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追録7の目録
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追録7-No.1344 川上久芳外二名家老連署書状(大御隠居の年首祝儀)
重豪公御譜中・寫正文在琉球國司。国王の尊書を拝見し、大御隠居への年首祝儀として目録の通り差し上げられた品を披露したところ満足の思召であったと伝え、その旨の洩達を求める。文化10年朱注、閏11月廿八日。本文末の嶋津安房に、次頁上段の嶋津将監・川上右近の二署を連結し、各實名判という表示と讀谷山王子・三司…
追録7-No.1345 川上久芳外二名家老連署書状(邦丸御嫡子祝儀)
全上。国王の尊書を拝見し、去歳邦丸の御嫡子の届が済み若殿様と称することへの祝儀として、眞壁按司をもって大御隠居へ太刀1腰・馬代黄金10両と目録の通りの品を差し上げた件を披露したところ、満悦の思召であったと伝え洩達を求める。文化10年朱注、閏11月廿八日。嶋津安房・嶋津将監・川上右近、各實名判表示、讀…
追録7-No.1346 川上久芳外二名家老連署書状(若殿様縁組祝儀)
全上。国王の尊書を拝見し、若殿様の縁組が仰せ出されたことへの祝儀として、桃原親方をもって大御隠居へ太刀1腰・馬代白銀100両と目録の通りの品を差し上げた件を披露し、満悦の思召と洩達の求めを伝える。文化10年朱注、閏11月廿八日。嶋津安房・嶋津将監・川上右近、各實名判表示、讀谷山王子・三司官宛。本書に…
追録7-No.1347 川上久芳外二名家老連署書状(桃次郎御九男祝儀)
全上。国王の尊書を拝見し、男子出生・御名桃次郎、御九男の届が済んだことへの祝儀として、桃原親方をもって大御隠居へ太刀1腰・馬代白銀100両と目録の通りの品を差し上げた件を披露し、満悦の思召と洩達の求めを伝える。文化10年朱注、閏11月廿八日。第一頁の嶋津安房署から第二頁の嶋津将監・川上右近署と讀谷山…
追録7-No.1348 重豪が鷹の鶴を賜り本多康禎が代礼する記事
重豪公御譜中。同年冬12月6日、大家が山口勘兵衛(實名闕注)を芝邸へ使者として遣わし、重豪に御鷹之鶴を賜ったと記す。続く「會有微志」のため、本多下総守康禎が代わって恩旨を奉じ、即日老中各邸へ赴いて礼謝したという。年は目録文化10年。原字は微志に見え、微恙の候補としても解釈を留保し、現代診断名や病状を…
追録7-No.1349 土井利厚書状(今朝の鰹節一箱)
全上・正文在文庫。今朝鰹節1箱を献上した件を披露したところ一段御仕合であったと知らせる。文化10年朱注、12月6日、利厚判、榮翁宛。口裏に土井大炊頭利厚とあり、在口裏の朱注を区別して採録する。独立の使者名は記載されず、1350の別差出人による同品返書と一通へ統合しない。
追録7-No.1350 松平乘保書状(今朝の鰹節一箱)
全上。今朝鰹節1箱を献上した件を披露したところ一段御仕合であったと知らせる。文化10年朱注、12月6日、乘保判、松平榮翁宛。口裏に松平能登守乘保とあり、在口裏の朱注を区別して採録する。同日の1349土井利厚返書とは差出人・署判・宛名表示を分ける。品の数量は1箱で、追加の贈品や使者名を補わない。
追録7-No.1351 徳川家斉書状(歳暮祝儀の小袖一重)
重豪公御譜中・正文在文庫。歳暮祝儀として小袖1重が到来したことを歓び、委曲は青山下野守から伝えるとする。文化10年朱注、12月廿七日、家斉公墨印、松平榮翁宛。贈答品の小袖1重と取次役を採録し、青山の実名や具体的な取次内容を補わない。日付は廿七日であり、次文書1352の文化11年正月4日とは別の発給日…
追録7-No.1352 松平乘保書状(歳暮祝儀の小袖一重)
重豪公御譜中・正文在文庫。歳暮祝儀として使者をもって小袖1重を献上した件を披露したところ一段御仕合であったと知らせる。本文の第一頁から次頁上段の文化11年朱注正月4日、乘保判・松平能登守表示、榮翁宛へ連結する。歳暮という贈答名目でも書状の日付は文化11年正月4日とし、前文書の文化10年12月廿七日へ…
追録7-No.1353 松平乘保書状(竹千代への破魔弓一飾)
全上。竹千代へ使者をもって破魔弓1飾を献上した件について、首尾よく披露したと知らせる。文化11年朱注、正月5日、乘保判、榮翁宛。口裏に松平能登守乘保とあり、在口裏の朱注を区別して記す。原単位1飾を保持し、1張へ変えず、竹千代の実名や使者名、献上の具体日を外部情報から補わない。1352の小袖献上とは対…
追録7-No.1354 青山忠裕書状(若菜祝儀の鯛一折)
重豪公御譜中・正文在文庫。若菜の祝儀として鯛1折を献上した件を披露したところ一段御仕合であったと知らせる。文化11年朱注、正月7日、忠裕判、松平榮翁宛。青山下野守忠裕という官名実名表示も採録する。若菜は祝儀の名目、具体品は鯛1折として区別し、献上日や使者名は補わない。入力表題冒頭の余分な「日」を除き…
追録7-No.1355 松平乘保書状(若菜祝儀の鯛一折)
全上。若菜の祝儀として鯛1折を献上した件を披露したところ一段御仕合であったと知らせる。文化11年朱注、正月7日、乘保判、松平榮翁宛。松平能登守乘保という官名実名表示を採録する。同日の1354青山忠裕書状とは独立した返書として保持し、青山の署判や正文所在注を本書自体の独立表示として移さない。入力表題冒…
追録7-No.1356 青山忠裕書状(年頭祝儀太刀一腰・黄金十両)
重豪公御譜中・正文在文庫。年頭の祝儀として使者をもって太刀1腰・馬代黄金10両を献上した件を披露したところ一段御仕合であったと知らせる。文化11年朱注、正月11日、忠裕判、松平榮翁宛。口裏の青山下野守忠裕と在口裏の朱注を区別して記録する。使者名・献上相手の実名は本文にないため補わず、次の1357に記…
追録7-No.1357 松平乘保書状(大納言・竹千代への年頭祝儀)
全上。年頭の祝儀として大納言様・竹千代様へ使者をもって太刀・馬代黄金を献上した件を披露したところ一段御仕合であったと知らせる。第一頁の大納言様から次頁冒頭の竹千代様へ連結して二対象を採録する。文化11年朱注、正月11日、乘保判、松平榮翁宛、松平能登守乘保の官名実名表示。本書には太刀の腰数や黄金の両数…
追録7-No.1358 青山忠裕書状(要之丞婿養子祝儀)
重豪公御譜中・正文在文庫。要之丞殿(家斉男注)が右衛門督殿(田安斉匡注)の婿養子となるよう仰せ出されたことへの祝儀として、鯛1折を献上した件を披露したところ一段御仕合であったと知らせる。文化11年朱注、正月廿三日、忠裕判、松平榮翁宛。口裏の青山下野守忠裕と在口裏朱注を区別する。婿養子決定の具体日や婚…
追録7-No.1359 松平乘保書状(要之丞婿養子祝儀)
全上。要之丞殿が右衛門督殿の婿養子となるよう仰せ出されたことへの祝儀として鯛1折を献上した件を披露したところ一段御仕合であったと知らせる。文化11年朱注、正月廿三日、乘保判。次の下段に続く松平榮翁宛、口裏の松平能登守乘保・在口裏朱注まで連結する。前書1358の家斉男・田安斉匡という人物注は本書の独立…
追録7-No.1360 島津久備申渡書(和泉隼之介の家成立)
白木御文書8番箱中2番。嶋津安藝殿(忠厚・今和泉家注)の三男和泉隼之介(久武注)について、島津の称号が免許され「二男家ニ被相立」と記す。分地を別立する件は追って願い出るよう命じられているので、この旨を帳面に記し置くよう御記録奉行へ指示する。正月、安房署、久備と文化11年は目録による。原文の三男という…
追録7-No.1361 重豪が竹千代色直の儀を祝賀する記事
重豪公御譜中。文化11年甲戌春2月2日、重豪は使者をもって大家・亞相公へ一種千疋を献じ、御臺様・御簾中様にも同じく献じて竹千代君の色直の儀を祝賀したと記す。翌3日には奏者松平周防守康任が芝邸へ遣わされ、竹千代君からの返礼として斉興に二種千疋、重豪・斉宣に一種千疋が賜われたという。島津筑後守忠徹が代わ…
追録7-No.1362 松平信明書状(竹千代色直祝儀)
正文在文庫。竹千代様の色直祝儀として使者をもって目録の通り献上した件を披露したところ一段御仕合であったと知らせる。文化11年朱注、2月2日、信明判、松平榮翁宛。口裏の松平伊豆守信明と在口裏朱注を採録する。本書は目録による品という表示にとどまり、具体的な品名・数量、使者名は記載がない。1361の一種千…
追録7-No.1363 松平乘保書状(大納言・竹千代への色直祝儀)
全上。竹千代様の色直祝儀として、大納言様・竹千代様へ使者をもって目録の通り献上した件を披露したところ一段御仕合であったと知らせる。文化11年朱注、2月13日、乘保判、松平榮翁宛。口裏の松平能登守乘保と在口裏朱注を採録する。本書は二対象を明記するが、目録品の具体的内訳・数量はなく補わない。1361の色…
追録7-No.1364 青山忠裕書状(歳暮御内書交付)
重豪公御譜中・正文在文庫。歳暮の御内書を渡すので、明日五半時に御城へ家来を差し出すよう指示する。上段末の歳暮之から下段の御内書・交付日時・場所へ連結する。文化11年朱注、2月廿日、青山下野守署、松平榮翁宛。忠裕の名は目録による。本書は受取の出頭指示であり、家来の実名や実際の受領済は記載がない。歳暮と…
追録7-No.1365 松平乘保書状(歳暮奉書交付)
重豪公御譜中・正文在文庫。歳暮の奉書を渡すので、明日四時に西丸へ家来を差し出すよう指示する。文化11年朱注、4月10日、松平能登守署、松平榮翁宛。乘保の名は目録による。1364の御内書・御城・五半時と、本書の奉書・西丸・四時を分ける。歳暮の表現を保持し、現実の受領や家来名、時刻の現代換算は補わない。
追録7-No.1366 松平乘保書状(菖蒲御兜一飾)
重豪公御譜中・正文在文庫。竹千代様へ菖蒲御兜1飾を使者をもって献上した件を首尾よく披露したと知らせる。文化11年朱注、4月廿八日、乘保判。次頁上段の松平榮翁宛と乘保表示まで連結し、前頁の口裏松平能登守・在口裏朱注も採録する。原品名と単位1飾を保持し、破魔弓や一般の兜へ置換しない。使者名や竹千代の実名…
追録7-No.1367 徳川家斉御内書(端午祝儀帷子単物)
重豪公御譜中・正文在文庫。端午の祝儀として帷子単物が到来したことを歓び、委曲は牧野備前守から伝えるとする。文化11年朱注、5月2日、家斉公墨印、松平榮翁宛。帷子単物という原品名を採録し、具体的枚数や重数は記載がないため補わない。牧野の実名も本書にはなく、1368の使者献上・披露返書とは発給者と文書形…
追録7-No.1368 松平乘保書状(端午祝儀帷子単物)
全上。端午の祝儀として使者をもって帷子単物を献上した件を披露したところ一段御仕合であったと知らせる。文化11年朱注、5月2日、松平能登守乘保判、松平榮翁宛。品の数量や使者名は記載がなく、前書1367の委曲を伝える牧野を本書の使者として補わない。家斉の礼状と乘保の披露返書を独立して保持する。
追録7-No.1369 青山忠裕書状(鰑一箱献上)
重豪公御譜中・正文在文庫。今朝鰑1箱を献上した件を披露したところ一段御仕合であったと知らせる。上段本文から下段の文化11年朱注6月7日、忠裕判、松平榮翁宛へ連結する。口裏の青山下野守忠裕と在口裏朱注を採録する。原字鰑を保持し、鰯・鰹節や鯛へ一律に置換しない。数量は1箱で、使者名や献上相手の実名は記載…
追録7-No.1370 松平乘保書状(鰑一箱献上)
全上。今朝鰑1箱を献上した件を披露したところ一段御仕合であったと知らせる。文化11年朱注、6月7日、乘保判、松平榮翁宛。口裏の松平能登守乘保と在口裏朱注を採録する。同日同品の1369とは差出人を分け、鰑という原字と1箱の数量を保持する。目録は松平乘保書状で、入力の害状を修正する。
追録7-No.1371 牧野忠精書状(端午御内書交付)
重豪公御譜中・正文在文庫。端午の御内書を渡すので、明日五半時に御城へ家来を差し出すよう指示する。文化11年朱注、6月廿四日、牧野備前守署、松平榮翁宛。忠精の名は目録による。端午の名目、発給日、翌日の出頭日時を分け、家来の実名や受領済を補わない。1367の家斉御内書本文との関係を参照しても本書を実際の…
追録7-No.1372 伊集院兼当問合書(近衛家往来の取持)
重豪公御譜中・扣正文在家老座。近衛様(左大臣基前注)は先年参向時芝邸へ来訪しており、今回も芝・高輪両邸や旅館へこの方が訪ねることを願うが、現状は近い間柄がなく難しいので、表向の要求は困難でも御臺様から願えば可能かと問う。下向する公家衆のうち続合のある者や近衛家に出入する者1~2人を取持役として願い立…
追録7-No.1373 志岐正左衛門返書(近衛家往来の二条内分返答)
京都より返事。問合本書を承知し近衛家参殿用人立野大和介と対談、今日呼び出され別紙返答を受けたと報ずる。この方への来訪は即時に決める意向があり親しく対顔を望むが、格別近い間柄がないため難しい。御臺様への詳しい申進めと都合を求め、堂上方の取持は当時難儀があるので断り、大御隠居との親しい関係や取持の願い立…
追録7-No.1374 牧野忠精書状(生見玉祝儀黄金十両)
重豪公御譜中・正文在文庫。生見玉の祝儀として黄金10両を献上した件を披露したところ一段御仕合であったと知らせる。文化11年朱注、7月6日、忠精判。次頁上段の松平榮翁宛、口裏牧野備前守忠精・在口裏朱注まで連結する。原名目生見玉と品・数量を保持し、馬代黄金や別の年中祝儀へ置換しない。献上先の実名、使者名…
追録7-No.1375 松平乘保書状(生見玉祝儀黄金十両)
全上。生見玉の祝儀として黄金10両を献上した件を披露したところ一段御仕合であったと知らせる。文化11年朱注、7月6日、乘保判、松平榮翁宛。口裏松平能登守乘保・在口裏朱注を区別して採録する。1374牧野忠精返書とは差出人・署判を分け、同日同品でも一通にまとめない。入力の害状を目録・本文により書状へ修正…
追録7-No.1376 重豪が御鷹の雲雀を拝領する記事
重豪公御譜中。同年秋7月25日、大家が牧野式部(實名闕注)を芝邸へ使者として遣わし、重豪に御鷹之雲雀を賜ったと記す。斉興が代わって恩旨を奉じ、老中各邸へ赴いて礼謝した。年は目録文化11年。雲雀の数量と式部の実名は記載がなく、代受の理由も補わない。本文は末尾の署宛まで完結している。表紙の文化11年8月…
追録7-No.1377 種姫(重豪女)系譜抄(大信公御子)
大信公御子。種姫(シナ)・親姫・善親院と掲げ、文化11年甲戌8月6日生、母は関金蔵有富の女で族籍不詳と注する。戸田左門氏正の夫人で、氏正に濃州大垣城主の注がある。明治18年5月17日卒、法号善親院光譽延壽大姉と記す。重豪女という対応は目録による。出生と卒日・母の父名と不詳の族籍を分け、1378にある…
追録7-No.1378 種姫(重豪女)系譜抄(近秘野抄)
近秘野抄・重豪公御子女子。種姫(シナ)・親姫(チカ)を掲げ、戸田伊賀守氏正夫人とし、氏正に濃州大垣城主10万石・采女正氏庸嫡子の注がある。文化11年甲戌8月6日に高輪で生まれ、母は関金蔵有富の女とする。下段へ続き、文政12年己丑2月9日に戸田氏へ嫁し、天保3年壬辰11月に親姫へ改名したと記す。上段の…
追録7-No.1379 重豪が忠治遠忌に香奠を献じ竹千代の薨を弔う記事
重豪公御譜中、斉興公御譜にもありとの注。今秋8月25日、蘭窓公(島津忠治注)の三百年忌法事を鹿児島郡吉田郷津友寺で修し、重豪も家老川上右近久芳を遣わし香奠金200疋を進献して拝したと記す。同月26日に竹千代君が薨じた(法号玉樹院殿注)ため、翌27日に重豪は留守居を老中及び水野出羽守忠成(西丸側用人注…
追録7-No.1380 勝手向難渋に付問合一件(白木八番箱中二番の蓋紙・朱書)
白木御文書8番箱中2番。文化11年戌9月、勝手向が不如意なので供廻等を減らしたい旨の届書を差し出す件に付き、江戸詰家老衆から国元家老衆への問合、届書案文、留守居首尾書を記録した一件という蓋紙説明を採録する。「右一冊ノ蓋紙ニアリ」と注され、宛は御記録所。次頁朱書は勝手向不如意による供廻等減少の件とし、…
追録7-No.1381 徳川家斉御内書(重陽祝儀小袖一重)
重豪公御譜中・正文在文庫。重陽の祝儀として小袖1重が到来したことを歓び、委曲は松平伊豆守から伝えるとする。文化11年朱注、9月11日、家斉公墨印、松平榮翁宛。本書には伊豆守の実名、委曲の具体内容、献上使者はないので補わない。祝儀の名目、品・数量、発給者と墨印を保持し、1382乘保の披露返書とは独立し…
追録7-No.1382 松平乘保書状(重陽祝儀小袖一重)
全上。重陽の祝儀として使者をもって小袖1重を献上した件を披露したところ一段御仕合であったと知らせる。文化11年朱注、9月11日、松平能登守乘保判、松平榮翁宛。使者の実名、献上の具体日や追加品は記載がなく補わない。前書1381の家斉礼状に対して、本書は使者献上を披露した旨の返書として分ける。
追録7-No.1383 於寿(重豪養女)系譜抄(大信公御養女)
大信公御養女・女子。於寿・壽姫を掲げ、文化11年甲戌9月19日生、父は脇坂中務大輔安董(播州龍野城主注)、母は津守玄庵直厚の養女と記す。文政2年己卯2月15日に重豪が養って子とし、内藤丹波守政優(参州挙母城主注)の夫人となったという。弘化2年乙巳正月16日卒、法号妙倫院殿超譽殊勝貞薫大姉を採録する。…
追録7-No.1384 於寿(重豪養女)系譜抄(近秘野抄)
近秘野抄・重豪公御子女子。於寿・壽姫にホキの注、内藤丹波守政優夫人とし、政優に参州挙母城主2万石の注がある。文化11年甲戌9月19日に江戸で生まれ、父は脇坂中務大輔安董、母は津守玄庵直厚養女。芝口邸5万1089石という細注も採録し、どの人物に付く注かは留保する。文政2年己卯2月15日に乞われて養女と…
追録7-No.1385 重豪が再建の米津天神に田禄を与える記事
重豪公御譜中。先に天明戊申の冬、封内出水郷で米津天神社(出水注)を再造したことを述べ、今冬10月に田禄を「十五石貳斗九舛三合七夕五撮」として天神領に定めたと記す。年は目録文化11年。社の再建と今回の田禄設定を分け、原数量の細単位夕・撮まで保持する。重豪の意によるという末尾を採録し、天明年号の年数、田…
追録7-No.1386 松平信明書状(重陽御内書交付)
全上・正文在文庫。重陽の御内書を渡すので、明日五半時に御城へ家来を差し出すよう指示する。文化11年朱注、10月廿日、松平伊豆守署、松平榮翁宛。信明の名は目録による。重陽という交付名目、指示発給日と翌日の日時を分け、家来名や受領済は補わず、五半時を現代時刻へ換算しない。1381の御内書本文との関係を参…
追録7-No.1387 川上久芳申渡書(竹千代院号玉樹院)
白木御文書8番箱中3番。右近から口裏に渡された書付の写と記し、公義から竹千代様の院号を玉樹院様と称する旨が伝えられたので、この旨を記し置くよう御記録奉行へ指示する。10月、右近署・川上久芳注、年は目録文化11年。院号の伝達と帳面等への記録指示を採録し、別書の法号全称や本人実名、具体的伝達日を補わない…
追録7-No.1388 重豪が感應寺を再建し五世神主を納める記事
重豪公御譜中、斉興公御譜にもありとの注。大祖得佛公(島津忠久注)が薩隅日三州に封ぜられ、本田左衛門尉貞親が山門院木牟礼城を治所とした由来を述べ、山門院・木牟礼城跡の位置注を付す。鎮國山感應寺を建て五世の墳墓を設け、道義公忠宗・道鑑公貞久の神主を置いたという。今冬10月廿八日、退老した重豪の旨により、…
追録7-No.1389 斉興が道中供人数を減らそうとする記事
斉興公御譜中。吾家の財政困難に、領内の凶作と城下二度の大火、前年父公が琉使を率いて参府したこと、江府の三邸も度々災害に遭い加費用がかさみ三都の借金が増えた事情を挙げる。そこで道中の鹵簿を減らしたいと考え、家老に諮り、以下の文書へ続くとする。文化11年は目録、本文に独立月日なし。原文の父公呼称・前年参…
追録7-No.1390 松平信明書状(竹千代七夜祝儀・年注異同)
重豪公御譜中・正文在文庫。竹千代様(徳川家慶嫡男注)の七夜祝儀として使者をもって目録の通り献上した件を披露したところ一段御仕合であったと知らせる。前頁本文から次頁の日付署宛へ連結、11月6日、松平伊豆守信明判、松平榮翁宛。朱年注は文化11年に十年カの傍注を伴う。1391の編者注が両書を文化10年の誤…
追録7-No.1391 松平乘保書状(竹千代七夜祝儀・年記訂正注)
全上。竹千代様の七夜祝儀として、大納言様・竹千代様へ使者をもって目録の通り献上した件を披露したところ一段御仕合であったと知らせる。11月6日、松平能登守乘保判、松平榮翁宛。朱年注は文化11年・十年カ。編者は1390・1391の二書を文化10年の誤りとし、竹千代が文化10年10月晦日生、文化11年8月…
追録7-No.1392 川上久芳外三名家老連署書状(年首祝儀)
重豪公御譜中・寫正文在琉球國司。国王の尊書を拝見し、大御隠居への年首祝儀として目録の通り差し上げられた品が江府へ到来したので披露し、満足の思召であった旨を洩達するよう求める。文化11年朱注、12月15日。上段新納内蔵久命・嶋津安房久備から下段の町田監物久侶・川上右近久芳の署と讀谷山王子・三司官宛へ連…
追録7-No.1393 川上久芳外三名家老連署書状(入湯御暇・拝領祝儀)
全上。国王の尊書を拝見し、去歳大御隠居の国元温泉入湯御暇が願い通り仰せ出され、公方・大納言から拝領物と召し羽織を受けたことへの祝儀として、識名親雲上をもって大御隠居へ太刀1腰・馬代白銀100両と目録の通り差し上げた品が江府へ到来した件を披露し、満悦の旨を洩達するよう求める。文化11年朱注、12月15…
追録7-No.1394 川上久芳外三名家老連署書状(治五郎御二男届祝儀)
全上。国王の尊書を拝見し、去歳男子出生、御名治五郎(島津斉興男注)として御二男の届が済んだことへの祝儀として、野國親方をもって大御隠居へ太刀1腰・馬代白銀100両と目録の通り差し上げた品が江府へ到来した件を披露し、満悦の旨を洩達するよう求める。文化11年朱注、12月15日、新納内蔵・嶋津安房・町田監…
追録7-No.1395 川上久芳外三名家老連署書状(閑姫縁組祝儀)
全上。国王の尊書を拝見し、閑姫様(島津斉宣女注)の縁組が仰せ出されたことへの祝儀として、野國親方をもって大御隠居へ目録の通り差し上げた品が江府へ到来した件を披露し、満悦の旨を洩達するよう求める。上段冒頭から下段の本文・日付・四署・二宛へ連結、文化11年朱注12月15日、新納内蔵・嶋津安房・町田監物・…
追録7-No.1396 川上久芳外三名家老連署書状(御隠居女子閑姫出生)
全上。国王の尊書を拝見し、去歳御隠居の女子が出生し閑姫様と称することへの大御隠居への祝儀について、紙面の趣旨が江府へ到来したので披露したと返す。文化11年朱注、12月15日、第一頁新納内蔵署から次頁上段の嶋津安房・町田監物・川上右近各實名判表示と讀谷山王子・三司官宛へ連結する。本書は紙面之趣の披露で…
追録7-No.1397 川上久芳外三名家老連署書状(友松逝去の機嫌伺い)
全上。国王の尊書を拝見し、友松様の逝去に付き大御隠居の機嫌伺いとして松嶋親方をもって申し上げた紙面の趣旨が江府へ到来したので披露し、その旨の洩達を求める。文化11年朱注、12月15日、新納内蔵・嶋津安房・町田監物・川上右近各實名判表示、讀谷山王子・三司官宛。友松の実名・親子関係、逝去日、弔贈品・数量…
追録7-No.1398 土井利厚書状(今朝の鰹節一箱)
全上・正文在文庫。今朝鰹節1箱を献上した件を披露したところ一段御仕合であったと知らせる。文化11年朱注、12月16日、利厚判、松平榮翁宛。口裏の土井大炊頭利厚と在口裏朱注を採録する。献上相手の実名、使者名、追加の品は記載がなく補わず、1399同日同品の乘保返書と独立して整理する。入力の害状を目録・本…
追録7-No.1399 松平乘保書状(今朝の鰹節一箱)
全上。今朝鰹節1箱を献上した件を披露したところ一段御仕合であったと知らせる。文化11年朱注、12月16日、乘保判、松平榮翁宛。口裏の松平能登守乘保と在口裏朱注を採録する。1398とは差出人と署判を分け、同じ贈品・数量でも一通に統合しない。使者名や具体的な献上先の実名は補わない。
追録7-No.1400 徳川家斉御内書(歳暮祝儀小袖一重・宛なし)
重豪公御譜中・正文在文庫。歳暮の祝儀として小袖1重が到来したことを歓び、委曲は土井大炊頭から伝えるとする。前頁の本文から次頁の日付・家斉公墨印へ連結し、文化11年朱注、12月廿七日を採録する。墨印の脇に本ノマ宛カキナシという注があり、本書には宛書がないことを明記する。隣の1401榮翁宛を本書に移さず…
追録7-No.1401 松平乘保書状(歳暮祝儀小袖一重)
全上。歳暮の祝儀として使者をもって小袖1重を献上した件を披露したところ一段御仕合であったと知らせる。文化11年朱注、12月廿七日、松平能登守乘保判、松平榮翁宛。本書の宛名と使者献上の表示を採録し、前書1400家斉御内書の宛書欠記へ補い入れない。使者名・献上の具体日・追加品は記載がなく補わず、文書形式…
追録7-No.1402 道中供人数・道具減少願書一件(白木八番箱中四番の蓋紙)
白木御文書8番箱中4番。文化12年亥正月、道中供人数と携帯する道具を減らしたい旨を御用番牧野備前守へ届けた書付1通、それに付き留守居首尾書1通、江戸詰家老衆の問合書1通を掲げる。御記録所宛、右一冊ノ蓋紙という注を採録する。蓋紙の文化12年正月と、続く無番号0095~0097の本文にある前年七月・十月…
追録7-No.1403 松平信明書状(若菜祝儀鯛一折)
重豪公御譜中・正文在文庫。若菜の祝儀として鯛1折を献上した件を披露したところ一段御仕合であったと知らせる。前頁の御譜見出しから次頁の本文・日付・署宛へ連結し、文化12年朱注、正月7日、信明判、松平榮翁宛。口裏の松平伊豆守信明・在口裏朱注を採録する。若菜という祝儀名目と実品鯛1折を分け、使者名・献上相…
追録7-No.1404 松平乘保書状(若菜祝儀鯛一折)
全上。若菜の祝儀として鯛1折を献上した件を披露したところ一段御仕合であったと知らせる。文化12年朱注、正月7日、乘保判、松平榮翁宛。口裏の松平能登守乘保と在口裏朱注を採録する。同日同品の1403松平信明返書とは差出人・署判を分け、使者名や献上相手の実名、追加品は補わない。若菜という名目と鯛1折という…
追録7-No.1405 島津斉興吉書(三箇条の沙汰指示)
白木御文書8番箱中、吉書。神社佛閣を修造興行すること、農事の勧励に専ら努めること、国の年貢を徴納することの三条を掲げ、右三箇条の旨について沙汰あるべき旨を命じる。上段二条から下段の徴納条・結語・日付へ連結し、文化12年正月11日、斉興御判を採録する。右包紙吉書という注を分けて記す。年貢の具体率・数量…
追録7-No.1406 松平信明書状(年頭祝儀太刀一腰・黄金十両)
重豪公御譜中・正文在文庫。年頭の祝儀として使者をもって太刀1腰・馬代黄金10両を献上した件を披露したところ一段御仕合であったと知らせる。文化12年朱注、正月11日、信明判、松平榮翁宛。口裏の松平伊豆守信明と在口裏朱注を採録する。使者名・献上相手の実名はないため補わず、黄金を白銀へ変更しない。同日の1…
追録7-No.1407 松平乘保書状(年頭祝儀太刀一腰・黄金十両)
全上。年頭の祝儀として使者をもって太刀1腰・馬代黄金10両を献上した件を披露したところ一段御仕合であったと知らせる。文化12年朱注、正月11日、乘保判。前頁の口裏松平能登守・在口裏朱注から次頁上段の松平榮翁宛と乘保表示まで連結する。品数・馬代の金種を保持し、1406信明返書と独立して整理する。使者名…
追録7-No.1408 重豪が御鷹の鶴を拝領する記事
重豪公御譜中。文化12年乙亥春2月朔日、大家が石野新左衛門(實名闕注)を芝邸へ使者として遣わし、重豪に御鷹之鶴を賜ったと記す。島津筑後守忠徹が代わって恩旨を奉じ、老中各邸へ赴いて礼謝した。鶴の数量と石野の実名、本人が代礼を立てた理由は記載がなく補わない。拝領、忠徹の代受恩旨、老中への礼謝を分け、13…
追録7-No.1409 島津斉興伺書(有章院百回忌香奠)
重豪公御譜中・扣正文在右筆所。今回有章院様(徳川家継注)の百回忌法事に付き、同氏榮翁(重豪注)と修理大夫(斉宣注)から香奠を献上したいと伺う。文化12年朱注、2月18日、松平豊後守署。朱書御付札は先格の通り献上すべき旨を示す。願出の差出人、実際の献上希望者二名と朱返答を分け、金額・品目・使者名・実献…
追録7-No.1410 土井利厚書状(歳暮御内書交付)
重豪公御譜中・正文在文庫。歳暮の御内書を渡すので、明日五半時に御城へ家来を差し出すよう指示する。文化12年朱注、2月廿日、土井大炊頭署、利厚の名は目録。本書には独立宛名がないため、前後の榮翁宛を補わない。歳暮という名目、指示発給日と翌日の出頭日時を分け、現代時刻換算、家来名、御内書受領済は補わない。…
追録7-No.1411 青山忠裕書状(御簾中安産七夜祝儀)
重豪公御譜中・正文在文庫。御簾中様の安産について七夜祝儀として使者をもって目録の通り献上した件を披露したところ一段御仕合であったと知らせる。文化12年朱注、2月廿三日、忠裕判、松平榮翁宛。口裏の青山下野守忠裕と在口裏朱注を採録する。生まれた子の性別・名・実出生日、御簾中の実名、献上品と数量は本書にな…
追録7-No.1412 松平乘保書状(御簾中安産七夜祝儀)
全上。御簾中様の安産について七夜祝儀として使者をもって目録の通り献上した件を披露したところ一段御仕合であったと知らせる。文化12年朱注、2月廿三日、乘保判、松平榮翁宛。口裏の松平能登守乘保と在口裏朱注を採録する。同日の1411青山忠裕書状とは署判・差出人を分け、生児の実名・性別・出生日、贈品の内訳数…
追録7-No.1413 重豪が有章院百回忌に香奠を献ずる記事
重豪公御譜中。前頁の見出しから次頁上段の記事へ連結し、この年大家が増上寺で有章院殿の百回忌法事を修したので、2月晦日に重豪が使者を遣わして香奠銀2枚を献納し拝したと記す。年は目録文化12年。使者の実名や重豪本人の参詣は記載がなく補わず、銀の単位2枚を両へ換算しない。目録表題は吉宗百回忌とするが、本文…
追録7-No.1414 島津重豪諭達(風俗取締・文武教育の再徹底)
重豪公御譜中・寫正文在文庫。去年下向時、領国取締と容貌言語について細密な箇条書で一門方・大目付以上に直に命じ諸向も承知したが、古来の風俗により旧俗へ戻っているとして継続遵守を求める。学文武藝は度々指示しているが、士の持前として熟練し油断しないよう命じ、師範匠家には指南の精勤と不正言行・容貌言語の教戒…
追録7-No.1415 重豪が薩藩勝景百圖を献上する記事
重豪公御譜中。封内の古い国に名山奇景が多いので、太史橋口今彦善古に勝景100図を選ばせ、書工に写させて5巻とし薩藩勝景百圖と名づけたという。さらに和語を用いた圖考5冊を編纂して添え、今春2月に重豪が私献したと記す。図の100、巻の5、説明書の5冊を別の数量として採録する。目録は将軍への献上とし、本文…
追録7-No.1416 早川兼備届書(甘露寺国長の続合)
重豪公御譜中・扣正文在家老座。甘露寺大納言(国長注)について、松平豊後守の祖父榮翁の亡妻の甥という続合があることを届ける。文化12年朱注、3月12日、御名内早川渡署、兼備は目録名義。国長の続合と届出主体を分け、亡妻の実名や豊後守との新たな養縁組を補わない。次の無番号0098・0099は続合手扣書の内…
追録7-No.1417 中西十郎左衛門能組届書(高輪邸招請時の二能組)
重豪公御譜中・扣正文在家老座。近衛様高輪御屋敷からの招請時の御能組を掲げ、翁(千歳・三番叟・面箱の表示)、高砂・経政・熊野・綾鼓・亂、三本柱・宗倫を列記する。表には大膳大夫様・高砂、啓之助様・経政、御隠居様・熊野、大御隠居様・綾鼓、肥前守様・亂の見出しと、七郎右衛門・権左衛門、新之丞、萬作、才次郎、…
追録7-No.1418 斉興が賜告の恩賜を謝する記事
斉興公御譜中。文化12年乙亥4月13日、上使松平伊豆守信明をもって賜告し、例の通り賜品があったと記す。亞相家慶公からも上使松平能登守乘保をもって物を賜われたという。続く15日の斉興登城・拝謝を次頁冒頭へ連結し、さらに懇命を蒙り馬1匹を賜われたと記す。賜告の語、二上使の役割、定例賜品と家慶の贈品、後段…
追録7-No.1419 重豪が家康二百回忌に代拝させる記事
重豪公御譜中。今4月17日(自15日至17日注)、大家が野州日光山で神祖廟二百回忌法会を修したとする。明日、弓奉行知右筆頭事今井藤太兼用を日光本坊へ使者として遣わし太刀1腰・馬代金1枚を献じ代拝させたと記す一方、先期11日江戸発・14日日光到着の旅程注を付す。21日には使番知記録奉行事木場次右衛門貞…
追録7-No.1420 土井利厚書状(東照宮二百回忌祝儀)
正文在文庫。東照宮二百回忌法会が済んだことへの祝儀として、使者をもって目録の通り献上した件を披露したところ一段御仕合であったと知らせる。本文上段から下段の日付署宛へ連結し、文化12年朱注、4月廿五日、利厚判、松平榮翁宛。口裏土井大炊頭利厚・在口裏朱注を採録する。本書の目録品には具体品名・数量・使者名…
追録7-No.1421 松平乘保書状(東照宮二百回忌祝儀)
全上。東照宮二百回忌法会が済んだことへの祝儀として使者をもって目録の通り献上した件を披露したところ一段御仕合であったと知らせる。文化12年朱注、4月廿五日、乘保判、松平榮翁宛。口裏松平能登守乘保・在口裏朱注を採録する。同日の1420土井返書とは独立して保持し、具体的な献上品・数量・使者名は補わず、法…
追録7-No.1422 島津久備申渡書(虎之助・種姫の実母記録)
白木御文書8番箱中6番。虎之助様(島津重豪男注)の実母は浪人杉浦作左衛門源政信の女、種姫様(島津重豪女注)の実母は関金蔵有富の女と列記する。右の通り江戸から申し来たので系図面等へ記し置くよう指示する。本文4月、安房署・島津久備注。右包紙ニ左ノ如シの注に続き、文化12年亥4月廿九日に監物から白尾齋藏へ…
追録7-No.1423 徳川家斉御内書(端午祝儀帷子単物)
重豪公御譜中・正文在文庫。端午の祝儀として帷子単物が到来したことを歓び、委曲は青山下野守から伝えるとする。文化12年朱注、5月3日、家斉公墨印、松平榮翁宛。原品名帷子単物を保持し、枚数・重数、青山の実名、委曲の具体内容を補わない。1424乘保の使者献上返書とは発給者と文書形式を分け、入力の御内査一回…
追録7-No.1424 松平乘保書状(端午祝儀帷子単物)
全上。端午の祝儀として使者をもって帷子単物を献上した件を披露したところ一段御仕合であったと知らせる。文化12年朱注、5月3日、松平能登守乘保判、松平榮翁宛。品数や使者名は記載がなく補わず、1423の青山下野守を本書の使者として移さない。将軍礼状と本書の披露返書を独立して保持し、入力の害状を書状に修正…
追録7-No.1425 重豪が近衛・甘露寺両卿を招邀する記事
重豪公御譜中。東照宮二百回神忌のため近衛左大臣基前と甘露寺前大納言(名は憶長候補、国長カの注)が日光を経て江府へ来るので、両旅館を訪ね私邸への招請をあらかじめ請う。近衛との古い由緒を幕府へ告げ許可を得たという。夏5月5日と16日に近衛の旅館を再訪(伝奏邸第二御殿の注)、同10日に高輪邸で近衛を款待し…
追録7-No.1426 近衛基前招請次第書(高輪邸の接遇手順)
重豪公御譜中・扣正文在家老座。近衛左大臣の高輪邸招請次第を定める。西御門から入り供目付が先に案内、南坂御門外で伊集院隼衛が先立ち、茶屋の輿臺で下乗、大御隠居が迎えて座敷へ導く。熨斗・茶・たばこ盆の後、諸大夫の案内順で大御隠居、太守・御隠居、大膳大夫・肥前守が挨拶する。染帷子・十徳/半袴の着服注、進物…
追録7-No.1427 鎌田政輿申渡書(近衛家招請の手当)
全上・扣正文在家老座。近衛左大臣の高輪邸招請手当を箇条で申渡す。参向・滞留中の招請希望を家老使者で伝え、期日回答があれば即日御請、入邸前日に留守居が御用番・西丸老中へ届出、当朝は用人使者等で御臺へ伝える。早朝から留守居付役・足軽を旅館へ派し出立を遠見して亀甲茶屋・御殿へ注進する。式臺・茶屋門内の飾り…
追録7-No.1428 飾付次第書(高輪邸の部屋別掛物・器物・舶来品)
全上・扣正文在家老座。高輪邸の部屋別飾付を一覧にする。亀之甲茶屋觀瀾亭は探幽筆の中寿老神・左右龍三幅対、唐金の臺に立花花瓶、棚に軸物・南京染付香爐・軸受を置く。小座敷は古法眼元信筆山水1幅、硯箱料紙と文臺・紅毛菓子入。見物所は周之冕筆芙蓉小鳥1幅、鹿置物1点、中庭茶屋瀛樂窟は雪舟筆の柳尾長鳥(題名読…
追録7-No.1429 甘露寺国長招請作法書(本文:高輪招請の手当)
全上・扣正文在家老座。甘露寺前大納言参府に伴う高輪邸招請の手当を定める。江戸着当日に表方から使者を出して挨拶し、贈物があれば使番が担当する。滞留中に招く日取を留守居が使者で伝え、来邸前日は留守居から御用番・西丸老中へ届出、表方から明日の来邸確認の使者を出す。当日早朝から旅館に付役・留足軽を置き、出立…
追録7-No.1430 甘露寺国長招請作法書(本文:高輪招請の次第)
全上・扣正文在家老座。甘露寺前大納言を高輪邸に招く次第。表門から入り玄関前の中門で下乗し、伊集院隼衛が玄関薄縁へ案内する。太刀取は小姓、櫻井半藏・圖師崎良助・田原喜左衛門・吉井源七郎は取次番として罷り出、留守居付役一人は環江見物下の先立・門外の送迎、供目付は門内から先導する。大御隠居が出迎え座敷へ案…
追録7-No.1431 飾付書上(本文:甘露寺前大納言高輪招付御飾記)
全上・扣正文在家老座。甘露寺前大納言憶長卿(本文の名候補、目録は国長)の高輪邸招請に伴う御飾記。申之亭の床には法眼養朴筆山水二幅対と活花臺、棚には南京錦手獅子香爐、堆朱重香合、清明三河図と記す軸物、厚貝盆を置く。保壽樓へ続き、床に櫛木東方朔置物と交趾焼香爐。居間の掛物は周之冕筆盆石一幅、棚に竹彫寿老…
追録7-No.1432 近衛基前招請作法書(本文:五月十日の招請次第)
全上・扣正文在文庫。五月十日の来邸が決まったため、辰之口の旅館へ側用人の使者を出し、当日の来訪を確認する。後刻、高輪西門から入り芝門を経て亀之甲茶屋へ案内、望洋亭上段で着座し熨斗・茶・たばこ盆を出す。御隠居・太守・奥平大膳太夫・有馬肥前守・島津筑後守の目見が済むと、暫く庭を見て、前々案内の玉窓臺御庭…
追録7-No.1433 献上物書上(近衛来邸関係の贈答一覧)
扣正文在文庫。近衛来邸関係の贈答品を、贈る相手と機会を分けて掲げる。来邸当日に近衛へ鯛一折、翌日は杉重一組・鯛一折を差し上げる。見舞として太刀と馬代白銀三十枚、縮緬三巻、干鯛一箱を差し上げる。諸大夫五人には銀子各三枚、御用人二人には各二枚、綸子三端を記し、右は請待につき差し上げるものとする。公方・大…
追録7-No.1434 島津重豪書状(近衛請待と塗ちう・鯛の拝領御返事)
重豪公御譜中・扣正文在文庫。花町・はな園・梅その・花崎の四宛に返事する。端書の趣を承知し、よろしく取り立てを頼む。御意による文を拝見したこと、御臺の機嫌がよいことを喜ぶ。「今日」近衛を請待したところ、「御塗ちう」一組と鯛一折を内々に拝領したことへの謝意を述べ、このことについてもよろしく取成してほしい…
追録7-No.1435 斉興帰国ス(五月二十五日江府発・七月十六日着城)
斉興公御譜中の記事。文化12年五月二十五日に斉興が江府を発ち、七月十六日に鹿児島城へ到着したと記す。出発と到着の二つの日付・場所・主体を明示する。道中の行程、宿泊、随行人数や帰国許可の手続はこの短文に記されていない。
追録7-No.1436 重豪、寿国寺ヲ着座門主ニ昇ス
重豪公御譜中の記事。元持山寿国寺(鹿児島の注)は従来、出水の幸善寺に次ぐ列だったが、この六月五日に「余」の旨によって着座門主へ昇し、寺班を鹿児島の大龍寺に次ぐ位置としたと記す。目録は重豪が寿国寺を着座門主に昇す記事とする。従前の寺列、着座門主への昇格、新たな寺班という三点を分けて整理し、幸善寺や大龍…
追録7-No.1437 島津久備証状(寿国寺の着座門主と寺班通知)
正文在寿国寺。安房(島津久備の注)が寿国寺へ通知する。着座門主として大龍寺に次ぐものと仰せ付けられたことを示し、右の通り大御隠居の思召によって仰せ付けたと記す。六月、文化12年は朱年注で、日付はない。前条1436の六月五日の昇格記事と関連するが、この通知にその日を転記せず、記載どおり月のみとする。
追録7-No.1438 青山下野守忠裕書状(鰑一箱の献上披露)
重豪公御譜中・正文在文庫。青山下野守忠裕から松平榮翁への書状。今朝、鰑一箱を献上されたので披露したところ、御仕合との意向だったと伝え、恐々謹言で結ぶ。六月十八日、文化12年は朱年注。忠裕判、口裏にも青山下野守忠裕の記載がある。同日同品の別書状として保持し、数量を二箱へ合算せず、鰑を鰯や鯛へ置き換えな…
追録7-No.1439 松平能登守乘保書状(鰑一箱の献上披露)
全上。松平能登守乘保から松平榮翁への書状。今朝、鰑一箱を献上されたので披露したところ、御仕合との意向だったと伝え、恐々謹言で結ぶ。六月十八日、文化12年は朱年注。乘保判、口裏にも松平能登守乘保の記載がある。同日同品の別書状として保持し、数量を二箱へ合算せず、鰑を鰯や鯛へ置き換えない。
追録7-No.1440 青山忠裕書状(端午御内書の受取家来差出)
重豪公御譜中・正文在文庫。青山下野守から松平榮翁へ、端午の御内書を渡すため、明日五半時に御城へ家来を差し出すよう指示する。六月廿四日、文化12年は朱年注。名目は端午であり、時刻は原表記五半時を保持する。家来の氏名や受取完了は記さない。
追録7-No.1441 斉宣後夫人丹羽氏卒ス(本文優先。目録「斉興」は異同)
重豪公御譜中。文化12年の同年夏六月二十六日、斉宣の後夫人丹羽氏が病で江戸白銀邸に死去、享年三十四と記す。氏の注はミチ、称字姫、丹羽加賀守長祥妹。本文の死去日は二十六日だが、後に二十三日を忌日としたとの注がある。法名は蓮亭院殿香顔玉容大姉。同二十八日に白銀瑞聖寺へ葬り木主を置く。冬十月二日に遺髪を本…
追録7-No.1442 斉宣後夫人丹羽氏の死去・歌集と短冊の継承
斉宣公御譜中。文化12年乙亥六月二十六日に斉宣後夫人丹羽氏が江府白銀邸に病死し、後に二十三日を忌日としたとの注、享年三十四、法号蓮亭院殿香顔玉容大姉を記す。氏の注はミチ・弥宮姫、陸奥二本松城主丹羽加賀守長祥妹。二十八日に白銀瑞聖寺へ葬り木主を置き、冬十月二日、遺髪を薩府寿国寺へ帰葬して木主を置いた。…
追録7-No.1443 蓮亭院追善詩歌集目録(関連資料の箱・長持・号)
蓮亭院関係の文芸資料を箱・長持の番号と資料名で掲げる目録。五十一番箱五十号は蓮亭院様御短冊、全三十九号は鳥丸家教訓書十五ヶ条、九番上長持二十九号は長崎義護・伊木常誠の歌集序跋。続いて五十一番箱二十四号に乙亥暮秋念二日(九月二十二日)の追善詩、その全上に九月廿三日(九月二十三日)の瑞聖梅庵白銀臺詩を掲…