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外伝:島津動物図鑑の目録
人物事典の外伝として作成中の動物図鑑です。史料中の動物の記述を、確認範囲と留保を添えて先行公開しています。
全1,846件中 501~600件・6 / 19ページ
AN000965 鷹・鷹(旧記雑録 後編3 / 後編3-No.707)
近衛前久は島津忠恒に、先に贈った鷹が返された事情を尋ね、気に入らなければ別の鷹を用意すると伝えた。
AN000966 馬・鹿毛馬;馬(旧記雑録 後編3 / 後編3-No.707)
書状には、龍伯から贈られた鹿毛馬と、所持する馬への言及がある。
AN000967 鷹・大鷹(旧記雑録 後編3 / 後編3-No.716)
差出人は、宛先の下国が早かったため、所持する馬や大鷹等を見せ、望みの品を贈る機会を失ったと述べた。
AN000968 馬・馬(旧記雑録 後編3 / 後編3-No.716)
差出人は馬を所持しているが良馬はないと述べ、宛先に見せる意向を記した。
AN000969 鷹・鷹(旧記雑録 後編3 / 後編3-No.718)
慶長四年四月四日、龍伯は又八郎殿へ、内府への礼の機会に武庫には馬、宛先には鷹という恩遇があったと伝聞した旨を伝えた。
AN000970 馬・御馬(旧記雑録 後編3 / 後編3-No.718)
書状は「武庫へ御馬、貴所へ鷹預申候由」と述べ、馬と鷹の預け先を分けて伝える。
AN000971 馬・駿馬・〔一字留保〕毛(旧記雑録 後編3 / 後編3-No.722)
帰国の件を秀頼卿へ伝える記事には、さらに駿馬を賜ったと記される。
AN000972 馬・月毛(旧記雑録 後編3 / 後編3-No.723)
島津義弘が、秀頼から月毛の馬を拝領したとの知らせを受け、数ある馬の中から特に念を入れて選ばれた馬だとして祝意を伝える。
AN000973 馬・正八幡御馬・駒(旧記雑録 後編3 / 後編3-No.727)
「覚」に「正八幡御馬之事」と「福山野之駒之事」の項目が並ぶ。
AN000975 馬・馬(旧記雑録 後編3 / 後編3-No.745)
月野村・恒吉近辺を見舞った旨を述べる書状に「月の堺馬十疋とあかり申候」とある。
AN000978 犬・男犬;女犬;鳥犬(旧記雑録 後編3 / 後編3-No.764)
近衛前久は、当地にもいない珍しい雄犬を雌犬と合わせて良い子犬を得たいと述べ、鳥犬を早速届けられたことに謝意を示した。
AN000979 鷹・羽虫鷹(旧記雑録 後編3 / 後編3-No.779)
島津義久は、前年捕らえた羽虫鷹の羽穴を補い、羽・尾羽を整えて養生している状況を述べ、薬の使用法を尋ねた。
AN000980 馬・可直馬;馬ノ口;馬のうけかい;轡;本所ノ轡;公方様より拝領申候轡(旧記雑録 後編3 / 後編3-No.779)
前半では羽虫鷹の羽の処置や餌、鷹飼について助言する。後半では馬の口を直す回数、若い馬の口、轡に対する馬の受け具合を論じ、以前に下された本所の轡と公方様から拝領した轡を失ったことを惜しむ。鷹記事に加えて、生体馬の調教・制御と馬具に関する実質記事を含む。
AN000981 馬・出馬(旧記雑録 後編3 / 後編3-No.780)
忠恒書状は、陣中の勘番を頼むとともに近日の出馬予定を記す。
AN000982 馬・出馬(旧記雑録 後編3 / 後編3-No.845)
庄内表の情勢などを述べる書状は「可被成出馬之由」と出馬の予定を伝える。
AN000984 馬・御出馬(旧記雑録 後編3 / 後編3-No.871)
敵との戦闘や戦死者を報じる書状は、近日に御出馬するかを問う。
AN000986 馬・馬・くり毛・栗毛(旧記雑録 後編3 / 後編3-No.900)
帖佐に置いた栗毛と友賢栗毛を二疋として記し、友賢くり毛を無事で嘉例よき馬と評する。
AN000987 馬・出馬(旧記雑録 後編3 / 後編3-No.908)
庄内表の情勢を述べる書状は、少將が昨日、山田表へ出馬した旨を報じる。
AN000988 馬・出馬(旧記雑録 後編3 / 後編3-No.913)
書状は、少將が先月晦日に山田表へ出馬した旨を報じる。
AN000989 馬・御出馬(旧記雑録 後編3 / 後編3-No.918)
伊集院源十郎への成敗のための御出馬の件を承知した旨を述べる書状。
AN000990 鷹・若弟鷹(判読要確認)(旧記雑録 後編3 / 後編3-No.930)
内府様から鷹を下すとの約束を得た旨を報告する書状。
AN000991 鷹・鷹之羽一息(旧記雑録 後編3 / 後編3-No.937)
伊勢兵部少輔は、出仕できない事情を述べ、鷹の羽一息を進上した。
AN000992 鷹・鷹一羽(旧記雑録 後編3 / 後編3-No.946)
島津義弘は島津忠恒への書状の追而書で、鷹一羽を贈ると伝えた。
AN000993 馬・痔病;乗馬;供(旧記雑録 後編3 / 後編3-No.968)
維新は新納武蔵入道へ、弥太右衛門尉は奉公に油断がないものの、たびたび痔病が起こるため、乗馬による供などに不自由しており、怠慢や私曲ではないと説明した。
AN000994 馬・福山衆;とり人五人;馬五十疋取候(旧記雑録 後編3 / 後編3-No.971)
龍伯は少将殿へ、書状日の一昨日に末吉方面で福山衆が敵四人を討ち取り、そのほか捕虜五人と馬五十疋を獲得したと報告した。捕虜の供述として、相手方で討ち取られた首は百余に及ぶとも伝える。
AN000995 牛・牛(旧記雑録 後編3 / 後編3-No.972)
島津龍伯は又八郎に、鹿児島の誠方・稲荷の御前で牛が死んだという風聞の真偽を問い、事実なら祈念が必要ではないかと述べた。
AN000996 馬・江南馬(旧記雑録 後編3 / 後編3-No.979)
年始の祝言や城普請などの事項を並べる「覚」に「江南馬之事」がある。
AN000998 鷹・鷹野(旧記雑録 後編3 / 後編3-No.982)
慶長四年十二月十八日、山口直友は、内府が播州で鷹野に出ていたため、現地で拝謁したと伝えた。
AN000999 馬・御太刀一腰;御馬一疋;令進献候(旧記雑録 後編3 / 後編3-No.1007)
小西摂津守行長は義久に改年の慶事を祝い、祝儀として御太刀一腰と御馬一疋を進献した。近日中に上洛し、帰国時に伺候して改めて礼を述べる意向も伝えた。
AN001000 馬・御太刀一腰;馬代三百疋;令進覧候(旧記雑録 後編3 / 後編3-No.1018)
羽柴左近大夫親成は羽薩少将へ改年の慶事を祝い、御太刀一腰と馬代三百疋を進覧した。『三百疋』は馬三百頭ではなく、馬代として贈った金銭額である。
AN001001 鷹・大鷹;御鷹二連(旧記雑録 後編3 / 後編3-No.1048)
島津義弘は、徳川家康から大鷹を拝領する可能性に備えて鷹師を上方へ送るよう求め、鷹二連の船中輸送を調整した。
AN001002 鷹・御鷹(旧記雑録 後編3 / 後編3-No.1072)
島津義弘は、徳川家康から忠恒へ拝領される鷹について、忠恒の上洛まで義弘のもとに置くか、鷹師を上らせるか返答を求めた。
AN001003 鷹・拝領之鷹(旧記雑録 後編3 / 後編3-No.1078)
島津義弘は、徳川家康から忠恒へ拝領された鷹の気相が悪いように見えるため、十分に養生していると報告した。
AN001004 鷹・余鷹;御鷹(旧記雑録 後編3 / 後編3-No.1093)
島津義弘は、余鷹が病んでいて直ちに国元へ下すのは難しいため、当地で夏飼いしてから渡す案と、忠恒側の鷹師を上らせて飼わせる案を示した。
AN001005 馬・御当家之馬之乗様;可被得御意(旧記雑録 後編3 / 後編3-No.1093)
維新は少将殿への書状で、鷹師や鷹の扱いに関する指示に続き、『御当家之馬之乗様』について、この機会に龍伯へ意見を求め、油断しないよう命じた。個体馬の記事ではないが、家中の乗馬法を伝授・確認する実質的な馬術記事である。
AN001006 馬・春山野之馬追;馬追仕候(旧記雑録 後編3 / 後編3-No.1094)
龍伯は又八郎への書状で、歌・絵草紙・能道具などの用件に続き、『今日春山野之馬追仕候』と、書状当日に春山野で馬追を実施したことを伝えた。参加者、馬の頭数、具体的な目的は記されない。
AN001008 鷹・鷹;大鷹(旧記雑録 後編3 / 後編3-No.1100)
島津義弘は、島津忠恒が多数の鷹を所持し、義弘へ預けるための見事な大鷹を取り置いたとの知らせを喜び、早く見たいと伝えた。
AN001009 馬・鹿毛之馬(旧記雑録 後編3 / 後編3-No.1107)
鹿毛の馬を父馬に入れる方針を伝え、翌春まで受取先に置いて乗るよう指示する。龍伯に会った場合は、この方針を伝えるよう求める。
AN001013 馬・御出馬(旧記雑録 後編3 / 後編3-No.1142)
上方の騒乱を述べる書状には、景勝成敗のため東国へ御出馬したとする記述がある。
AN001015 馬・馬・馬乘・千騎(旧記雑録 後編3 / 後編3-No.1148)
戦況と大垣への移動を述べる書状には、馬を引き立てることや、馬に乗り入れることが記される。
AN001016 鷹・内府公より貴所へ預候之鷹(旧記雑録 後編3 / 後編3-No.1157)
内府公から少将殿へ預けられた鷹について、陣立てによる混乱と山路市兵衛尉の往来に関連する対応を述べる。
AN001017 馬・馬(旧記雑録 後編3 / 後編3-No.1176)
退却の叙述は、柏田源藤が鉄炮を撃ち、鉄丸が大将に当たって馬から落ちたと記す。
AN001020 馬・御出馬(旧記雑録 後編3 / 後編3-No.1256)
書状は江戸中納言の近日の御出馬見込みを伝え、出馬以前に使者を出すよう求める。
AN001023 馬・御出馬(旧記雑録 後編3 / 後編3-No.1294)
庄内の戦功を述べる文書には、上樣の御出馬への言及があり、忠賞として山田の内三百石を宛て行う旨を記す。
AN001025 馬・乗馬衆;指物本;鉄砲衆;小指物の本;道中備(旧記雑録 後編3 / 後編3-No.1304)
山田晏斎覚書は、慶長五年九月十一日の大垣出立と同十三日の到着を述べ、幟の見本、乗馬衆用の指物見本、鉄砲衆用の小指物見本を大垣に置き、国元から来る人数にも同様の道具を整えて道中備で参るよう求めたことを記す。『乗馬衆』は実際の騎乗場面ではないが、軍勢中の騎乗部門を示す実質的な編成語である。
AN001026 馬・馬乗二騎(旧記雑録 後編3 / 後編3-No.1313)
近辺を馬乗二騎が通ったと報じ、敵ではないかと疑った人々の言葉を記す。
AN001027 馬・馬(旧記雑録 後編3 / 後編3-No.1315)
敵味方が入り乱れる場面を述べる記録には、馬を掛けることと行動上の注意が記される。
AN001028 馬・馬引寄;人々乗候而追掛;馬ハ通不申;馬之通申道;馬乗壱人;馬乗何千騎共数不知(旧記雑録 後編3 / 後編3-No.1318)
源兵衛殿と野村弥次郎殿が敵の普請場を偵察して鉄砲を撃つと、敵方の人々が馬を引き寄せて乗り、二人を追撃した。二人が来た近道は馬が通れなかったため、敵は馬の通る道を進み、中途で交戦した。後段では、堤上に馬乗一人が現れて合図し、その後に何千騎とも数えられない馬乗が出て川を渡った。
AN001029 馬・栗毛之馬(旧記雑録 後編3 / 後編3-No.1322)
黒具足の武者が栗毛の馬に乗って駆け向かい、馬を早めたと記される。別に人馬が渡れるとの伝達もある。
AN001030 馬・乗馬衆;竹御差せ被召置候所を渡;供衆乗馬壱人茂付不申候(旧記雑録 後編3 / 後編3-No.1323)
関ヶ原退却時、人々を乗せた船が沈む混乱のなか、乗馬衆は、惟新様が前日に見分して竹を差しておかせた場所を渡河した。後段では、石田治部殿が一人で見舞いに来て、供の乗馬を一人も伴わなかったことを記す。
AN001032 馬・御馬上・馬・御馬・馬之尾房・御馬印(旧記雑録 後編3 / 後編3-No.1329)
合戦記録には馬上で鉄炮を持つこと、馬を懸け入れること、馬の尾房を取って引き留めることが記される。御馬印という用具の記述もある。
AN001034 馬・御馬の印;打捨;馬乗の敵;騎共不知(旧記雑録 後編3 / 後編3-No.1332)
九月十五日の日出からの関ヶ原合戦を述べる。惟新方は敵中を突破する過程で『御馬の印』を捨てて東へ進んだ。前方には騎数の分からない多数の『馬乗の敵』がいたが、惟新方は切り通って進んだ。
AN001035 馬・馬かけ・馬へ乘出(旧記雑録 後編3 / 後編3-No.1333)
合戦記録には「馬かけて」と「馬へ乘出」という表現がある。
AN001037 馬・騎馬武者・二三騎・御馬・馬印・千騎(旧記雑録 後編3 / 後編3-No.1340)
合戦・退却の記録は、騎馬武者や武者二三騎の射落、馬印、殿様が馬を掛け走ることを記す。
AN001040 狐・白狐(旧記雑録 後編3 / 後編3-No.1346)
平山九郎左衛門の申状は、白狐二疋が陣前の池を渡って敵勢へ向かい、草原を戻ったため、合戦の吉凶を尋ねたと記す。
AN001041 馬・御馬の鞍;矢野主膳被乗候馬;鞍ニ敷替;御馬ニ召(旧記雑録 後編3 / 後編3-No.1352)
駒野で惟新様は身支度を整え、自身の御馬の鞍を、矢野主膳が乗っていた馬へ敷き替え、その馬に乗って山田舎の道を夜中に進んだ。道中は伊勢平左衛門殿が主将役として先行し、その後、住吉までは昼夜を通して進んだ。
AN001042 馬・為御案内;馬乗一人;壱夜被相付(旧記雑録 後編3 / 後編3-No.1353)
長束殿から案内のために馬乗一人が派遣され、その騎乗案内人が一夜にわたり付き添った。
AN001043 馬・青毛、「紫」(旧記雑録 後編3 / 後編3-No.1363)
青毛の御馬を「紫」と呼び、堺の住吉大明神へ上げたと記される。
AN001044 狐・狐(旧記雑録 後編3 / 後編3-No.1372)
帖佐宗辰は、萩の中から現れて南へ進む狐を、帰国の道を示す源氏の氏神の霊験と受け止めた。
AN001045 鳩・鳩(旧記雑録 後編3 / 後編3-No.1372)
帖佐宗辰は、畑から立って南へ飛ぶ鳩を、帰国の道を示す源氏の氏神の霊験と受け止めた。
AN001046 馬・馬之爪打(旧記雑録 後編3 / 後編3-No.1376)
文右衛門が使者を介して惟新へ「馬之爪打弐ツ」を進上したと記される。後段には、そのうち一つを送る旨の記述がある。
AN001047 鷹・御鷹二連(旧記雑録 後編3 / 後編3-No.1382)
家康の大坂下向を記す記事は、十二月九日の御鷹二連・御馬一疋・銀子千枚と、本丸での饗応を列記する。
AN001048 馬・御馬壹疋(旧記雑録 後編3 / 後編3-No.1382)
家康の大坂下向を記す記事は、十二月九日の御馬一疋を、御鷹二連・銀子千枚とともに列記する。
AN001049 馬・中務殿被為乗候馬と覚敷馬;はなれ来り候;鞍つぼ;一本杉の御馬印(旧記雑録 後編3 / 後編3-No.1385)
『或説』として、山田弥九郎と赤崎丹後が十五日の合戦で敵中を切り抜けた際、中務殿が乗っていたと思われる放れ馬を見つけた逸話を記す。二人は鞍壺に大量の血が流れているのを見て中務殿の戦死を推測したが、敵中に一本杉の御馬印を認めて惟新様の無事を知り、再び敵を切り抜けて追い付いた。
AN001050 馬・馬(旧記雑録 後編3 / 後編3-No.1388)
回想には、妹を馬に乗せた移動、馬が人を突き倒したことと、馬を弐拾五匁で売った記述がある。
AN001051 馬・馬(旧記雑録 後編3 / 後編3-No.1391)
迎えの乗物をめぐるやり取りの後、母には公儀から馬が下されたと述べる。
AN001052 馬・馬(旧記雑録 後編3 / 後編3-No.1397)
貴嶋柳右衛門の回想は、郷右衛門が馬上で手綱を持ち、馬を駆けて関東勢へ乗り入れたと記す。
AN001053 馬・御馬印(旧記雑録 後編3 / 後編3-No.1400)
由来書は祖父大蔵に言及し、御馬印を記す。
AN001056 馬・御馬・御馬之上・御馬印(旧記雑録 後編3 / 後編3-No.1406)
記録には、又八郎が馬を掛け馬上から射ること、義弘が馬上から腰物を抜くことが記される。馬印を敵から取り返した叙述もある。
AN001057 馬・御馬青毛・柴(旧記雑録 後編3 / 後編3-No.1408)
覚書末尾は青毛の馬を「柴」と呼び、堺の住吉大明神へ上げたと記す。
AN001059 犬・鳥犬;犬;男犬(旧記雑録 後編3 / 後編3-No.1553)
近衛龍山は四位少将殿へ、前年夏頃に相手からもらったとみられる鳥犬を今も秘蔵し、雄犬は稀少であると述べた。別に龍伯からもらった犬は中能で、子ができ、重宝していると伝えた。
AN001060 鷹・鷹(旧記雑録 後編3 / 後編3-No.1553)
慶長六年九月五日、近衛龍山は四位少将殿へ、宛先が馬・鷹を好むと聞き、もっともなことだと述べた。
AN001061 馬・馬(旧記雑録 後編3 / 後編3-No.1553)
慶長六年九月五日、近衛龍山は四位少将殿へ、宛先が馬・鷹を好むと聞き、もっともなことだと述べた。
AN001063 鷹・御鷹野(旧記雑録 後編3 / 後編3-No.1578)
慶長六年十一月二十六日、山口直友は、内府が前年五月五日に江戸へ着いて以後、日々鷹狩をして機嫌よく過ごしているとの伝聞を伝えた。
AN001064 馬・切付力皮;障泥三通;被懸御意(旧記雑録 後編3 / 後編3-No.1581)
惟新が寺澤志摩守へ出した返書で、使札とともに寄せられた『切付力皮・障泥三通』への謝意を述べる。生体馬ではなく、乗馬に用いる馬具の贈答・受領記事である。
AN001066 鷹・鷹;弟鷹;兄鷹(旧記雑録 後編3 / 後編3-No.1583)
近衛前久は、弟鷹・兄鷹・鶴など十居ほどを所持する一方、若鷹が一居もないことなど、鷹の保有と手配について述べた。
AN001067 馬・牧之駒;二歳之駒;馬(旧記雑録 後編3 / 後編3-No.1583)
近衛前久は、牧の駒が千疋ほどになったとの報告に触れ、多数であると述べ、狼害、二歳馬の体格・選別、調教などについて応答した。自身が分限を超えるほど馬を所持することにも別に言及する。
AN001068 猫・猫(旧記雑録 後編3 / 後編3-No.1594)
島津龍伯は倉光主水佑に猫六疋を送り、猫と「ゑふくろ」の最終的な進上先は相手の判断に委ねた。
AN001069 馬・川原毛之馬;只今ひかせ進之候;手に合候;御用に立候;御馬追;当所人数(旧記雑録 後編3 / 後編3-No.1617)
惟新は少将殿の求めに応じ、川原毛の馬をただちに引かせて送り、相手の手に合って御用に立てば本望だと述べた。あわせて、当地では法花千部の最中であるため、少将殿方の御馬追へ当地の人数を例年どおり出すことはできないが、おおよその人員は手配すると返答した。
AN001070 馬・御馬・鞍置馬(旧記雑録 後編3 / 後編3-No.1620)
御引物の一覧には御馬二疋と鞍置馬壱疋が別項として記される。後段には御一家中・御老中・国々から馬・太刀を下されたとある。
AN001071 馬・御太刀一腰;御馬一疋;硫黄千斤;砂糖一桶;御進上;披露仕候(旧記雑録 後編3 / 後編3-No.1625)
山口勘兵衛直友が薩州少将側へ宛てた書状の追而書で、御太刀一腰、御馬一疋、硫黄千斤、砂糖一桶を進上し、披露を済ませたため安心するよう報告した。本文では同名図書頭や本多上野介を介した取次、内府様の関東下向予定、龍伯の上洛を急ぐ必要も述べる。
AN001073 馬・為年頭之祝儀;太刀一腰;馬一疋;到来;喜悦候也(旧記雑録 後編3 / 後編3-No.1636)
家康は薩摩少将への朱印状で、年頭の祝儀として太刀一腰と馬一疋が到来し、喜悦したと返答した。薩摩少将から家康への贈答と、受領側の返書である。
AN001077 馬・馬を乗易へ;人違(旧記雑録 後編3 / 後編3-No.1685)
伊集院忠真が狩りから戻るところを押川則義が待ち伏せた際、忠真は平田新四郎と馬を乗り換えて通行した。このため案内者が人物を誤り、則義は平田を忠真と誤認して鉄砲で射殺し、人違いと知って自殺したという記事である。
AN001079 馬・馬;駒;駁毛;駒黒駁(旧記雑録 後編3 / 後編3-No.1703)
書状は、駁毛が福山の駒黒駁を指すのか別の牧の駁かを問い、誰に受け取らせるかを確かめる。当地には今は駒に乗る者がいないとも述べる。
AN001081 鷹・鷹野(旧記雑録 後編3 / 後編3-No.1741)
慶長七年十一月十一日、本多正純は、内府が鷹狩のため武州忍へ赴いていることを島津家久へ伝えた。
AN001082 鷹・俊鷹(旧記雑録 後編3 / 後編3-No.1758)
徳川家康は伏見城で島津忠恒に良馬二匹と俊鷹二連を与えた。
AN001083 馬・良馬(旧記雑録 後編3 / 後編3-No.1758)
徳川家康は伏見城で島津忠恒に良馬二匹を与えた。
AN001084 馬・馬(旧記雑録 後編3 / 後編3-No.1766)
馬を預ける意向に触れる書状は、馬を立て人を乗せて見せたことと、その馬を所望する相談を記す。
AN001086 馬・川原毛ふちの馬(旧記雑録 後編3 / 後編3-No.1776)
帰途の迎えについて、「川原毛ふちの馬」を近辺で用意する旨を述べる。
AN001087 牛・牛車(旧記雑録 後編3 / 後編3-No.1789)
将軍宣下の記事は、家康が征夷大将軍となり「牛車兵杖」を賜ったと記す。
AN001088 鷹・大鷹(旧記雑録 後編3 / 後編3-No.1797)
山口勘兵衛尉は、前年に大坂で内府から大鷹を下されたことに触れ、その礼などを申し上げるため使者を遣わした。
AN001089 牛・牛車(旧記雑録 後編3 / 後編3-No.1801)
家久譜の記事は、家康が「駕牛車參内」したと記す。
AN001090 馬・御祝儀;御太刀一腰;御馬一疋;被懸御意(旧記雑録 後編3 / 後編3-No.1803)
惟新が少将殿へ宛て、今年の祝儀として太刀一腰と馬一疋を贈られたことに謝意を述べた書状である。授受方向は少将殿から惟新へ、惟新は受領者・返書差出人である。
AN001091 馬・為年頭祝儀;太刀一腰;馬一疋;銀子十枚;りんす五巻;到来;墨印(旧記雑録 後編3 / 後編3-No.1808)
黒印状の発給者が龍伯へ、年頭祝儀として太刀一腰・馬一疋・銀子十枚・りんす五巻が到来し、喜悦したと返答した。授受方向は龍伯から黒印状発給者へである。
AN001092 馬・太刀一腰;馬一疋;到来;本多佐渡守;墨印(旧記雑録 後編3 / 後編3-No.1811)
黒印状の発給者が島津修理大夫入道へ、陽春の嘉兆として太刀一腰と馬一疋が到来したことに謝意を示し、詳細は本多佐渡守が述べると返答した。授受方向は島津修理大夫入道から黒印状発給者へである。
AN001094 牛・水牛角(旧記雑録 後編3 / 後編3-No.1831)
品目一覧に「水牛角廿五本」がある。
AN001095 馬・山馬之皮(旧記雑録 後編3 / 後編3-No.1843)
注文は「山馬之皮三百廿九枚」を品目として記す。
AN001096 牛・水牛の角(旧記雑録 後編3 / 後編3-No.1843)
注文は水牛の角百六拾本を掲げ、それを含む五種の品目を鹿児嶋・帖佐へ半分ずつ配分するよう指示する。
AN001097 虎・虎皮八枚(旧記雑録 後編3 / 後編3-No.1843)
伊勢貞成の注文は虎皮八枚をはじめ複数の皮革・物資の数量を列記し、鹿児島と帖佐への配分を命じる。
AN001098 馬・御當家弓馬之儀;稽古;當世早道乗之儀;上意ならてハ乗申間敷候;馬上之儀;子孫一人ニ相傳;御免奉希候(旧記雑録 後編3 / 後編3-No.1851)
河上十郎久慶が相良勘解由左衛門尉へ提出した起請文で、御当家の弓馬について意を受けて稽古を怠らないこと、当世の早道乗は上意なしに乗らないこと、仰せ聞かされた条々を他言しないことを誓う。さらに、馬上の儀は先祖以来家に預け置かれたとして、子孫一人への相伝の許可を願っている。