒印の表示と宛所を持つ。No.742の継豊宛御内書と同文型だが、受取人は重年である。本文に献上数量・使…
追録5-No.745 秋元凉朝書状
秋元但馬守凉朝が寛延三年五月四日、松平薩摩守重年へ返書を送る。端午の祝儀として使者をもって帷子・単物を献上したことを披露し、一段の御仕合と伝える。No.744の家重御内書に対応し、No.743の継豊宛返書とは献上者と宛先が異なる。使者による献上は本文に明記されるが、使者名と品の数量はない。同上の見出…
追録5-No.746 秋元凉朝書状
秋元凉朝が寛延三年五月十一日、松平大隅守継豊へ、御礼書状を拝見したと返す。大納言の機嫌がよく、二月二十九日に東叡山の至心院御霊前へ参詣したことを聞いて継豊が恐悦した旨を、書面の趣旨として言上したと伝える。参詣の主体は大納言である。院号は至心院と記される。本文は大納言の機嫌を述べ、将軍の健勝は記さない…
追録5-No.747 継豊療養ノタメ参府遅延ヲ願フ
継豊公御譜の記事は、前年の請願により継豊が今年夏まで国許で療養する恩免を受けていた経緯を記す。参府の期限が近づいたが療養が進まず、前年に加わった憂いもあって道中が難しいため、寛延三年五月六日に重年が再び延期を願い、参府の期を来年夏へ延ばしたと述べる。詳細は手左に続くとして、No.748以降の書状・願…
追録5-No.748 伊勢貞起・義岡久中老家連署書状
伊勢兵部・義岡相馬が寛延三年五月十三日、島津主殿ら五名へ継豊の国許湯治御暇を今年夏以降も延ばす願いと、その取次経過を報告する。二月二十三日の使便で受けた意向に従い堀田相模守へ内談し、五月三日に岩下佐次右衛門が浅井八兵衛へ案文を示した。五月六日朝、小笠原縫殿助を介して願書を提出し受領され、十二日に別紙…
追録5-No.749 島津重年願書
松平薩摩守重年が五月六日、養父大隅守継豊の病気を理由に国許療養の御暇を重ねて願う。継豊は多年の病気により前年夏に国許へ帰着したが、長途の道中と暑気で冬の快復も進まず、今年夏の参府が難しいと述べる。前年の不幸による養生の不自由も挙げ、やむを得ず再度の御暇を願い、快復して旅行できれば来夏に参府する意向を…
追録5-No.750 岩下方峯口上書
岩下佐次右衛門方峯が五月三日、兵部様へ、堀田相模守の用人浅井八兵衛との取会を報告する。継豊の国許御暇申次願書の案文を持参して内見に供し、差支えがなければ口上を相模守へ伝えてほしいと依頼した。八兵衛は申し上げるために引き取り、相模守が案文を見て何も指摘がなかったので、都合のよい時に提出するようにとの返…
追録5-No.751 岩下方峯口上書
岩下佐次右衛門が五月六日、兵部様へ二件の取次首尾を報告する。一件は、継豊の御暇申次願いの御書付壹通を今朝、小笠原縫殿助を介して御用番堀田相模守へ差し出し、無事に受け取られたことである。これを縫殿助から聞いた相模守取次の道之内十兵衛が、挨拶使者の岩下へ伝えた。もう一件は岩下が御用番門前の附使者を務めた…
追録5-No.752 佐久間盛邦口上書
堀田相模守の用人岩瀧五兵衛が、願いどおり国許御暇を重ねて認める御書付壹通・御付紙を渡す旨を通知したため、佐久間源太夫盛邦が五月十二日、代わりの者を取次へ参上させて受領し、兵部様へ報告する。享保十四年の淨國院の御暇願い許可後に国許承知の飛札で御礼を述べた先例を調べ、今回も国許へ知らせて飛札で御礼するよ…
追録5-No.753 岩下方峯口上書
岩下佐次右衛門が五月十二日、兵部様へ、堀田相模守取次の青木安太夫から継豊の国許御暇願いに対する御付紙を受け取った首尾を報告する。病気で長途の旅行が難しいため来夏まで国許に留まる願いどおりの許可をありがたく受け、御請と使者による御礼は追って行うと述べた。その後、浅井八兵衛に会い、取次が滞りなく進んだ礼…
追録5-No.754 中山王尚敬書状
中山王尚敬が五月十三日、太守様へ一翰を呈する。昨冬の家督相続と継目の御礼が無事に済んだことを承知し、千秋萬歳と恐悦の祝意を述べる。祝儀として小禄王子を差し上げ、太刀一腰・馬一疋と目録の品を進上するという。重年公御譜中の正文在文庫写として収められ、重年の家督相続を祝う書状とみられる。元服・改名と十一月…
追録5-No.755 中山王尚敬書状
中山王尚敬が五月十三日、太守様へ書状を送る。前年十一月二十八日に江戸城へ召され、元服して御一字を拝領し、従四位下少将に叙され、道具も拝領したことを祝う。御名薩摩守・実名重年と称すること、先例どおり相済んだことを承知したと述べる。祝儀として小禄王子を差し上げ、太刀一腰・馬代黄金十両と目録品を進上する。…
追録5-No.756 堀田正亮書状
堀田相模守正亮が寛延三年五月二十日、松平大隅守継豊へ返書を送る。大猷院の百回忌法事の執行に際し、使者をもって香奠を献上し、東叡山へ奉納したことについて、その趣旨を言上したと伝える。元注は大猷院を徳川家光とし、慶安四年四月二十日の薨去と百年に当たる旨を記す。日付は本文・目録とも五月二十日である。本文に…
追録5-No.757 島津継豊書状
継豊が寛延三年六月七日、三御所の機嫌を喜ぶ挨拶に続けて、御暇の許可への謝意を述べる。多年の病気で国許療養中だが今年夏の参府も困難なため、同氏薩摩守重年が来夏まで留まって養生したい旨を願い、上聞に達して願いどおり許されたことをありがたく承知したという。礼のため飛札を送り、機会をみてよろしく取り扱ってほ…
追録5-No.758 島津重年伺書
重年公御譜中の伺書写は六月十一日、来る十六日の御嘉定に登城したいと申し出る。家督相続後初めての儀礼なので、登城について指示を求めるという本文に、願いどおり登城してよい旨の御付紙が付く。御名という表示があり、目録は島津重年伺書として対応する。本文には着座の命令や拝領品の記載はない。
追録5-No.759 島津重年届書
重年公御譜中の届書写は六月十八日、妻が当秋に国許から出府する際、伊勢へ参宮したいとして、承知おき願いたいと届ける。末尾は御名とし、付記に右の書付を御留守居から御用番へ差し出したとある。目録は島津重年届書とする。国許から江戸へ出府する途中の参宮計画と、書付の提出経路を記す。妻の実名、具体的な出発日、道…
追録5-No.760 松平武元書状
松平右近将監武元が寛延三年六月十三日、松平大隅守継豊へ御礼書状の返事を送る。公方の機嫌がよく、日光山で大猷院百回忌法事が執行され、四月二十日に東叡山御霊前へ参詣したことを聞いて継豊が恐悦した旨を、各々相談して上聞に達したと通知する。参詣の主体は公方であり、継豊への参詣命令や継豊の参列を記す書状ではな…
追録5-No.761 松平武元書状
松平武元が寛延三年六月二十二日、松平大隅守継豊へ、御礼書状を拝見したと返す。酷暑の折、三御所の機嫌がよく、さらに安全に過ごすことを聞いて継豊が安心した旨を受ける。これに伴う鰹節一箱の献上を各々相談して披露したと伝え、一段の御仕合と述べる。No.762・763も同日・同じ献上に対する別の返書だが、それ…
追録5-No.762 秋元凉朝書状
秋元凉朝が寛延三年六月二十二日、松平大隅守継豊へ返書を送る。酷暑の折、三御所の機嫌と安全を聞いて継豊が安心したという御礼書状を受け、これに伴う鰹節一箱の献上を披露したと伝え、一段の御仕合と述べる。No.761の各々相談という文言はこの書状にはなく、三御所の機嫌を喜ぶ文言は明記される。
追録5-No.763 西尾忠尚書状
西尾隠岐守忠尚が寛延三年六月二十二日、松平大隅守継豊へ返書を送る。酷暑の折に三御所の機嫌と安全を聞いて継豊が安心したという御礼書状を拝見し、これに伴う鰹節一箱の献上を披露したと伝える。No.761・762と同日・同じ献上に対応するが、西尾忠尚判を持つ独立した返書である。
追録5-No.764 松平武元書状
松平武元が寛延三年六月二十二日、松平薩摩守重年へ返書を送る。今朝、琉球布一箱、砂糖漬天門冬一器、赤貝塩辛一器、琉球泡盛酒二壺を献上したことを披露し、一段の御仕合と伝える。重年公御譜中・正文在文庫の出典注がある。末尾には武元判、宛所、松平右近将監武元の署名がある。No.765・766と同じ四品の献上に…
追録5-No.765 秋元凉朝書状
秋元凉朝が寛延三年六月二十二日、松平薩摩守重年へ、今朝の琉球布一箱・砂糖漬天門冬一器・赤貝塩辛一器・琉球泡盛酒二壺の献上を披露したと返す。一段の御仕合と述べ、凉朝判、宛所、秋元但馬守凉朝の署名を持つ。同上の出典表示を受け、No.764と同日・同じ品目数量に対応する独立した返書である。本文には使者名や…
追録5-No.766 西尾忠尚書状
西尾忠尚が寛延三年六月二十二日、松平薩摩守重年へ、今朝の琉球布一箱・砂糖漬天門冬一器・赤貝塩辛一器・琉球泡盛酒二壺の献上を披露したと返す。一段の御仕合と述べ、日付・忠尚判・宛所・西尾隠岐守忠尚署名を備える。No.764・765と同じ献上への別返書である。
追録5-No.767 堀田正亮書状
堀田相模守正亮が寛延三年六月二十四日、松平薩摩守重年へ、端午の御内書を渡すので、明日五半時に江戸城へ家来を差し出すようにと通知する。重年公御譜中・正文在文庫の出典注があり、本文末に相模守の署名と宛所を持つ。御内書受領の使者を遣わす時刻・場所を指定した短い書状で、重年本人が翌日登城するよう求める書状で…
追録5-No.768 松平武元書状
松平武元が寛延三年六月二十七日、松平大隅守継豊へ御礼書状の返事を送る。仙洞の崩御を聞いて言葉を絶したとの継豊の心情を承知し、それに伴い使者をもって御機嫌を伺ったことについて、変わりなく過ごしているので安心するようにと伝える。書面の趣旨は各々相談して上聞に達したという。仙洞への弔意を背景とする、将軍へ…
追録5-No.769 秋元凉朝書状
秋元凉朝が寛延三年六月二十七日、松平大隅守継豊へ御礼書状の返事を送る。仙洞崩御を聞いて言葉を絶したとの趣旨を承知し、使者による御機嫌伺いについて、変わりなく過ごしているので安心するようにと伝える。書面の趣旨を言上したと述べ、秋元但馬守凉朝判を持つ。No.768と同件だが、各々相談という文言はない。本…
追録5-No.770 西尾忠尚書状
西尾忠尚が寛延三年六月二十七日、松平大隅守継豊へ返書を送る。仙洞の崩御を聞いて言葉を絶したとの御礼書状を拝見し、使者をもって御機嫌を伺ったことについて、変わりなく過ごしているので安心するようにと伝える。書面の趣旨は言上したという。No.768・769と同日・同件でも、西尾隠岐守忠尚判を持つ別の返書で…
追録5-No.771 慈徳院宗信追薦供職衆請定
宗信公御譜所収の請定は、慈徳院殿俊巖良英大居士の追薦のため、大曼荼羅供の供職衆を列挙する。御導師は寺務検校執行法印大和尚位恭翁で、無量壽院前左學頭智翁、寶性院前左學頭弘範、大聖院、普門院などの奉仕者・院坊が続く。衲衆と甲衆の区分を置き、讃頭・散華・經頭・堂達などの役も示す。六月十一日付で、来る十三日…
追録5-No.772 島津重年追善祭文
重年が寛延三年六月十三日、慈徳院殿俊巖良英大居士、亡兄宗信の小祥に寄せた漢文祭文である。故人が薩隅日三国と琉球を領し、幼年から才学を備え、国の大難・大疑を解決したことを称える。家門を継いだのち早く没した悲しみを述べ、至弟重年が高野山へ使者を馳せ、香を供え、両部曼荼羅と百僧による仏事を請うと記す。仏徳…
追録5-No.773 蓮金院秀恵位牌証帖
神位名牌状は、慈徳院殿俊巖良英大居士(島津宗信)の菩提成就のために奉るものとして、香を供えること、転経と三会を期すること、冥安を願う旨を記す。末尾は寛延三年庚午の夏六月十三日、高野山蓮金院秀恵の署名と朱印の表示を持つ。目録は蓮金院秀恵位牌証帖として対応し、No.771・772と同じ宗信追薦に関係する…
追録5-No.774 慈徳院追善三時勤行僧衆請定
慈徳院殿俊巖良英大居士の追薦のため、連夜三時の勤行に加わる院坊を定める請定である。蓮金院・延壽院・光壽院・法泉院、教王院・慈光院などの院坊と房、五坊を列挙する。末尾には来る十一日未刻から参勤するようにとあり、寛延三年庚午の六月日行事と記す。日付欄は六月までで、No.771の大曼荼羅供請定とは役目を区…
追録5-No.775 鎌田政昌書状
鎌田典膳が六月二十三日、嶋津主殿・樺山主計・嶋津矢柄・平田靱負へ、高野山での慈徳院遺髪登山法事に関する書類の扱いを連絡する。大曼荼羅供職衆請定・諷誦文・位牌証帖の三通は、留守居から蓮金院名代の龍花院へ大坂に送り、津留七郎兵衛・中村喜之進が寺社方の書留用に携えたもので、今回この三通を添えるという。別に…
追録5-No.776 宗信遺髪ヲ高野山蓮金院ニ納ム
寛延三年夏、重年が宗信の遺髪を紀州高野山へ納めるため使者を遣わした。四月十九日暁、福昌寺で島津久亮が継豊の代わりに焼香し、覺門・覺淵らの読経、遺髪の護守と送り出しを行う。総監鎌田政昌、側用人菱刈實詮ほか一行を列挙し、五月朔日出帆後の風波による津々の滞泊、二十八日兵庫港着、二十九日難波着を記す。六月九…
追録5-No.777 島津宗信霊塔銘
宗信霊塔の銘は、享保十三年六月十三日に江戸で生まれ、寛延二年七月十日に薩府で没した宗信を、薩隅日三国主兼琉球国領主と称し、慈徳院殿俊巖良英大居士の法名を掲げる。襲家の兄を追薦するため、従四位下左近衛少将源朝臣重年が建立したと刻む。併記された奉献文は、紀州高野山の慈徳院殿尊前へ石燈籠二基を寄進し、寛延…
追録5-No.778 奥院ニ宗信ノ納髪法会終リテ諸有司帰国ス
六月十三日に奥院への遺髪納入法会を終え、翌十四日、鎌田政昌・菱刈實詮以下の有司と覺門・覺淵が高野山を下り、大坂薩邸へ戻る。政昌・實詮らの大半は十五日早旦に江戸へ向けて出立して芝邸で務め、残る附従の有司は二十七日に大坂港を発って薩府へ帰ったと記す。覺門・覺淵は七月晦日に薩府へ帰着する。
追録5-No.779 中山王ノ礼使薩府ニ到ル
中山王尚敬が前年、御代替慶賀使の具志川王子を江戸へ遣わし、使職を終えて今年夏に琉球へ帰ったことを記す。その謝恩使となった与古田親方が琉球から船出して薩府へ到着し、先例に従って幕府への書翰・献物を持参した。同年九月十一日、野村十郎右衛門盛房を薩府から江戸へ急行させ、柳営へ伝献させたと述べる。
追録5-No.780 中山王献上物目録・書翰案文等四件
正文在琉球國司という出典注を持ち、献上目録案文・書翰案文・文箱調様等を四件に分けて収める。の一は公方・大御所・大納言・御老中向けの品目数量、の二は書翰と目録の用紙・上包・文箱・緒・銘書、の三は具志川王子の帰国と拝領物に対する御老中宛謝礼案文、の四は受領品の差に応じた書翰の書き分けと別の礼状草案である…
追録5-No.780-1 献上物目録
公方向けは龍涎香三十袋・緞子二十巻・細布二十端(内島織十端)・八重山島熬海鼠二箱・泡盛酒三壺。大御所向けは龍涎香二十袋・緞子十巻・細布十端・八重山島熬海鼠二箱・泡盛酒二壺とし、大納言向けは同断とする。続く御老中向けは細布五端(内島織三端)・泡盛酒一壺で、中山王の名を添える。
追録5-No.780-2 書翰用紙并文箱仕様書
書翰は似合紙を用い、同紙で上包し、檜木の長文箱へ入れ紫革の緒を付ける。文箱寸法は長さ壹尺五寸八部・高さ壹寸壹部・横三寸。献上目録は檀紙を用い、同じく檜木文箱と紫革緒とし、長さ壹尺五寸八部・高さ壹寸壹部・横二寸とする。御老中向け目録は箱なし、書翰用箱は長さ壹尺五寸・高さ壹寸壹部・横貳寸四部と記す。上包…
追録5-No.780-3 中山王書翰案文
公方・大御所・大納言の機嫌を喜び、前年の御代替祝儀使具志川王子が帰国して返翰を受け取った旨を述べる。薩摩守を通じて事情を承知し、使者の登城・御目見、懇ろな上意、白銀・綿子の拝領と使者・従者への賜物を謝す。その御礼のため薩州を通して親方何某が目録品を献上するので、よろしく取り扱ってほしいと求める。宛所…
追録5-No.780-4 中山王書翰草案
大御所・大納言からの拝領物が同じなら同様の書翰案文一通とし、品が異なれば書き分け、文言は同様として御老中へ差し出すと指示する。本多伯耆守・松平右近将監、西尾隠岐守、秋元但馬守向け三通の銘書も掲げる。続く草案は、前年の御代替祝儀使が懇ろな上意を受け、結構な賜物と使者への品を拝領したことを謝し、御礼とし…
追録5-No.781 島津宗信影像銘草案
宗信の肖像と厨子に付す二種の銘草案。第一案は大施主竹姫君、監事家老島津主鈴藤原久郷、執次用人財部孫之丞平盛興を掲げ、慈徳院殿俊巖良英大居士の肖像一軀を安厝すると記す。開眼師は大圓寺現住龍眉、仏師は法橋善慶で、寛延二年十月二十日の日付と、御影像の厨子内に書き置く旨の指示がある。別案は宗信を薩隅日三州主…
追録5-No.782 吉田用右衛門記録方添役副状
右本書者から始まる指示は、御影像の厨子内に軸物を調えて掛け置くことを伝える。続く返答で吉田用右衛門は、竹姫用向きとして寛延二年十月二十日に江戸芝邸で島津主鈴から草案を受け取り、軸物を作成して差し上げた旨を述べる。同月晦日に主鈴が財部孫之丞を介し、後年に宗信の家譜へ記載するため国許御記録所へ草案を納め…