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追録8の目録

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  1. 追録8-No.915-8 内厩方を二丸に設け、原五疋立馬とその見合馬を置く旨を家令等へ知らせる

    内厩方を二丸に設け、原「五疋立馬」とそれに見合う馬を置く旨を家令と関係先へ伝えるよう求める。朱明治二巳九月、知政所。役所の設置、立馬の原表現と見合馬を区分し、馬の総数や各馬名を独自に算出せず、馬の配置・施設完成や実受領完了は補わない。

  2. 追録8-No.916 従四位が翌二十七日出駕するため、三等官以下任職者と士族等は城下から御通筋へ出るよう伝える

    通達留。従四位が明二十七日に出駕するため、三等官以下の任職者および士族その他は一同、城下から御通筋へ出るよう伝える。関係先への周知を求める。明治二巳九月廿六日、知政所。通知の日と翌日の予定、官等範囲と原の罷出先を保持し、従四位を四人・三等官を三人とせず、具体的行程・供人数・実出発完了は補わない。

  3. 追録8-No.917-1 従三位源朝臣忠義に海陸兵軍功による高一万三千三百石を三年間下賜する

    海陸兵の軍功により、従三位源朝臣忠義に高一万三千三百石を三年間下賜する旨を記す。明治二年己巳九月、二年に枠と朱イ注。旧御番所御文書四番箱中、包紙には島津従三位忠義とあり、広紙一通との注がある。石高・期限・包紙・保管注を区分し、日付や発給者を補わず、No.917の2・4の石高と重ねて合計しない。

  4. 追録8-No.917-2 島津従三位忠義に北越から箱館に至る戦功による高一万石を三年間下賜する

    戊辰秋に北越へ出張して東京へ凱陣し、己巳春に追討命を奉じ青森へ出兵、蝦地各所で戦い箱館へ至ったことを戦功と評価し、島津従三位忠義に高一万石を三年間下賜すると記す。己巳九月、太政官。此詔書九月十四日賜ハルとの注がある。流賊・巣窟等は原文の呼称・評価として扱い、戦闘記事の年月と文書日付、下賜日を区分し、…

  5. 追録8-No.917-3 島津従三位忠義に乾行艦・春日艦の東北戦事への賞を目録の通り下賜する

    戊辰年の東北追討に際し、乾行艦・春日艦が戦事に勉働したことを評価し、島津従三位忠義に賞を目録の通り下賜すると記す。己巳九月、太政官、右一通との注。目録自体はこの本文に所収されず、金額・石高・物品を補わない。No.917の4末の以上三通九月十四日下賜・御履歴中にありとの注を関連づけ、原の賊徒等の呼称と…

  6. 追録8-No.917-4 嶋津従三位忠義に春日艦戦功の高三千三百石を三年間下賜し、艦長以下へ分与させる

    春日艦が己巳春の追討命を奉じ奥海・蝦地で戦い函館へ至ったことを戦功と評価し、嶋津従三位忠義に高三千三百石を三年間下賜し、艦長をはじめそれぞれへ分与するよう求める。己巳九月、太政官。以上三通は九月十四日に下賜されたと御履歴中にあるとの末注を保持する。流賊・巣窟等は原評価とし、各人が三千三百石を受ける扱…

  7. 追録8-No.918 複数日の役職増設と官等順、民事局・会計局・奉行の職掌改定を記す

    御履歴中。九月23日、軍馬役七等・砲兵小頭次、内厩役八等・内務局属下道具方頭助次、軍馬役助九等・砲兵伍長次。24日、軍営下長・裨官長・標官長を七等・砲兵小頭次。十月3日、兵器方吟味役六等・兵器奉行頭役次。4日、軍馬方筆者十一等・馬醫士の上。15日、民事局を会計局の上に置き、総裁一人が田宅・租税・賦役…

  8. 追録8-No.919-1 集成館と火薬製造局は軍器専用製造所なので、士族も従来通り製造方へ出て差し支えないと伝える

    集成館と火薬製造局は御先代様の深い思召によって設けられた軍器専用の製造所なので、士族も従来通り製造方として出て差し支えないと伝える。軍務局総裁に申し渡し、関係先にも周知するよう求める。朱明治二巳九月、知政所、通達留。先代の意図は文書の説明として扱い、先代の固有名、実出勤人数、製造量を補わない。

  9. 追録8-No.919-3 一同士族となった後も、養子は嫡庶・血統連続を明らかにして選ぶよう求める

    衆中から御小姓與への養子について双方の往来を許し、嫡庶の別と血統連続を考えて選ぶよう既に伝えていたと述べる。一同が士族となり区別がないと受け止められ、鹿児島士族を希望して続等不正の者を継目養子等に願う向きもあるとして、家統連続を重要とする原の判断から、以後は嫡庶・血統連続が明白な者を認める旨を再度周…

  10. 追録8-No.920-1 家格による元服旧儀を廃し、家名列順・支族の家統新古に基づく御目見、贈品、礼席を定める

    直元服・前元服・内證元服等の家格に付随する旧儀を廃し、嶋津珍彦殿以下の初めの御目見を改め、家名の列順と支族家統の新古倫次により定める。贈品は二等とし、嶋津珍彦殿から嶋津元丸までの名簿群は御太刀・御馬代銀一枚・三種二荷、川上東馬から鎌田源左衛門までの群は御太刀・御馬代銀一枚・二種一荷と記す。それ以外は…

  11. 追録8-No.920-2 嶋津珍彦殿以下の名簿群、その他士族、御目見の附士について御書院の礼席と杯を定める

    嶋津珍彦殿から嶋津元丸までは、御書院上段敷居から下三畳目で一人ずつ礼をし、上段敷居から上一畳目で杯を頂戴し、御挟肴が下され御返盃と記す。川上東馬から鎌田源左衛門までは、二ノ間下敷居から上一畳目で二人ずつ礼をし、同上四畳目で杯を頂戴する。それ以外の士族は三之間下敷居から三畳目で十人ずつ礼をし、その席で…

  12. 追録8-No.920-3 水上客屋を不用として廃止し会計総裁等へ通知する

    水上客屋について、不用となったため廃する旨を会計総裁に申し渡し、関係先にも伝えるよう求める。朱明治二巳九月晦日、知政所。不用は達の判断とし、建物の解体完了、所在地、利用人数、晦日を独自の暦日へ換算した日付は補わない。

  13. 追録8-No.921-1 兵器方吟味役を六等官・兵器奉行副役の次に設け、兵器方筆者と肝煎を廃止する

    通達留。兵器方吟味役を六等官として兵器奉行副役の次に設け、兵器方筆者・兵器方肝煎を廃する旨を軍務局総裁と関係先へ通知する。朱明治二巳十月、知政所、本文末に日はなく目録は十月三日。No.918履歴の兵器奉行頭役次という記載との異同を保持し、本達の副役次を改めない。官等・職位順・設置と廃止を区分し、兵器…

  14. 追録8-No.921-2 旧伊勢雅楽領地の岩川を岩川郷とし、末吉地頭・副役が引き続き指揮する

    末吉郷内の伊勢雅楽の旧領地岩川について、隊兵編制に際して従来の士気が振起し、一邑の兵員で常備兵制も整ったとして、諸外城と同様に一郷として立て、以後岩川郷と称するよう命じる。軍務総裁・地頭等へ通知する。但書では従来末吉地頭・副役の管轄だったので、引き続きその通り指揮するよう求める。朱明治二巳十月三日、…

  15. 追録8-No.922-1 従来の厩を軍馬方と称し、軍馬方筆者を十一等官で設ける

    通達留。従来の厩の名称を軍馬方へ改め、軍馬方筆者を十一等官として設ける旨を軍務総裁と関係先へ伝える。朱明治二巳十月三日、知政所。筆者の十一等官設置に続いて原「馬醫頭」とあり、上・次などの職位関係は補わない。No.918履歴の十月四日・馬醫士の上という記載との異同を保持し、日付や役名を統一せず、実任命…

  16. 追録8-No.922-2 本家軍役高十五石以上を残す分地別立条件と養子血統条件を定め、家督等の取扱いを地頭へ委ねる

    外城士族の分地別立は、本家に軍役高十五石以上を残し、五石以上を分地する者に認め、十五歳以上で軍役等を勤める年齢となってから願い出させる。隠居・家督・継目その他、従来地頭または旧領主が処置した事項は今後も地頭へ委ねる。養子は嫡庶・血統連続を第一に選び、同格に適当な者がなければ格違いの嫡庶または血統連続…

  17. 追録8-No.922-3 大口・羽月・山野を牛山郷、本城・曾木を太良郷、馬越・湯之尾を菱刈郷とする

    薩州伊佐郡内の大口・羽月・山野を合郷して牛山郷、隅州菱刈郡内の本城・曾木を合郷して太良郷、同郡の馬越・湯之尾を合郷して菱刈郷と称するよう定める。原「菱刈七ヶ郷」が小郷であること、兵隊編制・治事上の理由を挙げ、旧名の由緒によって合郷と名称を命じ、地頭と関係先へ通知する。朱明治二巳十月十日、知政所。伊佐…

  18. 追録8-No.922-4 諸郷軍役高を百石限から五十石限へ改め、過上高を一石二百貫文で郷内相対売買させる

    諸郷軍役高は百石限としていたが、常備兵の設置に際し無高の者も少なくないため再吟味したと述べ、諸郷の土着を踏まえて、以後諸郷一同を五十石限と定める。過上高のある者は一石二百貫文の直成で、それぞれの郷内で相対売買を混雑なく扱うよう地頭へ命じ、会計局等へ周知する。但し当秋収納を済ませてから本文の通り取り計…

  19. 追録8-No.923-1 朝廷職制に基づき民事局を会計の頭に設け、総裁二等官・筆者十等官とし奉行等の官等は従来通りとする

    通達留。朝廷の職制に基づいて民事局を改めて会計の頭に設け、民事局総裁を二等官、民事局筆者を十等官とし、民事奉行・副役・見習の官等は従来通りとする旨を関係先へ伝える。朱明治二巳十月十五日、知政所。会計の頭という局の位置、官等と従来維持を区分し、二人・十人の配置、会計局全廃、実任命者や就任完了は補わない…

  20. 追録8-No.923-2 民事局と会計局の職掌、市中事務に関する総判・聴受の除外を定める

    民事局は総裁一人が田宅・租税・賦役・驛遞・水利・開墾・牧場・市政を総判し、奉行も同掌とする。会計局は総裁一人が内外用度・金穀出納・物産営作を総判するが、市中の事を総判する件は除く。会計局奉行は総裁と同掌、内一人が市政を主当するが市中庶務・訴訟の聴受は除く。民事局新設に伴う職制変更を両総裁と関係先へ通…

  21. 追録8-No.924 箱館降伏者を鹿児島藩へ預ける命と、受取指示・名簿・上南林寺脇寮での取扱いを記す

    九月兵部省文は、箱館で官軍に抗敵し降伏した別紙の者を鹿児島藩へ預け、国元へ引き取り禁錮とするが見込みにより使役を認める。九月十四日写は明後十六日に芝山内で一之宮藩から受け取るよう指示し、櫻井莊三郎ら十五人の名簿を掲げる。十月十七日知政所達は原「櫻井莊三郎外二十四人」を到着後上南林寺脇寮へ置き、町役人…

  22. 追録8-No.925-1 諸局総裁から奉行・筆者までの当分在職人数と名書を早急に差し出すよう求める

    通達留。諸局総裁・奉行をはじめ筆者までの当分在職人数を朝廷へ届け出るため、人数と名書を早急に差し出すよう関係先へ伝える。朱明治二巳十月十九日、知政所。報告対象の役職範囲と提出指示を保持し、文中にない実人数・名簿内容、提出完了や朝廷受理完了は補わない。

  23. 追録8-No.925-2 兵器隊の俸禄を一等六石・二等五石・三等四石・四等三石六斗と定める

    兵器隊を設けたため、俸禄を一等六石、二等五石、三等四石、四等三石六斗と定め、関係先へ伝えるよう求める。一等から三等の三行に原「右三行軍功」との注がある。朱明治二巳十月廿二日、知政所。等ごとの額と軍功注を区分し、官等や実人数、四等の無功断定、年額月額の支給周期、実支給総額は補わない。

  24. 追録8-No.926 外国人への乱妨・抜刀等を戒め、本人と主宰者への処分および藩邸詰・邸外居住者の取締りを求める

    巳十月廿六日御布告の見出し。戊辰年以来の兵庫港・京都・堺・長崎・横濱等での外国人への乱妨と、東京で熊本藩の者が英国公使へ抜刀した件を挙げ、従来の布令にもかかわらず違反があるとして厳重取締りを求める。掃除論・血気小勇・卑怯・皇威を汚す等は布告の評価として扱う。再発時は本人と主宰者を厳重に処分し、府藩県…

  25. 追録8-No.927 従四位の神奈川着船・川崎滞在・着邸を伝え、後続文で永利郷をナガリと称するよう通知する

    前文は、従四位が去る朔日に神奈川へ着船して上陸・通行し、二日から四日まで川崎驛に滞在、五日に機嫌よく着邸したとの報告が来たと伝える。明治二巳十月廿七日、知政所、外略。去る朔日等の報告日を独自に月へ換算せず、所収抄文として扱う。続く永利郷之事と後文は、永利郷を原振仮名ナガリの通りに唱え替える旨を地頭と…

  26. 追録8-No.928 田中清之進が鹿児島藩の公用人として外国人乱妨取締の達への御請を弁官役所へ提出する

    戊辰年以来の諸所での外国人への乱妨に関する達を承知し、趣意を末々まで奉貫するよう急いで申し渡し、以後も一層厳重に取締る旨を伝えてあるため、御請を届けると記す。以上、鹿児島藩公用人田中清之進、朱明治二巳十一月四日、弁官御役所宛。承知・周知取締りを報告する文書として扱い、全員への伝達を独立検証した事実や…

  27. 追録8-No.929 中将から二丸へ休日・泊番・休暇届・酒宴服装椅子学問等の規定を伝える

    中将様から二丸御曲輪への達。家令以下内務局は休日を認めず、侍直長・侍直の泊番は従来通りとし、家令・侍直長・侍直・道具方が病気故障で暇を取る際は届けさせる。酒宴・遊興・歌謡、平常の戎服・乱髪、座中の椅子を禁じ、学問は実行を重んじ高上の議論を止めるよう求める。自儘の風習が行われるとの原評価から各条を伝え…

  28. 追録8-No.930-1 諸方附士の家筋職業に応じた士族願出と附士附属等の区分・呼称・支配を改める

    私領家来を各郷士族とする際、普代・新参・職業・身分差を定め名実相当を求めた趣旨に照らし、伝事・生産・営繕方の附士等を改める。伝事方附士は家筋由緒職分を記し来正月までに願い出て郷へ移る扱いとし、細工・紺屋等でも軍役可能な者を吟味するが、当分の医師・学館勤等は当地在勤を認める。船手の家筋・現職別に軍艦方…

  29. 追録8-No.930-2 諸局は到来御用をその日の詰合人数で議定し、当日翌日に成行を報告、やむを得ぬ延期は届けるよう求める

    一新以来冗官を省いた後は在官者が時勢を深く辨えて勉働すべきなのに、姑息の悪弊が残り故なく御用が数日滞る向きもあるという達の評価を述べる。今後は到来御用をその日の詰合人数で議定し、当日翌日の間に成行を報告させる。他方との掛合等でやむを得ず日延べする場合はその段を届ける。監察局の職掌として諸史の勤惰もあ…

  30. 追録8-No.930-3 都城の十村を上荘内郷、十五村を下荘内郷、大寺村の処を梶山郷とし、地頭は従来通りで下荘内に置く

    都城を吟味したとして、山田村等十ヶ村を上荘内郷、郡元村等十五村を下荘内郷と称するよう定め、都城内大寺村の処は梶山郷とする。分割した各郷を設けるが、地頭は従来通り任じ置き、下荘内に罷在するよう命じる。地頭・民事総裁と関係先へ知らせる。朱明治二巳十一月十五日、知政所。各村名は専用台帳へ転記し、原野々三谷…

  31. 追録8-No.931 忠義が召しに従い参朝し、主上から燕享を賜り数刻侍坐して夕に辞去したと記す

    御履歴中。十一月十五日、忠義が召しに従って参朝し、主上が御膝下に召して燕享を賜り、寛待・優偶が盛んで歓を尽くしたと記す。数刻侍坐して夕に辞去したとの記述を保持する。厚遇等は履歴の評価へ帰属し、数刻を現代の時間へ換算せず、参加者人数・献上品や新官位は補わない。No.932の同日参朝記事は別の系図記事と…

  32. 追録8-No.932 忠義参朝、斉彬従一位贈位、鶴嶺神社創建・祖宗霊遷魂と藩内寺院廃止令を記す系図抄

    御系図忠義公。明治二年十一月十五日、忠義が徴に応じ参朝し、玉座下へ近く召され燕を賜り、優渥に遇され侍坐して夕に下殿したと記す。二十二日、聖朝が斉彬の忠義を追感し従一位を勅贈したと記す。今茲鹿児島城山南麓に鶴嶺神社を創建し、是月二十五日に遷魂祭儀を行って、福昌寺等で祀る祖宗の霊を遷し神号を諡してすべて…

  33. 追録8-No.933-1 来二十五日の御代々遷魂祭で貞之助が祭主を勤める予定を神社奉行へ通知する

    通達留。来二十五日の御代々の遷魂祭で、貞之助様が祭主を勤める予定なので、神社奉行と関係先へ伝えるよう求める。貞之助には忠濟・久光男との注がある。明治二巳十一月十七日、知政所。通知日・予定日・祭主予定と原注を区分し、神社の固有名や実祭主就任・祭儀完了は補わない。

  34. 追録8-No.933-2 御能方を師家から役々・仕手等まで廃する旨を周知する

    御能方について、師家はもちろん役々・仕手等まで、すべて廃する旨を申し渡し、関係先にも知らせるよう求める。朱明治二巳十一月、知政所。役の廃止という文書の指示と対象範囲を保持し、個別師家の氏名、能そのものの禁止、舞台建物の破壊、廃止完了人数は補わない。

  35. 追録8-No.934-1 商売・日雇等で渡世する間は士族を差し上げ、後に軍役へ従事できる場合の本復条件と家内の扱いを定める

    御城下・諸郷・私領を一同士族としたのに、公然商売・日雇等を原「卑賤之職業」で渡世する向きがあるとし、困窮ゆえの場合もあるが士分の名義に不相当という達の判断から、その職業中は士族を差し上げるよう求める。乱髪・惣髪・戎服も差し留め、この職業で渡世できない者は伝事・地頭へ申し出させる。後に士分相当の軍役へ…

  36. 追録8-No.934-2 地頭・副役が各外城から一人を選び師員寮等で武文修行させ、兵糧の条件と半年交代を定める

    十一月軍務局条文は、外城の聞見・時勢理解に関する原評価を述べ、軍務局学問所の師員寮へ各外城から地頭・副役が一人を選んで出府させ、漢学方学寮にも配して武文を修行させる。四ツ・八ツ時の間は軍務局に出席し世上事情を探り、郷々へ事情や取締りを伝達して地頭等が成行を報告し、兵士の出府にも関わるよう求める。入寮…

  37. 追録8-No.935 斉彬の先朝多事に際する忠義を評価し従一位を勅贈する宣旨を記す

    御系図斉彬公。明治二年己巳十一月二十二日、従一位勅贈の記事と宣旨を掲げる。宣旨は贈権中納言従三位源斉彬朝臣を挙げ、先朝多事の際に外任にあって王室を心に存し、子弟を督励し国藩を鼓舞して上書献策・忠義を表し、後裔へ謀を遺して今日の盛業の基を開いたと評価する。深く追感して贈位を宣下するとの記述を保持する。…

  38. 追録8-No.936-1 斉彬の忠義献策等を顕彰して贈位を宣下する旨を従三位源朝臣忠義へ伝える

    従三位源朝臣忠義宛。贈権中納言従三位源斉彬朝臣が先朝多事に外任にあって王室を心に存し、子弟を督励し国藩を鼓舞し、上書献策・忠義を表して後裔へ謀を遺し今日の盛業の基を開いたと顕彰する。深く追感して贈位を宣下する旨を仰せ出されたと伝える。十一月太政官、本文に日と新贈位の具体位名はなく、末に枠内朱イン注。…

  39. 追録8-No.936-2 贈権中納言従三位源朝臣斉彬に従一位を贈り、藤原朝臣實美が宣し俊政が奉行する

    贈権中納言従三位源朝臣斉彬に従一位を贈る旨を記す。右大臣従一位藤原朝臣實美が宣し、大辨従三位藤原朝臣俊政が奉行する。明治二年己巳十一月廿二日、明治の二字に枠と朱イン注がある。対象の旧官位、新贈位、宣・奉行の役と各人の官位を区分し、署名者への従一位授与や新任官とはしない。No.935・936の1の対応…

  40. 追録8-No.937 当年限り半高上納救荒の扱いを踏まえ、久光忠義らの再度の賞秩返献を固辞できないと伝える

    壱番外包は賞秩返献を願ったが朝廷はその必要なしと告げた書附入りと記し、張紙に櫻井権少史から時任清左衛門が受け取ったとある。書付上部は巳十一月廿三日、久光・忠義宛。再三の返献建言に対し当年限り半高上納を命じ救荒に備える扱いとしたが、今般自分並びに西郷以下の賞秩一同返献を懇願したと述べる。至誠忠愛国の衷…

  41. 追録8-No.938-1 旧南泉院跡の御家御代々惣社創建と鶴嶺神社の社号を神社奉行等へ伝える

    通達留。旧南泉院跡に今般御家御代々の惣社を創建し、社号を鶴嶺神社と称するよう伝える。原にツルミネジンジヤの振仮名がある。神社奉行と承知すべき関係先へ通知する。明治二巳十一月廿九日、知政所。原の創建記述と社号通知、旧跡・振仮名を保持し、No.932の是月二十五日遷魂祭記事とは文書段階を分け、旧南泉院跡…

  42. 追録8-No.938-2 日新寺境内梅岳公神社傍に伊作・相州両家の惣社を設け、歴代の霊を遷し春冬神祭を行うよう求める

    伊作・相州両家は大中公の正統相続時に兼帯し、以来代々厚く祭祀してきたと説明する。今般日新寺境内の梅岳公神社の傍に両家の惣社を設け、御当地御惣社の振合通りに両家歴代の霊をすべて遷魂した上で改祭し、以後春冬の神祭を行う旨を神社奉行と関係先へ伝える。明治二巳十一月廿九日、知政所。両家・歴代の霊・原の大中公…

  43. 追録8-No.939 先代等の画像・肖像・木像・遺骸を指定社へ合祀し、一部旧寺地へ小社を設け社守・祭祀を定める

    諸所に安置した先代等の画像・肖像・木像・遺骸を、指定の社へ合祀する対応を列記する。浄光明寺内得佛公社、日新寺内梅岳公社、妙圓寺内松齢公社、福昌寺内英嶽殿、妙谷寺内貫明公社、諏方社宗源殿が合祀先となり、各旧寺名・対象・媒体は台帳へ個別転記した。阿多上宮寺・高山日新院・川邊玉泉寺は旧寺地の由緒から小社を…

  44. 追録8-No.940 庄内検地用帳の提供、士族居屋敷の石高別反数限度・軍役高扱い・余分売払を提案する

    御布達留。巳十一月廿九日上村休助の取次で伝えた希望文。庄内表検地に用いるため鹿児嶋士族等の屋敷検地帳を渡してほしいと申し出る。居屋敷限度を千五百石以下三反・五百石以下二反・二百石以下一反としたいとし、宅地の税地との関係から屋敷高を引き結び、無代銀で軍役高へ加え、過上分は定価で売捌き、従来無高の所持者…

  45. 追録8-No.941 支配役六等・支配役助十等を民事局へ加え、後に勘定役助八等を加えたと記す

    御履歴中。十二月三日、支配役を六等官・民事奉行副役の次、支配役助を十等官・民事局筆者の上として職員二科を加え、この二員が民事局で事を採ると記す。十五日には勘定役助を八等官・会計方調役助の次として一科を加える。職名・官等・職位順と追加日を区分し、二科・一科や二員の記述を実任命人数へ独自換算せず、担当者…

  46. 追録8-No.942-1 藩内出産の正金を時々見届け宝庫へ保護し、一時用務への取替を禁じる

    外包五番に従四位様御筆御書取三通とあり、上包には明治三年午八月廿九日と記す。所収御筆は、存慮があるため藩内出産の正金を時々見届けて宝庫へ保護させ、以後一時の用務に取替えることを厳禁し、よく趣意を得るよう求める。本文末は午八月で日不記。旧PDFから欠けていた下段右の末尾を通常・AI用修正版へ補収し全文…

  47. 追録8-No.942-2 戦功の細目を諸隊帰陣後に調べるため、先に恩賞の大綱を定め十分に賞する方針を求める

    外包・御書取。原「返逆無道之會賊」は滅んだが余党が片付かず、近く全勝報があるだろうという見通しを記す。恩賞の施しが肝要なのであらかじめ選定し、諸隊帰陣前で功労の浅深厚薄を調べ切れなくても大綱を立てれば細目の商議が容易になると述べる。当春以来諸隊が粉骨砕身し、長く戦い艱苦・重創苦痛の中も退屈せず勇進し…

  48. 追録8-No.942-3 容貌衣服の自由を見直し、朝廷沙汰まで治事局の平常戎服・乱髪を禁じ内務局も先の二丸別紙に従わせる

    外包・御書取・口達覚。容貌衣服は勝手次第と伝えていたが、考えるところがあるので朝廷の沙汰があるまで、治事局の平常の戎服・乱髪を認めないとする。先に二ノ丸御方で別紙の通り伝えられた旨に、我等も尤もと考えるとして、此方内務局も同じ事項なので別紙の通り心得るよう求める。末明治二巳十二月、日署不記。No.9…

  49. 追録8-No.943 歳久・忠朗の菩提寺を廃し神社祭祀を設け、五忠臣位牌・別庵・長谷神社等の扱いを定める

    歳久について、帖佐瀧ケ水の自盡と貫明公による心岳寺建立を述べ、寺を廃して跡に一社を建て神霊を崇め社司を置く。忠朗について、奉仕忠節と忠棟父子の叛逆による衰亡を原の評価・説明として述べ、笑岳寺を廃して自家で神霊を崇め、庶流伊集院四郎が祭祀を永続できるよう寄附高から七石を永く与える。忠長・政近・國貞・久…

  50. 追録8-No.944-1 会計方管轄以外の役場も含め、金穀出納の用務により調役・勘定役が時々出府するよう伝える

    通達留。会計方調役・同勘定役は、会計方管轄の役局はもちろん他の役場でも、金穀出納の事により時々出府するよう命じ、会計総裁と関係先へ伝える。朱明治二巳十二月八日、知政所。用務対象と出府の条件を区分し、固定の巡回周期・実出府人数や金穀出納額は補わない。Aを原印字・目録944の1へ訂正し、旧ID943-1…

  51. 追録8-No.944-2 華倉細工場を引き取り、同所跡に生産方管轄の金性分析所を設ける

    華倉細工場を引き取るよう命じ、その跡に生産方管轄の金性分析所を設ける旨を会計局総裁と関係先へ伝える。朱明治二年巳十二月、知政所。原の引取・跡地・新所・管轄を区分し、建物の解体、金性分析の対象成分や生産額、施設完成を補わない。Aを原印字・目録944の2へ訂正し、旧ID943-2と行を保持する。

  52. 追録8-No.944-3 近在庄屋の呼称を村長とし民事局総裁等へ知らせる

    近在の庄屋の呼称を村長へ改め、民事局総裁と関係先へ伝える。村長にはムラヲサの振仮名がある。朱明治二巳十二月、知政所。呼称変更を新しい村境・職務・官等や実任命者数へ置換しない。Aを原印字・目録944の3へ訂正し、旧ID943-3と行を保持する。

  53. 追録8-No.944-4 西洋醫院を本浄光明寺跡へ転局させ、西洋学校と称するよう伝える

    西洋醫院を原「本浄光明寺跡」へ転局させ、西洋学校と称するよう命じ、関係先へ伝える。朱明治二巳十二月十二日、知政所。施設の旧称・移転先・新称を保持し、医療をすべて廃したという解釈や建物完成・学生数・実授業開始は補わない。Aを原印字・目録944の4へ訂正し、旧ID943-4と行を保持する。

  54. 追録8-No.944-5 新勘定役助を八等官・会計調役助の次とし、当分勘定役助を勘定役見習へ改称する

    勘定役助を八等官・会計方調役助の次として設け、従来の当分勘定役助は勘定役見習へ名目を改める旨を、会計局総裁と関係先へ伝える。朱明治二巳十二月十五日、知政所。新設の勘定役助と旧当分役の改称を区分し、見習の官等を八等と補わず、実任命者・俸禄額・就任完了は補わない。Aを原印字・目録944の5へ訂正し、旧I…

  55. 追録8-No.944-6 諸郷の監察局関係御用は小頭から取り扱い、滞りなく辨別するよう伝える

    諸郷の監察局関係の御用は、小頭から取り扱い、今後滞りなく辨別するよう命じる。これを伝える旨を軍務局総裁に申し渡し、監察総裁・地頭と関係先へも知らせる。朱明治二巳十二月、知政所。用務の対象・取扱役・伝達先を保持し、小頭の選出人数や官等、監察権の全移管、実処理完了は補わない。Aを原印字・目録944の6へ…

  56. 追録8-No.945-1 従四位の帰城を伝え、珍彦一列と二等官以上に当日登城して従四位・従三位へ祝儀を申し上げるよう求める

    通達留。従四位が願いにより暇を賜って先月二十四日に東京を発駕し、去る二十一日に大坂を出艦、昨日二十四日に安康で着城したとの報告を伝える。嶋津珍彦殿一列と二等官以上は今日登城して家令へ申し付け、従四位・従三位へ祝儀を申し上げるよう求める。外略、明治二巳十二月廿五日、知政所。報告された過去行程と当日の登…

  57. 追録8-No.945-2 容貌衣服の自由を見直し朝廷沙汰までの治事局平常戎服・乱髪禁止を周知する

    容貌・衣服を勝手次第と伝えていたが考えるところがあり、朝廷の沙汰まで治事局の平常戎服・乱髪を認めないとの従四位御書取の内容を掲げる。一統承知し心得違いのないよう、関係先と諸郷へ漏れなく周知する。明治二巳十二月廿七日、知政所。No.942の3の口達覚本文と同じ制限に対応する別通知として保持し、恒久禁止…

  58. 追録8-No.946-1 龍尾竹田松原大平徳重長谷の六社について旧寺地と霊社対象を掲げ社号を伝える

    通達留。旧浄光明寺の御高祖霊社を龍尾神社、旧日新寺内梅岳公霊社を竹田神社、旧南林寺内大中公霊社を松原神社、旧妙谷寺龍伯公霊社を大平神社、旧妙圓寺内松齢公霊社を徳重神社、旧福昌寺跡慈眼公霊社を長谷神社と掲げる。今般の社建立に伴い、社号をこの通り称する旨を神社奉行と関係先へ伝える。明治二巳十二月、知政所…

  59. 追録8-No.946-2 軍神祭を正月三日へ改めて祝砲を命じ、武事初惣調練を七日とする

    軍神祭祀を従来の例年正月六日から三日に改め、祝砲を打つよう命じる。これに伴い武事初の惣調練を同月七日とする旨を、軍務局総裁・神社奉行と関係先へ知らせる。朱明治二巳十二月、知政所。行事の別と旧新日、祝砲指示を区分し、実祭祀・発砲完了や砲数は補わない。本文印刷は945の2、目録は946の2であり、A94…

  60. 追録8-No.946-3 常備兵編制の難しい坊泊・久志秋目・鹿籠を合郷して南方郷と称する

    坊・泊、久志・秋目、鹿籠は小郷で常備兵の編制が整い難いため、原の三ケ所を合郷し南方郷と称する旨を、地頭と関係先へ伝える。朱明治二巳十二月、知政所。原の三組と五地名を区分し、五郷合併や三人の兵員とはせず、人口・編制実数・現在の自治体境界は補わない。旧PDFの次巻表紙を除き、本文第1頁を保持した通常・A…

  61. 追録8-No.947-1 年頭の遥拝神社参詣、対象別礼席、軍神祭祝砲、政始講釈文学始武事始と総裁の報告を定める

    年頭御規式次第。朔日寅一刻に御書院庭上で東向して天朝遥拝、神祇拝席で勅祭社遥拝を行い、社司等の代参献幣、五社・甑ケ迫諏訪への参詣、龍出に先立たせ鶴嶺・照国・花尾を巡り、二丸で従三位へ慶賀する。二日は辰一刻から家令・珍彦一列と鹿児嶋士族を含む官等別の礼席・杯・返盃、三日は巳刻から外城士族・附士等や琉球…

  62. 追録8-No.947-2 軍務局内の軍神に照国社の神霊を配祀する旨を神社奉行軍務局総裁へ伝える

    今般軍務局内の軍神に照國社の神霊を配祀する旨を、神社奉行と軍務局総裁へ伝える。朱明治三午正月、知政所。配祀の対象と先、通知先を区分し、新神社の建立・神霊の物理的移送完了、祭神名の独自補完や配祀完了は補わない。

  63. 追録8-No.947-3 遥拝席設営担当と二丸在国病気時の別式を定め、神事を執政へ委ね調役助等を改める

    年頭規式手当として、朔日前日に御書院庭上へ天朝・神祇の遥拝席二所を設け、敷物・畳三枚・屏風三帖・蓮道・八足机・灯火・神酒洗米等と、道具方・神社奉行・出納奉行・家令侍直長の担当を定める。五社や鶴嶺花尾郡山への幣帛料銭五十疋、服装・登城差引・門開等も記す。続く二丸在国病気時の別式は、社名、代参献幣使、初…

  64. 追録8-No.947-4 執政の朝政紀綱神事惣判諸官統領と、神事調役の神社陵墓祭典議処を記す

    執政は朝政を奉体し、紀綱を主持し、神事を惣判し諸官を統領すると記す。神事調役は藩内の神社・陵墓・祭典等の事を議処する職掌を掲げる。本文に日付署名・個別氏名・官等はなく、目録は明治三年正月。No.947の3の職制変更通知と対応する内容として参照し、この欄へ五等官等の数字や任命者を補わず、別紙全文を所収…

  65. 追録8-No.948-1 医学学校三等から等外と病院七等から十一等の役職職掌を掲げ、従来授読以上を免じ当分掛・分科とする

    医学学校は学頭三等、一・二等教授四・五等、一・二等助教六・七等、都講八等、一~三等授読九~十一等、試補等外を掲げ、校事、教育試験・治療・処方と学科分担を記す。病院は大中少療頭七~九等、史生十等、看頭・薬局掛・種痘兼器械掛・製薬掛十一等の職掌を列記する。末では別紙三通の通り改め、授読以上の勤務者を一同…

  66. 追録8-No.948-2 藤田圭〔甫候補・末字留保〕・新宮拙藏・山本淳輔・奧山玄良・永井文齊に医学学校御用掛兼病院掛を依頼する意向を伝える

    藤田圭〔甫候補・末字留保〕・新宮拙藏・山本淳輔・奧山玄良・永井文齊を掲げ、医学学校御用掛を兼ね病院掛も頼みたいとの思召があるので、その旨を伝えるよう求める。本文日付署名不記、目録は明治三年正月。原の氏名と依頼意向の書式を保持し、正式官等や具体診療科、承諾・就任完了を補わず、No.948の3の被仰付と…

  67. 追録8-No.948-3 石神良策・足立愼吾・有馬意運・山下弘平の医学学校御用掛兼病院掛を周知する

    石神良策・足立愼吾・有馬意運・山下弘平について、医学学校御用掛を兼ね病院掛も命じたので、その旨を伝えるよう求める。朱明治三午正月、知政所。四名の役と被仰付・周知の段階を保持し、官等・診療科・実勤務開始は補わない。No.948の2の五名への依頼意向とは書式と対象を分け、両名簿を実就任人数へ合算しない。

  68. 追録8-No.949 旧寺号で呼んでいた墓所を清水高山草牟田長谷場等の地名呼称へ改める

    通達留。旧本立寺墓所を清水、旧興國寺を高山、旧隆盛院を草牟田、旧福昌寺を長谷場西、旧恵燈院を長谷場東、旧深固院を長谷場北、旧浄光明寺を上之原、旧南林寺を大門口、旧壽國寺を武、旧良英寺を田之浦の御墓と称する対応を列記する。旧大乘院内鍋休丸様の御墓は清水城下御墓とする。従来は寺号で呼んでいたが原「都而被…

  69. 追録8-No.950 易簡軽便が過度の自由に至ることを戒め、無礼を改め善事や旧慣を採る御趣意を報告する

    朱記に従四位様侍直長指宿市助を掲げ、今朝御前へ召出され趣旨を聴知したと記す。易簡軽便はよいが過度の自由へ至れば辨別が必要とし、容貌は二ノ丸と談合した先の通知に沿い、旧格の無礼不叶を改めつつ善事は従来通り採るという御趣意を述べる。配膳等を全廃せず、稽古・読書と原「基(ママ)・将棊」等の遊びの過ぎを戒め…

  70. 追録8-No.953-1 橋口與一郎の参政任命を関係先と佐土原・中山王へ周知する

    通達留。橋口與一郎を参政とした旨を関係先へ伝え、原「御裏其外様」に申し上げ、佐土原へ知らせ中山王も承知するよう、裏役頭・佐土原假屋守・琉球館聞役へ伝達を命じる。末正月知政所、年は目録明治三年。役職・本人と伝達経路を区分し、官等・給与・具体就任日や周知完了は補わない。Aを原印字・目録953の1へ訂正し…

  71. 追録8-No.953-2 貴嶋平八の糺明総裁任命を関係先へ周知する

    貴嶋平八を糺明総裁とした旨を関係先へ伝える。正月十八日知政所、年は目録明治三年。職名・氏名・通知日を保持し、官等、辞令交付・就任完了、断刑の実績を補わない。Aを原印字・目録953の2へ訂正し、旧ID953-1と行を保持する。

  72. 追録8-No.954-1 知政所達書(御蔵通称変更)

    通達留。旧大口手御蔵・牛山手、旧本城手・太良手を掲げ、菱刈表七ヶ郷をこのたび三ヶ郷へまとめたことに伴い、両御蔵の通称を掲示のとおり改める旨を地頭へ伝え、関係向々にも知らせるよう命じる。正月十八日知政所、明治三年の朱注がある。御蔵の呼称変更の通知であり、建物の移転や新設についての記載はない。

  73. 追録8-No.954-2 知政所達書(南方手形所)

    南方手形所について、三ヶ郷を合わせることになったため、本坊泊手形所を南方手形所と改めて設け、取扱いは従来の仕向けどおりとする旨を地頭へ伝える。関係向々にも周知するよう命じる。正月十八日知政所、明治三年の朱注がある。三ヶ郷の「郷」には「郡カ」の注がある。

  74. 追録8-No.954-3 知政所達書(焼酎仕込)

    当地と諸郷の焼酎造りは三月までに終えるようにしていたが、米価が日々高騰し、これ以上の値上がりは下民を困窮させるため、当分の仕込みは当月中に限って終え、その他は一切造ってはならないと命じる。会計総裁へ申し渡し、関係向々にも知らせるよう求める。正月十八日知政所、明治三年の朱注がある。

  75. 追録8-No.954-4 知政所達書(琉球詰諸役職制)

    琉球在番は四等官に準じ、俸禄八拾俵とする。乗船当日から御賦銀壱日銀弐拾八匁、地賄米同弐升八合八勺を支給し、二ヶ年一詰につき季禄銀五拾七貫目を別に下す。琉球詰検事は俸禄八拾俵、御賦銀壱日銀拾壱匁、地賄米同弐升壱合六勺、季禄銀弐拾五貫目。琉球在番筆者は十一等官に準じ、俸禄弐拾俵、御賦銀壱日銀八匁、地賄米…

  76. 追録8-No.954-5 知政所達書(軍艦方水夫取扱次第)

    軍艦方附士等を軍務局の支配とし、軍艦・商船等に勤める水夫総長以下の差別を定める。当地と久見崎の軍艦方附士について、士族が軍艦の水夫頭以下を務める名儀は相当でないとして、従来の勤務者をいったん廃し、人材に応じた職務を与える。水夫総長の名目は軍艦乗付に限り、その他の従来の三等水夫総長、生産方・商船の水夫…

  77. 追録8-No.954-6 知政所達書(鹿児島士族への養子)

    鹿児嶋士族の養子候補について、同士族内に相当の者がなく諸郷士族から願い出る場合、嫡庶を問わず父子・兄弟・孫または兄弟の子など血統が明らかな者には許可し、姉妹の子は認めないとする。附士・附属長へ足軽または附属から養子となる場合もこれに準じる。格外以下から養子となる者の父子・兄弟・孫で血筋が明らかな者は…

  78. 追録8-No.954-7 知政所達書(糺明局移転改称)

    糺明局を本糺方の跡へ移し、従来の跡場所は糺明席として設け、名称を糺明所と改める。本出張海軍所の跡には典獄と附士詰所を置く。糺明総裁へ申し渡し、関係向々にも知らせるよう命じる。正月知政所、明治三年の朱注がある。

  79. 追録8-No.954-8 知政所達書(人別取調方所管替)

    会計局が掌握してきた人別取調は民事局委任に当たる事柄であるため、今後は同局へ移し、鹿児嶋と諸郷の版籍・戸口の増減などを専ら調べるよう定める。総裁・奉行が指揮し厳密に処理するよう取り計らい、民事総裁と会計総裁へ申し渡して、関係向々にも周知する。正月知政所、明治三年の朱注がある。

  80. 追録8-No.954-9 知政所達書(生兵局廃止)

    遊軍隊生兵局の人数を廃した旨が仰せ出されたため、軍務局総裁へ伝え、関係向々にも知らせるよう命じる。正月知政所、明治三年の朱注がある。本文は人数の廃止を記し、人数の数値や各人のその後の配置は記されない。

  81. 追録8-No.955 島津氏家譜抄

    島津氏家譜から、明治三年正月に久光・忠義が連署して上書した記事を抄出する。久光・忠義の上書は本文では「以下左ニアリ、略ス」として省略される。別の上書記事は、米拾一萬七千七百六拾四石と金拾六萬九千七百九拾九両一歩三朱を朝廷へ献じ、朝廷が嘉納したと記す。その上書本文も省略される。年の干支は本文に「庚子」…

  82. 追録8-No.956 島津久光系図抄

    御系図の玉里久光公の項から、明治三年正月に久光・忠義が米拾壱萬七千七百六拾四石、金拾六萬九千七百九拾九両壱歩三朱を朝廷へ献じた記事と上書を抄出する。上書は、海内の干戈が収まり民が職業へ復し、維新の大綱を広げる時に、国内の兵備と外国交際には大きな費用がかかるため会計理財が重要であると述べる。父子は旧政…

  83. 追録8-No.957 島津忠義系図抄(賞典奉還)

    御系図の忠義公の項から三つの記事を抄出する。正月の記事は、前年夏に父子の多年の勤務と征戦の功によって顕位美官を与えられたことへ謝意を示しつつ、父子の功は列聖の神霊と天皇の威徳によるとし、位記・賞秩の返還を願う。許されず重ねて請願する理由として、功を故薩摩守斉彬に帰し、前年十一月に斉彬へ贈られた従一位…

  84. 追録8-No.958-1 島津久光・忠義連署上書(賞典返還)

    久光・忠義が連署し、前年夏に父子の長年の勤務と征戦の功によって顕位美官を与えられたことに感謝しながら、位記・賞秩の返還を願う。列聖の神霊と天皇の威徳による功であり、返還の願いは許されなかったが、功を故薩摩守斉彬に帰する思いを述べる。前年十一月に斉彬へ従一位が贈られたことと父子への位を重ねて受けること…

  85. 追録8-No.958-2 島津久光・忠義連署上書(米金献納)

    久光・忠義が連署し、戦乱が収まり四民が業に復した維新の時に、国内の兵備と外国交際には多くの費用がかかるため会計理財が重要であると述べる。旧政府の積債が外国へ移り朝廷がその負担を受けることを憂え、別紙に掲げる禄と金を奉献し、外債と海陸軍費への一助としたいと願う。上書本文には数量を書かず別紙を参照する。…

  86. 追録8-No.958-3 返献高并金目録

    奉献額の別紙として、御高拾壱萬七千七百六拾四石、御金拾六萬九千七百九拾九両壱歩三朱の二項を列記し、「以上」で結ぶ。年月日・署名・独立宛所はない。直前の久光・忠義連署上書が参照する別紙の額に対応する。

  87. 追録8-No.958-4 知政所達書(賞典・御高御金返献)

    与えられた賞典・位階の辞退と御高・御金の返献について、別紙二通のとおり願い出たところ、別紙三通のとおり仰せ渡されたと申し来た旨を伝える。この件を承知するよう関係向々へ周知する。三月知政所、年は目録の明治三年による。本文の二通・三通という内訳はあるが、その各通の全文を本通知に列記してはいない。

  88. 追録8-No.959 島津久光系図抄

    御系図の玉里久光公の項は、明治三年三月、賞典奉還を数回請願したことにより従二位を勅允され、金穀の献納も嘉されて勅允された旨を記す。献納数量はこの記事に記されない。

  89. 追録8-No.960 島津忠義履歴抄

    御履歴中の四記事を抄出する。二月二十日に漢学医院を再建し、職員は旧医院に準じ「待醫」に総括させる。二月には詔書を賜り、忠義が命を拝したと記すが詔書全文は載せない。太政官の一月の達は、府藩県の公廨を今後「何府」「何藩」「何県廳」と称し、支配地から出す願書・届書等は「某御役所」と記してよいとする。別の一…

  90. 追録8-No.951~952 神社奉行廃・神事調役助設置の履歴と、西郷吉之助辞職後の百五十俵一世養俸を記す

    原951御履歴中は明治三年庚午正月十四日の廃建として、神社奉行を廃し神事を執政が総判し、神事調役が藩内陵墓祭典を議処すると記す。調役助は七等官書記見習の次とし、調役自身の官等数字はこの欄にない。続く原952通達留は、西郷吉之助の辞職願を聞き入れ余儀なく免じるが、用務時には御前へ召して政事相談を受ける…

  91. 追録8-No.961-1 知政所達書(夫卒召集)

    出軍の際は従来、在夫を召し連れていたが、諸在の疲弊と苦情があるため、城下大隊を出すときは当地三町の人と諸所の中宿・家来・下人等から支障のない壮健者を選び用務に充てる。軍務局が計らって召し立て、あらかじめ夫卒を組織する。夫数が足りない場合は諸在の夫も召し、主取を立て、平日も厳重に取り締まる。民事総裁・…

  92. 追録8-No.961-2 知政所達書(中郷合併)

    東郷の内にある中郷は家部・人数が少なく、常備兵の編制も整えにくいため、以前のとおり東郷へ合併する旨を伝える。地頭へ申し渡し、関係向々にも知らせるよう命じる。二月知政所、明治三年の朱注がある。

  93. 追録8-No.961-3 会計局達書(銅銭他領出禁止)

    銅銭を他邦へ出してはならないが、領内で不足する米穀その他の品を他領から買い入れ、その代として銅銭を渡す分は許していた。近ごろ銅銭を海陸から他領へ持ち出し、藩内の銅銭が不足して人々の暮らしが難しくなっているとして、主人・頭からも注意を伝えるよう命じる。当地では生産奉行、下町津畑御番所詰検事、諸色方掛検…

  94. 追録8-No.962-1 知政所達書(寧姫婚姻・呼称・祝日)

    通達留の三通知を収める。第一は従四位様・寧姫様の婚姻が来る十五日に整う予定であると、関係向々へ通達する。第二は寧姫様の婚姻が今十五日に済んだため、嶋津珍彦殿一列と二等官以上は翌々十七日四ツ時に登城し、従四位様・従三位様へ祝儀を申し上げるよう伝える。外略とあり、この通知の朱記は明治三午二月十五日。第三…

  95. 追録8-No.962-2 知政所達書(内務局口番所改称)

    両御丸奥口番所を今後は内務局口番所と称する旨を関係向々へ伝える。明治三年二月知政所。名称変更の通知であり、建物移転や人員変更は記されない。

  96. 追録8-No.963-1 会計局達書

    諸色方には会計奉行、会計局調役または諸財掛出納奉行の出席を定める。米穀等の他領への積出しは詰検事が現物を調べ、届先へ送状を出してきたが、今後は諸色方掛検事の詰を不要とし、番所詰検事の取扱いとする。送状は出納奉行と会計局調役が取り扱い、検事は証印をし、随時差し通すよう試しに評議する。二月十九日会計局、…

  97. 追録8-No.963-2 糺明局達書(咎刑)

    咎刑の科目を設け、検事二人が検査すべき刑の施行へ出動するよう定める。当局から問合せがあれば、この取扱いを監察局へ伝えるよう求める。午二月廿二日糺明局、二月知政所の周知文を伴い、監察総裁へ伝える。年は目録の明治三年による。

  98. 追録8-No.963-3 知政所達書(軍艦乗付大工取扱)

    一等大工頭を士族以下の者が務める場合、一代軍艦方附士とする。二等・三等大工頭を附士以下の者が務める場合も一代軍艦方附士とする。一等から三等までの大工頭の取扱いは軍艦乗付に限り、そのほかの大工頭の区分は廃止する。ただし生産方や商船で勤めてきた者は吟味のうえ一等から三等に応じた大工頭助を命じる。軍艦乗付…

  99. 追録8-No.964-1 知政所達書(漢方医院)

    前年夏にいったん廃止した医院を、元の御製薬方の跡に漢方医院として改めて設け、都講以下を召し入れる。官等は旧医院に準じ、総括は待醫に命じる。間を繰り回して出席し、厳重に学則と課程を立てて教導し、それぞれの詰を定めるよう命じる。待醫へ申し渡し、関係向々にも知らせるよう求める。二月廿日知政所、明治三年の朱…

  100. 追録8-No.964-2 会計局達書(抜米取締)

    従来の抜米取締の申渡しを踏まえ、当年は諸国で米遣が多く、原文の「直成」も他藩と競い過分の行達があるとして、抜米の懸念から一層の取締を求める。抜米を発見して届け出た者には石数に応じて褒美を下すとし、速やかに津畑番所詰検事、地頭・副役またはその郷の番所詰検事へ申し出るよう命じる。当地だけでなく外城諸所の…