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追録8の目録

暫定版です。原文との照合により、概要や文書の区切り等を修正する場合があります。

全2,290件中 1601~1700件・17 / 23ページ

  1. 追録8-No.994-1 知政所達書(射場立入禁止)

    川尻調練場へ従来軽輩の者が玉掘り等のためみだりに入り、士分の者も含まれると聞き、負傷者も出ている。幼少者が多く甚だ不心得であるため、新たに狙撃場を築き、往来口に標木を立てた。狙撃時だけでなく平常も境界内への立入りを厳禁し、洲崎その他の射場も同様とする。父兄等が教戒し、再犯禁止を徹底するよう命じ、関係…

  2. 追録8-No.994-2 知政所達書(海軍方廃止)

    海軍方は軍務局内の一局として設け、船将以下の諸官を任命していたが、海軍を皇国全体の力で朝廷において新たに興すことになったため、海軍方と船将諸官を廃止し、軍務局へ通知する。ただし軍艦方の附士以下については、別途指示するまで従来どおりとする。明治三年午十二月知政所。

  3. 追録8-No.994-3 知政所達書(岩倉勅使来訪)

    岩倉大納言が勅使として下向し、当地に到着して客屋で一泊し、明日は城内へ来る予定である。出立その他の外出時に通路へ出る者は居眠りなど不敬がないよう心得、末々へは支配頭・主人等から伝えるよう命じる。明治三年午十二月知政所。

  4. 追録8-No.994-4 知政所達書(勅使接遇)

    勅使の下向にあたり、前年の勅使下向時の例にならい、御手当やその他の差図どおりに万端手抜かりなく取り計らうよう、民事・会計・軍務・監察・札明・内務の六局へ命じる。明治三年十二月知政所。

  5. 追録8-No.994-5 知政所達書(登城口・控所)

    島津珍彦・島津次郎・島津美賀佐・島津又八郎・島津図書について、登城時の上り口と控所を従来どおりとする。島津又吉・島津貫・島津元丸は珍彦と同列に命じられているため、以後の登城時は上り口と控所も同様とする。明治三年十二月十九日知政所。

  6. 追録8-No.995-1 知政所達書(国書講義)

    国書講義を毎月三日の式日とし、御座之間で聴聞する。国学掛の学頭と助が勤め、時刻等は漢書講義と同様にし、五等官以上へ聴聞を命じる。明治三年午十二月知政所。

  7. 追録8-No.995-2 知政所達書(島津家世代改定)

    第六代師久の嫡子伊久は、父師久から薩州守護職と代々相伝の重器等を譲り受け、立久へ譲与したため家督相続の明証がある。しかし総州家断絶後に祭祀を継いだ際、歴代数に加えられなかったので、元久と同様に第七代へ加えるよう願い出て許可された。氏久・師久・伊久・元久の代数関係を通達し、諸郷・琉球・島々へ知らせる。…

  8. 追録8-No.995-3 知政所達書(皇軍神社遷祭)

    来る十日に皇軍神社の御遷祭を行うため、関係向々へ知らせる。明治三年午十二月知政所。

  9. 追録8-No.995-4 同文略載参照

    「本文書ハ九九四の三号文書ト同文ユヱ略ス」と記し、本文を省略する。内容はNo.994の3の岩倉大納言来訪時の通路での不敬防止通知を参照する。

  10. 追録8-No.995-5 知政所達書(勅使本丸入次第)

    勅使の下向に伴い、来る二十三日に本丸へ迎え入れる次第を定める。当日十字に客屋旅館へ迎えに出て、従四位が衣冠で先立ち本丸へ入る。大参事・権大参事が随従し、勅使の乗輿は内務局が担当する。客屋本門から伊勢健彦屋敷掛角、枡形学館前等を経る道筋、御門・御玄関での出迎え、拝礼・着座、各局の警衛と接遇の分担を列記…

  11. 追録8-No.995-6 知政所達書(宸翰拝見次第)

    勅使岩倉大納言を通じ、従四位の名代として従三位が宸翰を拝戴した。勅使は早く照国社へ参向し、御剣一口を御添書とともに進納する。島津珍彦一列と八等官以上には、翌二十四日四ツ時に宸翰と御添書を拝見させるため、封面所上段への安置、順次拝見、服装等の次第を定める。軍務官人数は戎服、その他は改服とする。明治三年…

  12. 追録8-No.995-7 知政所達書(兵隊点検・操練観覧)

    岩倉卿は来る二十五日八字に客屋旅館を出て、客屋本門前、伊勢健彦屋敷掛角、枡形学館前を通り、城門から軍務局へ入る。兵隊点検の式を観覧した後、練兵場へ出て大隊操練を観覧し、早く退出した道を戻る。従四位も刻限前に軍務局へ入り同様に出る予定で、軍務局への入場、兵隊点検、練兵場観覧と接遇品の分担を命じる。明治…

  13. 追録8-No.995-8 知政所達書(勅使宿泊変更)

    勅使大納言は下向後、客屋で一泊して城内に滞在する予定と伝えていたが、城内滞在を辞退したため、当分は客屋を旅館として滞在する。関係向々へ知らせる。明治三年午十二月二十日知政所。

  14. 追録8-No.995-9 知政所達書(神社境内・竹木保護)

    藩内諸神社の境内へみだりに入り、竹木を伐り取る者がいると聞く。甚だ不届きであるため、今後は社山の竹木伐採を禁止し、漏れなく申し渡すよう命じる。明治三年午十二月二十日知政所。

  15. 追録8-No.996-1 知政所達書(郷境変更)

    下三俣妻池村後目方限のうち、別紙絵図の区域が山を隔てた山之口富吉村内へ飛び散っていて諸事不便なため、検地掛民事奉行、両郷地頭・副役ほかが立ち会って見分・評議した。山之口へ付ければ郷境が明確となり、双方に異議がないことを確認したので、この区域を山之口へ編入する。明治三年午十二月二十五日知政所。

  16. 追録8-No.996-2 札明局達書(盗難取締)

    近来盗賊が盛んで、夜更けに人の寝静まる隙をうかがい、倉・店棚・箱を破る盗難が多い。倉・物置、塀垣、門戸の防備不足も被害につながるため、道路・市中の夜回りと捕縛の手続きを設け、職役・町内職等を配置する。盗難時は姓名・人相・持参武器等を届け、捜索と役筋への申出を徹底し、諸郷にも同様に知らせる。明治三年午…

  17. 追録8-No.996-3 知政所達書(勅使出立行程)

    勅使は明後二十八日朝八字に客屋を出立し、御成御門から石燈籠を通って御渡戸で乗船し、福山へ渡海する。別紙の休泊予定どおり通行し、既発の布令に従って滞りなく取り計らう。御渡戸までの供回りと取締は到着時と同様とし、小休場所は地頭が見計らう。二十八日福山一泊、二十九日上三俣泊など、正月二日高岡泊までの日程を…

  18. 追録8-No.996-4 知政所達書(御像等遷座)

    旧福昌寺に納めていた斉彬公に関する御像等を照国社へ、別の御像等を諏訪神社脇の神産日神社へ合祀するなど、列記の品をそれぞれの社へ遷座する旨を各社司へ申し渡し、関係向々へ知らせる。明治三年午十二月知政所。個々の像名は画像中の異体字・傍記があり、推測確定しない。

  19. 追録8-No.997-1 知政所達書(勅使付任命)

    西郷吉之助に御用があるため勅使付を命じ、急いで出府するよう命じ、関係向々へ知らせる。明治三年午十二月二十八日知政所。

  20. 追録8-No.998-1 知政所達書(正月元日儀式)

    来る正月元日の規式は、従四位が所労中であるため、天朝と神祇への遥拝を略式の行形で行い、諸神社へは献幣使を立てる。遥拝席等は出座時と同様に設けるよう命じ、関係向々へ知らせる。明治三年午十二月二十九日知政所。

  21. 追録8-No.998-2 知政所達書(年頭御式延期)

    従四位が所労中であるため、来る正月の年頭御式を快気まで延期する旨を関係向々へ知らせる。明治三年午十二月知政所。

  22. 追録8-No.999-1 知政所達書(御感書・奉答)

    天皇が大統を継ぎ、皇業を成すため島津久光を股肱羽翼として協力を求め、岩倉大納言具視に意を告げさせる御感書を下した。あわせて御剣一口を薩州鹿児島の照国大明神へ納め、国家興隆を祈る趣意により参拝すべき旨を、三条実美・徳大寺実則・正親町実愛が伝える。久光は突然の勅使下向と宸翰拝戴を畏れ多く受け、病床ながら…

  23. 追録8-No.999-2 知政所達書(勅使出立行程)

    勅使岩倉大納言は明後二十八日に客屋を出立し、御成御門から石燈籠を通り、御渡戸で乗船して福山へ渡海する。別紙の休泊予定に従い、既発の布令どおり滞りなく取り計らい、供回りと取締は到着時と同様とする。十二月二十八日は福山一泊、二十九日は下荘内、正月元日は上三俣泊、二日は去川を経て高岡泊とする。十二月知政所…

  24. 追録8-No.1000 知政所達書(正月元日儀式)

    来る正月元日の規式は、従四位が所労中であるため、天朝と神祇への遥拝を略式の行形で行い、諸神社へは献幣使を立てる。遥拝席等は出座時と同様に設けるよう命じ、関係向々へ知らせる。明治三年午十二月二十九日知政所。

  25. 追録8-No.1001-1 傳事達(忌服)

    権左衛門親隠居・樺山兵六の妻が昨四日に死去した。従四位の実叔母に当たるが、家の相続関係により半減の忌服として、忌五日・服十五日とする。ただし表立って申し渡すには及ばず、関係向々が承知するよう知らせる。辛未正月五日傳事。

  26. 追録8-No.1001-2 知政所達書(鶴嶺神社祭日)

    鶴嶺神社の祭日を、新年祭は二月五日、新嘗祭は十一月十八日と定め、当年の神事をこの日程で行うよう関係向々へ知らせる。辛未正月十日知政所。明治四年辛未年頭規式の通達留にある旨と、明治三年分は略すとの注記がある。

  27. 追録8-No.1002-1 同文略載参照

    「本文書ハ一〇〇一の一号文書ト同文ユヱ略ス」と記し、本文を省略する。内容はNo.1001の1の樺山兵六妻死去に伴う従四位の忌服通知を参照する。

  28. 追録8-No.1002-2 知政所達書(刀剣術奨励)

    刀剣の技術は皇国尚武の英風と精神の表れで、修練によって身につけるものである。銃砲が盛んな時世でも遠近を守る術を偏ってはならず、火術を重視する国でも兵隊の操剣規則がある。従来の技術を改めて実戦に適する形へ整え、軍務局の委任のもと、諸流派の長所を取り調べ、元来の銃刀両術の左右の翼として師家が相談・指揮す…

  29. 追録8-No.1002-3 知政所達書(学校再編)

    洋学局を廃止し、学頭以下の諸官を廃する。旧洋学局跡に本学校を設け、管轄等は外学校と同様とする。島津隼人元屋敷内に小学校第一校を置き生産方の管轄とし、小学校第二校を新設して本学校の管轄とする。学頭、二等教官から十等官までの教官・副教官等級を定め、本学校・小学校の教官配置と管轄を改める。皇漢洋三学を兼備…

  30. 追録8-No.1002-4 知政所達書(地頭人事)

    出水・野田・高尾野・阿久根の地頭に有馬新助、鹿屋・姶良・大姶良・高隈の地頭に加藤権兵衛を繰替任命し、長島地頭に伊集院直二を任命する。関係向々へ申し渡すよう命じる。辛未正月十日知政所。

  31. 追録8-No.1002-5 同文略載参照

    「本文書ハ一〇〇一の二号文書ト同文ユヱ略ス」と記し、本文を省略する。内容はNo.1001の2の鶴嶺神社祭日通知を参照する。

  32. 追録8-No.1002-6 知政所達書(小学校入学)

    小学校諸生四百人を八歳から十八歳までとし、うち九十八人を洋学生として召し入れる。士学問所等への出席や扶持米支給の取扱いを示し、城下士族子弟で入学を希望する者は父兄または近親が年齢等を記した願書を二十三日までに差し出すよう命じる。

  33. 追録8-No.1002-7 知政所達書(生子隠殺取締)

    生子を隠殺した父母は引き回しのうえ流罪とし、告発者には身分を問わず褒美を与える。隠して後に露顕した場合は親族・五人組・村役人等にも科料を課す。生子不養育を防ぐため、従来の通達・法令を改めて厳格に行い、人道維持の要務として監察局へ届け出るよう命じる。辛未正月十日知政所。

  34. 追録8-No.1002-8 知政所達書(軍務局職制)

    四等指南役および九等調役助次を置き、これらを軍務局に召し立てる。関係向々へ申し渡すよう命じる。

  35. 追録8-No.1002-9 民事局達書(官用地検査)

    鹿児島中の諸屋敷の検地について、練兵場側と軍務局側からそれぞれ一手ずつ人員を出し、諸局の御用地などを来る十八日から検査させる。詳細は先に申し渡した趣旨に従い、担当者を差し出すよう命じる。辛未正月民事局。

  36. 追録8-No.1002-10 知政所達書(神社・御墓参詣)

    十九日四ツ時に供揃いし、麻袴を着用して中門・矢来御門から出発する。照国神社、鶴嶺神社、龍尾神社、上之原御墓、常安峯、長谷場西御墓を参詣し、北御門・櫻之間・中門を経て帰殿する順路を定める。辛未正月十八日知政所。

  37. 追録8-No.1002-11 知政所達書(小学校入学願)

    八歳以上で、先に召し建てた小学校への入学を希望する者は、学習意欲の有無と年齢を書き添え、本学校へ願い出るよう命じる。関係向々へ申し渡す。辛未正月十八日知政所。

  38. 追録8-No.1002-12 知政所達書(地頭副役廃止)

    地頭副役の職儀には意味があるが、今後は別段の役として置かない。民事奉行・同副役見習等の間で職掌を分任させ、差し支えがあれば人材を推薦して順次任命するよう、民事総裁・地頭へ申し渡す。辛未正月十五日知政所。

  39. 追録8-No.1003 取次達(宮比神祭祀)

    宮比神の神徳は、主君への奉公、寿命、親子・夫婦・兄弟・朋友の和睦、家業・職業、衆人の敬愛、家門繁昌を守るものと説く。藩内村落の庄民には神祇道刷新の趣意が十分行き渡らず、十二夜・庚申祭など仏家由来の旧習が残るため、これを廃止し、以後は毎月初午の宵に宮比神を祭るよう命じる。明治四年辛未正月二十日、取次上…

  40. 追録8-No.1004-1 知政所達書(私塾・帯刀・署名法)

    太政官が、諸技芸師家の私塾開設には地方官の許可を要し、生徒入塾時には身元を調べ地方官の添書を得ること、農工商の無許可帯刀を厳重に取り締まることを命じる。また在官・在役有位者の署名を官位・苗字・実名で記す方式に改め、平日の往復文書は従来の略式も認める。知政所は別紙諸達を周知し、地方師家へ入塾する者にも…

  41. 追録8-No.1004-2 知政所達書(盗賊・異変届出)

    盗賊その他の異変があれば会所詰の糺明方へ届け出ることとし、今後は巡察方へも同様に速やかに届け出るよう命じる。辛未正月二十七日知政所。

  42. 追録8-No.1005 島津久光内意書(地方政務改革)

    島津久光は、地頭職が古来から治乱を担うのに近年は形式化し、士民の職業配分も国力を損なうと指摘する。地頭を郷へ在勤させ、農業保護、遠征・国防のための兵備、武道奨励、検地、明細帳整備、租税法、私有荒地の開拓を進めるよう論じる。民政を信義に基づいて行い、兵の階級を定め、勧農・播種・収穫・培養を実地に習得さ…

  43. 追録8-No.1006 知政所達書(小学校規則)

    小学校を二校設け多数の子弟を入学させたため、校内規則、とりわけ礼譲を尽くす交際を守らせる。万一争論などが生じた場合は事情を究明し、学校が処置する趣意を取り違えないよう、親戚からも懇切に教え諭すことを命じる。父兄等にも法の趣旨をよく知らせ、違反があれば処分する。辛未正月晦日知政所。

  44. 追録8-No.1007 島津忠義系図抄(藩政改革褒賞)

    島津忠義が朝旨を遵奉して藩政改革を行い、練兵に尽力したことを朝廷が褒賞した旨を系図から抄録する。明治四年辛未二月。

  45. 追録8-No.1008 島津忠義系図抄(子女・清姫)

    島津忠義の子女として哲丸・房姫・女子を掲げ、女子の清姫が明治四年辛未三月八日に鹿児島で生まれ、のち黒田長成の室となったことを記す。母系について寧姫等の名を付記する。

  46. 追録8-No.1009 願書・知政所達(上京延期)

    島津忠義は、勅使下向の恩命を受けて久光とともに春中参朝するはずだったが、病気のため秋までの猶予を願い、久光も病気回復後に上京する旨を申し出た。明治四年三月三日付で弁官へ願書を出し、久光は平癒次第速やかに上京、忠義の上京延期願は聞き届けるとの太政官別紙達を受けた。知政所は四月にこれを周知した。

  47. 追録8-No.1010 知政所達書(島津忠義代理参朝)

    朝廷の制度がまだ確定しないなか、従三位島津久光が勅命を受けたものの、いまだ病気が平癒しないため、従四位島津忠義が代理として参朝する。両殿の誠意を体し、皇国興隆のため一致して尽力するよう藩内へ命じる。明治四年辛未三月知政所。

  48. 追録8-No.1011 詔書写(広沢真臣暗殺犯捜索)

    参議広沢真臣が変事に遭い死去したことを受け、賊を必ず捕らえるよう詔した。綱紀を正し、暗殺犯を残害に及ぶ前に厳重に捜索して速やかに捕縛し、天威を示すよう命じる。別紙では、詔書の趣旨を体して全国で捜査し、犯人を捕縛して安寧を図るよう通達する。明治四年辛未二月、右大臣三条実美。

  49. 追録8-No.1012-1 朝廷達書(藩政改革褒賞)

    朝旨を遵奉して藩政改革を行き届かせ、とりわけ練兵の任を尽くしたことを、大納言岩倉具視が奏聞した。朝廷が満足に思召した旨を沙汰する。明治四年二月、鹿児島藩知事宛。

  50. 追録8-No.1012-2 朝廷達書(島津久光褒賞)

    島津久光が朝旨を遵奉して藩政改革に尽力し、とりわけ練兵の任を果たしたことを大納言岩倉具視が復命した。従来から藩知事島津忠義を輔翼した功も少なくないとして、朝廷が満足に思召した旨を沙汰する。明治四年二月。

  51. 追録8-No.1012-3 太政官・知政所達(親兵召集)

    鹿児島藩の歩兵四大隊・砲兵四隊を親兵として召し出すため、早急に精撰して差し出すよう命じる。兵部省の管轄に関する旨も含め、一統へ周知する。辛未二月太政官、知政所。

  52. 追録8-No.1013-1 知政所達書(本学校教授職)

    四等教授を十一等官相当として置き、本学校へ申し渡すよう命じる。辛未二月十三日知政所。

  53. 追録8-No.1013-2 糺明局達書(失火取締)

    各郷で失火により近隣多数の家屋へ延焼する例があるとして、火の扱いを厳重に取り締まる。失火があれば事情を詳しく調べ、役人は出火者を容赦なく捕らえて糺問し、その状況に応じ当局へ差し回すよう命じる。辛未二月十九日糺明局。

  54. 追録8-No.1013-3 取調帳・達書(近在村屋敷境界)

    鹿児島近在の借地村々について、池之平村・草牟田村・西田村・荒田村・塩屋村の屋敷区域を、道路、門、田畑、寺社、橋、河川、屋敷などを目印として詳細に列記する。屋敷検地申請を受け、在中士族等の居住地を含む既成屋敷や借地の扱い、過不足・軽重、地券への引入れ等を審議し、別紙のとおり方限を確定して告知する。辛未…

  55. 追録8-No.1014 知政所達書(大隊長任命・官禄扶助)

    樺山覚之進を大隊長に任命する。あわせて奏授以上・宣旨判授の官について世禄額に応じた家族扶助・官禄の取扱いを示し、朝廷から夫々の処遇がある場合や官禄を受ける場合の家内扶助等を定めて周知する。辛未二月七日および三月知政所。

  56. 追録8-No.1015 太政官・糺明局達(暗殺犯捜索・外出宿泊取締)

    広沢真臣邸へ侵入して同人に深手を負わせ逃亡した者を、府下・近傍地方官が厳密に捜索して捕縛するよう命じる。官員、華族家の陪従、府藩県士族卒、私塾生その他について、外出時刻・行先等を詳しく把握し、早々に届け出させる。隠れ宿や後日の露顕を防ぎ、朝廷から別紙通達があれば不審者・入来者・留宿者を直ちに当局へ届…

  57. 追録8-No.1016 知政所達書(更迭期限・上京親兵準備)

    上京および親兵に関する沙汰に伴い、諸役の更迭期限を当三月中とする。事務の軽重を問わず諸局が分担して急ぎ処理し、今期限どおり実施するよう命じる。明治四年辛未三月知政所。

  58. 追録8-No.1017-1 知政所達書(島津忠義上京)

    先般の勅使下向で島津久光が宸翰を拝戴し、病を押して春中に参朝すると請けたが、まだ快復せず秋までの猶予を願った。このため島津忠義が久光に代わり天恩を拝謝するため、来る二十五日に出発して上京する旨を周知する。明治四年辛未三月知政所。

  59. 追録8-No.1017-2 知政所達書(上京供任命)

    西郷吉之助を、今回の島津忠義上京の御供に任命し、関係向々へ申し渡すよう命じる。辛未三月九日知政所。

  60. 追録8-No.1017-3 知政所達書(房姫死去)

    房姫の病状が悪化したため、島津珍彦ら一列、二等官以上、家令等に見舞・伺候を命じる。のち房姫が死去したことを知らせ、葬儀等の手当を命じ、諡号を付した。辛未三月十日から十一日、知政所。

  61. 追録8-No.1017-4 同文略載参照

    「本文書ハ一〇一六号文書ト同文ユヱ略ス」と記し、本文を省略する。内容はNo.1016の上京・親兵準備に伴う諸役更迭期限の通知を参照する。

  62. 追録8-No.1018-1 知政所達書(季禄・褒賞)

    諸局に季禄を定めたため、従来の心付銀や島方引替金は以後支給しない。ただし、抜群に精勤して御用に立った者には別途褒賞する。辛未三月十二日知政所。

  63. 追録8-No.1018-2 知政所達書(諸郷兵隊編成)

    親兵隊の召出しに続き、諸郷の兵隊も同様に召集し、騎士の奮起を促す。兵隊編成の功績を大隊長の評価に反映し、機兵隊の操練、軍務局への届出、兵士引率等の方式を統一して取り計らうよう命じる。辛未三月十四日知政所。

  64. 追録8-No.1018-3 知政所達書(地頭居住地自由化)

    諸郷地頭は従来、管轄内に居住場所を定められていたが、今後は場所の別なく居住できるよう、居住地の指定を廃止する。辛未三月十八日知政所。

  65. 追録8-No.1018-4 会計局・知政所達(紙幣銀銭交換)

    日州灘の紙幣について、従来の表面額と銀銭引上納の関係、交換時の換算・端数処理を定め、春の職制改革後の諸局経費や一般支配物入用への使用を整理する。旧職制中の上下から引き渡された紙幣・墨書等を点検し、会計局へ差し出して処理するよう命じる。辛未三月十五日会計局、十八日知政所。

  66. 追録8-No.1019-1 知政所達書(御墓所改称)

    芝伊皿子大円寺御墓、月見御墓所、白金瑞聖寺御墓、白金台御墓所、麻布古川曹渓寺御墓、古川御墓所について、掲げる名称へ召し替えるよう命じる。辛未三月十八日知政所。

  67. 追録8-No.1019-2 知政所達書(学校巡覧)

    島津忠義が翌二十一日四ツ時に供揃いし、本学校と第二小学校へ赴いて試業を巡覧したのち、所定の場所へ立ち寄る旨を関係向々へ知らせる。辛未三月十九日知政所。

  68. 追録8-No.1019-3 知政所達書(第一郷校設置)

    高見馬場方限の郷校を第一郷校と称して召し建て、本学校の管轄とする。関係向々へ申し渡すよう命じる。辛未三月二十九日知政所。

  69. 追録8-No.1020 知政所達書(外城常備隊編成)

    親兵召集後の御城下常備隊に続き、外城兵隊の編成を定める。南方・宮之城・東郷・山崎・加治木・国府など各郷を十四組に分け、各地に一小隊ずつを割り当て、砲隊四座とあわせて一大隊・小隊・大砲夫の構成と総人数を示す。別冊の順序に従い軍務局へ申し渡すよう命じる。辛未三月二十日知政所。

  70. 追録8-No.1021-1 知政所達書(親兵旅費・武器支給)

    藩兵隊を親兵として派遣するにあたり、旅費手当として金子を支給し、会計司の承認と到着後の支出明細帳提出を求める。武器は別紙のとおり兵部省から渡すため、軍務局へ申し渡す。辛未二月晦日から三月、知政所。

  71. 追録8-No.1021-2 知政所達書(官員禄減額)

    在職者の官禄について、前年夏以来の事情と財政難を踏まえ、三月までの減禄を定める。大隊長・教頭・教佐等の禄は前年九月の扱いにより、例外として据え置く旨を周知する。辛未三月二十二日知政所。

  72. 追録8-No.1021-3 知政所達書(大山格之助派遣)

    急ぎの御用があるため、大山格之助を日向県へ速やかに派遣する旨を関係向々へ知らせる。辛未三月二十三日知政所。

  73. 追録8-No.1022 知政所達書(参詣・出発送迎)

    二十三日巳刻に供揃いして門を出て、八坂神社、誠訪社、稲荷、若宮、春日、鶴嶺神社、照国神社等を順次参詣して帰殿する日程を定める。さらに二十五日の出発に際し、天候不順で到着が遅れた場合の送迎時刻・日限の扱いを関係者へ申し渡す。辛未三月二十二日・二十四日知政所。

  74. 追録8-No.1023-1 同文略載参照

    「本文書ハ一〇一一号文書ト同文ユヱ略ス」と記し、本文を省略する。内容はNo.1011の広沢真臣暗殺犯捜索詔書を参照する。

  75. 追録8-No.1023-2 太政官・知政所達(北海道・箱館港)

    北海道へ移住する者の箱館港上陸、管轄地方官の印鑑改定、開拓使直轄地への府藩県士卒の移住、横浜その他の外国人居留地の扱いを定める。箱館港も同様に心得、別紙どおり東京出張開拓使へ連絡するよう命じる。辛未二月太政官、三月知政所。

  76. 追録8-No.1023-3 知政所達書(更迭期限・養料等級)

    諸吏の更迭期限について、当三月中とした期限を三月までとする。養料等の取扱いは、世禄五十石以下から四百石以上までを四等級に区分して定め、関係向々へ申し渡す。辛未三月二十七日知政所。

  77. 追録8-No.1024-1 知政所達書(産科医療導入)

    藩内では産科療術が未整備で難産による母子の被害が多いため、局学校で雇い入れた教師から英国式の産科手術器械が伝来した機会に、産科医師の敏嶋嘯齋・渡邊昌齋を産科掛に任命して修学させる。難産・産婦療治を希望する者は病院へ申し出て受療するよう周知する。辛未三月知政所。

  78. 追録8-No.1024-2 同文略載参照

    「本文書ハ一〇二〇号文書ト同文ユヱ略ス」と記し、本文を省略する。内容はNo.1020の外城常備隊編成表を参照する。

  79. 追録8-No.1025-1 同文略載参照

    「本文書ハ一〇一四の二号文書ト同文ユヱ略ス」と記し、本文を省略する。内容はNo.1014内の官禄・家族扶助に関する第二文書を参照する。

  80. 追録8-No.1025-2 会計局達書(俸禄米出納)

    軍治諸官の俸禄について、四月から改めた俸禄帳を引き渡し、米穀掛が納方を受け取り、各月割の俸禄数を処理する。米蔵出張、御蔵格護、支払証憑、金銭への取替え、米引渡しの約定などの手続を定め、帳簿を二方面で照合して在職者へ周知する。辛未三月二十五日会計局。

  81. 追録8-No.1026 願書・知政所達(上京延期・出発儀礼)

    島津忠義は久光とともに春中参朝する予定だったが病気のため延期を願い、久光も平癒後に上京するとした。朝廷は久光を平癒次第速やかに上京させ、忠義の上京延期を認めた。知政所は別紙達を周知し、従四位忠義の出発時における官員の服装・登城・祝儀等を定めた。辛未三月三日願、四月三日知政所。

  82. 追録8-No.1027 島津氏家譜抄(忠義上京・拝謁)

    島津忠義が明治四年辛未四月に海路で東京へ赴き、勅使下向時の恩命に報いるため参朝した。五月十八日に麝香間祗候を命じられ、小御所で天皇に拝謁したことを記す。

  83. 追録8-No.1028-1 知政所達書(養料改定)

    三月まで支給した養料について、世禄五十石以下は四月以後の取扱いを改める。廃官等で別段の申渡しがある者を除き、定めた期限中は従前の等級により養料を支給するよう命じる。辛未四月二日知政所。

  84. 追録8-No.1028-2 会計局達書(諸局人員俸禄調査)

    諸局の筆者について、刷新前の定役・助役の人数を確認し、現員各人の俸禄・季禄を併記した書類を作成して、来る十日までに会計局へ提出するよう命じる。辛未四月三日会計局。

  85. 追録8-No.1028-3 知政所達書(諸局事務規程)

    諸局の官員刷新後、在官者は職務に精励し、用務を迅速に処理するよう命じる。月表・細目の配布、書付様式、局間の照会、書類紛失の取扱い、旅行・急期限書類の届出などを統一し、滞りなく処理するよう周知する。辛未四月知政所。

  86. 追録8-No.1028-4 知政所達書(在京御用物管理)

    上京中の官員と在京親兵に関する御用物について、毎月十九日を基準に使用・引渡しを管理する。諸局の御用物等を借用した者は、破損・不足があれば差し出しまたは弁償し、返却期限等を守るよう命じる。辛未四月七日知政所。

  87. 追録8-No.1029-1 知政所達書(島津家子女)

    従四位の出発に伴う御子の延引、女子の誕生と関係者の手配、従四位の帰着予定、ならびに出生した女子の命名と清姫に関する奉承事項を、複数の達として周知する。辛未四月知政所。

  88. 追録8-No.1029-2 知政所達書(軍役高所持者の名称)

    諸局附属長のうち軍役高を所持する者について、従前から用いてきた名称を認める。居附士以上の免許者には、この趣旨を申し渡すよう命じる。辛未四月知政所。

  89. 追録8-No.1029-3 知政所達書(士族軍役制度)

    藩内士族の軍役高について、古来の軍備・合同力を踏まえ、制度の変遷後も年齢・役高等に基づく軍役を整える。集成館・火薬局など専業に従事する者は通常の出軍から除き、非常時には軍用に従うなど、軍役の配置・免除基準を定める。辛未四月十九日知政所。

  90. 追録8-No.1029-4 知政所達書(第三小学校改称)

    仮小学校を第三校と改称し、本学校へ申し渡して管轄させるよう命じる。辛未四月知政所。

  91. 追録8-No.1030-1 知政所達書(学制再編)

    東西兵学寮を軍務局管轄から廃止し、一般本学校・小学校で皇漢洋三学を学ばせる。普通学問の効用を重視し、十八歳以下の兵士を第四小学校へ入学させ、本学校督轄役が学校規則と兵学を調整する。教師員等の配置転換、兵士の訓練・内務についても定める。辛未四月知政所。

  92. 追録8-No.1030-2 知政所達書(漆栽培奨励)

    漆は有用だが遠方運送では採算が悪く、地域での需要もあるため、田畑や御用地等に漆樹を植え、実を上納させる。上納者には米で対価を与え、郷掛役が農家の余力を踏まえて勧立て、育民の趣旨に背かないよう取り計らう。辛未四月知政所。

  93. 追録8-No.1030-3 知政所達書(諸局定員表)

    知政所、伝事方、民事局、会計局、出納方、生産方、営繕方、製造方、糺明局、監察局、外城方、内務局、膳所、道具方、庭方、医員、裏役などについて、奉行・副役・見習・筆者・掛員・侍直等の職種別人数を列挙する。刷新後の増減を踏まえ、各局が事務量に応じて定員を定め、過員を速やかに申告・整理して冗費を省くよう命じ…

  94. 追録8-No.1030-4 知政所達書(学校文書配分)

    小学校・郷校の増設と生徒増加に伴い、学習用の保存文書や旧帳留類の管理が不均衡となっているため、本学校が各校の必要を調査し、親疎なく公平に配分するよう命じる。辛未四月二十四日知政所。

  95. 追録8-No.1030-5 知政所達書(神社改称・社司任命)

    福ヶ迫の長田神社について旧号を改め、南方神社等の社号・祭神表記を整える。信濃国の本社例に準じ、社司・神職を新たに任命して鎮座させる旨を関係向々へ周知する。辛未四月二十五日知政所。

  96. 追録8-No.1030-6 知政所達書(南方神社祭祀改正)

    南方神社の四月祭日を定め、先規に従う祭礼を改正する。七月祭礼の日程、献幣使の派遣、神前興行、幟・踊り等の慣行を整理し、社司へ申し渡すよう命じる。辛未四月七日および四月、知政所。

  97. 追録8-No.1030-7 監察局・知政所達(変死者取扱)

    道路等で死体を発見した場合、親族が不明でも検視のうえ藩内へ届け、身元判明に備える。常態の死を除き、三十日を経ても親族等が判明しなければ、形式を整えて埋葬し、石標を立てる。餓死・飢死等も記録し、失費を村々で計算して届け出るよう命じる。辛未四月監察局・知政所。

  98. 追録8-No.1030-8 知政所達書(兵器方吟味役廃止)

    兵器方吟味役を廃止し、関係事務を軍務局へ申し渡すよう命じる。辛未四月知政所。

  99. 追録8-No.1031 行政官沙汰書(藩兵東京派遣)

    先に当地へ備え置いた鹿児島藩兵十三小隊を、東京警衛のため速やかに東京へ差し出すよう、行政官が改めて沙汰する。辛未四月。

  100. 追録8-No.1032-1 会計局達書(拝借銀利足・学校費)

    諸向から軍役高等を引当に貸し付けた銀について、正月からの利率を改定し、従来の利率との差額を別段に処理する。余剰となる利足等は小学校費へ振り向け、諸士育成の趣旨に用いるよう命じる。明治四年辛未四月会計局。