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追録5の目録

暫定版です。原文との照合により、概要や文書の区切り等を修正する場合があります。

全2,955件中 2101~2200件・22 / 30ページ

  1. 追録5-No.2051 島津重豪叙従四位下口宣案

    六月十三日、従五位下の源重豪を従四位下に叙すよう命じる。上卿は五條中納言で、菅為成の人物注があり、蔵人右中辨藤原資枝が奉じると記す。

  2. 追録5-No.2052 島津重豪任左近衛権少将口宣案

    六月十三日、侍従源朝臣重豪を左近衛権少将に任じるよう命じる。従二位行権大納言藤原朝臣頼要が宣し、大外記兼掃部頭造酒正中原朝臣師資が奉じると記す。

  3. 追録5-No.2053 島津重豪叙従四位下位記

    六月十三日、従五位下源朝臣重豪を従四位下に進める位記である。兵欄を表飾し羽衛に宣勤、精誠無懈・夙夜在公などの文言を挙げ、中務卿職仁親王の宣、中務大輔藤原国榮の奉、少輔藤原冬康の行を記す。大納言・中納言らの名と位官を列記し、中原師資による制書、右中辨資枝、兵部卿邦忠親王、大輔知通、右大辨留房らによる告…

  4. 追録5-No.2054 島津重豪叙任上卿職事交名

    薩摩少将に関する担当者として、上卿を葉室大納言、職事を中山頭右中将と記した控えである。葉室大納言には藤原頼要の小注を添える。

  5. 追録5-No.2055 島津重豪任侍従口宣案

    六月十三日、従四位下源重豪朝臣を侍従に任じるよう命じる。上卿は花山院大納言藤原兼済で、蔵人頭右大辨藤原留房が奉じると記す。

  6. 追録5-No.2056 島津重豪任侍従宣旨

    六月十三日、従四位下源朝臣重豪を侍従に任じるよう命じる。権大納言正三位藤原朝臣兼済が宣し、大外記兼掃部頭造酒正中原朝臣師資が奉じると記す。

  7. 追録5-No.2057 島津重豪任薩摩守口宣案

    六月十三日、従五位下源重豪を薩摩守に任じるよう命じる。上卿は高辻中納言で菅家長の人物注があり、蔵人権右中辨兼左衛門権佐藤原俊臣が奉じると記す。

  8. 追録5-No.2058 島津重豪任薩摩守宣旨

    六月十三日、従五位下源朝臣重豪を薩摩守に任じるよう命じる。正三位行権中納言菅原朝臣家長が宣し、大外記兼掃部頭造酒正中原朝臣師資が奉じると記す。

  9. 追録5-No.2059 島津重豪叙従五位下口宣案

    六月十三日、源重豪を従五位下に叙すよう命じる。上卿は山科中納言藤原頼言で、蔵人左少辨藤原光世が奉じると記す。

  10. 追録5-No.2060 島津重豪任左近衛少将口宣案

    六月十三日、侍従源重豪朝臣を左近衛権少将に任じるよう命じる。上卿は葉室大納言藤原頼要で、蔵人頭右近衛権中将藤原愛親が奉じると記す。

  11. 追録5-No.2061 島津重豪叙従五位下位記

    六月十三日、源朝臣重豪に従五位下を授ける位記である。兵欄・羽衛の職務、精誠無懈・夙夜在公などの文言を述べ、中務卿職仁親王の宣、中務大輔藤原国榮の奉、少輔藤原冬康の行を記す。公卿の位官・氏名を列記し、中原師資による制書と右中辨資枝、兵部卿邦忠親王、大輔知通、右大辨留房らによる告文・符到奉行を続ける。朱…

  12. 追録5-No.2062 島津重豪叙任上卿職事交名(従五位下・薩摩守)

    松平薩摩守(島津重豪)の従五位下叙位について、上卿を山科中納言(藤頼言)、職事を裏松左少辨と記す。薩摩守任官については、上卿を高辻中納言(菅家長)、職事を中御門権左中辨と記した担当者の交名である。

  13. 追録5-No.2063 島津重豪叙任上卿職事交名(従四位下・侍従)

    薩摩侍従の従四位下叙位について、上卿を五條中納言(菅為成)、職事を日野左中辨と記す。侍従任官については、上卿を花山院大納言(藤兼濟)、職事を万里小路頭右大辨と記した担当者の交名である。

  14. 追録5-No.2064 飛鳥井雅香紫組冠懸免許状

    飛鳥井雅香が六月十三日、薩摩少将へ、蹴鞠の門弟となることと紫組冠懸について、叡慮によって免じられた旨を伝える。

  15. 追録5-No.2065 島津重豪明細書(官位・領知・石高)

    重豪の従四位下少将・松平薩摩守、寅年十四歳、生国薩摩、鹿児島居城などを記した書付である。領知は薩摩・大隅一円と日向の内、石高六十万五千石余とし、琉球国十二万三千七百石を「外」に別記する。縦九寸五分・横二寸八分の中奉書で二枚を調え、六月十五日に大目付分限方の大井伊勢守へ提出したと記す。

  16. 追録5-No.2066 島津重豪願書(五節句・月次登城)

    松平薩摩守重豪が六月十五日、当寅十四歳と記し、今度元服して官位を命じられたので、五節句・月次の登城を許してほしいと願い出る。

  17. 追録5-No.2067 登城先例書写(継豊・宗信)と願書提出経過

    正徳五年四月五日に十五歳で元服した継豊について、父吉貴が同月十六日に月次出仕を願い、同日願いどおり許された先例を記す。元文四年十二月十一日に十二歳で元服した宗信については、父継豊が同月二十一日に五節句・月次出仕を願い、二十四日に五節句は願いどおり、御礼は御目見後、月次出仕は十五歳からと命じられたと記…

  18. 追録5-No.2068 酒井左衛門尉忠寄書状(酷暑見舞い・鰹節献上)

    酒井左衛門尉忠寄が六月二十二日、松平大隅守継豊へ、酷暑の折に公方・大納言の機嫌を尋ねた書状を受け、両者は安泰なので安心するよう伝える。献上された鰹節一箱について、各々申し談じて披露し、一段の御仕合であると知らせる。

  19. 追録5-No.2069 秋元但馬守凉朝書状(酷暑見舞い・鰹節献上)

    秋元但馬守凉朝が六月二十二日、松平大隅守継豊へ、酷暑の折に公方・大納言の機嫌を尋ねた書状を受け、両者は安泰なので安心するよう伝える。献上された鰹節一箱を披露し、一段の御仕合であると知らせる。

  20. 追録5-No.2070 酒井左衛門尉忠寄書状(琉球布・天門冬・赤貝・泡盛献上)

    酒井左衛門尉忠寄が六月二十二日、松平薩摩守重豪へ、今朝献上した琉球布一箱、砂糖漬天門冬一器、赤貝塩辛一器、琉球泡盛酒二壺を披露したと伝える。一段の御仕合であると知らせる。

  21. 追録5-No.2071 秋元但馬守凉朝書状(琉球布・天門冬・赤貝・泡盛献上)

    秋元但馬守凉朝が六月二十二日、松平薩摩守重豪へ、今朝献上した琉球布一箱、砂糖漬天門冬一器、赤貝塩辛一器、琉球泡盛酒二壺を披露したと伝える。一段の御仕合であると知らせる。

  22. 追録5-No.2072 島津重豪花押(公辺使用開始・記録館保存)

    重豪の花押は以前から用いられていたが、公辺には使われていなかったと記す。六月十三日に家重から首服と御諱字を賜って重豪と改名した後、書簡にこの花押を用いるようになった。七月九日、家老島津主殿が記録館へ保存したと記す。

  23. 追録5-No.2073 本多正珍書状(端午御内書受領の家来登城通知)

    本多伯耆守が六月二十四日、松平薩摩守重豪へ、端午の御内書を渡すので、翌日五半時に家来を登城させるよう通知する。

  24. 追録5-No.2074 酒井忠寄書状(初御目見・家来召出謝礼と樽肴献上)

    酒井左衛門尉忠寄が六月二十八日、松平大隅守継豊へ、公方・大納言の機嫌を尋ねた礼状を受け、両者の機嫌がよいと伝える。又三郎の初御目見と家来の御前召出への謝意を承知したと知らせる。その礼として使者が献上した樽肴を各々申し談じて披露し、一段の御仕合であると伝える。

  25. 追録5-No.2075 秋元凉朝書状(初御目見・家来召出謝礼と樽肴献上)

    秋元但馬守凉朝が六月二十八日、松平大隅守継豊へ、公方・大納言の機嫌を尋ねた礼状を受け、両者の機嫌がよいと伝える。又三郎の初御目見と家来の御前召出への謝意を承知したと知らせる。その礼として使者が献上した樽肴を披露し、一段の御仕合であると伝える。

  26. 追録5-No.2076 酒井忠寄書状(四月晦日増上寺御霊屋参詣祝意への返書)

    酒井左衛門尉忠寄が六月二十九日、松平大隅守継豊へ、礼状を受け、公方の機嫌がよいと伝える。四月晦日の増上寺御霊屋参詣についての祝意を承知し、書面の趣旨を各々申し談じて上聞したと知らせる。

  27. 追録5-No.2077 重豪五節句・例月登城許可と七月朔日拝謁記事

    重豪は、元服・任官の儀式が終わり、六月十五日に五節句と例月の朝会・拝謁を願い、許された。七月朔日、登城して家重に拝謁し、その後、老中各邸へ赴いて礼を述べた。

  28. 追録5-No.2078 島津重豪届書(翌七月朔日から五節句・月次登城)

    松平薩摩守重豪が六月晦日、五節句・月次の登城を許されたため、翌朔日から登城すると届ける。朱書は、この書付を御用番堀田相模守へ山澤小左衛門を通じて差し出したことを付記する。

  29. 追録5-No.2079 重豪袖留許可・竹姫賀儀・継豊との贈答記事

    重豪は七月朔日に袖留の許可を得て、四日に袖留を行った。同日、竹姫を訪れて賀儀を述べ、薩府の継豊へ報告して一種三百匹を進め、継豊からも同品を賜って袖留を祝われた。注記は、慈徳公の袖留時に女使を通じて両御所へ肴一折を献じ、両御所からも同品を賜った先例を挙げるが、今回は大家の命によりその儀礼を行わなかった…

  30. 追録5-No.2080 堀田正亮書状(端午の時服・御肴拝領謝礼)

    堀田相模守正亮が七月二日、松平大隅守継豊へ、礼状を受け、公方・大納言の機嫌がよいと伝える。端午の祝儀に時服と御肴を拝領したことへの謝意を承知し、書面の趣旨を各々申し談じて上聞したと知らせる。

  31. 追録5-No.2081 秋元凉朝書状(端午の時服・御肴拝領謝礼)

    秋元但馬守凉朝が七月二日、松平大隅守継豊へ、礼状を受け、公方・大納言の機嫌がよいと伝える。公方から端午の祝儀に時服と御肴を拝領したことへの謝意を承知し、書面の趣旨を言上したと知らせる。

  32. 追録5-No.2082 西尾忠尚ほか三名連署状(生見玉祝儀・黄金十両献上)

    西尾隠岐守忠尚・松平右近将監武元・酒井左衛門尉忠寄・堀田相模守正亮が七月六日、松平大隅守継豊へ、生見玉の祝儀として献上された黄金十両を披露したと伝える。一段の御仕合であると知らせる。

  33. 追録5-No.2083 秋元凉朝書状(継豊宛・生見玉祝儀黄金十両)

    秋元但馬守凉朝が七月六日、松平大隅守継豊へ、生見玉の祝儀として献上された黄金十両を披露したと伝える。一段の御仕合であると知らせる。

  34. 追録5-No.2084 堀田正亮書状(重豪宛・生見玉祝儀黄金十両)

    堀田相模守正亮が七月六日、松平薩摩守重豪へ、生見玉の祝儀として献上された黄金十両を披露したと伝える。一段の御仕合であると知らせる。

  35. 追録5-No.2085 秋元凉朝書状(重豪宛・生見玉祝儀黄金十両)

    秋元但馬守凉朝が七月六日、松平薩摩守重豪へ、生見玉の祝儀として献上された黄金十両を披露したと伝える。一段の御仕合であると知らせる。

  36. 追録5-No.2086 重豪元服・任官奉謝と雲雀拝領・拝謝経過

    重豪は七月十二日、元服・任官の奉謝として、薩府大雄山東照宮神前へ白銀二枚、南泉院の歴代将軍霊前、満家院花尾山権現社、福昌寺・浄光明寺の祖霊前へ各一枚を献じた。七月二十三日、家重が使番黒川与兵衛正封を芝邸へ遣わし、鷹が捕らえた雲雀三十翼を賜ったので、大書院で使者を迎えて拝受した。重豪は登城して帝鑑間で…

  37. 追録5-No.2087 酒井左衛門尉忠寄書状(八朔祝儀・太刀一腰と馬代黄金十両)

    酒井左衛門尉忠寄が八月四日、松平薩摩守重豪へ、八朔の祝儀として使者を通じて献上された太刀一腰と御馬代黄金十両を披露したと伝える。一段の御仕合であると知らせる。

  38. 追録5-No.2088 秋元但馬守凉朝書状(八朔祝儀・太刀一腰と馬代黄金十両)

    秋元但馬守凉朝が八月四日、松平薩摩守重豪へ、八朔の祝儀として使者を通じて献上された太刀一腰と御馬代黄金十両を披露したと伝える。一段の御仕合であると知らせる。

  39. 追録5-No.2089 松平武元書状(重豪元服謝礼・縮緬十巻と樽肴献上)

    松平右近将監武元が八月十九日、松平大隅守継豊へ、礼状を受け、公方・大納言の機嫌がよいと伝える。六月十三日に薩摩守重豪が元服し、御一字、従四位下少将への任官、御盃・御肴・腰物の拝領を受けたことへの謝意を承知したと知らせる。その礼として使者が献上した縮緬十巻と樽肴を各々申し談じて披露し、一段の御仕合であ…

  40. 追録5-No.2090 秋元凉朝書状(重豪元服謝礼・樽肴献上)

    秋元但馬守凉朝が八月十九日、松平大隅守継豊へ、礼状を受け、公方・大納言の機嫌がよいと伝える。六月十三日の薩摩守重豪の元服、御一字、従四位下少将への任官、御盃・御肴・腰物の拝領についての謝意を承知したと知らせる。その礼として使者が献上した樽肴を披露し、一段の御仕合であると伝える。

  41. 追録5-No.2091 まつ嶋ほか四名連署消息(重豪元服・叙任拝領への礼)

    まつ嶋・いははし・うら尾・さえた・せやまの五人が松平大隅守継豊へ、七月十一日付の手紙を受け、公方・大納言・御簾中は健勝だと伝える。六月十三日に薩摩守重豪が元服し、御一字を賜って従四位下少将に任じられ、御盃・御肴・腰物を拝領したことへの継豊の喜びと謝意を承知する。手紙に記された礼の趣旨を取り次ぐと返答…

  42. 追録5-No.2092 松しまほか四名連署消息(重豪袖留許可への礼)

    松しま・岩はし・うらを・さえた・せやまの五人が松平大隅守継豊へ、八月二日付の手紙を受け、公方・大納言・御簾中は健勝だと伝える。薩摩守重豪の袖留が伺いどおり許されたことについて継豊が喜び、礼を述べた趣旨を承知し、取り次ぐと返答する。

  43. 追録5-No.2093 まつ嶋ほか四名連署消息(重豪袖留・大納言御簾中への礼)

    まつ嶋・岩はし・うら尾・さえた・せやまの五人が松平大隅守継豊へ、八月二日付の手紙を受け、公方・大納言・御簾中は健勝だと伝える。薩摩守重豪の袖留が伺いどおり許されたことを継豊が喜び、礼を述べた趣旨を承知する。その礼を大納言と御簾中へ取り次ぐと返答する。

  44. 追録5-No.2094 酒井忠寄書状(六月二十日東叡山参詣祝意)

    酒井左衛門尉忠寄が九月五日、松平大隅守継豊へ、礼状を受け、公方の機嫌がよいと伝える。六月二十日の東叡山御霊前参詣についての祝意を承知し、書面の趣旨を各々申し談じて上聞したと知らせる。

  45. 追録5-No.2095 継豊から重豪への元服・任官祝儀(二種一荷)

    継豊が九月六日、重豪の元服・任官を祝い、奥小姓蘭牟田利助舜祐を江戸へ遣わして二種一荷を贈った。重豪は御座之間でこれを拝受した。

  46. 追録5-No.2096 家重御内書(継豊宛・重陽祝儀小袖一重到来)

    家重が九月七日、松平大隅守継豊へ、重陽の祝儀として小袖一重が届き、歓覧したと伝える。詳しくは堀田相模守から述べるとする。

  47. 追録5-No.2097 秋元凉朝書状(継豊宛・重陽祝儀小袖一重献上)

    秋元但馬守凉朝が九月七日、松平大隅守継豊へ、重陽の祝儀として使者を通じて献上された小袖一重を披露したと伝える。一段の御仕合であると知らせる。

  48. 追録5-No.2098 家重御内書(重豪宛・重陽小袖一重到来)

    家重が九月七日、薩摩少将重豪へ、重陽の祝儀として小袖一重が届き、歓覧したと伝える。詳しくは堀田相模守から述べるとする。

  49. 追録5-No.2099 秋元凉朝書状(重豪宛・重陽小袖一重献上)

    秋元但馬守凉朝が九月七日、松平薩摩守重豪へ、重陽の祝儀として使者を通じて献上された小袖一重を披露したと伝える。一段の御仕合であると知らせる。

  50. 追録5-No.2100 酒井左衛門尉忠寄書状(安否伺い・干鯛一箱献上)

    酒井左衛門尉忠寄が九月十三日、松平大隅守継豊へ、公方・大納言の機嫌を尋ねた礼状を受け、両者は健勝なので安心するよう伝える。献上された干鯛一箱を各々申し談じて披露したと知らせる。一段の御仕合であると伝える。

  51. 追録5-No.2101 秋元但馬守凉朝書状(安否伺い・干鯛一箱献上)

    秋元但馬守凉朝が九月十三日、松平大隅守継豊へ、公方・大納言の機嫌を尋ねた礼状を受け、両者は健勝なので安心するよう伝える。献上された干鯛一箱を披露したと知らせる。一段の御仕合であると伝える。

  52. 追録5-No.2102 酒井忠寄書状(重豪家督後初の御鷹雲雀拝領謝礼)

    酒井左衛門尉忠寄が九月二十二日、松平大隅守継豊へ、礼状を受け、公方・大納言の機嫌がよいと伝える。薩摩守重豪が家督後初めて上使を通じて御鷹の雲雀を拝領したことへの継豊の謝意を承知する。書面の趣旨を各々一覧したと返答する。

  53. 追録5-No.2103 秋元凉朝書状(重豪初の御鷹雲雀拝領謝礼)

    秋元但馬守凉朝が九月二十二日、松平大隅守継豊へ、礼状を受け、公方・大納言の機嫌がよいと伝える。先頃、薩摩守重豪が上使を通じて初めて御鷹の雲雀を拝領したことへの継豊の謝意を承知する。書面の趣旨を承知したと返答する。

  54. 追録5-No.2104 桃園天皇女房奉書(昇進礼の黄金百両・御絹三十疋の披露)

    差出名を記さない女房奉書が九月二十七日、御いまの御つぼねへ、薩摩少将重豪から昇進礼として黄金百両と御絹三十疋が進上されたことを伝える。披露すれば喜んでいただけるだろうと述べる。

  55. 追録5-No.2105 島津久亮外四名連署申渡書(重豪元服拝領刀・装具の御納戸保管)

    典膳・主鈴・相馬・主殿・圖書の五人が宝暦八年九月、御納戸奉行へ、重豪の拝領品を厳重に保管し、後年混同のないよう帳面に記すことを命じる。六月十三日の元服時、黒書院で家重から賜った御刀一腰は信国象眼銘、長さ二尺三寸六分半で、代金二十枚の折紙を伴う。装具として赤銅七子色絵鶴の三所物、二重金の鎺と金の切羽、…

  56. 追録5-No.2106 せやま外四名連署消息(竹姫御忌掛り・上使岩橋の悔やみ)

    松しま・岩はし・うら尾・さえた・せやまの五人が松平大隅守継豊へ、十月三日付の手紙を受けたと伝える。竹姫君の御忌掛りに際し、九月八日に上使岩橋を通じて伝えられた悔やみについて、継豊もありがたく思う旨を承知し、手紙の趣旨を取り次ぐと返答する。

  57. 追録5-No.2107 瀬山外四名連署消息(竹姫御忌掛り・高岳と川崎の悔やみ使)

    松嶋・岩橋・うら尾・小枝・瀬山の五人が松平大隅守継豊へ、十月三日付の手紙を受けたと伝える。竹姫君の御忌掛りに際し、九月八日に大納言が上使高岳、御簾中が使者川崎を通じて悔やみを伝えたことについて、継豊の謝意を承知する。手紙の趣旨を取り次ぐと返答する。

  58. 追録5-No.2108 瀬山外四名連署消息(竹姫見舞い進物・大納言と御簾中への謝礼)

    松嶋・岩はし・うら尾・小枝・瀬やまの五人が松平大隅守継豊へ、十月十五日付の手紙を受けたと伝える。九月二十日に大納言と御簾中から竹姫君の病気見舞いとして目録どおりの品が贈られたことへの継豊の謝意を承知する。その礼を大納言と御簾中へ取り次ぐと返答する。

  59. 追録5-No.2109 せやま外四名連署消息(竹姫見舞い進物への謝礼)

    松嶋・岩橋・うら尾・さえた・せやまの五人が松平大隅守継豊へ、十月二十七日付の手紙を受けたと伝える。九月二十九日に竹姫君の病気見舞いとして目録どおりの品が贈られたことについて、継豊がありがたく思い、礼を述べた趣旨を承知する。その手紙の趣旨を取り次ぐと返答する。

  60. 追録5-No.2110 堀田正亮書状(重陽御内書受領の家来登城通知)

    堀田相模守が宝暦八年十月二十日、松平薩摩守重豪へ、重陽の御内書を渡す旨を知らせる。翌日五半時に家来を登城させるよう求める。

  61. 追録5-No.2111 西尾忠尚書状(重陽時服・御肴拝領への謝礼返書)

    西尾隠岐守忠尚が宝暦八年十一月晦日、松平大隅守継豊へ、公方・大納言が健勝であると伝える。重陽の祝儀に時服と御肴を拝領したことへの謝意を承知し、書面の趣旨を同僚と相談して上聞したと知らせる。

  62. 追録5-No.2112 秋元凉朝書状(公方から重陽時服・御肴拝領への謝礼返書)

    秋元但馬守凉朝が宝暦八年十一月晦日、松平大隅守継豊へ、公方・大納言が健勝であると伝える。公方から重陽の祝儀に時服と御肴を拝領したことへの謝意を承知し、書面の趣旨を言上したと知らせる。

  63. 追録5-No.2113 島津重豪公帖(玄直西堂の廣濟寺住持執務)

    少将重豪が宝暦八年十一月六日、玄直西堂へ、廣濟寺の住持職について、先例に従って職務を執るよう命じる。

  64. 追録5-No.2114 せやま外四名連署消息(竹姫実母七七日の見舞い進物)

    松しま・岩はし・うら尾・さえた・せやまの五人が松平大隅守継豊へ、十一月七日付の手紙を受けたと伝える。十月八日、竹姫君の実母の七七日に際し、見舞いとして目録どおりの品が竹姫君へ贈られたことへの継豊の謝意を承知する。手紙に記された礼の趣旨を取り次ぐと返答する。

  65. 追録5-No.2115 せやま外四名連署消息(竹姫実母七七日・両者への謝礼)

    松しま・岩橋・浦尾・小ゑた・せやまの五人が松平大隅守継豊へ、十一月七日付の手紙を受けたと伝える。十月八日、竹姫君の実母の七七日に際し、大納言と御簾中が見舞いとして竹姫君へ目録どおりの品を贈ったことへの継豊の謝意を承知する。その礼を大納言と御簾中へ取り次ぐと返答する。

  66. 追録5-No.2116 瀬山外四名連署消息(竹姫精進解けの進物への謝礼)

    松嶋・岩橋・浦尾・さえた・瀬山の五人が松平大隅守継豊へ、十一月十二日付の手紙を受けたと伝える。十月十五日の竹姫君の精進解けに、目録どおりの品が贈られたことへの継豊の謝意を承知する。手紙に記された礼の趣旨を取り次ぐと返答する。

  67. 追録5-No.2117 重豪鶴一隻拝領・伊勢貞短の家重家治拝謁記事(目録・本文の鳥種は鶴)

    十二月五日、家重が使番三好勝之助長倚を芝邸へ遣わし、鷹が捕らえた鶴一隻を重豪に賜り、重豪が老中各邸へ礼を述べた。別段では、伊勢兵部貞短の父貞起が死去した後の相続と、貞昌以来の将軍家督継承時の拝謁先例を記し、宝暦六年の重豪の願いは許されなかったが、今年四月に重豪の初拝謁が済んだ後、十二月五日の再願で老…

  68. 追録5-No.2118 堀田正亮外四名幕府老中連署状(伊勢兵部の翌十五日五時登城)

    松平右京大夫・西尾隠岐守・松平右近将監・酒井左衛門尉・堀田相模守の五人が宝暦八年十二月十四日、松平薩摩守重豪へ通知する。家来伊勢兵部を翌十五日五時に登城させるよう命じる。

  69. 追録5-No.2119 継豊鶴一隻拝領・種子島久芳ら礼使派遣と拝謝

    十二月六日、家重が鷹の捕らえた鶴一隻を継豊へ賜り、川田国中・澁谷国命が護送し、翌年正月六日に薩府へ届いた。継豊は種子島久芳を礼使とし、友野長堅・新納時庸も遣わし、二月三日に長堅・時庸、九日に久芳が江戸へ着き、十八日に西尾忠尚・秋元凉朝へ返書と謝辞を呈した。三月朔日、継豊の献物一種一荷を家重・家治へ献…

  70. 追録5-No.2120 老中五名連署状(継豊宛・御鷹の鶴宿次発送)

    松平右京大夫輝高・西尾隠岐守忠尚・松平右近将監武元・酒井左衛門尉忠寄・堀田相模守正亮の五人が十二月六日、松平大隅守継豊へ、公方と大納言は健勝なので安心するよう伝える。御鷹の鶴を拝領したため、宿次で差し送ると知らせる。

  71. 追録5-No.2121 松平武元宿次証文(箱と鶴送付・返札持参の指示)

    松平右近将監武元の右近印を据えた十二月六日付宿次証文の写しが、箱と鶴一隻を江戸から薩州鹿児島の松平大隅守継豊のもとへ届けるよう指示する。返札が届くので、それを江戸の月番老中へ速やかに持参するよう命じる。

  72. 追録5-No.2122 常憲院五十回忌法事への香奠献上の返書

    松平右近将監武元が十二月十日、松平大隅守継豊へ、常憲院の五十回忌法事に際して使者を通じて献じられた香奠を東叡山へ奉納したと知らせる。その趣旨を言上したとも報告する。

  73. 追録5-No.2123 将軍の増上寺御霊屋参詣を賀す継豊への返書

    松平右近将監武元が十二月十二日、松平大隅守継豊へ、公方の健勝と十月十四日の増上寺御霊屋参詣を賀す書状を受け、その祝意をもっともとする。書面の趣旨を各々申し談じ、上聞したと報告する。

  74. 追録5-No.2124 松平武元書状(寒中安否伺い・鯣一箱への返答)

    松平右近将監武元が十二月十八日、松平大隅守継豊へ、寒中に公方と大納言の安否を尋ねた書状を受け、両者は健勝なので安心するよう伝える。あわせて献じられた鯣一箱について、各々申し談じて披露したことを幸いとする。

  75. 追録5-No.2125 秋元凉朝書状(寒中安否伺い・鯣一箱への返答)

    秋元但馬守凉朝が十二月十八日、松平大隅守継豊へ、寒中の公方と大納言への安否伺いを受け、両者は健勝なので安心するよう伝える。献じられた鯣一箱を披露したことを幸いとする。

  76. 追録5-No.2126 松平武元書状(蜜柑二箱・炙鮎一箱への返答)

    松平右近将監武元が十二月十八日、松平薩摩守重豪へ返答する。今朝献じられた蜜柑二箱と炙鮎一箱を披露したことを幸いとする。

  77. 追録5-No.2127 秋元凉朝書状(蜜柑二箱・炙鮎一箱への返答)

    秋元但馬守凉朝が十二月十八日、松平薩摩守重豪へ返答する。今朝献じられた蜜柑二箱と炙鮎一箱を披露したことを幸いとする。

  78. 追録5-No.2128 松平武元書状(東叡山深徳院御霊前参詣祝意への返答)

    松平右近将監武元が十二月二十三日、松平大隅守継豊へ、公方の健勝と十月二十四日の東叡山・深徳院御霊前参詣を賀す書状を受け、その祝意をもっともとする。書面の趣旨を各々申し談じ、上聞したと報告する。

  79. 追録5-No.2129 徳川家重御内書(継豊の歳暮祝儀・小袖一重到来歓覧)

    家重が十二月二十七日、松平大隅守継豊へ、歳暮の祝儀として小袖一重が届き、喜んで見たと伝える。詳しい内容は西尾隠岐守が述べると知らせる。

  80. 追録5-No.2130 秋元凉朝書状(使者による歳暮小袖一重献上への返答)

    秋元但馬守凉朝が十二月二十七日、松平大隅守継豊へ、歳暮の祝儀として使者を通じて献じられた小袖一重について返答する。披露したことを幸いとする。

  81. 追録5-No.2131 徳川家重御内書(重豪の歳暮小袖一重到来歓覧)

    家重が十二月二十七日、薩摩少将重豪へ、歳暮の祝儀として小袖一重が届き、喜んで見たと伝える。詳しい内容は西尾隠岐守が述べると知らせる。

  82. 追録5-No.2132 秋元凉朝書状(使者による歳暮小袖一重献上への返答)

    秋元但馬守凉朝が十二月二十七日、松平薩摩守重豪へ、歳暮の祝儀として使者を通じて献じられた小袖一重について返答する。披露したことを幸いとする。

  83. 追録5-No.2133 島津重豪吉書(長生殿の句・君が代の歌)

    重豪が宝暦九年正月元日に判を据えた吉書。長生殿では春秋が豊かで、不老門前では日月がゆっくり進むという長寿を祝う漢詩の句と、君が代が千世・八千代と続き、さざれ石が巌となり苔が生えるまでの永続を願う歌を記す。

  84. 追録5-No.2134 島津重豪口上書并添書(年頭初着座・拝領報告と別立ての経緯)

    重豪から隅州様継豊への正月三日付口上は、継豊の健勝を祝い、前日の年頭登城で礼を済ませ、初めて着座して盃と時服を拝領したことをありがたく思うと伝える。付記では、従来は初着座と拝領を年頭の自筆書状に書いたが、幼年の重豪には長文になるため、その部分を外して別立ての口上書で伝えることにしたと説明する。追水善…

  85. 追録5-No.2135 酒井忠寄書状(若菜祝儀の鯛一折献上への返答)

    酒井左衛門尉忠寄が正月七日、松平大隅守継豊へ、若菜の祝儀として献じられた鯛一折について返答する。披露したことを幸いとする。

  86. 追録5-No.2136 秋元凉朝書状(若菜祝儀の鯛一折献上への返答)

    秋元但馬守凉朝が正月七日、松平大隅守継豊へ、若菜の祝儀として献じられた鯛一折について返答する。披露したことを幸いとする。

  87. 追録5-No.2137 酒井忠寄書状(若菜祝儀の鯛一折献上への返答)

    酒井左衛門尉忠寄が正月七日、松平薩摩守重豪へ、若菜の祝儀として献じられた鯛一折について返答する。披露したことを幸いとする。

  88. 追録5-No.2138 秋元凉朝書状(若菜祝儀の鯛一折献上への返答)

    秋元但馬守凉朝が正月七日、松平薩摩守重豪へ、若菜の祝儀として献じられた鯛一折について返答する。披露したことを幸いとする。

  89. 追録5-No.2139 島津重豪吉書(神社仏閣・勧農・年貢徴納の三箇条)

    重豪が宝暦九年正月十一日に判を据えた吉書。神社仏閣の修造・興行、農事の奨励、国々の年貢徴納の三箇条を掲げ、この三箇条に従って沙汰するよう命じる。

  90. 追録5-No.2140 本多正珍書状(常憲院五十回忌・参詣賀状への返答)

    本多伯耆守正珍が正月十五日、松平大隅守継豊へ、書状を拝見し、公方の健勝と前年冬の東叡山での常憲院五十回忌法事、十一月十日の御霊前参詣を聞いて喜んだという挨拶はもっともだと返答する。書面の趣旨を各々申し談じ、上聞したと報告する。

  91. 追録5-No.2141 堀田正亮外三名連署状(年頭太刀一腰・馬代黄金十両献上への返答)

    西尾隠岐守忠尚・松平右近将監武元・酒井左衛門尉忠寄・堀田相模守正亮の四人が正月二十一日、松平大隅守継豊へ、年頭の祝儀として使者を通じて献じられた太刀一腰と馬代黄金十両について返答する。披露したことを幸いとする。

  92. 追録5-No.2142 秋元凉朝書状(年頭太刀一腰・馬代黄金十両献上への返答)

    秋元但馬守凉朝が正月二十一日、松平大隅守継豊へ、年頭の祝儀として使者を通じて献じられた太刀一腰と馬代黄金十両について返答する。披露したことを幸いとする。

  93. 追録5-No.2143 久世広氏届書(目録表題。島津備中娘の引取世話・縁組願届)

    二月五日付の久世忠右衛門宛届書は、国許にいる大隅守の弟島津備中の娘が薩摩守の又従弟女の続柄にあるため、薩摩守のもとへ引き取って世話することを届け出て、承知を求める。追って相応の縁組を願い出る意向も伝える。朱付記は、この届書を久世忠右衛門から西尾隠岐守へ差し出したと、澤小左衛門から承ったと記す。

  94. 追録5-No.2144 西尾忠尚書状(改年賀状・樽肴献上への返答)

    西尾隠岐守忠尚が二月六日、松平大隅守継豊へ、書状を拝見し、新年の祝意に返答する。公方と大納言の健勝を伝え、年始の規式が済むことをめでたく思うという挨拶の趣旨を承知したと知らせる。あわせて献じられた樽肴を各々申し談じて披露し、それを幸いとする。

  95. 追録5-No.2145 秋元凉朝書状(改年賀状・樽肴献上への返答)

    秋元但馬守凉朝が二月六日、松平大隅守継豊へ、書状を拝見し、新年の祝意に返答する。公方と大納言の健勝を伝え、年始の規式が済むことをめでたく思うという挨拶の趣旨を承知したと知らせる。あわせて献じられた樽肴を披露し、それを幸いとする。

  96. 追録5-No.2146 島津重豪公帖(慈香西堂への廣濟寺住持職執務命令)

    少将重豪が宝暦九年二月六日、慈香西堂へ、廣濟寺の住持職について先例に従って執務するよう命じる。

  97. 追録5-No.2147 島津重豪公帖(玄妙西堂への廣濟寺住持職執務命令)

    少将重豪が宝暦九年二月六日、玄妙西堂へ、廣濟寺の住持職について先例に従って執務するよう命じる。

  98. 追録5-No.2148 近衛内前書状(春の挨拶・目録品贈与)

    近衛内前が二月十六日、薩摩少将重豪へ、使者に会った機会に一筆送り、春の祝意と平安を願う言葉を伝え、こちらは無事と知らせる。あわせて目録に従って品物を贈ると伝える。

  99. 追録5-No.2149 西尾忠尚書状(歳暮御内書渡しの家来登城通知)

    西尾隠岐守が二月二十日、松平薩摩守重豪へ、歳暮の御内書を渡すため、翌日五半時に家来を登城させるよう通知する。

  100. 追録5-No.2150 西尾忠尚書状(鷹の鶴拝領礼使の登城通知)

    西尾隠岐守が二月晦日、松平薩摩守の留守居へ、継豊が鷹の鶴を拝領した礼のため遣わした使者種子島藏人久芳を、翌朝五時に登城させるよう通知する。あわせて使者自身の礼も申し上げることを伝え、その旨の承知を求める。