← 検索結果へ戻る
追録5-No.605記事旧記雑録暫定版・確認中

重年、兄宗信ノ遺領ヲ賜ハル

寛延二年十一月十日〔原本文〕/整理ID 旧記雑録追録5_文書0605

確認度高
この文書は暫定版です

現在、内容を確認中です。概要・人物・宛先・キーワード等は後日修正される可能性があります。

概要

重年公御譜に、寛延二年十一月十日の久門の登城と宗信遺領の拝領を記す。久門は執政の奉書に従い、支属の嶋津加賀守忠雅を伴って登城する。白書院の縁頬で縁類・執政が列座する中、本多正珍が、願いのとおり宗信の養子となり、その遺領すべてを賜う旨の台命を伝えた。久門は謝恩の篤志を奉って退き、宗家を継いで薩摩・大隅二州、日州諸県郡と琉球国を併領した。 同日、西城にも登って稲葉丹後守正甫へ礼を謝し、その後、各執政・京都諸司代・副執政らの邸に赴いて謝礼したと続く。冒頭に「重年公御譜中」があり、久門は重年の名である。宗信は兄で、久門はその養子となって家督を継いだ関係として記される。

登場人物

島津久門(重年)・島津宗信(養父)・島津加賀守忠雅・本多正珍・稲葉丹後守正甫

宛先

—

キーワード

島津久門、島津重年、宗信遺領、家督相続、十一月十日登城、島津忠雅、本多正珍、薩摩、大隅、諸県郡、琉球国、西城謝礼

冊子頁

215頁

読込量

小

面白さ

高

原文を確認

(2)166~310頁(寛延2~寛延4).pdf