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追録5の目録
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全2,955件中 1501~1600件・16 / 30ページ
追録5-No.1479 堀田正亮外三名連署状
西尾隠岐守忠尚、松平右近将監武元、酒井左衛門尉忠寄、堀田相模守正亮の四名が、宝暦四年七月六日、松平薩摩守重年へ連署で返答する。生見玉の御祝儀として黄金十両を献上したことを受け、順次披露したところ一段の御仕合であったと通知する。重年公御譜中・正文在文庫の注を持ち、同日同件の継豊宛No.1477とは受取…
追録5-No.1480 秋元凉朝書状
秋元但馬守凉朝が宝暦四年七月六日、松平薩摩守重年へ返答する。生見玉の御祝儀として黄金十両を献上したことを受け、順次披露したところ一段の御仕合であったと通知する。全上の注を持ち、直前No.1479の四老中連署返書と同日同件だが、本書は秋元の単独署名による返書である。同日・同件のNo.1478は継豊宛返…
追録5-No.1481 嶋津久馬・嶋津久郷連署書状
七月八日、在府の嶋津主鈴・主殿が義岡相馬・鎌田典膳へ、秋の水行普請に残す人員の調達と伝達を相談する。当春、一色周防守から小奉行三十人・歩行士三百人・足軽五百人を差し出すよう指示されたことを述べる。春普請が一方完成したため、秋の水行普請に必要な人数を残す件について国元から相談を受け、現場で吟味したとこ…
追録5-No.1482 義岡久中・鎌田政昌連署返書
八月八日、義岡相馬・鎌田典膳から嶋津主鈴・主殿への朱書返答。秋の水行普請に残す人員と調達について申し越した書面の趣を承知したと伝え、差し越された別紙は手元に留め置いたと記す。その旨を返答する書状で、主鈴・主殿の七月八日付書状の行間に「御返答」として書き込まれている。
追録5-No.1483 普請場差出人数書届
右別紙写として、小奉行三十二人、歩行士百六十四人、足軽二百三十一人を掲げる。水行普請の際に各場所へ差し出す人数は右のとおりで、九手替の人数も申し付けており、惣奉行役をはじめ他の役人も元木屋・出張木屋へ詰め、順次現場で働くと記す。場所ごとの人数は別紙で差し上げると結び、六月八日、御名内・山澤小左衛門、…
追録5-No.1484 川田友助刺殺サル
宝暦四年甲戌七月九日、御兵具方足軽の川畑友助が、出込人を捕らえ、刺されて死亡したことを記す。捕縛について「求磨ニ捕へ」との細字の記述を伴う。
追録5-No.1485 酒井忠寄書状
酒井左衛門尉忠寄が宝暦四年七月十二日、松平薩摩守重年へ返答する。公方の機嫌がよいことを喜ぶ書状を披見し、前月二十日に東叡山の御霊前へ参詣したことを重年が承知し、めでたく思う旨を受ける。紙面の趣旨は各々申し談じたうえで上聞したと通知する。重年公御譜中・正文在文庫の注を持つ。参詣したのは公方家重で、重年…
追録5-No.1486 酒井忠寄書状
酒井左衛門尉忠寄が宝暦四年七月十三日、松平薩摩守重年へ返答する。公方・大納言の機嫌がよいことを喜ぶ書状を披見し、大納言から姫宮へ結納が贈られたと承知してめでたく思う旨と、そのため使者を差し越したことを受ける。紙面の趣旨は各々申し談じたうえで上聞したと通知する。全上の注を持つ。六月二十五日の献上祝儀返…
追録5-No.1487 秋元凉朝書状
秋元但馬守凉朝が宝暦四年七月十三日、松平薩摩守重年へ返答する。公方・大納言の機嫌がよいことを喜ぶ書状を披見し、大納言から姫宮へ結納が贈られたと承知してめでたく思う旨と、そのため使者を差し越したことを受ける。紙面の趣旨は言上したと通知する。全上の注を持ち、前No.1486酒井返書と同日同件だが、こちら…
追録5-No.1488 伊勢貞起・新納久品連署首尾書
伊勢兵部・新納内蔵が七月十七日、義岡相馬・鎌田典膳へ、重年の普請場見分と難場・工費・工期を報告する。重年は四日に大垣へ泊まり、五日に青木・吉田らと挨拶して現場を見分し、八月末の役人引取、九月初めの水行普請着工、年内完成の指示を受けたと記す。難場六か所を挙げ、油嶋新田から松之木間の築留・切り、千九拾間…
追録5-No.1489 義岡久中・鎌田政昌連署返書
義岡相馬・鎌田典膳が八月八日、伊勢兵部・新納内蔵へ、申し越された趣旨を詳しく承知したと返答する。普請の入料・手当と現場で考慮する点は何分にも相談して取り扱うよう伝え、別紙はこちらで控えておくと記す。
追録5-No.1490 平田正輔首尾書
平田靱負が七月二十二日、義岡相馬・鎌田典膳へ、治水難場三十八か所の請負調整と資材・費用の手配を報告する。青木・吉田の求めで佐久間源太夫を派遣し、山澤小左衛門・愛甲源左衛門と普請役が相談した結果、水上・水下を含む六か所を外受負、残る三十二か所を村請・組合村の施工とする案を伝え、村方の材木・竹・蛇籠、人…
追録5-No.1491 義岡久中・鎌田政昌連署返書
義岡相馬・鎌田典膳が八月八日、平田靱負へ、書状で申し越された趣旨を承知したと返答する。
追録5-No.1492 平田正輔首尾書
平田靱負が七月二十二日、義岡相馬・鎌田典膳へ、八十三か所の普請に必要な御歩行四十八人、番人・押番の見合十人、足軽四十四人の不足を報告する。先遣の小奉行三十二人・御歩行百六十四人・足軽二百三十一人とは用途を分け、千間築切水分には江戸の人数も加えて八月末・九月初めに手配し、九月初めの到着を求め、石請取・…
追録5-No.1493 義岡久中・鎌田政昌連署返書
義岡相馬・鎌田典膳が八月八日、平田靱負へ、書状の趣旨を承知したと返答する。御歩行は浮人数二人を加えて計六十人、足軽も二人を加えて四十六人を差し越すよう伊集院十藏に申し談じ、急飛脚で知らせ、早く手配して首尾を申し出るよう伝えたと述べる。次第は江戸へも照会し、首尾を申し出た者について出発日を定めて早く差…
追録5-No.1494 御普請諸方人数配帳
七月十一日付の御普請諸方人数配帳は、油嶋切方・大榑川切・無動寺村崩所と諸出張へ配置する御歩行・足軽を、石受取、蛇籠作方検者、普請方勤、石受取竿取、石くり上方、諸色受取などの職務別に列挙する。御歩行合百四十八人のうち、七十人は当分本木屋におり、三十人は江戸から近日送られる予定で、差引四十八人不足とし、…
追録5-No.1495 登城令書
宝暦四年七月二十七日、松平薩摩守重年へ、翌二十八日五時に登城し、参勤の御礼を申し上げるよう通知する。西尾隠岐守、本多伯耆守、酒井左衛門尉、堀田相模守の四名を掲げ、以上と結ぶ。重年公御譜中・正文在文庫の注を持ち、目録では登城令書とされる。発給日は二十七日、登城指定日は翌二十八日で、時刻は「五時」と記さ…
追録5-No.1496 家来二人御目見申渡(記事)
家来二人に御目見を仰せ付けられたので、召し連れて出るよう通知する短い申渡。目録には独立項目がなく、原本では七月二十七日付の重年宛登城令書に続いて番号1496を付す。家来は二人と明記されるが、氏名・役職・御目見の相手は本文には記されない。独立した日付・署名・宛名はなく、前文の翌二十八日登城と関連すると…
追録5-No.1497 重年ノ嫡子重豪、江戸ニテ改名ス(記事)
当年、重年が子の島津善次郎久方を伴って江戸におり、八月四日、久方を重年の嫡子として老中松平右近将監武元へ公に届けた記事。この日、久方は門列を離れ、松平又三郎忠洪へ改名した。忠洪には重豪との元注が付く。刀一腰、脇指一腰、黒熊鎗一対、長刀一振、手鎗一本、馬一匹が授けられた。刀は延寿、長二尺三寸一部、脇指…
追録5-No.1498 島津重年届書
宝暦四年八月四日、松平薩摩守重年が届ける書状。先に申し上げた直子島津善次郎が丈夫になったため、このたび召し連れて出府し、嫡子とし、名を又三郎へ改めたので聞き置いてほしいと願う。年齢は「当戌十歳」と記される。扣正文在家老座と注記される。付紙には御番松平右近将監様の久世忠右衛門へ提出し、秋元但馬守様へは…
追録5-No.1499 重豪、重年ノ嫡子トナリ名ヲ改ム(記事)
八月四日、重年が幕府の用人久世忠右衛門廣氏へ書状を送り、用番老中松平武元に善次郎を嫡子とする旨を届けた記事。善次郎には前年十二月十五日に薩府で元服して兵庫久方と号したとの元注が付く。先に重年が老中へ嫡子にしたいと願った際には善次郎と記し、今は兵庫の名で江戸へ来たため、別人と疑われることを恐れて善次郎…
追録5-No.1500 島津忠洪実名勘文
山田氏有雄が宝暦四年甲戌七月吉日に記す、忠洪の実名に関する勘文。御実名、乙丑御年十、御字忠、御本命金、帰納東を冒頭に掲げ、忠の字は火、洪の字は土に属し、火が土を生じ土が再び本命の金を生じるので吉と論じる。二字の点画を八卦の数に配すれば乾となり、洪の大きさと東方・陽・元・春・仁の象を結び、忠信の質が大…
追録5-No.1501 島津重豪仮名書上
宝暦四年八月四日付で、島津重豪の仮名を松平又三郎と記す。
追録5-No.1502 島津重豪名字状
宝暦四年八月四日付で、島津重豪の実名を忠洪と記す。
追録5-No.1503 児玉祝門書状(目録)
児玉祝人が九月十九日、川上平右衛門・東郷浅之丞へ、実名・御名の折紙と考書の扱いを伝える。実名考書二枚重を三つ折りにし同紙で包んで御実名と記し、仮名付一通を添え、白木請書等の包を付けて江戸家老座へ出し兵部へ差し上げる手順を示す。急なため宮之原宇右衛門へ相談し、御進物蔵で包装を整えたと記す。山田喜三右衛…
追録5-No.1504 松平武元書状
松平武元が宝暦四年八月十八日、松平薩摩守重年へ返答する。馬二足を献上したことを受け、順次披露したところ一段の御仕合であったと通知する。重年公御譜中・正文在文庫の注を持ち、署名武元判の脇に松平右近将監の朱注がある。数量は原文に「二足」と記される。馬の毛色・年齢・産地や献上理由は本文に記されない。次No…
追録5-No.1505 秋元凉朝書状
秋元凉朝が宝暦四年八月十八日、松平薩摩守重年へ返答する。馬一足を献上したことを受け、順次披露したところ一段の御仕合であったと通知する。全上の注を持ち、署名凉朝判の脇に秋元但馬守凉朝の朱注がある。同日の武元返書には馬二足、本書には一足と記され、数量が異なる。馬の属性、使者、献上理由や返礼品は本書には記…
追録5-No.1506 西尾忠尚書状
西尾隠岐守忠尚が宝暦四年九月二日、松平大隅守継豊へ返答する。公方・大納言の機嫌がよいことを喜ぶ書状を披見し、大納言から姫宮へ結納が贈られたと承知してめでたく思う旨を受ける。紙面の趣旨は各々申し談じたうえで上聞したと通知する。継豊公御譜中・正文在文庫の注を持つ。重年宛の七月十三日付返書No.1486と…
追録5-No.1507 秋元凉朝書状
秋元但馬守凉朝が宝暦四年九月二日、松平大隅守継豊へ返答する。公方・大納言の機嫌がよいことを喜ぶ書状を披見し、大納言から姫宮へ結納が贈られたと承知してめでたく思う旨を受ける。紙面の趣旨は言上したと通知する。全上の注を持ち、前No.1506西尾返書と同日同件だが、こちらは及言上候と明記する。使者名や献上…
追録5-No.1508 西尾忠尚書状
西尾隠岐守忠尚が宝暦四年九月二日、松平大隅守継豊へ返答する。公方の機嫌がよいことを喜ぶ書状を披見し、六月二十日に東叡山の御霊前へ参詣したことを継豊が承知してめでたく思う旨を受ける。紙面の趣旨は各々申し談じたうえで上聞したと通知する。継豊公御譜中・正文在文庫の注を持つ。公方家重の参詣の知らせに対して継…
追録5-No.1509 西尾忠尚書状
西尾隠岐守忠尚が宝暦四年九月六日、松平大隅守継豊へ返答する。公方・大納言の機嫌を尋ね、ますます安全であろうと見舞う書状を披見する。これに伴って干鯛一箱を献上したことを受け、各々申し談じて順次披露したところ一段の御仕合であったと通知する。継豊公御譜中・正文在文庫の注を持つ。使者名や返礼品は記されない。
追録5-No.1510 秋元凉朝書状
秋元但馬守凉朝が宝暦四年九月六日、松平大隅守継豊へ返答する。公方・大納言の機嫌を尋ね、ますます安全であろうと見舞う書状を披見する。これに伴って干鯛一箱を献上したことを受け、順次披露したところ一段の御仕合であったと通知する。全上の注を持ち、前No.1509西尾返書と同日同件だが、本書に各申談の文言はな…
追録5-No.1511 徳川家重御内書
徳川家重が宝暦四年九月七日、松平大隅守継豊へ送る御内書。重陽の祝儀として小袖一重が到来し、歓覧したと伝え、詳しいことは酒井左衛門尉忠寄が述べると結ぶ。家重公の墨印があり、継豊公御譜中・正文在文庫の注を持つ。次No.1512は同献上についての秋元披露通知で、発信者と用件を分ける。
追録5-No.1512 秋元凉朝書状
秋元但馬守凉朝が宝暦四年九月七日、松平大隅守継豊へ返答する。重陽の御祝儀として使者をもって小袖一重を献上したことを受け、順次披露したところ一段の御仕合であったと通知する。全上の注を持ち、前No.1511家重御内書と同じ献上に関する老中の取次返書である。使者名や具体的な返礼品は記されない。重年宛の次N…
追録5-No.1513 徳川家重御内書
徳川家重が宝暦四年九月七日、薩摩少将重年へ送る御内書。重陽の祝儀として小袖一重が到来し、歓覧したと伝える。詳しいことは酒井左衛門尉忠寄が述べると結び、家重公の墨印を付す。重年公御譜中に収め、正文は文庫にあるとの注を持つ。同日付No.1511は大隅守継豊宛であり、本書は重年宛の別文書である。小袖の数量…
追録5-No.1514 平田正輔首尾書
平田靱負が宝暦四年九月十四日、義岡相馬・鎌田典膳へ、水行御普請関係役人の出立と笠松到着を報告する。勘定頭倉橋武右衛門京平、勘定衆勝谷次兵衛・三木伊左衛門・宮川小十郎・荻田仁右衛門、普請役今井勘助・鶴岡幸助・渡邊傳之助・柑木左兵衛・猪又要右衛門・田村銀八郎・今泉又三郎・笹川雲四郎・和田清助・楢原與左衛…
追録5-No.1515 鎌田政昌申渡書
鎌田典膳政昌が宝暦四年九月、高奉行へ、琉球の当年進貢料の借銀を減額するよう申し渡す。当初は古銀三百二貫目を渡す予定だったが、古銀が容易に調達できず、資金の繰方にも差し支え、特に御手伝普請料の見積金が多額であることから、当年は百五十一貫目を減らして渡すとする。定めた額を急いで取り立て、滞りなく積み下す…
追録5-No.1516 鎌田政昌申渡書
鎌田典膳政昌が宝暦四年九月、琉球仮屋守へ、在番親方に伝える進貢料借銀の追加を申し渡す。先に百五十一貫目を貸すと通知したが、唐で調達する諸品が前年の役者によって準備されず、諸品の調達難で帰帆が遅れ、前年の渡唐接貢使に渡した当年手当の事情もあるため、減額では渡唐役者が困るとの再願を受ける。資金の不如意を…
追録5-No.1517 堀田正亮書状
堀田相模守正亮が宝暦四年九月十七日、松平大隅守継豊へ返答する。姫宮の入輿に際して御茶弁当を献上したことを受け、その趣旨は各々申し談じて上聞したと伝える。継豊公御譜中に収め、正文は文庫にあるとの注を持ち、署名は正亮判である。次No.1518は同日同件の重年宛返書だが、献上品は御料紙・硯箱であり、献上者…
追録5-No.1518 堀田正亮書状
堀田相模守正亮が宝暦四年九月十七日、松平薩摩守重年へ返答する。姫宮の入輿に際して御料紙と硯箱を献上したことを受け、その趣旨は各々申し談じて上聞したと通知する。重年公御譜中に収め、正文は文庫にあるとの注を持ち、正亮判のほか正亮の記載がある。堀田相模守の裏書注を持つ。前No.1517の継豊宛御茶弁当の返…
追録5-No.1519 島津久馬外二名家老連署知行目録
宝暦四年十月十八日、鎌田典膳政昌・義岡相馬久中・嶋津主殿久懋が正八幡宮別当弥勒院へ出した知行目録。高二百石について、隅州国分の内村、見次村、内山田村と各村の内を列記し、名寄帳は別冊にあるとする。故太守吉貴公が弥勒院を再建し、正八幡社領として寄附した土地で、享保六年二月二十七日に寄附状を下したという。…
追録5-No.1520 酒井忠寄書状
酒井左衛門尉忠寄が宝暦四年十月十日、松平薩摩守重年へ、重陽の御内書を渡すため、明日の五半時に御城へ家来を差し出すよう指示する。重年公御譜中に収め、正文は文庫にあるとの注を持つ。御内書の受渡しの予定と家来の差出しを求める通知で、登城するのは重年本人ではなく家来である。本文の明日は十一日を指す。家来の実…
追録5-No.1521 幕府勘定奉行触書
幕府勘定奉行の触書写。宝暦四年戌十月付で、重年公御譜中に収め、扣の正文は江戸家老座にある。先の子年に古銀の割合通用を触れたが、通用させず銀座への引替にも出さない者がいるとする。五畿内・北国・中国・四国・西国に多く古銀があると聞き、遠国では引替後も慶長銀・古銀・灰吹銀を貯めておく可能性があるため、銀座…
追録5-No.1522 平田正輔書状
平田靱負が宝暦四年十一月四日、嶋津主殿・義岡相馬・鎌田典膳へ、御手伝方常式・急破・水行普請の見積増額と用金不足を報告する。来年三月まで御手伝人数を引き取り、賦をもって賄う用金を大概十八万四千二百両と見積もり、八月九日に京大坂留守居へ繰方を申し渡したが、手伝用金に足らず江戸の極月までの用金も調わない。…
追録5-No.1523 堀田正亮書状
堀田相模守正亮が宝暦四年十一月七日、松平大隅守継豊へ返答する。公方・大納言の機嫌がますますよいことを喜ぶ書状を披見し、公方から重陽の祝儀として時服と御肴を拝領してありがたく思うという継豊の謝意を承知する。紙面の趣旨は各々申し談じて上聞したと伝える。継豊公御譜中・正文在文庫の注を持つ。継豊からの小袖献…
追録5-No.1524 秋元凉朝書状
秋元但馬守凉朝が宝暦四年十一月七日、松平大隅守継豊へ返答する。公方・大納言の機嫌がますますよいことを喜ぶ書状を披見し、公方から重陽の祝儀として時服と御肴を拝領してありがたく思うという謝意を承知する。紙面の趣旨は言上したと通知する。前No.1523の堀田返書と同日同件だが、本書は及言上候と記し、各申談…
追録5-No.1525 島津久馬外二名家老連署知行目録
宝暦四年十一月七日、鎌田典膳政昌・義岡相馬久中・嶋津主殿久懋が正國寺へ出した知行目録。高十六石について、隅州国分の内山田村の内を二行で挙げ、名寄帳は別冊にあるとする。願貴寺を国分内山田村へ引き直し、寺地跡田を開いたことで生じた高のうち、寛保元年十一月二十八日に正國寺へ寄附した分である。今回その支配を…
追録5-No.1526 幕府大目付触書
幕府大目付の改暦触書。貞享の改暦以来、貞享暦を用いてきたが、違いがあるため測量を命じたとする。今回、京都で改暦の宣下と暦号の決定が行われ、新暦の号を宝暦甲戌暦と定めたので、来る亥年の暦から新暦を頒行することを広く触れ知らせるよう命じる。重年公御譜中に収め、扣の正文は江戸家老座にあるとの注を持つ。暦の…
追録5-No.1527 幕府大目付廻状写
巻末目録は宝暦四年十一月十四日付の幕府大目付廻状写として立項する。原本のNo.1527の位置には寫の標記があり、続くNo.1528の本文には、堀田相模守から渡された書付写一通を届け、順に回した後、最後の留めから松下肥前守方へ返す指示がある。そこには十一月十四日、大目付の名義、赤松甚右衛門則正の注、松…
追録5-No.1528 赤松則正添書
目録は宝暦四年十一月十四日付の赤松則正添書として立項する。原本には、大目付の廻状と書付写一通が松平陸奥守の家来から到来したので、本書付を有馬中務大輔の衆へ順達し、写しを差し上げるとの朱注がある。本文は堀田相模守から渡された書付写一通を届け、順に回した後、最後の留めから松下肥前守方へ返すよう求める。末…
追録5-No.1529 堀田正亮書状
堀田相模守正亮が宝暦四年十二月二日、松平大隅守継豊へ返答する。大納言の婚礼が済んだことを受け、祝儀として使者をもって目録どおりの品を献上したことについて、各々申し談じて順次披露したところ、一段の御仕合であったと伝える。継豊公御譜中・正文在文庫の注を持つ。献上品は目録どおりと記し、具体的な品目・数量や…
追録5-No.1530 秋元凉朝書状
秋元但馬守凉朝が宝暦四年十二月二日、松平大隅守継豊へ返答する。大納言の婚礼が済み、祝儀として使者をもって目録どおりの品を献上したことを受け、順次披露したところ、一段の御仕合であったと通知する。全上の注を持ち、前No.1529堀田返書と同日同件だが、各申談の文言はない。目録そのものは本文に載らず、献上…
追録5-No.1531 重年・継豊、家治ノ婚儀ヲ賀ス(記事)
重年公御譜は、閑院弾正尹直仁親王の姫宮と大納言家治の婚儀を記す。今年六月二十三日に結納、十一月十一日に入輿があり、重年は事前に許可を得て姫宮へ料紙箱一箇を献じ、継豊も茶弁当一荷を献じた。十二月朔日に入輿の事が済み、家治の上使土岐伊豫守頼熙が芝第へ来て二種一荷を賜り、姫宮の上使永井九右衛門も同じ品を賜…
追録5-No.1532 堀田正亮書状
堀田相模守正亮が宝暦四年十二月二日、松平薩摩守重年へ返答する。大納言の婚礼が済み、祝儀として使者をもって目録どおりの品を献上したことを受け、順次披露したところ、一段の御仕合であったと通知する。正文在文庫の注、正亮判、薩摩守宛名と堀田相模守の裏書注を持つ。継豊宛No.1529の堀田返書と違い、本書には…
追録5-No.1533 秋元凉朝書状
秋元但馬守凉朝が宝暦四年十二月二日、松平薩摩守重年へ返答する。大納言の婚礼が済み、祝儀として使者をもって目録どおりの品を献上したことを受け、順次披露したところ、一段の御仕合であったと通知する。全上の注、凉朝判、薩摩守宛名を持ち、秋元但馬守の裏書注がある。前No.1532の堀田返書と同日同件だが、差出…
追録5-No.1534 松平武元書状
松平武元が宝暦四年十二月五日、松平薩摩守重年へ返答する。今朝、御折一合を献上したことを受け、順次披露したところ、一段の御仕合であったと伝える。全上の注と武元判、薩摩守宛名を持ち、松平右近将監の裏書注がある。品名と数量は御折一合の原文に従い、折に入れた内容物や使者名は記されない。同日についてNo.15…
追録5-No.1535 松平武元書状
松平右近将監武元が宝暦四年十二月十三日、松平大隅守継豊へ返答する。寒中に公方・大納言の機嫌を尋ねた書状を披見し、両者はますます安全なので安心するよう伝える。これに伴って鯣一箱を献上したことを受け、各々申し談じて順次披露したところ、一段の御仕合であったと通知する。継豊公御譜中・正文在文庫の注を持つ。次…
追録5-No.1536 秋元凉朝書状
秋元但馬守凉朝が宝暦四年十二月十三日、松平大隅守継豊へ返答する。寒中に公方・大納言の機嫌を尋ねた書状を披見し、両者はますます安全なので安心するよう伝える。これに伴って鯣一箱を献上したことを受け、順次披露したところ、一段の御仕合であったと通知する。全上の注を持つ。前No.1535の武元返書と同日同件だ…
追録5-No.1537 重年、御鷹ノ鶴拝領ス(記事)
重年公御譜は、宝暦四年十二月十一日、大樹家重公が山岡五郎作を使者として、放鷹で得た鶴一隻を重年へ賜ったと記す。山岡には景之・御使番の細注がある。重年はすぐに執政各々の邸へ赴いて礼を述べた。鶴を与えたのは家重で、受領したのは重年である。狩猟の場所、鶴の種類、別の返礼品は本文に記されない。「即到執政各第…
追録5-No.1538 松平武元書状
松平武元が宝暦四年十二月十三日、松平薩摩守重年へ返答する。今朝、蜜柑二箱と炙鮎一箱を献上したことを受け、順次披露したところ、一段の御仕合であったと通知する。全上・正文在文庫の注を持ち、武元判のほか武元の記載、松平右近将監の裏書注がある。No.1541は秋元の同件返書で、継豊宛No.1535・1536…
追録5-No.1539 幕府指図書
幕府の指図書。御簾中へ白銀十枚を、今後参勤する時に差し上げるよう松平薩摩守重年へ指示する。全上の注を持ち、扣の正文は江戸家老座にあると記す。原本の朱日付は宝暦四年十二月で、独立した日や個人署名は記されない。巻末目録は宝暦五年十二月の幕府指図書とし、本文と年次が異なる。次No.1540は堀田方からこの…
追録5-No.1540 岩下方峯書状
岩下佐次右衛門が宝暦四年十二月二十日、主鈴様へ、書付一通の受領首尾を報告する。書付は、御簾中への参勤時の献上物についてのものである。堀田相模守の用人岩瀧五兵衛から伝えることがあるので出向くようにとの切紙が届き、岩下が訪ねると、該当の書付を渡されたという。この経過を知らせる。宛名の主鈴様には嶋津久郷の…
追録5-No.1541 秋元凉朝書状
秋元凉朝が宝暦四年十二月十三日、松平薩摩守重年へ返答する。今朝、蜜柑二箱と炙鮎一箱を献上したことを受け、順次披露したところ、一段の御仕合であったと伝える。全上・正文在文庫の注を持ち、凉朝判のほか凉朝の記載、秋元但馬守の裏書注がある。No.1538の武元返書と同日同件だが、差出人を分ける。継豊への寒中…
追録5-No.1542 松平武元書状
松平右近将監武元が宝暦四年十二月十五日、松平大隅守継豊へ返答する。公方の機嫌がますますよいことを喜ぶ書状を披見し、十月十四日に増上寺御霊屋へ参詣したと承知してめでたく思うという趣旨を受ける。紙面の趣旨は各々申し談じて上聞したと通知する。継豊公御譜中・正文在文庫の注を持つ。参詣主体は公方で、継豊の参詣…
追録5-No.1543 松平武元書状
松平右近将監武元が宝暦四年十二月二十三日、松平大隅守継豊へ返答する。公方の機嫌がますますよいことを喜ぶ書状を披見し、十月二十四日に東叡山深徳院御霊前へ参詣したことを承知してめでたく思うという趣旨を受ける。紙面の趣旨は各々申し談じて上聞したと通知する。継豊公御譜中・正文在文庫の注を持つ。参詣したのは公…
追録5-No.1544 徳川家重御内書
徳川家重が宝暦四年十二月二十七日、松平大隅守継豊へ送る御内書。歳暮の祝儀として小袖一重が到来し、歓覧したと伝え、詳しいことは本多伯耆守が述べると結ぶ。継豊公御譜中・正文在文庫の注を持ち、家重公の墨印を付す。次No.1545は秋元の披露通知で、家重の御内書とは役割を分ける。重年宛No.1546も歳暮小…
追録5-No.1545 秋元凉朝書状
秋元但馬守凉朝が宝暦四年十二月二十七日、松平大隅守継豊へ返答する。歳暮の祝儀として、使者をもって小袖一重を献上したことを受け、順次披露したところ、一段の御仕合であったと通知する。全上の注を持ち、前No.1544家重御内書の歳暮小袖と対応する老中の取次返書である。使者名や具体的な返礼品は記されない。本…
追録5-No.1546 徳川家重御内書
徳川家重が宝暦四年十二月二十七日、薩摩少将重年へ送る御内書。歳暮の祝儀として小袖一重が到来し、歓覧したと伝え、詳しいことは本多伯耆守が述べると結ぶ。重年公御譜中・正文在文庫の注を持ち、家重公の墨印を付す。継豊宛No.1544と同日同品の御内書だが、宛名は薩摩少将である。次No.1547は同じ重年の献…
追録5-No.1547 秋元凉朝書状
秋元但馬守凉朝が宝暦四年十二月二十七日、松平薩摩守重年へ返答する。歳暮の祝儀として、使者をもって小袖一重を献上したことを受け、順次披露したところ、一段の御仕合であったと通知する。全上の注を持ち、前No.1546家重御内書と対応する老中の取次返書である。継豊宛No.1545と同日同品だが、受取人と献上…
追録5-No.1548 家中進上物定
宝暦四年十二月、主殿が首尾係へ、今後又三郎への進上物を定めて通達する。元服・家督・継目・養子・分地の初めの御目見、役を仰せ付けられ進上物を出す御目見、初めて地頭職を仰せ付けられた御目見を挙げる。御一門・大身分・一所持・一所持格・寄合並以上とその嫡子は、太守への礼に伴い又三郎へも進上し、太守へ二種一荷…
追録5-No.1549 島津忠洪吉書
忠洪が宝暦五年正月元日に記した吉書。漢詩句は長生殿裏春秋富、不老門前日月遅とし、続けて君が代は千代に八千代に、さざれ石の巌となりて苔のむすまでの歌を記す。忠洪の名に嶋津重豪の注を付し、花押がある。重豪公御譜中・正文在文庫の注を持ち、紙面末尾にはNo.5の記載がある。長生殿・不老門は吉書の詩句中の語と…
追録5-No.1550 荻原消息
荻原が春井さまへ送った消息。保姫について「御歳御九才」「御姫様御名文字」と記した書付に、右のとおりであると述べる。包紙の伝達文では、その書付を相馬殿へ渡し、御かってんにて御ざ候まま、めでたく届けるよう依頼する。相馬には義岡久中の人名注がある。上書に春井さまへ、封と記し、扣の正文は家老座にあるとする。…
追録5-No.1551 島津重年内意書
又三郎の縁組についての内意書。尾州から御内々に御かた様へ申入れがあり、又三郎には重豪、御かた様には竹姫の注がある。御かた様が御兄様へ相談したところ、現段階では御内証のまま、尾州は縁組の成立を望み、断られれば残念に思うだろうと記す。刑部には一橋宗尹の注があり、刑部と又三郎の縁組の申入れについては、公方…
追録5-No.1552 平田正輔首尾書
平田靱負が正月五日、嶋津主殿・鎌田典膳へ、御手伝普請の工程・検分と人員引取の首尾を報告する。一~四之手の追加目論見により工事が進み、二・三之手は旧臘二十三・二十四日に幕府役人立会いの検分を受け、完成した工事の小屋返却と人員引取を求める。油嶋から松之木村まで百九十間の水分切は指示がなく、油嶋側五百五十…
追録5-No.1553 島津久馬・鎌田政昌連署返書
二月三日付の朱書返答。平田靭負の主書で申し越された趣旨について、逐一承知したと答える。「相馬・主鈴へ」との朱注を伴い、返答本文には独立の署名・宛名を記さない。
追録5-No.1554 酒井忠寄書状
酒井忠寄が宝暦五年正月七日、松平薩摩守重年へ返答する。若菜の祝儀として鯛一折を献上したことを受け、順次披露したところ、一段の御仕合であったと伝える。重年公御譜中・正文在文庫の注を持ち、忠寄判のほか忠寄の記載と酒井左衛門尉の裏書注がある。次No.1555は秋元から重年への同件返書、No.1556・15…
追録5-No.1555 秋元凉朝書状
秋元凉朝が宝暦五年正月七日、松平薩摩守重年へ返答する。若菜の祝儀として鯛一折を献上したことを受け、順次披露したところ、一段の御仕合であったと通知する。全上の注、凉朝判のほか凉朝の記載、秋元但馬守の裏書注がある。前No.1554酒井返書と同日同件だが、差出人を分ける。使者や各申談の記載はない。継豊宛の…
追録5-No.1556 酒井忠寄書状
酒井左衛門尉忠寄が宝暦五年正月七日、松平大隅守継豊へ返答する。若菜の祝儀として鯛一折を献上したことを受け、順次披露したところ、一段の御仕合であったと通知する。継豊公御譜中・正文在文庫の注を持ち、忠寄判で署す。No.1554の酒井返書と同日同品だが、宛先は重年ではなく継豊である。次No.1557は秋元…
追録5-No.1557 秋元凉朝書状
秋元但馬守凉朝が宝暦五年正月七日、松平大隅守継豊へ返答する。若菜の祝儀として鯛一折を献上したことを受け、順次披露したところ、一段の御仕合であったと通知する。全上の注と凉朝判を持つ。前No.1556は酒井の同件返書、No.1555は秋元から重年への同品の返書であり、差出人と受取人を分ける。使者、各申談…
追録5-No.1558 島津重年吉書
島津重年が宝暦五年正月十一日に出した吉書。第一に神社・仏閣の修造と興行、第二に農事を励ますこと、第三に国々の年貢を徴納することを掲げる。この三箇条を取り決めるよう命じ、重年御判を付す。重年公御譜中・正文在文庫の注を持つ。各条は可修造興行・可専勧農・可徴納の指示であり、社寺修理の完了、農業成果、年貢収…
追録5-No.1559 島津重年伺書
島津重年が宝暦五年正月十三日、御簾中への献上物について伺う。端午・重陽・歳暮と参勤の時の献上物は既に指示され、年頭の献上物も以前の指示どおりとする。そのほか大納言へ祝儀の献上物を出す時には、今後御簾中へも献上したいので、別紙を添えて申し上げ、指図を求める。既定の時節・参勤時と、追加を希望する献上の機…
追録5-No.1559-1 献上物品書(重年、の一)
重年が御簾中へ今後献上したい品を記す別紙。国許での初春の機嫌伺には一種千疋、在府の夏初には丸熨斗一箱・香餅二香合・壽帯香一箱・龍涎香二袋・長壽大官香二把、暑気には砂糖漬一器を挙げる。七月の御生身玉の祝儀には甘泡盛酒一陶・塩鯛一折・御樽代五百疋、国許での初秋の機嫌伺には御干肴一種、国許での初冬には御干…
追録5-No.1560 島津重年伺書
島津重年が宝暦五年正月十三日、同氏大隅守継豊から御簾中へ出す献上物について伺う。歳暮・年頭の献上物は既に指示されているが、今後大納言へ祝儀を献じる時には御簾中へも献上したいので、別紙を添え指図を求める。後記の亥三月十五日には、本多伯耆守が留守居を呼び、用人小坂仁左衛門を通じて付札を渡し、御品書二通は…
追録5-No.1561 献上物品書(継豊)
松平大隅守継豊から御簾中へ今後献上したい品を記す書上。国許にいる時の春の機嫌伺には一種五百疋、端午には白銀三枚、暑気中には鰹節一箱、御生身玉の祝儀には塩鯛一折と御樽代五百疋を挙げる。国許にいる時の秋の機嫌伺には干鯛一箱、重陽には白銀三枚、寒中には鯣一箱とし、末尾は正月である。後記の亥二月十三日には、…
追録5-No.1562 堀田正亮外四名幕府老中連署状
西尾忠尚・松平武元・本多正珍・酒井忠寄・堀田正亮の五老中が宝暦五年正月十八日、松平大隅守継豊へ返答する。年頭の祝儀として、使者をもって御太刀一腰と御馬代黄金十両を献上したことを受け、順次披露したところ、一段の御仕合であったと通知する。継豊公御譜中・正文在文庫の注を持ち、各人の署判がある。使者名や口上…
追録5-No.1563 秋元凉朝書状
秋元凉朝が宝暦五年正月十八日、松平大隅守継豊へ返答する。年頭の祝儀として使者をもって御太刀一腰・御馬代黄金十両を献上したことを受け、順次披露したところ、一段の御仕合であったと伝える。凉朝の署判があり、継豊公御譜中・正文在文庫の出典注は「全上」で前号を受ける。
追録5-No.1564 西尾忠尚書状
西尾忠尚が宝暦五年二月二日、松平大隅守継豊へ返答する。公方・大納言の機嫌がよいことを喜ぶ礼状を受け、大納言の婚礼が済んだことをめでたいとする継豊の祝意を承知したと伝える。継豊が差し越した使者を受け、書面の趣旨を各申談して上聞に達したことを通知する。継豊公御譜中・正文在文庫の注と忠尚の署判を持つ。
追録5-No.1565 秋元凉朝書状
秋元凉朝が宝暦五年二月二日、松平大隅守継豊へ返答する。公方・大納言の機嫌がよいことを喜ぶ礼状を受け、大納言の婚礼が済んだことをめでたいとする継豊の祝意を承知したと伝える。継豊が差し越した使者を受け、書面の趣旨を言上したことを通知する。凉朝の署判があり、出典注は「全上」で前号を受ける。
追録5-No.1566 西尾忠尚書状
西尾忠尚が宝暦五年二月六日、松平大隅守継豊へ返答する。改年の慶賀を述べた礼状を受け、公方・大納言の機嫌がよく、年始の規式も済んだことを継豊がめでたいとした祝意を承知したと伝える。あわせて干鯛一箱・御樽一荷の献上を受け、各申談して順次披露したところ、一段の御仕合であったと通知する。継豊公御譜中・正文在…
追録5-No.1567 秋元凉朝書状
秋元凉朝が宝暦五年二月六日、松平大隅守継豊へ返答する。改年の慶賀を述べた礼状を受け、公方・大納言の機嫌がよく、年始の規式も済んだことを継豊がめでたいとした祝意を承知したと伝える。あわせて御樽肴の献上を受け、順次披露したところ、一段の御仕合であったと通知する。凉朝の署判があり、出典注は「全上」で前号を…
追録5-No.1568 西尾忠尚書状
西尾忠尚が宝暦五年二月九日、松平大隅守継豊へ返答する。公方・大納言の機嫌を喜ぶ礼状を受け、大納言の婚礼の祝儀として、大納言から上使を通じて継豊と同氏薩摩守へ御樽肴が贈られ、御簾中からも拝領物があったことを重ねてありがたいとする継豊の謝意を承知する。礼の使者が差し越されたことを受け、書面の趣旨を各申談…
追録5-No.1569 秋元凉朝書状
秋元凉朝が宝暦五年二月九日、松平大隅守継豊へ返答する。公方・大納言の機嫌を喜ぶ礼状を受け、大納言の婚礼の祝儀として、大納言から上使を通じて継豊と同氏薩摩守へ御樽肴が贈られ、御簾中からも拝領物があったことを重ねてありがたいとする継豊の謝意を承知する。礼の使者が差し越されたことを受け、書面の趣旨を言上し…
追録5-No.1570 本多正珍書状
本多正珍が宝暦五年二月二十日、松平薩摩守重年へ、歳暮の御内書を渡すので、明日五半時に城へ家来を差し出すよう通知する。翌二十一日の御内書受領のための派遣指示であり、重年本人の登城を命じたものではない。重年公御譜中・正文在文庫の注があり、本多伯耆守の名を記す。
追録5-No.1571 西尾忠尚書状
西尾忠尚が宝暦五年二月二十三日、松平大隅守継豊へ返答する。公方・大納言の機嫌を喜ぶ礼状を受け、歳暮の祝儀として公方から時服と御肴を拝領したことをありがたいとする継豊の謝意を承知したと伝える。書面の趣旨を各申談して上聞に達したことを通知する。継豊公御譜中・正文在文庫の注と忠尚の署判を持つ。
追録5-No.1572 秋元凉朝書状
秋元凉朝が宝暦五年二月二十三日、松平大隅守継豊へ返答する。公方・大納言の機嫌を喜ぶ礼状を受け、歳暮の祝儀として公方から時服と御肴を拝領したことをありがたいとする継豊の謝意を承知したと伝える。書面の趣旨を言上したことを通知する。凉朝の署判があり、出典注は「全上」で前号を受ける。
追録5-No.1573 本多正珍書状
本多正珍が宝暦五年三月十二日、松平大隅守継豊へ返答する。公方の機嫌がよいことを喜ぶ礼状を受け、正月十日に東叡山の御霊前へ参詣したことを承知したと伝える。書面の趣旨を各申談して上聞に達したことを通知する。継豊公御譜中・正文在文庫の注と正珍の署判を持つ。
追録5-No.1574 秋元凉朝書状
秋元凉朝が宝暦五年三月十二日、松平大隅守継豊へ返答する。公方・大納言の機嫌を喜ぶ礼状を受け、正月十二日に竹姫が公方へ御目見し、公方・大納言の御簾中から拝領物があったことを重ねてありがたいとする継豊の謝意を承知したと伝える。竹姫の参上に関して原文に「入け節、菊事」と読める語を記す。書面の趣旨を承知した…
追録5-No.1575 赤松則正届書
重年公御譜中の扣で、宝暦五年三月十六日、名代赤松甚右衛門則正が、松平薩摩守重年・同氏大隅守継豊から御簾中への献上物の扱いを届ける。年頭・歳暮の献上は先に申し上げてあり、そのほか年中の献上物も、別紙の書附二通のとおり献上してよい旨の本多伯耆守の付紙を受けたと記す。右に添える御献上物品書二通は、重年・継…
追録5-No.1575-1 献上物品書(の一)
松平薩摩守重年から御簾中への年中献上物品書。年頭は干鯛一箱・白銀五枚、国許の初春の機嫌伺は一種千疋、在府の夏初は丸熨斗一箱・香餅二香合・壽帯香一箱・龍涎香二袋・長壽大官香二把、暑気は砂糖漬一器を挙げる。御生身玉の祝儀は甘泡盛酒一陶・塩鯛一折・御樽代五百疋、国許の初秋は御干肴一種、初冬は御干菓子一箱、…
追録5-No.1575-2 献上物品書(の二)
松平大隅守継豊から御簾中への年中献上物品書。国許の初春の機嫌伺は一種五百疋、端午は白銀三枚、暑気は鰹節一箱、御生身玉の祝儀は塩鯛一折・御樽代五百疋、国許の初秋は干鯛一箱、重陽は白銀三枚、寒中は鯣一箱を挙げる。末尾の亥三月十六日の朱注には、三通の書附を秋元但馬守用人加藤武兵衛へ渡したところ、御城立のた…