高橋種寿書状
明和二年 二月廿九日(年は朱注)/原整理番号 163/整理ID 163
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概要
髙橋此面が官位に伴う恩赦の方針を伝える。慈徳院代の大赦と同一にはしないが、官位は重い事なので通常の祝儀に伴う恩赦より厚くするよう命じられ、国元の大御目附に調査・伺いをさせる。入輿と宥邦院継豊の中将叙任時の先例も踏まえ、牢舎・遠流・百姓・下人下女・寺入・親族の咎目・逼塞等を吟味する。ただし本人の罪を調べ、相手の意恨による後難も考慮し、蔵役人等が私欲で犯した罪は赦免しない。親族内の出家弟子の願いは吟味する。遠流・寺入・逼塞・遠慮等で近月中に直免すべき者は厚く赦免し、期限一年は半年、二年は一年、三年は一年半を過ぎれば免除し、それぞれ罪の根元を調べる。奉公の障りとなって長年小普請に置かれた者も吟味する。前の恩赦で出牢後に盗みを重ね、御仕置の妨げになる者は猶予して吟味する。大罪者本人の免除は難しいが、まず親族の咎目等はできるだけ免除する。一代内に常例のない重い恩赦なので先例以上に厚くする旨を伝え、国元で相談して大御目附に調査させ、完了すれば報告し、急に済まない場合は本人が到着した際に事情を伝えるよう求める。二月廿九日付、年は朱注明和二年。原状と返答の朱書が同じ面にあり、返答の日付三月廿一日とは区別する。出典注は重豪公御譜中・扣正文在家老座。
登場人物
髙橋此面種寿、嶋津山城久定、樺山左京久智、菱刈藤馬、川田伊織、島津主鈴、大御目附、慈徳院、宥邦院継豊
宛先
嶋津山城殿、樺山左京殿、菱刈藤馬殿、川田伊織殿、島津主鈴殿
キーワード
官位恩赦、慈徳院代大赦、入輿中将叙任先例、宥邦院継豊、国元大御目附調査、牢舎遠流、百姓下人下女寺入、親族咎目、逼塞、本人罪吟味、意恨後難、蔵役人私欲罪除外、出家弟子願、刑期半減、再犯盗猶吟味、大罪者親族免除、重恩赦、一代先例、二月廿九日
冊子頁
51~53頁
読込量
中
面白さ
★★☆☆☆
(1)例言・目次・本文1~172頁(宝暦14~明和4).pdf