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外伝:島津動物図鑑の目録
人物事典の外伝として作成中の動物図鑑です。史料中の動物の記述を、確認範囲と留保を添えて先行公開しています。
全1,846件中 301~400件・4 / 19ページ
AN000602 馬・馬一疋代;進入候(旧記雑録 後編1 / 後編1-No.1341)
純玄が伊地知伯耆守に、太刀一腰と馬一疋代を祝儀として進める。
AN000603 馬・馬一疋;進之候(旧記雑録 後編1 / 後編1-No.1347)
肥州表の防戦状況を述べ、島津義久が甲斐民部入道に馬一疋を進める。
AN000606 馬・馬一疋;鹿毛;進之候(旧記雑録 後編1 / 後編1-No.1353)
島津義久が合志殿に、祝儀として太刀一腰と鹿毛の馬一疋を進める。
AN000607 馬・馬壱疋;川原毛;進之候(旧記雑録 後編1 / 後編1-No.1354)
島津義久が甲斐民部入道に、祝儀として太刀一腰と川原毛の馬壱疋を進める。
AN000610 馬・馬;早馬(旧記雑録 後編1 / 後編1-No.1360)
近衛前久は、家康の分国には馬がいるとして、早馬または相手の好みに応じた馬を調達できる旨を述べ、後便で希望を知らせるよう求める。調達・受領の完了記事ではない。
AN000612 馬・騎(千五百余騎・三千余騎)(旧記雑録 後編1 / 後編1-No.1366)
島津世録は肥前島原へ赴く軍勢を千五百余騎、有馬軍との合流後を三千余騎と記す。
AN000613 馬・馬(追加所見:青鷺・猪・鹿・鶴・鮑・鷹・牛黃圓・眞珠・鳥目)(旧記雑録 後編1 / 後編1-No.1367)
上井覚兼日記の三月六日条には、太刀・馬・弓などの進上が記される。
AN000617 馬・馬(追加所見:魚・牛黃圓)(旧記雑録 後編1 / 後編1-No.1373)
六月十四日条の盗人への対応を論じる箇所には、妻子・馬などと領主の格護への言及がある。
AN000620 馬・騎/人馬/馬勢(旧記雑録 後編1 / 後編1-No.1384)
勝部兵右衛門聞書には、島原方面の戦闘について千騎許・百騎許・廿騎計などの軍勢表現と人馬の叙述がある。
AN000622 馬・御馬/馬/騎(追加所見:上竜・下竜)(旧記雑録 後編1 / 後編1-No.1387)
長谷場越前自記は、家久父子が馬を駆け入らせる戦闘の様子と、敗走時に人と馬が重なる様子を記す。
AN000623 馬・騎(三千余騎)(旧記雑録 後編1 / 後編1-No.1388)
日向記は、家久らを大将・副将とする三千余騎が島原方面へ渡る軍事行動を記す。
AN000625 馬・騎(百余騎・三千余騎・四百余騎)(旧記雑録 後編1 / 後編1-No.1390)
島原方面の軍勢を百余騎・三千余騎などと述べ、四百余騎を討ち取ったと記す覚書。
AN000626 馬・飛行白馬(祈願文中の比喩)(旧記雑録 後編1 / 後編1-No.1392)
願文には「乘飛行白馬」とあり、白馬の像を用いた仏教的祈願の修辞が記される。
AN000627 馬・騎(三千余騎・六万余騎)(旧記雑録 後編1 / 後編1-No.1393)
島津義久譜は、島原の合戦について薩摩・有馬側の総計三千余騎と、隆信側の六万余騎などを記す。
AN000631 馬・騎(一千五百余騎)(旧記雑録 後編1 / 後編1-No.1397)
家久譜は、家久らが一千五百余騎で肥前方面へ着船し、有馬側と合流して戦う経過を記す。
AN000634 馬・萬騎(旧記雑録 後編1 / 後編1-No.1408)
樺山紹剣自記は、島原方面の戦闘を述べ、龍造寺側の勢を「なん萬騎と可云樣なく」と表す。
AN000635 馬・數千騎(旧記雑録 後編1 / 後編1-No.1409)
上井覚兼日記の確認箇所には、隆信を始め数千騎の敵を討ち取ったという記述がある。
AN000636 馬・送之馬;馬追;馬上;駒一疋(旧記雑録 後編1 / 後編1-No.1410)
上井覚兼の日記。馬の送付・帰還、崎野での馬追の準備と実施、馬上と徒歩での参加、駒一疋の捕獲、翌日の駒への乗用を日次で記す。
AN000641 馬・馬・駒(旧記雑録 後編1 / 後編1-No.1422)
上井覚兼日記の十五日条には、駒に乗ることと馬を洗うことが記される。
AN000642 馬・馬(旧記雑録 後編1 / 後編1-No.1424)
天正十二年六月十九日条と同月二十一日条に、太刀などとともに馬を贈る記事がある。
AN000643 馬・馬(旧記雑録 後編1 / 後編1-No.1426)
義久譜は、宇都氏が帰陣祝いの使者と書状を寄せ、太刀と馬を贈ったと記す。
AN000644 馬・馬一疋・馬(旧記雑録 後編1 / 後編1-No.1427)
上井覚兼日記の確認箇所には、御太刀・馬一疋を遣わす記述と、続く使節・談合記事に馬・太刀への言及がある。
AN000645 馬・御馬(旧記雑録 後編1 / 後編1-No.1431)
古今集伝授等に関する書状への返答で、祝詞の太刀・馬などを受けたことに言及する。
AN000646 馬・數萬方之甲兵・萬(軍勢用例)(旧記雑録 後編1 / 後編1-No.1446)
図書頭忠長譜の合戦記事には「騎歩」という軍勢の表現がある。
AN000647 馬・馬介一懸(旧記雑録 後編1 / 後編1-No.1448)
追而書で、馬介一懸を太守へ進献させる旨を記す。
AN000649 馬・馬一疋(旧記雑録 後編1 / 後編1-No.1460)
交渉に関する書状で、太刀一腰と馬一疋を進上すると記す。
AN000650 犬・南蛮犬(旧記雑録 後編1 / 後編1-No.1463)
上井覚兼の日記は、有馬からもたらされた南蛮犬が上覧されたことを記す。水鳥などの贈答・饗応が続く日記記事の一部である。
AN000651 馬・鏑流馬〈原表記〉(旧記雑録 後編1 / 後編1-No.1463)
上井覚兼日記の祭礼記事には「鏑流馬見物申候」と記される。
AN000652 馬・馬(旧記雑録 後編1 / 後編1-No.1465)
天正十二年十一月四日条と十二月八日条に、諸氏の使者が太刀・甲冑などとともに馬を贈った記事がある。
AN000654 鷹・鷹狩・鷹師・鷹(旧記雑録 後編1 / 後編1-No.1468)
上井覚兼日記は十二月の記事中に鷹狩への出立、鷹師との交渉、鷹の預け置き・返却など複数の鷹関連記事を記す。
AN000655 馬・馬一疋(旧記雑録 後編2 / 後編2-No.5)
龍造寺をめぐる連絡への返礼として馬一疋を牽いて進める。
AN000656 馬・馬一疋(旧記雑録 後編2 / 後編2-No.8)
元服の儀に関する使節への返礼として、馬一疋を進める。
AN000657 馬・馬之くすり(旧記雑録 後編2 / 後編2-No.11)
忠棟書状には「馬之くすり」を求める記述がある。
AN000658 馬・太刀・馬(旧記雑録 後編2 / 後編2-No.12)
上使が私宅に着いた際、吉田美作守が元政から受けた太刀と馬を披露した。
AN000659 馬・馬一疋・馬〈毛 川原〉(旧記雑録 後編2 / 後編2-No.13)
贈物に馬一疋を記す条があり、別の条にも馬の献上と、左衛門大夫へ馬を与える記述がある。
AN000660 馬・御馬一疋,馬一疋(旧記雑録 後編2 / 後編2-No.16)
天正十三年二月十八日条に柳澤殿から太刀一腰・馬一疋が贈られ、十九日条にも太刀・馬一疋・鎧・酒の持参が記される。
AN000662 馬・馬一疋月毛(旧記雑録 後編2 / 後編2-No.22)
島津義久が賀恵九郎の元服を喜び、祝儀として月毛の馬一疋と「一文字」を贈る。
AN000664 馬・馬(旧記雑録 後編2 / 後編2-No.35)
義久から宇久大和守への書状は、使書・太刀・馬などの到来に謝意を述べる。
AN000665 鷹・鷹(旧記雑録 後編2 / 後編2-No.40)
天正十三年五月二日、帰京する上使柳沢新右衛門尉に黄金百両・馬三疋・鷹一連を贈ったことを義久譜が記す。
AN000666 馬・馬(旧記雑録 後編2 / 後編2-No.40)
天正十三年五月二日、帰京する上使柳沢新右衛門尉に黄金百両・馬三疋・鷹一連を贈ったことを義久譜が記す。
AN000667 馬・馬追・駒・乗馬(旧記雑録 後編2 / 後編2-No.53)
上井覚兼日記の六月廿二日条には、馬追に出て駒二疋を取ったと記される。別の条には馬追の延期と、祭礼への乗馬供奉についての記述もある。
AN000670 馬・馬(旧記雑録 後編2 / 後編2-No.62)
小代下總守の使者が勝利を祝い、太刀・馬を持参したと記される。
AN000673 馬・御出馬(旧記雑録 後編2 / 後編2-No.71)
長谷場越前自記には、打手の大将軍である兵庫頭義弘が御出馬したと記される。
AN000675 馬・馬を放ツ,駒一物(旧記雑録 後編2 / 後編2-No.78)
花山城内に馬を放ち、駒に鞭を打って花山へ駆け、戦闘・突破に用いたことを回想する。
AN000678 馬・馬(旧記雑録 後編2 / 後編2-No.88)
阿蘇氏の使者が書状と太刀・馬を持参した記事は、書に裏付がないため執事らが受けなかったと記す。
AN000687 馬・御出馬(旧記雑録 後編2 / 後編2-No.151)
長谷場越前自記は、義久が国元を御出馬し、肥後八代に在陣した経過を記す。
AN000696 馬・御馬廻衆(旧記雑録 後編2 / 後編2-No.233)
九州動座に伴う人員・支給一覧で、御馬廻衆を独立した編成として掲げ、末尾にその人数を合計へ入れない旨を注記する。
AN000698 馬・馬(旧記雑録 後編2 / 後編2-No.245)
軍事経過の叙述には、馬を乗り捨てて退くことと、新納武州が乗っていた馬を引き返すことが記される。
AN000699 馬・人馬(旧記雑録 後編2 / 後編2-No.266)
川内泰平寺の大門口の川に船をつないで舟橋を架け、人馬が日夜往来したと記される。
AN000700 馬・御馬壱疋(旧記雑録 後編2 / 後編2-No.284)
防戦への助力を求める書状で、太刀一腰と馬一疋を進上する。
AN000707 馬・馬代;馬(旧記雑録 後編2 / 後編2-No.354)
六月二十日は義久が税所新介を隈本へ使者として遣わし、佐佐陸奥守へ太刀・馬代を贈った。二十三日は細川越中守と松井新介が義久の到着をそれぞれ太刀・馬で祝い、義久は比志島宮内少輔を礼使として、両名へ太刀・馬および沈香を返礼した。二十九日は下関で義久側が増田氏へ太刀・馬代(白銀三十両)を進上し、同城守土の宮…
AN000708 犬・唐犬(旧記雑録 後編2 / 後編2-No.356)
桑山重晴・福智長通は上井覚兼への書状の追而書で、白い唐犬の件に触れている。
AN000709 馬・馬(旧記雑録 後編2 / 後編2-No.363)
遠路からの使札と太刀一腰・馬の厚意に謝し、当主不在中の事情を伝える返書。
AN000710 馬・馬(同文参照先No.363)(旧記雑録 後編2 / 後編2-No.364)
同文として本文が省略された書状の参照先No.363には、太刀二腰と馬を贈られたことへの礼が記される。
AN000712 犬・白唐犬(旧記雑録 後編2 / 後編2-No.367)
福智長通は、豊臣秀長が白唐犬と白野牛を所望していると伝え、入手できれば佐土原へ届けるよう求めた。
AN000714 牛・白野牛(旧記雑録 後編2 / 後編2-No.367)
福智長通は、豊臣秀長が白唐犬と白野牛を所望していると伝え、入手できれば佐土原へ届けるよう求めた。
AN000715 馬・青毛(旧記雑録 後編2 / 後編2-No.371)
島津義弘が、切加部・坂梨での軍功を賞し、伊集院肥前守へ青毛の馬一疋を与えた。
AN000716 馬・馬;鹿兒嶋寄之頓分(旧記雑録 後編2 / 後編2-No.375)
吉田清在は、新田祭礼で例年どおり太刀・馬を奉拝した一方、七歳で置いた馬が九歳となり、戦乱中に鹿児島から移して飼ったため傷み、次回の祭礼馬をどうするか判断を求めた。
AN000719 馬・馬;乗馬;馬具(旧記雑録 後編2 / 後編2-No.395)
島津龍伯の書状は、馬の評価や利用意向、武庫御前への披露に言及する。
AN000720 馬・弓馬の家(旧記雑録 後編2 / 後編2-No.398)
和歌の前書は、左典厩久虎が「弓馬の家」に生まれ、その道に執心したと述べる。
AN000724 馬・御馬一疋(旧記雑録 後編2 / 後編2-No.435)
書状への返答で、太刀一腰と馬一疋を贈られた厚意に謝意を示す。
AN000725 鷹・日州巣鷹(旧記雑録 後編2 / 後編2-No.441)
関白朱印により、日向の巣鷹を島津義弘が受け取るよう命じられ、その旨に従って山内の件を処置したとする書状案。
AN000727 馬・馬一疋,月毛,片髪(旧記雑録 後編2 / 後編2-No.456)
上洛中の安全を祈念する願書で、月毛・片髪と脇注された馬一疋を奉拝進する。
AN000728 馬・馬一疋,月毛,片髪(旧記雑録 後編2 / 後編2-No.457)
光明院宛の願書で、月毛・片髪と脇注された馬一疋を奉拝進する。
AN000731 馬・御拝進之馬,此馬一疋之御馬,川原毛,片輪車(旧記雑録 後編2 / 後編2-No.468)
先便で申し入れた奉納馬を吉日に差し遣わし、当該馬について祈念を遅滞なく行うよう依頼する。
AN000733 馬・馬代(旧記雑録 後編2 / 後編2-No.510)
天正十六年九月十九日条に、返礼として太刀と馬代を遣わしたことを記す。
AN000735 鷹・御鷹為可被遣(旧記雑録 後編2 / 後編2-No.520)
豊臣秀吉は九州領内で鶴・白鳥・雁・鴨などを鉄砲で撃つことを禁じ、必要な鳥は猟師に捕らえさせて進上させ、近所へ鳥を集めるよう命じた。
AN000736 鷹・私鷹為可被遣(旧記雑録 後編2 / 後編2-No.523)
山中長俊は島津義弘に、分領内で鶴・白鳥・雁・鴨などを鉄砲で撃たせず、鳥を集めて進上させるよう、秀吉朱印の趣旨を伝えた。
AN000737 鷹・御鷹場(旧記雑録 後編2 / 後編2-No.526)
豊臣秀吉が大隅・薩摩両国で鶴・白鳥・雁・鴨などを鉄砲で撃つことを禁じ、猟師に捕らえさせて進上し、御鷹場に鳥を集めるよう命じた。
AN000744 鷹・御鷹狩(旧記雑録 後編2 / 後編2-No.565)
樺山紹剣は京都滞在時を回想し、太閤の鷹狩で人々が裸足で野山を駆け歩いたことを記す。
AN000745 鷹・御鷹野(旧記雑録 後編2 / 後編2-No.566)
島津義弘は伊地知伯耆入道へ、関白の外出に続き翌日も御鷹野と聞いたことなど、京都での見聞を伝えた。
AN000749 馬・乗馬,五三人(旧記雑録 後編2 / 後編2-No.587)
上洛後の供奉規模を論じる中で、乗馬者を三、五人ほど伴うだけでは島津と名乗って出る体裁にならないと述べる。
AN000750 鷹・御鷹場(旧記雑録 後編2 / 後編2-No.612)
秀吉が薩摩・大隅で鶴・白鳥・雁・鴨等を捕らえて進上させ、御鷹場では他者に鳥を捕らせず、鳥が集まるよう管理することを命じる。鷹そのものの進上記事ではない。
AN000751 馬・御馬(旧記雑録 後編2 / 後編2-No.625)
来春の上洛予定を述べる書状には、東国へ出ることと「御馬候」、御供して出陣する旨が記される。
AN000752 馬・御馬;名馬(旧記雑録 後編2 / 後編2-No.629)
帖佐彦左衛門の日記は、小田原征伐へ向かう島津久保軍について、渡河用具や兵糧とともに軍馬を準備し、身分に応じて割り当て、不足時には先陣の馬を回す方針を記す。
AN000753 馬・拾五騎,歩卒(旧記雑録 後編2 / 後編2-No.633)
久保又一郎が京都から東国へ赴いた行列を、十五騎と歩卒以下四百五十八人に分けて記す。
AN000754 馬・僅拾五騎;三百騎許;騎歩一萬五千人(旧記雑録 後編2 / 後編2-No.634)
参照先No.651は天正十八年の東国出征経過を記し、久保主らの軍勢について十五騎、三百騎ほど、騎歩合計一万五千人などの編成・集結数量を掲げる。
AN000756 馬・馬代(旧記雑録 後編2 / 後編2-No.635)
北郷忠虎譜は、忠虎が年頭の進物として太刀一腰・馬代を豊臣秀吉へ献じ、御朱印を賜ったと記す。
AN000758 馬・馬代銀子三枚(旧記雑録 後編2 / 後編2-No.636)
豊臣秀吉は、北郷忠虎から年頭の祝儀として太刀一腰・馬代銀子三枚が届いたことを喜び、受領したと伝えた。
AN000760 馬・乗馬(旧記雑録 後編2 / 後編2-No.638)
町田久倍・平田歳宗は、乗馬を梅北宮内左衛門尉へ預けて使用させるとの飯野からの命令を伝え、関係者に十分相談して油断なく扱うよう求めた。
AN000761 馬・御馬之別當(旧記雑録 後編2 / 後編2-No.640)
木村主殿祐と親六左衛門が相役として御馬之別当に任じられ、御供を務めたことを記す。
AN000762 馬・乗馬壹匹,七十騎,二十二騎,宿馬,渡馬,替馬,裸馬,三萬騎(旧記雑録 後編2 / 後編2-No.646)
久保の東国下向の行程と軍勢を叙述し、乗馬一匹、隊列の騎数、宿馬・渡馬・替馬・裸馬などを記す。
AN000764 馬・馬代(旧記雑録 後編2 / 後編2-No.677)
八朔の礼詞を述べるため諸門戸を訪ね、大和大納言の門戸などへ太刀と馬代を進上した。
AN000767 鷹・鷹一連(旧記雑録 後編2 / 後編2-No.701)
北郷忠虎は帰国後に鷹一連を豊臣秀吉へ献上し、朱印状を与えられた。
AN000769 鷹・鷹一連(旧記雑録 後編2 / 後編2-No.702)
豊臣秀吉は北郷忠虎から鷹一連が届いたことを喜び、遠路からの厚意をねぎらった。
AN000773 馬・龍蹄(旧記雑録 後編2 / 後編2-No.709)
旅程記事の十二月八日条で、龍山公から「龍蹄」を賜ったと記す。
AN000774 馬・馬武者(旧記雑録 後編2 / 後編2-No.725)
「御唐入仕立之事」に続く箇条には「馬武者出立國ふり之事」と記される。
AN000775 馬・月毛(旧記雑録 後編2 / 後編2-No.730)
祢古重虎から預かった月毛を栗野に置き、内小野寺に命じて、時期をみて父馬として用いる段取りを述べる。
AN000777 馬・御弓馬(武芸・作法を指す語)(旧記雑録 後編2 / 後編2-No.737)
起請文は「御弓馬之儀」の照会に対し、心底を残らず申し述べたと記す。
AN000778 馬・御弓馬(同文参照先No.737)(旧記雑録 後編2 / 後編2-No.742)
同文省略の参照先No.737の起請文には、弓馬の力量をめぐる申し立てが記される。
AN000779 馬・父馬・母駄(旧記雑録 後編2 / 後編2-No.759)
覚書の一条に「出水瀬崎父馬之事」とあり、「母駄給候由、六右申上候御礼之事」と続く。
AN000780 馬・馬具(旧記雑録 後編2 / 後編2-No.779)
朱印状は、武具・馬具などを用意するよう命じる。
AN000781 馬・栗毛(旧記雑録 後編2 / 後編2-No.782)
近衛前久が栗毛一疋を贈る書状。自身は実見していないが、奥から「乗安」「形」「早足」と報告されたため進上すると述べ、友林斎に詳細を伝えさせる。
AN000782 馬・月毛栗野・馬(同文参照先No.730)(旧記雑録 後編2 / 後編2-No.799)
同文省略の参照先No.730には、祢占重虎から預かった月毛の馬の取次と、上方情勢に関する「御出馬」の語が記される。
AN000784 馬・馬乗源兵衛尉(旧記雑録 後編2 / 後編2-No.802)
「覚」の箇条に「馬乗源兵衛尉事」とあり、人物に付された馬乗という役・呼称が記される。
AN000785 馬・唐入馬武者(旧記雑録 後編2 / 後編2-No.816)
唐入りに向けて馬武者以下を一応申し付けたが、遠島への渡海などにより難しい旨を述べる書状。
AN000786 馬・御出馬(旧記雑録 後編2 / 後編2-No.820)
三月の移動計画について、御動座と御出馬の予定を述べ、様子により早舟で着座するよう指示する。
AN000787 馬・騎(旧記雑録 後編2 / 後編2-No.822)
久保公御譜は、出発の際に兵器の準備が整わず、従った者を「僅千五百騎」と記す。
AN000790 馬・御馬之術(旧記雑録 後編2 / 後編2-No.828)
樺山忠征譜は、忠征が朝鮮征伐に従軍して島津義弘に供奉した際、義弘から馬術を伝授され、折々に稽古して粗くその術を得たと記す。
AN000791 馬・御出馬(旧記雑録 後編2 / 後編2-No.839)
長谷場越前自記は、竜伯が御出馬して陣へ参上した旨を記す。