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追録5の目録

暫定版です。原文との照合により、概要や文書の区切り等を修正する場合があります。

全2,955件中 1301~1400件・14 / 30ページ

  1. 追録5-No.1283 重年公御譜(琉球王の謝恩献上品を江戸へ送る)

    前年、琉球中山王尚穆が謝恩使今歸仁王子を江戸へ遣わし、使者は任務を終えて琉球へ帰った。そのため尚穆が湊川親方に幕府宛の書翰と献物を持たせて薩府へ送った記事。先例に従い、当年八月二十一日、重年は家臣の馬廻村田藤兵衛経芳を江戸へ急行させ、書翰と献物を幕府へ伝達・献納させた。出典は重年公御譜。

  2. 追録5-No.1284 徳川宗勝書状

    尾張中納言宗勝が宝暦三年八月廿一日、薩摩少将重年へ返答する。重年の礼状を読み、日光山御宮の修復が完成して正遷宮が済んだめでたい件について、入念に知らせたことを喜んで承知したと述べる。重年公御譜中・正文在文庫の注を持つ。本書は尾張宗勝から重年への返書であり、老中による上聞・言上や献上品の披露を伝える文…

  3. 追録5-No.1285 西尾忠尚書状

    西尾隠岐守忠尚が宝暦三年八月廿八日、松平大隅守継豊へ返答する。公方の機嫌がよいこと、有徳院三回忌の法事が東叡山で済み、六月廿日に御霊前へ参詣したことへの継豊の祝意を承知する。そのため継豊が使者を遣わした件を了解し、書面の趣旨は各々申し談じて上聞に達したと通知する。継豊公御譜中・正文在文庫の注を持つ。…

  4. 追録5-No.1286 秋元凉朝書状

    秋元但馬守凉朝が宝暦三年八月廿八日、松平大隅守継豊へ返答する。大納言の機嫌がよいこと、東叡山で有徳院三回忌の法事が済み、六月廿一日に御霊前へ参詣したことへの継豊の祝意を承知する。そのため継豊が使者を遣わした件を了解し、書面の趣旨は言上に達したと通知する。全上の注を持つ。参詣者は大納言である。No.1…

  5. 追録5-No.1287 西尾忠尚書状

    西尾隠岐守忠尚が宝暦三年八月廿八日、松平薩摩守重年へ返答する。公方の機嫌がよいこと、有徳院三回忌の法事が東叡山で済み、六月廿日に御霊前へ参詣したことへの重年の祝意を承知する。そのため重年が使者を遣わした件を了解し、書面の趣旨は各々申し談じて上聞に達したと通知する。重年公御譜中・正文在文庫の注を持つ。…

  6. 追録5-No.1288 秋元凉朝書状

    秋元但馬守凉朝が宝暦三年八月廿八日、松平薩摩守重年へ返答する。大納言の機嫌がよいこと、東叡山で有徳院三回忌の法事が済み、御霊前へ参詣したことへの重年の祝意を承知する。そのため重年が使者を遣わした件を了解し、書面の趣旨は言上に達したと通知する。全上の注を持つ。参詣日は六月廿一日と印刷され、その脇に本マ…

  7. 追録5-No.1289 銀器工禁制触書

    宝暦三年酉八月の触書写。灰吹銀・潰銀等を銀座以外で売買することは以前から禁じ、銀道具・下銀が必要な者は銀座から買い受けるよう前年にも触れたが、違反があるとする。町方では銀の櫛・笄その他の銀器類を専ら用いるとも聞くため、以後こうした無益な銀道具を一切作らないよう命じる。これまでの触れを堅く守り、違反し…

  8. 追録5-No.1290 山沢盛福書

    山澤小左衛門盛福が宝暦三年九月廿三日、主鈴様へ書き送る。大御目付の廻状と御書付写一通が、細川越中守と松平大膳大夫の添廻状を伴って届いたので、これを差し上げると報告する。細川には重賢、松平には毛利重就の補注があり、山澤には盛福の補注がある。本文は書付の具体的内容を記さないため、No.1289の銀器禁制…

  9. 追録5-No.1291 本多正珍書状

    本多伯耆守正珍が宝暦三年九月六日、松平大隅守継豊へ返答する。公方と大納言の機嫌は変わらず、ますます安全なので安心するよう伝える。あわせて千鯛一箱を献上した件は、各々申し談じて披露を遂げ、一段の御仕合であったと通知する。継豊公御譜中・正文在文庫の注を持つ。品名は「千鯛」と記される。本書には使者による問…

  10. 追録5-No.1292 秋元凉朝書状

    秋元但馬守凉朝が九月七日、松平大隅守継豊へ返答する。公方と大納言の機嫌は変わらず、ますます健勝なので安心するよう伝える。あわせて千鯛一箱を献上した件は披露を遂げ、一段の御仕合であったと通知する。全上としてNo.1291と同件を扱うが、返書日は一日後である。本文に使者の記載はない。品名は「千鯛」と記さ…

  11. 追録5-No.1293 本多正珍書状

    本多伯耆守正珍が九月六日、松平薩摩守へ送った返書。相手の書状を披見し、公方・大納言の機嫌が従前と変わらず、ますます安全に過ごしているので安心するよう伝える。相手が「干鱠残魚」一箱を献上したことについて、各人が相談して披露を遂げたところ、一段の御仕合であると通知し、「恐々謹言」で結ぶ。 冒頭に「重年公…

  12. 追録5-No.1294 秋元凉朝書状

    秋元但馬守凉朝が九月七日、松平薩摩守へ送った返書。相手の書状を披見し、公方・大納言の機嫌が従前と変わらず、ますます安全に過ごしているので安心するよう伝える。相手が「干鱠残魚」一箱を献上したことについて、披露を遂げたところ、一段の御仕合であると通知し、「恐々謹言」で結ぶ。 冒頭は「全上」、末尾に九月七…

  13. 追録5-No.1295 徳川家重御内書

    家重が宝暦三年九月七日、松平大隅守継豊へ御内書を送る。重陽の祝儀として小袖一重が届いたことを喜んで見たと述べ、詳しいことは堀田相模守が伝えると記す。継豊公御譜中・正文在文庫の注があり、家重公墨印の表示を伴う。No.1296の秋元返書は献上品の披露を通知する。

  14. 追録5-No.1296 秋元凉朝書状

    秋元但馬守凉朝が宝暦三年九月七日、松平大隅守継豊へ返答する。重陽の祝儀として使者を通じて小袖一重を献上した件は披露を遂げ、一段の御仕合であったと通知する。全上の注を持つ。No.1295の家重御内書が品物の到来を喜ぶのに対し、本書は使者による献上と披露済みの結果を知らせる返書である。使者の派遣は明記さ…

  15. 追録5-No.1297 徳川家重御内書

    家重が宝暦三年九月七日、薩摩少将重年へ御内書を送る。重陽の祝儀として小袖一重が届いたことを喜んで見たと述べ、詳しいことは堀田相模守が伝えると記す。重年公御譜中・正文在文庫の注があり、家重公墨印の表示を伴う。No.1295の継豊宛御内書と本文の趣旨は同じだが、宛先は薩摩少将である。No.1298の秋元…

  16. 追録5-No.1298 秋元凉朝書状

    秋元但馬守凉朝が宝暦三年九月七日、松平薩摩守重年へ返答する。重陽の祝儀として使者を通じて小袖一重を献上した件は披露を遂げ、一段の御仕合であったと通知する。全上の注を持つ。No.1297の家重御内書が品物の到来を喜ぶのに対し、本書は使者による献上と披露済みの結果を知らせる。使者名は記さない。No.12…

  17. 追録5-No.1299 伊勢貞起申渡書

    伊勢兵部貞起による宝暦三年九月の申渡書写。嶋津周防忠紀の一所之地として重富を姶羅郡に、嶋津因幡忠郷の一所之地として今和泉を揖宿郡に、それぞれ付けると記す。両所について何事につけても公儀からの指示、余外城との入り交わり、古来定められた郷村の扱いを諸所と同様にする旨を御勝手方へ伝達し、御記録奉行・郡奉行…

  18. 追録5-No.1300 島津重年伺書

    島津重年名の宝暦三年九月十九日付伺書。先に命じられた当秋から高一万石につき籾千俵を囲い置く件について、琉球では夏に収納し、その時節には船が通らないため、当年分の籾囲いを調えられないと述べる。当年はどう処置すべきか、薩摩・大隅・日向の知行高の内で籾を囲い置くようにしてよいかを伺う。重年公御譜中・正文在…

  19. 追録5-No.1301 山沢盛福書状

    山澤小左衛門盛福が宝暦三年九月廿五日、主殿様へ提出経過を報告する。琉球は収納が早く、当年の籾囲いを調えられないため処置を伺う御書付一通を、堀田相模守の用人春日井庄兵衛へ持参して差し上げた。書付は受け取られ、追って挨拶するとの言葉を庄兵衛から得たと伝える。No.1300の伺書が幕府側へ提出された段階を…

  20. 追録5-No.1302 幕府達書

    宝暦三年九月の達書。物成による江戸廻米高の内、当酉年から亥年まで三年間、二分通を減らすよう命じる。重年公御譜中・正文在江戸家老座の注を持つ。署名・宛名の記載はなく、No.1303の勘定奉行からの申渡しと受領報告に対応する命令本文である。対象は江戸へ送る廻米高であり、領内の年貢収納そのものの減額は命じ…

  21. 追録5-No.1303 山沢盛福書状

    山澤小左衛門盛福が宝暦三年九月廿三日、主殿久柄へ報告する。勘定奉行一色周防守・大井伊勢守からの呼出しを受けて勘定所へ出向き、江戸廻米を当年から亥年まで三年間二分通減らすよう、伊勢守本人から申渡され、書付を受け取った。薩摩側の廻米には家元の御用分があるため、これも減らしてよいかを尋ねたところ、追って伺…

  22. 追録5-No.1304 山沢盛福書状

    御名内の山澤小左衛門が宝暦三年九月廿八日、江戸廻米削減の適用範囲を伺う。物成による江戸廻米高を当酉年から亥年まで三年間二分通減らすよう命じられたが、薩摩守の江戸廻米は当地の用事と家中飯料に使う分で、売米はないと説明する。この御用分・飯料まで減らしてよいかを承知して国本へ伝えたいので、回答を求める。全…

  23. 追録5-No.1305 山沢盛福書状

    山澤小左衛門盛福が宝暦三年九月廿八日、主殿様へ報告する。江戸廻米に御払米はなく、御用分と家中飯料を送るだけなので、それらも二分通減らしてよいかを伺う書付一通を勘定所へ持参した。勘定組頭小木藤助に会って差し出したところ、書付を受け取り、奉行へ申し上げて追って回答があるとの説明を得たと伝える。No.13…

  24. 追録5-No.1306 村上範村覚書

    村上彦八範村が宝暦三年酉九月廿八日付で記す覚書。重年が御廣庭で馬を召し、比志島彦一を呼び出して拝見させ、御茶屋で羽織を与えて暇を下したことを記す。さらに当日も重年の馬を拝見し、その上達と、流儀を残らず以前に伝授していたことを踏まえ、吉貴から宗信へ伝授された神當流馬書を重年へ譲る意向を彦一が村上へ申し…

  25. 追録5-No.1307 堀田正亮外四名連署状

    西尾忠尚・松平武元・本多正珍・酒井忠寄・堀田正亮の五名が宝暦三年十一月六日、松平薩摩守重年へ返答する。公方と大納言の安否への祝意を承知し、前年の琉球中山王使が御目見を許され、品々と使者・従者の拝領物を受けたことへの謝意を了解する。中山王が湊川親方を通じて重年の国許へ届けた書状と目録の献上品について、…

  26. 追録5-No.1308 秋元凉朝書状

    秋元但馬守凉朝が宝暦三年十一月六日、松平薩摩守重年へ返答する。公方と大納言の安否への祝意を承知し、前年の琉球中山王使の御目見と品々、使者・従者までの拝領物に対する謝意を了解する。中山王が湊川親方を通じて国許へ届けた書状と目録の献上品について、重年が使者で献上した件は披露を遂げたと通知する。返翰を送る…

  27. 追録5-No.1309 秋元凉朝書状

    秋元但馬守凉朝が宝暦三年十一月七日、松平薩摩守重年へ返答する。公方と大納言の機嫌がよいことへの重年の祝意を承知する。あわせて参勤の時分について使者を通じて伺った件につき、書面の趣旨を承知したと知らせる。重年公御譜中・正文在文庫の注を持つ。本書の結語は承知であり、上聞・言上や参勤日の決定を記す文言はな…

  28. 追録5-No.1310 松平武元書状

    松平右近将監武元が宝暦三年十一月十一日、松平大隅守継豊へ返答する。公方と大納言の機嫌がよいことへの祝意を承知する。あわせて重陽の祝儀として時服と御肴を拝領したことをありがたく思った旨を了解し、書面の趣旨は各々申し談じて上聞に達したと通知する。継豊公御譜中・正文在文庫の注を持つ。時服・御肴の拝領への謝…

  29. 追録5-No.1311 秋元凉朝書状

    秋元但馬守凉朝が宝暦三年十一月十一日、松平大隅守継豊へ返答する。公方と大納言の機嫌がよいことへの祝意を承知する。あわせて公方から重陽の祝儀として時服と御肴を拝領したことをありがたく思った旨を了解し、書面の趣旨は言上に達したと通知する。全上としてNo.1310と同件を扱うが、本書は从公方様と拝領元を明…

  30. 追録5-No.1312 松平武元書状

    松平右近将監武元が宝暦三年十一月十三日、松平薩摩守重年へ返答する。公方と大納言の機嫌は変わらず、ますます安全なので安心するよう伝える。あわせて小熬海鼠一箱を献上した件は各々申し談じて披露を遂げ、一段の御仕合であったと通知する。重年公御譜中・正文在文庫の注を持つ。本書に使者名は記さない。No.1313…

  31. 追録5-No.1313 秋元凉朝書状

    秋元但馬守凉朝が宝暦三年十一月十三日、松平大隅守継豊へ返答する。公方と大納言の機嫌は変わらず、ますます安全なので安心するよう伝える。あわせて小熬海鼠一箱を献上した件は披露を遂げ、一段の御仕合であったと通知する。全上の注を持つ。No.1312と日付・品目・数量は同じだが、本書は秋元一名から大隅守への返…

  32. 追録5-No.1314 堀田正亮外四名連署奉書

    西尾忠尚・松平武元・本多正珍・酒井忠寄・堀田正亮の五名が宝暦三年十一月廿五日、松平薩摩守重年へ返答する。公方と大納言の安否への祝意を承知し、参勤の時分について使者を通じて伺った件は上聞に達したと述べる。その結果、来年七月中に参府するよう命じられたので承知するよう通知する。重年公御譜中・正文在文庫の注…

  33. 追録5-No.1315 島津重年書状

    重年公御譜中に載る宝暦三年十二月六日付書状。公方と大納言の安否を喜び、姫宮が大納言方へ入輿する件を先月十一日に公表したと承知し、めでたく思うとして祝意を述べる。祝儀を申し上げるため使札を呈すると記す。姫宮には家治室・五十宮倫子の補注がある。宛先は堀田相模守・酒井左衛門尉・本多伯耆守・松平右近将監・西…

  34. 追録5-No.1316 西尾忠尚書状

    西尾隠岐守忠尚が宝暦三年十二月十三日、松平大隅守継豊へ返答する。公方と大納言の安否への祝意を承知し、十月十五日の竹姫の入御節に菊事への懇ろな上意があり、公方と大納言から拝領物、姫宮から贈物があったことへの謝意を了解する。結語は書面の趣旨を各々一覧したとする。継豊公御譜中・正文在文庫の注を持つ。菊事は…

  35. 追録5-No.1317 秋元凉朝書状

    秋元但馬守凉朝が宝暦三年十二月十三日、松平大隅守継豊へ返答する。公方と大納言の安否への祝意を承知し、十月十五日の竹姫の入御節に菊事への懇ろな上意があり、公方と大納言から拝領物、姫宮から贈物があったことへの謝意を了解する。竹姫には継豊様室、菊事には竹姫女の補注がある。結語は書面の趣旨を承知したとする。…

  36. 追録5-No.1318 西尾忠尚書状

    西尾隠岐守忠尚が宝暦三年十二月十三日、松平薩摩守重年へ返答する。公方と大納言の安否への祝意を承知し、十月十五日の竹姫の入御節に菊事への懇ろな上意があり、公方と大納言から拝領物、姫君から贈物があったことへの謝意を了解する。結語は書面の趣旨を各々一覧したとする。重年公御譜中・正文在文庫の注を持つ。No.…

  37. 追録5-No.1319 秋元凉朝書状

    秋元但馬守凉朝が宝暦三年十二月十三日、松平薩摩守重年へ返答する。公方と大納言の安否への祝意を承知し、十月十五日の竹姫の入御節に菊事への懇ろな上意があり、公方と大納言から拝領物、姫宮から贈物があったことへの謝意を了解する。結語は書面の趣旨を承知したとする。「全上」としてNo.1318と同件を扱い、本書…

  38. 追録5-No.1320 さえた外四名連署消息

    松しま・岩はし・うら尾・たきつ・さえたの五名が薩摩守方人々御中へ返答する。十一月十一日付来信を受け、公方・大納言の安否への祝意と、先月十五日の竹姫大奥登城に際する菊姫方への厚遇に対する謝意を承知したと述べる。公方・大納言・姫宮からの拝領物、右衛門督・刑部卿・萬次郎からの遣物、家来への料理と拝領物、女…

  39. 追録5-No.1321 さえた外四名連署消息

    松しま・岩はし・うら尾・たきつ・さえたの五名が薩摩守方人々御中へ返答する。十一月十一日付来信を受け、公方・大納言の安否への祝意、先月十五日の竹姫大奥登城時に公方・大納言・姫宮から懇ろな厚遇と品々を受けたこと、菊姫方が同道して厚遇を受けたことへの謝意を承知したと述べる。こうした厚遇をありがたく思うとい…

  40. 追録5-No.1322 重豪元服の記事

    重豪公御譜中の記事。宝暦三年癸酉冬十二月十五日、善次郎重豪が薩府で元服し、重年が自ら冠を加えて兵庫久方と名付け、脇刀一腰を与えたと記す。国老新納内蔵久品が理髪を務めた。善次郎には重豪、元服には調之中納、久方には時諱の補注があり、脇刀にも刀工・寸法の細字を伴う。No.1323にも同じ十二月十五日の加冠…

  41. 追録5-No.1323 重豪の加治木入り・重年の宗家復帰の記事

    近秘野帥重豪公御伝中の記事。宝暦三年初め、圓徳公重年が兵庫久季の後となったが、慈徳公宗信が嗣子なく没し、重年が封爵を継ぐこととなったため、大信公重豪が久季の後を継いだと記す。十二月十五日には重年が重豪に冠を加え、新納内蔵久品が理髪し、久方・兵庫と名付けた。それ以前、重年が江戸から帰り他に子がなかった…

  42. 追録5-No.1324 西尾忠尚書状

    西尾隠岐守忠尚が宝暦三年十二月十六日、松平大隅守継豊へ返答する。寒中、公方と大納言の機嫌は変わらず、ますます健勝なので安心するよう伝える。あわせて鰯一箱を献上した件は、各々申し談じて披露を遂げ、一段の御仕合であったと通知する。継豊公御譜中・正文在文庫の注を持つ。

  43. 追録5-No.1325 秋元凉朝書状

    秋元但馬守凉朝が宝暦三年十二月十六日、松平大隅守継豊へ返答する。寒中、公方と大納言の機嫌は変わらず、ますます健勝なので安心するよう伝える。あわせて鰯一箱を献上した件は披露を遂げ、一段の御仕合であったと通知する。「全上」としてNo.1324と同件を扱い、本書は秋元一名の返書で、「各申談」の記載はない。…

  44. 追録5-No.1326 西尾忠尚書状

    西尾隠岐守忠尚が宝暦三年十二月十六日、松平薩摩守重年へ返答する。寒中、公方と大納言の機嫌を使者を通じて尋ねた件に対し、変わらずますます安全なので安心するよう伝える。あわせて琉球紬十端と鰹節一箱を献上した件は、各々申し談じて披露を遂げ、一段の御仕合であったと通知する。重年公御譜中・正文在文庫の注を持つ…

  45. 追録5-No.1327 秋元凉朝書状

    秋元但馬守凉朝が宝暦三年十二月十六日、松平薩摩守重年へ返答する。寒中、公方と大納言の機嫌を使者を通じて尋ねた件に対し、変わらずますます健勝なので安心するよう伝える。あわせて琉球紬十端と鰹節一箱を献上した件は披露を遂げ、一段の御仕合であったと通知する。「全上」としてNo.1326と同件を扱い、西尾返書…

  46. 追録5-No.1328 西尾忠尚書状

    西尾隠岐守忠尚が宝暦三年十二月十八日、松平薩摩守重年へ返答する。公方と大納言の機嫌がよいことへの重年の祝意を承知し、あわせて蜜柑二箱と炙鮎一箱を献上した件は、各々申し談じて披露を遂げ、一段の御仕合であったと通知する。重年公御譜中・正文在文庫の注を持つ。使者の明記はない。

  47. 追録5-No.1329 秋元凉朝書状

    秋元但馬守凉朝が宝暦三年十二月十八日、松平薩摩守重年へ返答する。公方と大納言の機嫌がよいことへの重年の祝意を承知し、あわせて蜜柑二箱と炙鮎一箱を献上した件は披露を遂げ、一段の御仕合であったと通知する。「全上」としてNo.1328と同件を扱い、本書は秋元一名の返書である。本書に使者名や各申談の文言は記…

  48. 追録5-No.1330 堀田正亮外四名連署状

    西尾忠尚・松平武元・本多正珍・酒井忠寄・堀田正亮の五名が宝暦三年十二月廿五日、松平薩摩守重年へ連署で通知する。公方と大納言の機嫌がよいので安心するよう伝え、御鷹の鶴を拝領するため宿次で送り届けると知らせる。重年公御譜中・正文在文庫の注を持つ。鶴の数量と受領の記載はない。

  49. 追録5-No.1331 幕府濃勢尾諸川治水助役ヲ下命ス、平田正輔等コレニ當ル

    重年公御譜の記事。宝暦三年十二月廿五日、西尾忠尚の奉書によって美濃・伊勢・尾張諸川の治水助役を命じられ、重年は平田靱負正輔と伊集院十蔵久東に担当させる。翌四年正月から川上彦九郎親英らを派遣し、美濃大牧村に役館を置く。正輔らは大阪・伏見で留守居と協議して銀師から借銀し、閏二月に大牧へ入る。記事は木曽・…

  50. 追録5-No.1332 堀田正亮外四名連署奉書

    西尾忠尚・松平武元・本多正珍・酒井忠寄・堀田正亮の老中五名が、宝暦三年十二月廿五日、松平薩摩守重年へ連署で命令を伝える。濃州・勢州・尾州の川々の御普請について手伝いを命じたので、その旨を承知するよう求め、あわせて此節は参府に及ばないと通知する。今御譜中・正文在文庫の注を持つ。治水助役の命令と当面の参…

  51. 追録5-No.1333 徳川家重御内書

    将軍徳川家重が宝暦三年十二月廿七日、松平大隅守継豊へ御内書を送る。歳暮の祝儀として小袖一重が到来したことを喜び、詳しくは西尾隠岐守が述べると伝える。継豊公御譜中・正文在文庫の注を持ち、日付の下には家重公の墨印表示がある。本書には使者の明記がなく、使者を介した献上はNo.1334の秋元返書に記す。

  52. 追録5-No.1334 秋元凉朝書状

    秋元但馬守凉朝が宝暦三年十二月廿七日、松平大隅守継豊へ返答する。歳暮の祝儀として使者をもって小袖一重を献上した件は披露を遂げ、一段の御仕合であったと通知する。全上の注によって前書と関連づけるが、本書の差出人は秋元一名である。No.1333の家重御内書は小袖の到来を喜び、本書は使者による献上の披露済み…

  53. 追録5-No.1335 徳川家重御内書

    将軍徳川家重が宝暦三年十二月廿七日、薩摩少将重年へ御内書を送る。歳暮の祝儀として小袖一重が到来したことを喜び、詳しくは西尾隠岐守が述べると伝える。重年公御譜中・正文在文庫の注を持ち、日付の下に家重公の墨印表示がある。本文はNo.1333継豊宛御内書と同趣旨で、本書の宛名は「薩摩少将殿」である。

  54. 追録5-No.1336 島津久海・島津久郷家老連署書状

    島津主鈴久郷・島津主殿久海が国元の伊勢兵部ら六名へ、三州川普請手伝の命令と準備を詳しく通知する。御勘定奉行一色周防守の命令書を受け、未経験の御用なので諸事に工夫するよう求める。留守居中の除場・火消担当から人員を減らし、遠国からは早く派遣するよう指示する。来正月末から準備して雪解後の増水前に進める必要…

  55. 追録5-No.1337 伊勢貞起外五名家老連署返書

    国元の伊勢貞起ら六名から島津主鈴・主殿への返書。原本はNo.1336の長文に行間の朱書として返答を収め、末尾に正月十五日の朱日付がある。国元六名から島津主鈴・主殿への返答として、惣奉行・添奉行等の派遣準備、京都所司代・大坂城代及び長崎・近隣への通知、京都・大坂での借入と国元の出金を承知した旨を記す。…

  56. 追録5-No.1338 濃尾勢州川々普請幕府役人書出

    十二月廿七日付の写。御勘定奉行一色周防守の名を掲げ、三州の川普請御用を命じたことを記す。石野三次郎、大久保荒之助、浅野左膳、新見又四郎を列挙し、各々の所属を大久保豊後守組・秋田大和守組・稲葉紀伊守組・水野山城守組と記す。普請御用は芙蓉間で老中列座のもと隠岐守が申し渡したとする。さらに同じ普請について…

  57. 追録5-No.1339 幕府達書

    御勘定奉行一色周防守の名を掲げる達書の写。松平薩摩守に濃州・勢州・尾州川々の御普請手伝を命じたことに伴い、関係事項は相模守に尋ねるよう指示する。御用を命じられた石野三次郎・大久保荒之助については諸事を承合するよう求め、浅野左膳・新見又四郎については目付として派遣するので承知するよう伝える。御小姓組・…

  58. 追録5-No.1340 幕府達書

    薩摩守家来宛の達書の写。濃州・勢州・尾州川々の普請について町人請負などにせず、今回の目論見どおり村々の百姓に申し付けるよう命じる。また手伝側から役人を多数出す必要はなく、現場の人足数を見届け、掛引きの世話をする役人がいれば御用は足りるので、無益な人数を派遣しないよう指示する。詳しい事項は一色周防守へ…

  59. 追録5-No.1341 本多正珍書状

    本多伯耆守正珍が宝暦四年正月七日、松平大隅守継豊へ返答する。若菜の祝儀として鯛一折を献上した件は披露を遂げ、一段の御仕合であったと通知する。継豊公御譜中・正文在文庫の注を持つ。本書に使者派遣や使者名の記載はない。No.1342の秋元返書は同日の同件だが差出人が異なる。

  60. 追録5-No.1342 秋元凉朝書状

    秋元但馬守凉朝が宝暦四年正月七日、松平大隅守継豊へ返答する。若菜の祝儀として鯛一折を献上した件は披露を遂げ、一段の御仕合であったと通知する。全上の注によってNo.1341と同件を扱うが、本書は秋元一名の返書である。冒頭は為若之御祝儀とし、菜脱カの朱注があるため、「若菜」の「菜」はこの注に基づく補読で…

  61. 追録5-No.1343 本多正珍書状

    本多伯耆守正珍が宝暦四年正月七日、松平薩摩守重年へ返答する。若菜の祝儀として鯛一折を献上した件は披露を遂げ、一段の御仕合であったと通知する。重年公御譜中・正文在文庫の注を持つ。本書に使者の記載はない。No.1341の継豊宛返書と同趣旨だが、本書の受取人は薩摩守重年である。

  62. 追録5-No.1344 秋元凉朝書状

    秋元但馬守凉朝が宝暦四年正月七日、松平薩摩守重年へ返答する。若菜の祝儀として鯛一折を献上した件は披露を遂げ、一段の御仕合であったと通知する。全上の注によってNo.1343の本多返書と同件を扱うが、本書の差出人は秋元一名である。使者名は記されない。No.1342は継豊宛で、本書は重年宛である。

  63. 追録5-No.1345 島津重年吉書

    島津重年が宝暦四年正月十一日、吉書として三箇条を命じる。第一は神社仏閣の修造を興行すること、第二は農事を勧めること、第三は国々の年貢を徴納することである。右三箇条の旨について沙汰するよう求め、如件と結び、末尾に重年御判の表示を持つ。重年公御譜中・正文在文庫の注を持つ。担当者名、納期、具体的な税率や不…

  64. 追録5-No.1346 堀田正亮外三名連署状

    西尾忠尚・松平武元・本多正珍・堀田正亮の老中四名が宝暦四年正月十一日、松平薩摩守重年へ連署で返答する。年頭の祝儀として使者をもって太刀一腰と馬代黄金十両を献上した件は披露を遂げ、一段の御仕合であったと通知する。全上の注を持つ。太刀の現物一腰と馬代の黄金を区別し、使者名は記さない。

  65. 追録5-No.1347 秋元凉朝書状

    秋元但馬守凉朝が宝暦四年正月十一日、松平薩摩守重年へ返答する。年頭の祝儀として使者をもって太刀一腰と馬代黄金十両を献上した件は披露を遂げ、一段の御仕合であったと通知する。全上としてNo.1346と同件を扱うが、本書は秋元一名の返書である。太刀は現物一腰、馬代は黄金十両である。使者名はない。

  66. 追録5-No.1348 堀田正亮外三名連署状

    西尾忠尚・松平武元・本多正珍・堀田正亮の老中四名が宝暦四年正月十一日、松平大隅守継豊へ連署で返答する。年頭の祝儀として使者をもって太刀一腰と馬代黄金十両を献上した件は披露を遂げ、一段の御仕合であったと通知する。継豊公御譜中・正文在文庫の注を持つ。No.1346の重年宛と同じ品数だが、本書は継豊の献上…

  67. 追録5-No.1349 秋元凉朝書状

    秋元但馬守凉朝が宝暦四年正月十一日、松平大隅守継豊へ返答する。年頭の祝儀として使者をもって太刀一腰と馬代黄金十両を献上した件は披露を遂げ、一段の御仕合であったと通知する。全上としてNo.1348と同件を扱うが、秋元一名の返書である。

  68. 追録5-No.1350 本多正珍書状

    本多伯耆守正珍が宝暦四年正月十二日、松平大隅守継豊へ返答する。公方と大納言の機嫌がよいことへの継豊の祝意を承知し、姫宮の大納言への御入輿を公表した件を継豊がめでたく思う旨も受け取る。姫宮には五十宮倫子との注がある。書面の趣旨は各々申し談じたうえで上聞に及んだと通知する。公表に対する祝意の取次ぎであり…

  69. 追録5-No.1351 秋元凉朝書状

    秋元但馬守凉朝が宝暦四年正月十二日、松平大隅守継豊へ返答する。公方と大納言の機嫌がよいことへの継豊の祝意を承知し、姫宮の大納言への御入輿を公表した件について、めでたく思うとの継豊の書面の趣旨を言上したと通知する。「全上」としてNo.1350と同件を扱い、本多返書は各申談・上聞、本書は言上した旨を記す…

  70. 追録5-No.1352 本多正珍書状

    本多伯耆守正珍が宝暦四年正月十二日、松平薩摩守重年へ返答する。公方と大納言の機嫌がよいことへの重年の祝意を承知し、姫宮の大納言への御入輿を公表した件をめでたく思い、使者を派遣した旨を受け取る。書面の趣旨は各々申し談じたうえで上聞に及んだと通知する。重年公御譜中・正文在文庫の注を持つ。継豊宛No.13…

  71. 追録5-No.1353 秋元凉朝書状

    秋元但馬守凉朝が宝暦四年正月十二日、松平薩摩守重年へ返答する。公方と大納言の機嫌がよいことへの重年の祝意を承知し、姫宮の大納言への御入輿を公表した件をめでたく思い、使者を派遣した旨を受け取る。書面の趣旨は言上に及んだと通知する。「全上」としてNo.1352と同件を扱い、本書は秋元一名が言上した旨を記…

  72. 追録5-No.1354 さえた外四名連署消息

    松嶋・岩橋・浦尾・たきつ・さえたの五名が、松平薩摩守様方の人々へ返答する。十二月六日付の書状を受け、公方と大納言の機嫌がよいことへの祝意を承知する。姫宮の大納言への御入輿について先月十一日に公表されたことをめでたく思い、その祝意をよろしく申し上げるよう依頼された旨も受け取る。十二月六日は来信日で、本…

  73. 追録5-No.1355 本多正珍書状

    本多伯耆守正珍が宝暦四年正月十八日、松平薩摩守重年へ返答する。公方と大納言の機嫌がよいことへの重年の祝意を承知し、暮冬に重年の妻女が御鷹の雁を拝領したことをありがたく思うとの書面の趣旨を各々一覧したと通知する。重年公御譜中・正文在文庫の注を持つ。本書には上聞・言上の明記がなく、謝意の受領・各一覧にと…

  74. 追録5-No.1356 秋元凉朝書状

    秋元但馬守凉朝が宝暦四年正月十八日、松平薩摩守重年へ返答する。公方と大納言の機嫌がよいことへの祝意を承知し、十一月十九日に公方から妻女が御鷹の雁を拝領した件について、ありがたく思うとの重年の書面の趣旨を承知したと通知する。全上としてNo.1355と同件を扱うが、本書は拝領日と公方からの下賜を明記する…

  75. 追録5-No.1357 徳川宗勝書状

    尾張中納言宗勝が宝暦四年正月廿三日、薩摩少将重年へ御報を送る。書状を披見し、去年冬に姫宮の大納言への御入輿を公表した件をめでたく思い、重年が念を入れて祝意を寄せたことをうれしく思うと伝える。重年公御譜中・正文在文庫の注を持つ。本書に使者の記載はない。

  76. 追録5-No.1358 重年、御鷹ノ鶴拝領シ礼使ヲ遣ハス

    重年公御譜の記事。前年十二月廿五日、家重が鷹狩で得た鶴一隻を国許へ賜り、西尾忠尚から山澤盛福へ宿次証文等を渡す。児玉實行・友野長堅らを付けて送り、宝暦四年正月廿一日、麑城で対面の場に迎えて拝領する。同日重年は島津図書久亮を謝恩使として江戸へ向かわせ、継豊も小林中太兵衛政央に謝恩の書を持たせる。先行の…

  77. 追録5-No.1359 さえた外四名連署消息

    松しま・岩はし・うら尾・たきつ・さえたの五名が、松平薩摩守様方の人々へ返答する。十二月十六日付の書状を受け、公方と大納言の機嫌がよいことへの祝意を承知する。先月十九日に公方から奥方が御鷹の雁を拝領した件を手前様もありがたく思い、謝礼を申し上げるよう頼まれた旨を受け取る。正文在文庫の注を持つ。十二月十…

  78. 追録5-No.1360 さえた外四名連署消息

    松しま・いは橋・うら尾・たきつ・さえたの五名が、松平薩摩守様方の人々へ返答する。十二月十六日付の書状を受け、公方と大納言の機嫌がよいことへの祝意を承知する。先月十九日に公方から奥方へ御鷹の雁を拝領させた件を手前様もありがたく思うとの謝礼は、大納言へ申し上げたと通知する。No.1359と同趣旨だが、本…

  79. 追録5-No.1361 本多正珍書状

    本多伯耆守正珍が宝暦四年正月十九日、松平大隅守継豊へ返答する。公方と大納言の機嫌がよいことへの祝意を承知し、同氏薩摩守重年の参勤時期を尋ねたところ、当七月中に参府するよう命じられたことをありがたく思うとの継豊の書面の趣旨は各々一覧したと通知する。継豊公御譜中・正文在文庫の注を持つ。参府命令への謝意を…

  80. 追録5-No.1362 秋元凉朝書状

    秋元但馬守凉朝が宝暦四年正月十九日、松平大隅守継豊へ返答する。公方と大納言の機嫌がよいことへの継豊の祝意を承知し、薩摩守重年の参勤時期について当七月中に参府するよう命じられた件をありがたく思うとの書面の趣旨を承知したと通知する。「全上」としてNo.1361と同件を扱い、本多返書が各一覧、本書は承知し…

  81. 追録5-No.1363 平田正輔申渡書

    平田靱負正輔が中馬源兵衛の名を掲げ、治水手伝の御用銀調達について申し渡す。入用額は未確定だが概ね十四・五万両ほどを見込み、当地から差し上げるのは調達が難しいため、上方で借り入れるほかないとする。当面別の重い御用はなさそうで、銀主の協力を頼み、出銀できる時には少しでも金を出すよう段々に事情を説明して熟…

  82. 追録5-No.1364 島津重年伺書

    島津重年方から一色周防守へ差し出した、治水手伝の準備と施工についての覚。本文の各条を吟味して相談し、去る二日に岩下佐次右衛門が一色の屋敷へ持参して見せたところ、各条に付紙で返答を受けたと記す。普請場所の絵図・帳面を近日中に渡されたいと願い、絵図はすでに渡し、帳面も近く渡すという返答を付す。青木次郎九…

  83. 追録5-No.1365 島津久馬・島津久郷在府家老連署返書

    正月四日、在府の嶋津主鈴・主殿が、伊勢兵部・義岡相馬・新納内蔵・鎌田典膳・平田靭負・市来左中へ、治水手伝の木屋掛その他と、国元から送られた総人数の賄い方について申し送る。押札には、これらをすべて町人の請方へ申し付けてよいとあり、その札のとおり申し渡したことを伝える。普請そのものを町人請負にしないとい…

  84. 追録5-No.1366 島津重年伺書

    一色周防守へ差し出した書付として、元木屋に置く役人・人員を列挙する。用人一人、用人格一人、留守居一人、本々役一人、目付一人、医師四人とし、外小役人、馬廻十二人、歩行士三十六人、足軽を掲げる。外小役人・足軽には本覚内で人数を記さない。末尾に右御場所へ差し出す分との説明があり、このほか惣奉行を始め国元か…

  85. 追録5-No.1367 一色政沆御勘定奉行指図書

    一色周防守から渡された書付の写。普請場で金銀の請払や人足の差引などを扱う役人は概ね三十人ほどが適当であろうと示す。その上で、惣奉行及びそれぞれの役について下役人・足軽は右の人数とは別にいると記す。三十人は現場の請払・差引担当の概数で、全動員人数ではない。金銀総額や各下役の人数は本書にない。

  86. 追録5-No.1368 島津重年伺書

    普請手伝方の人数案として小奉行三十人、歩行士百人、足軽二百人を掲げる。正月廿一日の一色周防守の指図注は小奉行人数を案どおりとし、広い普請場に対応するため歩行士三百人・足軽五百人ほどを出すのが適当とする。人数は当地方からの派遣と国元からの追派遣で賄い、不足すれば国許へ申し送る。また御用荷物と道中のため…

  87. 追録5-No.1369 普請小屋門出入条書

    島津主鈴久郷が治水手伝に当たり、元木屋・出張木屋に派遣する関係者へ門出入の手続きを申し渡す。役人・小役人が無札で外へ出る場合、御用又はやむを得ない理由を御用人へ届け、証文をもって御近習役から門通行を命じ、出発・帰着時にも報告する。支配に属する者、馬廻・新番・歩行士、役人家来・下人、国足軽・人足等は、…

  88. 追録5-No.1370 濃尾勢州川々普請場役人名書

    三州の御手伝普請場へ出向く役人を御留守居が報告する名書。目付代として石野三次郎・大久保荒之助・浅野左膳・新見又四郎、美濃郡代青木次郎九郎、代官吉田久左衛門を掲げる。美濃衆の高木内膳・玄蕃・新兵衛の三人は領地に居付き、直接普請場へ出向くと説明する。御普請役の長岡文兵衛以下の役人、御徒目付の小知藤右衛門…

  89. 追録5-No.1371 島津重年請書案

    島津重年の請書案。奉書を拝見し、濃州・勢州・尾州川々の御普請手伝を命じられたことをありがたく思うと述べ、此節は参府に及ばないとの指示も承知する。御請を申し上げるため飛札を送ると結ぶ。宝暦四年正月廿一日付で、堀田相模守・酒井左衛門尉・本多伯耆守・松平右近将監・西尾隠岐守の方々の人々御中に宛てる。扣正文…

  90. 追録5-No.1372 島津重年請書案

    重年公御譜に収める請書案。奉書を拝見し、濃州・勢州・尾州川々の御普請手伝をありがたく受け、此節は参府不要との指示も承知する。御請を申し上げるため飛札を送ると記す。宝暦四年正月廿一日付、五老中の方々の人々御中宛で、No.1371と本文・日付・宛先が同じである。「扣正文在右筆所・佐々木様御案文」の注を持…

  91. 追録5-No.1373 島津重年請書案

    島津重年が五老中方と大納言御方秋元但馬守方へ謝礼を取り次ぐよう願う案文。公方と大納言の機嫌がよいことを喜び、濃州・勢州・尾州川々の御普請手伝を命じられたことをありがたく受け、此節は参府に及ばないとの指示も承知する。その礼を申し上げるため使札を送り、よい機会に御前へ取り成すよう依頼する。宝暦四年正月廿…

  92. 追録5-No.1374 徳川宗睦書状

    尾張宰相宗睦が宝暦四年二月二日、薩摩少将重年へ御報を送る。書状を披見し、重年が変わりなく過ごすことを喜ぶ。重年の参勤時期を尋ねたところ、当七月中に参府するよう命じられたとの連絡を受け、念を入れて知らせたことをうれしく思うと伝える。重年公御譜中・正文在文庫の注を持つ。七月参府の命令を受けたという重年の…

  93. 追録5-No.1375 島津重年書状

    少将重年が宝暦四年二月四日、中山王へ知らせる書状の控。先年江府へ赴いた使者が帰国したことに関連し、公方と大納言への御礼として湊川親方を通じ目録どおりの品を献上した件を扱う。使者をもって差し上げた品は披露を遂げ、奉書が渡されたので、それを差し越すと通知し、王に承知するよう求める。扣正文在右筆所の注を持…

  94. 追録5-No.1376 堀田正亮書状

    堀田相模守正亮が宝暦四年二月六日、松平大隅守継豊へ返答する。改年の祝意を受け、公方と大納言の機嫌がよく、年始の規式が相済んだことを継豊がめでたく思うとの趣旨を承知する。あわせて樽肴を献上した件は、各々申し談じたうえで披露を遂げ、一段の御仕合であったと通知する。継豊公御譜中・正文在文庫の注を持つ。使者…

  95. 追録5-No.1377 秋元凉朝書状

    秋元但馬守凉朝が宝暦四年二月六日、松平大隅守継豊へ返答する。改年の祝意を受け、公方と大納言の機嫌がよく、年始の規式が相済んだことを継豊がめでたく思うとの趣旨を承知する。あわせて樽肴を献上した件は披露を遂げ、一段の御仕合であったと通知する。全上としてNo.1376と関連づけるが、本書は秋元一名の返書で…

  96. 追録5-No.1378 秋元凉朝書状

    秋元但馬守凉朝の宝暦四年二月六日付返書。改年の祝意を受け、公方と大納言の機嫌がよく、年始の規式が相済んだことをめでたく思うとの趣旨を承知し、樽肴献上は披露を遂げ、一段の御仕合であったと通知する。重年公御譜中・正文在文庫の注を持ち、No.1377とほぼ同文である。宛名は松平大隅守である。重年御譜の出典…

  97. 追録5-No.1379 堀田正亮書状

    堀田相模守正亮が宝暦四年二月六日、松平薩摩守重年へ返答する。改年の祝意を受け、公方と大納言の機嫌がよく、年始の規式が相済んだことを重年がめでたく思うとの趣旨を承知する。あわせて樽肴を献上した件は、各々申し談じたうえで披露を遂げ、一段の御仕合であったと通知する。No.1376と同じ堀田の返答だが、こち…

  98. 追録5-No.1380 徳川宗睦書状

    尾張宰相宗睦が宝暦四年二月六日、薩摩少将重年へ御報を送る。陽春の祝意を寄せた書状を受け、国元で変わりなく年を越したことを喜ぶ。自身もつつがなく新年を迎えた旨を伝え、念を入れた年賀をうれしく思うと述べる。重年公御譜中・正文在文庫の注を持つ。使者や献上品の明記はない。

  99. 追録5-No.1381 濃尾勢州川々普請場条書

    薩摩守重年が宝暦四年二月、治水手伝に赴く者へ五箇条を命じる。第一は幕府からの指示を慎んで守り、諸事に精励して工事を成就させること。第二は幕府役人へ礼を尽くし、相手の意外な振舞いも堪忍すること。第三は普請場・小屋で高雑談等の不相応な行為を避け、火用心を固くし、出火には早く集まって鎮火すること。第四は喧…

  100. 追録5-No.1382 普請方申渡書并在府家老添書

    島津主鈴・島津主殿が二月六日、伊勢兵部・義岡相馬・新納内藏・鎌田典膳・平田靱負・市来左中へ、川々の御手伝普請の書付と手配を伝える。幕府から受けた五通のうち四通は本木屋に掲示し、一通は各普請場の惣奉行へ送り、御用人以下の氏名と歩行・足軽・鳶人足の人数、四場への配分人数を届けるよう求め、御用人八人・御小…