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追録5の目録

暫定版です。原文との照合により、概要や文書の区切り等を修正する場合があります。

全2,955件中 1201~1300件・13 / 30ページ

  1. 追録5-No.1183 西尾忠尚書状(献上馬二匹の披露)

    西尾隠岐守忠尚が十二月廿五日、松平薩摩守重年へ返答する。馬二匹を献上した件について、披露を遂げ、一段の御仕合であったと伝える。全上・正文在文庫の注を持ち、末尾は忠尚判、裏書に西尾隠岐守の表示を持つ。No.1182は家重二匹・家治一匹の献上記事だが、本書の数量は二匹である。

  2. 追録5-No.1184 秋元凉朝書状(献上馬一匹の披露)

    秋元但馬守凉朝が十二月廿五日、松平薩摩守重年へ返答する。馬一匹を献上した件について、披露を遂げ、一段の御仕合であったと通知する。全上の注を持ち、末尾は凉朝判、裏書に秋元但馬守凉朝の表示がある。No.1182は家重へ二匹・家治へ一匹、No.1183西尾返書は二匹、本書は一匹と記す。本書自体に献上先の人…

  3. 追録5-No.1185 徳川家重御内書(継豊の歳暮小袖への返答)

    徳川家重が十二月廿七日、松平大隅守継豊へ発給する御内書。歳暮の祝儀として小袖一重が到来したことを喜び、詳しいことは酒井左衛門尉が述べると伝える。継豊公御譜中・正文在文庫の注と家重公墨印の表示を持つ。継豊から家重への小袖献上を受けた御内書である。「委曲酒井左衛門尉可述之也」と記し、酒井から詳細を伝える…

  4. 追録5-No.1186 秋元凉朝書状(継豊の歳暮小袖披露)

    秋元但馬守凉朝が十二月廿七日、松平大隅守継豊へ返答する。歳暮の祝儀として使者を通じて小袖一重を献上した件は、披露を遂げ、一段の御仕合であったと通知する。「全上」としてNo.1185と同件を扱い、本書は秋元から献上披露の結果を伝える。

  5. 追録5-No.1187 徳川家重御内書(重年の歳暮小袖への返答)

    徳川家重が十二月廿七日、薩摩少将重年へ発給する御内書。歳暮の祝儀として小袖一重が到来したことを喜び、詳しいことは酒井左衛門尉が述べると伝える。重年公御譜中・正文在文庫の注と家重公墨印の表示を持つ。No.1185継豊宛とは御譜出典・宛名が異なり、本書は重年からの小袖献上を喜ぶ家重の御内書である。使者の…

  6. 追録5-No.1188 秋元凉朝書状(重年の歳暮小袖披露)

    秋元但馬守凉朝が十二月廿七日、松平薩摩守重年へ返答する。歳暮の祝儀として使者を通じて小袖一重を献上した件は、披露を遂げ、一段の御仕合であったと通知する。「全上」としてNo.1187と同件を扱い、家重の御内書が到来を喜ぶのに対し、本書は秋元が披露結果を通知する。No.1186は同件の継豊宛返書で、本書…

  7. 追録5-No.1189 島津重年書状(琉球使節上府への謝意)

    少将重年が十二月廿七日、中山王へ返答する。中山王の継目に伴い今歸仁王子を差し上げ、重年が同行させて参府したところ、旧規を失わず遠方から使者を送ったことを喜ばれ、会釈など立派な取扱いを命じられたのでありがたく思うと伝える。国中の政務もなお正道に行うよう命じられており、詳しくは家老たちが伝えるとする。全…

  8. 追録5-No.1190 島津重年書状(今帰仁王子の江戸応接)

    少将重年が十二月廿七日、中山王へ返答する。書状を拝見し、継目御礼として今歸仁王子を差し上げたところ、江戸での勤めが首尾よく済み、たいへんうれしく思うと伝える。あわせて太刀・馬代・別録に記した品々を贈られたことに謝意を述べる。全上の出典注を持つ。品数・金額は本書に記さない。

  9. 追録5-No.1191 松平武元書状(継豊の若菜祝儀)

    松平右近将監武元が宝暦三年正月七日、松平大隅守継豊へ返答する。若菜の祝儀として鯛一折を献上した件は、披露を遂げ、一段の御仕合であったと通知する。継豊公御譜中・正文在文庫の注を持ち、宛名には継豊の補注がある。

  10. 追録5-No.1192 秋元凉朝書状(継豊の若菜祝儀)

    秋元但馬守凉朝が宝暦三年正月七日、松平大隅守継豊へ返答する。若菜の祝儀として鯛一折を献上した件は、披露を遂げ、一段の御仕合であったと通知する。全上としてNo.1191と同件を扱うが、差出人は秋元一名である。No.1193重年宛返書とは宛先が異なる。

  11. 追録5-No.1193 松平武元書状(重年の若菜祝儀)

    松平右近将監武元が宝暦三年正月七日、松平薩摩守重年へ返答する。若菜の祝儀として鯛一折を献上した件は、披露を遂げ、一段の御仕合であったと通知する。重年公御譜中・正文在文庫の注を持つ。末尾は武元判、裏書に松平右近将監武元の表示がある。No.1191継豊宛とは御譜出典・宛名が異なる。

  12. 追録5-No.1194 秋元凉朝書状(重年の若菜祝儀)

    秋元但馬守凉朝が宝暦三年正月七日、松平薩摩守重年へ返答する。若菜の祝儀として鯛一折を献上した件は、披露を遂げ、一段の御仕合であったと通知する。全上としてNo.1193松平武元返書と同件を扱うが、本書は秋元一名の返書である。末尾は凉朝判、裏書には秋元但馬守凉朝の表示がある。

  13. 追録5-No.1195 老中五人連署状(継豊の年頭献上)

    西尾隠岐守忠尚・松平右近将監武元・本多伯耆守正珍・酒井左衛門尉忠寄・堀田相模守正亮の五名が、宝暦三年正月十一日、松平大隅守継豊へ連署で返答する。年頭の祝儀として使者を通じて太刀一腰と馬代黄金十両を献上した件は、披露を遂げ、一段の御仕合であったと通知する。継豊公御譜中・正文在文庫の注を持つ。

  14. 追録5-No.1196 秋元凉朝書状(継豊の年頭献上)

    秋元但馬守凉朝が宝暦三年正月十一日、松平大隅守継豊へ返答する。年頭の祝儀として使者を通じて太刀一腰と馬代黄金十両を献上した件は、披露を遂げ、一段の御仕合であったと通知する。「全上」としてNo.1195と同件を扱い、本書は秋元一名の返書である。

  15. 追録5-No.1197 松平武元書状(家治の疱瘡回復)

    松平右近将監武元が宝暦三年正月十一日、松平大隅守継豊へ返答する。公方の健勝を喜ぶ旨を承知し、大納言の疱瘡が軽症であったと聞いて継豊が喜んだことも了解したと伝える。なお機嫌は変わらず、いよいよ快然であるので安心するよう述べ、書面の趣旨は各々申し談じて上聞に達したと通知する。全上の注を持つ。疱瘡が軽症だ…

  16. 追録5-No.1198 秋元凉朝書状(家治の疱瘡回復)

    秋元但馬守凉朝が宝暦三年正月十一日、松平大隅守継豊へ返答する。公方の健勝を喜ぶ旨を承知し、大納言が疱瘡を患ったものの軽症であったと聞き、継豊が喜んだことも了解したと伝える。大納言はいよいよ快然であるので安心するよう述べ、書面の趣旨を言上したと通知する。「全上」としてNo.1197と同件を扱い、武元返…

  17. 追録5-No.1199 島津重年吉書(三箇条)

    島津重年が宝暦三年正月十一日に出す吉書。第一に神社仏閣の修造・興行、第二に農事を勧めること、第三に国々の年貢を徴納することの三条を掲げ、右の三箇条の旨に従って沙汰するよう命じる。末尾には重年の名と花押の表示があり、重年公御譜中・正文在文庫の注を持つ。年頭に領内で実施すべき事項を示す吉書である。本文に…

  18. 追録5-No.1200 松平武元書状(家治疱瘡回復と御酒湯)

    松平右近将監武元が宝暦三年正月廿八日、松平大隅守継豊へ返答する。公方の機嫌がよいことを喜ぶ旨を承知し、大納言の疱瘡が快癒して御酒湯を召したと聞き、継豊が喜んで使者を差し越したことも了解したと伝える。書面の趣旨は各々申し談じて上聞に達したと通知する。継豊公御譜中・正文在文庫の注を持つ。正月十一日の返書…

  19. 追録5-No.1201 秋元凉朝書状(家治疱瘡快癒と御酒湯)

    秋元但馬守凉朝が宝暦三年正月廿八日、松平大隅守継豊へ返答する。公方の機嫌がよいことを喜ぶ旨を承知し、大納言の疱瘡が快癒して御酒湯を召したと聞いて継豊が喜び、使者を差し越したことも了解したと伝える。書面の趣旨を言上したと通知する。「全上」としてNo.1200松平武元返書と同件を扱い、本書は秋元一名が言…

  20. 追録5-No.1202 堀田正亮書状(年始儀礼と干鯛・御樽)

    堀田相模守正亮が宝暦三年二月六日、松平大隅守継豊へ返答する。公方と大納言の機嫌がよく、年始の御規式も相済んだと聞いて継豊が喜んだ旨を承知する。あわせて千鯛一箱と御樽一荷を献上した件は、各々申し談じて披露を遂げ、一段の御仕合であったと通知する。継豊公御譜中・正文在文庫の注を持つ。品名は「千鯛」と記され…

  21. 追録5-No.1203 秋元凉朝書状(年始儀礼と御樽肴)

    秋元但馬守凉朝が宝暦三年二月六日、松平大隅守継豊へ返答する。まず改年の慶賀を述べ、公方と大納言の機嫌がよく、年始の御規式も相済んだと聞いて継豊が喜んだ旨を承知する。あわせて御樽肴を献上した件は、披露を遂げ、一段の御仕合であったと通知する。全上としてNo.1202と同件を扱うが、本書の品名は御樽肴であ…

  22. 追録5-No.1204 堀田正亮書状(重年参府の上意)

    堀田相模守正亮が宝暦三年二月七日、松平大隅守継豊へ返答する。公方と大納言の機嫌がよいことを喜ぶ旨を承知する。さらに同氏薩摩守重年が参府した際、上使を通じて懇ろな上意を受けたことを継豊がありがたく思った旨も了解し、書面の趣旨は各々一覧したと通知する。全上の注を持つ。参府して上意を受けた人物は重年で、謝…

  23. 追録5-No.1205 秋元凉朝書状(重年参府の上意)

    秋元但馬守凉朝が宝暦三年二月七日、松平大隅守継豊へ返答する。公方と大納言の機嫌がよいことを喜ぶ旨を承知し、同氏薩摩守重年が参府した際、上使を通じて懇ろな上意を受けたことを継豊がありがたく思った旨も了解する。書面のとおり承知したと結ぶ。「全上」としてNo.1204と同件を扱い、堀田返書が各一覧、本書は…

  24. 追録5-No.1206 堀田正亮書状(琉球使節同行と米拝領)

    堀田相模守正亮が宝暦三年二月十一日、松平大隅守継豊へ返答する。公方と大納言の機嫌がよいことを喜ぶ旨を承知し、同氏薩摩守重年が琉球の使者を連れていたことに伴い、上使を通じて米を拝領した件を継豊がありがたく思った旨も了解する。書面の趣旨は各々一覧したと通知する。継豊公御譜中・正文在文庫の注を持つ。米の拝…

  25. 追録5-No.1207 秋元凉朝書状(琉球使節同行と米拝領)

    秋元但馬守凉朝が宝暦三年二月十一日、松平大隅守継豊へ返答する。公方と大納言の機嫌がよいことを喜ぶ旨を承知し、同氏薩摩守重年が琉球の使者を連れたことに伴い、上使を通じて米を拝領したと申し越し、継豊がありがたく思った旨も了解する。書面の趣旨を承知したと結ぶ。「全上」としてNo.1206と同件を扱い、堀田…

  26. 追録5-No.1208 堀田正亮書状(重年参勤御礼の上意)

    堀田相模守正亮が宝暦三年二月十二日、松平大隅守継豊へ返答する。公方と大納言の機嫌がよいことを喜ぶ旨を承知する。さらに前年十二月、同氏薩摩守重年が参勤の御礼を申し上げ、懇ろな上意を受けたことを継豊がありがたく思った旨も了解し、書面の趣旨は各々一覧したと通知する。全上の注を持つ。No.1204は参府に伴…

  27. 追録5-No.1209 秋元凉朝書状(重年参勤御礼の上意)

    秋元但馬守凉朝が宝暦三年二月十二日、松平大隅守継豊へ返答する。公方と大納言の機嫌がよいことを喜ぶ旨を承知する。前年十二月、同氏薩摩守重年が参勤の御礼を申し上げ、懇ろな上意を受けたことを継豊がありがたく思った旨も了解し、書面の趣旨を承知したと結ぶ。「全上」としてNo.1208と同件を扱い、堀田返書が各…

  28. 追録5-No.1210 島津重年伺書(天英院十三回忌の香奠)

    松平薩摩守重年が宝暦三年二月廿一日、天英院の十三回忌に際し、自分と同氏大隅守継豊・菊から香奠を献上したいと伺う。継豊公御譜中・正文在文庫の注を持ち、天英院には家宣室近衞氏の補注がある。本文脇の御張紙は、重年自身の香奠は献上に及ばず、大隅守と菊からは伺いのとおり献上してよいという回答を記す。御張紙の回…

  29. 追録5-No.1211 堀田正亮書状(歳暮時服・御肴拝領)

    堀田相模守正亮が宝暦三年二月廿五日、松平大隅守継豊へ返答する。公方と大納言の機嫌がよいことを喜ぶ旨を承知する。さらに歳暮の祝儀として時服と御肴を拝領したことを継豊がありがたく思った旨も了解し、書面の趣旨は各々申し談じて上聞に達したと通知する。継豊公御譜中・正文在文庫の注を持つ。時服と御肴は継豊の拝領…

  30. 追録5-No.1212 秋元凉朝書状(歳暮時服・御肴拝領)

    秋元但馬守凉朝が宝暦三年二月廿五日、松平大隅守継豊へ返答する。公方と大納言の機嫌がよいことを喜ぶ旨を承知する。さらに前年十二月、歳暮の祝儀として公方から時服と御肴を拝領したことを継豊がありがたく思った旨も了解し、書面の趣旨を言上したと通知する。「全上」としてNo.1211と同件を扱い、本書は贈り手を…

  31. 追録5-No.1213 継豊公御譜(天英院十三回忌の香奠)

    増上寺で天英院殿十三回忌の法事を営むため、継豊が宝暦三年二月二十八日に使者を遣わし、御香奠白銀二枚を献納した記事。使者の固有名は記されない。出典は継豊公御譜。

  32. 追録5-No.1214 堀田正亮書状(琉球使節の御目見と帰国の暇)

    堀田相模守正亮が宝暦三年三月朔日、松平大隅守継豊へ返答する。公方と大納言の機嫌がよいことを喜ぶ旨を承知する。前年十二月、琉球中山王の継目御礼使を同氏薩摩守重年が連れて登城し、御目見を許されたこと、御暇の際に中山王と随行者へ拝領物があり、西丸でも登城・拝領したことを継豊がありがたく思った旨も了解する。…

  33. 追録5-No.1215 秋元凉朝書状(琉球使節の御目見と帰国の暇)

    秋元但馬守凉朝が宝暦三年三月朔日、松平大隅守継豊へ返答する。公方と大納言の機嫌がよいことを喜ぶ旨を承知する。前年十二月、琉球中山王継目御礼使を薩摩守重年が連れて登城し御目見を許されたこと、御暇の際に中山王と随行者へ拝領物があり、西丸でも登城・拝領したことへの継豊の謝意を了解する。使者を差し越した件も…

  34. 追録5-No.1216 本多正珍通知(御鷹の鶴拝領の謝礼使者)

    本多伯耆守正珍が宝暦三年三月五日、松平薩摩守重年方の留守居へ通知する。御鷹の鶴拝領の礼のために差し越された松平大隅守継豊の使者、肝付弾正兼昌を、翌日四時に城へ差し出すよう命じる。継豊公御譜中・正文在文庫の注と兼昌の補注を持つ。鶴の拝領者と謝礼使の派遣者は継豊、登城する者は肝付、通知の受取人は薩摩守方…

  35. 追録5-No.1217 老中五人連署状(御鷹の鶴拝領の謝礼)

    西尾忠尚・松平武元・本多正珍・酒井忠寄・堀田正亮の五名が、宝暦三年三月六日、松平大隅守継豊へ連署で返答する。公方・大納言の機嫌への祝意と、前年十二月に宿次奉書で御鷹の鶴を拝領したことへの継豊の謝意を承知する。謝礼使肝付弾正を通じて御樽肴を献上した件は披露を遂げ、使者は御前へ召し出され、継豊の入念な礼…

  36. 追録5-No.1218 秋元凉朝書状(御鷹の鶴拝領の謝礼)

    秋元但馬守凉朝が宝暦三年三月六日、松平大隅守継豊へ返答する。公方と大納言の機嫌への祝意、前年十二月に宿次奉書で御鷹の鶴を拝領したことへの継豊の謝意を承知する。その礼として肝付弾正を通じて御樽肴を献上した件は、披露を遂げ、使者が御前へ召し出され、継豊の入念な礼を喜ばれたと通知する。「全上」としてNo.…

  37. 追録5-No.1219 女房五人連署消息(御鷹拝領への返答)

    梅その・まつ鳴・うら尾・たきつ・さゑたの五名が、松平大隅守継豊方の人々へ返答する消息。正月十三日付の書状を受け、公方と大納言の機嫌がよいことを喜んだ旨を承知する。さらに前年十二月十六日、同氏薩摩守重年の奥方が御鷹の鴨を拝領してありがたく思ったこと、その礼を申し上げた旨を受け、よろしく伝えると述べる。…

  38. 追録5-No.1220 本多正珍書状(東叡山参詣伺いへの返答)

    本多伯耆守正珍が宝暦三年三月十八日、松平大隅守継豊へ返答する。公方の機嫌がよいこと、正月廿日に公方が東叡山の御霊前へ参詣したと聞いて継豊が喜んだ旨を承知し、書面の趣旨は各々申し談じて上聞に達したと通知する。継豊公御譜中・正文在文庫の注を持つ。参詣者は公方で、その知らせを聞いて継豊が祝意を述べたことへ…

  39. 追録5-No.1221 徳川宗直書状(御鷹の鶴拝領への返礼)

    紀伊大納言徳川宗直が宝暦三年三月十九日、松平大隅守継豊へ返答する。書状を拝見し、宿次奉書で御鷹の鶴を拝領したことはたいへんめでたく、それについて継豊が念を入れて知らせたこともうれしく思うと伝える。全上の出典注を持つ。

  40. 追録5-No.1222 与那原良暢起請文前書(三司官就任)

    与那原親方良暢が宝暦三年癸酉三月廿三日に出す天罰霊社起請文の前書。前年三司官役を命じられたことに謝し、国許への奉公を入念に勤めることを誓う。重年・継豊両人に疎意を持たず、国許からの命令・条書を堅く守り、悪意・邪な行いがあれば披露すること、国王へ別心なく忠勤を尽くすこと、国中の掟と諸事を親疎に偏らず沙…

  41. 追録5-No.1223 東風平朝衛起請文前書(三司官就任)

    東風平親方朝衛が宝暦三年癸酉三月廿三日に出す天罰霊社起請文の前書。若輩ながら前年三司官役を命じられたことに謝し、国許への奉公を入念に勤めること、重年・継豊へ疎意を持たないこと、国許の命令・条書を堅く守って悪意・邪な行いを披露すること、国王へ別心なく忠勤を尽くすこと、国中の掟と諸事を親疎に偏らず沙汰す…

  42. 追録5-No.1224 島津重年伺書(善次郎の仮養子)

    松平薩摩守重年が宝暦三年四月二日、善次郎を仮養子としたいと伺う。以前の御暇の際には弟の島津杢を仮養子として届けていたが、家督以前に先妻から生まれた善次郎が当酉年に九歳となった。家中一門とも一致し国許にいる善次郎を昨年から考えていたものの、虚弱のため見合わせていたところ、今は丈夫になったので今回の御暇…

  43. 追録5-No.1225 徳川宗睦書状(御鷹の鶴拝領への返礼)

    尾張宰相徳川宗睦が宝暦三年四月七日、松平大隅守継豊へ返答する。書状を拝見し、宿次奉書で御鷹の鶴を拝領したために使者を差し越したことについて、念を入れた対応をうれしく思うと伝える。継豊公御譜中・正文在文庫の注を持つ。継豊の鶴拝領を受けた使者派遣に、宗睦が答える返書である。使者名・献上品・数量・登城時刻…

  44. 追録5-No.1226 継豊公御譜(三度目の在国療養延長)

    前年、継豊は当年夏まで国許で療養することを許されていたが、旧病がなお癒えなかったため、宝暦三年四月九日、重年が老中へ再び願い出て、継豊の参府期日を翌年夏まで延ばした記事。国許での療養許可に続く参府延期を記し、詳しくは後に見えるとの原注を付す。出典は継豊公御譜。

  45. 追録5-No.1227 島津重年願書(継豊の参府延期)

    松平薩摩守重年が宝暦三年四月九日、同氏大隅守継豊の在国療養・参府延期を願う。継豊は多年病気のため国許におり、入湯養生を願って前年、当年夏まで御暇を許された。本年参府する予定だったが、なお暑寒や天候で障りがあり温泉場で療養中で、遠境からの参府は困難であるため、翌年夏まで国許で養生させたいとする。その後…

  46. 追録5-No.1228 重年公御譜(帰国の暇と拝領品)

    宝暦三年四月十五日、家重が老中松平右近将監武元を江戸の芝邸へ遣わし、重年に帰国の暇と縮緬三十巻・白銀百枚を与えた記事。家治も武元を使者として紗綾二十巻を与えた。重年は老中各人の邸へ出向いて謝礼した。十八日、重年は登営して黒書院で両公に拝謁し、前の下賜を謝した。家重は厚意の言葉とともに龍蹄一匹を与え、…

  47. 追録5-No.1229 島津久柄外二名家老連署書状

    宝暦三年四月十五日、島津主鈴久郷・義岡相馬久中・島津主殿久柄が、伊勢兵部貞起・鎌田典膳政昌・平田靭負正輔・市來左中政方へ、太守重年に国許への御暇が与えられた際の上使応接と、その後の謝礼・祝儀を報じる。重年公御譜中の記事で、正文が家老座にあるとの注を伴う。上使松平右近将監が当日暮時に芝屋敷へ来ることが…

  48. 追録5-No.1230 伊勢貞起外三名家老連署返書

    五月十四日付の御返答。申し越された本文の趣を承知し、隅州継豊にも聞かせ、御女中方にも申し上げたと伝える。先格に変わることなく、両公から拝領物が与えられたことについて、書き手も同じく喜ばしく思うと述べて結ぶ。返答本文には署名と宛名を記さない。

  49. 追録5-No.1231 老中五人連署状(帰国の暇への礼の登城通知)

    西尾隠岐守・松平右近将監・本多伯耆守・酒井左衛門尉・堀田相模守の五名が宝暦三年四月十七日、松平薩摩守重年へ連署で通知する。翌日五半時に登城し、帰国の暇を許された礼を申し上げるよう命じる。重年公御譜中・正文在文庫の注を持つ。No.1228の十八日の拝礼とNo.1234の詳細記事に対応する、前日の登城通…

  50. 追録5-No.1232 家来一人の御目見登城通知

    家来一人に御目見を命じたので、連れて登城するよう通知する短い書付。全上としてNo.1231の帰国御暇謝礼の登城通知に続く。本文には家来の名・役職、独立した日付・署名・宛名はなく、前後記事から重年宛の通知とみられる。No.1234は留守家老主鈴の御目見を記すが、本書自体に主鈴の名は記されない。

  51. 追録5-No.1233 拝領馬書上

    「全上」に続く拝領馬の書上。馬について「花巻栗毛」と記し、その傍らに「五歳」「五寸」を添える。下方に「申年」「南部立」の注記があり、宝暦三年の朱注を伴う。本文に月日、発給者の署名、宛名、明示的な数量はない。 馬の呼称または産地に関わる「花巻」、栗毛という毛色、年齢・寸法を示す記載を備える短い書上であ…

  52. 追録5-No.1234 重年帰国の暇に伴う登城と謝礼の詳細記録

    島津主鈴久憑・義岡相馬久中・島津主殿久柄が宝暦三年四月十九日、伊勢兵部・鎌田典膳・平田靭負・市來左中へ報告する。重年公御譜中・正文在家老座の注を持つ。前日に奉書と家来御目見の切紙が届き、十八日朝六半時に重年が芝邸を出て登城した。黒書院で公方・大納言へ帰国御暇の礼を述べ、西尾隠岐守を通じて国許でゆっく…

  53. 追録5-No.1235 島津方返答(帰国暇の礼と拝領馬)

    五月十四日付の御返答。来信の趣旨を承知して継豊と御女中へ知らせたこと、出仕について二通の書面を受けたことを述べる。姫君への祝詞・謝礼の書面を送ること、重年への祝詞を取り次ぐこと、国許の祝儀や隣国への通知を先例どおり行うことを伝える。姫君・御前・菊姫・お喜代などへ祝詞を述べ、御暇の謝礼が首尾よく済み、…

  54. 追録5-No.1236 島津重年願書(善次郎の跡式相続)

    松平薩摩守重年が宝暦三年四月廿一日、堀田相模守・酒井左衛門尉・本多伯耆守・松平右近将監・西尾隠岐守の五名へ願う。今回の御暇により国許へ帰るが、今の妻との間に男子がいないため、在国中に不測のことがあれば、家督以前に先妻から生まれ国許にいる当酉九歳の善次郎へ、相違なく跡式を認めてもらいたいとする。重年公…

  55. 追録5-No.1237 島津重年口上覚(暇・仮養子の申出)

    御口上の趣として、公方・大納言の機嫌がよいことを喜び、相手の勤めもいよいよ堅固であることを喜ぶと述べる。重年は帰国の御暇を許され近日出立するため機嫌を伺い、在国中の仮養子に関する書付を差し上げたと伝える。末尾の注は四月廿一日に御用番西尾隠岐守へ持参し、この口上を申し上げたことを記す。口上本文に日付は…

  56. 追録5-No.1238 秋元凉朝書状(東叡山至心院御霊前参詣)

    秋元但馬守凉朝が宝暦三年四月二十三日、松平大隅守継豊へ返答する。大納言の機嫌がよいこと、二月十六日に東叡山の至心院御霊前へ参詣したことを継豊が喜んだ旨を承知し、書面の趣旨を言上したと通知する。至心院には「家重妾、梅溪氏」の注がある。継豊公御譜に収められ、正文在文庫と記す。

  57. 追録5-No.1239 重年帰国と謝使の派遣

    宝暦三年四月二十三日、重年が家老義岡相馬久中、側用人二階堂林左衛門行通・澁谷喜三左衛門貫通、福山平太夫安都、近習役河野安之右衛門通古らを従えて江戸芝邸を発った記事。東海道・伊勢路を経て五月八日に城州伏見の仮館へ着き、一日留まった。十日に出発して川を下り大坂仮館へ着き、二日留まった。十三日に船で尼ヶ崎…

  58. 追録5-No.1240 江戸家老座記録(領内の籾備蓄)

    重年公御譜中・正文在江戸家老座の注を持つ、宝暦三年四月の命令記事。当秋から御料所で籾を囲い置くこととなり、一万石以上の面々にも当秋の収納から知行高一万石につき籾千俵ずつ囲い置くよう命じる。さらに一万石以上の江戸表への廻米について、三年以来の石高を勘定所へ書き出すよう求め、詳しい扱いは勘定奉行へ承り合…

  59. 追録5-No.1241 山沢盛福届書

    山澤小左衛門盛福が四月廿九日、島津主殿久柄へ届けた書付。堀田相模守から伝えられた御書付と、松平阿波守・松平陸奥守からの添廻状がただいま到来したので、差し上げると報告する。御渡しの際に、私共のうちの者が出向き、御中途に申し上げる旨を請け、跡から申し上げる件があるため、今回も先例どおり相模守のもとへ参上…

  60. 追録5-No.1242 継豊公御譜(端午の使者と献上)

    徳川家重が宝暦三年五月二日、松平大隅守継豊へ発給する御内書。端午の祝儀として帷子・単物が到来したことを喜び、詳しいことは本多伯耆守が述べると伝える。継豊公御譜中・正文在文庫の注と家重公墨印の表示を持つ。継豊から家重への献上を受けた御内書で、数量は記されない。

  61. 追録5-No.1243 秋元凉朝書状(継豊の端午献上)

    秋元但馬守凉朝が宝暦三年五月二日、松平大隅守継豊へ返答する。端午の祝儀として使者を通じて帷子・単物を献上した件は、披露を遂げ、一段の御仕合であったと通知する。「全上」としてNo.1242と同件を扱い、家重御内書が到来を喜ぶのに対し、本書は秋元が披露結果を通知する。数量・使者名は本文に記されない。

  62. 追録5-No.1244 重年公御譜(端午の使者と献上)

    徳川家重が宝暦三年五月二日、薩摩少将重年へ発給する御内書。端午の祝儀として帷子・単物が到来したことを喜び、詳しくは本多伯耆守が述べると伝える。重年公御譜中・正文在文庫の注と家重公墨印の表示を持つ。No.1242継豊宛御内書とは御譜出典と宛名が異なる。帷子・単物は重年から家重への献上品である。

  63. 追録5-No.1245 秋元凉朝書状(重年の端午献上)

    秋元但馬守凉朝が宝暦三年五月二日、松平薩摩守へ送った返書。端午の祝儀として使者を通じて帷子・単物を献上した件について、披露を遂げ、一段の御仕合であったと通知する。末尾に凉朝の判と松平薩摩守殿の宛名を記す。献上品の数量と使者の姓名は記されない。

  64. 追録5-No.1246 竹姫消息(重年帰国の旅の安全を願う)

    竹姫が松平薩摩守重年へ返す消息。国許の隅州継豊の機嫌がよいことを重年と共に喜び、重年と御供も安全に旅行するよう繰り返し願う。書状を受けたことを述べ、公方から上使を通じて拝領物を受けた件を承知し、うれしくありがたく思うと伝える。重年公御譜中・正文在文庫の注を持ち、末尾は松平薩摩守殿御返事・竹、竹には竹…

  65. 追録5-No.1247 竹姫消息

    竹姫が松平薩摩守へ送った返書。相手方が一同無事であり、安全に旅行していることを喜び、山越え・今切渡しのことをたびたびの知らせで聞き、うれしく思うと伝える。書状を受け取ったことに謝意を示し、今後も安全に旅行するよう願う。 竹姫自身は、先月廿六日に公方から上使松嶋殿を通じて御拳の鶴を拝領したと述べ、相手…

  66. 追録5-No.1248 山沢盛福伺書(籾囲置と江戸回米高)

    山澤小左衛門盛福が宝暦三年五月五日付で申し上げる書付。当秋からの籾囲置と三年以来の江戸廻米高の書出しについて堀田相模守からの命令を承知したが、重年が旅行中のため薩摩守方へ申し送り、国許で調べて報告するので、暫く猶予してほしいとする。重年公御譜中・正文在江戸家老座の注を持つ。書附壹通の注は、国許で調べ…

  67. 追録5-No.1249 山沢盛福届書(籾囲置命令の受領)

    山澤小左衛門盛福が宝暦三年五月十五日、島津主殿へ報告する。勘定組頭依田茂八郎・佐久間郷右衛門に出向き、堀田相模守から命じられた当秋からの籾囲置・三年以来の江戸廻米高報告について、旅中の重年へ伝えて国許で調べ、回答が届き次第申し上げるので猶予してほしいと書付を提出した。相手は承知し、籾一俵の斗数と万石…

  68. 追録5-No.1250 酒井忠寄書状(家治の前髪切りへの祝意)

    酒井左衛門尉忠寄が宝暦三年五月十九日、松平大隅守継豊へ返答する。公方と大納言の機嫌がよいことを伝え、大納言が前髪を切ったと聞いて継豊が喜んだ旨を承知し、書面の趣旨は各々申し談じて上聞に達したと通知する。継豊公御譜中・正文在文庫の注を持つ。No.1251の秋元返書が言上を通知するのに対し、本書は上聞し…

  69. 追録5-No.1251 秋元凉朝書状(家治の前髪切りへの祝意)

    秋元但馬守凉朝が宝暦三年五月十九日、松平大隅守継豊へ返答する。公方と大納言の機嫌がよいことを伝え、大納言が前髪を切ったと聞いて継豊が喜んだ旨を承知し、書面の趣旨を言上したと通知する。「全上」としてNo.1250と同件を扱い、酒井返書は上聞、本書は言上した旨を通知する。

  70. 追録5-No.1252 酒井忠寄書状(東叡山御霊前参詣への返答)

    酒井左衛門尉忠寄が宝暦三年六月朔日、松平薩摩守重年へ返答する。公方の機嫌がよいこと、去月八日に公方が東叡山御霊前へ参詣したことを聞いて重年が喜んだ旨を承知し、書面の趣旨は各々申し談じて上聞に達したと通知する。重年公御譜中・正文在文庫の注を持つ。御霊前の人物名は本文に記さない。

  71. 追録5-No.1253 松平武元書状(継豊の在国養生延長)

    松平右近将監武元が宝暦三年六月十六日、松平大隅守継豊へ返答する。公方・大納言の機嫌への祝意を承知する。継豊は多年の病気で国許療養を許され当夏まで御暇であったが、なおよくないため同氏薩摩守重年が願い、翌夏まで在国して十分養生することを許された。この許可を継豊がありがたく思った旨を了解し、書面の趣旨は各…

  72. 追録5-No.1254 秋元凉朝書状(継豊の在国養生延長)

    秋元但馬守凉朝が宝暦三年六月十六日、松平大隅守継豊へ返答する。公方と大納言の機嫌への祝意を承知する。継豊は多年の病気で国許の入湯養生をしていたが、なおよくないため同氏薩摩守重年が願い、翌夏まで在国して養生することを許された。その許可を継豊がありがたく思った旨を了解し、書面の趣旨を承知したと通知する。…

  73. 追録5-No.1255 継豊公御譜(有徳院三回忌の香奠)

    東叡山で有徳院殿三回忌の法事を営むため、継豊が使者を遣わし、宝暦三年六月二十二日に御香奠白銀二枚を献納した記事。有徳院殿に吉宗との元注が付く。使者の固有名は記されない。出典は継豊公御譜。

  74. 追録5-No.1256 重年公御譜(有徳院三回忌の法事と香奠)

    宝暦三年六月十七日から十九日まで、将軍家が東叡山で有徳院殿三回忌の梵儀を営んだ記事。二十二日、重年が用人諏訪甚兵衛兼方を番頭として遣わし、尊霊前へ御香奠白銀十枚を献納した。元注は、同日、継豊の使物頭町田孫七實純が香奠白銀二枚を献納し、夫人の使者目附上村藤之丞は行中であったため代納殿役人が白銀一枚を献…

  75. 追録5-No.1257 本多正珍書状(東叡山御霊前参詣への返答)

    本多伯耆守正珍が宝暦三年六月廿六日、松平大隅守継豊へ返答する。公方の機嫌がよいこと、四月廿日に公方が東叡山御霊前へ参詣したことを聞いて継豊が喜んだ旨を承知し、書面の趣旨は各々申し談じて上聞に達したと通知する。継豊公御譜中・正文在文庫の注を持つ。参詣日は四月廿日、返書日は六月廿六日である。

  76. 追録5-No.1258 秋元凉朝書状(暑中問安と鰹節献上)

    秋元但馬守凉朝が宝暦三年六月廿七日、松平大隅守継豊へ返答する。酷暑の折、公方と大納言の機嫌は変わらず、ますます健勝であるので安心するよう伝える。あわせて鰹節一箱を献上した件は披露を遂げ、一段の御仕合であったと通知する。全上の注を持つ。本書に使者を立てたとの記載はない。

  77. 追録5-No.1259 松平武元書状(暑中問安と鰹節献上)

    松平右近将監武元が宝暦三年六月廿七日、松平大隅守継豊へ返答する。酷暑の折、公方と大納言の機嫌は変わらず、ますます安全であるので安心するよう伝える。あわせて鰹節一箱を献上した件は、各々申し談じて披露を遂げ、一段の御仕合であったと通知する。「全上」としてNo.1258と同件を扱い、本書は武元が「各申談」…

  78. 追録5-No.1260 松平武元書状(重年の暑中問安と琉球産物献上)

    松平右近将監武元が宝暦三年六月廿七日、松平薩摩守重年へ返答する。酷暑の折、公方と大納言の機嫌を使者を通じて尋ねた件に対し、変わらずますます安全であるので安心するよう伝える。あわせて琉球布一箱、砂糖漬天門冬一器、赤貝塩辛一器、琉球泡盛酒二壺を献上した件は、各々申し談じて披露を遂げ、一段の御仕合であった…

  79. 追録5-No.1261 秋元凉朝書状(重年の暑中問安と琉球産物献上)

    秋元但馬守凉朝が宝暦三年六月廿七日、松平薩摩守重年へ返答する。酷暑の折、公方と大納言の機嫌を使者を通じて尋ねた件に対し、変わらずますます健勝であるので安心するよう伝える。あわせて琉球布一箱、砂糖漬天門冬一器、赤貝塩辛一器、琉球泡盛酒二壺の献上は、披露を遂げ、一段の御仕合であったと通知する。「全上」と…

  80. 追録5-No.1262 継豊公御譜(生見玉の黄金十両献上)

    西尾隠岐守忠尚・松平右近将監武元・本多伯耆守正珍・酒井左衛門尉忠寄・堀田相模守正亮の五名が宝暦三年七月六日、松平大隅守継豊へ連署で返答する。生見玉の祝儀として黄金十両を献上した件は披露を遂げ、一段の御仕合であったと通知する。継豊公御譜中・正文在文庫の注を持つ。

  81. 追録5-No.1263 秋元凉朝書状(継豊の生見玉献上への返答)

    秋元但馬守凉朝が宝暦三年七月六日、松平大隅守継豊へ返答する。生見玉の祝儀として黄金十両を献上した件は披露を遂げ、一段の御仕合であったと通知する。「全上」としてNo.1262と同件を扱い、本書は秋元一名の返書である。本書に使者名や別の品物は記さない。

  82. 追録5-No.1264 重年公御譜(生見玉の黄金十両献上)

    西尾隠岐守忠尚・松平右近将監武元・本多伯耆守正珍・酒井左衛門尉忠寄・堀田相模守正亮の五名が、宝暦三年七月六日付で連署する。生見玉の祝儀として黄金十両を献上した件は披露を遂げ、一段の御仕合であったと通知する。重年公御譜中・正文在文庫の注を持つ。本項に宛名はなく、重年関係という判断は御譜見出しと同件のN…

  83. 追録5-No.1265 秋元凉朝書状(重年の生見玉献上への返答)

    秋元但馬守凉朝が宝暦三年七月六日、松平薩摩守重年へ返答する。生見玉の祝儀として黄金十両を献上した件は披露を遂げ、一段の御仕合であったと通知する。「全上」としてNo.1264と同件を扱い、本書は秋元一名の返書である。本文には使者名や別の献上品は記さない。No.1263継豊宛返書とは宛先が異なる。

  84. 追録5-No.1266 堀田正亮書状(家治の着座と端午祝儀)

    堀田相模守正亮が宝暦三年七月九日、松平大隅守継豊へ返答する。公方と大納言の機嫌がよいことへの継豊の祝意を承知する。あわせて端午の祝儀として時服と御肴を拝領したことをありがたく思った旨を了解し、書面の趣旨は各々申し談じて上聞に達したと知らせる。継豊公御譜中・正文在文庫の注を持つ。

  85. 追録5-No.1267 秋元凉朝書状(家治の着座と端午祝儀)

    秋元但馬守凉朝が宝暦三年七月九日、松平大隅守継豊へ返答する。公方と大納言の機嫌がよいことへの継豊の祝意を承知し、端午の祝儀として時服と御肴を拝領したことをありがたく思った旨を了解する。書面の趣旨は言上に達したと通知する。「全上」としてNo.1266と同件を扱い、堀田返書が各申談・上聞、本書は言上した…

  86. 追録5-No.1268 堀田正亮書状(家治の着座と東叡山参詣)

    堀田相模守正亮が宝暦三年七月十五日、松平大隅守継豊へ返答する。公方の機嫌がよいこと、五月八日に公方が東叡山御霊前へ参詣したことを聞いて継豊が喜んだ旨を承知し、書面の趣旨は各々申し談じて上聞に達したと通知する。継豊公御譜中・正文在文庫の注を持つ。公方の参詣日は五月八日、返書日は七月十五日である。

  87. 追録5-No.1269 継豊公御譜(有徳院三回忌の香奠)

    酒井左衛門尉忠寄が宝暦三年七月廿日、松平大隅守継豊へ返答する。有徳院の三回忌法事が執行されたことに伴い、継豊が使者を通じて香奠を東叡山へ献納した件について、その趣旨は言上に達したと通知する。継豊公御譜中の注を持つ。七月廿日は返書日で、献納日自体の記載はない。献納額と使者名は本書に記されない。

  88. 追録5-No.1270 重年公御譜(有徳院三回忌の香奠)

    酒井左衛門尉忠寄が宝暦三年七月廿日、松平薩摩守重年へ返答する。有徳院の三回忌法事が執行されたことに伴い、重年が使者を通じて香奠を東叡山へ献納した件について、その趣旨は言上に達したと通知する。重年公御譜中・正文在文庫の注を持つ。七月廿日は返書日であり、本書には献納額や使者名を記さない。No.1269は…

  89. 追録5-No.1271 佐久間盛邦届書(江戸廻米三年分の石高)

    松平薩摩守内の佐久間源太夫盛邦が宝暦三年七月廿一日、先に照会された江戸廻米三年分の石高を届ける。午年の米九千百八十石余、未年の同九千九百二十石余、申年の同七千九百五十石余を列記する。これらは薩摩守の御用分と家中の飯料であり、国元から知らせが届いたので申告すると述べる。正文在江戸家老座の注があり、続く…

  90. 追録5-No.1272 佐久間盛邦報告書(廻米高届書の勘定所提出)

    佐久間源太夫盛邦が宝暦三年七月廿一日、主殿様へ届書提出の経緯を報告する。同日、江戸城大手後の勘定所へ出向き、最初に山澤小左衛門へ事情を伝えた。組頭の依田茂八郎・佐久間郷右衛門へ取り合わせて提出するよう伝えられたが、両人は当分病気で出勤していなかったため、勘定組頭大塚権之助に受取りを願うことを了承され…

  91. 追録5-No.1273 大橋親義書状(加世田沖の広南船漂来)

    長崎奉行大橋近江守親義が宝暦三年八月二日、松平薩摩守重年へ返答する。以前知らせを受けた薩摩国加世田村沖への広南からの唐船一艘の漂来について、警固の者を添えて送り出したという詳しい報告を読み、書面の趣旨を承知したと述べる。重年公御譜中・正文在文庫の注を持つ。本書に送致日・警固人数・船の積荷は記さない。

  92. 追録5-No.1274 西尾忠尚ら五名連署状(重年の八朔献上)

    西尾隠岐守忠尚・松平右近将監武元・本多伯耆守正珍・酒井左衛門尉忠寄・堀田相模守正亮の五名が、宝暦三年八月四日、松平薩摩守重年へ連署で返答する。八朔の祝儀として使者を通じて太刀一腰と御馬代黄金十両を献上した件は、披露を遂げ、一段の御仕合であったと通知する。全上の出典表示を持つ。同日・同件のNo.127…

  93. 追録5-No.1275 秋元凉朝書状(重年の八朔献上)

    秋元但馬守凉朝が宝暦三年八月四日、松平薩摩守重年へ返答する。八朔の祝儀として使者を通じて太刀一腰と御馬代黄金十両を献上した件は、披露を遂げ、一段の御仕合であったと通知する。全上としてNo.1274と同じ献上を扱うが、本書は秋元一名による返書である。使者の名は記されない。

  94. 追録5-No.1276 西尾忠尚ら五名連署状(重年の帰国謝礼)

    西尾忠尚・松平武元・本多正珍・酒井忠寄・堀田正亮の五名が宝暦三年八月六日、松平薩摩守重年へ返答する。公方と大納言の安否への祝意を承知し、帰国の御暇に白銀・巻物を頂戴し、さらに馬を下され、大納言からも拝領物があったことへの重年の謝意を了解する。国許到着後の礼として喜入安次郎を遣わし、琉球芭蕉布二十端と…

  95. 追録5-No.1277 秋元凉朝書状(重年の帰国謝礼)

    秋元但馬守凉朝が宝暦三年八月六日、松平薩摩守重年へ返答する。公方と大納言の安否への祝意を承知し、帰国の御暇に白銀・巻物・馬を拝領し、大納言からも拝領物があったことへの重年の謝意を了解する。国許到着後の礼として喜入安次郎を通じて目録のとおり品々を献上した件は披露を遂げ、使者を御前へ召し出し、入念な礼に…

  96. 追録5-No.1278 西尾忠尚書状(日光山御宮の正遷宮)

    西尾隠岐守忠尚が宝暦三年八月七日、松平大隅守継豊へ返答する。公方と大納言の機嫌がよいことへの祝意を承知し、日光山御宮の修復が完成して正遷宮が済んだと聞き、継豊がめでたく思った旨を了解する。書面の趣旨は各々申し談じて上聞に達したと通知する。継豊公御譜中・正文在文庫の注を持つ。本書に使者の明記はない。

  97. 追録5-No.1279 秋元凉朝書状(日光山御宮の正遷宮)

    秋元但馬守凉朝が宝暦三年八月七日、松平大隅守継豊へ返答する。公方と大納言の機嫌がよいことへの祝意を承知し、日光山御宮の修復が完成して正遷宮が済んだと聞き、継豊がめでたく思った旨を了解する。書面の趣旨は言上に達したと通知する。「全上」としてNo.1278と同件を扱い、西尾返書が各申談・上聞、本書は言上…

  98. 追録5-No.1280 西尾忠尚書状(日光山御宮の正遷宮)

    西尾隠岐守忠尚が宝暦三年八月七日、松平薩摩守重年へ返答する。公方と大納言の機嫌がよいことへの祝意を承知する。日光山御宮の修復が完成して正遷宮が済んだことを聞き、重年がめでたく思って使者を遣わした件を了解し、書面の趣旨は各々申し談じて上聞に達したと通知する。重年公御譜中・正文在文庫の注を持つ。No.1…

  99. 追録5-No.1281 秋元凉朝書状(日光山御宮の正遷宮)

    秋元但馬守凉朝が宝暦三年八月七日、松平薩摩守重年へ返答する。公方と大納言の機嫌がよいことへの祝意を承知する。日光山御宮の修復が完成して正遷宮が済んだことを聞き、重年がめでたく思って使者を遣わした件を了解し、書面の趣旨は言上に達したと通知する。「全上」としてNo.1280と同件を扱い、西尾返書が各申談…

  100. 追録5-No.1282 島津重年書状案(琉球使節への謝恩取次ぎ)

    重年公御譜中に載る宝暦三年八月十六日付の書状案。公方と大納言の安否を喜び、前年に琉球中山王使を差し上げ、無事に御目見を許され、上意と品々を下され、使者・従者にも拝領物があったことへの謝礼を申し述べる。中山王は使者湊川親方を通じて書状と献上物を鹿児島へ送ったため、その使節を当地に留め、重年側から別の使…