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追録5の目録
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追録5-No.2834 松平康福書状
松平周防守康福が九月十六日、松平薩摩守重豪への返書で、公方・若君の健勝を喜ぶ重豪の意を承知したと伝える。帰国の暇に白銀・巻物・御馬を賜り、若君からも拝領品を受けたことへの謝意を了解する。国元到着の礼として北郷権五郎を通じて目録通りの品が献じられた件を披露し、喜ばれたと知らせる。
追録5-No.2835 酒井忠寄外三名幕府老中連署状
松平輝高・秋元凉朝・松平武元・酒井忠寄が九月十六日、松平薩摩守重豪への返書で、公方・若君の健勝を喜ぶ重豪の意と、帰国の暇に白銀・巻物・御馬を賜り、若君からも拝領品を受けたことへの謝意を承知したと伝える。国元到着の礼として北郷権五郎が琉球芭蕉布二十端と樽肴を献じた件を披露したと知らせる。御前に召し出さ…
追録5-No.2836 板倉勝清書状
板倉佐渡守勝清が十月七日、松平薩摩守重豪へ、惇信院(徳川家重)の死去に際し、琉球中山王が公方へ弔意を申し上げるため鹿児島まで使者と書翰を送った件について返答する。その書翰を重豪が使者に託して送ってきた趣旨を承知し、返翰を差し出す旨を伝える。
追録5-No.2837 酒井忠寄外三名幕府老中連署状
松平輝高・秋元凉朝・松平武元・酒井忠寄が十月七日、松平薩摩守重豪へ、琉球中山王が惇信院の死去を悼み、公方へ弔意を申し上げるため鹿児島まで使者と書翰を送った件について返答する。重豪が使者に託して送ってきた書翰を一覧して言上したと伝え、返札を遣わすので中山王へ伝達するよう求める。
追録5-No.2838 重豪、吉貴ノ十七回忌ヲ修ス
吉貴の十七回忌に当たり、十月六日から十日まで五日間、淨光明寺で法事を営んだ経過を記す。六日は島津大學久尚、八日は島津播磨久敦が代参し、八日夜の「頓写」の儀でも久敦が重豪に代わった。十日の施餓鬼には入来院石見定勝が代参し、同日、重豪は自ら寺へ赴いて尊牌を拝した。満散の寄合には島津肥前忠紀が重豪に代わっ…
追録5-No.2839 悟姫(重豪女)誕生
重豪の娘悟姫が宝暦十三年十月十三日に芝邸で生まれ、母は徳川宗尹の娘保姫であると記す。同月二十七日には公方・御台所が使者を遣わし、重豪と淨岸君(竹姫)へ慶賀の贈物を賜った。明和元年六月二十七日には重豪と夫人が淨岸君へ誕辰祝いの盛膳を贈った。悟姫は同年七月二十六日申刻に夭折し、法名は照雲院殿桂巖慧月大禅…
追録5-No.2840 島津重豪加冠仮名書出
重豪が宝暦十三年十月二十八日、加冠に際し、島津豊壽に又七郎と名乗るよう命じる。正文には重豪の花押が記される。
追録5-No.2841 島津重豪加冠仮名書出
重豪が宝暦十三年十月二十八日、加冠に際し、大野藤五郎に權太夫と名乗るよう命じる。正文には御判が記される。
追録5-No.2842 松平輝高書状
松平右京大夫輝高が十一月朔日、松平薩摩守重豪へ、若君の七夜の祝儀として、公方と若君に使者を通じて目録通りの品が献じられたと述べる。その品を披露した結果を「一段之御仕合」と返答する。
追録5-No.2843 島津重豪加冠仮名書出
重豪が宝暦十三年十一月朔日、加冠に際し、土持權太郎に權之丞と名乗るよう命じる。正文には御墨印が記される。
追録5-No.2844 松平康福書状
松平周防守康福が十一月十三日、松平薩摩守重豪への返書で、公方・若君の健勝を喜ぶ重豪の意を承知したと伝える。九月六日に若君の宮参りが済んだと聞いて重豪が喜び、使者を遣わした件を了解し、書面の趣旨を言上したと返答する。
追録5-No.2845 松平輝高書状
松平右京大夫輝高が十一月十三日、松平薩摩守重豪への返書で、公方・若君の健勝を喜ぶ重豪の意を承知したと伝える。九月六日に若君の宮参りが済んだと聞いて重豪が喜び、使者を遣わした件を了解し、書面の趣旨を各々と相談して上聞に達したと返答する。
追録5-No.2846 島津重豪公帖
少将重豪が十一月十五日、玄鱗西堂に、廣濟寺の住持職を先例に従って勤めるよう命じる。正文には御判が記される。
追録5-No.2847 島津重豪公帖
少将重豪が十一月十五日、玄育西堂に、廣濟寺の住持職を先例に従って勤めるよう命じる。正文には御判が記される。
追録5-No.2848 島津重豪公帖
少将重豪が十一月十五日、守令西堂に、廣濟寺の住持職を先例に従って勤めるよう命じる。正文には判が記される。
追録5-No.2849 松平輝高書状
松平右京大夫輝高が十一月十八日、松平薩摩守重豪への返書で、公方・若君の機嫌を伺う書状を受け取り、両者とも健勝であるので安心するよう伝える。併せて献じられた小熬海鼠一箱を各々と相談して披露し、その結果を「一段之御仕合」と知らせる。
追録5-No.2850 松平康福書状
松平周防守康福が十一月十八日、松平薩摩守重豪への返書で、公方・若君の機嫌を伺う書状を受け取り、両者とも健勝であるので安心するよう伝える。併せて献じられた小熬海鼠一箱を披露し、その結果を「一段之御仕合」と知らせる。
追録5-No.2851 松平武元書状
松平右近将監武元が十二月四日、松平薩摩守重豪への返書で、公方が健勝であり、十月五日に山王社へ参詣したと聞いて喜ぶ重豪の意を承知したと伝える。書面の趣旨を各々と相談して上聞に達したと返答する。
追録5-No.2852 重豪、後桜町帝即位ヲ賀ス
宝暦十三年十一月二十七日の後桜町帝の即位を祝い、重豪が伊勢兵部貞矩を使者、山田權兵衛國倫を副使として京都へ遣わした経過を記す。十二月四日、禁裏御所へ太刀一腰と馬代白銀三十枚、親王御所へ太刀一腰と同十枚、女院御所へ白金十枚、准后御所へ同品を献じた。使節は同月十五日に京都を発ち、翌年正月二十三日に薩府へ…
追録5-No.2853 松平康福書状
松平周防守康福が十二月五日、松平薩摩守重豪へ、徳川宮内卿重好の婚姻が済んだ祝儀として鯛一折が献じられたと述べる。その品を披露し、その結果を「一段之御仕合」と返答する。
追録5-No.2854 松平武元書状
松平右近将監武元が十二月五日、松平薩摩守重豪へ、徳川宮内卿の婚姻が済んだ祝儀として鯛一折が献じられたと述べる。その品を披露し、その結果を「一段之御仕合」と返答する。
追録5-No.2855 島津重豪願書
重豪の願書二通に付された共通の見出し。
追録5-No.2855-1 島津重豪願書
重豪が十二月五日、寒濕の持病が冬に強く再発し、翌秋から冬に琉球中山王の使者を連れて長旅・勤務に臨むことは難しいため、翌春に国元を発って先に参府し、江戸で療養したいと願い、寒冷時には先規の勤めも難しいと述べる。琉球人は家臣を警固に付けて翌秋に鹿児島を発たせ、出府後に重豪が召し連れて登城し、先例通り勤め…
追録5-No.2855-2 島津重豪願書
重豪が十二月五日、慶安二年の中山王尚質の継目御礼と承應二年の御代替祝儀の際、光久がそれぞれ正月・四月に鹿児島を発ち、琉球使者は家臣を付けて後から出発した先例を挙げる。その後は同様の例がなく、先格を重んじる琉球人に不満を抱かせる懸念はあるが、持病のため今回家臣を付けて送る措置を願う。今後の例にはしない…
追録5-No.2856 島津久峯外五名連署書状
高橋此面・鎌田藏人・川田伊織・菱刈藤馬・島津左中・島津杢が十二月十五日、島津山城・主鈴へ、重豪の寒濕の持病により、春に先行参府し琉球人を秋に家臣の警固で後発させる願いについて書き送る。慶安・承應の先例や享保三年の井上河内守の照会を挙げつつ、御代替時の任官など今回の事情も考慮し、先格通り召し連れること…
追録5-No.2857 松平武元書状
松平右近将監武元が十二月十五日、松平薩摩守重豪へ、御即位の祝儀として使者を通じて目録通りの品が献じられたと述べる。その品を披露し、その結果を「一段之御仕合」と返答する。
追録5-No.2858 松平康福書状
松平周防守康福が十二月十五日、松平薩摩守重豪へ、御即位の祝儀として使者を通じて目録通りの品が献じられたと述べる。その品を披露し、その結果を「一段之御仕合」と返答する。
追録5-No.2859 島津重豪加冠仮名書出
重豪が宝暦十三年十二月十五日、加冠に際し、嶋津金次郎に小平太と名乗るよう命じる。正文には御判が記される。
追録5-No.2860 松平武元書状
松平右近将監武元が十二月十八日、松平薩摩守重豪へ、公方と若君が健勝であることを伝える。御臺様から重豪の妻女の出産について尋ねがあり、重豪がその心遣いをありがたく思っている旨を承知したと述べる。書面の趣旨は各々が一覧したと返答する。
追録5-No.2861 松平武元書状
松平右近将監武元が十二月十八日、松平薩摩守重豪へ、公方が健勝であることを伝える。公方が十月十四日に増上寺の御霊屋へ参詣したことを聞いた重豪の祝意を承知し、書面の趣旨を各々と相談して言上したと返答する。
追録5-No.2862 松平康福書状
松平周防守康福が十二月十八日、松平薩摩守重豪へ、寒中に使者を通じて公方・若君の機嫌を尋ねたことを受け、両者がますます無事であると伝える。添えて献じられた琉球紬十端と鰹節一箱を披露し、その結果を「一段之御仕合」と返答する。
追録5-No.2863 松平武元書状
松平右近将監武元が十二月十八日、松平薩摩守重豪へ、公方と若君が健勝であることを伝える。献じられた蜜柑二箱と炙鮎一箱について、各々と相談して披露したところ、その結果を「一段之御仕合」と返答する。
追録5-No.2864 松平武元書状
松平右近将監武元が十二月十八日、松平薩摩守重豪へ、寒中に使者を通じて公方・若君の機嫌を尋ねたことを受け、両者がますます健勝であると伝える。添えて献じられた琉球紬十端と鰹節一箱について、各々と相談して披露し、その結果を「一段之御仕合」と返答する。
追録5-No.2865 松平康福書状
松平周防守康福が十二月十八日、松平薩摩守重豪へ、公方と若君が健勝であることを伝える。献じられた蜜柑二箱と炙鮎一箱を披露したところ、その結果を「一段之御仕合」と返答する。
追録5-No.2866 松平康福書状
松平周防守康福が十二月十八日、松平薩摩守重豪へ、公方・若君が健勝であることを伝える。十月十四日に公方・御臺様から重豪の妻女の出産について尋ねがあったことへの謝意を受け、その礼として重豪が送った書面の趣旨を承知したと返答する。
追録5-No.2867 松平武元書状
松平右近将監武元が十二月十九日、松平薩摩守重豪へ、公方と若君が健勝であることを伝える。妻女の出産に伴い目録通りの品を拝領し、重豪がありがたく思っている旨を承知したと述べる。書面の趣旨は各々が一覧したと返答する。
追録5-No.2868 松平康福書状
松平周防守康福が十二月十九日、松平薩摩守重豪へ、公方と若君が健勝であることを伝える。妻女の出産に伴い、公方・御臺様から妻女が品物を拝領し、重豪がありがたく思っている旨を承知したと述べる。書面の趣旨を承知したと返答する。
追録5-No.2869 松平武元書状
松平右近将監武元が十二月十九日、松平薩摩守重豪へ、公方と若君が健勝であることを伝える。妻女の出産に伴い、公方・御臺様から目録通りの品を拝領し、重豪がありがたく思っている旨を承知したと述べる。書面の趣旨は各々が一覧したと返答する。
追録5-No.2870 松平康福書状
松平周防守康福が十二月十九日、松平薩摩守重豪へ、公方と若君が健勝であることを伝える。妻女の出産に伴い公方から品物を拝領し、重豪がありがたく思っている旨を承知したと述べる。書面の趣旨を承知したと返答する。
追録5-No.2871 島津重豪書状
重豪が松嶋・たか岳・うら尾・岩瀬・砂野・瀧川へ、妻からの年中献上物の願いが希望通り認められたことへの謝意を述べる。その礼として、公方・御臺様へ御肴一折ずつを明後二十七日に献上するよう仰せ渡されたことをありがたく思い、御臺様へ礼を伝えるよう求める。機会の折には御前でよく取り成し、今後もよろしく取り扱う…
追録5-No.2872 むめた外六名連署消息
松嶋・たか岳・うら尾・岩瀬・砂野・瀧川・むめたが荻原・御梅へ、保姫の年中献上物の願いが希望通り認められたと伝える。保姫から御貳御所様・若君・姫君へ礼として御肴一折ずつを献上したい旨も認められたと述べる。昨日薩摩守が尋ねた公方・御臺様への御肴一折ずつの進上については、よろしく伝達するよう依頼し、若君・…
追録5-No.2873 徳川家治御内書
家治が十二月二十七日、薩摩少将重豪へ、歳暮の祝儀として贈られた小袖一重の到来を喜ぶと返答する。委細は松平右京大夫が伝えるとしている。家治公の墨印が記される。
追録5-No.2874 松平康福書状
松平周防守康福が十二月二十七日、松平薩摩守重豪へ、歳暮の祝儀として使者を通じて献じられた小袖一重を披露したと返答する。その結果を「一段之御仕合」と伝える。
追録5-No.2875 幕府老中指図書
若君の誕生祝儀として琉球中山王の使者が薩州へ来て品々を献上したことを受け、若君から中山王へ目録通りの品を遣わし、この旨を伝えるよう指示する。使者の豊見城王子には白銀二十枚を下すので、これを申し渡すよう命じる。
追録5-No.2876 松平康福書状
松平周防守康福が十二月二十八日、松平薩摩守重豪へ、使者を通じて若君に献じられた破魔弓一飾を披露したと返答する。首尾よく披露を済ませた旨を伝える。
追録5-No.2877 酒井忠寄外四名連署状
松平周防守康福・松平右京大夫輝高・秋元但馬守凉朝・松平右近将監武元・酒井左衛門尉忠寄が十二月二十九日、松平薩摩守重豪へ、公方・若君が健勝であることを伝える。若君の誕生祝儀として、中山王使者豊見城王子が薩州へ来て、書翰と目録通りの献上品が重豪の使者を通じて届けられた件を披露したと述べる。返札と別紙書付…
追録5-No.2878 幕府老中指図書
若君の誕生祝儀として琉球中山王の使者が薩州へ来て品々を献上したことを受け、公方から中山王へ目録通りの品を遣わし、この旨を伝えるよう指示する。使者の豊見城王子には白銀五十枚を下すので、これを申し渡すよう命じる。
追録5-No.2879 松平康福書状
松平周防守康福が十二月二十九日、松平薩摩守重豪へ、公方と若君が健勝であることを伝える。十月二十九日に公方から妻女が「御鷹之鴈」を拝領し、重豪がありがたく思っている旨を承知したと述べる。書面の趣旨を承知したと返答する。
追録5-No.2880 酒井忠寄外四名連署状
松平周防守康福・松平右京大夫輝高・秋元但馬守凉朝・松平右近将監武元・酒井左衛門尉忠寄が十二月二十九日、松平薩摩守重豪へ、公方・若君が健勝であることを伝える。萬壽姫の誕生祝儀として、中山王使者玉川王子が薩州へ来て、書翰と目録通りの献上品が重豪の使者を通じて届けられた件を披露したと述べる。返札と別紙書付…
追録5-No.2881 幕府老中指図書
萬壽姫の誕生祝儀として琉球中山王の使者が薩州へ来て品々を献上したことを受け、公方・萬壽姫から中山王へ目録通りの品を遣わし、この旨を伝えるよう指示する。使者の玉川王子には白銀七十枚を下すので、これを申し渡すよう命じる。
追録5-No.2882 板倉勝清書状
板倉佐渡守勝清が十二月二十九日、松平薩摩守重豪へ、公方・若君が健勝であることを伝える。姫君の誕生祝儀として、中山王使者玉川王子が薩州へ来て、書翰と目録通りの品が重豪の使者を通じて献じられた件を承知したと述べる。返札を送るので、その旨を伝達するよう求める。
追録5-No.2883 板倉勝清書状
板倉佐渡守勝清が十二月二十九日、松平薩摩守重豪へ、公方・若君が健勝であることを伝える。若君の誕生祝儀として、中山王使者豊見城王子が薩州へ来て、書翰と目録通りの品が重豪の使者を通じて献じられた件を承知したと述べる。返札を送るので、その旨を伝達するよう求める。
追録5-No.2884 幕府指図書
薩摩守重豪に在所への暇と拝領物を与え、近く御目見を仰せ付ける旨を伝える。
追録5-No.2885 松平武元書状
松平右近将監武元が十二月二十九日、松平薩摩守重豪へ、公方と若君が健勝であることを伝える。妻女が「御鷹之鴈」を拝領し、重豪がありがたく思っている旨を承知したと述べる。書面の趣旨は各々が一覧したと返答する。
追録5-No.2886 松平康福書状
松平周防守康福が十二月二十九日、松平薩摩守重豪へ、公方・若君が健勝であることを伝える。若君の誕生祝儀として、中山王使者豊見城王子が薩州へ来て、書翰と目録通りの献上品が重豪の使者を通じて届けられた件を披露したと述べる。返札と別紙書付を送るので、その旨を伝達するよう求める。