ARCHIVE DIRECTORY
追録8の目録
暫定版です。原文との照合により、概要や文書の区切り等を修正する場合があります。
全2,290件中 1501~1600件・16 / 23ページ
追録8-No.965 島津忠義履歴抄
御履歴中から、三月四日に詔書三通を賜り忠義が命を拝した記事を抄出する。続けて賞典に関する「従二位」と「従三位」の詔書を末尾に掲げる旨、および国家多事の後について左に掲げる旨を示し、それぞれ島津従二位・島津従三位と島津鹿児島藩知事の宛先表示を置く。この部分には三詔書の全文は載らず、後掲を案内する。年は…
追録8-No.966-1 民事局達書(諸座付屋敷)
諸座付屋敷と御物屋敷には広く借地が置かれ、その内に士族が居住する屋敷が多いが、御物明屋敷の場として召し置いた後も、居形のまま代銀を納めて承けたいとの願いがあると記す。名実が一致しないため、その屋敷は今回の返屋敷とはせず、居屋敷として願い出るよう求める。支障がある場合は、今後取り上げる屋敷等が出た折に…
追録8-No.966-2 知政所達書
下庄内の安久村・後久村・小田部村・鷺巣村・寺柱村の五ヶ村を掲げ、その士族を梶山士族に兼ねる旨を伝える。民事総裁と地頭へ申し渡し、関係向々にも周知するよう命じる。三月七日知政所、年は目録の明治三年による。
追録8-No.966-3 知政所達書(大隊長任命)
中村半次郎を大隊長に任じた旨を関係向々へ伝える。三月八日知政所、年は目録の明治三年による。部隊番号や具体的な任務は記されない。
追録8-No.966-4 知政所達書(東京詰兵隊)
一番・四番大隊と三番・四番砲隊を、当分東京に詰めている兵隊の交代として、近く船の都合がつき次第送り出すよう命じる。軍務局へ伝え、関係向々にも知らせるよう求める。三月知政所、年は目録の明治三年による。
追録8-No.966-5 知政所達書(伝事任命)
東郷源左衛門と「栗川少」を伝事に任じた旨を関係向々へ伝える。三月十三日知政所、年は目録の明治三年による。「栗川少」は本文表記のままで、実名の詳細は未確定である。
追録8-No.966-6 知政所達書(地頭任命)
前田新之丞を下庄内地頭に任じ、当分の地頭所は従来どおりとし、諸県郡高城に在るよう命じる。続いて三嶋彌兵衛を高崎地頭に任じ、当分の地頭所は従来どおりとし、上庄内に在るよう命じる。三月知政所の周知文を伴い、年は目録の明治三年による。
追録8-No.966-7 知政所達書
東京へ交代として送り出す二大隊と砲二座の大隊初諸役等は、明後十五日四ツ時にそろって御対面所で盃を頂くよう命じる。附士以下は軍務局で酒を頂くようにする。大隊長へ伝え、関係向々にも知らせるよう求める。三月十三日知政所、年は目録の明治三年による。
追録8-No.966-8 会計局達書(悪金取締)
藩内商人が他邦との商売で悪金を多く持ち込み、他邦商人が悪金を持ち越して品物を買う例もあり、位の不十分な品によって受け取る者が損をするため、新金の取締と引替等を行うとする。朝廷の布告を踏まえ、藩内の新金を措置しない状況がある折に従前どおり悪金が入り込むのは政事の妨げで、朝廷へも対しがたいとして、今後は…
追録8-No.967 太政官布告并知政所添書
通達留に太政官の三通知と知政所の周知を収める。第一は国家多事の後の用費不足を憂えて金穀を献納したいとの申立てを至誠によるものとして嘉し、願いどおり聞き入れる。宛先は嶋津従三位・嶋津鹿児嶋藩知事。第二は従三位の賞典について、数度の辞退をやむを得ないものとして願いどおり聞き入れる。同じ宛先を掲げる。第三…
追録8-No.968 知政所達書
庶流の諸家に認めていた本家からの直別家号、町田・伊集院の家号使用を留める。嫡家内の庶や勲功ある者の子孫等には、嫡流の嫡子まで直別家号を許していたが、これを改め、該当する家筋と外城士族から嶋津の称号を除き、今後は直別家号を名乗るよう命じる。嫡家が家筋を詳しく調べ、一緒に名字変更を願い出るよう求める。三…
追録8-No.969-1 会計局達書并知政所添書(軍費・砂糖収入)
通達留。三島・沖永良部では前年に幾度もの台風を受け、在番へ問い合わせているが、平運丸の大島から大阪への直乗時に出した封の様子も痛ましいという。近年千萬斤余あった砂糖は当年五百三拾萬斤ほどと伝わり、外嶋からの報知はまだない。徳之嶋弐百八拾萬斤・喜界嶋八拾萬斤の見込みにも触れ、翌年の新砂糖到着まで資金の…
追録8-No.969-2 会計局達書并知政所添書(養蚕会社・紙札)
養蚕方会社を設け、木判摺紙札を元手銀として通用させる。柿色の金壱両札と、その右同の壱歩札・壱朱札を掲げる。御蔵と諸人の取扱いでは壱両につき銭拾貫文に替える通融を命じ、藩内へ漏れなく知らせるよう求める。三月十九日会計局、三月知政所の周知文を伴う。年は目録の明治三年による。
追録8-No.970-1 知政所達書(諱字・名乗字)
実名・仮名に用いる字について避ける範囲と例外を列記する。「仁・統・恵・陸」は実名・仮名ともに同じ読みを避け、「義・忠・光・久」も同様とする。「親・勝・寧・貞・房」は仮名で同じ読みを避け、「桃齢・随賢・聰徳・紫雲・智鏡・晴雲・天璋」の各二字続きも仮名では同じ読みを避ける。「朝・頼・興(興カの注)・斉・…
追録8-No.970-2 知政所達書(人別改)
当年の藩内人別改を命じ、今後は当地の六方限の士族・家来・下人を仰達の方限ごとに一紙へまとめ、別冊の雛形どおり改帳を作る。伝事が見届けて民事局へ出し、附士・足軽等は支配頭から、近在は検者と村長から、上下西田町は掛役から出す。諸郷は掛役が改め、地頭が見届けて民事局へ提出する。五月中までに仕上げるよう命じ…
追録8-No.971-1 太政官布告并知政所添書
東京から朝廷の別紙二通の通達を受けた旨を四月知政所が伝える。第一は府藩県公廨を以後「何府」「何藩」「何県廳」と称する二月太政官の達で、支配地からの願書・届書等を「某御役所」と書いて差し支えないとする。第二は一月太政官の達で、従来「辨官御役所」としていた願書・届書等を、以後「辨官御傳達所」と記すよう命…
追録8-No.971-2 知政所達書(私礼物・賄賂禁止)
賄賂は国家に大きな害をなすものとして、朝廷の趣意も踏まえ、願いが成就した際に取扱役人へ礼物を贈る旧来の風習を戒める。願いの取扱いは役人の職分であり、礼物を受け取るのは条理に合わず賄賂に当たるとして、これ以後厳禁する。監察局からも近ごろ通知があり、授受を見聞きした場合は身分・役筋を問わず届け出るよう命…
追録8-No.972-1 知政所達書
第一通知は福岡藩知事の来訪を知らせ、客屋での滞宿や各所への歩行があるため、途上で行き会い申し上げる際に不敬がないよう求める。四月十四日知政所。第二は福岡藩知事の来訪に伴う諸事手当を、先に高知藩知事が来た際の取扱いのとおりとし、関係向々へ知らせる。四月知政所、年は目録の明治三年による。
追録8-No.972-2 知政所達書(私刑・割服禁止)
士分で大きな過ちを犯した者が裁判の辱めを忍べず、官裁を恐れて自殺し罪を償おうとする例について、廉恥からやむを得ないと理解し得る面にも触れる。続いて、近在の士族で一時の過失が重罪に至らない者まで、親族が狼狽して割服に至る例を戒める。刑は国家の大柄であって私に行ってはならず、罪の軽重に応じて刑名を早く裁…
追録8-No.972-3 知政所達書并太政官布告(任命・職名変更)
七つの通知を収める。篠原冬一郎を参政に、南方士族日高強兵衛を南方・知覧地頭副役に、山川士族大迫清右衛門を指宿・頴娃・山川・今和泉地頭副役に任じる。村田新八を参政に任じる通知は四月廿三日。執政を大参事、参政を権大参事と勅命により改称し、官等・職掌・秋禄等を定める通知は、執政の桂四郎・伊地知正治、参政の…
追録8-No.972-4 知政所達書
諸県郡の高城の郷名を三俣と改める。また高城郡については郡名の片書を除き、高城と称するよう命じる。地頭へ伝え、関係向々にも知らせるよう求める。四月知政所、年は目録の明治三年による。
追録8-No.972-5 知政所達書
鹿児嶋神社の旧別当彌勒院を以後神主代の役宅と定め、屋敷は神主代が支配するよう命じる。社家の旧学問所は役宅内の差し支えない所へ従来どおり置く。屋敷については別に申し渡す間、神主代と関係向々へ伝えるよう求める。四月知政所、年は目録の明治三年による。
追録8-No.972-6 知政所達書(洋学局諸生)
洋学局の一等・二等諸生は定員各十五人とし、年の勤務日数に応じ四石の割で俸禄を下す。三等・四等は定員各十五人、同様に三石の割、五等は定員四人で二石の割とする。漢学局の取扱いに照らして定めたもので、当分勤務中の人数は当分そのまま扱い、定員外の関席等が生じたときは定員となるよう召し入れる。学頭へ伝え、関係…
追録8-No.973-1 知政所達書
山口藩知事が今日当地へ来て客屋に滞宿する予定で、諸所を遊歴することもあるため、途上で行き会う際に不敬な行動がないよう関係向々へ伝える。別の通知は諸事手当がすでに先に整っている旨を伝え、不都合のないよう取り計らうことを求める。いずれも五月二日知政所、年は目録の明治三年による。
追録8-No.973-2 知政所達書
篠原冬一郎は参政に任じられていたが、固辞の情実を黙止しがたいとして、願いどおり免じる。五月二日知政所。大迫喜右衛門には東京へ出す兵隊の差引のため上京を命じ、別の五月通知では来る九日に急いで出立するよう命じる。さらに篠原冬一郎を大隊長に任じ、関係向々へ伝える通知が五月八日付で続く。年は目録の明治三年に…
追録8-No.973-3 監察局達書(銃器取扱)
銃器の取扱いについて、時がたつにつれて緩み、童子等が玩具同様に扱ってけが等の失態が起きるとして、定められた場所で稽古し、父兄が相談して大小の銃器を安定して扱うよう命じる。遊道具同様の扱いを許さず、定場外の発砲や空発を厳禁する。巡察検事だけでなく年長輩も注意し、違反を見聞きした場合は姓名を届け出るよう…
追録8-No.974 島津忠義履歴抄
御履歴中から二記事を抄出する。四月廿九日に職名二科を改称し、執政を大参事、参政を権大参事とした。五月廿四日には外城方筆者を十一等官として増設した。年は目録の明治三年による。
追録8-No.975 鹿児島藩庁布達(横山正太郎)
御布達留は藩士横山庄太郎(庄に正の注)の死について、誤聞があったため始末を訂正して申し立て、祭礼料を頂戴したことと目録を下されたことを記す。しかし名実が相当しないとして、祭礼の仕方や霊魂を慰める方法、賞罰の扱いに戸惑い、目録を返上して執奏を求める。明治三年午八月鹿児嶋藩庁とする。続く従四位様の筆写は…
追録8-No.976 会計局達書(俸禄支給規定)
任官時に伝書方から会計へ伝え、裏書証文を交付してきた俸禄支給について、多人数の出入で届出がない例があるため、任官の書付を伝事にも出す。明細書を出し持高を出納方で照合し、裏書に俸禄何拾俵を記す。出納方等の切米対象者には二人組で根帳を作り、証文の首尾に押印し、手形取扱いとは別の者が首尾を確認して出納奉行…
追録8-No.977-1 民事局達書(鹿児島屋敷地)
鹿児島二十五ヶ村と城下の諸屋敷を大御支配に移し、その取扱いを詳しく定める。他人の名前を借り、屋敷境を除いて支配する例を不正とし、手狭な所はまとめて囲う扱いを述べ、二屋敷を囲う例外にも一反の限度を置く。小五畦以下は屋敷を与えないとする従来規定に触れ、五畦ほどで二人が居住する場合、二畦位までの屋敷割付に…
追録8-No.977-2 知政所達書(俸禄規定)
大隊長は一等百俵、二等九拾五俵、三等九拾俵、教頭・教佐は二等九拾俵、三等八拾五俵と定める。先に俸禄を減らしていたが、諸官から願い出た趣旨を聞き入れ、減少を緩める旨を関係向々へ伝える。明治三年九月知政所。
追録8-No.978-1 民事局達書并知政所添書(鹿児島屋敷地)
通達留に屋敷取扱の別冊規定と、その周知通知を収める。新たに附着し一所持家来となった者、私領の士着者、定府者、家筋正敷で当地に帰る軍役勤務者などには、吟味の上十ヶ年の移転延長を認める。近所で返還等を約した屋敷は四壁形と年久数故による差を調べる。諸座付借地の名目だけで家来等が住む屋敷は取り上げ、旧船手・…
追録8-No.978-2 知政所達書
梶山・勝岡を合郷として上庄内地頭の管轄へ移し、高原・高崎を合郷として小林地頭の管轄とする。合郷について別に申し渡したとおり、管轄も変更する旨を関係向々へ知らせる。九月知政所、明治三年の朱注がある。
追録8-No.978-3 知政所達書
往古の三俣院の内にある三俣の郷名を上三俣へ改め、合郷とする梶山・勝岡の郷名を下三俣へ改める。高崎は高原郷の内から延宝年間に分割されていたが、以前のとおり高原へ合併する。高原内の水流村は上庄内へ召し付け、三俣内の東霧嶋村は高原へ召し付ける。郷境が混乱していたためこのように定めた旨を地頭と関係向々へ伝え…
追録8-No.978-4 知政所達書(軍務局前通り往来停止)
軍務局塾舎の旧加治木屋敷の「見直方」に伴い、明廿八日から来る朔日まで、軍務局前通りの往来を止める旨を道路方掛に申し談じ、報告する。午九月廿七日営繕奉行。九月知政所が関係向々へ伝える。明治三年の朱注がある。「見直方」の具体的な工事内容は記されない。
追録8-No.978-5 知政所達書
黒田彦左衛門を上三俣・山之口・下庄内地頭に任じ、上三俣に在るよう命じる。関係向々にも知らせるよう求める。九月知政所、明治三年の朱注がある。
追録8-No.978-6 会計局達書(俸禄願出)
当地士族の持高の多少に応じる俸禄の支給方について、「高直」を願い出る際、五拾石以上または五拾石以下への出入がある場合は、本人だけでなく二男・三男・末子まで何の奉公に勤めているかを書いて申し出るよう定める。高直の免許に関する書付は、米穀掛出納奉行が会計局へ出し、不正な取扱いを防ぐ。何秋から所務米を受け…
追録8-No.978-7 知政所達書
谷山宮締人、川見締人、川尻砂揚場取締人、鹿倉見締人の四職を、吟味の理由があって廃する旨を関係向々へ伝える。九月廿九日知政所、明治三年の朱注がある。具体的な廃止理由や従前担当者の氏名は記されない。
追録8-No.978-8 知政所達書(軍楽役職)
楽長を七等官の標官の次、楽隊小頭長を八等官の歩兵小頭長の次に置き、この官等を設けた旨を関係向々へ伝える。本文に年月日の記載はなく、目録では明治三年九月とする。
追録8-No.978-9 民事局達書并知政所添書(士族借地)
鹿児嶋近在五ヶ村の士族御免借地について、屋敷としての免許は与えているが、総検地が済んだので、当分は従来のとおり年貢を上納するよう命じる。期日内に納めにくい借地人についても、村長が取りまとめて期日に差し支えなく皆納するよう求める。明治三年九月晦日民事局、九月知政所が関係向々へ周知する。
追録8-No.979 御布達留(No.978の6同文略載)
御布達留。編者注は「本文書ハ九七八の六号文書ト同文ユヱ略ス」とし、No.978の6と同文のため本文を省略する。内容はNo.978の6の士族俸禄高直願と書付取扱いの通知に対応する。
追録8-No.980 島津忠義履歴抄
御履歴中から二記事を抄出する。十月二日に楽長を七等官の標官の次、楽隊小長を八等官の歩兵小頭の次とする二職を増設した。十月十五日には屋久嶋在番の職一科を廃した。屋久嶋在番には「生産奉行兼之」と付記する。年は目録の明治三年による。
追録8-No.981 太政官布告(長岡藩・朝集節減)
御布達留に二通知を収める。第一は、長岡藩を廃する旨を明治三年午十月に伝える。差出は「太政所」とあり、ママ注を伴う。第二は、諸藩の朝集を定め、簡易軽便を旨として供連をはじめできるだけ減省し、冗費を生じさせないよう命じる。明治三年庚午十月太政官。
追録8-No.982-1 知政所達書(敬神説略刊行)
通達留に「敬神説略」全部一冊を掲げる。仏法が廃され神道が興隆する折に、庶民へ神祇崇敬の理を明らかにし教化が進むよう、刊行した本を蔵板方で申し受けるよう命じる。希望する者は貴賤の別なく同所へ申し出れば受けられるとする。本文には月日なしの注があり、目録は明治三年十月とする。
追録8-No.982-2 会計局達書并知政所添書(貢米取納)
諸郷御蔵の貢米取納帳については先に通知しているが、場所によって米拵や縄俵の違い、未成品の津廻しがあり、村長等を呼び出して引替え等を命じる場合があるという。当年は大きな不備はないはずだが、旧来の郷と新郷では心得が十分でない者もあり得るため、取納時の米拵等が行き届くよう諸郷へ伝えていた。改めて地頭から各…
追録8-No.982-3 知政所達書(神道講義)
城下町内で神道講義を行うことに伴い、町役が敬神の趣意を承り、一統が聴聞するよう取り計らうことを民事局へ伝える。聴聞する者は誰であっても差し支えないとの但書がある。十月七日知政所、明治三年の朱注がある。
追録8-No.982-4 太政官布告并知政所添書(天長節)
九月十二日を聖上の誕辰の天長節とし、毎歳この日に宴を賜い天下の刑数を止め、衆庶と慶事を共にする旨を伝える。前年すでに布告していたが、意を十分に理解していない向きもあるため、府藩県が趣意を体して衆庶一同で祝うよう改めて命じる。庚午九月太政官。十月知政所が東京から別紙のとおり伝えられた旨を関係向々へ知ら…
追録8-No.982-5 太政官布告并知政所添書
今後の願い・届等はすべて藩名を用いて差し出すよう命じる。知事をはじめ官員自身の身上に関する件は、この例によらないという但書を置く。午九月太政官。十月知政所が東京から別紙のとおり伝えられた旨を諸局へ知らせる。明治三年の朱注がある。
追録8-No.982-6 知政所達書
諸局の筆者はどの局も少なく、特に職務が繁忙なところでは人数によって勤労の厚薄があるという。抜群に精勤する者は局中だけでなく、他の功労著しい者にも、新旧の席次にかかわらず加禄を認めるとして、適宜評価して各局総裁等へ申し出るよう命じる。十月十三日知政所、年は目録の明治三年による。
追録8-No.982-7 知政所達書(屋久嶋在番職制廃止)
屋久嶋在番は二等在番が勤める職制として記載されていたが、生産奉行から相談があり、この職制を除く旨を諸嶋掛生産奉行へ伝える。関係向々にも周知するよう求める。十月十四日知政所、明治三年の朱注がある。
追録8-No.982-8 知政所達書
有馬新助を鹿屋・姶良・大姶良・高隈の地頭に任じた旨を関係向々へ伝える。十月十七日知政所、明治三年の朱注がある。
追録8-No.982-9 知政所達書
大泉藩の隠居が近く当地を訪れる予定のため、来訪手当を列記する。客屋に滞在して内外の差引等を担当し、御成御門と本門に幕を張り、砂を敷くなどして門番所では軽輩が夜に入らないようにする。津畑から客屋までの行列先には足軽二人を立て、通路筋の取締を勤め、帰路も同様とする。着船時には書記出役と案内等を担当する。…
追録8-No.982-10 民事局達書并知政所添書(御用封)
時付御用封は格別に至急の件だけに用いるよう以前から命じていたが、各所から多く届いているという。昼夜の御用に百姓が非常に難儀しているため、特に重大で急速の御用以外は夜に出さず、必要な場合はその趣旨を吟味して告げるよう求める。諸郷では宛所の郷役、当地では該当局または本人が、時付御用封を継ぐ際に用件の次第…
追録8-No.982-11 知政所達書
これまで織物所と称していたものを、以後は蚕織方と称するよう名目を改める。掛製造奉行へ伝え、関係向々にも知らせるよう求める。十月廿二日知政所、明治三年の朱注がある。
追録8-No.982-12 知政所達書(医学校兼病院職制)
医学校兼病院の職制を改める。薬局取締・器械取締の二行の等級は従来どおりとし、順席を掲示のとおり変更する。生徒取締助兼塾長助は第五等の処方掛頭と同じ扱いとし、薬局定詰四人も右同とする。器械預助四人と史生二人を新たに第五等として設ける。俸禄は従来のとおり下し、この取扱いを調役と関係向々へ伝える。十月知政…
追録8-No.982-13 知政所達書
生徒取締助には翻訳書の文義・訓詁に通達し、薬局や鉄器械の仕事に習熟した者を任じる。授読には翻訳書の講読に通達した者を任じる。医学校・病院の翻訳書生の進級規則を示し、職掌に堪える者でなければ処方・薬局・器械の職へ任じない。ただし従来五等・六等の職にいる者は、そのまま置いて勉学に励ませ、一年を経て学業の…
追録8-No.982-14 知政所達書(練兵場)
大砲局と旧垂水・宮之城屋敷を取り払い、練兵場を設ける。調練中は通行を遠慮し、道脇や川尻でも往来等で調練の妨げをしないよう命じる。取違え等があれば当方に迷惑が及ぶとして、末々の諸士まで支配向と地頭から徹底するよう求める。午十月軍務局、閏十月二日知政所の周知文を伴い、明治三年の朱注がある。
追録8-No.982-15 知政所達書(調練・国旗)
練兵場を設けたので、練兵中は通行を遠慮し調練の妨げをしないよう命じる。調練時には国旗を揚げるため、それを目印として踏み通ることを避けるよう求め、末々の者にも奉行頭人から伝達する。午閏十月軍務局、閏十月二日知政所の周知文を伴い、明治三年の朱注がある。
追録8-No.982-16 大蔵省布告并知政所添書(新金引替)
原「銀壱弐分金」の引替は、前年の巳年に千両につき三拾両の扱いで期限を定め、その後も早く差し出すよう三月に通知していたが、残額があるとして改めて提出を求める。提出の際限を設けていなかったため、来る十二月十五日を引替の期限とし、その後は引替をしない。各管轄に漏れなく告示するよう命じる。庚午九月大蔵省。閏…
追録8-No.983-1 知政所達書
従来は籾九斗六升を高壱石として与えていたが、大御支配の検地を踏まえ、現米壱石を高壱石と定め、壱石につき四斗を上納させる。御算役の高出米は従来どおり壱石につき壱斗貳升貳合を上納し、貳斗七升八合は持主が収納するよう求める。この取扱いを関係向々へ通達する。閏十月三日知政所、明治三年の朱注がある。
追録8-No.983-2 知政所達書(麦年貢)
御蔵入高と検地・御掛役高の内で麦を免上納としていた扱いを除き、今後は上納させる旨を伝える。藩内全体の麦作が十分でなく、従来は他から買って用を弁じていた一方、開港後は麦酒製造等で大麦・小麦の消費が増えているという。手入れや精作が行き届かない時勢であるため免上納を除き、麦作をより精しく行って繁殖させるよ…
追録8-No.983-3 民事局達書(屋敷改)
屋敷を譲り受けた後、小身の者がすぐ家を作れず時節を待つ例があるとして、掛居する形で家作を延ばすことを当局へ子細を願い出て月限で認める。ただし無御免人の屋敷は取り上げ、屋敷を手放した後に本人が移らず他人へ預けることは禁止する。士族屋敷を町人に貸すことも止め、抱えきれない同居者、家来・下人がいる場合は表…
追録8-No.983-4 兵部省達書(海軍学寮)
海軍を広げる趣意により海軍学寮を設け、生徒を広く教育すると伝える。海軍を志し学術修行またはその筋の勤務をする者について、姓名・年齢・生国・住所・学問・科・修行年数等を記し、在府者は当月二十日までに、藩県は遅滞なく急いで申し出るよう求める。庚午十月兵部省。閏十月十二日知政所が、東京から別紙のとおり伝え…
追録8-No.983-5 知政所達書
南方郷の内に別府村を立てる。南方の内の鹿籠村一村は手広で支配等を行き届かせにくいため、分村した旨を地頭へ伝え、関係向々にも知らせるよう求める。閏十月十七日知政所、明治三年の朱注がある。
追録8-No.984-1 知政所達書
十一月中卯日の祭事について、当年は廿五日に当たると掲げ、鶴嶺神社の神事を例年のとおり行う旨を副斎主へ伝える。明治三年閏十月知政所。冒頭には「明日」の語もあり、続くNo.984の2の当年祭日廿四日とは記載が異なる。
追録8-No.984-2 知政所達書(新嘗祭)
朝廷の新嘗祭は歴代の人主が新穀の初穂を天神地祇へ供祀する祭りで、天祖の詔による稲穂の授受と神恩に報いる重い典礼であると説明する。毎年十一月中の卯日に行い、鶴嶺神社の祭も同じ日に行うと定め、両日は特別な祭日として藩内一同が穢汚を避け齋戒し敬齋するよう命じる。当年は来月廿四日が中の卯日に当たるとする。明…
追録8-No.984-3 知政所達書(分地別立規定)
附士の分地別立は従来一定の持高以上で許していたが、旧基準の持高数字は字形が未確定である。本家の残高を定めないまま、十五石ほどの所持者から別立の願いが続き、本家・末家とも衰微するおそれがあるため、今後は本家に十五石以上を残して分地別立するよう命じる。明治三年閏十月。末署は知政所と異なる表記で、ママ注を…
追録8-No.985-1 民事局達書(屋敷改)
来る七日から鳴津又八郎の屋敷を初めとして順々に屋敷改めを行うので、先の通知どおり心得るよう求める。新たに切坪等の屋敷を譲り受けた者は、門開きや境界立てを分明にする。一反未満の屋敷で過上となる現地面は畦廻りとし、一反以上で四方高岸等にある余地は当日に見分し、定めのとおり扱う。居家に付く余地は期限の月中…
追録8-No.985-2 知政所達書(岩倉勅使来訪)
岩倉大納言が勅使として下向し今日当地に在り、客屋で一泊して明日は城内へ来る予定であると伝える。出立やその他の外出で通る道筋では不敬な振舞いがないよう求め、末々の者へも支配頭・主人等から伝えるよう命じる。十二月十七日知政所、年は目録の明治三年による。実名は本文では大納言の呼称による。
追録8-No.985-3 知政所達書(墓守)
旧妙谷寺境内にある二岳公の御六男・桂山君の墓と、伊邇色御墓について、草牟田の御墓守に兼帯させ、掃除等は同所の人足に勤めさせるよう命じる。草牟田御墓守へ申し渡し、関係向々にも知らせる。明治三年閏十月知政所。
追録8-No.985-4 知政所達書(下馬札)
御楼門下の練兵場境上涯と御軍神社下東脇の二か所に下馬札を設ける。札はこのたび直し、また新たに建て、下乗札はすべて除いたので、以後は下馬札の内で日傘等を用いることをはじめ、その他の不敬もないよう心得、関係向々へ漏れなく申し渡すよう命じる。閏十月二十七日知政所。
追録8-No.985-5 知政所達書(任命)
益山八右衛門・時任清左衛門・種子島中輔を書記に、山本十次郎を書記見習に任じる。右の者は先月十八日に東京で任命されたので、関係向々へ知らせるよう命じる。明治三年閏十月知政所。
追録8-No.985-6 知政所達書(任命)
田中清之進を傳事に任じ、当分はこれまでどおり東京に詰めるよう、先月二十八日に東京で命じられたとの知らせがあったため、関係向々へ通知する。閏十月二十七日知政所。
追録8-No.985-7 知政所達書(高齢者調査)
人家来・町人・百姓・浦浜人等の男女で当年七十九歳以上の者について、姓名と年齢を間違いのないよう調べ、それぞれ一帳に仕立て、当十一月中に申し出るよう命じる。民事局から諸郷地頭へ申し渡し、関係向々にも知らせる。明治三年閏十月二十九日知政所。
追録8-No.985-8 同文略載参照
「本文書ハ九八四の二号文書ト同文ユヱ略ス」と記し、本文を省略する。内容はNo.984の2の新嘗祭の趣旨、鶴嶺神社の同日祭、藩内の齋戒通知を参照する。
追録8-No.985-9 同文略載参照
「本文書ハ九八四の三号文書ト同文ユヱ略ス」と記し、本文を省略する。末尾に明治三年閏十月二十九日知政所とある。内容はNo.984の3の附士分地別立に際し本家に十五石以上を残す規定を参照する。
追録8-No.986-1 知政所達書(御軍神社)
御軍神社の改造に伴い、社号を皇軍神社とし、武甕槌神・経津主神・橘正成卿・忠久公・忠良公・貴久公・義久公・義弘公・斉興公・斉彬公の十座を祭神と定める。皇国武道の祖神以下十座を祭祀するよう軍務局へ申し渡し、関係向々にも知らせる。明治三年午十一月知政所。
追録8-No.986-2 知政所達書(改称)
東京公用方の名称を庶務方に改めたので、関係向々へ知らせるよう命じる。明治三年午十一月知政所。
追録8-No.987-1 民事局達書(人別差杉代銭)
御城下士族が毎春差し入れる人別差杉の代銭について、従来は一家部につき三十貫文ずつ出銭させ、近在の内から杉を差し入れさせていたが、以後は出銀と同様に石高へ割り掛けて取り揃える。高百石から百九十九石まで三十二文、二百石から二百九十九石まで六十四文ずつとし、百石につき三十二文の割合で出銭させる。六方限で親…
追録8-No.987-2 知政所達書(上京命令)
大山格之助に、東京で御用があるため急いで上京するよう命じ、関係向々へ知らせる。明治三年午十一月知政所。
追録8-No.987-3 知政所達書(外国公使旅行心得)
外国公使が旅行の際に城下または陣屋付近で休泊するときは、官員一人が平服で旅館へ行き、知事の口上をもって尋問するよう定める。ただし書は略されている。外国公使旅行時の心得を別紙のとおり達する政府の午十月の達を、東京で仰せ渡されたとの知らせにより関係向々へ通知する。明治三年午十一月知政所。
追録8-No.987-4 同文略載参照
「本文書ハ九八六の二号文書ト同文ユヱ略ス」と記し、本文を省略する。内容はNo.986の2の東京公用方を庶務方へ改称する達を参照する。
追録8-No.987-5 知政所達書(還俗僧養料)
藩内の廃寺に伴い、僧侶のうち職務を勤めていた者で、還俗後の生活が難しい者へ順次養料米を与えてきた。この中には極老・病身・孤独等で看過できない者もいるため、情状と年齢等を一人ずつ精細に調べる。一方、壮年で親族もあり、今から生計を整えられる者はそれぞれ区別して申し出る。また老体・病身等でもまだ養料を受け…
追録8-No.987-6 知政所達書(宗門掛)
札明局内に宗門掛を置いて専任させていたが、このたび掛を免じ、本局で取り扱うよう命じる。取締はもちろん、諸郷請持の廻勤等も万端行き届くよう取り扱う旨を札明局総裁へ申し渡し、関係向々へも知らせる。明治三年午十一月知政所。
追録8-No.987-7 知政所達書(官社代拝)
藩内諸官社への代拝は、地頭に故障があるときは副役が勤め、屋久島在番に同様の故障があるときは詰検事が勤めるよう命じ、関係向々へ知らせる。明治三年午十一月知政所。
追録8-No.987-8 知政所達書(生糸増産)
生糸増産について朝廷からしばしば命令が出ているため、藩内一統も一層繁殖に努めるよう求める。手績に不案内な者は紡織局へ尋ねて指図を受け、桑苗と蚕種も同局へ願い出れば渡す。白糸ができた後は相当の代銀で買い上げる旨を生産奉行へ申し渡し、関係向々へ漏れなく知らせる。明治三年午十一月知政所。
追録8-No.987-9 知政所達書(地頭任命)
加藤権兵衛を長島地頭に任じ、関係向々へ知らせる。本文切片には年月日署名がなく、年・月は目録による。
追録8-No.987-10 知政所達書(地頭繰替)
川畑伊右衛門を、伊作・加世田・阿多・田布施・日置・永吉の地頭に繰替するよう命じ、関係向々へ知らせる。明治三年午十一月知政所。
追録8-No.987-11 知政所達書(大隊長任命)
田原陶吉を大隊長に任じ、監察に掛け置く旨を命じ、関係向々へ知らせる。明治三年午十一月知政所。
追録8-No.987-12 知政所達書(諏訪之瀬島開拓)
七島のうち諏訪之瀬島は文化年間の噴火以来、住民が逃散して荒廃し、絶海の孤島となっていた。しかし地利は周辺の島より優れ、当時は噴火の懸念も見えず、居住条件が整ったため開拓を命じる。志望者は近島の者に限らず、誰でも名前を申し出れば開拓を許可し、開拓後二十年間は諸年貢を免除して各自に作取りさせる。生産奉行…
追録8-No.988 太政官達(外国船雇用費)
諸藩が許可を得て開港場で外国船を雇い、不開港場へ回航させる際、取締のため乗り組む官員の旅費その他諸費用は、従来雇主が負担していたが、今後は開港場県庁の公費とする。庚午十一月太政官。
追録8-No.989-1 知政所達書(火薬庫運搬・火気取締)
坂元村奥之原・草牟田・大迫村・西別府村の火薬庫について、火薬局から各火薬庫へ至る往来経路を列記して定める。各経路には赤色の荷標を付けて火薬運搬路であることを示し、道筋の猟など火用を禁じる。在番・検者方へ知らせ、村長に猟や火用を厳重に取り締まらせる旨を民事局と掛兵器奉行へ命じ、関係向々へ漏れなく通知す…
追録8-No.989-2 知政所達書(地名復称)
旧福昌寺御門前の地を、旧称により「池上」と呼ぶよう命じ、関係向々へ知らせる。明治三年十二月知政所。
追録8-No.989-3 知政所達書(皇軍神社遷祭)
来る十日に皇軍神社の御遷祭を行うため、関係向々へ知らせる。明治三年十二月知政所。
追録8-No.989-4 知政所達書(御目見・諸礼)
来る十五日四ツ時に御書院へ出座し、初めての御目見と諸御礼を行う予定であるため、関係向々へ知らせる。明治三年十二月知政所。
追録8-No.989-5 知政所達書(銃砲取締)
銃砲は人命を奪う武器であり、みだりに発射してはならないとの禁令があるにもかかわらず違反者と死者が絶えないため、取締を強める。定められた場所以外での発射は空砲でも慎み、二百間以内に人を傷つけた場合は軽重に応じ処罰する。闘殴殺傷に関する刑律を減免せず、十年以上の慎罰や死刑相当者の扱い、隠匿者への連座等を…
追録8-No.990 知政所達書(岩倉大納言来訪警衛)
岩倉大納言の下向に伴う警衛等を定める。客屋滞在、津畑での民事奉行・生産奉行・書記ほか出役の立宿、上陸時の差引、足次船と中途の馬の担当を割り振る。出役者は平服とし、津畑の立宿から旅宿まで検事四人が足軽を率いて先払いを行う。津畑の取締は監察局が受け持ち、御立宿に立ち寄ってから客屋へ着く行程とする。明治三…
追録8-No.991 島津氏家譜
岩倉大納言が勅を奉じて鹿児島へ来た。久光は病床にあり、忠義が父に代わって迎拝し、宸翰を奉戴して久光へ授けた。同日、大納言は自ら照国社へ参詣し、天皇から賜った御剣一口を社内に納めた。大納言は京へ戻って、藩政改革が適切で、とりわけ練兵の任を尽くしたと奏上し、詔により褒賞された。島津氏家譜、十二月二十三日…
追録8-No.992 御系図(玉里久光公)
天皇の使者として岩倉大納言具視が来訪し、宸翰を賜った。久光は病中であったため、忠義が久光に代わって拝受した。明治三年十二月、御系図・玉里久光公。
追録8-No.993 御履歴中
十二月二十三日、父久光への勅使として岩倉大納言具視が来臨した。久光は病床にあったため忠義が父に代わって迎拝し、宸翰を奉戴して久光へ授け、久光が拝見した。御書中の内容は事情があって外部には知らせず、具視は自ら照国社へ参詣し、故斉彬に賜った御剣一口を社内へ納めた。