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追録5の目録
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追録5-No.2636 島津重豪袖判申渡書
重豪が正月二十五日、寺社奉行へ、国内の僧侶が修学・勤行を怠らないよう命じる。先代が寺院へ書き付けた教えを当代も漏れなく守り、宗門の典則を乱さず、学問と行道を衰えさせないよう心掛ける旨を、諸宗の門首へ申し渡すよう指示する。本文に御判があり、包紙に「御袖判寺社奉行江」と記す。
追録5-No.2637 島津重豪証状
少将重豪が正月二十五日、飯隈山蓮光院へ、薩摩・大隅・日向諸県郡の年行事職について、聖護院門跡の許容による書物を拝戴したうえは、大峯修行を怠らず島津家の祈祷に誠を尽くすよう命じる。御判を掲げる。
追録5-No.2638 島津久亮外四名連署申渡書
家治から重豪へ下された刀一腰について、阿州氏吉の象眼銘、代金二十枚・折紙あり、長さ「弐尺二寸弐部」の注記を掲げる。赤銅七子栗色絵の三所物、二重金無垢の「御銅」、金無垢の切羽、赤銅七子の縁と角黒塗の柄頭、赤銅磨の鍔、鮫・白糸巻の柄、黒塗鞘、金の鵐目、信高の小刀、下緒、袋と紫糸打房付の緒を記す。宝暦十一…
追録5-No.2639 松平輝高書状
松平右京大夫輝高が正月二十七日、松平薩摩守重豪へ、公方の健勝を伝える。前年十二月二日に萬壽姫君の御色直祝儀が済んだことを重豪が承知して祝意を表した件を受け、書面の趣旨を各人と相談し、上聞に達したと知らせる。
追録5-No.2640 近衛内前書状
近衛内前が二月二日、薩摩少将へ、年頭の賀状と目録どおりの贈物が届いたことを喜ぶと返答する。平安な年越しを祝い、後便の音信を期すると述べ、花押を添える。
追録5-No.2641 秋元凉朝書状
秋元但馬守凉朝が二月二日、松平薩摩守重豪へ、公方の健勝を伝える。家督後初帰国した重豪への御尋を宿次奉書で伝え、重豪が肴を拝領した礼として使者を差し出したところ、使者が御前へ召し出されて拝領物を受けたことへの謝意を承知したと返答する。書面の趣旨は各人が一覧したと知らせる。
追録5-No.2642 秋元凉朝書状
秋元但馬守凉朝が二月四日、松平薩摩守へ、改年の慶賀と公方の健勝、年始の規式が済んだことへの祝意を承知したと返答する。献上された御樽・肴を各人と相談して披露し、「一段之御仕合」となったと知らせる。
追録5-No.2643 重豪、参勤ノ途次芝第焼亡ヲ聞ク
重豪は二月四日に鹿児島を発って参勤し、島津杢久峯、家老の左中久金・主鈴、側用人・近習役らが供奉し、久峯には青蓮院尊真法親王との師資関係から先に京都へ赴いて起居を伺い、筆法を伝授されてから江戸へ向かう旨の注がある。十日に出水へ着き、十一日に出発して九州を陸行し、二十一日に豊前大里へ着いたが暴風浪で三日…
追録5-No.2644 秋元凉朝書状
秋元但馬守が二月十二日、松平薩摩守の留守居へ、領知判物を頂戴した礼の使者である種子嶋藏人久芳を、翌十三日の四ツ時に登城させるよう指示する。
追録5-No.2645 酒井忠寄外四名連署状
酒井忠寄・松平武元・秋元凉朝・井上利容・松平輝高が二月十三日、松平薩摩守重豪へ、公方の健勝を伝える。前年十月二十二日に名代の島津淡路守が御前へ召し出され、領知判物を頂戴したことへの重豪の謝意と、その礼に種子嶋藏人を使者として差し出した件を承知したと返答する。書面の趣旨は上聞に達したと知らせる。
追録5-No.2646 菱刈実詮・高橋種寿連署書状
高橋縫殿と菱刈藤馬が二月十六日、嶋津左中・主鈴へ、八ツ過ぎに松平摂津守の屋敷近くから出火し、悪風のため南の物見に火が掛かって防ぎきれず、藤馬が淨岸院に付き添って高輪邸へ避難したと報告する。御守殿と家回り、本宅・中奥は焼失したが淨岸院は無事で、茶屋でいったん防ぎ止めたものの北長屋に火が掛かり防火に努め…
追録5-No.2647 島津久完返書
島津圖書が三月十九日付の朱返答で、申越しの趣旨が参勤途中の重豪へ伝えられ、送付された件を承知したと答える。菱刈藤馬と高橋縫殿を宛名に掲げる。
追録5-No.2648 島津久品・島津久金連署書状
島津左中と主鈴が三月五日、嶋津圖書・山城・鎌田藏人へ、本文が三日に届いたので重豪へ伝えたと返答する。本文の飛脚が到達しなかった旨は先に知らせてあり、今回の便でこの返書を送ると述べる。
追録5-No.2649 菱刈実詮・高橋種寿連署書状
高橋縫殿と菱刈藤馬が二月十七日、島津圖書・若狭・鎌田藏人へ、類焼後の当面の入用金が甚だしく不足するので相談し、穴藏の御金のうち五千両ほどを物奉行へ渡したと知らせる。参勤途中の重豪にも申し上げるが、関係者の心得としてこの処置を伝える。
追録5-No.2650 島津久完外一名連署返書
家老側が三月十九日付の朱返答で、主書の報告を承知したと答える。応答対象は、芝邸類焼後の入用金不足に伴い、穴藏金五千両ほどを物奉行へ渡したという二月十七日付の報告である。
追録5-No.2651 菱刈実詮・高橋種寿連署書状
高橋縫殿と菱刈藤馬が二月十七日、島津左中・主鈴へ、類焼した淨岸院に、公方から夜物・蒲団を入れた長持一竿と中屏風一双、御台から巨燵・蒲団・湯帷子・御褥を入れた長持一竿が贈られたと知らせる。火災当日の十六日に、公方の御尋で松平右京大夫が高輪邸へ出向き、同日摂津守を通じて懇ろな上意を受け、同夜に公方と御台…
追録5-No.2652 島津久金・島津久品連署返書
島津左中と主鈴が三月九日付の朱返答で、淨岸院への類焼見舞いと礼文面の報告を承知し、重豪へも伝えたと答える。重豪の御文について「今月三日御目附」と記し、津和湊で承知した件についての書状を今回の便で送るので、目録を用いて差し出すよう求める。淨岸院への挨拶は口上書を用いると返答する。
追録5-No.2653 重豪参勤ノ途次、芝第焼亡ヲ聞キ帰国ス
芝邸の焼失を受け、家治は二月十八日、宿次奉書で重豪の様子を尋ね、有馬正左衛門純春・伊集院甚助兼伯を宰領として江戸から遣わした。奉書は三月七日夜に芸州廿日市浦へ届き、重豪は翌朝税所次郎右衛門篤仁・三原經處を返使に遣わし、十四日の江戸到着後に井上利容へ証文を呈し、別の書状でも礼を述べた。二月十九日には参…
追録5-No.2654 松平武元外二名連署奉書
松平輝高・秋元凉朝・松平武元が二月十八日、松平薩摩守重豪へ、江戸の居宅が類焼したことを上聞に達したところ、難儀であろうとの思召しがあったと知らせる。その旨を伝えるよう仰せがあったので、奉書で通知する。
追録5-No.2655 酒井忠寄外三名連署奉書
松平輝高・秋元凉朝・松平武元・酒井忠寄が二月十九日、松平薩摩守重豪へ、居宅が類焼したので、予定されていた四月参勤を用捨すると伝える。七月中に参府するよう知らせるが、時期は重豪の都合に任せるとの上意も伝える。追書では、なお仰せの趣旨を別紙で伝えるとする。
追録5-No.2656 酒井忠寄外三名連署奉書
松平右京大夫・秋元但馬守・松平右近将監・酒井左衛門尉が二月十九日、松平薩摩守重豪へ、遠路の旅であり、すでに国元を発ったと承知していると伝える。もし参勤猶予の奉書が道中で届いてから帰国するのが難儀なら、そのまま参府しても帰国しても、重豪の都合のよい方を選んでよいとの仰せを知らせる。
追録5-No.2657 菱刈実詮・高橋種寿連署書状
高橋縫殿と菱刈藤馬が二月十九日、島津左中・主鈴へ、類焼見舞いとして淨岸院に、公方から塗重一組、御台から呉服二重・帯二つ・食籠・添重が贈られたと報告する。十七日に書状とともに給物があり、重豪が承知したうえで公方・御台へ礼の書状を送るよう求める。御台への礼を公方宛の文面に含めるべきか御守殿へ伺い、礼の指…
追録5-No.2658 島津久金・島津久品連署返書
島津左中と主鈴が三月九日付の朱返答で、類焼見舞品と礼文面の報告を承知し、重豪へも伝えたと答える。重豪の御文を今月三日付とし、津和湊で承知した件について今回の便で送ったので、目録を用いて差し出すよう求める。主書に淨岸院への挨拶の記載は見当たらないが、格別の件なので口上書で申し進めると答える。
追録5-No.2659 菱刈実詮・高橋種寿連署書状
高橋縫殿と菱刈藤馬が二月二十日、島津左中・主鈴へ、淨岸院への見舞いとして、公方から台子一飾・色綸子十反・色縮緬十反・羽二重十疋・鯛一折、御台所から屏風一双・羽二重十疋・鯛一折が贈られたと知らせる。前十九日の御尋に際し、上使高岳を通じて贈物を受けたので、公方・御台所への礼と萬壽姫への礼の要否を高輪で伺…
追録5-No.2660 島津久金・島津久品連署返書
島津左中と主鈴が三月九日付の朱返答で、淨岸院への台子・反物等の見舞いと礼文面の報告を承知し、重豪へも伝えたと答える。重豪の御文を今月四日付とし、芸州の港で承知した件について今回の便で送ったので、目録を用いて差し出すよう求める。淨岸院への挨拶は口上書で申し進めると返答する。
追録5-No.2661 登城令書
二月二十二日、松平薩摩守の家来へ、御用があるので翌二十三日の四ツ時に、薩摩守の名代として一類のうち一人を登城させるよう指示する。
追録5-No.2662 幕府、重豪ニ金二萬両ヲ貸与ス
二月二十三日、島津淡路守久柄が名代として登城し、白書院に列座する老中のうち秋元但馬守凉朝から、居宅の類焼で再建の費用が難儀であろうとして幕府金二万両を貸し与えるとの命を受けた。久柄は芝邸へ戻って知らせ、参勤途中で肥後水俣駅にいた重豪にも伝え、重豪は使者の書状で礼を述べた。閏四月二日には内證から女使を…
追録5-No.2663 幕府達書
幕府が松平薩摩守重豪へ、御守殿の類焼に伴う手当てや居宅の類焼で難儀しているであろうとして、金二万両を拝借させる旨を申し渡す。返納については、勘定奉行と相談するよう指示する。
追録5-No.2664 菱刈実詮・高橋種寿連署書状
高橋縫殿と菱刈藤馬が二月二十三日、道中の島津左中・主鈴へ、前夜に秋元但馬守から留守居の出頭を命じられ、佐久間源太夫が、翌日は重豪の名代として一類の一人を登城させる旨の書付を受けたと報告する。名代の島津淡路守は本丸白書院で、御守殿・居宅の類焼を受けて金二万両を貸し、返納は勘定奉行と相談するとの申渡しを…
追録5-No.2665 菱刈実詮・高橋種寿連署書状
高橋縫殿と菱刈藤馬が二月二十三日、島津圖書・若狭・左中・鎌田隼人・主鈴へ、拝借金の申渡しと淨岸院への三千両下賜を報告し、土蔵・本宅・奥の普請中の建物まで焼失したが、再建に早速取り掛かる資金が見当たらないと訴える。十八・十九日に山澤小左衛門を右近将監の用人へ遣わし、家老と小左衛門名義の書付を出して熟覧…
追録5-No.2666 島津久完外四名連署返書
島津圖書・若狭・左中・鎌田隼人・主鈴が三月十九日付の返答で、道中に届けられた類焼後の資金相談の報告を逐一承知したと知らせる。右近将監・能登守など世話をした人々へ挨拶を進め、礼の進物について江戸から知らせがあれば手配するよう伝える。淨岸院への三千両下賜についての知らせも承知し、外聞の面でもこのうえない…
追録5-No.2667 菱刈実詮・高橋種寿連署書状
高橋縫殿と菱刈藤馬が二月二十三日、島津左中・主鈴へ、類焼見舞いとして公方から淨岸院に三千両が、上使小出信濃守を通じて贈られたと知らせる。礼の方法を荻原へ伺うと、通常は贈物をした側にだけ礼を申し上げるが、今回は格別の見舞いなので、重豪から公方へ書状で礼を述べ、公方宛の文面に御台所と萬壽姫への礼も含める…
追録5-No.2668 島津久金・島津久品連署返書
島津左中と主鈴が三月九日付の返答で、淨岸院への三千両下賜と礼の文面について承知したと知らせる。重豪の文面は九日付として芸州廿日市浦で承知した件について今回の便で送るので、「日積」を用いて差し出すよう伝える。淨岸院への祝詞は口上書で申し上げると返答する。
追録5-No.2669 拝借金請取状
高橋縫殿が幕府の御金奉行四名へ、御守殿と居宅の類焼に伴って松平薩摩守に貸し与えられた金二万両(後藤包)を受け取ったと証する。返納は来々年の申年から子年まで五年賦で上納する約束とする。薩摩守が国元にいるため、今回は高橋自身の印形の手形で受領し、重豪の参府後に本人の直判手形へ交換すると述べる。
追録5-No.2670 幕府勘定吟味役連署裏書
幕府の勘定吟味役らが元方御金奉行衆へ、表書に記された金二万両を渡すよう指示する。二月付で担当者の署名と印形が記され、出座しなかった者、公事方で印形を付さない者、大坂御用により印形を付した者についても注記する。
追録5-No.2671 松平武元書状
松平右近将監が二月二十六日、松平薩摩守へ、歳暮に対する御内書を渡すので、翌二十七日の五半時に家来を城へ出すよう指示する。
追録5-No.2672 島津久迢・町田久連連署副状
町田主計久連と嶋津大藏久迢が二月二十八日、南泉院へ、御袖判で仰せ出された内容の写しを別紙で渡すので、承知して配下へ伝えるよう指示する。法式を怠り、形ばかりになって規則を失い、名利にふける者もいると戒める。宗門開祖の遺戒を深く心に留め、勤行を怠らず、道儀が盛んになるよう努めることを求める。
追録5-No.2673 秋元凉朝書状
秋元但馬守凉朝が二月二十九日、松平薩摩守重豪へ、書状を受け取り、公方が健勝であることへの重豪の喜びを承知したと返答する。旧臘の歳暮祝儀として時服と肴を拝領した件への謝意を受け、書面の趣旨を同僚と相談して上聞したと伝える。
追録5-No.2674 井上利容書状
井上河内守利容が三月六日、重豪の書状を受け、公方が健勝であることへの喜びと、正月十日の東叡山御霊前参詣についての祝意を承知したと返答する。書面の趣旨を同僚と相談して上聞したと伝える。
追録5-No.2675 井上利容書状
井上河内守利容が三月九日、松平薩摩守重豪へ、書状を受け取り、公方が健勝であることへの喜びと、正月二十四日の増上寺御霊屋参詣についての祝意を承知したと返答する。書面の趣旨を同僚と相談して上聞したと伝える。
追録5-No.2676 島津久金・島津久品連署書状
島津主鈴と左中が三月九日、島津圖書・山城・鎌田藏人へ、類焼に際して宿次奉書を受け、重豪の帰国について別紙で知らせたと伝える。重豪は参府して淨岸院に対面したいと望んだが、懇切な奉書を受けてそのまま参府することは難しいため、杢殿を京都から直接江戸へ遣わし、重豪の意向を伝えて淨岸院の御目見を受けさせるよう…
追録5-No.2677 島津久完外二名連署返書
島津圖書・山城・鎌田藏人が三月十九日付の返答で、帰国と江戸派遣・贈物に関する知らせを承知したと伝える。女中方へも申し上げておいたと返答する。
追録5-No.2678 島津久金・島津久品連署書状
島津主鈴と左中が三月九日、島津圖書・山城・鎌田藏人へ、重豪が健勝で芸州宮島まで船で進んだ件は七日の便で知らせ、その後も無事で、現在は廿日市浦に滞船していると報告する。別の用があるため今回急飛脚を立てたので、女中方に重豪の安否を伝えるよう求める。追書では、先便に宮島に滞船していると書いたが、実際は廿日…
追録5-No.2679 島津久完外二名連署返書
島津圖書・山城・鎌田藏人が三月十九日付の返答で、重豪の安否と滞船についての知らせを承知したと伝える。女中方へ知らせたと返答する。
追録5-No.2680 島津重豪書状
重豪がまつ嶋・高岳・岩はし・うら尾・いは瀬・いさ野・はつ崎・瀧川へ、公方・御台所・萬壽姫が健勝であることを喜ぶと伝える。御守殿の類焼に際し、先月二十三日に上使小出信濃守を通じて淨岸院へ三千両が贈られたと承知し、自分もありがたく思っているので、その礼を公方へ申し上げたいと述べる。御台所と萬壽姫にも礼を…
追録5-No.2681 島津重豪疏
重豪が三月十五日、石屋禅師が開いた福昌寺を九州の名藍と述べ、住持の空席を埋めるため松原山南林寺の大珠和尚を招く疏を記す。大珠の言行と宗門での信望を挙げ、寺に住して玉龍の正脈を継ぎ、曹溪の宗風を振興するよう求める。皇室の長寿と藩や国家の福を願う。
追録5-No.2682 井上利容書状
井上河内守利容が三月二十六日、松平薩摩守重豪の書状を受け取り、公方が健勝であることへの喜びを承知したと返答する。二月二十二日夜に曲輪内で出火したが早く鎮火したことを喜ぶ旨を受け、書面の趣旨を同僚と相談して上聞したと伝える。
追録5-No.2683 井上利容書状
井上河内守利容が三月二十七日、松平薩摩守重豪へ、居宅の類焼に際して将軍の意向を宿次奉書で伝えた件について、重豪の謝意を承知したと返答する。その礼のために重豪が使者を差し出したことを受け、書面の趣旨を同僚と相談して上聞したと伝える。
追録5-No.2684 酒井忠寄書状
酒井左衛門尉忠寄が四月二日、松平薩摩守重豪へ、居宅の類焼により四月の参勤を猶予し、七月中に参府するよう命じつつ都合次第とする幕命を宿次奉書で伝えた件について、重豪の謝意を承知したと返答する。別紙書付の指示も承知したこと、重豪が三月九日に芸州廿日市浦から国元へ帰ったことを受け、御礼の使者を差し出した旨…
追録5-No.2685 重豪、増上寺惇信廟ニ燈籠ヲ献ス
重豪は四月三日、有司を増上寺へ遣わし、惇信廟の霊前に銅灯籠二基を奉献した。老中があらかじめ命じていたことで、奉献を終えると酒井左衛門尉忠寄へ報告した。
追録5-No.2686 島津重豪寄進燈籠銘
惇信院殿への灯籠奉献銘で、「奉献上」と記す。奉献者は従四位下左近衛少将薩摩守源朝臣重豪、銘の日付は宝暦十一年辛巳六月十二日である。
追録5-No.2687 菱刈実詮・高橋種寿在府家老連署書状
高橋縫殿と菱刈藤馬が四月十日、島津圖書・山城・左中・鎌田藏人へ、淨岸院の意向に沿う御守殿の家作を報告し、借地願いが未決のため新奥・本宅の図面を固められず、惣絵図を送って早く意向を知らせてほしいと求める。七月参勤時の上使受入れに間に合うかを案じ、以前の桜田邸類焼時に芝邸へ上使を迎え、本家の普請を一、二…
追録5-No.2688 島津久亮外四名在国家老連署返書
島津圖書・山城・左中・鎌田藏人が四月晦日、高橋縫殿・菱刈藤馬へ、御守殿再建の相談を承知し、伝達した結果として惣絵図の張紙どおりに命じられたと返答する。上使を迎えるための作事は絵図どおりに整え、小さな変更は伺わず見計らって進め、済んだら報告するよう指示する。表門は中門のある絵図どおりとし、中門設置に伴…
追録5-No.2689 酒井忠寄書状
酒井左衛門尉忠寄が四月十六日、松平薩摩守重豪の書状を受け取り、公方が健勝であると伝える。二月二十六日に公方が東叡山の至心院の霊前へ参詣したことへの重豪の祝意を承知し、書面の趣旨を同僚と相談して上聞したと返答する。
追録5-No.2690 松平輝高書状
松平右京大夫輝高が四月十九日、松平薩摩守重豪の書状を受け取り、公方が健勝であることへの喜びを承知したと返答する。二月二十八日夜に曲輪内で出火したが早く鎮火したことへの重豪の祝意を受け、書面の趣旨を同僚と相談して上聞したと伝える。
追録5-No.2691 酒井忠寄書状
酒井左衛門尉忠寄が四月二十二日、松平薩摩守重豪へ、献じられた御香具一箱と丸熨斗一箱を披露したと返答する。その結果は「一段の御仕合」であると伝える。
追録5-No.2692 重豪、芝守殿隣地ヲ借地ス
淨岸院は芝御守殿の屋敷地が狭く、火災の際に逃れる場所がないことを憂慮し、東隣の松平隼人邸の千五百坪余を借地として幕府へ願い出た。願いが許され、四月二十五日に老中酒井左衛門尉忠寄が家臣有川勇馬貞厚を召し、許可を伝えた。
追録5-No.2693 島津重豪書状
重豪がまつ嶋・たかをか・岩はし・うら尾・いは頼・砂野・はつ崎・瀧川へ、公方と御台所が健勝であることを喜ぶと伝える。淨岸院の願いにより松平隼人の屋敷地を借りられたと承知し、自分もありがたく思っているので、その礼を申し上げたいと述べる。機会を見て御前へよいように取り成してほしいと頼み、追書でもよろしく取…
追録5-No.2694 菱刈実詮・高橋種寿連署書状
高橋縫殿と菱刈藤馬が四月二十七日、島津圖書・山城・左中・鎌田藏人・主鈴へ、淨岸院が東御門通の西應寺方面か北御門通に火除けの借地を願った件につき、二十五日に酒井忠寄が留守居を呼び、有川勇馬へ東隣の松平隼人邸千五百坪余の借地許可を伝えたと報告する。御守殿附の用人にも別紙で通知され、土地の引渡しを手配して…
追録5-No.2695 島津久亮外四名連署返書
島津圖書・山城・左中・鎌田藏人・主鈴が閏四月十八日、高橋縫殿と菱刈藤馬へ、借地許可とその後の手配に関する報告を承知し、伝達したと返答する。別紙書付一通、御守殿附の用人衆の書付一通、伺書写、留守居の首尾書を手元に留めたと伝える。
追録5-No.2696 酒井忠寄書状
酒井左衛門尉忠寄が四月二十八日、松平薩摩守重豪へ、公方が健勝であることへの喜びを承知したと返答する。二月二十三日に重豪の名代島津淡路守が登城した際、御守殿と居宅の類焼で難儀であろうとして金の拝借を命じられた件への重豪の謝意を受け、礼の使者が来たことを承知する。書面の趣旨を同僚と相談して上聞したと伝え…
追録5-No.2697 徳川家治御内書
家治が五月二日、薩摩少将重豪へ、端午の祝儀として贈られた帷子・単物の到来を喜ぶと返答する。委細は松平右京大夫から伝えるとしている。
追録5-No.2698 重豪参勤ス
重豪は五月六日に府城を出発して阿久根から舟行し、九日に島津求馬を若年寄に任じ、七月十八日に芝邸へ着く前に、高輪にいる淨岸院へ挨拶した。二十一日に将軍の使者松平右近将監が慰労に来て、二十八日には川田伊織に従来の職務のまま江戸城へ出仕するよう命があり、八月十五日に朝覲の礼を行い、二十一日は午刻に西門から…
追録5-No.2699 重豪参勤ス
重豪は五月六日に参勤のため国元を出発し、島津左中・主鈴、福山平太夫・赤松甚右衛門・伊地知新太夫・四本庄藏らが随行した。八日に阿久根へ着き、十日に出帆、六月二十日に播州坂越で上陸し、二十五日に大坂邸へ入って三日滞在、二十九日に出発して伏見に二泊し、七月二日に伊勢路・東海道へ進み、十七日に神名川駅、十八…
追録5-No.2700 松平輝高書状
松平右京大夫輝高が五月二十三日、松平薩摩守重豪の書状を受け取ったと返答する。公方の健勝と四月二十日の東叡山御霊前参詣への重豪の祝意を承知し、書面の趣旨を同僚と相談して上聞したと伝える。
追録5-No.2701 松平輝高書状
松平右京大夫輝高が五月二十八日、松平薩摩守重豪の書状を受け取ったと返答する。公方の健勝と四月晦日の増上寺御霊前参詣への重豪の祝意を承知し、書面の趣旨を同僚と相談して上聞したと伝える。
追録5-No.2702 重豪ノ芝第営作ニ家臣等資金ヲ調進ス
芝邸の再建に際し、島津淡路守久柄が造営費に加えるため黄金一千両を進めたいと願い、重豪が許した。琉球国司や島津家の一族・世臣の中にも、分限に応じて金銀・材木などを供する者があった。
追録5-No.2703 秋元凉朝書状
秋元但馬守凉朝が六月五日、松平薩摩守重豪へ、酷暑の折に使者を通じて公方の機嫌を伺った書状を受け取り、公方はますます健勝なので安心するよう伝える。献じられた琉球布一箱・砂糖漬天門冬一器・赤貝塩辛一器・琉球泡盛酒二壺を同僚と相談して披露した結果、「一段の御仕合」であると返答する。
追録5-No.2704 重豪、家重ノ小祥忌ニ香奠ヲ献ス
六月十二日、公方が増上寺で惇信廟の小祥忌法事を営んだ。翌十三日、重豪が番頭を遣わして香奠銀十枚を献じ、拝礼させた。
追録5-No.2705 秋元凉朝書状
秋元但馬守凉朝が六月二十七日、松平薩摩守重豪の書状を受け取ったと返答する。公方の健勝と五月八日の東叡山御霊前参詣への重豪の祝意を承知し、書面の趣旨を同僚と相談して上聞したと伝える。
追録5-No.2706 重豪、島津貞久ノ四百年忌ヲ修ス
七月三日、重豪が淨光明寺で道鑑公島津貞久の四百年忌法事を営んだ。番頭島津内記久澄を遣わして香奠銀五枚を奉納し、拝礼させた。
追録5-No.2707 酒井忠寄外四名連署状
松平輝高・井上利容・秋元凉朝・松平武元・酒井忠寄が七月六日、松平薩摩守重豪へ、生見玉の祝儀として献じられた黄金十両を披露したと返答する。披露の結果、「一段の御仕合」であると伝える。
追録5-No.2708 菱刈実詮書状
菱刈藤馬が七月九日、島津左中・主鈴へ、新御作事の鍬初めと御温湯祭について、先に伺った作法を有馬衛守の申し出どおりに行うよう命じられ、日柄を選んで先例に従って執行したと報告する。七月六日の鍬初めでは、重豪の名代島津杢殿に有馬衛守が作法を執行し、守護神に備えた神酒を名代が頂戴した後、表御書院で式三献を供…
追録5-No.2709 井上利容書状
井上河内守利容が七月十一日、松平薩摩守重豪へ、公方の健勝を喜ぶ書状の趣旨を承知したと返答する。惇信院の一回忌法事が増上寺で済み、六月十二日に公方が御霊前へ参詣したことへの重豪の祝意を承知する。そのために重豪が使者を差し出したことを受け、書面の趣旨を同僚と相談して上聞したと伝える。
追録5-No.2710 松平輝高書状
松平右京大夫輝高が七月十二日、松平薩摩守重豪へ、惇信院の一回忌法事に使者を通じて香奠を献じ、増上寺へ奉納したことを承知したと返答する。その趣旨を言上したと伝える。
追録5-No.2711 重豪、天皇崩御ヲ弔ヒ香奠ヲ献納ス
七月二十一日に天皇が崩御し、桃園院と称されたため、重豪が使者を京都へ遣わした。九月五日、京師の泉涌寺へ香奠銀二十枚を奉納した。
追録5-No.2712 井上利容書状
井上河内守が七月二十二日、松平薩摩守重豪へ、前年の御暇の際に提出された仮相続願書を返すと伝える。
追録5-No.2713 山澤盛福書状
山澤小左衛門が七月、家老の御目見登城に刀持の手替を伴う先例と現行の扱いを内々に照会する。享保十四年の淨岸院入輿礼使島津玄蕃と前年の御尋・御肴拝領への礼使島津筑後は万石以上で手替を伴い、万石以下の家老も以前は下馬の内まで伴ったが近年の変更理由は不明で、五千石以上の「御法様」の供廻りも随行していたと述べ…
追録5-No.2714 山澤盛福首尾書
山澤小左衛門が八月九日、島津左中へ、家老の御目見登城時に刀持の手替を伴う件の照会結果を報告する。去月二十七日に關口兵太夫へ書付を渡して相談し、二十八日(原文「昨廿八日」)に参上したところ、翌朝の登城に際し万石以下の家老も下馬の内まで刀持・手替の士二人を伴って差し支えないと松平右近将監が述べたと伝える…
追録5-No.2715 松平武元外二名連署状
松平輝高・秋元凉朝・松平武元が八月四日、松平薩摩守重豪へ、八朔の祝儀として使者を通じて献じられた太刀一腰・御馬代黄金十両を披露したと返答する。披露の結果、「一段の御仕合」であると伝える。
追録5-No.2716 酒井忠寄外三名連署状
松平右京大夫・秋元但馬守・松平右近将監・酒井左衛門尉が八月十四日、松平薩摩守へ、翌十五日の五時に登城して参勤の御礼を申し上げるよう命じる。
追録5-No.2717 登城令書
家来二人も御目見を仰せ付けられたので、召し連れて登城するよう伝える。
追録5-No.2718 重豪登営シ参府ノ礼ヲ謝ス
重豪は八月十五日、先に受けた奉書に応じて登城し、白書院で家治に拝謁して、先例に従い太刀一腰・御馬代銀五十枚・縮緬二十巻を献じ、参府の御礼を申し上げた。いったん退座して再び席に出ると、松平和泉守乗佑が懇意の旨を伝え、閣に入って着座し、老中酒井忠寄の取次を受け、御台所にも白金十枚を献じた。退出後は老中を…
追録5-No.2719 瀧川外七名連署消息
松しま・高をか・岩はし・うらを・いわ瀬・いさの・はつ崎・瀧川が松平薩摩守重豪へ、参勤の御礼を申し上げ、御台所にも目録の通り献上した件を披露したと伝える。御台所はめでたく満足に思っており、その意をよく心得て伝えるよう仰せがあったと知らせる。
追録5-No.2720 重豪、将軍ヘ国産ノ馬ヲ献ス
将軍の家督継承後に初めて朝覲する際には、鞍馬を献じる家例があった。重豪は八月二十五日、その先例に従い、藩内産の鞍馬二匹を家治に献じた。
追録5-No.2721 酒井忠寄書状
酒井左衛門尉忠寄が八月二十五日、松平薩摩守重豪へ、献じられた御馬・御鞍置二疋を披露したと返答する。披露の結果、「一段の御仕合」であると伝える。
追録5-No.2722 島津重豪金子請取状并裏書
重豪が八月二十五日、御金奉行の久間佐兵衛・臼井吉之丞・村上善五郎・久野平四郎へ、借用した後藤包の金二万両について、自分の印形手形に引き替える請取証文を差し出す。当春の御守殿・居宅の類焼に伴って拝借を許され、国許にいた二月には家来高橋縫殿の印形手形で受け取っていたが、参府したため本人の手形へ改めると述…
追録5-No.2723 徳川家治御内書
家治が九月七日、薩摩少将重豪へ、重陽の祝儀として贈られた小袖一重の到来を喜ぶと返答する。委細は松平右近将監から伝えるとしている。
追録5-No.2724 松平武元書状
松平右近将監武元が九月十五日、松平薩摩守重豪へ、萬壽姫君の御宮参りが済んだ祝儀として、使者を通じて目録の通り献じられた品を披露したと返答する。披露の結果、「一段の御仕合」であると伝える。
追録5-No.2725 重豪、継豊ノ三回忌ヲ修ス
九月二十日の有邦公継豊の三回忌に合わせ、十六日から二十日までの五日間、福昌寺で法会を営んだ。十六日は島津周防忠紀、十八日は島津大学久尚、二十日は島津播磨久敦が代参した。十八日夜の頓写では入来院石見定勝が重豪に代わって硯水を灌ぐ儀を行い、満散寄合の式には島津玄蕃が重豪の代わりに臨席して、法会を終えた。
追録5-No.2726 松平武元書状
松平右近将監武元が九月二十九日、松平薩摩守重豪へ、萬壽姫君の髪置の祝儀として、使者を通じて目録の通り献じられた品を披露したと返答する。披露の結果、「一段の御仕合」であると伝える。
追録5-No.2727 重豪、守殿ヲ造営ス
この秋、御守殿の造営が完成し、幕府が留守居年寄松平内匠頭康詮を遣わして見分を終えた。十月朔日に移徙の儀を行い、盛膳を進めて祝った。
追録5-No.2728 山澤盛福留守居口上覺書
山澤小左衛門が十月十三日、琉球中山王が惇信院の薨去を承知し、伺いを立てず書翰で機嫌を尋ねる先例に従って、この夏に使者を琉球から出帆させたが、秋初めまで薩州に到着しなかったと申し述べる。夏は風並みが悪く、琉球からの船が各所に流され漂着したため、使者船も薩州沖の島などに漂着しており、後に渡来するかと待っ…
追録5-No.2729 松平武元書状
松平右近将監が十月二十日、松平薩摩守重豪へ、重陽の御内書を渡すため、翌日の五半時に家来を登城させるよう伝える。
追録5-No.2730 島津重豪書状
重豪が十月二十一日、琉球中山王の書状を披見したとして返書を送る。江戸の居宅類焼、当年七月中の参府を命じられたこと、拝借金を仰せ付けられたことについて、濱川親方を遣わし、目録の通り品を贈ってくれた心遣いは過分であると述べ、礼を伝える。
追録5-No.2731 島津重豪書状
重豪が十月二十一日、琉球中山王の書状を披見したとして返書を送る。江戸芝屋敷の家作類焼への見舞いに、佐久眞親雲上を遣わし、目録に記した品を贈ってくれた心遣いに礼を述べる。
追録5-No.2732 重豪登営シ竹千代誕生ヲ賀ス
十月二十四日に若君が誕生し、重豪は即日登城して祝賀した。十一月朔日の七夜にも登城して老中の班に座し、家治が若君を竹千代と名付けたことを秋元凉朝から伝えられて黒書院で拝謁し、退朝を留められて桜間で料理と酒を賜り、松大廊下で謝礼を述べて老中を廻勤した。使者を通じて家治と御台所へ、それぞれ干鯛一箱・昆布一…
追録5-No.2733 高橋種寿・島津久郷連署申渡書
島津主鈴久郷・高橋縫殿種寿が十月、十一月朔日の結納祝儀について、門前・物頭の立番、掛物二幅対・立花二瓶等の飾付、家老・用人・近習役・留守居の玄関繰石までの出迎えを申し渡す。正客と四品以上には太守が書院二の間の杉戸外まで出迎え、小姓が腰物を受けて刀掛に掛け、他の客の腰物は札を付けて書院末の間の刀掛に掛…
追録5-No.2734 芝邸各間飾付次第書
書院には養朴筆の鶴図二幅と立花二瓶、違棚には劉松年筆の人物画一巻、「仙香立」と記す金属の人形、堆朱の盆、松竹龍の蒔絵の硯箱、蒔絵の文台、料紙・卦算を置くと記す。取附之間には秋月筆の寿老人図と立花、秦吉了之間には探幽筆の富士図と金属の花入の生花、鳰之間には唐筆の山水図と焼物の花入の生花を配し、それぞれ…
追録5-No.2735 御結納次第書
十一月朔日の結納について、品物を表門から入れて玄関前に揃え、家老の正使と留守居の副使を五時前に迎え、末吉善左衛門が薩摩守の口上を受ける手順を定める。田沼能登守の取次で、刑部卿・豊之助から正使へ金一枚・縮緬三巻、副使へ銀十枚・縮緬二巻、兼務差添の者へ紗綾二巻などを贈り、随行者にも銀二枚、金三百疋・二百…