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追録6-No.151記事旧記雑録暫定版・確認中

明和二・三年間公辺記事

年月日未詳/原整理番号 151/整理ID 151

確認度高
この文書は暫定版です

現在、内容を確認中です。概要・人物・宛先・キーワード等は後日修正される可能性があります。

概要

明和二年乙酉・三年丙戌の公辺行動記録。二年正月二日に大家へ朝賀し、廿一日に鶴を賜る。二月四日に琉使が薩府へ着き、十九日に島津大蔵久通の改称、廿五日に山城久定の家老辞職を記す。三月四日、輝高・正右・若年寄らを芝邸に招き、貴樹君誕生を祝う。六日に宗衍ら十八名、九日に重定ら二十二名、四月五日に忠恭らを再び招き、十三日には大家が康福を遣わして物を贈り、芝邸で散楽を行う。十五日に朝謁・拝恩、廿一日に帰国を賜り、護摩所不動へ首途の参詣、廿五日に浄岸君・真含君を招いて散楽・宴を催す。五月四日芝邸発、十九日伏見着、廿日京・宇治を微行、廿一日大坂着、廿四日大坂発、六月廿二日府城着。七月朔日に山下・西田・築地三館を訪ね垂水邸に還り、三日に大雄・玉龍・松峯へ参詣、五日に築地で三公子を伴い宴、十五日に松峯・玉龍へ先廟を謁し、十九日花火見物。廿一日仲久健を家老、久卜を大御目附、金陣・行旦を側御用人に任ずる。八月十九日の国老免職・廩米百苞終身給付、九月六日の政府職免職・以後の朝班国老待遇、廿九日の河野通古の若年寄任命、十月九日の久起の大御目附就任・外記への改称を記す。十一月廿六日市来で放鷹、廿七日湊で羽島の唐船を見物して市来へ還り、廿八日伊集院に宿す。廿九日鹿児島横井に館を造り、尾畔に入り還府。十二月三日に諏訪・祇園へ首途参詣、四日散楽、四日は卯刻から翌卯刻まで能二十番・狂言十番、廿五日に荒平で狩りを行う。三年正月廿三日府城発、大口路を経て翌日金山見物、廿六日佐敷着、二月廿二日兵庫から微行して布引滝・摩耶山を訪ね、廿三日大坂着、廿四日市人らと会う。廿五日竹田近江に書院でからくりを行わせ、従士にも見物を許し、廿六日芝居、廿八日伏見着、廿九日京都微行、三月朔日桃園・万福寺を見物、二日発、十九日芝邸着。目録は記事。

登場人物

重豪、大家、島津大蔵久通、島津山城久定、松平右京大夫輝高、阿部伊予守正右、鳥居伊賀守忠喜、松平出羽守宗衍、上杉大炊頭重定、酒井雅楽頭忠恭、有馬中務大輔頼徸、有馬上総介頼貴、伊達遠江守村候、松平采女正忠恕、松平周防守康福、浄岸君竹姫、真含君継豊女・菊姫、貴衛、忠紀、貴澄、島津仲久健、桂織部久卜、関山新左衛門金陣、二階堂部行旦、河野八郎左衛門通古、島津十太右衛門久起、竹田近江

宛先

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キーワード

明和二年乙酉、明和三年丙戌、朝賀、賜鶴、琉使薩府着、貴樹君誕生祝宴、諸侯饗応、散楽、拝恩、帰国許可、帰国行程、社寺参詣、微行、花火、役職任命、廩米百苞終身、放鷹、羽島唐船、横井館、能二十番、狂言十番、荒平狩猟、参府行程、布引滝、摩耶山、書院からくり、従士見物許可、卯刻から翌卯刻、芝居、桃園、万福寺

冊子頁

47~48頁

読込量

中

面白さ

★★★☆☆

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(1)例言・目次・本文1~172頁(宝暦14~明和4).pdf