追録5-No.1331重年公御譜記事旧記雑録暫定版・確認中
幕府濃勢尾諸川治水助役ヲ下命ス、平田正輔等コレニ當ル
〈宝暦三年〉十二月二十五日/整理ID 旧記雑録追録5_文書1331
確認度要確認
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概要
重年公御譜の記事。宝暦三年十二月廿五日、西尾忠尚の奉書によって美濃・伊勢・尾張諸川の治水助役を命じられ、重年は平田靱負正輔と伊集院十蔵久東に担当させる。翌四年正月から川上彦九郎親英らを派遣し、美濃大牧村に役館を置く。正輔らは大阪・伏見で留守居と協議して銀師から借銀し、閏二月に大牧へ入る。記事は木曽・長良・伊尾・段海・牧田各川の分合流、輪中、堤・水柵・浚渫・閘の工事、四つの工区と担当者を詳述する。四年二月廿七日に初期工事を始め、同年九月から翌五年三月廿八日まで続く工事を完成させ、四~五月に検査を受ける。費用は芝邸からの伝聞で概ね金三十万両とする。正輔は五月廿四日に吐血し翌日死去、伏見大黒寺に葬られる。久東らが報告のため江戸へ向かい、重年の代わりに親戚の松平定多が登営し、治川の功に時服五十二を賜る。九月には堀田正亮が従役十三人を召して各々に差のある恩賞を与えた。
登場人物
島津重年・西尾隠岐守忠尚・平田靱負正輔・伊集院十蔵久東・川上彦九郎親英・山澤小左衛門盛福・松平河内守定多・堀田相摸守正亮・一色周防守政沆・倉橋武右衛門・細井九助(ほか本文に派遣役人交名)
宛先
宛所なし(御譜記事)
キーワード
治水助役、平田正輔、伊集院久東、川上親英、輪中、借銀、四工区、工事完成、検査、死去、恩賞
冊子頁
429~432頁
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(3)311~473頁(寛延4~宝暦4).pdf