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追録7の目録
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追録7-No.2218 牧野忠精書状
牧野備前守忠精が松平榮翁へ、大納言様の元服・官位の祝儀として、内府様・大納言様に使者を通じ献上された御太刀・御馬代を披露し、一段の御仕合であったと伝える返書。四月十五日付、文政十一年は朱注。二人の献上先を明記し、2217の水野返書から区別する。
追録7-No.2219 牧野忠精書状
牧野備前守忠精が松平榮翁へ、大納言様に使者を通じ献上された菖蒲御兜一飾が首尾よく披露されたと伝える書状。四月十八日付、文政十一年は朱注。本文上段から下段の日付・署判・口裏・宛名まで確認し、菖蒲御兜一飾の数量を保持する。
追録7-No.2220 徳川家斉御内書
家斉が松平榮翁へ、端午の祝儀として帷子単物が到来したことを喜び、詳しいことは青山下野守から伝えさせるとした御内書。五月三日付、家斉公黒印を備え、文政十一年は朱注。品目に数量の記載はないため補わない。
追録7-No.2221 牧野忠精書状
牧野備前守忠精が松平榮翁へ、端午の祝儀として使者を通じ献上された帷子単物を披露し、一段の御仕合であったと伝える返書。五月三日付、文政十一年は朱注。2220の家斉御内書とは別の披露返書として整理し、数量は補わない。
追録7-No.2222 与那原良綱起請文前書
与那原親方良綱の「天罰霊社起請文前書」。若輩ながら前年に三司官役を命じられた恩に感謝し、国許への奉公にいっそう精勤すると誓う。五箇条は、斉興・重豪・斉宣・斉彬に少しも疎意を抱かないこと、国許からの御条書を堅く守り悪意・邪儀があれば披露すること、国王には二心なく忠勤すること、国内の掟や諸事を贔屓・親疎…
追録7-No.2223 中山王尚育起請文前書
中山王尚育の「天罰霊社起請文前書」。尚灝隠居に伴い家督を命じられた恩を生涯忘れず、筋目を変えず国を相続すると誓う。琉球の安泰が貴国の恵によることを謝し、たとえ親・子・兄弟が恩に背く逆意を抱いても、自分は堅く貴国の指示を守り二心を持たないとする。さらに霊社神文の表を子孫に譲り、末代まで継承させる。婿の…
追録7-No.2224 松平康任書状
松平周防守康任が松平榮翁へ、今朝献上された鰑一箱を披露し、一段の御仕合であったと伝える返書。六月十一日付、文政十一年は朱注。品名は原本の表記を保持し、本文にない品物の説明や産地を補わない。
追録7-No.2225 牧野忠精書状
牧野備前守忠精が松平榮翁へ、今朝献上された鰑一箱を披露し、一段の御仕合であったと伝える返書。六月十一日付、文政十一年は朱注。2224の同日付松平康任返書とは差出人を分け、鰑一箱の表記と数量を保持する。
追録7-No.2226 青山忠裕書状
青山下野守が松平榮翁へ、端午の御内書を渡すので、明日五半時に城へ家来を差し出すよう知らせる書状。六月二十四日付、文政十一年は朱注。目録題は青山忠裕書状。五月の端午祝儀品の御内書と、今回の御内書受渡しの手続きを分けて整理し、五半時を現代時刻へ換算しない。
追録7-No.2227 大久保忠真書状
大久保加賀守忠真が松平榮翁へ、生見玉の祝儀として献上された黄金十両を披露し、一段の御仕合であったと伝える返書。七月六日付、文政十一年は朱注。日付・署判・口裏・宛名を下段まで確認し、黄金十両の数量を保持する。
追録7-No.2228 植村家長書状
植村駿河守家長が松平榮翁へ、生見玉の祝儀として献上された黄金十両を披露し、一段の御仕合であったと伝える返書。七月六日付、文政十一年は朱注。2227の忠真返書と同日同品目であるが、署名・口裏・差出人を分け、本文にない献上先を補わない。
追録7-No.2229 たき山外三名連署消息
花町・梅その・梅溪・たき山の四名が松平榮翁へ、上々様の機嫌を祝い、今日の諏訪御祭礼で賑やかに祝ったことを寿ぐ。御台所から肴一折を内々に贈ると伝え、重豪の長久・繁昌を願い、よろしく伝えるよう求める消息。文政十一年朱注、本文に月日はない。諏訪祭礼の日を推定して日付欄に補わず、肴一折と四名の署名を保持する…
追録7-No.2230 重豪御鷹ノ雲雀ヲ拝領ス
重豪公御譜の記事。秋八月二日、大家が使番小野舎人を遣わし、重豪に御鷹の雲雀を賜う。織田大和守秀陽が重豪に代わって受け取る。目録は文政十一年の記事として掲載する。小野舎人に続く名は原本で「忠一芝郎」と見えるが、名と訓点等の分節は確定せず、拡大画像を根拠として字形留保を記録する。本文にない鳥の数や献上元…
追録7-No.2231 徳川家斉御内書
家斉が松平榮翁へ、重陽の祝儀として小袖一重が到来したことを喜び、詳しいことは大久保加賀守から伝えさせるとした御内書。九月七日付、文政十一年は朱注。家斉公黒印を備え、小袖一重の数量と伝達役を保持する。
追録7-No.2232 牧野忠精書状
牧野備前守が松平榮翁へ、重陽の祝儀として使者を通じ献上された小袖一重を披露し、一段の御仕合であったと伝える返書。九月七日付、文政十一年は朱注。目録題は牧野忠精書状だが、本文署判は牧野備前守で「本文実名ナシ」の小字注があるため、本文から実名を確定した扱いにはしない。2231の家斉御内書とは別の披露返書…
追録7-No.2233 佐川消息
佐川が濱江へ、長久・繁昌と上々様の機嫌を祝い、重陽の祝儀が賑やかに行われたことを寿ぐ消息。「此御局よりの御赤飯」と「御小重之内」の赤飯・肴を列記し、御台所が榮翁を祝い、品を戴いた旨を述べ、よろしく伝えるよう求める。文政十一年朱注、本文月日なし。赤飯・肴と差出人・宛名を次頁まで確認し、箱数や本文にない…
追録7-No.2234 滝山外三名連署消息
花まち・梅その・梅たに・瀧山の四名が松平榮翁へ、上々様の機嫌を祝い、今晩の月見に当たり御台所から肴一折を内々に贈ると伝える消息。末永い長久を願い、祝いの意をよろしく伝えるよう求める。文政十一年朱注、本文に月日はない。月見の日を推定せず、花まち・梅たに等の署名表記を原本どおり保持する。
追録7-No.2235 佐川消息
佐川が濱江へ、重豪の長久・繁昌を祝い、上々様方の機嫌と月見の祝儀が賑やかに行われ、御館様も揃って祝ったことを寿ぐ消息。月見の祝儀として「御つくり臺 一」と、重の内の「御小盃臺 一(御さかつき添)」を列記する。御台所から榮翁へ祝いとして送られたので、よろしく伝えるよう求める。文政十一年朱注、本文月日な…
追録7-No.2236 佐川消息
佐川が濱江へ、長久・繁昌を祝い、上々様方と御館様の機嫌を寿ぐ。昨日夜、上方の御手から私的な沙汰により榮翁へ渡すよう受け取ったことを伝え、御台所の御手からも祝いの品を頂いたと述べる。品物として「御重之内并ニ小御三方積も」に言及し、祝いの意をよろしく伝えるよう求める。文政十一年朱注、本文月日なし。品名は…
追録7-No.2237 佐川消息
佐川が濱江へ、機嫌を祝い、菊花の「御花たんす」について知らせる消息。上様が内々に榮翁へ渡すよう御台所へ下され、そのまま直接廻したとする。花たんすとともに一両日留め置き、たんすは長持のまま留めて、一両日後に返上するよう伝達を求める。御台所が今日出かけているため、今夜になってもよいという受渡しの連絡を添…
追録7-No.2238 大久保忠真書状
大久保加賀守が松平榮翁へ、重陽の御内書を渡すため、明日五半時に城へ家来を差し出すよう知らせる書状。十月二十日付、文政十一年は朱注。目録題は大久保忠真書状。重陽祝儀の品物の披露とは別の御内書受渡し通知として整理し、五半時を現代時刻へ換算しない。
追録7-No.2239 島津重豪覚書
重豪公御譜中の覚書。十一月十三日、今日美濃守が当地を出発するので、一泊する加奈川駅へ側役猪飼央・小納戸早川小市郎を見送りに遣わし、道中用の品などを持参させたと記す。美濃守に黒田斉溥の小字注があり、文政十一年は朱注。加奈川の原表記と一泊を保持し、当地の地名・旅の目的地や用品の内訳を補わない。
追録7-No.2240 佐川消息
佐川が濱江へ、長久・機嫌を祝い、美濃守の出発に際して御老女衆から申し伝えがあり、御台所から榮翁へ渡す品として羽二重五疋・鯛一折を列記する消息。御台所から榮翁に贈られることをよろしく伝えるよう求める。文政十一年朱注、本文月日なし。2239の出発覚書とは独立した品物伝達の消息として、羽二重・鯛の数量と署…
追録7-No.2241 佐川消息
佐川が濱江へ、長久・繁昌を祝い、寒さが強くなったが榮翁は機嫌よく、寒さによる障りもなく元気に過ごしていると近くから聞いたことを寿ぐ消息。「御文庫の内」として八丈三たん・粕漬け鮎一桶を列記し、折々のまま榮翁へ送ることを伝え、よろしく取り次ぐよう求める。文政十一年朱注、本文月日なし。健康への祝辞と伝聞を…
追録7-No.2242 松平乗寛書状
松平和泉守乗寛が松平榮翁へ、溶姫君の婚礼の祝儀として目録どおり献上された品を披露し、一段の御仕合であったと伝える返書。溶姫に家斉女の小字注がある。十一月二十八日付、文政十一年は朱注。目録に委ねられた献上品の種類・数量や婚礼相手は本文にないため補わない。
追録7-No.2243 佐川消息
佐川が濱江へ、寒中の長久・繁昌と上々様・御館様の機嫌を祝い、「御文庫之内」の贈送品を列記する消息。品物は縞縮緬一反、紅羽二重一反、白羽二重一疋、綿二百目、御絹さかな一で、肴には「干鱠殘魚」と注記される。これらを御台所から榮翁へ祝いとして送るので、よろしく伝えるよう求める。文政十一年朱注、本文月日なし…
追録7-No.2244 松平康任書状
松平周防守康任が松平榮翁へ、今朝献上された鰹節一箱を披露し、一段の御仕合であったと伝える返書。十二月十一日付、文政十一年は朱注。「今朝」は献上の時点として読み、鰹節一箱の品名・数量と署判・口裏を保持し、次の2245の牧野返書とは分けて整理する。
追録7-No.2245 牧野忠精書状
牧野備前守忠精が松平榮翁へ、今朝献上された鰹節一箱を披露し、一段の御仕合であったと伝える返書。十二月十一日付、文政十一年は朱注。品名・数量、忠精の署判、口裏の牧野備前守忠精、榮翁宛を保持する。直前の2244も同日・同品の返書だが、差出人が松平康任であるため別文書として整理する。
追録7-No.2246 島津重豪書状
松平榮翁(島津重豪)が花町へ、上々様の機嫌を祝い、雌の白鸚鵡の拝領を取り成してほしいと頼む書状。天明五年巳三月十六日に藤崎殿から奉文をもって白鸚鵡を拝領し、長年飼育する間に老鳥が順次落鳥して、残る子孫が雄のみになったと事情を述べる。可能なら雌を拝領したいので、幾重にも取り成しを願う。文政十一年朱注、…
追録7-No.2247 島津重豪覚書
重豪公御譜中の覚書。十二月十三日、お貢が鉄漿初めをしたことに伴い、樂翁夫妻方に預け置くことと、奥方からの祝物、返礼、関係者間の贈答を記録する。祝物として鉄漿筆二対・鯛一折・樽一荷(料金三百疋)を挙げ、返礼として文庫内の漢府純子一巻・琉球丸ぼん一箱・鯛一箱を列記する。下段では樂翁奥方、越中守夫妻、重豪…
追録7-No.2248 島津久風外三名家連署書状
川田信濃・島津丹波・川上久馬・島津但馬が羽地王子・三司官へ、琉球国王の尊書を拝見し、大御隠居様への年首祝儀として目録どおり差し上げられた品を江戸で披露したところ、重豪が満足したので、その旨を国王へ伝えるよう求める連署返書。十二月十五日付、文政十一年は朱注。祝儀品の内訳は目録に委ねられているため補わな…
追録7-No.2249 島津久風外三名家連署書状
川田信濃・島津丹波・川上久馬・島津但馬が羽地王子・三司官へ、琉球国王の尊書を拝見し、前年に御隠居様の男子が誕生して報七郎と称したことにつき、大御隠居様へ祝儀を申し上げた旨を江戸で披露したと伝える連署返書。十二月十五日付、文政十一年は朱注。報七郎には斉彬男の小字注がある。祝儀の品目は本文にないため補わ…
追録7-No.2250 島津久風外三名家連署書状
川田信濃・島津丹波・川上久馬・島津但馬が羽地王子・三司官へ、琉球国王の尊書を拝見し、閑姫の婚姻が首尾よく整った祝儀として、城間親方を介して大御隠居様へ太刀一腰・馬代白銀百両と目録の品が差し上げられたことを江戸で披露し、重豪が満悦したと伝える連署返書。十二月十五日付、文政十一年は朱注。太刀・白銀の数量…
追録7-No.2251 島津久風外三名家連署書状
川田信濃・島津丹波・川上久馬・島津但馬が羽地王子・三司官へ、琉球国王の尊書を拝見し、房之丞の夭亡につき、城間親方を介して大御隠居様の機嫌を見舞った紙上の趣を江戸で披露したと伝える連署返書。房之丞には斉宣男の小字注がある。十二月十五日付、文政十一年は朱注。弔意・機嫌伺いの性格を祝儀と混同しない。
追録7-No.2252 島津久風外三名家連署書状
川田信濃・島津丹波・川上久馬・島津但馬が羽地王子・三司官へ、琉球前国王の尊書を拝見し、大御隠居様への年首祝儀として目録どおり差し上げられた品を江戸で披露し、重豪が満足したので、その旨を前国王へ伝えるよう求める連署返書。十二月十五日付、文政十一年は朱注。2248の国王分と同文型だが、差出元が前国王であ…
追録7-No.2253 島津久風外三名家連署書状
川田信濃・島津丹波・川上久馬・島津但馬が羽地王子・三司官へ、琉球前国王の尊書を拝見し、前年に御隠居様の男子が誕生して報七郎と称したことにつき、大御隠居様へ祝儀を申し上げた旨を江戸で披露したと伝える連署返書。十二月十五日付、文政十一年は朱注。2249の国王分と対応する前国王分として別文書に保つ。
追録7-No.2254 島津久風外三名家連署書状
川田信濃・島津丹波・川上久馬・島津但馬が羽地王子・三司官へ、琉球前国王の尊書を拝見し、閑姫の婚姻が首尾よく整った祝儀として、城間親方を介して大御隠居様へ太刀一腰・馬代白銀五十両と目録の品が差し上げられたことを江戸で披露し、重豪が満悦したと伝える連署返書。十二月十五日付、文政十一年は朱注。2250の国…
追録7-No.2255 島津久風外三名家連署書状
川田信濃・島津丹波・川上久馬・島津但馬が羽地王子・三司官へ、琉球前国王の尊書を拝見し、房之丞の夭亡につき、城間親方を介して大御隠居様の機嫌を見舞った紙上の趣を江戸で披露したと伝える連署返書。房之丞には斉宣男の小字注がある。十二月十五日付、文政十一年は朱注。2251の国王分と対応する前国王分として別文…
追録7-No.2256 島津重豪書状
松平榮翁(島津重豪)が佐川へ、上々様の機嫌を祝い、願っていた大切な白鸚鵡を速やかに拝領するよう仰せ付けられたことを謝す書状。その冥加を有り難いと述べ、御礼として黒塗蒔絵の料紙硯箱一通、屏風一折、木彫御火鉢一、鯛一折を献上したいので、取り成しと披露を頼む。年を重ねても願いどおり拝領できた恩を述べ、改め…
追録7-No.2257 徳川家斉御内書
徳川家斉が松平榮翁へ、歳暮の祝儀として小袖一重が到来したことを喜び、委細は松平和泉守が述べると伝える御内書。十二月二十七日付、文政十一年は朱注。家斉公の黒印と、使者・数量を本文どおり保持する。
追録7-No.2258 牧野忠精書状
牧野備前守忠精が松平榮翁へ、歳暮の祝儀として使者をもって小袖一重が献上され、披露したところ一段の御仕合であったと伝える返書。十二月二十七日付、文政十一年は朱注。2257の将軍御内書と同じ小袖一重に関する老中側の披露返書として整理する。
追録7-No.2259 牧野忠精書状
牧野備前守忠精が松平榮翁へ、大納言様に破魔弓一飾を使者によって献上した件を首尾よく披露したと伝える返書。十二月二十八日付、文政十一年は朱注。破魔弓一飾の数量、使者による献上、披露の完了を保持する。
追録7-No.2260 松平乗寛書状
松平和泉守乗寛が松平榮翁へ、若菜の祝儀として鯛一折が献上され、披露したところ一段の御仕合であったと伝える返書。正月七日付、文政十二年は朱注。若菜を人物名とせず、新年の若菜祝儀として整理する。
追録7-No.2261 牧野忠精書状
牧野備前守忠精が松平榮翁へ、若菜の祝儀として鯛一折が献上され、披露したところ一段の御仕合であったと伝える返書。正月七日付、文政十二年は朱注。2260と同日・同品だが差出人が異なるため、独立した返書として保持する。
追録7-No.2262 たき山外三名連署消息
たき山・花町・むめ溪・樒そのが松平榮翁の近習へ、榮翁一同が障りなく越年したことを喜び、長寿と新春の機嫌を祝う連署消息。甲斐が春に移ること、年始の規式や祝遊びが滞りなく行われ、御臺様から文庫内の年玉として贈り物があったことなどを寿ぎ、長久・繁昌を重ねて祈る。文政十二年朱注、本文月日なし。複数の女房名、…
追録7-No.2263 佐川消息并覚書
佐川が花嶋・園江へ、榮翁の長久・繁昌と無事越年を祝い、年始の挨拶、長寿、年始の規式・祝遊び、御臺様からの年玉について伝える消息。別紙覚書では、文庫内から兵庫頭へ紅白縮緬二反ずつを贈ることを記す。また、美濃守・左衛門尉・左近・お孝・虎之助・お種・お淑・お貢ほか、贈答・祝意の関係者名を列記する。文政十三…
追録7-No.2264 島津斉興吉書
白木御文書九番箱中二十二番の吉書。島津斉興が、神社・仏閣の修造を行うこと、農事を専ら勧めること、国の年貢を徴納することの三箇条について沙汰するよう命じる。文政十二年正月十一日付、斉興判。三条を独立して保持し、「修造興行」「勧農」「年貢徴納」を一般的な祭礼・租税免除へ置き換えない。
追録7-No.2265 松平乗寛書状
松平和泉守乗寛が松平榮翁へ、年頭の祝儀として、使者をもって太刀一腰と馬代黄金十両が献上され、披露したところ一段の御仕合であったと伝える返書。正月十一日付、文政十二年は朱注。太刀・馬代の数量と署判・口裏を保持する。
追録7-No.2266 牧野忠精書状
牧野備前守忠精が松平榮翁へ、年頭の祝儀として、内府様・大納言様へ使者をもって太刀と馬代黄金が献上され、披露したところ一段の御仕合であったと伝える返書。正月十一日付、文政十二年は朱注。本文に数量が明記されない太刀・黄金を、2265の数量から補わない。
追録7-No.2267 島津重豪覚書
重豪公御譜中の覚書。正月十六日、虎之助の前髪取りの祝いを内輪で行ったことを記す。厳しい省略中のため通常の相互贈答は控えたが、重豪と豊後の間では祝物一折・料金百疋を取り交わし、溪山から惣方へ祝詞を伝えた。虎之助は高輪表休息所へ平服で出て小納戸早川小市郎の勤めで前髪を取り、その後、熨斗目・半袴に着替えて…
追録7-No.2268 たき山外三名連署消息
たき山・花町・むめ溪・樒そのが松平榮翁の近習へ、長寿の年祝いと機嫌のよいことを祝う連署消息。祝儀が滞りなく済んだことを喜び、御臺様の思召しにより御納戸金の内から内々に金三百両が遣わされたので、例年どおり御事に用いるよう伝える。文政十二年朱注、本文月日なし。金三百両の出所、内々の贈与、例年どおりの用途…
追録7-No.2269 重豪御鷹の鶴を拝領す
重豪公御譜中の記事。文政十二年己丑春三月十三日、幕府が使番三浦甚五郎を芝邸へ遣わし、重豪に御鷹の鶴一羽を賜った。斉彬が重豪に代わって受け、即日老中邸へ赴いて謝恩した。拝領品を鶴一羽、代理受領者を斉彬、謝恩先を老中邸として保持する。
追録7-No.2270 斉興、重豪女種姫の成婚を幕府に告ぐ・鹿府木屋町を金生町と改名す
重豪公御譜中の記事。文化十三年秋、重豪の娘種姫と戸田采女正氏庸の嫡子戸田新二郎氏正との婚姻を幕府へ願い、同年十二月十四日に許可され、斉興が登城して命を受けた。文政十二年三月八日に斉興が幕府へ告げ、翌九日に婚姻した。あわせて、前年十二月の木屋町火災と数度の市中火災を背景に、防火と再建のため金生水の義を…
追録7-No.2271 松平乗寛書状
松平和泉守乗寛が松平榮翁へ、歳暮の御内書を渡すため、明日五半時に城へ家来を差し出すよう知らせる書状。二月二十二日付、文政十二年は朱注。御内書の内容は本文にないため補わず、受渡しの日時・場所・家来差出しを保持する。
追録7-No.2272 寵姫系譜抄
御系図中の寵姫に関する系譜抄。寵姫は島津斉興の二十六人目の子で女子とし、大久保加賀守忠愨の夫人となった。文政十二年己丑二月二十三日生、母は島津樵嵐久尹の養女。万延元年庚申七月朔日に没し、法名を壽光院殿靈妙貞堅大姉と記す。出生・母・婚姻先・没日・法名を分けて保持する。
追録7-No.2273 重豪、種姫の成婚を幕府に告ぐ
重豪公御譜中の記事。文化十三年秋、重豪の娘種姫と戸田采女正氏庸の嫡子戸田新二郎氏正との婚姻を幕府へ願い、同年十二月十四日に幕府が許可し、斉興が登城して命を受けた。文政十二年春二月八日、斉興が幕府へ婚姻実施を告げ、翌九日に成婚した。2270に含まれる婚姻経過と重なるが、独立した記事として保持する。
追録7-No.2274 島津斉興届書
島津斉興が、私叔母である種姫について、戸田采女正の嫡子戸田伊賀守との縁組を願い出て許可されていたところ、明九日に婚姻を整えるので届け出る書状。二月八日付、文政十二年は朱注。婚姻相手の呼称は本文の「戸田伊賀守」を保持し、系譜記事の戸田新二郎氏正との関係を勝手に補わない。
追録7-No.2275 島津斉興届書并種姫婚姻次第
島津斉興の種姫婚姻届と婚姻次第。先年許可された縁組について婚姻を整える旨を届け、二月九日、天候がよかったため婚姻を滞りなく実施したと記す。祝儀の日程調整、双方の使者、種姫方と戸田伊賀守方・夫妻・奥方・相中との贈答を詳記し、太刀、馬代白銀三十両、鯛、縮緬・紙、香奠、箱物、火鉢、食器、夜食・後段などを列…
追録7-No.2276 重豪、木屋町を金生町と改名す
重豪公御譜中の記事。文政十二年春、鹿児島城下に三つある木屋町のうち、火災がしばしば起こって市民が困窮することを憂え、水戸光圀が「金生水」の義を取った故事にならい、城下の木屋町・下木屋町の名を金生町へ改めた。永く火災がないよう願う意図を告げる。2270の婚姻記事に付記された町名改称を、独立記事として整…
追録7-No.2277 たき山外三名連署消息
たき山・花町・梅その・梅たにが松平榮翁の近習へ、上々様方の機嫌、祝遊び、長久を寿ぐ連署消息。御臺様から品が遣わされ、祝いの品として重一組・鯛一尾を届けるので、よろしく取り次ぐよう求める。文政十二年朱注、本文月日なし。品物の数量、御臺様からの贈与、四名の署名を保持する。
追録7-No.2278 佐川消息并覚書
佐川が濱江へ、御臺様から例年どおり文が届いたことを受け、上々様方の機嫌、祝儀、長久・繁昌を寿ぐ消息。御臺様・榮翁双方の祝遊びや贈答を取り次ぎ、覚書として御塗重一組・鯛一尾、御臺様に上げる付木・相替の献上品などを列記する。三月三日付、文政十二年は朱注。消息本文と衣類・品物の覚書を分け、数量を保持する。
追録7-No.2279 水野忠邦書状
水野越前守忠邦が松平榮翁へ、大納言様に菖蒲御兜一飾を使者によって献上した件を首尾よく披露したと伝える返書。四月二十八日付、文政十二年は朱注。菖蒲御兜一飾の品名・数量と忠邦の署判・口裏を保持する。
追録7-No.2280 徳川家斉御内書
徳川家斉が松平榮翁へ、端午の祝儀として帷子・単物が到来したことを喜び、委細は松平周防守が述べると伝える御内書。五月二日付、文政十二年は朱注。品名、端午祝儀、家斉公黒印を保持する。
追録7-No.2281 水野忠邦書状
水野越前守忠邦が松平榮翁へ、端午の祝儀として使者をもって帷子・単物が献上され、披露したところ一段の御仕合であったと伝える返書。五月二日付、文政十二年は朱注。2280の将軍御内書と対応する老中側の披露返書として整理する。
追録7-No.2282 佐川消息
佐川が濱江へ、榮翁の長久・繁昌を祝い、端午の祝儀、上々様方の機嫌、御臺様・榮翁の祝遊びを伝える消息。例年どおり御臺様から贈られた品として、御居りの粽一たい、御重の内の粽・御火とりふし等を挙げ、よろしく取り次ぐよう求める。文政十二年朱注、本文月日なし。端午祝儀の品目と数量を保持する。
追録7-No.2283 佐川消息
佐川が濱江へ、榮翁の長久・繁昌を祝い、端午の祝儀、上々様方の機嫌、御臺様・榮翁の祝遊びを伝える消息。御臺様からの品として粽二重を挙げ、御重の内の品とともに取り次ぐよう求める。文政十二年朱注、本文月日なし。2282と文面が近いが、品物を粽二重とする別消息として保持する。
追録7-No.2284 重豪、徳川家綱法事に献銀す
重豪公御譜中の記事。文政十二年夏五月九日、徳川家綱の百五十年忌法事が東叡山で修されたため、重豪が物頭鹿嶋傳五左衛門國敬を使者として遣わし、香奠銀二枚を献じて拝礼した。厳有院殿を徳川家綱とする小字注、法事の年忌、場所、使者、香奠銀の数量を保持する。
追録7-No.2285 たき山外三名連署消息
たき山・花町・梅その・梅たにが松平榮翁の近習へ、上々様方の機嫌と長久・繁昌を祝い、御臺様の誕生日を賑やかに祝ったことを伝える連署消息。その祝いとして御臺様から肴一折が内々に遣わされたため、心得て取り次ぐよう求める。朱注は文政十二年、考証注は文中の誕生日を御臺様が生まれた安永二年六月十七日とする。誕生…
追録7-No.2286 松平乗寛書状
松平和泉守乗寛が松平榮翁へ、今朝、鯛一箱を献上した件を披露したところ、一段の御仕合であったと伝える返書。六月二十一日付、文政十二年は朱注。鯛一箱の品名・数量、乗寛の署判・口裏を保持する。
追録7-No.2287 水野忠邦書状
水野越前守忠邦が松平榮翁へ、今朝、鯛一箱を献上した件を披露したところ、一段の御仕合であったと伝える返書。六月二十一日付、文政十二年は朱注。2286と同趣旨だが差出人を異にする別書状で、鯛一箱の品名・数量、忠邦の署判・口裏を保持する。
追録7-No.2288 松平康任書状
松平周防守康任が松平榮翁へ、端午の御内書を渡すので、翌日五半時に家来を江戸城へ差し出すよう伝えた書状。六月二十四日付、朱注は文政十三年。御内書受領の日時、代理の家来、登城先を明記する通知として整理する。
追録7-No.2289 たき山外三名連署消息
たき山・花町・梅その・梅溪が松平榮翁の近習へ、殊の外の暑さのなかでも御障りなく過ごすこと、長久を祝う女房衆連署消息。御臺様から越後縮五反が内々に遣わされたため、心得て取り次ぐよう求める。朱注は文政十二年、本文月日なし。暑中の安否、越後縮の品名・数量、四名の署名を保持する。
追録7-No.2290 島津久照申渡書
島津但馬久照の申渡書。大年寄上席のおゆらは根来同心河村伊十郎の養妹として召し抱えられたが、実兄岡田小藤次の妹と帳面に記すよう内々の沙汰があったため、記録しておくよう御記録奉行へ命じる。文政十二年七月二十七日に久照から田原仲之丞へ渡され、白木御文書九番箱に納めたとの記録注を伴う。おゆらの出自表記、実兄…
追録7-No.2291 水野忠成書状
水野出羽守忠成が松平榮翁へ、生見玉の祝儀として黄金十両を献上した件を披露したところ、一段の御仕合であったと伝える返書。七月六日付、文政十二年は朱注。祝儀名、黄金十両の数量、忠成の署判・口裏を保持する。
追録7-No.2292 水野忠邦書状
水野越前守忠邦が松平榮翁へ、生見玉の祝儀として黄金十両を献上した件を披露したところ、一段の御仕合であったと伝える返書。七月六日付、文政十二年は朱注。2291と同文に近いが差出人を異にする別書状で、祝儀名、黄金十両の数量、忠邦の署判・口裏を保持する。
追録7-No.2293 佐川消息
佐川が濱江へ、榮翁の長久・繁昌を祝い、中元の祝儀、上々様方と館の人々の機嫌、賑やかな祝遊びを伝える消息。例年どおりの中元の品として蓮の飯とさし鯖を挙げ、御臺様から榮翁へ贈られたので取り次ぐよう求める。朱注は文政十二年、本文月日なし。中元祝儀の品目と贈答関係を保持する。
追録7-No.2294 たき山外三名連署消息
たき山・花町・梅その・梅たにが松平榮翁の近習へ、上々様方の機嫌と若君の生身玉祝儀を賑やかに祝ったことを伝える連署消息。その祝いとして御臺様から肴一折が遣わされたため、心得て取り次ぐよう求め、榮翁の長久・繁昌を寿ぐ。朱注は文政十二年、本文月日なし。生身玉祝儀、贈答品、四名の署名を保持する。
追録7-No.2295 花町消息(目録は「たき山外三名連署消息」)
花町が松平榮翁の近習へ、上々様方の機嫌、諏訪御祭礼を賑やかに祝ったこと、榮翁の長久を寿ぐ消息。祭礼に際し、御臺様から肴一折が内々に遣わされたため、心得て取り次ぐよう求める。正文末尾で確認できる署名は花町一名だが、目録は「たき山外三名連署消息」とするため、両表記の不一致を明示して保持する。
追録7-No.2296 菊三郎系譜抄
御系図に収める島津斉彬の子・菊三郎の記事。文政十二年己丑八月三日に江戸芝邸で生まれ、母は一橋民部卿斉敦の娘、九月十一日に夭折したと記す。法名は觀光院殿玉影龕明大禅童子。出生地、母方、出生・死亡日、法名を保持する。
追録7-No.2297 菊三郎系譜抄
「近秘野冊」に収める島津斉彬の子・菊三郎の記事。文政十二年己丑八月三日に芝邸で生まれ、母は徳川家斉の実弟・一橋民部卿斉敦の娘英姫で、英姫の生年も傍注する。同年九月十四日に夭折し、法号を觀光院殿玉影龕明大禅童子とする。2296と出生・母方・法名は一致するが、死亡日は十一日と十四日に分かれるため、各出典…
追録7-No.2298 青山忠裕書状
青山下野守忠裕が松平榮翁へ、浅姫君の七夜祝儀として鯛一折を献上した件を披露したところ、一段の御仕合であったと伝える返書。八月四日付、文政十二年は朱注。浅姫君、七夜祝儀、鯛一折の品名・数量、忠裕の署判・口裏を保持する。
追録7-No.2299 水野忠邦書状
水野越前守忠邦が松平榮翁へ、浅姫君の七夜祝儀として鯛一折を献上した件を披露したところ、一段の御仕合であったと伝える返書。八月四日付、文政十二年は朱注。2298と同趣旨だが差出人を異にする別書状として、祝儀名、品名・数量、忠邦の署判・口裏を保持する。
追録7-No.2300 重豪、将軍家より御鷹の雲雀を拝領す
重豪公御譜中の記事。文政十二年秋八月十五日、将軍家が使番摂津与右衛門を芝邸へ遣わし、重豪に御鷹の雲雀を賜った。遠山美濃守友寿が重豪に代わって受領し、同日、三老中の邸へ赴いて謝恩した。日付、使者、拝領品、代理受領者、謝恩先を保持する。
追録7-No.2301 たき山外三名連署消息
たき山・花町・梅その・梅溪が松平榮翁の近習へ、上々様方と館方の機嫌、御月見の祝儀を寿ぐ連署消息。月見に際し、御臺様から交肴一折が内々に遣わされたため、心得て取り次ぐよう求める。朱注は文政十二年、本文月日なし。月見祝儀、贈答品、四名の署名を保持する。
追録7-No.2302 佐川消息
佐川が濱江へ、榮翁の長久と御月見の祝儀を祝い、上々様方と館方の機嫌、賑やかな祝遊びを伝える消息。御臺様から榮翁へ贈られた月見の品として、御作り臺一、御重の内の品、御小盃臺一などを列記し、取り次ぎを求める。朱注は文政十二年、本文月日なし。消息本文と贈答覚書を一件として保持する。
追録7-No.2303 佐川消息
佐川が濱江へ、上々様方と館方の機嫌を祝い、榮翁にとって喜ばしい御子様の祝いを述べ、さらに鶴のような御子をもうけるよう願う消息。榮翁の長久・繁昌が千世八千代までも続くことを寿ぐ。朱注は文政十二年、本文月日なし。本文の祝賀対象は読みを推測で具体化せず、原文の御子様として保持する。
追録7-No.2304 佐川消息
佐川が濱江へ、英姫が安産し、菊三郎が丈夫であることを祝い、上々様方と館方の機嫌を伝える消息。この歓びに際し、御臺様から榮翁へ鯛一折が内々の祝いとして贈られたため、取り次ぎを求め、榮翁の長久・繁昌を寿ぐ。朱注は文政十二年、本文月日なし。2296・2297の菊三郎出生に対応する祝賀消息として、母子名と贈…
追録7-No.2305 佐川消息
佐川が濱江へ、榮翁の長久を祝い、酒重を受け取った礼と上々様方の機嫌を伝える消息。前日に御簾中様が庭へ入った祝いに関し、御臺様から榮翁へ内々に贈られた菓子・魚・酒重などの品を列記し、取り次ぎを求める。朱注は文政十二年、本文月日なし。祝賀の事情と贈答品を一件として保持する。
追録7-No.2306 徳川家斉御内書
徳川家斉が松平榮翁へ、重陽の祝儀として小袖一重が到来したことを喜ぶ御内書。九月七日付、文政十二年は朱注。家斉公黒印を伴い、重陽祝儀、小袖一重の品名・数量を保持する。
追録7-No.2307 牧野忠精書状
牧野備前守忠精が松平榮翁へ、重陽の祝儀として使者により小袖一重を献上した件を披露したところ、一段の御仕合であったと伝える返書。九月七日付、文政十二年は朱注。2306の将軍御内書に対応する老中側の披露返書として保持する。
追録7-No.2308 佐川消息
佐川が濱江へ、榮翁の長久と御月見の祝儀を祝い、上々様方と館方の機嫌、賑やかな祝遊びを伝える消息。御臺様から榮翁へ贈られた品として、御作り臺一、御小重一組、御小盃臺一などを列記し、取り次ぎを求める。朱注は文政十二年、本文月日なし。消息本文と品書を一件として保持する。
追録7-No.2309 たき山外三名連署消息
たき山・花町・梅その・梅たにが松平榮翁の近習へ、上々様方の機嫌と御月見の祝儀を伝える連署消息。月見に際し、御臺様から交肴一折が内々に遣わされたため、心得て取り次ぐよう求める。朱注は文政十二年、本文月日なし。月見祝儀、贈答品、四名の署名を保持する。
追録7-No.2310 水野忠成書状
水野出羽守忠成が松平榮翁へ、大納言様の御宮参りが済んだ祝儀として、使者により目録どおりの品を献上した件を披露し、一段の御仕合であったと伝える返書。九月二十一日付、文政十二年は朱注。宮参り、使者、目録献上、忠成の署判・口裏を保持する。
追録7-No.2311 水野忠邦書状
水野越前守忠邦が松平榮翁へ、大納言様の御宮参りが済んだ祝儀として、使者により目録どおりの品を献上した件を披露し、一段の御仕合であったと伝える返書。九月二十一日付、文政十二年は朱注。2310と同趣旨だが差出人を異にする別書状として保持する。
追録7-No.2312 佐川消息
佐川が濱江へ、上々様方と館方の機嫌を祝い、大納言様の御宮参りに際して用意された御提重一組について伝える消息。立寄りと馳走のために用意した提重が大納言様から土産として進められ、御臺様から榮翁へ渡された事情を記す。朱注は文政十二年、本文月日なし。宮参り後の贈答経路と提重の数量を保持する。
追録7-No.2313 佐川消息
佐川が濱江へ、当日中に長持を回すこと、先頃から榮翁の初めての献上物があり、御臺様から左衛門尉・溪山・左近らへ内々に品を下すことを伝える消息。虎之助・たか・しな・ます・かうらについても覚書どおりに下し、翌日は早く出すよう求める。朱注は文政十二年、本文月日なし。運搬手段、複数の受取人、覚書による配分を保…
追録7-No.2314 佐川消息
佐川が濱江へ、榮翁の長久・繁昌を祝い、殊の外の寒さのなかでも上々様方と館方が機嫌よく過ごすことを伝える消息。御臺様から榮翁へ、寒中の贈り物として縮緬一反、紅縮緬二反、綿百目が送られ、内々の祝いとして受け取るよう求める。朱注は文政十二年、本文月日なし。品名・数量と贈答関係を保持する。
追録7-No.2315 水野忠成書状
水野出羽守忠成が松平榮翁へ、重陽の御内書を渡すため、翌日に家来を五半時に登城させるよう通知した書状。十月二十二日付、文政十二年は朱注。御内書受領の手続、登城日時、差出人を保持する。
追録7-No.2316 佐川消息
佐川が濱江へ、榮翁からの直筆の礼状を差し出したことを伝え、その都合と文言を喜ぶ消息。夜に入ったため詳しい礼は翌日に申し上げるとし、榮翁の長久と上々様方の機嫌を祝う。朱注は文政十二年、本文月日なし。直筆礼状の取次と返礼延期の事情を保持する。
追録7-No.2317 水野忠成書状
水野出羽守忠成が松平榮翁へ、徳川家斉女で毛利斉広室の和姫の婚礼祝儀として、目録どおりの品を献上した件を披露し、一段の御仕合であったと伝える返書。十一月二十八日付、文政十二年は朱注。婚礼対象、献上、披露、日付・署判を保持する。