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追録7の目録
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追録7-No.752 青山忠裕干小鯛献上返書(原本・目録752)
今朝献上された干小鯛1箱を披露したところ、一段の御仕合だったと忠裕が返す。忠裕判、口裏に青山下野守忠裕・栄翁宛、文化元年6月16日の朱注。出典は重豪公御譜中、正文在文庫。出典は上段左端、正文署宛は下段右端へ続く。品目数量・献上披露と発給者を保持する。
追録7-No.753 安藤信成干小鯛献上返書(原本・目録753)
今朝献上された干小鯛1箱を披露したところ、一段の御仕合だったと信成が返す。信成判、口裏に安藤対馬守信成・栄翁宛、文化元年6月16日の朱注。出典は全上。品目数量・献上披露と発給者を保持する。
追録7-No.754 土井利厚書状(端午御内書受取通知)(原本・目録754)
端午の御内書を渡すので、明日の五半時に御城へ家来を差し出すよう土井大炊頭が求める。正文は冊子231頁下段から232頁上段の日付署宛へ続く。土井大炊頭署、栄翁宛、文化元年6月24日の朱注。出典は重豪公御譜中、正文在文庫。通知日と翌日の受取指定を分ける。
追録7-No.755 戸田氏教生見玉祝儀返書(原本・目録755)
生見玉の祝儀として献上された黄金10両を披露したところ、一段の御仕合だったと氏教が返す。氏教判、口裏に戸田采女正氏教・栄翁宛、文化元年7月6日の朱注。出典は重豪公御譜中、正文在文庫。祝儀名の制度的意味は既存の留保を引き継ぎ、原語と金額を保持する。
追録7-No.756 安藤信成生見玉祝儀返書(原本・目録756)
生見玉の祝儀として献上された黄金10両を披露したところ、一段の御仕合だったと信成が返す。信成判、口裏に安藤対馬守信成・栄翁宛、文化元年7月6日の朱注。出典は全上。宛名栄翁は同頁下段右端へ続く。祝儀名の制度的意味は既存の留保を引き継ぎ、原語と金額を保持する。
追録7-No.757 島津斉宣諭達(領内風俗・喧嘩口論抑止)(原本・目録757)
白木御文書七番箱9号。領内の風俗を正し喧嘩口論をしないよう従来から申し渡し、去々年の国元発足前の書付と去年の寛兵衛出立時にも命じたが、辺鄙の風土で若者の行跡が悪く、無礼法外の行動から喧嘩・無益の死傷が続くとして御隠居の不憫を記す。無益に命を捨てず、喧嘩の張本と定めた者の当人を凡下に申し付け、死跡を取…
追録7-No.758 島津重豪証状(自画像・授戒自歴)(原本・目録758)
重豪はこの画像が自分の真影だと述べ、延享2年乙丑11月6日生、宝暦5年乙亥7月27日襲封、従四位上中将へ補任、天明7年丁未1月29日致仕、後号樂翁と自歴を記す。文化元年甲子5月2日に髪を剃り、同年6月10日、紫雲山瑞聖寺で若冲禅師から帰戒・法諱を受け、授けられた法服を着けた、年は60とする。画工河島…
追録7-No.759 頴娃久喬申渡書(萬福寺供養・代参の扱い)(原本・目録759)
御惣霊の過去帳1帖及び圓徳院・正覺院の相牌1基を、御隠居の思召で宇治萬福寺へ安置し祠堂金200両を寄附した件について、その金を直ちに御借入として永年利足で万端を済ませ、後代にも願ヶ間敷ことを申し出ないよう定めたと説明する。御隠居直名の別翰と側役からの寄附証書を送り、先方の諸証文と取り替え、瑞聖寺に安…
追録7-No.760 島津斉宣伺書(暑中鯛・寒中鰹節の献上)(原本・目録760)
同氏栄翁から暑中の御機嫌伺に献上してきた鰹節がたびたび損じ、今年は替品を願った際、以後は干小鯛を献上したいと伺ったが、これまでのとおり心得、献上できない時はその都度替品を伺うよう命じられた経緯を記す。暑中は鰹節に虫が付き、寒中の鯛も生きたままでは虫が多く、遠国から持ち越す品を調えるのが難しく毎度品を…
追録7-No.761 重豪御鷹の雲雀を拝領する(原本・目録761)
同年秋8月3日、大家が使榊原左衛門を芝邸へ遣わし、重豪へ御鷹の雲雀を賜った。斉宣が代わって恩旨を奉じ、その後老中の各邸へ赴いて礼謝したと記す。使の名に実名闕の注。出典は重豪公御譜中。雲雀下賜、斉宣代受、老中への礼謝を分け、鳥数や代受理由は補わない。
追録7-No.762 徳川家斉重陽御内書(原本・目録762)
重陽の祝儀として小袖1重が到来したことを歓覧し、詳しくは青山下野守が述べるとする家斉御内書。家斉公墨印、栄翁宛、文化元年9月7日の朱注。出典は重豪公御譜中、正文在文庫。委曲担当と発給者を区別する。
追録7-No.763 安藤信成重陽祝儀返書(原本・目録763)
重陽の祝儀として使者により献上された小袖1重を披露したところ、一段の御仕合だったと安藤信成が返す。正文は冊子234頁下段から235頁上段の末尾日付・署宛へ続く。安藤対馬守信成判、栄翁宛、文化元年9月9日の朱注、出典は全上。前762の御内書は9月7日で、本返書の日付と発給者を区別する。
追録7-No.764 島津斉宣伺書(又三郎元服時の栄翁献上)(原本・目録764)
同氏又三郎に元服を仰せ付けられる際、公方様・大納言様・御臺様へ同氏栄翁から使者をもって献上物を差し上げたいので差図を求める。又三郎に島津斉興の注。文化元年9月25日の朱注、差出欄は御名、重豪公御譜中、写正文在文庫。元服の機会に祖父側が献上するための伺であり、本書だけで元服の実施日や許可を断定しない。…
追録7-No.765 斉宣薩摩守と改称する(原本・目録765)
近秘野帥の斉宣公の記事。文化元年甲子9月13日に薩摩守と改称したと記す。原文の改称と年月日を保持する。前710の斉宣公御譜記事は文化元年編年の注を伴う転任記事で、本765は別出典から同日の改称を明記するものとして扱う。
追録7-No.766 島津斉興実名勘考(五番箱本)(原本・目録766)
白木御文書五番箱115中の御実名勘考。辛亥生・御歳14、本命金、御字斉、斉興、帰納縄を掲げる。御字斉も本命も金とし、土局の興字を配して相生が尽きず吉になると説く。二字の点画を八卦数に配すると巽となり、出世の徴と上吉があるとし、帰納は縄、縄は法であり誉れ、縄縄と絶えないこととする。斉聖隆興の徳を述べ、…
追録7-No.767 重豪斉興加冠を礼謝する(原本・目録767)
同年冬10月4日、嫡孫又三郎忠温が登営し、黒書院で大樹家斉が自ら加冠して諱字を賜い、豊後守斉興と称させ、従四位下侍従へ叙任した。重豪も使新納隼見久陳を遣わして家斉へ縮緬10巻・二種1荷、家慶へ一種1荷、御臺へ一種1荷を献じ、加冠の恩を拝謝したとする。出典は重豪公御譜中。朱注は同年9月13日に斉宣が薩…
追録7-No.768 飛鳥井雅威蹴鞠紫組冠懸免許状(原本・目録768)
蹴鞠の門弟に紫組冠懸を、叡慮によって許される旨を記す免許状。文化元年10月4日・雅威署、薩摩侍従殿宛。白木御文書五番箱の所在表示。包紙は薩摩侍従殿・飛鳥井中納言、新外包114号は斉興公が侍従へ初任されたため飛鳥井家の冠掛緒免状1通を収め、上包があり桐白木箱へ入れ、文化2年丑5月2日に納置したとする。…
追録7-No.769 斉宣斉興の元服を礼謝する(原本・目録769)
冬10月3日に老中奉書が届き、翌4日、斉宣が嫡子又三郎忠温を伴い熨斗目・長袴で登城した。大樹家斉が黒書院で忠温に手自ら加冠し、偏諱字を賜って斉興・豊後守と称させ、従四位下侍従へ叙任した。斉宣も拝謁し、家斉へ太刀1腰・綿30把・馬代黄金1枚、家慶へ太刀1腰・馬代黄金1枚、御臺所へ巻物3・干鯛1箱を献じ…
追録7-No.770 斉興元服し将軍の加冠を謝する(斉興公御譜)(原本・目録770)
文化元年10月4日、教えに応じて登城した斉興に大樹家斉が元服を加え、諱字を賜って斉興と改名し豊後守と称させ、従四位下侍従へ叙任した。美濃国兼重の刀1腰を下賜したと記す。斉興は家斉へ太刀1腰・刀1腰(大和正長注)・縮緬10巻・銀30枚・馬1匹、家慶へ太刀1腰・刀1腰(備中国重次注)・銀30枚・馬1匹を…
追録7-No.771 斉興元服し将軍の加冠を謝する(近秘野帥)(原本・目録771)
近秘野帥中の斉興公の記事。文化元年甲子6月朔日、世子が太刀1腰・縮緬10巻・白銀20枚・馬1匹を献じて初御目見した。10月4日、家斉が白書院にあり、大太郎下御休息所・大広間四之間を示す注に続け、世子を黒書院へ召して手自ら加冠し、諱字を与え斉興・豊後守、従四位下侍従としたと記す。御肴・宝刀(濃州兼重)…
追録7-No.772 島津斉興実名勘考(六番箱本)(原本・目録772)
白木御文書六番箱34号。辛亥生・御歳14、本命金、御字斉、斉興、帰納縄を掲げる。斉字が金に属し本命も金なので土局の興を配し、相生無窮で吉になると説き、二字の点画を八卦数に配して巽・出世の徴・上吉とする。縄は法と誉れ、縄縄と絶えない意味とし、斉聖隆興の徳をもって旧章・成法に従い民を治め、春風・時雨のよ…
追録7-No.773-1 島津斉宣伺書(豊後守・大隅守及び興字願)(原本・目録773-1)
白木御文書七番箱10号、773の1。豊後守・大隅守という二案と、名乗りの下の字「興」を掲げる。同氏又三郎に元服を仰せ付けられる際、この二様の内へ改め、名乗り下の字を右のとおり用いたいと申し上げる。9月25日・御名署。本文は前頁下段の豊後守表示から次頁上段の大隅守・興字と願文へ続く。候補の官途二案と字…
追録7-No.773-2 島津斉宣伺書(父子献上と女中贈物)(原本・目録773-2)
773の2。同氏又三郎に元服を仰せ付けられる際、公方様・大納言様へ私と又三郎から献上物を、両御丸の女中へ贈物を先例どおりしたいと伺う。さらに御臺様への差上品と御附女中への贈物について差図を求める。9月25日・御名署。父子からの献上、御丸女中の贈物と御臺及び附女中の扱いを分け、本書には具体品目数・許可…
追録7-No.773-3 献上物例書(元服本人と家督の四事例)(原本・目録773-3)
773の3、四つの先例を載せる。①元文4年未12月、故薩摩守宗信の元服時、公方へ太刀1腰・刀1腰(代金15枚)・縮緬10巻・白銀30枚・馬裸背1疋、大納言へ太刀1腰・刀1腰(代金15枚)・白銀30枚・馬裸背1疋。公方方の老女中へ白銀2枚ずつ、表使へ1枚ずつ。②同時の家督大隅守継豊から、公方へ太刀1腰…
追録7-No.773-4 島津斉宣伺書並例書(元服時の栄翁献上)(原本・目録773-4)
773の4。同氏又三郎に元服を仰せ付けられる際、公方様・大納言様・御臺様へ同氏栄翁から使者をもって献上物を差し上げたいと差図を求める。9月25日・御名署。併記する先例は元文4年未12月の故薩摩守宗信の元服で、祖父上総入道吉貴から公方へ巻物10と二種1荷、大納言へ二種1荷を献じたもの。続いて当6月の又…
追録7-No.773-5 島津斉宣伺書並例書(女使からの内証献上)(原本・目録773-5)
773の5。同氏又三郎の元服時、内証から女使をもって公方様・大納言様・御臺様へ私と又三郎から献上したい旨、栄翁及び私の妻からの献上と峯姫君への差上品についても差図を求める。峯姫に家斉女の注。9月25日・御名署。先例は当6月の又三郎御目見時、内証の女使で公方へ二種1荷、大納言・御臺へ一種1荷ずつを献じ…
追録7-No.774-1 幕府指図書(授字・改名・服装と作法書)(原本・目録774-1)
七番箱1袋内2番。松平又三郎に御一字を下すこと、作法書を心得のため差し越すこと、名を豊後守へ改めることを薩摩守へ通知する。本人は熨斗目・長袴を着用し、薩摩守も同じ服装で臨むよう命じ、日限は追って知らせるとする。口裏は薩摩守宛、人物注は斉宣及び斉興。包紙は作法を渡し御名改め等を知らせた御書付とする。独…
追録7-No.774-2 献上物並贈物書上(父子・栄翁の元服献上)(原本・目録774-2)
七番箱1袋内3番、薩摩守宛の元服時献上・贈物書上。又三郎から公方へ太刀1腰・刀1腰(代金15枚)・縮緬10巻・白銀30枚・馬裸背1疋、大納言へ太刀1腰・刀1腰(代金15枚)・白銀30枚・馬裸背1疋、御臺へ白銀5枚・干鯛1箱。薩摩守から公方へ太刀1腰・綿30把・馬代黄金1枚、大納言へ太刀1腰・馬代黄金…
追録7-No.775 戸田氏教外三名幕府老中連署状(原本・目録775)
七番箱1袋内4番。同氏又三郎に元服を仰せ付けるので、明日4日五半時に御城へ出るよう取り計らい、薩摩守自身も登城して礼を申し上げるよう通知する。10月3日、青山下野守・土井大炊頭・牧野備前守・戸田采女正の4署、薩摩守宛。正文は冊子241頁下段から242頁上段の日時・四署・宛先へ続く。前774の1の追っ…
追録7-No.776 島津斉宣請書(父子登城命令受領)(原本・目録776)
七番箱1袋内5番。同氏又三郎の元服につき、明日4日五半時に登城すること、さらに拙者も礼を申し上げることを仰せ下されたため、その意を承知したと返す。10月3日・御名署、戸田采女正・牧野備前守・土井大炊頭・青山下野守宛、脇付なし。前775の4老中からの通知と本776の受領請書を分け、指示の受領を登城済み…
追録7-No.777 島津斉興御目見作法書(授字・盃・礼の順序)(原本・目録777)
七番箱1袋内6番、黒書院で又三郎が御目見する作法。縁頬で御目見し、小サ刀のまま下段敷居内の右方へ着座する。老中から御字の折紙を渡すので進み出て頂戴し、次間へ持ち退き、この際老中が上意を伝える。その後進物をもって縁頬で礼をし次間へ退き、進物を引いてから再度下段敷居内の右へ着座する。盃・銚子を載せ、下段…
追録7-No.778 徳川家斉一字状(原本・目録778)
旧御番所御文書四番箱中の一字状。大きく「斉」を示し、文化元年子10月4日・家斉署、花押No.3、松平豊後守宛を記す。本文は冊子242頁下段から243頁上段の宛名と箱蓋注へ続く。箱蓋には斉興公が拝領した御一字とある。授字の対象、字そのもの、発給年月日・花押及び保管表示を分け、一般の祝儀御内書と混同しな…
追録7-No.779 青山忠裕書状(重陽御内書受取通知)(原本・目録779)
重陽の御内書を渡すので、明日の五半時に御城へ家来を差し出すよう青山下野守が求める。青山下野守署、栄翁宛、文化元年10月18日の朱注。出典は重豪公御譜中、正文在文庫。通知日と翌日の受取指定を分ける。
追録7-No.780 重豪隠居料を節して表方に与える(原本・目録780)
金1,000両。表方の所帯向が年来不如意のため、万端の倹約と借入銀の利下げを命じ、高輪でも省略し御高等を追々表へ差し出してきたが、産物料と借入本金への対応に効果が見えず借金が年々増え、立直りの時期も見えない難渋を記す。今回さらに吟味して配当金を減じ、御隠居方も御附人を減らすなど奥表共に倹約することと…
追録7-No.781 重豪隠居料を節して表方に与える(斉宣公御譜)(原本・目録781)
父公の隠居料として毎年供する金は1万40両だったが、今年11月、父が財政の困難を顧みて自ら倹約し、余りを表方へ毎年1,000両ずつ返し与えたいとした。斉宣は固辞したが父が聞き入れず、国家を憂う父の深い気持ちを強く拒むこともできないため、恐れ慎んでその意に従ったと記す。側役伊集院隼衛が旨を奉じて述べた…
追録7-No.782 重豪竹姫の法事に献銀する(原本・目録782)
同年冬12月5日、浄岸院殿の三十三年忌法事を福昌寺で3日間、3日から5日まで修した。重豪も家老頴娃信濃久喬を遣わして香奠銀2枚を献じ、代拝させたと記す。出典は重豪公御譜中、斉宣公御譜中にもあるとの付記。目録は竹姫(継豊後室)の法事に献銀した記事とする。院号と目録人物、法事の日付範囲・会場、重豪の献銀…
追録7-No.783 牧野忠精鰹節献上返書(原本・目録783)
今朝献上された鰹節1箱を披露したところ、一段の御仕合だったと忠精が返す。忠精判、口裏に牧野備前守忠精・栄翁宛、文化元年12月16日の朱注。出典は重豪公御譜中、正文在文庫。品名は鰹節と明記され、数量1箱と今朝の献上・披露を保持する。
追録7-No.784 安藤信成鰹節献上返書(原本・目録784)
今朝献上された鰹節1箱を披露したところ、一段の御仕合だったと信成が返す。信成判、口裏に安藤対馬守信成・栄翁宛、文化元年12月16日の朱注。出典は全上。正文は上段左端から下段右端の末尾署宛へ続く。品名は鰹節と明記され、数量1箱と今朝の献上・披露を保持する。
追録7-No.785 徳川家斉歳暮御内書(原本・目録785)
歳暮の祝儀として小袖1重が到来したことを歓覧し、詳しくは牧野備前守が述べるとする家斉御内書。家斉公墨印、栄翁宛、12月27日の日付。年は前後記事と目録の文化元年による。出典は重豪公御譜中、正文在文庫。発給者と委曲担当を区別する。
追録7-No.786 安藤信成歳暮祝儀返書(原本・目録786)
歳暮の祝儀として使者により献上された小袖1重を披露したところ、一段の御仕合だったと安藤信成が返す。安藤対馬守信成判、栄翁宛、文化元年12月27日の朱注。出典は全上。前785の家斉御内書と発給者を分け、次787から文化2年へ移る。
追録7-No.787 土井利厚若菜祝儀返書(原本・目録787)
若菜の祝儀として献上された鯛1折を披露したところ、一段の御仕合だったと利厚が返す。利厚判、口裏に土井大炊頭利厚・栄翁宛、文化2年1月7日の朱注。出典は重豪公御譜中、正文在文庫。正文は冊子244頁下段から245頁上段の末尾署宛へ続く。品目数量・署宛と年次の変化を保持する。
追録7-No.788 安藤信成若菜祝儀返書(原本・目録788)
若菜の祝儀として献上された鯛1折を披露したところ、一段の御仕合だったと信成が返す。信成判、口裏に安藤対馬守信成・栄翁宛、文化2年1月7日の朱注。出典は全上。品目数量・署宛と年次の変化を保持する。
追録7-No.789 島津斉宣吉書(原本・目録789)
白木御文書七番箱11号の吉書。神社仏閣の修造興行、専ら勧農すること、国々の年貢を徴納することの3条を掲げ、その旨に従って沙汰するよう命じる。文化2年正月11日・斉宣御判。前688の年次異同を持つ吉書とは別文書として、本書に明記する文化2年の日付・御判と三条を採録する。
追録7-No.790 土井利厚年頭祝儀返書(原本・目録790)
年頭の祝儀として使者により献上された太刀1腰・馬代黄金10両を披露したところ、一段の御仕合だったと土井利厚が返す。利厚判、口裏に土井大炊頭利厚・栄翁宛、文化2年1月11日の朱注。出典は重豪公御譜中、正文在文庫。若菜の鯛1折と、本書の太刀・馬代を分ける。
追録7-No.791 安藤信成年頭祝儀返書(原本・目録791)
年頭の祝儀として使者により献上された太刀1腰・御代黄金10両を披露したところ、一段の御仕合だったと安藤信成が返す。御代に馬脱カの注を伴うので、馬代と推定できる箇所の原文と校注を保持する。信成判、口裏に安藤対馬守信成・栄翁宛、文化2年1月11日の朱注、出典は全上。品目数・校注と発給者を前790土井返書…
追録7-No.792 市田盛常書状(子女実母への暇相談)(原本・目録792)
子女出生の実母へ暇を与えてよいかとの内沙汰を承知したが、一存で可否を申し上げ難く、国元同役へ知らせ一統の評議で答えたいと述べる。内外の道理では召し仕えた女中へ暇を与える件を夫婦離縁になぞらえ、不都合のない方や多少不足でも事情のある方があるとし、御前の心得のうえで扱う問題とする。寛二郎実母おらんの例で…
追録7-No.793 頴娃久喬外四名家老連署返書(実母暇の評議)(原本・目録793)
792本書の行間朱書返答。問合せを承知し申し談じ、当分は期限を定めず従来どおり召し置くこと、国許へ遣わす筋を命じられる場合も永久暇は申し上げ難く、内慮どおりの暇には至らないと評議する。先代の例を照合し、浄国院・有邦院の子女出生時に実母が国許へ引越した例はあるが、暇の後に縁与等をする例は見えないとする…
追録7-No.794 市田盛常書状(当分召置の再答)(原本・目録794)
本書への朱返答を承知して貴聞へ達したところ、各々の評議どおり先ず当分は従来のまま差し置く旨を承知し、自分もありがたく安心したので、納得のためこの旨を再答すると述べる。2月3日・市田勘解由署、五家老宛。右張紙の表示。包紙は七番箱12号、子女出生の実母へ暇を与える一件につき江戸詰家老から国元家老へ相談し…
追録7-No.795 重豪御鷹の鶴を拝領する(原本・目録795)
文化2年乙丑春2月15日、大家が使大久保甲五郎を芝邸へ遣わし、重豪へ御鷹の鶴を賜った。斉宣が代わって恩旨を奉じ、その後豊後守斉興が老中の各邸へ礼謝したと記す。甲五郎に実名闕表示と徳綱の注。出典は重豪公御譜中、斉宣公御譜中にもあるとの付記。下賜、斉宣代受、斉興の礼謝を三つの行為として分け、鳥数や代受理…
追録7-No.796 牧野忠精峯姫結納祝儀返書(原本・目録796)
峯姫君様の結納の祝儀として使者により目録のとおり献上された品を披露したところ、一段の御仕合だったと忠精が返す。忠精判、口裏に牧野備前守忠精・栄翁宛、文化2年2月16日の朱注。出典は全上、正文在文庫。本文は上段左端から下段右端の口裏へ続く。結納の祝儀と婚礼実施を分け、本文にない目録の具体品目数量は補わ…
追録7-No.797 安藤信成峯姫結納祝儀返書(原本・目録797)
峯姫君様の結納の祝儀として使者により目録のとおり献上された品を披露したところ、一段の御仕合だったと信成が返す。信成判、口裏に安藤対馬守信成・栄翁宛、文化2年2月16日の朱注。出典は全上。結納の祝儀と婚礼実施を分け、本文にない目録の具体品目数量は補わない。
追録7-No.798 牧野忠精書状(歳暮御内書受取通知)(原本・目録798)
歳暮の御内書を渡すので、明日の五半時に御城へ家来を差し出すよう牧野備前守が求める。牧野備前守署、栄翁宛、文化2年2月20日の朱注。出典は重豪公御譜中、正文在文庫。通知日と翌日の受取指定を分ける。
追録7-No.799 斉宣帰国する(原本・目録799)
文化2年乙丑3月16日、大樹家斉が上使牧野備前守忠精を遣わして告を与え、先例どおりの物を賜った。世子家慶も物を賜い、18日に斉宣が登城して二公へ拝謝したところ懇命があり、諸事は先例どおりと記す。斉宣は22日に江府を発ち5月11日に鹿城へ着いた。出典は斉宣公御譜中。上使来訪・二公の贈物・登城謝恩と、出…
追録7-No.800 徳川家斉端午御内書(原本・目録800)
端午の祝儀として帷子単物が到来したことを歓覧し、詳しくは戸田采女正が述べるとする家斉御内書。家斉公墨印、栄翁宛、文化2年5月2日の朱注。出典は重豪公御譜中、正文在文庫。数量は補わず、発給者と委曲担当を分ける。
追録7-No.801 安藤信成端午祝儀返書(原本・目録801)
端午の祝儀として使者により献上された帷子単物を披露したところ、一段の御仕合だったと安藤信成が返す。信成判、松平栄翁宛、文化2年5月2日の朱注、出典は全上。家斉御内書の前800と別書状として扱い、使者の名や品数は補わない。
追録7-No.802 琉球王尚灝起請文前書(原本・目録802)
敬白・天罰霊社起請文之事と題する三箇条。先国王の跡職を仰せ付けられ、筋目を違えずこの邦を相続できることをありがたいとし、その厚恩を生涯忘れないと誓う。琉球の安泰は貴国の恵みによるので報謝し難く、親子兄弟であっても高恩を忘れて逆意を企てる者があれば堅く相守るとする。霊社神文の表により子孫へ譲り与え、後…
追録7-No.803 青山忠裕書状(端午御内書受取通知)(原本・目録803)
端午の御内書を渡すので、明日の五半時に御城へ家来を差し出すよう青山下野守が求める。青山下野守署、松平栄翁宛、文化2年6月24日の朱注。出典は重豪公御譜中、正文在文庫。本文は冊子249頁下段から250頁上段へ続く。通知日と翌日の受取指定を分け、署名には下野守、実名は目録の忠裕を表示する。
追録7-No.804 青山忠裕鯛献上返書(原本・目録804)
今朝献上された鯛1箱を披露したところ、一段の御仕合だったと忠裕が返す。忠裕判、口裏に青山下野守忠裕と松平栄翁宛、文化2年6月27日の朱注。出典は重豪公御譜中、正文在文庫。魚は本文の鯛を保持し、干小鯛・鰹節など別件の品名を補わない。
追録7-No.805 安藤信成鯛献上返書(原本・目録805)
今朝献上された鯛1箱を披露したところ、一段の御仕合だったと信成が返す。信成判、口裏に安藤対馬守信成と松平栄翁宛、文化2年6月27日の朱注。出典は全上。口裏は同頁下段右端へ続く。魚は本文の鯛を保持し、干小鯛・鰹節など別件の品名を補わない。
追録7-No.806 牧野忠精生見玉祝儀返書(原本・目録806)
生見玉の祝儀として献上された黄金10両を披露したところ、一段の御仕合だったと忠精が返す。忠精判、口裏に牧野備前守忠精と松平栄翁宛、文化2年7月6日の朱注。出典は重豪公御譜中、正文在文庫。祝儀名は生見玉という原文を保持し、黄金の品数を10両と記す。
追録7-No.807 安藤信成生見玉祝儀返書(原本・目録807)
生見玉の祝儀として献上された黄金10両を披露したところ、一段の御仕合だったと信成が返す。信成判、口裏に安藤対馬守信成と松平栄翁宛、文化2年7月6日の朱注。出典は全上。祝儀名は生見玉という原文を保持し、黄金の品数を10両と記す。
追録7-No.808 西郷八郎次伺書(僧大幻引受願)(原本・目録808)
御弟子大幻を御貰受け願いたく、後に国元で相応の寺院へ住職として申し付けられるよう、この段は国元から申し付け越したと伝える。松平薩摩守使者・西郷八郎次署、文化2年7月の朱注。出典は重豪公御譜中、写正文在千眼寺。大幻の引受願と将来の住職任命方針を記し、既に引受けや任命を実施したとはしない。御弟子の師や依…
追録7-No.809 重豪御鷹の雲雀を拝領する(原本・目録809)
同年秋8月15日、大家が使桑山十郎右衛門を芝邸へ遣わし、重豪に御鷹の雲雀を賜った。斉興が代わって恩旨を奉じ、その後老中の各邸へ礼謝したと記す。桑山十郎右衛門は実名闕の表示、出典は重豪公御譜中。同年は前後・目録の文化2年に対応する。下賜、斉興の代受、老中への謝恩を区別し、雲雀の数や代受理由は補わない。
追録7-No.810 島津重豪内意書(寿像の千眼寺安置)(原本・目録810)
御隠居の寿像をその思召しにより千眼寺へ納めることになり、万端表立たないよう取計う旨を仰せ付けられた。国許二丸で自分から壽國寺を呼び出して引き渡すよう承知し、家老衆へ御意の趣旨を伝えて記置くので、前件どおり取り計らうと記す。続く三箇条では、寿像の安置につき様々な取計いの思案があるとしても、そのような取…
追録7-No.811 島津斉宣諭達(倹約・風俗と役人不正取締り)(原本・目録811)
現在は難渋の時節であるので、以前申し聞かせたとおり何事も省略を用いるよう求め、国中諸士の風俗も乱れないよう時々気を付けて申し聞かせるとする。役人の中に贔屓の取計い、不正の進物を受用する者もあると聞くので、以後は不正の進物・贔屓の取計いを厳しくなくし、重い役柄から小役人まで一切そうしたことがないよう心…
追録7-No.812 頴娃久喬外三名家老連署申渡書(元服拝領刀保管)(原本・目録812)
家斉公から斉興公へ給わった美濃国兼重の刀1腰を列挙する。長さは弐尺弐寸五分半少し、摺揚あり、代金20枚の折紙ありとする。付属具は、三所物が赤銅地板七子・稲の彫り金色絵、鎺・切羽は金着、鍔は赤銅磨、縁は赤銅七子、鵐目は金、柄は鮫に白糸巻、鞘は黒塗、下緒は紫、小刀は丹波守吉道、袋は緞子に紫緒付。これらは…
追録7-No.813 徳川家斉重陽御内書(原本・目録813)
重陽の祝儀として小袖1重が到来したことを歓覧し、詳しくは土井大炊頭が述べるとする家斉御内書。家斉公墨印、松平栄翁宛、文化2年9月7日の朱注。出典は重豪公御譜中、正文在文庫。家斉を発給者、土井を委曲の担当として分ける。
追録7-No.814 安藤信成重陽祝儀返書(原本・目録814)
重陽の祝儀として使者により献上された小袖1重を披露したところ、一段の御仕合だったと安藤信成が返す。安藤対馬守信成判、松平栄翁宛、文化2年9月7日の朱注、出典は全上。前813御内書と独立の返書として、使者献上・披露・署判を記す。
追録7-No.815 重豪千眼寺を再興せしむ(原本・目録815)
寿国寺管下の千眼寺は旧来鹿児島荒田村にあって廃壊して久しかったが、文化2年乙丑9月、黄檗派大幻が再造を請い許された。西田村屏風迫に地を選び影堂も建て、同年冬12月に着工し文化4年丁卯10月27日に落成した。沿革注では、旧号福寿庵で皇徳寺管下にあり、廃壊後の元文2年に住僧随縁が私財で再造して中村に置き…
追録7-No.816 赤松則決申渡書(千眼寺再興・寄附内訳)(原本・目録816)
寿国寺末寺千眼寺の廃寺再興の内願があり、大幻自身の自力で建立することを命ずる。先年屏風迫の信解院様御仮屋跡地面を御用地としておいたので、そのまま寺地として下す旨を追って申し渡す。信解院には綱貴女お栄の注。再興に当たり御物・御構は及ばず、諸材木等を申し受ける場合は他の諸寺院と同様とする。金300両につ…
追録7-No.817 市田盛常返書(赤松千眼寺再興申渡しへの朱答)(原本・目録817)
赤松市正の本書は、千眼寺再興につき申し越された趣旨を逐一承知し、貴聞に達して前条どおり寿国寺と各関係先へ申し渡したので、御隠居の御聴に達してほしいと求める。文化2年10月5日の朱注、赤松市正署、市田勘解由殿宛。これに対する行間朱書は本文を承知し、御隠居へ御聴に達したとする返答で、10月19日の朱日付…
追録7-No.818 島津久備伺書(千眼寺将来修繕)(原本・目録818)
千眼寺は当住持大幻の自力建立であるが、思召しにより寿像を安置してあるので、御影堂をはじめ御座之間・客殿・開山堂について後年の御修甫所とするよう命じられてほしく、その旨を国元へ知らせるよう奉伺する。住持の栖居所・庫裡などは自身修甫の筋として命じられたいとし、そうであれば知らせるよう求める。島津安房署、…
追録7-No.819 島津斉宣達書(奥向風俗・精勤)(原本・目録819)
奥向のことは従来命じたとおり表方の見聞へ関わり、身体の風俗・容貌・言語とも格別に整え、一統が人柄等を一様に慣れさせるよう命ずる。万端に実意をもって不埒がなく、それぞれの役場で精勤させる。特に表方との入交りなどは第一に緩ませないよう、さらに厳しく命じるとする。10月9日、白木御文書七番箱中14号、包紙…
追録7-No.820 土井利厚書状(重陽御内書受取通知)(原本・目録820)
重陽の御内書を渡すので、明日の五半時に御城へ家来を差し出すよう土井大炊頭が求める。土井大炊頭署、松平栄翁宛、文化2年10月20日の朱注。出典は重豪公御譜中、正文在文庫。本文は冊子254頁下段から255頁上段へ続く。通知日と翌日の受取指定を区別し、実名は目録の利厚を添える。
追録7-No.821 頴娃久喬外三名家老連署書状(重豪剃髪祝儀)(原本・目録821)
国王様からの尊書を拝見し、御隠居が願いにより剃髪したことへの祝儀を申し上げた書面の趣旨について、江府に到着して披露したので、その旨を洩達するよう返す。文化2年10月25日の朱注、赤松市正・川田伊織・菱刈下総・頴娃信濃の四名実名判、読谷山王子宛。出典は重豪公御譜中、写正文在琉球国司。目録標題は頴娃久喬…
追録7-No.822 頴娃久喬外三名家老連署書状(太守改名祝儀)(原本・目録822)
国王様からの尊書を拝見し、太守が昨年伺いどおり改名したことについて御隠居へ祝儀を申し上げた書面の趣旨を、江府に到着して披露したので、その旨を洩達するよう返す。文化2年10月25日の朱注、赤松市正・川田伊織・菱刈下総・頴娃信濃の四名実名判、読谷山王子・三司官宛、出典は全上。改名の実施時点を返書の前年と…
追録7-No.823 頴娃久喬外三名家老連署書状(重豪年首祝儀)(原本・目録823)
国王様からの尊書を拝見し、御隠居へ年首の祝儀として目録どおり差し上げた件を、江府に到着して披露したところ御満足の思召しであったので、その旨を洩達するよう返す。文化2年10月25日の朱注、赤松市正・川田伊織・菱刈下総・頴娃信濃の四名実名判、読谷山王子・三司官宛、出典は全上。日付・署宛は冊子256頁上段…
追録7-No.824 頴娃久喬外三名家老連署書状(諸之丞養子祝儀)(原本・目録824)
国王様からの尊書を拝見する。諸之丞が有馬左兵衛佐の聟養子として願いどおり仰せ渡され、養家へ引越しを済ませたことへの祝儀として、佐久真親方をもって御隠居へ太刀1腰・馬代白銀100両および目録どおりの品を差し上げた件を、江府に到着して披露したところ御満悦であったので、その旨を洩達するよう返す。文化2年1…
追録7-No.825 頴娃久喬外三名家老連署書状(若殿初御目見祝儀)(原本・目録825)
国王様からの尊書を拝見し、昨年若殿の初御目見が万端首尾よく済んだことへの祝儀として、佐久真親方をもって御隠居へ太刀1腰・馬代白銀100両および目録どおりの品を差し上げた件を、江府に到着して披露したところ御満悦であったので、その旨を洩達するよう返す。文化2年10月25日の朱注、赤松市正・川田伊織・菱刈…
追録7-No.826 頴娃久喬外三名家老連署書状(若殿元服祝儀)(原本・目録826)
国王様からの尊書を拝見し、若殿の元服・官位・一字および腰物の拝領、豊後守への改名が先格どおり万端済んだことへの祝儀として、佐久真親方をもって御隠居へ太刀1腰・馬代黄金10両および目録どおりの品を差し上げた件を、江府に到着して披露したところ御満悦であったので、その旨を洩達するよう返す。文化2年10月2…
追録7-No.827 伊集院兼当・黒田清厚連署書状(千眼寺黄檗山末寺願)(原本・目録827)
薩州鹿児嶋の千眼寺古跡を再建したいと大幻が願い出て、国元で願いどおり免許され、住職も大幻に命じられたと知らせる。それにより今後は千眼寺をその御山の末寺とし、大幻が御執事へ願い出たので、願いどおり命じてほしいという栄翁の意旨を受け、その旨を取り次いで願いどおりとなるよう申し付けてほしいと依頼する。文化…
追録7-No.828 黄檗山万福寺僧証票(千眼禅寺末寺編入)(原本・目録828)
票と題し、薩摩州鹿児嶋郡万徳山千眼禅寺の開山は若沖禅師、現住は大幻禅師とする。檀命を承け、当寺を本山に送り入れて永く末寺とすることは、既に堂頭頂和尚の允許を蒙ったので、後に憑拠がないことを避けてこれを照として立てると記す。文化2年歳次乙丑11月吉旦給、黄檗山朱印。署列は知客大休・監寺全之・知客雙中、…
追録7-No.829 赤松則決申渡書(瑞聖寺霊屋・真像・髪塔)(原本・目録829)
御隠居の志により江戸瑞聖寺へ国徳院・正覚院の相牌と先祖の過去帳を内々に納め、その安置場所は高輪で内々の取計いにより霊屋を建て、内部へ御隠居の真像を納め、同人の髪塔も別に建てたと記す。永久の修復料などを渡し、今後も表の厄介とならないよう取計い済みとする。何らの御構えもないとはいえ、格別の真像で自身の安…
追録7-No.830 牧野忠精鰹節献上返書(原本・目録830)
今朝献上された鰹節1箱を披露したところ、一段の御仕合だったと牧野忠精が返す。忠精判、口裏に牧野備前守忠精・松平栄翁宛、文化2年12月15日の朱注。出典は重豪公御譜中、正文在文庫。本文の鰹節と数量を記し、隣の安藤返書の発給者を混同しない。
追録7-No.831 安藤信成鰹節献上返書(原本・目録831)
今朝献上された鰹節1箱を披露したところ、一段の御仕合だったと安藤信成が返す。信成判、口裏に安藤対馬守信成・松平栄翁宛、文化2年12月15日の朱注、出典は全上。口裏は冊子259頁上段右端へ続く。前830牧野返書と同品・同日でも署判・発給者を分ける。
追録7-No.832 青山忠裕若菜祝儀返書(原本・目録832)
若菜の祝儀として献上された鯛1折を披露したところ、一段の御仕合だったと忠裕が返す。忠裕判、口裏に青山下野守忠裕・松平栄翁宛、文化3年正月7日の朱注。出典は重豪公御譜中、正文在文庫。若菜は祝儀名、献上品は鯛1折として区別する。
追録7-No.833 安藤信成若菜祝儀返書(原本・目録833)
若菜の祝儀として献上された鯛1折を披露したところ、一段の御仕合だったと信成が返す。信成判、口裏に安藤対馬守信成・松平栄翁宛、文化3年正月7日の朱注。出典は全上。若菜は祝儀名、献上品は鯛1折として区別する。
追録7-No.834 島津斉宣吉書(原本・目録834)
吉書と題し、神社仏閣の修造・興行、勧農を専らにすること、国々の年貢を徴納することの三箇条を掲げ、その旨に任せて沙汰するよう命ずる。文化3年正月11日、斉宣御判、白木御文書七番箱中17番。三つの施政項目をそれぞれ採録し、実際の修造や徴納が完了した報告とは扱わない。
追録7-No.835 青山忠裕年頭祝儀返書(原本・目録835)
年頭の祝儀として使者により献上された太刀1腰・馬代黄金10両を披露したところ、一段の御仕合だったと忠裕が返す。忠裕判、口裏に青山下野守忠裕・松平栄翁宛、文化3年正月11日の朱注。出典は重豪公御譜中、正文在文庫。使者の前に以脱カの注があり、原文と校注を区別する。数量と馬代を記し、実馬の献上に置き換えな…
追録7-No.836 安藤信成年頭祝儀返書(原本・目録836)
年頭の祝儀として使者により献上された太刀1腰・馬代黄金10両を披露したところ、一段の御仕合だったと信成が返す。信成判、口裏に安藤対馬守信成・松平栄翁宛、文化3年正月11日の朱注。出典は全上。本文・署宛は冊子260頁上段へ続く。数量と馬代を記し、実馬の献上に置き換えない。
追録7-No.837 島津斉宣諭達(重出米・重出銀の五年延長と倹約)(原本・目録837)
近年所帯向きが極めて不続きなので、酉年から家老の議定に任せ、領国中へ5年間の重出米・重出銀を命じ、昨丑年までで年限に達したが、国用不足が元来大きく償方も未だ叶わないという。当寅年からさらに5年間、従来どおり出米・出銀を重ねなければ繰合いが叶わないとの家老の吟味に暫く従う。家督以来、無益の費用をなくし…
追録7-No.838 重豪御鷹の鶴を拝領する(原本・目録838)
文化3年丙寅2月朔日、大家が使井上越中守を芝邸へ遣わし、重豪へ御鷹の鶴を賜った。斉興が代わって恩旨を奉じ、また老中の各邸へ礼謝したと記す。越中守には実名闕の表示、出典は重豪公御譜中。下賜・代受・礼謝を分け、使者の実名や鳥数は補わない。
追録7-No.839 赤松則決申渡書(千眼寺寺格・山号変更)(原本・目録839)
千条山千眼寺の廃寺は願いにより大幻自身が再興し、寺地を下され、御隠居の志で続料などを付けられていたところ、大幻が黄檗山の直末となり山号を千条山から万徳山へ改めたと申し出た。従来の続料等の譲合いがあるため、寺格は見寺、順席は月船寺の次へ命じられるので、その旨を寺社奉行と関係先へ申し渡すよう指示する。文…
追録7-No.840 赤松則決申渡書(泰之進出生・図書養子)(原本・目録840)
大奥で4日夜亥刻に男子が出生し、嶋津図書の養子と仰せ出されたので、その旨を帳面へ記置くよう命ずる。男子に泰之進、図書に久儔の注、二月・市正署、御記録奉行宛。白木御文書七番箱中19番。包紙は、大奥で出生した男子を嶋津図書の養子とする旨の御書付1通を、文化3年寅2月6日に市正殿から仰せ渡されたとする。目…
追録7-No.841 赤松則決申渡書(男子の美濃聟養子)(原本・目録841)
昨日8日午刻に大奥で出生した男子を嶋津美濃の聟養子と仰せ出されたので、その旨を帳面へ記置くよう命ずる。2月9日・市正署。出典は全上、七番箱中20番。包紙も、男子を嶋津美濃の聟養子とする御書付1通を文化3年寅2月9日に市正殿から渡されたと記す。本文は同頁下段右端へ続く。出生時刻・聟養子の仰出・通知と帳…
追録7-No.842 頴娃久喬申渡書(男子の玄蕃養子)(原本・目録842)
この節出生した男子を、長門殿の嫡子嶋津玄蕃殿の養子と仰せ出されたので、帳面へ記置くよう命ずる。長門に貴品、玄蕃に貴明の注、3月3日・信濃署、御記録奉行宛、白木御文書七番箱中21番。包紙は同じ養子仰出の御書付1通を文化3年寅3月3日に信濃殿から渡されたと記す。目録は頴娃久喬申渡書。同節出生の具体日や母…
追録7-No.843 島津斉宣子女系譜抄(御系図中)(原本・目録843)
御系図中、斉興に続けて男女十人の表示があり、泰之進・忠剛・謙次郎を掲載する。泰之進は文化3年丙寅2月4日生、母は同於長とし、島津図書久儔の養子、同月28日天亡、法名幻質霊夢。忠剛は初久彰、啓之助、安藝の表示、文化3年2月8日生、母は籌姫と同じで、実母荒田八右衛門常明女の注がある。島津安藝忠皎の養子と…
追録7-No.844 島津斉宣子女系譜抄(近秘野抄)(原本・目録844)
近秘野抄・斉宣公御子。泰之進は文化3年丙寅2月4日に府城で生まれ、母は青木盛旻候補の女、6日に島津図書の養子を命じ、28日天亡、法号春暁院殿幻質霊夢大禅童子とする。久彰にテルの注、啓之助は同年2月8日午刻に府城で生まれ、母は荒田八右衛門常明女で名多津。9日に島津美濃久(久賢注)の養子となり、その女を…
追録7-No.845 重豪鶴拝領・江府三邸類焼と幕府貸金(原本・目録845)
斉宣公御譜中、文化3年丙寅春2月に幕府が驛券をもって鷹獵の鶴を賜ったと記す。3月4日の江府高輪車町失火について前文がある旨を付し、26日に召しに応じ斉興が斉宣の代わりに登城したところ、用番牧野備前守忠精が命を伝えた。琉人参府の期が迫る一方、府下三邸がともに焼亡しているので特遇で金1万両を貸し、10年…
追録7-No.846 文書所在書上(白木箱文書一覧)(原本・目録846)
文書の所在と件名を列挙する一覧で、各文書の正文は収録しない。白木七番箱23号の御用召之書附・拝借被仰付書付、同箱25号5月3日の御留守居からの御礼伺書、24号7月12日の與那原親方誓詞、26号8月の南泉院への太刀引替書付、島津因幡殿二男が和泉の家号を拝領した件、三十五番箱28号8月16日の鉄砲法御考…