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追録5の目録

暫定版です。原文との照合により、概要や文書の区切り等を修正する場合があります。

全2,955件中 301~400件・4 / 30ページ

  1. 追録5-No.287 島津宗信申渡書

    島津宗信が寺社奉行所へ、国中の僧侶の修学・勤行について申し渡す。先代からの書付を踏まえ、仏法の道学を堅固に守り、寺院で定められた作法や勤行を怠らず、宗門の法式を乱さないよう命じる。必要に応じ諸宗の門首へも知らせるとする。

  2. 追録5-No.288 島津宗信判物

    島津宗信が飯隈山蓮光院へ与えた判物。薩摩・大隅・日向諸県郡の年行事職を務め、聖護院門跡からの許容を受けて御書物を拝戴することを認める。大峯修行を怠らず、当家の祈禱を誠実に行うよう求め、従来どおりの取扱いを保証する。

  3. 追録5-No.289 堀田正亮書状

    堀田正亮が松平薩摩守(島津宗信)に、三御所の機嫌がよいことと、安否を尋ねた書面の趣旨を承知した旨を返す。あわせて魚一箱の献上について関係者と相談し、すでに披露したと伝える。

  4. 追録5-No.290 秋元凉朝書状

    秋元凉朝が松平薩摩守(島津宗信)に、三御所の機嫌がよいことと、安否を尋ねた書面の趣旨を承知した旨を返す。あわせて魚一箱の献上品を披露し、「一段之御仕合」と伝える。

  5. 追録5-No.291 西尾忠尚書状

    西尾忠尚が島津宗信に、三御所が健勝であると伝える。宗信が三御所の安否を気遣った書面を受け取り、その趣旨を承知したと答える。

  6. 追録5-No.292 島津宗信書状

    島津宗信が琉球中山王に、年首の祝儀として使節が遣わされ、別録の贈り物を受けたことへの謝意を伝える。入念な心遣いを喜び、後日の喜びを期すと九月六日付で返答する。

  7. 追録5-No.293 島津宗信書状

    島津宗信が琉球中山王に、浄国院殿の卒去に際して玉川按司・円覚寺を差し遣わされたことへの謝礼を伝える。弔意を記した書面の趣旨を丁寧な配慮として受け取り、九月六日付で返答する。

  8. 追録5-No.294 島津宗信書状

    島津宗信が琉球中山王に、公方の代替わりに伴う祝儀の使者派遣について答える。使者が祝儀を申し上げる件は先例のとおり命じられ、関係する書面の趣旨を江戸へ報告したと伝える。

  9. 追録5-No.295 島津宗信書状

    島津宗信が琉球中山王に、前年に将軍から下賜された鶴への祝儀として森山親方が遣わされ、太刀一腰と馬代白銀百両、目録が贈られた件について答える。祝意と進物を受け取った旨を九月六日付で伝える。

  10. 追録5-No.296 島津宗信書状

    島津宗信が琉球中山王に、前年に御肴を拝領したことへの祝儀として、森山親方を通じて太刀一腰・馬代白銀百両と別録を贈られた件に返答する。贈答を丁寧な祝意として受け、九月六日付で礼を述べる。

  11. 追録5-No.297 島津宗信書状

    島津宗信が琉球中山王に、宗信の家督相続を祝うため具志川王子を通じて太刀一腰・馬代白銀百両と別録を贈られた件について答える。品々を受け取ったことを喜び、九月六日付で謝意を伝える。

  12. 追録5-No.298 徳川家重御内書

    将軍徳川家重が島津継豊に、重陽の祝儀として献じられた小袖一重を受け取ったと答える。贈物を喜び、詳細は松平武元から伝えさせるとする家重公印付きの御内書。

  13. 追録5-No.299 秋元凉朝書状

    秋元凉朝が松平大隅守(島津継豊)に、重陽の祝儀として使者を通じて献じられた小袖一重について返答する。進物を披露し、「一段之御仕合」と伝える。

  14. 追録5-No.300 島津宗信寄進状

    島津宗信が御刀一腰を寄進する旨を記した寛延元年九月七日付の寄進状。正本は抱真院に伝来し、この刀は薩府築地神明宮への寄進品である。

  15. 追録5-No.301 島津久甫外二名連署副状

    島津久甫ら三名が抱真院別当に、宗信による薩府築地神明宮への寄進を伝える連署副状。御刀一腰に加え、御飾二重金・御白鞘・織房付緒などの附属品を列記し、すべて納めるよう伝える。

  16. 追録5-No.302 徳川家重御内書

    将軍徳川家重が島津宗信に、重陽の祝儀として献じられた小袖一重を受け取ったと答える。贈物を喜び、詳細は松平武元から伝えさせるとする家重公印付きの御内書。

  17. 追録5-No.303 秋元凉朝書状

    秋元凉朝が松平薩摩守(島津宗信)に、重陽の祝儀として使者を通じて献じられた小袖一重について返答する。進物を披露し、「一段之御仕合」と伝える。

  18. 追録5-No.304 島津宗信書状

    島津宗信が酒井忠知・堀田正亮・本多正珍・松平武元・西尾忠尚・秋元凉朝ら幕府役人に、三御所が健勝であることを喜ぶ。国元を出発し、琉球中山王の使者を伴って江戸へ向かうことを報告し、その旨を上聞するよう九月九日付で求める。

  19. 追録5-No.305 宗信、琉球慶賀使を伴い参府す

    家重の将軍職継承に対する琉球慶賀使の参府を記す。継豊は病気のため江戸に留まり、延享三年に家督を継いだ宗信が代行する旨を執政酒井雅樂頭忠知へ申し出て、許可された。中山王尚敬は慶賀正使具志川王子と副使與那原親方を薩府へ遣わし、寛延元年九月九日、宗信は正副使と従者九十八人を率いて薩城を出発した。島津兵庫久…

  20. 追録5-No.306 堀田正亮書状

    堀田正亮が島津宗信に、三御所が健勝であると伝える。宗信が改元の知らせを受け取った件を承知し、その趣旨を関係者と相談して上聞すると答える。

  21. 追録5-No.307 宗信乗船し難風に遭う

    宗信公御譜は、宗信が琉球使に続いて九月十五日に乗船し、十七日に家船が出港したと記す。北風が強く航行できなかったため久見崎で陸に上がって宿泊し、その後再出港して西海へ向かった。

  22. 追録5-No.308 秋元凉朝書状

    秋元凉朝が島津宗信に、三御所が健勝であると伝える。宗信が改元の知らせを受け取った件を承知し、その旨を言上すると答える。

  23. 追録5-No.309 西尾忠尚書状

    西尾忠尚が島津宗信に、三御所が健勝であると伝える。宗信が改元の知らせを受け取った件を承知し、その書面の趣旨を言上すると答える。

  24. 追録5-No.310 松平武元書状

    松平武元が島津宗信に、三御所が健勝であると伝える。宗信が大隅守継豊への上使による御鷹所の雲雀下賜を喜び、礼の使者を差し越した件について、宗信の書面の趣旨を承知したと返答する。

  25. 追録5-No.311 西尾忠尚書状

    西尾忠尚が島津宗信に、三御所が健勝であると伝える。宗信が大隅守継豊への上使による御鷹所の雲雀下賜を喜び、礼の使者を差し越した件について、宗信の書面の趣旨を承知したと返答する。

  26. 追録5-No.312 秋元凉朝書状

    秋元凉朝が島津宗信に、三御所が健勝であると伝える。宗信が大隅守継豊への上使による御鷹所の雲雀下賜を喜び、礼の使者を差し越した件について、宗信の書面の趣旨を承知したと返答する。

  27. 追録5-No.313 松平武元書状

    松平武元が島津宗信に、三御所が健勝であると伝える。宗信が国元を出発し、琉球中山王の使者を伴って参府するとの連絡を受け、書面の趣旨を承知したと答える。

  28. 追録5-No.314 秋元凉朝書状

    秋元凉朝が島津宗信に、三御所が健勝であると伝える。宗信が去る九日に国元を出発し、琉球中山王の使者を伴って参府するとの連絡を受け、書面の趣旨を承知したと答える。

  29. 追録5-No.315 西尾忠尚書状

    西尾忠尚が島津宗信に、三御所が健勝であると伝える。宗信が国元を出発し、琉球中山王の使者を伴って参府するとの連絡を受け、書面の趣旨を承知したと答える。

  30. 追録5-No.316 島津久甫外二名連署証状

    島津久甫ら三名が御納戸奉行に、継豊が拝領した「延寿作」の腰物一腰を納戸方へ引き渡すよう伝える。吉宗隠居後の延享二年十月十九日に、上使加納遠江守を通じて拝領した品であり、寛延元年十月十三日付の証状である。

  31. 追録5-No.317 島津久甫外二名連署証状

    島津久甫ら三名が御納戸奉行に、宗信が拝領した「和州則長」の腰物一腰を納戸方へ引き渡すよう伝える。吉宗隠居後の延享二年十月十九日に、上使加納遠江守を通じて拝領した品であり、寛延元年十月十三日付の証状である。

  32. 追録5-No.318 義岡久中・小林政一寺社奉行連署申

    寺社奉行の小林政一と義岡久中が南泉院へ、宗信の御袖判の趣旨に従って僧侶へ申渡す。宗門開祖の遺戒を大切にし、規則と法式を守り、名利に流されず修学と勤行を怠らないよう命じる。

  33. 追録5-No.319 松平武元書状

    松平武元が島津継豊に、重陽の祝儀に関する将軍の御内書を渡すと知らせる。明日の五ツ半時に家来を登城させて受け取らせるよう求める。

  34. 追録5-No.320 島津宗信請書

    島津宗信が幕府へ、江戸に滞留する琉球人の宿所付近で火災が起きた場合の避難先を伺う。高輪・品川・大井の屋敷へ退避させ、それらの場所も危険な時には愛宕下青松寺へ移す手順を示し、その取扱いの許可を求める。

  35. 追録5-No.321 本多正珍書状

    本多正珍が松平薩摩守(島津宗信)に、三御所の機嫌がよいことと、安否を尋ねた書面の趣旨を承知した旨を返す。あわせて小蒸海鼠一箱の献上について関係者と相談し、すでに披露したと伝える。

  36. 追録5-No.322 秋元凉朝書状

    秋元凉朝が松平薩摩守(島津宗信)に、三御所の機嫌がよいことと、安否を尋ねた書面の趣旨を承知した旨を返す。あわせて蒸海鼠一箱の献上品を披露し、「一段之御仕合」と伝える。

  37. 追録5-No.323 西尾忠尚書状

    西尾忠尚が島津宗信に、三御所が健勝であると伝える。宗信がその安否を気遣った書面を受け取り、趣旨を承知したと答える。

  38. 追録5-No.324 宗信乗船坂越ニ着ス

    宗信公御譜の寛延元年十一月八日条。琉球使節を伴って参府する途上、宗信の船が播磨国坂越に着いたと記す。

  39. 追録5-No.325 本多正珍書状

    本多正珍が島津宗信に、三御所が健勝であると伝える。宗信が琉球中山王の使者を伴い、長州赤間関へ着船したと知らせた件を承知し、江戸参府の経過を受け取ったと答える。

  40. 追録5-No.326 秋元凉朝書状

    秋元凉朝が島津宗信に、琉球中山王の使者が長州赤間関に着船したとの報告を受けたと答える。宗信が使者を召し連れた道中の状況を知らせた趣旨を承知し、書面を受け取ったことを伝える。

  41. 追録5-No.327 西尾忠尚書状

    西尾忠尚が島津宗信に、琉球中山王の使者が長州赤間関に着船したとの報告を受けたと答える。宗信が使者を召し連れた道中の状況を知らせた趣旨を承知し、書面を受け取ったことを伝える。

  42. 追録5-No.328 本多正珍書状

    本多正珍が松平薩摩守(島津宗信)に、公方の機嫌がよいことと、十月二十四日に東叡山の深徳院御霊前へ参詣したことを承知したと返す。宗信の書面の趣旨を諸役人と相談して上聞に達したと伝える。

  43. 追録5-No.329 宗信、琉使ト共ニ伏見ニ着ス

    宗信が寛延元年十一月十四日に坂越を出て、陸路で尼ヶ崎へ行き、大坂港で琉球使節の船と会った経過を記す。龜井隠岐守茲胤・松平周防守康福・松浦肥前守誠信が台命を受け、河船三艘と小艇四十艘を用意し、輸送と船の警護に当たった。宗信は大坂の仮館で三日休み、注には島津加賀守忠雅の仮亭に泊まったことを記す。十八日に…

  44. 追録5-No.330 松平武元書状

    松平武元が島津宗信に、琉球中山王の使者が十一月十四日に大坂へ着船したとの報告を受けたと答える。宗信が使者を召し連れて進む道中の状況を承知し、書面を受け取った旨を伝える。

  45. 追録5-No.331 秋元凉朝書状

    秋元凉朝が島津宗信に、琉球中山王の使者が十一月十四日に大坂へ着船したとの報告を受けたと答える。宗信が使者を召し連れて進む道中の状況を承知し、書面を受け取った旨を伝える。

  46. 追録5-No.332 西尾忠尚書状

    西尾忠尚が島津宗信に、琉球中山王の使者が十一月十四日に大坂へ着船したとの報告を受けたと答える。宗信が使者を召し連れて進む道中の状況を承知し、書面を受け取った旨を伝える。

  47. 追録5-No.333 宗信、伏見ヲ発シ東ス

    宗信公御譜は、宗信が琉球使節を率い、十一月二十二日に伏見の宿所を出て江州・濃州を経る東海道を東へ進んだと記す。道中のため伝馬百匹と担夫六百二十四人を給された。

  48. 追録5-No.334 堀田正亮書状

    堀田正亮が島津宗信に、宗信からの礼状を披見し、献上された蜜柑二箱と炙鮎一箱について返答する。三御所の機嫌はよいと伝え、献上の件は関係者と相談して披露すると述べる。

  49. 追録5-No.335 秋元凉朝書状

    秋元凉朝が島津宗信に、宗信からの礼状を披見し、蜜柑二箱と炙鮎一箱の献上について返答する。三御所の機嫌はよいと伝え、献上の件を披露すると述べる。

  50. 追録5-No.336 堀田正亮書状

    堀田正亮が島津継豊に、継豊が朝鯛一箱を献じた件を返答する。進物を披露する旨を知らせ、継豊の書面の趣旨を承知したと述べる。

  51. 追録5-No.337 西尾忠尚書状

    西尾忠尚が島津宗信に、宗信が朝鯛一箱を献じた件を返答する。進物を披露する旨を知らせ、宗信の書面の趣旨を承知したと述べる。

  52. 追録5-No.338 秋元凉朝書状

    秋元凉朝が島津継豊に、継豊が朝鯛一箱を献じた件を返答する。進物を披露する旨を知らせ、継豊の書面の趣旨を承知したと述べる。

  53. 追録5-No.339 堀田正亮書状

    堀田正亮が島津宗信に、三御所の機嫌を気遣った書状を受け、健勝であると伝える。宗信が琉球紬十端と鰹節一箱を献じた件を関係者で相談し、披露すると答える。

  54. 追録5-No.340 秋元凉朝書状

    秋元凉朝が島津宗信に、三御所の機嫌を気遣った書状を受け、健勝であると伝える。宗信が琉球紬十端と鰹節一箱を献じた件を披露すると答える。

  55. 追録5-No.341 西尾忠尚書状

    西尾忠尚が島津宗信に、三御所の機嫌を気遣った書状を受け、健勝であると伝える。宗信が琉球紬十端と鰹節一箱を献じた件を披露すると答える。

  56. 追録5-No.342 秋元凉朝書状

    秋元凉朝が島津宗信に、琉球中山王の使者を召し連れて十一月二十九日に三州岡崎駅へ着いたとの報告を受けたと答える。道中の経過を承知したと伝える。

  57. 追録5-No.343 西尾忠尚書状

    西尾忠尚が島津宗信に、琉球中山王の使者を召し連れて十一月二十九日に三州岡崎駅へ着いたとの報告を受けたと答える。宗信の書面の趣旨を承知したと伝える。

  58. 追録5-No.344 松平武元書状

    松平武元が島津宗信に、琉球中山王の使者を召し連れて十一月二十九日に三州岡崎駅へ着いたとの報告を受けたと答える。宗信の道中報告を承知したと伝える。

  59. 追録5-No.345 継豊、御鷹ノ御拝領ス

    継豊公御譜は、病中の継豊に将軍から御鷹所で捕らえた鶴が下賜されたと記す。将軍の使者は桜井監物で、水野肥前守忠見が継豊に代わり、執政らのもとへ赴いて謝意を伝えた。

  60. 追録5-No.346 宗信、琉使ヲ率ヒ参府ス

    寛延元年十二月十一日、宗信が琉球使節と従者を率いて江戸の芝邸へ着き、夜に堀田相模守正亮の屋敷へ赴いて将軍家の安否を伺い、吉宗・家治に関する執政の屋敷も訪れたことを記す。十二日には上使本多伯耆守正珍が芝邸で遠来をねぎらい、宗信は各執政に謝礼した後、登城して黒書院で家重に拝謁し、述職の礼を述べた。家重に…

  61. 追録5-No.347 酒井忠恭外三名老中連署状

    松平右近将監武元・本多伯耆守正珍・堀田相模守正亮・酒井雅樂頭忠恭の四名が寛延元年十二月十二日、松平薩摩守宗信へ、御用の件を承知し、翌日の四ツ時に登城するよう伝える。御用の具体的内容は本文には記されない。

  62. 追録5-No.348 島津宗信明細書

    大目付へ差し出す折紙の書式と、官位に関する明細書の先例・書付を収める。折紙は長九寸五部・横二寸八部の奉書二枚で、図には高六十万五千石余、別に琉球国十二万三千七百石、薩摩国・大隅国各一国と日向国の内、本国薩摩、生国武蔵、従四位上中将松平薩摩守、辰年二十二歳、居城薩州鹿児島と記す。その一は享保十四年の次…

  63. 追録5-No.349 堀田正亮書状

    堀田正亮が島津宗信に、前年の暇の際に差し出された養子願書を、宗信の求めに応じて返却すると伝える。

  64. 追録5-No.350 島津宗信請状

    島津宗信が堀田正亮に、前年の暇を得て帰国した時に差し出した養子願書を返却してほしいと求める。書状には脇付を付けない。

  65. 追録5-No.351 島津宗信叙従四位上口宣案

    朝廷の口宣案。従四位下の源宗信を従四位上に叙することを宣し、伝達に関わる上卿と蔵人の名を記す。

  66. 追録5-No.352 島津宗信叙従四位上位記

    朝廷の位記は、島津宗信を従四位上に叙することを記す。宣命の文言に続き、位記発給に関わる上卿・大納言・中納言・近衛大将らの官位と氏名を列挙し、作成・施行の手順を付記する。

  67. 追録5-No.353 島津宗信左近衛権中将転任口宣案

    朝廷の口宣案。島津宗信を左近衛権少将から左近衛権中将に転任させることを宣し、上卿大炊御門右大将と蔵人の名を記す。

  68. 追録5-No.354 島津宗信左近衛権中将転任宣旨

    朝廷の宣旨は、正二位行権大納言の藤原朝臣経秀の命により、島津宗信を左近衛権中将に転任させる。大外記と作成担当者の名を記す。

  69. 追録5-No.355 島津宗信叙任上卿職事交名

    島津宗信の叙位・転任に関わる朝廷の交名。上卿の大炊御門右大将と、左中将・左近衛権少将・転法輪大納言などの職事を列挙する。

  70. 追録5-No.356 酒井忠恭外三名老中連署状

    松平武元・本多正珍・堀田正亮・酒井忠寄が島津宗信に、琉球中山王の使者を召し連れて翌十五日の四ツ時に登城させてよいと伝える。宗信からの登城伺いに答えた連署状。

  71. 追録5-No.357 宗信、琉使具志川王子ト共ニ登営ス

    十二月十五日、宗信が直垂を着し、琉球使節の具志川王子とともに登城した。平田掃部正輔・近習役・留守居らが従い、家重への拝謁は鳥居伊賀守忠胤が取り次いだ。松平右近将監武元が使節の遠来の労をねぎらい、具志川が中山王の献物を披露した。宗信も数品を献じ、井上遠江守正敦が奏達した。平田は太刀一腰・馬代白銀一枚を…

  72. 追録5-No.358 酒井忠恭外三名老中連署状

    松平武元・本多正珍・堀田正亮・酒井忠寄が島津宗信に、琉球使節が音楽を披露するため、翌十八日の四ツ時に使節を召し連れて登城してよいと伝える。宗信の伺いへの返答であり、登城の時刻と奏楽の許可を示す連署状。

  73. 追録5-No.359 宗信、琉使ヲ伴ヒ登営ス

    十二月十八日、宗信が直垂を着し、具志川王子と楽童子数輩を伴って登城した。大広間で楽童子が琉球の楽を奏し、将軍家と家治が台覧した。松平武元・西尾忠直・秋元凉朝ら執政と、堀田正陳・小堀政峯・三浦義次・戸田氏房ら若年寄が席順に列座した。宗信が将軍家の御前に進むと具志川が召され、帰国を許され、中山王・具志川…

  74. 追録5-No.360 島津宗信・琉使具志川登城次第

    十二月十五日・十八日の宗信と具志川王子ら琉球使節の登城、二十八日の江戸出立を扱う次第。十五日は江戸芝邸から増上寺表門・芝口橋・幸橋・桜田・日比谷・辰口などを経て大手門に至る道筋を示し、徒目付・徒衆・町与力・同心の警護と供の取扱いを定める。宗信は直垂、正使は屋輿、副使は乗物、従者は騎馬とし、待機場所、…

  75. 追録5-No.361 琉使献上・拝領物目録

    琉球使節による献上物と幕府側からの拝領物を、贈る側・受ける側・品目・数量に分けて列記した目録。中山王から公方への献上は太刀一腰・馬一匹、壽帯香三十箱・香餅二箱・龍涎香百袋、唯芭蕉布・嶋蕉布・薄蕉布各五十端、縮緬五十巻・太平布百疋・久米綿百把、青貝大卓二脚・堆錦硯屏一対・青貝籠飯一対、羅紗二十間・泡盛…

  76. 追録5-No.362 伊勢貞起・島津久郷在府家老連署書状

    十二月二十一日、嶋津右平太・伊勢兵部が、嶋津左衛門・樺山主計・嶋津矢柄へ、隅州様による御鷹の鶴拝領と御礼の取扱いを知らせる。先例に従って準備したところ、去る七日、上使の櫻井監物が鶴を届け、名代の水野肥前守に伝えられたという。上使が出向いた際には御門の外まで出迎えて案内し、大御書院中段の頭に着座させた…

  77. 追録5-No.363 継豊病ニヨリ遅参ヲ乞フ

    病中の継豊は隠居を許されたものの、なお病が癒えず登城して謝礼できなかった。翌年二月に江戸を発って薩摩の温泉地へ行き、道中は日数をかけて進み、半年の湯治で回復したいと願い、宗信がその趣旨を官府へ書面で伝えた。寛延元年十二月二十八日、宗信が登城して礼を述べた後、白書院で堀田相模守正亮が、継豊の隠居後の帰…

  78. 追録5-No.364 島津宗信願書

    島津宗信が幕府に、病中の継豊を翌年二月に江戸から国元へ出立させ、道中は体調に応じてゆっくり進み、薩摩の温泉で半年ほど療養させたいと願い出る。継豊は前年に病気を理由に隠居し、快復して登城し謝礼を述べたいが、なお難しい事情も記す。

  79. 追録5-No.365 島津久甫外二名家老連署知行目録

    家老三名が西田寺に対し、寺の知行目録を発給する。寺領として志布志月野村・末吉諏訪方村の内に高二十六石八斗一升一合五夕六才を記し、別に高四石九斗三升四合三夕七才を掲げる。後者は寺地の成返高として除くとし、寄進地については妙院徳英法印の新仕明地を願いに従って認め、後年も違失なく収納させる旨を付す。

  80. 追録5-No.366 徳川家重御内書

    将軍徳川家重が島津継豊に、歳暮の祝儀として小袖一重が届いたことを喜ぶ御内書。詳しい返答は堀田相模守正亮から伝えると述べ、家重の印が押される。

  81. 追録5-No.367 秋元凉朝書状

    秋元凉朝が島津継豊に、歳暮の祝儀として使者を立て小袖一重を献じた件について返答する。進物を披露すると伝え、継豊の書面の趣旨を承知したと述べる。

  82. 追録5-No.368 宗信、将軍父子ニ馬ヲ献ス

    十二月二十七日、宗信が述職の礼を終え、執政堀田相模守正亮の指図に従い、家重へ龍蹄の馬二匹、吉宗へ一匹、家治へ一匹を献上した。いずれも従来の先例によると記す。

  83. 追録5-No.369 堀田正亮書状

    堀田正亮が島津宗信に、御馬二匹を献じたことへの返答を送る。進物を披露する旨を告げ、宗信の申し分を承知したと伝える。

  84. 追録5-No.370 秋元凉朝書状

    秋元凉朝が島津宗信に、御馬二匹を献じたことへの返答を送る。進物を披露する旨を告げ、宗信の申し分を承知したと伝える。

  85. 追録5-No.371 酒井忠恭外三名老中連署状

    松平武元・本多正珍・堀田正亮・酒井忠寄が島津宗信に、翌二十八日の五ツ時に登城し、官位昇進の御礼を申し上げてよいと伝える。登城時刻と謝礼の許可を示す老中連署状。

  86. 追録5-No.372 宗信叙任ヲ謝シ諸品ヲ献上ス

    十二月二十八日、宗信が登城して叙任の礼を述べ、家重へ太刀一腰・馬代黄金一枚・縮緬十巻を献じ、吉宗にも同品を贈った。家治へは太刀一腰・馬代黄金一枚を献じた。継豊も使者佐久間源太夫盛邦を通じて、吉宗へ干鯛一篋・昆布一篋・芳酒双樽を献じ、家治にも同品を贈った。宗信は白書院の縁頬で、堀田相模守正亮から、病中…

  87. 追録5-No.373 宗信従四位上左近衛中将叙任ス

    宗信が十二月十三日に従四位上・左近衛中将に叙任され、二十八日に登城して謝礼を述べたことを記す。同日、継豊は留守居の佐久間源太夫盛邦を使者として、家重に縮緬五巻・干鯛一箱・御樽一荷を、吉宗に干鯛一箱・昆布一箱・御樽一荷を献じ、家治にも吉宗と同じ品を贈って謝意を示した。

  88. 追録5-No.374 徳川家重御内書

    将軍徳川家重が島津宗信に、歳暮の祝儀として献じられた小袖一重の到来を喜び、詳しい返答は堀田相模守正亮から伝えさせると記す御内書。家重の印が押され、宗信に宛てられている。

  89. 追録5-No.375 秋元凉朝書状

    秋元凉朝が島津宗信に、宗信が歳暮の祝儀として使者を立て小袖一重を献じたことへの返答を送る。進物を披露したところ結構であったと伝える。

  90. 追録5-No.376 島津宗信書状

    島津宗信が琉球中山王に、公方の代替わりを祝うため具志川王子を派遣し、宗信に伴われて参府したことを記す。琉球が旧例に従って遠方から祝ったことを将軍が喜び、幕府の応接も整えられたと伝え、国中の政務を正しく行うよう求める。詳しいことは家老から知らせるとする。

  91. 追録5-No.377 島津宗信書状

    島津宗信が、妹の菊の縁組願書をいつ提出するかについて先方と相談する。妹の御目見後に願書を出すことは以前から双方で了承しており、来年の参府時に提出する案を示す一方、御目見後すぐの提出が必要なら宗信の在府中に願い出るとして、相手の意向を使者に尋ねる。

  92. 追録5-No.378 伊勢貞起外二名家老連署書状

    継豊公御譜に収める家老三名の連署書状。病中の継豊(隅州様)が江戸を発って国元で湯治するための暇願書について、酒井雅楽頭・堀田相模守らへの相談と願書の文案・提出手順を報じる。十二月二十八日の御礼後の幕府重臣とのやりとり、将軍家からの拝領品、使者や進物の差出し、年始の御礼と今後の手続きも記し、家老三名が…

  93. 追録5-No.379 松平武元書状

    松平武元が島津宗信に、若菜の祝儀として献じられた鯛一折を披露したところ結構であったと返答する。

  94. 追録5-No.380 秋元凉朝書状

    秋元凉朝が島津継豊に、若菜の祝儀として献じられた鯛一折を披露したところ結構であったと返答する。

  95. 追録5-No.381 松平武元書状

    松平武元が島津宗信に、若菜の祝儀として献じられた鯛一折を披露したところ結構であったと返答する。

  96. 追録5-No.382 秋元凉朝書状

    秋元凉朝が島津宗信に、若菜の祝儀として献じられた鯛一折を披露したところ結構であったと返答する。

  97. 追録5-No.383 島津宗信吉書

    島津宗信の吉書は、神社・仏閣の修造を進めること、農事を勧めること、国々の年貢を徴収することの三か条を命じる。右の三か条に従って沙汰すべき旨を示す。

  98. 追録5-No.384 松平武元書状

    松平武元が島津継豊に、年頭の祝儀として使者に託して献じられた太刀一腰と馬代黄金十二両を披露したところ結構であったと返答する。

  99. 追録5-No.385 秋元凉朝書状

    秋元凉朝が島津継豊に、年頭の祝儀として使者に託して献じられた太刀一腰と馬代黄金十二両を披露したところ結構であったと返答する。

  100. 追録5-No.386 西尾忠尚書状

    西尾忠尚が島津継豊に、年頭の祝儀として使者に託して献じられた太刀一腰と馬代黄金十二両を披露したところ結構であったと返答する。