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追録7の目録

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全2,939件中 2601~2700件・27 / 30ページ

  1. 追録7-No.2418 斉興らの重豪昇進祝賀記事

    斉興公御譜の記事。天保二年正月十九日の重豪従三位叙任を受け、二月十日に薩府へ吉信が届き、十五日には城内の役人・琉球人らが祝賀した経過を記す。斉興から太刀一腰・馬代金一枚・干鯛一箱・昆布一箱・酒一荷、ほか贈物や使者の取計らいを掲げる。単なる昇進通知ではなく日付と祝賀品の一覧を保持する。

  2. 追録7-No.2419 水野忠成ら連署状

    松平周防守康任・松平和泉守乗寛・水野出羽守忠成が松平榮翁へ、重豪の従四位から従三位への昇進に伴う仰付けと、位記などの儀式について知らせる連署状。正月十九日付で本文年次は天保二年。三名の署判と叙位の通知を保持する。

  3. 追録7-No.2420 猪飼尚敏書状

    猪飼尚敏が川上久馬ら四名へ、重豪の叙位を受けた謝礼と祝賀の取計らいを詳細に知らせる。若殿の登城と老中への奉書、近衛家への礼物、二丸・西丸・大奥などへの挨拶、名代と使者の使い分け、礼物・進物の目録、御用人や留守居を通した差図の照会を列挙する。正月二十日付、天保二年は朱注。四頁にわたる本文を一件として保…

  4. 追録7-No.2421 たき山外三名連署消息

    たき山・花町・梅その・梅溪が榮翁様へ、従三位昇進を祝う消息。御臺様の思召しにより御納戸金の内から例年どおり金三百両が贈られたことと、榮翁の長寿を祈る言葉を記す。前段の番号・出典から翌頁の本文と四名署宛までを一件として保持する。年次は天保二年の朱注で日付は明確でない。

  5. 追録7-No.2422 たき山外三名連署消息

    たき山・花町・梅その・梅溪が榮翁様へ、榮翁からの文を受け、従三位昇進と手前の老年への祝意を述べる。御臺様の思召しによる御納戸金の内の金三百両が例年どおり贈られたことを記し、返事と礼の取計らいを伝える。年次は天保二年の朱注、月日はない。2421とは独立した番号と署宛を保持する。

  6. 追録7-No.2423 島津重豪覚書

    島津重豪が、時刻と場所の記載に続き、奉文を拝領してから鷹部屋へ赴く経路を指示した覚書。翌日の吹上御鷹部屋で大野丹次・小野半左衛門へ挨拶し、途中の麻袴・高輪・表開披式臺を経て門内で待つよう記す。手明の村越守藏、鎌田覺右衛門、大野磯吉らの役割も署宛とともに残す。年次は天保二年の朱注、月日はない。

  7. 追録7-No.2424 重豪鶴拝領記事

    重豪公御譜の記事。天保二年二月三日に大御家遣の使番川勝中務廣業を通じ、家斉から重豪へ鶴二羽が贈られた。秋月筑前守種任が名代として受け、重豪が老中へ謝意を伝えた経過を記す。贈答品の数量、使者、名代と謝礼を保持する。

  8. 追録7-No.2425 半田嘉藤次伺書

    半田嘉藤次が松平榮翁へ、従三位昇進の礼として公方様・内府様・大納言様・御臺様・御簾中様に差し上げる品を列挙し、附女中衆への贈物を何分に配分するか伺う。太刀、巻物、銀などの品目と、喜代姫君・永姫君ほか奥向きの相手先を掲げ、同じ形式または減額とする案を示す。二月四日付、年次は朱注。

  9. 追録7-No.2426 島津重豪指示書

    松平榮翁が半田嘉藤次へ、従三位昇進の御礼申上げと献上物について、私儀の上物等は別段に申し立てるよう指示する。前件2425の配分伺いに続く二月四日付の短い返答で、年次は朱注。

  10. 追録7-No.2427 半田嘉藤次伺書

    半田嘉藤次が松平榮翁へ、従三位昇進の御礼に際し、女使を通じて公方様・内府様・大納言様・御臺様・御簾中様へ献じる品と、喜代姫君・永姫君らへの差上物の配分を伺う。二月四日付、年次は朱注。2425とは別番号の伺書として保持する。

  11. 追録7-No.2428 半田嘉藤次伺書

    半田嘉藤次が松平榮翁へ、従三位昇進後の着服について伺う。熨斗目・麻袴または小袖麻袴、紅紫色を避けた他の色、白綾の内衣などの使い分けを示し、いかなる着用が御内意にかなうか問う。二月七日付、年次は朱注。本文は次頁上段まで続く。

  12. 追録7-No.2429 島津重豪指示書

    松平榮翁が半田嘉藤次へ、従三位昇進の御礼申上げを願い置いていたが、以前からの病気がまだ快復せず登城し難いため、氏兵庫頭を名代として登城させる旨を伝える。二月八日付、年次は朱注。本人の病気と名代登城を区別して記録する。

  13. 追録7-No.2430 半田嘉藤次伺書

    半田嘉藤次が松平榮翁へ、従三位昇進後の御礼申上げに伴う席次・礼式を伺う。正月二日以後の使者、御内書の御渡し、三季の献上物、城中での登城礼と大広間での席順、諸席との前後関係などを列挙し、従三位に伴う位階の取扱いを含めて差図を求める。二月八日付、年次は朱注。

  14. 追録7-No.2431 島津重豪覚書

    重豪公御譜中の覚書。前日に位階の昇進を仰せ付けられたことを受け、有馬玄蕃頭・丹羽左京大夫・毛利甲斐守・秋月筑前守・中山備後守らを祝儀対応の相手先として挙げる。一方、渓山・兵庫頭・奥平大膳大夫・松平伊豫守からの申告については「無據断」として追って見得する旨を記す。二月九日付、正文在文庫。

  15. 追録7-No.2432 島津重豪覚書

    重豪公御譜中の覚書。二月八日に封を受け、十一日に御臺様から拝領した品を一覧する。御文臺・料紙硯箱から、納戸硯、文箱・文庫、鼻紙臺、手提重、筆、漆器、文具、服紗・印籠・小ふた・くす玉、扇や色紙挾などに至る品目と数量を連続して記す。末尾には佐川殿から到来した品も区分して掲げる。贈答品一覧は冊子860~8…

  16. 追録7-No.2433 島津重豪従三位昇進謝礼記事

    重豪公御譜中の記事。二月十六日に和泉守乗寛へ従三位叙任の謝礼を伝えた後、京師への謝恩使節と贈答を順次記す。三月には京師の近衛家などへ太刀・白銀を献じ、四月に京都所司代を通じた位記口宣案の受領や礼物の送達、五月以降には近衛家・女房衆への返礼と江戸・薩摩間の使者の動きを続記する。七月・八月までの処理を含…

  17. 追録7-No.2434 島津重豪叙従三位口宣案

    重豪公御譜中に収める天保二年正月十九日の口宣案。一枚の口宣案に、蔵人権右少弁兼皇太后宮権大進藤原光暉の奉ずる命として、従四位上源重豪を従三位に叙する旨を記す。併記された位記一巻への言及と、正文が文庫にあるとの注記を保持する。

  18. 追録7-No.2435 島津重豪従三位位記

    天保二年正月十九日付の島津重豪従三位位記。従四位上の源朝臣重豪を従三位に叙し、官人・職事が奉ずる旨を記す。続けて正二位行権大納言や式部卿・大輔など、位記発給に関わる上卿・職事の官位と姓名を列挙し、右可依三位の文言、制書の奉行、天皇御璽などの書式を示す。位記の本文は冊子863~864頁にわたる。

  19. 追録7-No.2436 上卿・職事等書立

    「全上」「正文在文庫」として、重豪の従三位位記に関わる上卿と職事を記す短い書立。上卿として萬里小路大納言、職事として日野西権右少弁を掲げ、前件2435の位記に付随する官人情報を残す。年次は天保二年の朱注で月日は記されない。

  20. 追録7-No.2437 島津重豪従三位昇進祝賀記事

    重豪公御譜中の記事。従四位上から従三位への昇進の吉報が二月十二日に薩府へ届き、十五日には寺院・諸役人・琉球人らが登城して祝賀したことを記す。十九日には斉興が種子島六郎時防を使者として太刀一腰・馬代金一枚・干鯛一箱・昆布一箱・酒一荷を贈り、母や島津家一門からも礼物が届く。祝賀の日付、使者、礼物の品目と…

  21. 追録7-No.2438 水野忠成・松平乗寛連署状

    松平和泉守乗寛と水野出羽守忠成が松平榮翁へ、翌十五日に位階昇進の御礼を行うにつき、本人に代えて名代一人を五時に登城させるよう伝える連署状。二月十四日付、年次は朱注。名代一人と登城時刻を明示する。

  22. 追録7-No.2439 島津重豪請書

    松平榮翁が松平和泉守・水野出羽守へ、翌十五日の位階昇進御礼に名代一人を五時に登城させる指示を承知したと返す。二月十四日付、年次は朱注。2438の連署状に対応する請書として記録する。

  23. 追録7-No.2440 島津斉彬届書

    松平兵庫頭が松平和泉守・水野出羽守へ、松平榮翁の位階昇進御礼に際し、名代一人が翌十五日五時に登城することを届ける。二月十四日付、年次は朱注。榮翁本人の請書2439と区別し、名代側の届出として保持する。

  24. 追録7-No.2441 島津重豪昇進謝礼記事

    重豪公御譜中の記事。二月十四日に老中の奉書を受け、翌日斉彬を名代として登城させる取計らいと、従三位昇進の謝礼を記す。儲后家慶公・水野壹岐守らに対する太刀・巻物・馬代金等の礼物、御簾中様や一門への白銀・干鯛の進物など、相手先ごとの贈答を続記する。位階昇進の御礼を名代登城と贈答の両面から示す記事。

  25. 追録7-No.2442 島津重豪覚書

    重豪公御譜中の覚書。翌十五日の位階昇進御礼に向け、兵庫頭の名代登城、直々の廻勤・相仕舞、高輪への参上、幕府奥向きへの挨拶、御前への献上物と使者の手順を列挙する。前後の日に行われた奥向きへの祝賀、二月十九日の客来訪も記し、贈答と登城の順序を確認する。二月十四日付、年次は朱注。

  26. 追録7-No.2443 猪飼尚敏書状

    猪飼尚敏が川上久馬ら四名へ、重豪の従三位昇進御礼に伴う十五日の名代登城から、幕府・大奥・公方様・御臺様・御簾中様・御隠居様らへの献上と挨拶までを詳しく報告する。兵庫頭を名代として五時に登城させ、書院への進物差出し、太刀・巻物・馬代金・白銀・干鯛等の相手先別の品目と数量、半田嘉藤次を介した手配を列挙す…

  27. 追録7-No.2444 滝やま外二名連署消息

    花町・梅その・滝やまが榮翁様へ、従三位昇進を祝う御臺様からの言葉を伝える。御臺様の御機嫌がよく、榮翁の官位のことを喜ばしく思っている旨と、添えられた品は一通りのものである旨を記す。末尾に三名の署名と榮翁様宛を置く。年次は天保二年の朱注で月日は記されない。

  28. 追録7-No.2445 島津重豪覚書

    重豪公御譜中の覚書。二月十九日付で、二月八日に封入された佐川殿・八重岡殿・歌川殿・波浦殿らからの到来品について、答礼状や琉球の品を含む贈答を記す。御植物二鉢、花入、東道盆、古代御巻雛、酒氏御たばこ、唐緞子などを数量とともに列挙し、御臺様への献上を結ぶ。原本869頁下段から870頁上段へ続く品書きを一…

  29. 追録7-No.2446 島津重豪覚書

    重豪公御譜中の覚書。前日の位階昇進を受け、供揃を四ツ時とし、大圓寺・瑞聖寺への参詣では左近を名代にすること、着服を熨斗目長袴とすることを記す。二月二十日付、年次は朱注。

  30. 追録7-No.2447 島津重豪覚書

    重豪公御譜中の覚書。二月二十二日に位階昇進を祝う客が来訪したことを記す。松平土佐守・佐竹右京大夫・丹羽左京大夫・松平對馬守・本多隼人正らのほか、渓山井兵庫頭、左衛門督、松平伊豫守、松平美濃守らの芳名を掲げる。来訪日と祝意を伝えた人物を一件として保持する。

  31. 追録7-No.2448 島津重豪覚書

    重豪公御譜中の覚書。二月二十七日に亀之甲茶屋で虎之助が道成寺を披露した際の来客を記し、重豪の従三位昇進を祝う松平伊豫守・松平美濃守らの来訪、芝大奥や誠院殿への参詣、寺院・役人への挨拶を続記する。客・使者・寺院の名を列挙し、御植物、祝言金札、春日龍神、各種の品や数量を添える。本文は冊子870~872頁…

  32. 追録7-No.2449 長橋・大すけ連署消息

    長橋と大すけが榮翁様へ、従三位昇進の知らせを受けた喜びと、御臺様の御機嫌や御心安らかな様子を伝える連署消息。お祝いへの謝意と長寿を願う言葉を重ね、返事を届ける。年次は天保二年の朱注で月日はなく、原本872頁上段から同頁下段までの一件として署宛を確認する。

  33. 追録7-No.2450 新大納言・権中納言連署消息

    新大納言と権中納言が榮翁様へ、従三位昇進に伴う挨拶と祝意を伝える連署消息。先に届いた知らせへの返答として、御機嫌をうかがい、相手の長寿と繁栄を願う。目録は二名の連署消息として掲げ、原本872頁下段から873頁上段にわたる本文と署宛を一件として扱う。年次は天保二年の朱注で月日はない。

  34. 追録7-No.2451 佐川消息

    佐川から濱江への返事。松平榮翁の長久・叙位を祝う御臺様の意向と、祝いの言葉や機嫌のよい様子を伝える。榮翁から御臺様へ御雛一対が贈られたことに触れ、例年の献上品以外にも配慮があったと礼を述べる。本文前半は原本873頁上段、御雛一対と署宛は同頁下段に続く。朱注の天保二年以外に月日は記されない。

  35. 追録7-No.2452 たき山外二名連署消息

    花町・梅溪・たき山の三名が榮翁へ送った連署消息。御臺様の機嫌がよいことと祝意を伝え、御塗重一組と鯛一折を祝いとして贈った旨を記す。相手の長久を願う言葉を添え、三名の署名と榮翁宛を掲げる。朱注は天保二年だが月日はない。

  36. 追録7-No.2453 佐川消息

    佐川から濱江への返事。松平榮翁の叙位祝賀に関し、御臺様へ寄せられた挨拶を受け、御臺様の機嫌がよいことを伝える。御雛様の件に触れ、御塗重一組と鯛一折を榮翁から御臺様への献上として取り次ぎ、重ねて榮翁の長久を祝う。原本874頁上段の本文と佐川署・濱江宛を一件として確認する。

  37. 追録7-No.2454 島津斉興願書(目録表題・本文は右筆所所在表示のみ)

    原本No.2454には「重豪公御譜中」「扣正文在右筆所」の二列だけがあり、願書の本文・署名・宛名・日付は掲載されない。目録は天保二年三月十五日の島津斉興願書とするため、日付・文書種別・作成主体は目録由来として記録した。右筆所を宛先とせず正文の所在として扱い、願書の用件や提出先は推定しない。

  38. 追録7-No.2455 島津重豪覚書

    重豪公御譜中の四月三日付覚書。虎之助の望月の演技を機に亀之甲で能を催し、奥向き・表向き双方に客が来訪したことを記す。能組、望月の後見、草紙洗、忠度、巻絹などの番組・役名に出演者を対応させ、多数の姓名を上下二段にわたって列挙する。役名と人名を混同せず、原本875頁の上段・下段の一覧全体を一件として保持…

  39. 追録7-No.2456 島津重豪覚書

    重豪公御譜中の四月五日付覚書。先に口宣・宣旨を頂戴するため京都へ出立した早川藤右衛門がこの日到着し、両文書が届いたと記す。到着時には書院に出座して客間へ出る。家老からの到着報告、相済みの通知を受けた後、家老共の床上での拝見、藤右衛門との対面、右筆による記録と受け取り、着服の指示を項目ごとに続記する。…

  40. 追録7-No.2457 島津重豪書状

    島津重豪が松平伯耆守へ送った四月五日付書状。位階昇進に際して内府・大納言らの配慮を得たことを喜び、位記などが無事届いたと報告する。昇進に尽力した使者への謝意を述べ、末尾に御所司代の松平伯耆守宛を掲げる。原本876頁の上段本文から下段の年月日・署宛までを一通として確認し、前項No.2456の到着覚書と…

  41. 追録7-No.2458 島津重豪覚書

    重豪公御譜中の覚書。春の位階昇進後に来客が続き、招いた人々の前での余興や、庭の茶屋での動きを記し、森山安藝守・牧野敏負・嶋津又吉郎らの姓名を列挙する。続く四月十八日には右同断の祝儀で客を迎え、家老と御用人、医師らの立合いのもと見舞や休息所での吸物・銚子、外庭の案内などを記す。本文は冊子876~877…

  42. 追録7-No.2459 島津重豪書状

    島津重豪から島津駿河殿への四月二十八日付礼状。従三位昇進の嘉儀として使者を通じ目録の品を贈られたことを喜び、「欣然之至」と謝意を伝える。贈答品の具体名・数量はこの書状本文には記されない。忠公・越前島津家の傍注。同文型の隣接する礼状と宛名を区別し、原本877頁の本文・日付・重豪の花押と宛名を一通として…

  43. 追録7-No.2460 島津重豪書状

    島津重豪から島津内匠殿への四月二十八日付礼状。従三位昇進の嘉儀として使者を通じ目録の品を贈られたことを喜び、「欣然之至」と謝意を伝える。贈答品の具体名・数量はこの書状本文には記されない。久徳・加治木家の傍注。同文型の隣接する礼状と宛名を区別し、原本877頁の本文・日付・重豪の花押と宛名を一通として確…

  44. 追録7-No.2461 島津重豪書状

    島津重豪から島津大炊殿への四月二十八日付礼状。従三位昇進の嘉儀として使者を通じ目録の品を贈られたことを喜び、「欣然之至」と謝意を伝える。贈答品の具体名・数量はこの書状本文には記されない。資料には正文在島津讃岐、宛先には島津大炊殿と記す。同文型の隣接する礼状と宛名を区別し、原本877~878頁の本文・…

  45. 追録7-No.2462 島津重豪書状

    島津重豪から島津安藝殿への四月二十八日付礼状。従三位昇進の嘉儀として使者を通じ目録の品を贈られたことを喜び、「欣然之至」と謝意を伝える。本文には贈答品の具体名・数量を記さない。正文所在は島津安藝とあり、忠喬・今和泉家の傍注を伴う。原本878頁の本文・日付・重豪の花押・宛名だけで完結し、次頁の巻159…

  46. 追録7-No.2463 徳川家斉書状

    徳川家斉が松平榮翁へ送った五月二日付書状。端午の佳祥に際して品が到来したことを喜び、詳しいことは水野出羽守が述べると伝える。家斉の花押とNo.3の注記を伴う。入力表題の「御内香」は縦組み文字認識の誤りであり、原本と目録に基づき徳川家斉書状へ改める。

  47. 追録7-No.2464 水野忠邦書状

    水野越前守忠邦から松平榮翁への五月二日付書状。端午の祝儀として、使者を通じ帷子と単物が献上されたことを披露したところ、格別の扱いであったと伝える。本文、年月日、松平榮翁宛、水野越前守忠邦の判を一通として確認する。入力表題の「害状」は縦組み文字認識の誤りで、目録どおり水野忠邦書状とする。

  48. 追録7-No.2465 島津忠徹、島津重豪の従三位昇進を賀す記事

    重豪公御譜中の記事。天保二年五月三日、島津筑後守忠徹の使者検本六郎右衛門成武が薩府へ来て登城し、太守斉興へ鯛一箱と樽代三百疋を献じ、重豪の従三位昇進を祝った。続いて九日以降、島津但馬久風、二階堂伊豆行典、島津丹波久長、川上久馬久芳、島津東市郎久元、川田信濃佐模らを南林寺・福昌寺・花尾山権現社・郡山一…

  49. 追録7-No.2466 島津忠徹、島津斉興の祖父重豪の従三位昇進を賀す記事

    斉興公御譜中の記事。天保二年夏五月三日、島津筑後守忠徹の使者検本六郎右衛門成武が薩府へ来て登城し、斉興に鯛一箱と樽代三百疋を献じた。これは斉興の祖父に当たる重豪が従三位へ昇進したことを祝うためである。No.2465の重豪公御譜中記事と同じ来府・献上を斉興側の御譜から簡潔に記した記事として区別する。

  50. 追録7-No.2467 仁孝天皇女房奉書

    仁孝天皇の女房奉者が今局へ宛てた奉書。薩摩の三位である重豪が位階昇進への礼として黄金百両と御衣三十疋を献上し、披露したところ天皇が喜ばれたので、その旨を心得て重豪へ伝えるよう求める。本文には差出人名と月日がなく、天保二年の朱注、封目・在口裏の注、今局宛を伴う。五月四日という日付と文書種別は目録による…

  51. 追録7-No.2468 佐川消息

    佐川から濱江への消息。五月五日の節句に、例年どおりの御文とともに粽一対、御小重の内の御上り粽が御臺様から榮翁へ贈られたことを知らせる。品は例年と変わらず、拝領への礼を申し上げるよう伝える。本文・佐川署・濱江宛を一件として確認し、年次は天保二年の朱注による。

  52. 追録7-No.2469 島津重豪覚書

    重豪公御譜中の覚書。五月九日に女房奉書が到着したため、同日京都へ飛脚を立てることから記事を始める。使者を迎える家老・側役・表用人・留守居の装束、高輪表門から書院までの出迎え、奉書を捧げ持つ越彦兵衛の役割、客間・書院での家老の差添え、女房奉書文臺の設置、重豪の出座と拝見、右筆への受渡し、箱への収納と記…

  53. 追録7-No.2470 島津重豪書状

    島津重豪が近衛家の斉藤若狭守へ送った五月十九日付書状。内府の健勝を喜び、自身の位階昇進に際して献上品が披露され、女房奉書を渡されたことを述べる。執奏と御感の旨をありがたく受け、重ねて配慮を受けたことへの謝意を伝える。原本881頁下段から882頁上段に続く本文・日付・宛名を一通として確認し、入力表題の…

  54. 追録7-No.2471 佐川消息

    佐川から濱江への消息。上々様方が機嫌よく過ごしていることを喜び、例年の氷室の節を変わりなく迎えた榮翁へ祝意を伝える。榮翁の末永い長寿と繁昌を願い、祝いを申し入れるよう求める。本文には月日がなく、天保二年の朱注による。

  55. 追録7-No.2472 佐川消息

    佐川から濱江への消息。嘉祥の祝儀を迎え、上々様方が機嫌よく、その館でも祝儀をつつがなく執行したことを喜ぶ。御臺様から榮翁へ御嘉祥の菓子が贈られたため、祝意とともに届けた旨を伝える。榮翁が万年にわたり長寿であるよう願い、祝賀を申し入れる。本文には月日がなく、天保二年の朱注による。

  56. 追録7-No.2473 佐川消息

    佐川から濱江への消息。上々様方が機嫌よく、その館でも嘉祥の祝儀を滞りなく行ったことを喜ぶ。御文之様が出座し、当日の祝儀を変わりなく仰せ上げたことを祝し、末永い繁昌を願って祝賀を申し入れる。本文には月日がなく、天保二年の朱注による。

  57. 追録7-No.2474 水野忠成書状

    水野出羽守忠成が松平榮翁へ送った六月十五日付書状。榮翁が当朝に鯛一箱を献上したため披露したところ、格別に結構な仕合せであったと伝える。忠成の判、在口裏の注、天保二年の朱注を伴う。入力表題の「害状」は原本と目録に基づき「書状」へ訂正する。

  58. 追録7-No.2475 水野忠邦書状

    水野越前守忠邦が松平榮翁へ送った六月十五日付書状。榮翁が当朝に鯛一箱を献上したため披露したところ、格別に結構な仕合せであったと伝える。忠邦の判、在口裏の注、天保二年の朱注を伴う。目録表題の先頭に混入した「日」を除き、水野忠邦書状として整理する。

  59. 追録7-No.2476 花まち外二名連署消息

    花まち・梅溪・瀧やまが松平榮翁の側近へ連署して送った消息。厳しい暑さのなか榮翁に障りがないかを尋ね、末永い長寿を祝う。御臺様から越後縮五反が内々に贈られたので、その旨を心得るよう伝える。上々様方の機嫌がよいことにも祝意を述べる。本文には月日がなく、天保二年の朱注による。入力表題の誤読を、署名と目録画…

  60. 追録7-No.2477 たき山外二名連署消息

    たき山・花まち・梅たにが松平榮翁の側近へ連署して送った消息。上々様方が機嫌よく、当日の誕生日をにぎやかに祝ったことを喜ぶ。これに伴い、御臺様から魚一折が贈られた旨を伝え、末永い長寿と繁昌を願う。本文の「今日若御誕生日」における当人名は明示されないため断定を避ける。月日はなく、天保二年の朱注による。

  61. 追録7-No.2478 水野忠成書状

    水野出羽守忠成が松平榮翁へ送った六月二十四日付書状。端午の御内書を渡すため、翌日の五半時に家来を城へ差し出すよう通知する。天保二年の朱注を伴う。入力表題の「主回状」は原本と目録に基づき「書状」へ訂正する。

  62. 追録7-No.2479 大久保忠真書状

    大久保加賀守忠真が松平榮翁へ送った七月六日付書状。生身玉の祝儀として榮翁が黄金十両を献上したため、披露したところ格別に結構な仕合せであったと伝える。忠真の判、在口裏の注、天保二年の朱注を伴う。入力表題の「害状」は原本と目録に基づき「書状」へ訂正する。

  63. 追録7-No.2480 水野忠邦書状

    水野越前守忠邦が松平榮翁へ送った七月六日付書状。生身玉の祝儀として榮翁が黄金十両を献上したため、披露したところ格別に結構な仕合せであったと伝える。忠邦の判、在口裏の注、天保二年の朱注を伴う。配列と目録はNo.2480だが、原本の印刷見出しは「2840」と見えるため異同を留保する。

  64. 追録7-No.2481 佐川消息

    佐川から濱江への消息。生身玉の祝儀をにぎやかに行ったこと、上々様方と館の人々が機嫌よく祝ったことを喜び、末永い長寿を願う。御臺様から榮翁へ、例年どおり越後縮一反、白晒一反、干鯛一箱が贈られたので、祝意とともに伝える。本文には月日がなく、天保二年の朱注による。

  65. 追録7-No.2482 たき山外二名連署消息

    たき山・花町・梅溪が松平榮翁の側近へ連署して送った消息。上々様方が機嫌よく、当日の生身玉の祝儀をにぎやかに行ったことを喜ぶ。御臺様から魚一折が贈られた旨を伝え、末永い長寿と繁昌を願う。本文には月日がなく、天保二年の朱注による。

  66. 追録7-No.2483 佐川消息

    佐川から濱江への消息。中元の祝儀をにぎやかに行ったこと、上々様方と館の人々が機嫌よく祝ったことを喜び、榮翁の末永い長寿と繁昌を願う。御臺様から榮翁へ例年どおり贈る品を覚書に列挙し、掛物三幅対、万年竹の置物、箱入りの魚・塩辛などを記す。品名の一部は仮名表記の分節を保留する。本文には月日がなく、天保二年…

  67. 追録7-No.2484 佐川消息

    佐川から濱江への消息。中元の祝儀を祝い、上々様方が機嫌よく過ごしていることを喜ぶ。御臺様から榮翁へ例年どおり蓮の飯とさし鯖を贈ったことを知らせ、末永い長寿を願って祝意を伝える。本文には月日がなく、天保二年の朱注による。

  68. 追録7-No.2485 たき山外二名連署消息

    たき山・花町・梅溪が松平榮翁の側近へ連署して送った消息。上々様方が機嫌よく、当日の諏訪祭礼をにぎやかに祝ったことを喜ぶ。祭礼に伴い、御臺様から魚一折が内々に贈られた旨を伝え、榮翁の末永い長寿と繁昌を願う。本文には月日がなく、天保二年の朱注による。

  69. 追録7-No.2486 島津重豪、将軍家の御鷹による雲雀を拝領する記事

    重豪公御譜中の記事。天保二年八月九日、将軍家から使番大久保彦左衛門忠良が芝邸へ遣わされ、重豪に御鷹による雲雀一羽を賜った。島津筑後守忠徹が重豪に代わって受領し、同日、老中邸へ赴いて謝意を述べた。入力表題の崩れを原本と目録に基づいて訂正する。

  70. 追録7-No.2487 滝山外二名連署消息

    滝山・花町・梅溪が松平榮翁の側近へ連署して送った消息。上々様方が機嫌よく過ごしていることを喜び、当夜の月見に際して御臺様から魚一折が内々に贈られた旨を伝える。榮翁の末永い長寿を祝い、関係者へ伝えるよう求める。本文には月日がなく、天保二年の朱注による。

  71. 追録7-No.2488 佐川消息

    佐川から濱江への消息。月見の祝儀を祝い、上々様方と館の人々が機嫌よく月見を行ったことを喜ぶ。御臺様から榮翁へ例年どおり肴台と小盃台が盃を添えて贈られたので、末永い長寿と繁昌への祝意とともに伝える。本文には月日がなく、天保二年の朱注による。

  72. 追録7-No.2489 徳川家斉御内書

    将軍徳川家斉が松平榮翁へ送った九月七日付御内書。重陽の嘉祥として小袖一重が到来したことを喜び、詳しい返答は松平和泉守から述べると伝える。家斉の花押(第三例)と天保二年の朱注を伴う。入力表題の先頭に混入した「日」を除いて整理する。

  73. 追録7-No.2490 水野忠邦書状

    水野越前守忠邦が松平榮翁へ送った九月七日付書状。重陽の祝儀として榮翁の使者が小袖一重を献上したため、披露したところ格別に結構な仕合せであったと伝える。忠邦の判、天保二年の朱注を伴う。入力表題の先頭に混入した「日」を除いて整理する。

  74. 追録7-No.2491 佐川消息

    佐川から濱江への消息。重陽の祝儀を祝い、上々様方と館の人々が機嫌よく、祝儀をにぎやかに行ったことを喜ぶ。御臺様から榮翁へ、赤飯一臺と重箱の内の赤飯・栗・肴などが例年どおり贈られたことを伝え、末永い長寿を願う。本文には月日がなく、天保二年の朱注による。

  75. 追録7-No.2492 たき山外二名連署消息

    たき山・花町・梅溪が松平榮翁の側近へ連署して送った消息。上々様方が機嫌よく過ごしていることを喜び、当夜の月見に際して御臺様から魚一折が内々に贈られた旨を伝える。榮翁の末永い長寿を祝い、関係者へ伝えるよう求める。本文には月日がなく、天保二年の朱注による。

  76. 追録7-No.2493 佐川消息

    佐川から濱江への消息。月見の祝儀を祝い、上々様方と館の人々が機嫌よく月見を行ったことを喜ぶ。御臺様から榮翁へ、祝いの台物と小重に入れた鰯・肴が例年どおり贈られたことを伝え、末永い長寿を願う。品名の一部は原本の仮名表記と字形に即して広くまとめる。本文には月日がなく、天保二年の朱注による。入力表題の「消…

  77. 追録7-No.2494 佐川消息

    佐川から濱江への消息。末永い長寿と繁昌を祝い、十月十一日に佐川の文を通じて菊花を受け取ったため礼を述べる。御臺様から榮翁へ、例年どおり玄猪の御かちんと紙包みの品が贈られたことを伝え、上々様方の機嫌がよいことにも祝意を表す。年次は天保二年の朱注による。

  78. 追録7-No.2495 松平乗寛書状

    松平和泉守乗寛が松平榮翁へ送った十月二十日付書状。重陽の御内書を渡すため、翌日の五半時に家来を城へ差し出すよう通知する。天保二年の朱注を伴う。入力表題の崩れと「害状」を、原本・署名・目録に基づいて「松平乗寛書状」へ訂正する。

  79. 追録7-No.2496 佐川消息

    佐川から濱江への消息。寒さが強い時期の安否を尋ね、上々様方と館の人々が機嫌よく、当日の祝儀をにぎやかに行ったことを喜ぶ。御臺様から榮翁へ、紋付縮緬一疋、紅羽二重一疋、白羽二重一疋、綿二百目、鮎一桶などが贈られた旨を伝え、末永い長寿を願う。本文には月日がなく、天保二年の朱注による。

  80. 追録7-No.2497 大久保忠真書状

    大久保加賀守忠真が松平榮翁へ送った十二月十三日付書状。榮翁が当朝に鰹節一箱を献上したため、披露したところ格別に結構な仕合せであったと伝える。忠真の判、在口裏の注、天保二年の朱注を伴う。入力表題の「忠貫害状」は「忠真書状」へ訂正する。

  81. 追録7-No.2498 本荘宗発書状

    本荘松平伯耆守宗発が松平榮翁へ送った十二月十三日付書状。榮翁が当朝に鰹節一箱を献上したため、披露したところ格別に結構な仕合せであったと伝える。宗発の判、天保二年の朱注を伴う。入力表題の「日本荘宗発害状」は「本荘宗発書状」へ訂正する。

  82. 追録7-No.2499 川上久芳外四名連署書状

    川上久馬久芳ら五名が三司官へ送った連署書状。琉球国王の尊書を拝見し、三位様こと島津重豪への年首祝儀として目録記載の品が差し上げられたことを確認する。品々が江戸へ到着して披露されたところ、重豪が満足したので、その旨を国王側へ伝えるよう求める。十二月十五日付で、五名の実名判を伴う。

  83. 追録7-No.2500 川上久芳外四名連署書状

    川上久馬久芳ら五名が三司官へ送った連署書状。祝姫の婚姻が無事に整った祝儀として、琉球国王が野村親方を通じ、三位様こと島津重豪へ太刀一腰、馬代の白銀百両、および目録記載の品を贈ったことを述べる。品々が江戸で披露され、重豪が満悦した旨を伝達するよう求める。十二月十五日付で、五名の実名判を伴う。

  84. 追録7-No.2501 川上久芳外四名連署書状

    川上久馬久芳ら五名が三司官へ送った連署書状。和姫君の死去に際し、琉球国王が三位様こと島津重豪の機嫌を伺うため、野村親方を通じて申し上げた書面の趣旨を確認する。書面を江戸で披露したので、その旨を国王側へ伝えるよう求める。十二月十五日付で、五名の実名判を伴う。

  85. 追録7-No.2502 川上久芳外四名連署書状

    川上久馬久芳ら五名が三司官へ送った連署書状。前琉球国王の尊書を拝見し、三位様こと島津重豪への年首祝儀として目録記載の品が差し上げられたことを確認する。品々が江戸へ到着して披露されたところ、重豪が満足したので、その旨を前国王側へ伝えるよう求める。十二月十五日付で、五名の実名判を伴う。

  86. 追録7-No.2503 川上久芳外四名連署書状

    川上久馬久芳ら五名が三司官へ送った連署書状。祝姫の婚姻が無事に整った祝儀として、前琉球国王が野村親方を通じ、三位様こと島津重豪へ太刀一腰、馬代の白銀五十両、および目録記載の品を贈ったことを述べる。品々が江戸で披露され、重豪が満悦した旨を伝達するよう求める。十二月十五日付で、五名の実名判を伴う。

  87. 追録7-No.2504 川上久芳外四名連署書状

    川上久馬久芳ら五名が三司官へ送った連署書状。和姫君の死去に際し、前琉球国王が三位様こと島津重豪の機嫌を伺うため、野村親方を通じて申し上げた書面の趣旨を確認する。書面を江戸で披露したので、その旨を前国王側へ伝えるよう求める。十二月十五日付で、五名の実名判を伴う。

  88. 追録7-No.2505 瀧山外二名連署消息

    花町・梅溪・瀧山の三名が松平榮翁こと島津重豪へ送った連署消息。厳しい寒さの中でも重豪に障りがないことを喜び、将軍家の人々も機嫌よく過ごしている旨を伝える。寒中の贈り物として御台様から八丈五反が内々に下されるので、その旨を心得てよろしく伝えるよう申し添え、重豪の長久を祝う。朱注は天保二年で、本文に月日…

  89. 追録7-No.2506 瀬やま外四名連署消息

    飛鳥井・花その・瀬川・野むら・瀬やまの五名が松平榮翁こと島津重豪へ送った連署消息。両御所・大納言・御台様・御簾中様の機嫌がよく、歳暮の祝儀を行っていることを伝える。歳暮祝儀として別目録のとおり品物を遣わすので受け取るよう述べ、重豪の健康と長久繁昌を祝う。収録本文に目録の具体的品名はなく、年次は朱注の…

  90. 追録7-No.2507 佐川消息

    佐川が濱江へ送った消息。将軍家の人々と御館様が機嫌よく過ごしていることを喜び、当日の若諏訪祭礼に伴う贈り物として、御塗盃一組と御樽一荷を挙げる。例年どおり榮翁こと島津重豪から御台様へ献上され、満足して受け取られた旨を伝え、その礼を申し上げるよう求める。重豪の長久繁昌を祝い、目出度い書面への返事として…

  91. 追録7-No.2508 徳川家斉御内書

    徳川家斉が島津重豪へ送った歳暮祝儀の御内書。重豪から小袖一重が到来したことを喜び、詳しいことは松平周防守が伝えると記す。十二月二十七日付で家斉の御判を伴い、年次は朱注の天保二年。出典は重豪公御譜中、正文は文庫所在と表示される。

  92. 追録7-No.2509 本荘宗発書状

    本荘伯耆守宗発が松平榮翁こと島津重豪へ送った歳暮祝儀の返書。重豪が使者をもって小袖一重を献上したことを披露したところ、喜ばれた旨を伝える。十二月二十七日付、宗発の判を伴い、年次は朱注の天保二年。直前の御内書と同じ小袖献上を扱うが、本書は披露後の意向を伝える書状である。

  93. 追録7-No.2510 水野忠成書状

    水野出羽守忠成が松平榮翁こと島津重豪へ送った若菜祝儀の返書。重豪から鯛一折が献上され、披露したところ喜ばれたことを伝える。正月七日付で忠成の判を伴い、口裏にも水野出羽守忠成と記す。年次は朱注の天保三年、出典は重豪公御譜中、正文は文庫所在と表示される。

  94. 追録7-No.2511 水野忠邦書状

    水野越前守忠邦が松平榮翁こと島津重豪へ送った若菜祝儀の返書。重豪から鯛一折が献上され、披露したところ喜ばれた旨を知らせる。本文は前の忠成書状と同文だが、署名・判・口裏は忠邦のものである。正月七日付、年次は朱注の天保三年。本文が上段左端、日付・署名・宛名が下段右側に続く。

  95. 追録7-No.2512 佐川消息

    佐川が濱江へ送った年始の消息。将軍家の人々が機嫌よく年始の規式を行ったことを喜び、先方の書面に対する謝意を伝える。御台様から榮翁こと島津重豪へ、年越しの年玉が例年どおり下された旨を知らせ、重豪の長久繁昌を祝う。この本文には年玉の具体的品名・数量はなく、年次は朱注の天保三年、月日は記されない。

  96. 追録7-No.2513 たき山外二名連署消息

    花町・梅溪・たき山の三名が松平榮翁こと島津重豪へ送った年始の連署消息。重豪が無事に年を越したことを喜び、将軍家の人々も年始の規式を行った旨を伝える。御台様から「此御文庫のうち御さかな一おり」が年玉として内々に下されるので、心得てよろしく伝えるよう申し添える。重豪の長久繁昌を祝う。朱注は天保三年で、月…

  97. 追録7-No.2514 水野忠成書状

    水野出羽守忠成が松平榮翁こと島津重豪へ送った年頭祝儀の返書。重豪が使者をもって太刀一腰と馬代黄金十両を献上し、披露したところ喜ばれた旨を伝える。正月十一日付、忠成の判と口裏署名を伴う。年次は朱注の天保三年。出典は重豪公御譜中、正文は文庫所在と表示され、上段左端の本文が下段右側の日付・署宛へ続く。

  98. 追録7-No.2515 水野忠邦書状

    水野越前守忠邦が松平榮翁こと島津重豪へ送った年頭祝儀の返書。重豪が使者をもって内府・大納言へ太刀と馬代黄金を献上し、披露したところ喜ばれたことを伝える。この本文には太刀の腰数と黄金の額は記されない。正月十一日付で忠邦の判を伴い、口裏にも水野越前守忠邦とある。年次は朱注の天保三年。

  99. 追録7-No.2516 佐川消息

    佐川が濱江へ送った鏡開き祝儀の消息。重豪の長久繁昌を祝い、先方の書面に返答する。将軍家の人々と御館様が機嫌よく鏡開きの祝儀を行ったことを喜び、贈られた一重の中に「御かちん」「御赤飯」「御砂とう」「御さかな」があり、榮翁こと島津重豪へ下された旨を知らせる。末尾に佐川署、濱江宛を置く。朱注は天保三年で、…

  100. 追録7-No.2517 たき山外二名連署消息

    花町・梅溪・たき山の三名が松平榮翁こと島津重豪へ送った連署消息。将軍家の人々が機嫌よく過ごしていることを伝え、御台様の意向により御納戸金のうち三百両が例年どおり重豪へ下される旨を知らせる。重豪の長久を祝い、よろしく伝えるよう結ぶ。本文は上段左端から下段右側へ続き、三署と重豪宛を伴う。朱注は天保三年で…