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追録5の目録
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追録5-No.87 徳川家重御内書
徳川家重が松平薩摩守に、重陽の祝いとして小袖一重を受け取ったと伝え、酒井雅楽頭から謝意を述べるよう命じた御内書。
追録5-No.88 松平武元書状
松平武元が松平大隅守に、重陽の祝いとして使者を通じて献上された小袖一重を披露したと伝え、祝意を述べた。
追録5-No.89 徳川家重御内書
徳川家重が薩摩少将に、重陽の祝いとして小袖一重を受け取ったと伝え、酒井雅楽頭から謝意を述べるよう命じた御内書。
追録5-No.90 松平武元書状
松平武元が松平薩摩少将に、重陽の祝いとして使者を通じて献上された小袖一重を披露したと伝え、祝意を述べた。
追録5-No.91 家重、宗信入部ノ安否ヲ問フ
徳川家重は島津宗信の家督後初の国元帰国を案じ、酒井忠知を介して安否を問うた。宗信は江戸からの使者が十月六日に鹿児島へ着くと返礼の使者を出し、道中の無事を報告した。家重への太刀・白銀、使者への謝礼と、十一月二十七日の帰府命令までを記す。
追録5-No.92 酒井忠知外三名老中連署状
松平武元・本多正珍・堀田正亮・酒井忠知が松平薩摩守に、三御所の平穏を知らせ、家督後の帰国が無事であったかを尋ねる。安否を問う肴一種を贈ると伝えた。
追録5-No.93 酒井忠知宿次証文
酒井忠知が宿次に宛て、江戸から薩州鹿児島の松平薩摩守へ届ける箱一箱を急いで持参するよう命じた。江戸月番の老中へ返札が届く扱いも指示する。
追録5-No.94 酒井忠知書状
酒井忠知が松平薩摩守に三御所の平穏を喜び、同氏大隅守が七月二十三日に将軍から雲雀を拝領したことへの謝礼使者と、その書面を承知したと伝える。
追録5-No.95 秋元凉朝書状
秋元凉朝が松平薩摩守に三御所の平穏を喜び、同氏大隅守が将軍から雲雀を拝領したことへの謝礼使者と、その書面の趣旨を承知したと伝える。
追録5-No.96 西尾忠尚書状
西尾忠尚が松平薩摩守に三御所の平穏を喜び、同氏大隅守が七月二十三日に将軍から雲雀を拝領したことへの謝礼使者と、その書面の趣旨を承知したと伝える。
追録5-No.97 徳川宗勝書状
徳川宗勝が松平薩摩守に、国元へ無事到着したことを喜ぶ。初めての御暇後の到着を使札で知らせ、謝礼として太刀・馬代と目録の品を贈ったことへの礼を述べた。
追録5-No.98 宗信、桃園帝ノ即位ヲ賀ス
桃園天皇が五月二日に譲位を受け、九月二十一日に即位した。島津宗信は江戸の執政に使者の書を送り、即位を祝賀した。その返答として奉書を受けたことを記す。
追録5-No.99 本多正珍書状
本多正珍が松平薩摩守に、天皇の即位を祝うため使者を通じて目録の品を献上した件を、関係者が相談の上で披露したと伝える。
追録5-No.100 秋元凉朝書状
秋元凉朝が松平薩摩守に、天皇の即位を祝うため使者を通じて目録の品を献上した件について、披露後の扱いを伝える。
追録5-No.101 西尾忠尚書状
西尾忠尚が松平薩摩守に、天皇即位の祝儀として使者に託した目録の品を献上したことを披露し、その扱いを伝えた。
追録5-No.102 宗信、神当流馬術ヲ総伝ス
島津吉貴が柴崎十郎右衛門正勝から神当流の馬術を学んで総伝を受け、延享四年に宗信へ伝授した経緯を記す。正勝が伝えた馬術書七巻と折本一冊も宗信に授けられた。宗信が幼時から比志島隼人範房に学び、江戸薩摩邸で技術を修めたことにも触れる。
追録5-No.103 島津久甫申渡書
島津久甫が御小納戸役に、吉貴から宗信へ神当流の馬術が伝えられた際に柴崎正勝から届けられた馬術書七巻と折本一冊を格護し、必要時に差し出せるように命じた。後年紛れないよう記録も求める。
追録5-No.104 島津宗信書状
島津宗信が琉球の中山王に、家督後初の帰国に際して今帰仁王子を祝賀使者として派遣し、太刀・馬代・白銀百両と目録の品を贈られたことへの礼を伝えた。
追録5-No.105 島津宗信書状
島津宗信が琉球の中山王に、前年冬の少将任官を祝うため今帰仁王子を派遣し、太刀・馬代・黄金十両と目録の品を贈られたことへの礼を伝えた。
追録5-No.106 島津宗信書状
島津宗信が琉球の中山王に、先年の隠居と自身の家督相続に寄せて今帰仁王子を使者とし、太刀一腰・馬一疋ほかを贈られたことへの礼を伝えた。
追録5-No.107 島津宗信書状
島津宗信が年頭の祝賀使者と別録に記された贈り物を受け、その心遣いへの謝意を述べた返書。
追録5-No.108 吉貴逝去、浄光明寺ニ葬ル
島津吉貴は九月上旬から体調を崩し、十月十日に大磯館で死去した。遺体は同月十六日に浄光明寺へ移され、法要が行われた。二十五日の葬送には家中が参列し、戒名・葬儀の経過と記録を記す。
追録5-No.109 酒井忠知書状
酒井忠知が松平大隅守に、重陽の御内書を渡すため、翌日の五つ半時に家来を江戸城へ差し出すよう求めた。
追録5-No.110 酒井忠知書状
酒井忠知が松平薩摩守の留守居に、重陽の御内書を渡すため、翌日の五つ半時に江戸城へ参上するよう求めた。
追録5-No.111 川田國富・小林政英連署寺地目録
鹿児島西田村の西田寺地について、反別と石高を記し、淨妙院の願いにより廃寺の妙泉庵跡を寺地として与えた経緯を示す。郡奉行が検地して帳面を差し出し、家老の命に基づき寺地を支配させ、今後の勤行を命じる。
追録5-No.112 家重・家治・吉宗、吉貴ノ病ヲ問ハシム
島津吉貴の旧病が重くなり、家重・家治・吉宗が病状を案じて老中の宿次奉書を宗信に届けさせた。十月二十八日に江戸を発った使者は十一月二十二日に薩摩へ着き、宗信は礼状と宿次の証印を携えた返使を出した。
追録5-No.113 酒井忠知外三名老中連署奉書
松平武元・本多正珍・堀田正亮・酒井忠知が、同氏上総入道の病状を将軍に言上したところ、油断なく養生させるよう御意があったと松平薩摩守に伝えた。
追録5-No.114 秋元凉朝奉書
秋元凉朝が松平薩摩守に、同氏上総入道の病状が将軍へ伝えられ、油断なく養生させるよう御意があったと知らせた。
追録5-No.115 西尾忠尚奉書
西尾忠尚が松平薩摩守に、同氏上総入道の病状が将軍へ伝えられ、油断なく養生させるよう御意があったと知らせた。
追録5-No.116 堀田正亮宿次証文
堀田正亮が宿次に、江戸から薩摩国鹿児島の松平薩摩守へ届ける箱を急送し、返札が江戸へ戻ったら月番老中に持参するよう命じた。
追録5-No.117 堀田正亮書状
堀田正亮が松平薩摩守に三御所の平穏を喜び、秋元凉朝が連判の列に加わり大納言に付けられたとの知らせを承知した。書面の趣旨を相談して上聞に達したと伝える。
追録5-No.118 堀田正亮書状
堀田正亮が松平薩摩守に三御所の平穏を喜び、秋元凉朝が連判の列に加わり大納言に付けられたとの知らせを承知した。書面の趣旨を大納言に言上したと伝える。
追録5-No.119 西尾忠尚書状
西尾忠尚が松平薩摩守に三御所の平穏を喜び、秋元凉朝が連判の列に加わり大納言に付けられたとの知らせを承知し、その趣旨を言上したと伝える。
追録5-No.120 将軍父子、吉貴ノ死ヲ弔ハシム
島津吉貴の死去を知った将軍家から、十一月五日に小堀和泉守政峯が江戸の薩摩邸へ弔問に来て、宗信へ香奠銀五十枚が贈られた。宗信は肝付弾正兼昌を謝恩使として派遣し、大坂・伏見を経て翌年正月に江戸へ到着した経路と拝謁の経過を記す。
追録5-No.121 酒井忠知外三名老中連署奉書
松平武元・本多正珍・堀田正亮・酒井忠知が、同氏上総入道の死去を将軍に言上したところ、宗信の悲しみを思いやる御意があったと松平薩摩守に伝えた。
追録5-No.122 秋元凉朝奉書
秋元凉朝が松平薩摩守に、同氏上総入道の死去を言上したところ、悲しみを思いやる将軍の御意があったと伝えた。
追録5-No.123 西尾忠尚奉書
西尾忠尚が松平薩摩守に、同氏上総入道の死去を言上したところ、悲しみを思いやる将軍の御意があったと伝えた。
追録5-No.124 徳川宗勝書状
徳川宗勝が薩摩少将に、家督後初の帰国を尋ねる宿次奉書と拝領品が届いたと聞き、その配慮を喜ぶと伝えた。
追録5-No.125 秋元凉朝書状
秋元凉朝が松平薩摩守に三御所の平穏を知らせ、小煎海鼠一箱の献上を披露したと伝えた。
追録5-No.126 松平武元書状
松平武元が松平薩摩守に三御所の平穏を知らせ、小煎海鼠一箱の献上を関係者と相談して披露したと伝えた。
追録5-No.127 西尾忠尚書状
西尾忠尚が松平薩摩守に三御所の平穏を知らせ、届けられた書面の趣旨を言上したと伝えた。
追録5-No.128 松平武元書状
松平武元が松平薩摩守に、見舞いへの返礼使者である島津大蔵を翌十五日の五つ時に江戸城へ差し出すよう指示し、武元自身への礼も申し述べるよう伝えた。
追録5-No.129 酒井忠知外三名老中連署状
松平武元・本多正珍・堀田正亮・酒井忠知が松平薩摩守に、家督後の帰国の無事を尋ねる宿次奉書と肴の拝領への礼として島津大蔵が樽肴を献上した件を披露したと伝えた。
追録5-No.130 秋元凉朝書状
秋元凉朝が松平薩摩守に、家督後の帰国を尋ねる宿次奉書と肴の拝領への礼として、島津大蔵が樽肴を献上した件を披露したと伝えた。
追録5-No.131 西尾忠尚書状
西尾忠尚が松平薩摩守に三御所の平穏を知らせ、帰国後の無事と将軍からの宿次奉書・拝領について祝意を伝えた。
追録5-No.132 高直願格式定
一家内の子孫が高直の願いをする場合の格式を定め、拝借などの事情がある者には高直を許さない旨を記した。
追録5-No.133 清崎・高瀬連署消息
清崎と高瀬が松平薩摩守に、十月十六日付の書状が届いたことを報告し、三御所の平穏と帰国後の無事、拝領・上使への謝礼などを伝えた。
追録5-No.134 本多正珍書状
本多正珍が松平薩摩守に三御所の平穏を知らせ、十月十四日の増上寺御霊屋参詣に関する問い合わせを受け、その趣旨を承知したと伝えた。
追録5-No.135 本多正珍書状
本多正珍が松平薩摩守に三御所の平穏を知らせ、将軍からの御即位の祝儀に伴う使者を差し越すよう命じられたと伝えた。
追録5-No.136 秋元凉朝書状
秋元凉朝が松平薩摩守に三御所の平穏を知らせ、将軍からの御即位の祝儀に伴う使者を差し越すよう命じられたと伝えた。
追録5-No.137 西尾忠尚書状
西尾忠尚が松平薩摩守に三御所の平穏を知らせ、将軍からの御即位の祝儀に伴う使者を差し越すよう命じられたと伝えた。
追録5-No.138 本多正珍書状
本多正珍が松平薩摩守に、十月十四日の東叡山深徳院様御霊前参詣に関する問い合わせを承知したと伝えた。
追録5-No.139 本多正珍書状
本多正珍が松平薩摩守に三御所の平穏を知らせ、琉球紬十端と鰹節一箱の献上を受け、関係者に披露したと伝えた。
追録5-No.140 秋元凉朝書状
秋元凉朝が松平薩摩守に三御所の平穏を知らせ、琉球紬十端と鰹節一箱の献上を受け、関係者に披露したと伝えた。
追録5-No.141 西尾忠尚書状
西尾忠尚が松平薩摩守に三御所の平穏を知らせ、琉球紬十端と鰹節一箱の献上を受け、その趣旨を披露したと伝えた。
追録5-No.142 徳川宗直書状
徳川宗直が松平薩摩守に、家督後初の帰国を尋ねる奉書を受け、宗信の無事を喜ぶと返答した。
追録5-No.143 清崎・高瀬連署消息
清崎と高瀬が松平薩摩守に、十一月二十二日付の書状に記された上総入道殿の病気と御養生の件を受け、関係する宿次奉書や使者への返礼を伝えた。
追録5-No.144 本多正珍書状
本多正珍が松平大隅守に、朝鰯一箱の献上を受け、その趣旨を披露したと伝えた。
追録5-No.145 秋元凉朝書状
秋元凉朝が松平大隅守に、朝鰯一箱の献上を受け、その趣旨を披露したと伝えた。
追録5-No.146 西尾忠尚書状
西尾忠尚が松平大隅守に、朝鰯一箱の献上を受け、その趣旨を披露したと伝えた。
追録5-No.147 宗信、相伝の文書・調度を対面所で閲す/宗信、御鷹の鑓を拝領す
宗信が江戸の島津家に伝わる文書・調度を対面所で閲覧し、由来や保存の事情が記された。続いて宗信に御鷹の鑓が下賜された経緯と謝礼・使者の往復を記す。
追録5-No.148 酒井忠知外三名老中連署状
松平武元・本多正珍・堀田正亮・酒井忠知が松平薩摩守に、御即位の祝儀が無事に執り行われたため、祝儀の使者を宿次で差し越すよう伝えた。
追録5-No.149 本多正珍宿次証文
本多正珍が、書状を納めた箱と鶴一羽を江戸から薩州鹿児島の松平薩摩守へ宿次で送るため、道中の継送を命じた。
追録5-No.150 本多正珍書状
本多正珍が松平薩摩守に、三御所の平穏を知らせ、蜜柑二箱と炙鮎一箱の献上を受け、その趣旨を披露したと伝えた。
追録5-No.151 秋元凉朝書状
秋元凉朝が松平薩摩守に三御所の平穏を知らせ、蜜柑二箱と炙鮎一箱の献上を受け、その趣旨を披露したと伝えた。
追録5-No.152 徳川家重御内書
徳川家重が薩摩少将に、歳暮の祝儀として小袖一重を受け取って喜び、詳しいことは堀田相模守から伝えると述べた。
追録5-No.153 秋元凉朝書状
秋元凉朝が松平薩摩守に、歳暮の祝儀として小袖一重の献上を受け、その趣旨を披露したと伝えた。
追録5-No.154 本多正珍書状
本多正珍が松平薩摩守に、同氏上総入道の病気を見舞う書状を受け、その趣旨を承知し、礼を伝える使者と口上について返答した。
追録5-No.155 西尾忠尚書状
西尾忠尚が松平薩摩守に、同氏上総入道の病気を見舞う書状を受け、その趣旨を承知し、礼を伝える使者と口上について返答した。
追録5-No.156 秋元凉朝書状
秋元但馬守凉朝が松平薩摩守へ送った十二月二十八日付の返書。同氏上総入道の病気を尋ねる奉書の趣旨を承知し、ありがたく受け止めたと答える。それに対する礼として遣わされた使者の件を承知し、書面の趣旨を言上したことを知らせる。年は延享四年の朱注による。
追録5-No.157 さえた外五名連署消息
さえたら六名が松平薩摩守に、上総入道殿の死去を知らせる書状を受けたこと、上使小堀和泉守を通じて弔意が伝えられたことを述べ、御礼の使者に関する返答をした。
追録5-No.158 清崎・高瀬連署消息
清崎と高瀬が松平薩摩守に、上総入道殿の死去を知らせる書状を受けたこと、上意の伝達と御礼の使者に関する返答をした。
追録5-No.159 継豊、御鷹の鶴を拝領す
延享四年十二月二十三日、上使山口勘兵衛を通じ、継豊に御鷹が捕らえた鶴を賜った。継豊は病中だったため、島津加賀守忠雅が継豊に代わって老中各邸を訪れ、謝礼を述べた記事。出典は継豊公御譜。
追録5-No.160 徳川家重御内書
徳川家重が薩摩少将に、歳暮の祝儀として小袖一重を受け取って喜び、詳しいことは堀田相模守から伝えると述べた。原本No.152にも同文面が載る。
追録5-No.161 秋元凉朝書状
秋元凉朝が松平大隅守に、歳暮の祝儀として使者を通じて小袖一重を献上した件を受け、その趣旨を披露したと伝えた。
追録5-No.162 島津宗信の仰出書(申渡・支配手続)
宗信の仰出書。近年の士の風儀を戒め、私事の訴えや願いは中支配を経て申し出ること、手続を飛ばして家中へ直接申し渡さないことを命じた。
追録5-No.163 島津吉貴の病没・葬送記事
吉貴の病状悪化と延享四年十月十一日の死去を記し、幕府への届出、浄光明寺での葬送準備、僧侶による法要、供物、家臣の役割などを詳しく述べる。
追録5-No.164 樺山久初申渡書
樺山久初が、宗家・分家の相続や家内の役務に関する申渡を記し、名代・家筋・相勤めの扱いと後年の記録のための手続を示した。
追録5-No.165 島津吉貴葬送祭文
吉貴の法名である浄国院殿鑑阿天清道熙大居士に捧げられた複数の追悼祭文・偈頌を集める。専念寺、西福寺、専修寺、松尾寺、木立寺、浄光明寺などの僧侶が徳行をたたえ、死去を悼んだ。
追録5-No.166 島津宗信祭文
宗信が祖考の島津吉貴(浄国院殿)を悼む祭文。吉貴の徳と治績、死去と葬送を述べ、「鳴呼哀哉」を重ねて追慕する。
追録5-No.167 島津貴儔祭文
島津貴儔が島津吉貴(浄国院殿)の徳をたたえ、浄光明寺での葬儀にあたり追悼した祭文。死別の悲しみを述べ、韻文で仏前への祈りを捧げる。
追録5-No.168 島津忠紀祭文
島津忠紀が吉貴(浄国院殿)に捧げた祭文。礼を重んじた生前の徳を述べ、死去による国中の悲しみと浄光明寺での葬送を悼む。
追録5-No.169 島津忠郷祭文
島津吉貴(浄国院殿)の病没を受け、三州の国主としての徳行と領内の悲嘆を述べる祭文。葬儀に供物を捧げ、冥福を祈る。
追録5-No.170 島津久門祭文
島津久門が吉貴(浄国院殿)の徳と治世を追憶し、死去と葬送を悼んで捧げた祭文。君臣の恩義を述べ、故人の安寧を祈る。
追録5-No.171 島津久甫祭文
島津久甫が吉貴(浄国院殿)の死去を悼む祭文。浄光明寺での葬送後、中陰の供養に際して徳政をたたえ、追慕の情を韻文に託す。
追録5-No.172 島津久尚祭文
島津久尚が吉貴(浄国院殿)の徳と長寿を願われた生涯を追想し、死去と浄光明寺での葬儀を悼んで捧げた祭文。
追録5-No.173 島津久亮祭文
島津久亮が吉貴(浄国院殿)の病没と国中の悲嘆を述べ、浄光明寺での葬送に続く中陰供養で祭品を捧げ、仁政を追慕する。
追録5-No.174 島津久柄祭文
島津久柄が吉貴(浄国院殿)の死去と葬儀を悼み、七七の追善供養に際して生前の徳をたたえる祭文。洛陽での役務により葬儀に参列できなかったことも記す。
追録5-No.175 島津久起祭文
島津久起が吉貴(浄国院殿)の病没と浄光明寺での葬送を悼み、中陰に際して供物を捧げた祭文。治世の徳と人々に及ぼした恩を述べる。
追録5-No.176 島津久茂祭文
島津久茂が吉貴(浄国院殿)の病没と葬儀を悼み、龍峰寺の僧を介して供養を捧げる祭文。生前の仁政と家臣への厚恩を追想する。
追録5-No.177 種子島久馮祭文
種子島久馮が吉貴(浄国院殿)の死去を悼み、十一月九日に山菜などを供えて捧げた祭文。文武の徳、忠孝と領国への仁愛をたたえる。
追録5-No.178 小松安之助祭文
小松安之助が吉貴(浄国院殿)の死去と浄光明寺での葬送を悼み、中陰の供養として供物を捧げた祭文。武徳と慈愛をたたえる。
追録5-No.179 将軍父子、吉貴ノ訃ニ贈銀ヲ賜フ
吉貴の訃報を受け、十一月五日に上使小堀和泉守政峯が江戸芝邸へ弔問に赴く。将軍家重は宗信に賻銀五十枚を贈り、家治・吉宗からも弔意が示された。
追録5-No.180 寺社奉行所申渡書
寺社奉行所が浄光明寺に、浄国院(吉貴)の仏餉料として毎年米二十九石三斗五升五合余と銀八百六十六匁六分余を渡す旨を申渡した。
追録5-No.181 即宗院龍芳、吉貴ノ霊前ニ詣ス
京都東福寺塔頭即宗院の龍芳が二月二日に薩摩へ来航し、六日に浄光明寺で吉貴の霊前に祭文を供えて焼香した。十五日に帰院した。
追録5-No.182 京都即宗院祭文
即宗院の龍芳が吉貴(浄国院殿)の死を悼んで捧げた祭文。領国を治めた仁徳と家の繁栄をたたえ、遠路薩摩に赴いて供養する心情を述べる。
追録5-No.183 吉貴ノ遺物ヲ近衛内前等ニ献ス
吉貴(浄国院殿)の遺物を近衛内前、平松時行、石井行忠ら公家・幕臣や親族に贈った。続いて吉貴の遺髪を高野山へ納めるため、浄光明寺から高野山へ送る経緯を記す。
追録5-No.184 島津吉貴霊塔銘
吉貴の霊塔に記す銘。延宝三年九月十七日の誕生、延享四年十月十日の薩摩での死去を記し、子の宗信が父の追善のため建立したことを述べる。
追録5-No.185 蓮金院石燈籠寄進状并御位牌証
島津継豊が高野山の浄国院殿霊前に石灯籠二基を寄進した記録と、蓮金院による位牌証書。吉貴の菩提のため位牌を安置し、日々の供養を続ける趣旨を記す。
追録5-No.186 蓮金院大曼荼羅寄進請状
吉貴(浄国院殿)の追善大曼荼羅供に参勤する高野山の導師・諸院の僧衆を列挙し、六月二十七日の蓮金院道場への参勤を命じる請状。