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追録5の目録

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全2,955件中 2801~2900件・29 / 30ページ

  1. 追録5-No.2736 御結納使者取持次第書

    十一月朔日、薩摩守側で結納祝儀使者を迎える取持次第で、表門から入れた品を馬廻が受け、四時に来着する御番頭衆を用人二人が迎えて書院三の間へ案内する。家老が口上を受け、二の間で酒肴を供し、上の間で薩摩守が対面して家老が太刀目録を披露し、盃を薩摩守へ納めて返答し、玄関まで見送り西門から退出する手順を定める…

  2. 追録5-No.2737 幕府指図書

    十一月、松平薩摩守へ、近く御能が催される際に御折一合を献上するよう指示する。

  3. 追録5-No.2738 松平武元外二名連署状

    松平右京太夫・秋元但馬守・松平右近将監が、十一月十二日(目録。原朱は十二月十二日)、松平薩摩守へ、若君誕生の祝儀として翌日に御能を催すので、見物するよう上意があったと伝える。長袴を着用し、六半時に登城するよう命じる。

  4. 追録5-No.2739 重豪、令嗣降誕ヲ祝シ登営ス

    十一月十三日、幕府が若君誕生を祝って御能を催し、重豪は命に応じて登城し、猿楽を観覧した。家治が大広間に出御して諸侯が拝謁し、三成の奏楽を経て、午頃の休演中には帝鑑間で膳食を賜った。終演後、再び家治に拝謁して退出し、この日は先例に従い御折を献じた。

  5. 追録5-No.2740 川田国福申渡書

    川田伊織が十一月、江戸芝屋敷の類焼に際して中山王が加勢として銀百貫目を差し上げたいと願った件について、先に銀子上納の意向を伝えて伺ったところ、願い通り差し上げるよう仰せが出たと記す。その旨を在番親方へ申し渡すよう指示する。

  6. 追録5-No.2741 高橋種寿・島津久郷連署書状

    高橋縫殿と島津主鈴が十一月十四日、島津圖書・山城・鎌田藏人へ、御用番への届出と一橋との掛合いを済ませ、朔日に保姫・刑部卿らへ使者を通じて結納の祝物を贈ったと報告する。両家の使者の取持ちは別冊・別紙次第書の通りで、淨岸院・眞合院・お薫殿へ祝物を贈り、太守からお榮・妙心院・嶺松院へ口上書と一種ずつを進め…

  7. 追録5-No.2742 島津久亮外二名連署返書

    島津圖書・山城・鎌田藏人が十二月廿八日、高橋縫殿と島津主鈴へ、結納の報告を承知して女中方に伝え、送られた口上書も差し上げたと返答する。先例に従って月次の礼に出た際に祝儀を申し上げ、女中方にも今日便で祝儀を伝えるよう求め、備中殿・自身らからも祝儀を申し上げたと報じる。婚姻の際の女中方への祝物・祝儀は御…

  8. 追録5-No.2743 重豪、御鷹ノ鶴拝領

    十二月三日、家治が市橋大膳長能を使者として、御鷹が捕らえた鶴一隻を重豪に賜った。重豪は先例に従ってその恩を拝した。

  9. 追録5-No.2744 家治、重豪ノ成婚ヲ賀ス

    重豪は幕府の許可を得て宗尹の娘保姫を妻に迎え、十一月朔日に結納を納め、十二月四日に芝邸で婚礼を行った。保姫は辰初刻に一橋邸を出て巳の終わりに芝邸東門から新奥へ入り、松平頼順・田沼意誠・松平信有・酒井忠仰らが送迎を務め、島津久柄の妻も儀礼を助け、田沼が輿を左中久金へ引き渡し、末吉利隆が貝桶を運び、主鈴…

  10. 追録5-No.2745 島津久亮外二名連署返書

    島津圖書・山城・鎌田藏人が正月六日、高橋縫殿と島津主鈴へ、婚礼の報告を承知して女中方に伝え、四日には女中方の御側御用人と納殿役人の使者を通じて祝物・口上書を送り、御相中使による祝物や家中の進上物も別に報じたと返答する。先例に従って総出仕し祝儀を申し上げ、隣国への通知の飛札も出し、備中殿らの祝儀、上臈…

  11. 追録5-No.2745-1 高橋縫殿・島津主鈴連署書状(保姫入輿・婚礼祝儀と贈答の報告)

    高橋縫殿と島津主鈴が十二月九日、島津圖書・山城・鎌田藏人へ、保姫の婚礼について事前に御用番へ名書を届け、四日卯上刻に供揃え、辰上刻に一橋邸を発し、九時前に東御門から入輿したと報告する。左中・主鈴が田沼能登守と末吉善左衛門から輿・貝桶を受け取り、三之間で下輿して化粧之間・蘭之間へ進み、お薫殿が侍上臈を…

  12. 追録5-No.2746 保姫入輿次第

    十二月四日辰上刻、保姫が刑部卿の屋敷表門から発輿し、八代洲河岸・日比谷御門・新橋・西之久保八幡・赤羽橋・諏訪安藝守屋敷前を経て東御門へ入る次第を定める。道筋の辻には馬廻二人・歩行二人・硯箱と料紙を持つ足軽四人を配置し、東御門と中門の左右に立番八人、先行女中の案内に奥附士一人・足軽四人を置く。輿渡の田…

  13. 追録5-No.2747 保姫入輿并祝宴次第

    保姫の婚礼当日、新奥の蘭之間・寝所・化粧之間などに掛物・立花・立松・棚飾りを設け、三之間で下輿した保姫を女中・年寄が化粧之間へ案内し、御待上臈が迎えて着座させる次第を定める。結熨斗と御愛敬の御守の受渡し、太守・新造・御待上臈の式三献を記し、盃は三献それぞれ三度、計九度上げ、熨斗・鶴の吸物・亀之甲五種…

  14. 追録5-No.2748 保姫入輿當日休息所祝宴次第

    保姫の婚姻当日、御奥での色直しを済ませた後の休息所・中奥での祝儀を定める。休息所の床を寿老人・立花・棚飾りで整え、入室後に熨斗、茶、吸物、三方に載せた土器と肴、銚子を順に進め、土器を取り上げる際には肴を本殿へ差し上げ、土器を本殿に下した後、肴を下し、家老へ順に御流を下す。杢殿と家老には次の間で吸物・…

  15. 追録5-No.2749 保姫入輿當日祝儀次第

    保姫の婚姻当日、淨岸院への料理、松平越前守方の見送使者・家老の来訪、各室の座飾りを定め、近習役・年寄から事前に料理の進上を伝える。熨斗・茶・雑煮・吸物・盃を進め、太守の盃の取替え、年寄・若年寄への雑煮と酒肴、意向に応じた三汁八菜、附用人・医師・用達・台所頭・同朋衆への二汁六菜、中臈・小姓・表使・部屋…

  16. 追録5-No.2750 保姫入輿規式次第

    十二月四日の保姫入輿に際し、門・辻の立番、火消し、小番・大番の警備、家老の子持筋嘉珍熨斗目・長袴、用人・近習役の長袴、納殿役人の半袴など役別の衣装を定める。婚姻日と祝物を一門へ伝え、附使者を鴈之間で二汁五菜でもてなし、松平民部大輔を招き、一橋へ赴く時宜により若櫻田屋敷へ来訪する場合の吸物・菓子・案内…

  17. 追録5-No.2751 保姫入輿行列次第

    保姫入輿の行列を図示し、先頭の左右に御使之者を置き、御徒・徒頭・目附、小十人、挟箱持・書同心・弓同心・長刀持などの配置と人数を列記する。召替輿は十人、貝桶は八人、百々曲乗物は八人、先乗女中は六人、本輿は二十人で扱い、日傘・傘持、奥之番・大御番・納戸頭・医師・用達・用人なども配する。供女中と見送女中の…

  18. 追録5-No.2752 酒井忠寄外四名連署状

    酒井左衛門尉忠寄・松平右近将監武元・秋元但馬守凉朝・井上河内守正経・松平右京大夫輝高が十二月十四日、松平薩摩守重豪へ、翌十五日の「五時」に登城し、婚姻の御礼を申し上げるよう通知する。五名の連署と、朱書の宝暦十二年という年記を伴う。

  19. 追録5-No.2753 重豪、婚儀成ルヲ禮謝シ将軍へ獻物ス

    十二月十五日、婚姻の礼が整った重豪は家治へ縮緬十巻、御台所へ白銀五枚を献じて礼を述べる。当日は病があり登城できず、阿部豊前守正固を名代とした。夫人も家治へ縮緬五巻・二種一荷、御台所へ巻物三つ・一種一荷を献じた。

  20. 追録5-No.2754 松平輝高書状

    松平右京大夫輝高が十二月十八日、松平薩摩守へ、今朝献じられた蜜柑二箱・炙鮎一箱を披露したと知らせる。披露の結果を「一段之御仕合」と伝え、恐々謹言で結ぶ。

  21. 追録5-No.2755 むめた外六名連署消息

    松しま・高をか・うら尾・いは瀬・いさ野・たき川・むめたが松平薩摩守への歳暮の返書で、公方・御台・若君の健勝と、姫君出生後の健やかで賑やかな祝いを喜ぶ。歳暮祝儀として目録通りの品が進上され、めでたく受納されたことを伝え、幾久しい健勝・長久・繁昌を祝う。

  22. 追録5-No.2756 島津重豪進上太刀目録

    重豪名義で、備前国盛景の刀一腰を進上する目録。刀の銘と数量を記し、「以上」と結ぶ。

  23. 追録5-No.2757 進上太刀拵書

    十二月二十一日、里披きの際に一橋宗尹刑部卿へ進めた刀の仕様を記す。刀は備前国盛景、長さ二尺三寸六分、代金二十五枚で、三所物は廉乘作、鎺は二重金、切羽は金、鍔は赤銅磨、縁は赤銅七子とする。柄は鮫に白糸巻、鞘は黒塗、鳩目は金とし、下緒、小刀寿命、緞子の袋も列挙する。

  24. 追録5-No.2758 重豪、宗尹ノ家臣ヲ招キ饗応ス

    婚礼が整い、重豪は徳川宗尹を芝屋敷へ招こうとしたが、家作がまだ完成していないため、十二月二十五日に宗尹の家老田沼能登守意誠以下の番頭・用人を芝屋敷へ迎えて饗応した。宗尹方の支族末家も招いたが来臨がなく、宗尹とその嗣子治済へ各々樽重一組・芳茗一匣・鯛一折・美酒二樽、松平大藏大輔頼順へ樽重一組・芳茗一匣…

  25. 追録5-No.2759 徳川家治御内書

    家治が十二月二十七日、薩摩少将へ、歳暮祝儀として献じられた小袖一重の到来を喜ぶと伝える。委細は井上河内守から述べるとし、家治公の墨印を伴う。

  26. 追録5-No.2760 松平康福書状

    松平周防守康福が十二月二十八日、松平薩摩守へ、使者を通じて若君に献じられた破魔弓一飾を、首尾よく披露したと返答する。康福の判と署名を伴い、恐々謹言で結ぶ。

  27. 追録5-No.2761 島津久郷・高橋種寿連署首尾書

    高橋種寿・島津久郷が十二月二十八日、在国の島津久完ら四家老へ、二十一日の三ツ目祝に太守は九ツ時、御前は五ツ時に一橋へ赴き、祝儀を済ませ、太守は暮六ツ時過ぎ、御前は夜入四ツ時過ぎに帰館したと報告する。帰館後の主殿・家老・側御用人・近習役の祝詞を記し、菊姫の三ツ目には隅州らが祝詞を述べ、女中には不要とし…

  28. 追録5-No.2762 島津久完外三名連署返書

    島津久完・久定・菱刈実詮・鎌田政芳が一月三日、高橋種寿・島津久郷へ、三ツ目祝が済んだ旨を承知し、太守・御前への祝詞は使者状で申し上げると返答する。五ツ目の作法は真含院の婚姻時の例に準ずるよう伝える。真含院の三ツ目祝には御守殿・お喜代にも祝詞を述べた記録があるが、今回は太守・御前のみとの通知に従い、御…

  29. 追録5-No.2763 高橋種寿・島津久郷連署申渡書

    高橋種寿・島津久郷が十二月、二十一日に重豪と御前が一橋へ赴く三ツ目祝・里披の手配を申し渡す。玄関・書院・大奥での役人配置、太刀・目録の受渡し、刑部卿・民部卿・隼之助・鎌三郎との三献、保姫との対面、太守への三汁十菜、長袴・半上下等の服装と道筋・供廻りを定める。太守から刑部卿へ太刀一腰・馬代金一枚・縮緬…

  30. 追録5-No.2764 島津重豪吉書

    重豪が宝暦十三年正月元日に判を据え、「長生殿裏春秋留、不老門前日月遅」と記した吉書で、「留」には「富カ」の校注がある。包紙には、二月十日に山田喜三右衛門から届けられ、市来瀬兵衛が白木御文書五番箱へ納めたと記す。

  31. 追録5-No.2765 重豪、宝暦十二年在国公辺記事

    重豪の宝暦十三年正月から十二月までの動静を列記する。翁舞の観覧、求馬の急病死、火災に伴う二万両の借入れと四千両の返納許可、二月の水痘、四月十五日の登城と二十八日の芝出発、六月十四日の出水到着・二十一日の府城到着を記す。御側御用人・御納戸奉行らの任免、老齢で多務の島津貴寧への政務免除と腰刀下賜、近寺士…

  32. 追録5-No.2766 松平康福書状

    松平周防守康福が正月七日、松平薩摩守へ、若菜の祝儀として献じられた鯛一折を披露したと知らせる。その結果を「一段之御仕合」と記して返答する。

  33. 追録5-No.2767 酒井忠寄書状

    酒井左衛門尉忠寄が正月七日、松平薩摩守へ、若菜の祝儀として献じられた鯛一折を披露したと知らせる。その結果を「一段之御仕合」と記して返答する。

  34. 追録5-No.2768 島津重豪吉書

    重豪が正月十一日、神社仏閣の修造興行、勧農、国々の年貢収納の三箇条について沙汰を行うよう命じる吉書。包紙には、「右國書殿」より二月九日に渡され、市来瀬兵衛が白木御文書五番箱へ納めたと記す。

  35. 追録5-No.2769 秋元凉朝書状

    秋元但馬守凉朝が正月十一日、松平薩摩守へ、年頭祝儀として使者を通じて献じられた太刀一腰と馬代黄金十両を披露したと知らせる。その結果を「一段之御仕合」と記して返答する。

  36. 追録5-No.2770 松平康福書状

    松平周防守康福が正月十一日、松平薩摩守へ、年頭祝儀として使者を通じて献じられた太刀一腰と馬代黄金十両を披露したと知らせる。その結果を「一段之御仕合」と記して返答する。

  37. 追録5-No.2771 松平輝高書状

    松平右京大夫輝高が二月十五日、松平薩摩守へ、七夜祝儀の産衣を献上する使者を、翌十六日の四時に城へ出すよう指示する。

  38. 追録5-No.2772 島津重豪書状

    重豪が二月十八日、中山王から前年の年始祝いの使者と目録通りの贈品を受けたことに礼を述べる。入念な贈答を喜び、「猶期後喜之時候」と結ぶ。

  39. 追録5-No.2773 島津重豪書状

    重豪が二月十八日、中山王へ書状を読んだと伝え、若君誕生の祝いとして前年に豊見城王子が派遣され、書状二通と別録の品を贈られたことに礼を述べる。江戸での献上も滞りなく済み、目録通りに下された品を受け取るよう伝える。

  40. 追録5-No.2774 島津重豪書状

    重豪が二月十八日、中山王へ、惇信院(徳川家重)の薨去に際して前年に豊見嶺親方が派遣され、書状二通と別録の品を贈られたことに礼を述べる。入念な配慮を承知したと伝える。

  41. 追録5-No.2775 島津重豪書状

    重豪が二月十八日、中山王へ、萬壽姫君(本文注は家治二女)誕生の祝いとして前年に玉川王子が派遣され、書状二通と別録の品を贈られたことを喜び、礼を述べる。江戸での献上も滞りなく済み、目録通りに下された品を受け取るよう伝える。

  42. 追録5-No.2776 島津重豪書状

    重豪が二月十八日、中山王へ、自身の婚姻が整った祝いとして前年に豊見城王子が派遣されたことに礼を述べる。太刀一腰・馬代白銀百両と目録の品を贈られた入念な配慮を喜ぶと伝える。

  43. 追録5-No.2777 島津重豪書状

    重豪が二月十八日、中山王へ、肴を拝領した祝いとして前年に仲田親方を通じて太刀一腰・馬代白銀百両と別録の品を贈られたことに礼を述べる。入念な配慮を喜ぶと伝える。

  44. 追録5-No.2778 島津重豪書状

    重豪が二月十八日、中山王へ、前年の書状を読み、王の平安を喜ぶとともに自身も無事であると知らせる。唐蒔絵の料紙箱・硯箱一通と銅の香炉一つを贈られたことに礼を述べ、厚い配慮を喜ぶと伝える。

  45. 追録5-No.2779 島津重豪書状

    重豪が二月十八日、中山王へ、琉球船が難風に遭って「上州」に漂着し、処置を命じた件への謝礼として、前年に宜野灣親方を通じて別録の品を贈られたことに礼を述べる。その贈答を「過量之至」と述べて返答する。

  46. 追録5-No.2780 島津重豪書状

    重豪が二月十八日、中山王へ、琉球の伊平屋島の者が逆風に遭って肥前五島へ流れ着き、処置を命じた件への謝礼として、前年に宜野灣親方を通じて目録の品を贈られたことに礼を述べる。入念な配慮を承知したと伝える。

  47. 追録5-No.2781 重豪、竹千代の色直を慶賀せしむ

    二月二十五日、若君家基が産衣を替えた際、重豪は水痘を患っていたため幕府へ届け出る。三月朔日、使者を通じて若君へ小袖二襲・二種二荷、家治へ二種二荷、御台所へ同品を献じて祝った。

  48. 追録5-No.2782 松平康福書状

    松平周防守康福が三月朔日、松平薩摩守へ、若君の色直しの祝儀として使者を通じて目録通りに献じられた品を披露したと知らせる。その結果を「一段之御仕合」と記して返答する。

  49. 追録5-No.2783 松平輝高書状

    松平右京大夫輝高が三月朔日、松平薩摩守へ、若君の色直しの祝儀として使者を通じて目録通りに献じられた品を披露したと知らせる。その結果を「一段之御仕合」と記して返答する。

  50. 追録5-No.2784 重豪、郷士の善行を賞す

    市来郷の永井平五左衛門・與兵衛兄弟が三月朔日の夜、川浦弁指善右衛門宅へ米二苞と匿名の書を置き、前年秋の不作で飢えた村民へ分けるよう求めた。調査で兄弟の寄付と判明したが、僅かな品で名を出すのは恥ずかしいと述べ、公表しないよう求めた。重豪はその志を賞し、各々に太平布二匹を与えた。三月三日には若君家基が表…

  51. 追録5-No.2785 島津重豪伺書

    松平薩摩守重豪が三月二十九日、翌申年に琉球人を連れて参府するよう命じられた件について、出発時期の見込みを届け出る。琉球から薩摩への渡海は夏に一度で、翌夏に琉球人が国元へ到着し、支度を整えて翌秋に出発する予定と伝える。

  52. 追録5-No.2786 島津重豪伺書

    松平薩摩守重豪が三月二十九日、翌年の御代替祝儀に琉球中山王の使者が参る際、御台所への献上をどう取り計らうか、また先例のない萬壽姫君への献上をどうするか伺う。付紙には、御台所へは宝永七年の例書通り献上させ、萬壽姫君へは品を差し上げるに及ばないと記す。

  53. 追録5-No.2786-1 幕府指図書

    琉球中山王から御台所への献上について、文照院の御代替時には近衛家を介した島津家との由緒と中山王からの願い出により、献上を命じられた先例を記す。今回は先例との違いがあるため、例書を添えて松平右京大夫へ内意を伺い、三月二十九日に留守居有川勇馬が伺書を差し出し、追って回答すると伝えられた。朱注には、七月二…

  54. 追録5-No.2787 島津重豪書状

    重豪がまつ嶋・高をか・うら尾・いは瀬・いさ野・たき川・むめたへ、公方・御台所・若君の健勝を喜ぶ。妻から公方と御台所への不時の機嫌伺いと献上、若君への年中献上が許されたことを承知し、自身もありがたく思っていると礼を述べる。この礼を御台所・若君へ申し上げ、機会を見て御前のことをよろしく取り次ぐよう頼む。

  55. 追録5-No.2788 松嶋消息

    松嶋が保姫方の大崎へ、上々の長久と繁昌を喜び、保姫から御二方への年中献上のほか、不時の機嫌伺いと献上も年内二、三度ほど女使を通じて行うよう伝える。若君への年中献上は別紙通りに取り計らうよう求める。別記には土用と寒に御肴または御菓子から一種を女使で献上すること、姫君への上物には及ばないことを記す。

  56. 追録5-No.2789 重豪、帰国の暇を賜わる

    重豪は四月十三日、上使松平右京大夫輝高から帰国の暇を賜り、恩賜は先例通りであった。若君の使者松平周防守康福へ紗綾二十巻を贈り、老中の各邸を訪ね、板倉勝清と若年寄へは使者を通じて礼を述べた。十五日は命を受けて登城し、墨書院で家治に拝謁して御馬一匹を賜った。その後西丸で奏者番大岡兵庫頭忠喜に若君の恩への…

  57. 追録5-No.2790 島津重豪伺書

    重豪が四月十三日、十八日に妻が大奥へ参上して奉文を賜る予定を承知し、自身の御礼をどのように勤めればよいか指図を求める。朱注には、有川勇馬が御用番酒井左衛門尉へ伺書を差し出し、使者を通じて御用番と西丸の松平周防守へ御礼を申し上げるよう指図された経過を記す。御台所への御礼は用人を通じて口達する旨を示され…

  58. 追録5-No.2791 島津重豪伺書

    重豪が四月十三日、十八日の妻の大奥参上に伴い、自身と妻の御礼を使者で申し上げる方法を伺う。朱注には有川勇馬が御用番酒井と西丸周防守へ申し出て指図を得たとあり、十四日に御年寄八重崎を女使として本丸へ出し、公方・御台所・若君・萬壽姫君への礼について松嶋から返答を受けたと記す。御前の登城を断って八重崎によ…

  59. 追録5-No.2792 酒井忠寄外三名幕府老中連署状

    酒井左衛門尉・松平右近将監・秋元但馬守・松平右京大夫が四月十四日、松平薩摩守重豪へ、帰国の暇を賜った礼のため翌十五日五半時に登城するよう通知する。

  60. 追録5-No.2793 登城令書

    家来一人に御目見を仰せ付けたので、その者を召し連れて登城するよう命じる。

  61. 追録5-No.2794 島津重豪願書

    重豪が四月二十二日、帰国の暇を得たが男子がいないため、在国中に不測のことが起きた場合は、国元にいる島津杢(久峯、当年三十二歳)へ相続させ、跡職を変わりなく認めてほしいと願う。酒井左衛門尉・松平右近将監・秋元但馬守・松平右京大夫の四名に差し出す。包紙の注は、連名の書付と奉書を折綱で付けた封の取扱いを記…

  62. 追録5-No.2795 有川貞厚伺書

    松平薩摩守内の有川勇馬が四月二十四日、大御目付筒井大和守へ、無官の嫡子が御目見の際に綸熨斗目・白無垢を着用した先例、また老中の前で公の儀礼に臨む際の同様の先例を尋ねられた件について答える。薩摩守は無官の間、その装束を着用しなかったと報告する。

  63. 追録5-No.2796 松平康福書状

    松平周防守康福が四月二十八日、松平薩摩守重豪へ、使者を通じて若君に菖蒲御兜一飾を献じた件を、首尾よく披露したと伝える。

  64. 追録5-No.2797 重豪、帰国して礼使を派す

    重豪は四月二十八日に芝邸を発ち、久峯・久金らを伴い、五月十三日伏見、十五日大坂、二十一日坂越を経て舟で六月三日に豊前大里へ着き、十一日に薩府へ帰着した。同日、帰国報告と台恩への御礼のため北郷権五郎久富を江戸へ遣わし、久富は八月五日に芝邸へ着き、九日に酒井忠寄・松平康福を訪ね、他の老中・若年寄へも奉書…

  65. 追録5-No.2798 徳川家治御内書

    家治が五月二日、薩摩少将重豪へ、端午の祝儀として帷子・単物が届いたことを喜び、詳しくは酒井左衛門尉から伝えると告げる。

  66. 追録5-No.2799 松平康福書状

    松平周防守康福が五月二日、松平薩摩守重豪へ、端午の祝儀として使者により帷子・単物を献じた件を披露したと伝える。その結果を「一段之御仕合」と記す。

  67. 追録5-No.2800 秋元凉朝書状

    秋元但馬守凉朝が五月四日、松平薩摩守重豪への返書で、公方の健勝を喜ぶ書状の趣旨を尤もとし、四月二十九日に公方が増上寺の御霊前へ参詣したことを承知して恐悦を述べた旨も尤もだと伝える。書面の趣旨は各々申し談じて言上したと述べる。

  68. 追録5-No.2801 秋元凉朝書状

    秋元但馬守凉朝が五月十九日、松平薩摩守重豪への返書で、公方の健勝を喜ぶ書状の趣旨を尤もとし、五月八日に公方が東叡山の御霊前へ参詣したことを承知して恐悦を述べた旨も尤もだと伝える。書面の趣旨は各々申し談じて言上したと述べる。

  69. 追録5-No.2802 重豪、家重の法事に香奠を献ず

    六月十二日、増上寺で惇信院(徳川家重)の大祥忌法事が営まれた。翌十三日、重豪は番頭を使者として白銀十枚を献じ、拝礼させた。

  70. 追録5-No.2803 松平康福書状

    松平周防守康福が六月十五日、松平薩摩守重豪へ、酷暑の折に使者を通じて公方・若君の機嫌を伺った件への返書で、両者が健勝であると知らせる。琉球布一箱、砂糖漬天門冬一器、赤貝塩辛一器、琉球泡盛酒二壺の献上を披露し、その結果を「一段之御仕合」と記す。

  71. 追録5-No.2804 松平武元書状

    松平右近将監武元が六月十五日、松平薩摩守重豪へ、酷暑の折に使者を通じて公方・若君の機嫌を伺った件への返書で、両者が健勝であると知らせる。琉球布一箱、砂糖漬天門冬一器、赤貝塩辛一器、琉球泡盛酒二壺の献上について、申し談じて披露し、その結果を「一段之御仕合」と記す。

  72. 追録5-No.2805 重豪、吉宗の法事に香奠を献ず

    六月二十日、東叡山で有徳院(徳川吉宗)の十三回忌法事が営まれた。翌二十一日、重豪は表用人で当時番頭役を務める島津登久連を遣わし、香奠銀十枚を献じて拝礼させた。

  73. 追録5-No.2806 酒井忠寄外三名幕府老中連署状

    松平右京大夫輝高・秋元但馬守凉朝・松平右近将監武元・酒井左衛門尉忠寄が七月六日、松平薩摩守重豪へ、生見玉の祝儀として黄金十両を献じた件を披露したと伝える。その結果を「一段之御仕合」と記す。

  74. 追録5-No.2807 松平康福書状

    松平周防守康福が七月六日、松平薩摩守重豪へ、生見玉の祝儀として黄金十両を献じた件を披露したと伝える。その結果を「一段之御仕合」と記す。

  75. 追録5-No.2808 酒井忠寄書状

    酒井左衛門尉忠寄が七月十二日、松平薩摩守重豪へ、惇信院(家重)の三回忌法事に際し、使者を通じて献じた香奠が増上寺に奉納されたことを言上したと伝える。

  76. 追録5-No.2809 重豪、中山王をして家重の訃を弔わしむ

    惇信院の訃報が琉球へ届き、中山王尚穆は前年に豊見城親方へ弔書を託したが、逆風で那覇へ戻り、荷が沈んで装備も潮水で損なわれたため渡航できず、今年改めて豊見嶺親方を遣わした。六月十四日の薩府到着後、重豪は清水源兵衛盛容を継使、田中甚助を宰領として江戸へ遣わし、一行は七月十八日に薩府を発ち、八月二十七日に…

  77. 追録5-No.2810 秋元凉朝書状

    秋元但馬守凉朝が七月二十日、松平薩摩守重豪へ、有徳院の十三回忌法事に際し、使者を通じて献じた香奠が東叡山に奉納されたことを言上したと伝える。

  78. 追録5-No.2811 島津重豪内意書

    重豪が七月、高橋種寿へ、世帯方を維持し難いので江戸詰人数をできる限り減らし、置いてきた役座も一旦引き取り、支障なく済むと見込める部署を引き揚げるよう内意を伝える。上下の際の供人数についても、公儀から少人数にするよう命じられていることを踏まえ、どこまで減らせるか検討させる。翌年は琉球人も同行するため旧…

  79. 追録5-No.2812 島津久完外四名在国家老連署申渡書

    島津久完ら在国家老が七月、高橋種寿へ、所帯方を維持し難い件を重豪が承知し、万事不如意のため、費用のかかることは仰せ付けられても省き、その都度申し上げるよう伝える。重豪がまだ承知していない事項も家老と相談し、一つずつ細密に吟味して所帯方を立て直すよう求める。末々の困窮を重豪も気の毒に思っているとして、…

  80. 追録5-No.2813 島津久完外四名在国家老連署申渡書

    島津久完ら家老が七月、高橋種寿へ、上方の借入銀と利払いが増え、前年の類焼に伴う高利借入や定式の入用を「仕上せ物代等之寄銀」で差し引いても、大概毎年三千八百貫目余の不足が生じ、極めて手迫りになっていると述べる。さらに芝屋敷大御書院その他の工事、公儀返上金、琉球人の祝儀などの臨時支出があり、江戸・京・大…

  81. 追録5-No.2814 山本済秋届書

    松平薩摩守内の山本猪散太(済秋)が七月晦日、御勘定奉行一色安芸守へ、未稼働・休山中の銅山を調べて出銅を図り、その有無にかかわらず吟味結果を勘定所へ書付で出すよう命じられた件について届け出る。国元に照会したところ、薩摩領内では元禄年間以来、銅気のある山を度々掘ったが、産出が少なく山の具合も悪く、損失が…

  82. 追録5-No.2815 松平康福書状

    松平周防守康福が八月四日、松平薩摩守重豪へ、八朔の祝儀として使者を通じて太刀一腰・馬代黄金十両を献じた件を披露したと伝える。その結果を「一段之御仕合」と記す。

  83. 追録5-No.2816 酒井忠寄外三名幕府老中連署状

    松平右京大夫輝高・秋元但馬守凉朝・松平右近将監武元・酒井左衛門尉忠寄が八月四日、松平薩摩守重豪へ、八朔の祝儀として使者を通じて太刀一腰・馬代黄金十両を献じた件を披露したと伝える。その結果を「一段之御仕合」と記す。

  84. 追録5-No.2817 酒井忠寄書状

    酒井左衛門尉忠寄が八月十五日、松平薩摩守重豪への返書で、惇信院の三回忌法事に際し、妻女が香奠を献じたいと伺った件が済み、ありがたく思っている旨を承知したと伝える。書面の趣旨を皆で一覧したと述べる。

  85. 追録5-No.2818 酒井忠寄書状

    酒井左衛門尉忠寄が八月十八日、松平薩摩守重豪への返書で、公方が健勝で、惇信院三回忌法事が増上寺で済み、六月十二日に公方が御霊前へ参詣したことに対する重豪の祝意を承知したと伝える。その使者の派遣も承知し、書面の趣旨を申し談じて言上したと述べる。

  86. 追録5-No.2819 酒井忠寄書状

    酒井左衛門尉忠寄が八月二十五日、松平薩摩守重豪への返書で、公方が健勝で、有徳院(徳川吉宗)の十三回忌法事が東叡山で済み、六月二十日に公方が御霊前へ参詣したことに対する重豪の祝意を承知したと伝える。書面の趣旨を申し談じて言上したと述べる。

  87. 追録5-No.2820 酒井忠寄書状

    酒井左衛門尉の留守居が八月二十九日、松平薩摩守の留守居へ、国元到着の御礼の使者である北郷権五郎(久富)を明朔日五時に登城させるよう伝える。「自分之御礼」も申し上げるので、その趣旨を承知しておくよう求める。

  88. 追録5-No.2821 小松清香申渡書

    小松式部清香が、帰国に伴う脇年頭の礼について、別紙通りの格式を定めたと伝える。今後太刀を進上する者は従来通りに取り計らい、寺院・社家・山伏らは参上人数が時々で変わるため、名書を下げる際に列の次第を調べて差し出すよう命じる。貼紙は九月二十日に小松式部から渡されたと記す。

  89. 追録5-No.2822 小松清香伺書

    小松式部清香が九月、家老へ、帰国に伴う十八日・二十二日の脇年頭礼について、地頭らの太刀納入、寺社・山伏・町年寄・唐通事等の御目見、琉球在番と中山王の年頭使の御目見・着座を区分して伺う。着城後すでに御目見した組中諸士の再拝礼は不要とし、中山王の年頭使と新在番が一緒に御目見する先例を調べるよう求める。浄…

  90. 追録5-No.2823 板倉勝清書状

    板倉佐渡守勝清が九月四日、松平薩摩守重豪への返書で、公方・若君の健勝を喜ぶ重豪の意を承知したと伝える。帰国の暇に白銀・巻物・御馬を賜り、若君からも拝領品があったことへの重豪の謝意を承知する。六月十一日の国元到着の礼として、北郷権五郎(久富)を通じて目録通りの品を献じた件も了解したと返答する。

  91. 追録5-No.2824 徳川家治御内書

    家治が九月七日、薩摩少将重豪へ、重陽の祝儀として小袖一重が届いたことを喜び、詳しくは秋元但馬守から伝えると告げる。

  92. 追録5-No.2825 松平康福書状

    松平周防守康福が九月七日、松平薩摩守重豪へ、重陽の祝儀として使者を通じて献じられた小袖一重を披露したと返答する。その結果を「一段之御仕合」と伝える。

  93. 追録5-No.2826 松平輝高書状

    松平右京大夫輝高が九月十一日、松平薩摩守重豪へ、若君の宮参りが済んだ祝儀として、使者を通じて目録通りの品が献じられたと述べる。その品を披露した結果を「一段之御仕合」と返答する。

  94. 追録5-No.2827 松平康福書状

    松平周防守康福が九月十一日、松平薩摩守重豪へ、若君の宮参りが済んだ祝儀として、使者を通じて目録通りの品が献じられたと述べる。その品を披露した結果を「一段之御仕合」と返答する。

  95. 追録5-No.2828 秋元凉朝書状

    秋元但馬守凉朝が九月十一日、松平薩摩守重豪への返書で、公方・若君の機嫌を伺う書状を受け取り、両者とも健勝であるので安心するよう伝える。併せて献じられた干鱠残魚一箱を各々と相談して披露し、その結果を「一段之御仕合」と知らせる。

  96. 追録5-No.2829 松平康福書状

    松平周防守康福が九月十一日、松平薩摩守重豪への返書で、公方・若君の機嫌を伺う書状を受け取り、両者とも健勝であるので安心するよう伝える。併せて献じられた干鱠残魚一箱を披露し、その結果を「一段之御仕合」と知らせる。

  97. 追録5-No.2830 秋元凉朝書状

    秋元但馬守凉朝が九月十三日、松平薩摩守重豪への返書で、公方・若君の健勝を喜ぶ重豪の意を承知したと伝える。暑中の機嫌伺いに際して妻女が拝領品を受けたことへの謝意を了解し、書面の趣旨を承知したと返答する。

  98. 追録5-No.2831 秋元凉朝書状

    秋元但馬守凉朝が九月十三日、松平薩摩守重豪への返書で、公方・若君の健勝を喜ぶ重豪の意を承知したと伝える。暑中の機嫌伺いに際して妻女が拝領品を受けたことへの謝意を了解し、書面の趣旨を各々が一覧したと返答する。

  99. 追録5-No.2832 松平康福書状

    松平周防守康福が九月十五日、松平薩摩守家の留守居へ、北郷権五郎久富を明日九半時に自宅へ差し出すよう命じる。

  100. 追録5-No.2833 秋元凉朝書状

    秋元但馬守凉朝が九月十五日、松平薩摩守家の留守居へ、国元到着の御礼の使者である北郷権五郎を、明日四時に城へ差し出すよう命じる。