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追録8の目録
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追録8-No.1212-2 旧藩札と新紙幣等の交換手続・期限を定める布告
価位確定印のある旧藩札を銅貨・新紙幣と交換するため、四月二十五日から第五国立銀行で取り扱う。三町では戸長が取りまとめて封印し明細書を添える。また太政官・民部省・三井の為替券証札は五月三十一日で通用を停止し、新貨幣への交換期限と受付時刻を告知する。
追録8-No.1212-3 絞油税則を廃止する布告
明治四年四月公布の絞油税則を明治七年十二月三十一日限りで廃止した旨を太政官が布告し、鹿児島県も第一・第二・第三大区の戸長へ周知して、別紙のとおり絞油稼業を認める。
追録8-No.1212-4 無許可の上京・他府県遊学等を禁じる布告
東京その他の府県へ遊学、対談、暇などで出向く者は順序を経て許可を受ける必要がある。無許可で上京する者は東京府への届出規則にも支障を来すため、違反者を処罰すると布告し、三町区長に周知を命じる。
追録8-No.1213 戊辰戦死者の墓参・祭典に遺族を出張させる達
戊辰の役で伏見・鳥羽・北越などで戦死した人々の墓参と祭典執行のため、県下から一般右人数を出張させる。戦死者家族のうち希望者は申し出るよう、三町区長と県下戸長へ命じる。
追録8-No.1214-1 署名肩書を府県名と士族・卒・平民で記す布告
人民の署名肩書から「貫属」「管下」の文字を除き、何府県の士族・卒・平民と記すよう定める。従来の規則や雛形に掲げられた肩書も、すべてこの方式に改める。
追録8-No.1214-2 警察局・警察出張所を設置し警察制度を改める布告
行政警察規則を四月一日から施行し、従来の捕亡吏・取締組・番人等の名称を廃して邏卒と改称する。県内では旧客屋に警察局を置き、三町取締所を廃して下町・上町・西山町に三か所の警察出張所を設け、人命・盗難・闘争・失火などの急事を最寄りへ届けさせる。
追録8-No.1215 官員への請願に伴う贈賄・贈答を厳禁する達
願意などの事件に関して官員へ贈賄や礼物を贈ることは以前から厳禁であり、違反者は軽重に応じ処罰する。旧弊に流され、任職や願済みなどの節に礼物を進送してはならず、本人だけでなく取次・進送した者も処罰し、名前が判明した場合は本人同様に罰する。
追録8-No.1216 旧御親兵の賞典漏れを調査し明細書を提出させる達
旧御親兵として出京し、解隊の前後に親または本人の病気などで帰省した者のうち、二人口の賞典を受けずに漏れた者がいるとの情報を受け、該当者を調査する。本人作成の明細書を案文どおり二通提出させ、六月十五日までに庶務課へ取りまとめる。
追録8-No.1217-1 医院内に極貧難病者の仮救療所を設ける布達
医院内に極貧の難病者を対象とする仮救療所を設け、定員二十人に限って入室を認める。救療を希望する者は、別紙雛形に基づく書類を添えて町区長・戸長を通じて申請する。
追録8-No.1217-2 旧藩札の第五国立銀行での交換期限を定める布達
旧藩札を第五国立銀行で交換する措置について、旧藩札所持者は卒業(交換終了)までに手続し、七月二十五日を期限として交換するよう布達する。
追録8-No.1218 島津忠義の子女出生を記す系図抄
島津忠義の子女として、暫丸・房姫・清姫・充姫・常姫・知姫を列記し、女子四人とする。明治八年八月十五日、鹿児島で母・斉彬女寧姫が女子を出産した旨を付記する。
追録8-No.1219 犯罪者等を島嶼へ居住させる旧藩以来の処分を廃止する布告
犯罪の軽重や父兄親類の願いにより大島その他の島へ居住させてきた旧藩以来の制度は、島民の害となり、現行法にも適合しないため廃止する。犯罪者は罪の軽重に応じ本刑に処し、教導を要する子弟は事情を申し出て処分を受ける。
追録8-No.1220-1 家禄・軍功禄を現米と代金で支給する換算・取扱い
家禄・軍功禄の総額と現米払・代金払の内訳を示し、石高別の現米・代金換算を定める。秋の収入不足米は過去三年の平均相場で大蔵省から受ける石代金とし、家禄高に応じて現米を按分し、不足分を代金で渡す。旧藩士族の家禄取扱いと関係各課の分担を整理する。
追録8-No.1220-2 No.1224後半と同文のため略載
本文に「本文又ハ一二二四号文書ノ後半ト同文ユヱ略ス」とあり、後掲No.1224後半の家禄米不足分と代金支給に関する本文を参照する。
追録8-No.1221 開拓地願出の検査と指令書提出を命じる布告
諸郷や近在に開拓地の願い出があった場合、官員を派遣して実地を検査する。障害がなければ許可の旨を達し、免許を受けた者は指令全書を添えて租税課へ申告する。
追録8-No.1222 県内の各招魂社を「招魂社」に統一改称する布告
各管内の招魂社に所在地名など種々の社号が付されているため、従来の社号を廃して一般に「招魂社」と称するよう内務卿が命じる。鹿児島県でも靖献神社の名称を招魂社へ改め、県内へ布告する。
追録8-No.1223 島津久光の拝謁を記す系図抄
島津久光が明治八年十一月二日に拝謁し、香間に祗候した旨を系図に記す。
追録8-No.1224 家禄不足米を現米と代金で支給する達
当年秋の家禄米が不足したため、過去三年の平均石代金と大蔵省から渡される低価の石代を基準に、家禄高に応じて購入した現米を按分する。不足分は現米と代金を取り交ぜ、少禄者の困窮に配慮して別紙割合により平等に支給する。
追録8-No.1225-1 士族家禄売買券書と旧藩以来の禄米取扱いを照会する文書
薩摩・鹿児島・宮崎管内の士族家禄は、旧藩以来、禄米を基準に給付され、荒蕪地開墾や家禄売買など独自の慣行がある。廃藩後の現米相場・券書・印税・売買手続を全国制度と整合させるため、家禄売買券書の交付や禁止範囲、旧券書の交換方法について大蔵卿へ照会する。
追録8-No.1225-2 家禄売買を許可し禄券の書式・届出・禄税を定める布達
やむを得ない事情がある家禄売買を当分旧慣により許可する。売買当事者の氏名・禄高を毎月取りまとめて翌月までに届け、金禄調帳の雛形に従って禄券を金額で記載し、禄税を収納する。禄券・代金受領証などの雛形と貼紙箇所も示す。
追録8-No.1225-3 家禄米を担保とする借金取引と訴訟上の取扱いを定める達
家禄米を担保とする金銭貸借で、情実不一致や私債主の愁訴が生じている。苦情がなければ引続き認めるが、家禄米を二重・三重に担保に入れる行為を禁じ、詐欺があれば処分する。借入人は米請取方法を戸長連印で納課へ届け、借替え等の際も所定の手続を行う。
追録8-No.1225-4 訴訟用罫紙と裁許状の見本を示す布告
同年十二月の布告で定めた訴訟用罫紙規則に関連し、訴訟用紙と裁許状を左記見本のとおりとする旨を布告する。訴訟用罫紙、訴訟文通用、裁許用などの用紙種別を示す。
追録8-No.1226-1 二十四時制による時鐘へ改める布告
時鐘の改正は、人民が新しい時辰儀に不慣れで誤る恐れがあるため猶予していたが、時刻を熟知するに至ったとして、二月二十日から既公布の方式どおり時鐘を改める。
追録8-No.1226-2 一日を二十四時に分ける時刻制度を定める達
従来は昼夜の長短に応じて十二時に分けていたが、以後は昼夜を平均して二十四時に分け、子刻から午前、午刻から午後と称し、以後の時刻表記に用いる。
追録8-No.1226-3 礼服着用時等を除く帯刀を禁止する布告
今後、礼服着用時と軍人・警察官吏など制服規定がある者を除き、帯刀を禁止する。違反者は刀を取り上げる。
追録8-No.1227 県庁事務を庶務・勧業・租税・警保・学務・出納の六課に改める布告
前年十月三十日の達に基づき、県庁内の事務区分を改め、第一課庶務、第二課勧業、第三課租税、第四課警保、第五課学務、第六課出納の六課とする。居吏生の職務もこの区分に従って改定する。
追録8-No.1228 地租改正中の開拓出願受付を停止する布告
管内各地から開拓の願いがある場合、官員の実地検査後、障害がなければ許可してきた。しかし地租改正に伴う法整頓を審議中であり、改正法の採用まで四月十五日以後の開拓出願を受け付けない。
追録8-No.1229 鹿児島裁判所の開庁時間と出訴手続を定める布告
県内に裁判所を置くにあたり、官員到着後の明治十七日から事務を開始する。開庁時間は午前九時から午後二時までとし、裁判所・旧聴訟課の門前に訴状等の名宛てを掲示する。刑事関係の出張検査と警察への告訴も含む取扱いを定める。
追録8-No.1230 地租改正で耕地・宅地・士族屋敷・町屋敷を丈量する布告
地租改正に伴い、郡村の耕地・宅地、引続券税地、士族屋敷、町屋敷をすべて丈量する。丈量方法と期限に従い、例外なく土地の面積を測って改正事務を進める。
追録8-No.1231-1 満6歳から14歳までの男女に就学を命じる布告
学齢の男女で未就学者がいる場合、障害のある者を除き、満六歳から十四歳までを必ず学校へ就学させる。一般教則により教育を受けさせ、年齢外の希望者も入学を妨げない。
追録8-No.1231-2 華頂三品宮薨去により三日間歌舞音曲を停止する布告
華頂三品宮が五月二十四日午後五時四十一分に薨去したため、布告到達の日から三日間、歌舞音曲を停止する。
追録8-No.1232 三品董子親王薨去により三日間歌舞音曲を停止する布告
三品董子親王が前日に薨去したため三日間歌舞音曲を停止するよう太政官が命じ、鹿児島県も六月十九日付で管内へ布告する。
追録8-No.1233-1 大区・小区の記載方法を改める達
これまで墨書していた「第何大区何小区」の表記について、今後は示された朱書の方式で認めるよう改め、県内へ周知する。
追録8-No.1233-2 所有地・開拓地等へ地番木札を設置させる布告
地租改正に伴い、所有地・自作地・開拓地などについて名義・地番を明示する木札を立てる。木札は縦三、四尺ほどの竹木を用い、田畑・宅地等の字名、反別、持主などを雛形どおり記す。
追録8-No.1234 活字印刷による布告配布と掲示場設置を定める布告
戸長からの告達が広い小区内で遅延し、人民への周知漏れが生じているため、活字版機械を購入して諸布告を印刷し、各小区へ一、二通ずつ配る。県庁門前と各大区戸長役所前に掲示場を設け、布告類を三十日間掲示する。
追録8-No.1235 年賀祝詞に伴う戸別の銀札等進上を翌年から辞退する書状
県内士族をはじめ年賀の祝詞を述べる旧来の厚意を喜ぶ一方、時勢を踏まえ、各戸が銀札や品物を差し出す慣行は翌丑年以後辞退すると伝える。
追録8-No.1236-1 霧島神宮教会講社の結社許可を周知する布達
霧島神宮の大少宮司が同宮教会講社について教部省へ申請し許可を得たため、各区戸長と打合せのうえ順次結社する。結社時に支障がないよう管内一般へ周知する。
追録8-No.1236-2 No.1233前半と同文のため略載
本文に「本文書ハ一二三三号文書前半ト同文ユヱ略ス」とあり、No.1233の前半に当たるNo.1233の1の大区・小区記載方法の本文を参照する。
追録8-No.1237-1 巫覡が人民を惑わせ医薬を禁じる行為を取り締まる布告
近来、巫覡が神の名を借りた妖妄な説で人民を煽動し、疾病や災難を祓うと称して医薬を禁じる事例があるため厳禁する。警保官吏が査察し、違反者は相当の処分に付す。戸長は区内人民へ漏れなく周知する。
追録8-No.1237-2 家禄・軍功禄の一部を代金で支給する達
従前士族・旧附士以下の家禄・軍功禄について、五分五厘分を代金で支給し、米による支給分との扱いを定める旨を布告する。
追録8-No.1237-3 松原神社造立の献金を取りまとめる達
松原神社の新造立に伴う献金について、金額と氏名を前掲の方式で記し、五月五日までに該当者宅へ届ける。戸長は献金を収納し、氏名を記した紙を第一課へ提出する。
追録8-No.1237-4 新旧の升・枡を比較校正し新器を使用させる布告
新しい水量器の一斗枡・五合枡・二合五勺枡・六合七勺五才枡・三合五勺枡などを旧枡と比較校正し、県内で使用してきた旧枡を新器で断定・廃棄する。六月十九日以後は新器を標準として売買での誤量を防ぐ。
追録8-No.1237-5 全国の府県を統廃合する布告
筑摩県を廃して飛騨国を岐阜県、信濃国を長野県へ編入するほか、熊谷・栃木・若松・磐前・鶴ヶ岡・敦賀・鳥取・飾磨・三潴・福岡・宮崎・香川・名東など各県を廃し、周辺府県へ管轄地を分合する全国的な府県統廃合を布告する。
追録8-No.1237-6 No.1237文書と同文のため略載(枝番未特定)
本文に「本文書ハ一二三七号文書ト同文ユヱ略ス」とある。No.1237は本表で複数枝番に分割されており、原文だけでは参照先枝番を特定できないため、No.1237文書群への参照として留保する。
追録8-No.1238-1 地租を地価百分の三から百分の二・五へ改定する布告
府県市街地等の地価百分の三で徴収してきた地租を改正し、各管内一般施行にあたり地価百分の二・五の税率とする旨を布告する。
追録8-No.1238-2 扶養回避を目的とする勘当・養子等を禁じる布告
親子の不都合や廉恥を理由とする場合でも、扶養すべき弟を養子に出すなど、扶養回避のための勘当・養子縁組をしてはならない。将来、家督相続時に本人の通名を改める際は戸長へ届ける。
追録8-No.1238-3 日向国諸郡の区画と区長管轄を定める布達
日向国の第十一大区から第十六区について、志布志・大崎・松山、都之城・三俣・荘内、高城・山之口、高原・小林・野尻・須木・高崎、飯野・加久藤・吉田・馬関田など所轄の町村を示す。土地の便宜に応じた区名とし、区長等の届出を命じる。
追録8-No.1238-4 鹿児島神道事務分局の鎮祭・開講式を告知する布達
鹿児島神道事務分局で伊勢皇大神宮の分霊鎮祭と開講式を行うため、十二月十七日から十九日までの施行予定を管内へ告知する。
追録8-No.1239 島津忠義の女子出生と普姫命名を記す系図抄
島津忠義の女子が明治九年十二月十三日に鹿児島で出生し、母を山崎拾女とする。明治十年一月五日、普姫と命名した旨を記す。
追録8-No.1240 家禄・賞典禄の金禄公債証書による支給方法を定める布告
家禄・賞典禄改正に伴い、現禄券売買の差許しを取り消し、家禄改正の公布どおり金禄公債証書を発行する。明治十年分から利子を渡し、旧都城県・旧宮崎県分も含め、禄高別に公債証書元金、現米、利子金額を定め、一定年限後に元金を消却する。
追録8-No.1241 金禄公債証書の高直し願出期限を定める布達
金禄公債証書による一時下賜について、大蔵省へ申告するため、将来証書を高売買したい者は一月二十日から二月二十八日までに高直しを願い出るよう布達する。期限後は取り調べをせず、高直しを一切聞き届けない。各郷は別紙雛形に従って願い出る。
追録8-No.1242 西郷隆盛等の出京に伴い戸籍・人員を届け出させる布告
西郷隆盛らの出京に伴う随行者について、雛形に従い、庁下は二月二十八日、各郷は三月十日までに各区戸長方へ漏れなく届け出るよう命じる。氏名・年齢・身分・親族関係・所属隊などを記載させる。
追録8-No.1243-1 柳原前光来航に伴う警衛兵と宿所を手配する達
勅使柳原前光の来航に際し、警衛兵隊・巡査等約二千人が上陸するため、宿所の用意などを戸長へ布達する。兵隊は旧客屋黒木学校、巡査は下会所広小路学校に宿泊させる。
追録8-No.1243-2 鹿児島県騒擾に際し人民の鎮静と事態収拾を命じる達
内務卿大久保利通が、鹿児島県の騒擾は私学校党の過激な青年らの挙動で、旧藩主父子とは関係がないと伝える。県令が説諭に努めても西郷隆盛らが承服せず抑止できなかった事情を踏まえ、処置は未定ながら十分鎮撫し、県下士民が動揺しないよう注意して人心を鎮静するよう命じる。
追録8-No.1244 西郷隆盛が熊本鎮台へ政府尋問のための通行を照会する書
西郷隆盛が、政府へ尋問するため明後十七日に鹿児島県を出発し、桐野利秋・篠原国幹と旧兵隊が随行する旨を熊本鎮台司令長官へ照会する。鎮台下を通行する際は兵隊を整列させ、自ら指揮することを受け入れるよう伝える。
追録8-No.1244-1 鹿児島県騒擾について裁判官が鎮静と寛典を求める上奏書
鹿児島裁判所在勤の長島鎮太郎・郡司盛武・小川重任らが、西郷隆盛らの上京と征討による県民の窮状を憂え、非常の裁断を願う上奏を提出する。中原尚雄らによる西郷暗殺計画とされる供述を根拠に、原に遡って首謀者を法律で処分し、人民を塗炭から救うよう訴える。供述・県内事情への判断は上奏者側の主張として記す。
追録8-No.1244-2 鹿児島裁判所在勤小川重任が県内情勢を侍従へ訴える書状
鹿児島裁判所在勤小川重任が侍従西四辻公業へ、上京した二級判事補吉本祐雄から現地事情を聴き、天皇へ伝えるよう依頼する。県民の困窮を救う仁慈の処置を願い、別途の上奏の取次を求める。
追録8-No.1245-1 西南戦争の征討方針と県民保護を求める上申書
鹿児島県令大山綱良が征討総督有栖川宮へ、県内で私学校士族を抑止してきた経緯と西郷らの上京理由を説明する。熊本での衝突と征討命令を憂え、無辜の県民を保護し、西郷の尋問の趣意も十分調べて寛大に処置するよう求める。大久保・川路による暗殺計画との説を主張し、征討の趣意を至急諭すよう願う。
追録8-No.1246 人吉・球磨の有志士族が国家危急に際し禁闕守護を呼びかける檄文
人吉・球磨の有志士族が、前年の「長・肥」の暴動や鹿児島県の事件、刺客の供述をめぐる人心の不安を述べる。国家の危急を傍観できないとして、有志の士が同心合力して禁闕を守護し、国恩に報い、臣子の義務を尽くすよう呼びかける。国家非常の際にこの大義を担い、方向を誤らないよう求める。
追録8-No.1247 島津久光への信頼を伝え誠意を尽くすよう求める勅書写
鹿児島県下の騒擾と有栖川熾仁親王の征討総督任命を述べ、島津久光を国家の元功として信頼する旨を伝える。議官柳原前光を遣わして勅意を諭させ、久光に誠意を尽くすよう求める。
追録8-No.1248 西郷隆盛等の征討と県民鎮静を命じる布告
上京途中の西郷隆盛らが征討を命じられたことと、中原尚雄らの供述を勅使が取り調べることを告げる。勅使護衛の巡査が供述者らを上京へ護送するため、県民はこの趣旨を理解して流言浮説に惑わされず安堵するよう布達する。
追録8-No.1249 西郷吉之助の熊本戦局判断と協同隊の探偵報告
三月十二日、西郷吉之助が大山綱良へ、熊本城の籠城策や戦局を論じ、地形・人心の利を踏まえ、軽挙や浮説に左右されず判断するよう求める。続く三月十三日の協同隊探偵報告は、久留米・柳川・肥前方面の政府軍の配置、死傷、地雷、病院、輸送、士気を列挙する。報告には探偵が得た情報や風説を含み、兵力・死傷者数を確定事…
追録8-No.1250-1 西南戦争の休戦と公正な審理を求める島津久光・忠義の見込上申
島津久光・忠義が、西郷隆盛らの政府への武装行動を違法と認める一方、中原尚雄ら捕縛者の供述と政府説明の食い違いを指摘し、至急の休戦と公正な審理を求める。西郷らとともに大久保・川路も召喚し、奏任以上を非常の裁判に列座させ、法に照らして真偽と罪責を明らかにすることを上申する。無辜の人民の救済と将来の禍根の…
追録8-No.1250-2 中原尚雄等捕縛事件の公平な審理を求める上申書
中原尚雄ら捕縛者の供述について、勅使柳原前光が島津久光・忠義の意見や現地事情を理解して上京することを受け、久光が三条実美へ再度の上申を送る。政府に当初の上申の真意を理解させ、捕縛者の裁判と大久保・川路ら関係者の説明を照合し、双方の事情を聴いて公正に処分し人民の災禍を除くよう求める。
追録8-No.1251 西南戦争で島津家の系図・文書・書籍を宝庫から救出した経緯を記す系図抄
西南戦争で鹿児島が戦場となることを憂慮し、島津忠義が島津家伝来の系図・文書・書籍等を岩崎の宝庫から救出した経緯を記す。東郷重持が官軍の許可を得て七十五荷を搬出し、邸員・旧藩士ら約五十人が二隻の船で桜島へ移送した。のち岩崎の宝庫は兵火で焼失したが、搬出品は災禍を免れた。築地邸の倉に残る諸家文書の写しや…
追録8-No.1252 島津忠義の鹿児島県下兵燹罹災者救助と褒賞を記す系図抄
島津忠義が鹿児島県下で兵燹に遭った者の救助として金六千九百四十四円余を差し出し、その善行を賞して朝廷から金盃一個を賜った旨を記す。
追録8-No.1253 兵燹罹災者救助金を出した島津忠義へ金盃を賜う達
鹿児島県下で兵燹に遭った者の救助として金六千九百四十四円余を差し出したことを奇特として賞し、金盃一個を下賜する。
追録8-No.1254 島津忠義の女子出生を記す系図抄
島津忠義の女子良姫が明治十一年二月十九日に鹿児島で生まれ、母を山崎拾女とする。良姫は久松定謨室となる旨を系図に記す。
追録8-No.1255 島津忠義の宮中陪食・観梅と梅の接ぎ穂下賜を記す系図抄
明治十一年三月十三日、島津忠義が宮中で陪食を賜り、天皇の手酌で盃を受け、庭園の梅を観覧したことを記す。近衛忠熙・黒田長溥が同席し、珍しい梅の接ぎ穂を下賜された。
追録8-No.1256-1 徳大寺実則の陪食参内通知と島津忠義の請書
宮内卿徳大寺実則が島津忠義へ、三月十三日正午の陪食に参内するよう通知し、服装は自由とする追書を添える。続いて忠義が、その命を承った旨を徳大寺実則へ返答する三月七日付請書を収める。
追録8-No.1257 公債証書売買の投機・不正を戒める布告
家禄・賞典禄改正で交付された公債証書の売買をめぐり、浮説や投機で利欲を図る者がいるため、売買規則と利子金支給方法を守らせる。密売・詐欺・将来の生計を損なう取引を防ぎ、旧鹿児島藩士族へ周知する。
追録8-No.1258 宮中陪食・庭園観梅・下賜品を記す日記抄
島津忠義が宮中の陪食へ参内し、天皇の手酌による盃を受け、近衛忠熙・黒田長溥とともに庭園の梅を観覧したことを日記抜萃に記す。珍しい梅数種の接ぎ穂を贈られ、午後四時に退出した。
追録8-No.1259-1 家督相続の年齢・協議・後見人を定める布告
十九歳十一か月までの未成年者が家督を相続するときは、士族・平民を問わず親族または適任者を後見人とする。十五歳以上は親族の協議によって後見を免じてもよく、女子の家督相続にも同様の扱いを適用する。
追録8-No.1259-2 今帰仁王子・三司官らと松田大書記官の琉球処分をめぐる応酬
三月二十八日、今帰仁王子・三司官らが、日本・清国との関係と琉球藩王の立場から廃藩置県の処分に猶予を求め、松田大書記官が清国との交渉要求を退ける。藩王の病気を理由とする十日間の猶予願いに対し、病気は城の引渡しを延期する理由にならないとして三十日正午の期限を維持する。交渉後、王子らは嘆願趣意を書面で渡し…
追録8-No.1260-1 家事と鉱山経営のため百五十日の寄留御暇を願う書
島津忠義が宮内卿徳大寺実則へ、前年十一月の着京後に鹿児島県下の事情を聞き、家事と鉱山経営の用件を処理するため帰県を願う。許可を得てフランスから雇った鉱山師に関わる事業の興廃・損益について自ら指揮する必要を述べ、往復の日数を除く百五十日の寄留御暇を許されるよう執奏を求める。
追録8-No.1260-2 家事・鉱山経営のため帰県し家族と再上京したいと願う書
島津忠義が三条実美・岩倉具視へ、家事と鉱山経営上の用件を自ら処理するため帰県の許可を願う。フランスから雇った鉱山師に関わる事業の損益を懸念し、県下で用件を済ませた後、翌一月に家族を引き連れて再び上京したいと申し出る。
追録8-No.1261 前年の金塊献上に対する書棚・錦下賜を記す系図抄
明治十一年五月六日、島津忠義が参内し、八景の間で宮内卿徳大寺実則から詔旨を伝えられる。前年の金塊献上への返礼として、紫檀の書棚一箇と錦一巻を下賜された。
追録8-No.1262-1 宮内卿徳大寺実則が島津忠義を午前十時参内へ招く書状
御用があるため、明六日午前十時に参内するよう島津忠義へ招請する。
追録8-No.1262-2 島津忠義の参内承諾請書と書棚・錦拝領の記録
五月五日の参内通知を受け、島津忠義が翌六日午前十時の参内を承諾する請書を宮内卿徳大寺実則へ出す。続く記録は、六日に八景の間で前年の金塊献上への返礼として紫檀の書棚一箇・錦一巻を拝領し、三条・岩倉・徳大寺へ礼の参上をしたことを記す。
追録8-No.1263 復古功臣事蹟編輯のため島津忠義が履歴書を提出する書付
復古功臣の事蹟編輯に際して履歴を求められたことを受け、島津忠義が私履歴を提出する。末尾に明治十一年戊寅と署名を記し、月は空欄となっている。
追録8-No.1264-1 鹿児島県警察課を警察本署へ改称する布達
鹿児島県の警察課を警察本署と改称することを、甲第六十一号として管内へ布達する。
追録8-No.1264-2 大島・喜界島などを大島郡として大隅国へ所属させる布告
鹿児島県管轄の大島・喜界島・徳之島・沖永良部島・与論島を大島郡とし、大隅国へ属させることを布告する。原文は「大島・喜界島・徳ノ島・沖永良部島・與論島」と列挙する。
追録8-No.1265 虎寿丸の出生・夭折と倶姫の出生を記す島津忠義系図抄
島津忠義の男子虎寿丸が明治十二年五月二十三日に鹿児島で生まれ、八月十七日に死去したこと、母を斉彬の娘寧姫とすることを記す。続けて女子倶姫が同年十月十九日に東京で生まれ、母を山崎拾女とすることを記す。
追録8-No.1266 島津久光の正二位叙位を記す系図抄
島津久光が明治十二年六月十七日に正二位へ叙せられたことを系図に記す。
追録8-No.1267 島津忠義の従二位叙位を記す系図抄
島津忠義が明治十二年六月十七日に従二位へ叙せられたことを系図に記す。
追録8-No.1268-1 島津忠義の位階進級を内示する太政官達
特旨により位階を進めることになった旨を、太政官が従三位島津忠義へ達する。
追録8-No.1268-2 島津忠義を従二位に叙する位記
天皇が従三位島津忠義を従二位に叙し、太政大臣三条実美が奉じた位記。御璽を伴う。
追録8-No.1269 吹上禁苑で島津家伝来の犬追物を天覧に供した系図抄
吹上禁苑で島津家伝来の犬追物を天覧に供し、島津忠義以下二十四人が射手を務めた。忠義は天顔を拝し、太皇太后・皇后も臨観した。終了後、忠義は女子らと両宮へ拝謁し、赤坂仮皇居と青山御所へ臨観の礼を述べた。
追録8-No.1270-1 犬追物天覧に伴う吹上御苑参集を島津忠義へ命じる達
島津家伝来の犬追物を天覧に供するため、十一月二十七日午前八時三十分に吹上御苑へ参集するよう島津忠義へ内達する。請書が付属したことも記す。
追録8-No.1270-2 犬追物天覧の次第・射手組分けを伝える内田政風書付
十一月二十七日の犬追物の射手組分けを記し、上手組・下手組・次手組の射手、検見役・喚次を列挙する。続く二十九日付内田政風書状は、犬追物天覧次第を別封で玉里邸へ回覧し、一同が見た後は封をして返却するよう求める。
追録8-No.1271 犬追物天覧に伴う吹上御苑行幸を島津忠義へ知らせる達
島津家伝来の犬追物を天覧するため、十二月十七日正午十二時三十分に吹上御苑へ行幸し、皇族・大臣・参議・勅任官・華族・各国公使らにも陪覧を命じる旨を知らせる。雨天時は延期とする。
追録8-No.1272 吹上禁苑で犬追物を再覧し射手らへ品を賜う系図抄
十二月二十三日、天皇が吹上禁苑で犬追物を再覧し、島津忠義以下が奉仕した。還幸後、射手へ酒一樽と折詰一箱を賜い、翌日忠義が参内して花瓶一対と紅白縮緬三十反を拝領した。射手・日記役・絡役らにもそれぞれ品を賜った。
追録8-No.1273 犬追物を詠んだ御製和歌色紙を島津忠義へ賜う系図抄
島津家に久しく伝わる犬追物を天覧した感想を詠んだ御製和歌色紙一枚を、宮内卿徳大寺実則を通じて島津忠義へ下賜したことを記す。
追録8-No.1274 犬追物天覧後の御製色紙下賜と宮中陪食を伝える書状控
袖ヶ崎邸の家令が磯邸の家扶へ、一月二十七日の島津忠義の宮中陪食について、正午の参内、陪食者、料理の拝領を知らせる。宮内卿徳大寺実則の取次で御製和歌色紙一枚を賜り、翌二十八日に礼の参内をしたことを報告する。御製と天覧当日に忠義が詠んだ歌の写しも添える。
追録8-No.1275 華士族の相続人届出期限と家名廃絶を定める布告
華族・士族の当主死亡後、親族協議で家名を預かり相続人を定める場合は五十日以内に届け出ることとし、事情により延長を願えるが、六か月を過ぎても届出がなければ族称を廃絶すると布告する。
追録8-No.1276 皇后宮から御製和歌色紙を賜う島津忠義系図抄
皇后宮から山岡鉄太郎を介して島津忠義へ御製和歌色紙一枚を賜ったことを記し、弓矢の技と武勇を詠む和歌を掲げる。
追録8-No.1277 東京府学校資金献納を賞して島津忠義へ銀盃を賜う系図抄
島津忠義が東京府の学校資金として金三百円を献納したことを朝廷が賞し、銀盃一個を下賜した旨を系図に記す。
追録8-No.1278 学校資金三百円を献納した島津忠義へ銀盃を賜う達
東京府の学校資金として金三百円を差し出したことを賞し、従二位島津忠義へ銀盃一個を下賜する。
追録8-No.1279 犬追物天覧・宴会・還幸の次第を報告する家扶書状控
袖ヶ崎邸の家扶が磯邸の家従へ、五月九日の天皇の別邸臨幸と犬追物天覧、本邸での昼食・庭園遊歩、東郷重持の射術と琵琶歌、夜九時三十分の還幸までを報告する。十三日の皇大后・皇后行啓も滞りなく済んだと知らせ、玉里邸への披露を依頼する。五月二十日付の朱書回答は報告を受領し、玉里邸へ伝える旨を返す。
追録8-No.1280 天皇・皇太后・皇后の島津忠義邸臨幸・行啓を記す系図抄
明治十四年五月九日、天皇が麻布第四橋傍の島津忠義別邸へ臨幸し、忠義以下の射手三組の犬追物を天覧した後、袖ヶ崎本邸で夫人と女子らに拝謁を許し、銀盃・錦・銅花瓶などを下賜する。庭園・躑躅・琵琶や天吹を観聴して午後十時還幸する。十三日には皇大后・皇后が行啓し、家族の拝謁、献上と下賜、演奏・晩餐を経て八時に…