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追録2の目録

暫定版です。原文との照合により、概要や文書の区切り等を修正する場合があります。

全3,207件中 1601~1700件・17 / 33ページ

  1. 追録2-No.1597 島津綱貴書状

    島津綱貴が鬘珠院門跡の坊官衆へ、前年冬の江戸火災・地震に際して私屋敷まで見舞いの使僧を遣わされた厚意に謝意を述べ、門跡への取り次ぎを頼んだ書状。

  2. 追録2-No.1598 島津綱貴書状

    島津綱貴が照高院門跡の坊官衆へ、前年冬の江戸火災・地震に際して私屋敷まで見舞いの使僧を遣わされた厚意に謝意を述べ、門跡への取り次ぎを頼んだ書状。

  3. 追録2-No.1599 進藤長房書状

    進藤長房が鳴津勘解由・喜入安房へ、前年末に当地屋敷へ歳暮祝儀を申し入れた際の中将の書状を前関白が喜んだと伝えた書状。礼だけの用件なので前関白は直書を出さず、進藤から両名へ謝意を伝えるよう命じたとする。

  4. 追録2-No.1600 伊集院久品等琉球在番記事

    伊集院賀左衛門久品が琉球在番奉行に任じられ、二階堂大兵衛・大迫休右衛門・小原助左衛門・竹之内仲右衛門らを伴って琉球へ渡り、諸事を監督した記事。久品らは任期を終え、宝永三年六月二十一日に薩摩へ帰国した。

  5. 追録2-No.1601 阿部正武書状

    阿部正武が島津綱貴へ、将軍が健勝で年始の儀式を無事に終えたことを喜ぶ綱貴の書状をもっともとし、綱貴が使者を通じて献上した樽肴を同僚と相談して首尾よく披露したと伝えた書状。

  6. 追録2-No.1602 柳沢吉保・松平輝貞連署書状

    柳沢吉保・松平輝貞が島津綱貴へ、将軍が健勝で年始の儀式を無事に終えたことを喜ぶ綱貴の書状をもっともとし、使者を通じた樽肴献上の趣旨を了承した連署書状。

  7. 追録2-No.1604 島津綱貴口上覚

    島津綱貴が稲葉丹後守正通へ、領内へ送られた無宿流人六十八人のうち、江戸から大坂までの籠中で十三人が病死し、大坂町奉行から受け取った五十五人のうち船中で八人が病死して、残る四十七人が十二日に領内へ到着したと報告した口上覚。

  8. 追録2-No.1605 島津綱貴口上覚

    島津綱貴が丹羽遠江守長守へ、領内へ送られた無宿流人六十八人のうち、江戸から大坂までの籠中で十三人が病死し、大坂町奉行から受け取った五十五人のうち船中で八人が病死して、残る四十七人が十二日に領内へ到着したと報告した口上覚。

  9. 追録2-No.1606 島津綱貴書状

    島津綱貴が長崎奉行の別所常治・石尾氏信へ、朝鮮船一艘が前月二十七日に領内口永良部島へ漂着・破損し、在番から報告を受けたと通知した書状。朝鮮人を警固して山川へ送り、日和次第で長崎へ送致するとし、詳細は家来から伝える。

  10. 追録2-No.1607 島津綱貴口上覚

    島津綱貴が、口永良部島いきすに漂着・破損した朝鮮船一艘について報告した口上覚。乗員三十七人のほか死者二人がおり、仮小屋と食料を与えて警固し、船で山川まで移送したのち、当地からも警固を付けて長崎へ送るよう奉行へ指示した経緯を記す。

  11. 追録2-No.1608 島津綱貴届書

    島津綱貴が長崎奉行の別所常治・石尾氏信へ、先に報告した口永良部島漂着の朝鮮人を警固役人とともに長崎へ送ったと届け、詳しくは家来から申し上げると伝えた届書。

  12. 追録2-No.1609 麑城本丸復興記事

    元禄九年初夏の火災で焼けた鹿児島城(麑城)について、先に外郭を修復し、その後に対面所・広間を造営した記事。工事が進んだ元禄十七年二月二十五日、島津綱貴が本丸へ移徙したと記す。

  13. 追録2-No.1610 別所常治・石尾氏信連署書状

    長崎奉行の別所常治・石尾氏信が島津綱貴へ、口永良部島に漂着・破損した朝鮮船と、朝鮮人を山川まで警固して送ったとの報告を了承した連署書状。従例どおり警固を添え、漂流民を早々に長崎へ送るよう求めた。

  14. 追録2-No.1611 近衞基熙書状

    近衞基熙が島津綱貴へ、城中の改年祝儀を述べ、綱貴の健勝を祝った書状。太刀一腰・馬一疋と、調合した薫物二香合を贈り、詳しくは使者の口上に託す。

  15. 追録2-No.1612 近衞家熙書状

    近衞家熙が島津綱貴へ、改年の吉兆を喜び、綱貴の健勝を祝った書状。太刀一腰・馬一疋と、調合した薫物二香合を贈ったと伝える。

  16. 追録2-No.1613 近衞家久書状

    近衞家久が島津綱貴へ、年頭の祝詞を送り、綱貴の平安を祝って当地も無事であると伝えた書状。太刀一腰・馬一疋を贈り、詳しくは口上に託す。

  17. 追録2-No.1614 島津綱貴本丸移徙記事

    元禄九年初夏の火災後、鹿児島城(麑城)の櫓門・外郭に続いて対面所・広間を造営し、元禄十七年二月二十五日に吉日を選んで島津綱貴が本丸へ移徙した記事。暁天に綱貴が対面所へ出て、旧規により伊地知・本田両家が移徙の儀式を勤めた。

  18. 追録2-No.1615 島津綱貴書状

    島津綱貴が稲葉丹後守正通へ、歳暮の御内書を頂戴し、家来が時服二領を拝領したことに謝意を述べ、その礼を申し上げた書状。

  19. 追録2-No.1616 柳沢吉保書状

    柳沢吉保が島津綱貴へ、将軍が健勝であることを伝え、前年十二月十八日に将軍が吉保の屋敷へ御成となった件への綱貴の祝意に謝した書状。

  20. 追録2-No.1617 島津綱貴書状

    島津綱貴が長崎奉行の別所常治・石尾氏信へ、南京から来朝した唐船一艘・四十一人が二月二十六日に領内京泊へ漂着・投錨したため、従例どおり番船を置き、警固役を添えて長崎へ送ると通知した書状。詳細は家来に託す。

  21. 追録2-No.1618 島津綱貴口上覚

    島津綱貴が、南京から来朝した唐船一艘・四十一人が二月二十六日に領内京泊へ漂着・投錨したため、従例どおり番船を置き、警固役を添えて長崎へ送ると長崎奉行へ通知した経緯を報告する口上覚。

  22. 追録2-No.1619 島津綱貴口上覚

    島津綱貴が小笠原佐渡守長重へ、南京から来朝した唐船一艘・四十一人が二月二十六日に領内京泊へ漂着・投錨したため、従例どおり番船を置き、警固役を添えて長崎へ送ると報告した口上覚。

  23. 追録2-No.1620 稲葉正通外四名連署書状

    稲葉正通・秋元喬朝・小笠原長重・土屋政直・阿部正武が島津吉貴へ、翌三月朔日の例月御礼は行われないため、江戸城へ登城する必要はないと通知した老中五名の連署書状。

  24. 追録2-No.1621 島津綱貴書状

    島津綱貴が長崎奉行の別所常治・石尾氏信へ、先に通知した領内京泊漂着の南京唐船一艘に警固を添え、長崎へ送ったと伝えた書状。詳細は家来から申し上げさせるとする。

  25. 追録2-No.1622 島津綱貴書状

    島津綱貴が戸田長門守へ、近衞左大臣の叙爵・拝賀の祝儀が首尾よく済んだと聞いて祝詞を述べ、目録記載の品を贈った書状。その旨の取り次ぎを依頼する。

  26. 追録2-No.1623 島津綱貴返書

    島津綱貴が島津淡路守へ、大蔵からの書状で相手の無事を知ったとし、近日当地を発つ旨への祝意に礼を述べた返書。来る六日に出立して九州筋を通り、ほどなく江戸で面会したいと伝える。

  27. 追録2-No.1624 島津綱貴回章

    島津綱貴が諏方大祝へ、恒例の書状と、神前祈祷の「御玉會」および薫二器を贈られたことに謝意を述べる。

  28. 追録2-No.1625 島津綱貴返書

    島津綱貴が松平陸奥守伊達吉村へ、家督相続を命じられた祝儀として旧年十二月に使者を遣わしたところ、その礼状を受けたことに謝意を述べた返書。

  29. 追録2-No.1626 島津綱貴書状

    島津綱貴が別所播磨守常治へ、家来の野村源助を当地の用件を承るため派遣したので、万事適切に指図してほしいと依頼した書状。

  30. 追録2-No.1627 島津綱貴参勤道中記事

    島津綱貴が三度目の参勤のため三月十日に発国し、一族島津久健、家老川上久重、用人野村廣貫・平田純旨・諏方兼秩らを伴った記事。十三日に出水米津で乗船し、十七日に肥前国寺井川へ着き、陸路で十九日に豊前国大里へ到着して再び乗船、二十八日に大坂へ着船した。

  31. 追録2-No.1628 島津綱貴書状

    島津綱貴が小野朝之丞へ、将軍の健勝を喜び、自身が参勤のため当日国元を発って九州筋を通ると知らせた書状。琉球太平布五疋と、ほか一種の品を贈る。

  32. 追録2-No.1629 島津綱貴書状

    島津綱貴が別所播磨守常治へ、将軍の健勝を喜び、自身が参勤のため当日国元を発って九州筋を通ると知らせた書状。琉球太平布十疋を贈る。

  33. 追録2-No.1630 島津綱貴書状

    島津綱貴が石尾阿波守氏信へ、将軍の健勝を喜び、自身が参勤のため当日国元を発って九州筋を通ると知らせた書状。琉球太平布十疋を贈る。

  34. 追録2-No.1631 島津綱貴書状

    島津綱貴が松平修理大夫島津吉貴へ、相手と一門の無事を願い、自身が参勤のため当日鹿児島を出発したと知らせた書状。ほどなく江戸へ参府し、面会したいと伝える。

  35. 追録2-No.1632 宝永改元記事

    元禄十七年三月十三日に元号を宝永へ改めた記事。江戸と薩摩府では改元を知って採用した日に差があり、遠近によって伝達に遅速が生じたと注記する。

  36. 追録2-No.1633 島津綱貴時鐘設置・大乗院覚雲銘記事

    島津綱貴が城下の人々へ早朝と夕刻の時刻を知らせるため、家臣に命じて鐘を鋳造させ、城南の松林に掛けた由来と銘文を収めた記事。銘は鐘声を仏教的な警醒になぞらえ、元禄十七年三月に大乗院第十八世法印覚雲が撰した。

  37. 追録2-No.1634 島津吉貴書状

    島津吉貴が島津綱貴へ、鹿児島城内の作事が完成し、先月二十五日に本丸への移徙を済ませたと聞いて祝意を伝えた書状。別件の使者に祝辞を託し、綱貴の参府を待つと述べる。

  38. 追録2-No.1635 陽和院消息

    陽和院が島津綱貴へ、中途へ使者を遣わしたと聞き、綱貴が国元を無事に発ったことを喜んだ消息。鹿児島城本丸の対面所・広間完成と二月二十五日の移徙を祝い、又八郎への挨拶、各屋敷の無事、参勤後に改めて祝う意向も伝える。

  39. 追録2-No.1636 島津綱貴書状

    島津綱貴が島津吉貴へ、三月十日に鹿児島を出発し、防州室積まで異状なく航行したこと、好天が続くため間もなく大坂へ着船する見込みを報告した書状。歳暮の御内書と使者への時服拝領の礼を述べる軽使も差し越したと伝える。

  40. 追録2-No.1637 島津綱貴回章

    島津綱貴が島津吉貴へ、海上無事に大坂へ着岸し、その祝儀として遣わされた使者と目録記載の贈答品を受けたことに謝した回章。吉貴と一門の無事を喜び、上巳の祝儀として目録記載の品を贈る。

  41. 追録2-No.1638 陽和院消息

    陽和院が薩摩守綱貴へ、又八郎(綱貴三男と注)ともどもの大坂到着を喜び、こちらも皆無事と知らせる。桃の節句の祝儀と、お亀の方(綱貴二女と注)および四女側からの目録記載品に謝し、謝意の伝達を頼む。吉貴の使者が早速到着したことも喜び、旅中多忙として別紙を省く。

  42. 追録2-No.1639 島津綱貴書状

    島津綱貴が進藤筑後守へ、前関白の健勝を喜び、年始の祝詞と太刀一腰・馬一疋・調合した薫物二香合を賜ったことに謝意を述べ、その旨の取り次ぎを頼んだ書状。

  43. 追録2-No.1640 島津綱貴書状

    島津綱貴が今大路兵部大輔へ、左大臣の健勝を喜び、年始の祝詞と太刀一腰・馬一疋・調合した薫物二香合を賜ったことに謝意を述べ、その旨の取り次ぎを頼んだ書状。

  44. 追録2-No.1641 島津綱貴書状

    島津綱貴が進藤刑部大輔へ、大納言の健勝を喜び、年始の祝詞と太刀一腰・馬一疋・香一種を賜ったことに謝意を述べ、その旨の取り次ぎを頼んだ書状。

  45. 追録2-No.1642 島津綱貴書状

    島津綱貴が小野助九郎へ、宮之原甚太夫宛の二月二十五日付書状を大坂で読み、前年冬の類焼後の普請援助と年頭祝儀への礼を承知したと伝えた書状。甚太夫を国元の用事で遣わしたこと、自身が近日江戸へ参府することを知らせ、同姓次郎右衛門への伝言も頼む。

  46. 追録2-No.1643 島津綱貴回答

    綱貴公御譜中(吉貴公御譜中にもあると注)に、先頃城内の作事が完成して移徙も済み、これを祝う芳札を受けて、その丁寧な心遣いを喜んだとする四月三日付の回答を載せる。宛先は松平修理大夫。

  47. 追録2-No.1644 島津綱貴請書

    島津綱貴が老中稲葉丹後守正通へ、諸大名が参勤・暇で往来する際は道中の混雑を避け、荷物を定められた貫目より重くしないよう命じた書付を承知したと答えた請書。

  48. 追録2-No.1645 中城王子尚純書状

    中城王子尚純が島津綱貴へ、前年に鍋三郎の御弘目が行われたと聞いて祝意を述べ、目録記載の品を贈った書状。

  49. 追録2-No.1646 中城王子尚純書状

    中城王子尚純が島津綱貴へ、前年の剛姫誕生を祝って目録記載の品を贈った書状。付記は剛姫を綱貴の末女とし、元禄十六年三月二十七日生まれと記す。

  50. 追録2-No.1647 琉球国司尚貞書状

    琉球国司尚貞が島津吉貴へ、前年に満姫の御弘目が行われたと聞いて祝意を述べ、別録記載の品を贈った書状。

  51. 追録2-No.1648 中城王子尚純書状

    中城王子尚純が島津吉貴へ、前年の鍋三郎の御弘目を祝う言葉を美里按司を通じて申し上げ、別録記載の品を贈った書状。

  52. 追録2-No.1649 中城王子尚純書状

    中城王子尚純が島津吉貴へ、前年の剛姫誕生を祝って目録記載の品を贈った書状。

  53. 追録2-No.1650 中城王子尚純書状

    中城王子尚純が島津吉貴へ、前年に満姫の御弘目が行われたと聞いて祝意を述べ、目録記載の品を贈った書状。

  54. 追録2-No.1651 中城王子尚純書状

    中城王子尚純が島津吉貴へ、前年に満姫の御弘目が行われたと聞いて祝意を述べ、目録記載の品を贈った書状。

  55. 追録2-No.1652 島津綱貴口上覚

    島津綱貴が幕府へ、領内の京泊に漂着した来朝唐船一艘に警固を付けて長崎へ送り、三月十六日に長崎奉行が異議なく受け取ったと報告した口上覚。

  56. 追録2-No.1653 島津綱貴書状

    島津綱貴が今大路兵部大輔へ、左大臣の転任を祝う使者として家臣相良市郎左衛門を遣わした際、御前への召し出し、料理、拝領物を受けたことに謝意を述べた書状。

  57. 追録2-No.1654 島津綱貴請書

    綱貴公御譜中に、年号を宝永と改める旨を去月晦日に仰せ渡され、承知したと答えた四月九日付の請書を載せる。宛先は阿部豊後守・土屋相模守・小笠原佐渡守・秋元但馬守・稲葉丹後守の五名。

  58. 追録2-No.1655 島津綱貴請書

    島津綱貴が松平美濃守・松平右京大夫へ、年号を宝永と改める旨を三月晦日に通達されたことを承知したと答えた請書。

  59. 追録2-No.1656 読谷山王子尚益書状

    読谷山王子尚益が島津綱貴へ、前年に鍋三郎の御弘目が行われたと聞いて祝意を述べ、別録記載の品を贈った書状。

  60. 追録2-No.1657 読谷山王子尚益書状

    読谷山王子尚益が島津綱貴へ、前年の剛姫誕生を祝って別録記載の品を贈った書状。付記は剛姫を綱貴の末女とし、元禄十六年三月二十七日生まれと記す。

  61. 追録2-No.1658 読谷山王子尚益書状

    読谷山王子尚益が島津吉貴へ、前年に鍋三郎の御弘目が行われたと聞いて祝意を述べ、別録記載の品を贈った書状。

  62. 追録2-No.1659 読谷山王子尚益書状

    読谷山王子尚益が島津吉貴へ、前年の剛姫誕生を祝って別録記載の品を贈った書状。付記は剛姫を綱貴の末女とし、元禄十六年三月二十七日生まれと記す。

  63. 追録2-No.1660 読谷山王子尚益書状

    読谷山王子尚益が島津吉貴へ、前年に満姫の御弘目が行われたと聞いて祝意を述べ、別録記載の品を贈った書状。

  64. 追録2-No.1661 建部政宇書状

    建部政宇が島津綱貴へ、旅行の無事を願い、綱貴が国元出発時に案内の使者を寄越した心遣いに謝意を述べた書状。政宇は当時京都を留守にして返答できなかったと詫びる。

  65. 追録2-No.1662 島津綱貴書状

    綱貴公御譜中に、於榮殿がにわかに病気となり、さまざまに養生してもかなわず、去る七日に死去したと知らせ、相手の悲しみを推察する四月十二日付の鳥居播磨守宛書状を載せる。

  66. 追録2-No.1663 島津綱貴書状

    島津綱貴が島津吉貴へ、於楽殿が病気となり、養生の甲斐なく四月七日に死去したと知らせた書状。吉貴の譜中にも収録される旨の注記がある。

  67. 追録2-No.1664 陽和院消息

    陽和院が島津綱貴へ、知性院から国元出立時に届いた手紙と、大坂を三月二十八日に出て予想より早く入津したとの知らせに触れ、道中無事の到着を喜んだ消息。参勤の折に会って話したいとも伝える。

  68. 追録2-No.1665 島津綱貴書状

    島津綱貴が本庄安藝守へ、鶴姫の死去を知って深い哀悼を述べ、一位様の機嫌を伺うため秋元但馬守へ書状を送ったと伝えた書状。

  69. 追録2-No.1666 徳川頼方書状

    徳川頼方が島津綱貴へ、鶴姫の死去に際して見舞いの書状を寄せられたことに礼を述べた書状。

  70. 追録2-No.1667 近衞家久書状

    近衞家久が島津綱貴へ、参府に伴って国元の品々を贈られたことを大いに喜び、無事の江戸到着を願って謝意を伝えた書状。

  71. 追録2-No.1668 徳川綱條書状

    徳川綱條が島津綱貴へ、鶴姫の死去に際する見舞いと懇切な弔意に謝意を述べた書状。

  72. 追録2-No.1669 徳川吉孚書状

    徳川吉孚が島津綱貴へ、鶴姫の死去に際して寄せられた弔問と深い厚意に謝意を述べた書状。

  73. 追録2-No.1670 秋元喬朝書状

    秋元喬朝が島津綱貴へ、鶴姫の死去を受けて一位様の機嫌を尋ねた書状を承知し、一位様に変わりはないので安心するよう答えた書状。

  74. 追録2-No.1671 戸田忠利書状

    戸田忠利が島津綱貴へ、鶴姫の死去に際する弔問書状を受け、その内容を甲府殿へ伝達したと答えた書状。

  75. 追録2-No.1672 松平頼純書状

    松平頼純が島津綱貴へ、鶴姫の死去に際して寄せられた弔意に謝意を述べた書状。

  76. 追録2-No.1673 本庄宗俊書状

    本庄宗俊が島津綱貴へ、鶴姫の遠行に際して一位様を気遣う書状を受け、心遣いに礼を述べた書状。

  77. 追録2-No.1674 照高院宮道尊書状

    照高院宮道尊が島津綱貴へ、徳川家綱(巌有院殿)の年忌に使者を遣わす機会に、道尊自身と当地が無事であることを伝え、詳細は使者の口上に含めた書状。

  78. 追録2-No.1675 宝永改元記事

    元禄十七年三月十三日に元禄から宝永へ改元したことを記す記事。江戸では三月晦日、鹿児島では四月二十五日に改元を実施したとの注記があり、地域への伝達時差が分かる。

  79. 追録2-No.1676 阿部正武外三名連署状

    阿部正武・土屋政直・小笠原長重・秋元喬朝が島津綱貴へ、家来二人を翌二十九日午前四時に登城させ、参勤の礼として将軍への拝謁に連れて来るよう命じた連署状。

  80. 追録2-No.1677 島津綱貴請書

    島津綱貴が老中四名へ、家来二人を翌二十九日午前四時に登城させ、参勤の礼として将軍に拝謁させるとの命令を承知したと答えた請書。

  81. 追録2-No.1678 島津綱貴増上寺火番記事

    宝永元年四月二十九日、島津綱貴が増上寺の火の番を勤めるよう命じる奉書を受けたことを記す記事。

  82. 追録2-No.1679 阿部正武外三名連署状

    阿部正武・土屋政直・小笠原長重・秋元喬朝が島津綱貴へ、増上寺の火の番を命じ、承知して勤めるよう指示した連署状。

  83. 追録2-No.1680 島津綱貴請書

    島津綱貴が老中四名へ、増上寺の火の番を勤めるよう命じられたことを承知したと答えた請書。

  84. 追録2-No.1681 島津綱貴参府・将軍拝謁記事

    綱貴公御譜中に、四月朔日伏見着、六日伏見発、十八日参府と記す。二十三日には上使土屋相模守政直が慰労し、二十九日に登営して将軍綱吉に拝謁、先例によって太刀・馬代白銀五百枚・時服二十を献上した。久健・久重らも例に従って将軍に拝謁した。

  85. 追録2-No.1682 土屋政直書状

    土屋政直が島津綱貴へ、檜重一組を献上した旨を将軍へ披露したと知らせた書状。

  86. 追録2-No.1683 土屋政直書状

    土屋政直が島津綱貴へ、肴一種を献上した旨を将軍へ披露したと知らせた書状。

  87. 追録2-No.1684 島津綱貴書状

    島津綱貴が今大路兵部大輔へ、左大臣近衞家熙の健勝を喜び、国元の品々を献上したことへの謝意と、綱貴が無事参府したことを伝えた書状。

  88. 追録2-No.1685 島津綱貴書状

    島津綱貴が進藤刑部大輔へ、大納言の健勝を喜び、国元の品々を献上したことへの謝意と、綱貴が無事参府したことを伝えた書状。

  89. 追録2-No.1686 島津綱貴口上覚

    島津綱貴が幕府へ、正月十七日に領内口永良部島へ漂着した朝鮮人三十七人のうち一人が死亡し、その遺体を塩詰めにして、他の者とともに長崎へ送り、三月二十七日に長崎奉行が異議なく受け取ったと報告した口上覚。

  90. 追録2-No.1687 徳川綱吉御内書

    徳川綱吉が島津綱貴へ、端午の祝儀として単物数十を贈られたことを喜び、詳しくは阿部豊後守が伝えるとした御内書。

  91. 追録2-No.1688 島津吉貴帰国記事

    吉貴公御譜に、五月十四日桜田邸へ移り、上使小笠原佐渡守長重が将軍の恩賜品を伝え、のち登営謝礼して御馬一匹を賜ったと記す。二十一日江戸発、東海道を通り六月六日伏見、九日大坂着、十四日大坂から尼崎へ移り、十五日兵庫津開船、十九日豊前大里着。陸路で九州を経て七月晦日鹿府へ入り、同日新納治部久致を帰国謝礼使…

  92. 追録2-No.1689 平松時方書状

    平松時方が島津綱貴へ、道中無事に四月十八日江戸へ到着し、二十八日に首尾よく登城したと聞いて祝意を述べた書状。

  93. 追録2-No.1690 島津綱貴書状

    島津綱貴が進藤筑後守へ、左大臣の健勝を喜び、暑気に向かう季節の見舞いと一種の品を賜ったことに謝意を述べた書状。

  94. 追録2-No.1691 島津綱貴覚

    島津綱貴が、島津淡路守領の日向国三財郡で十二年前に置かれた者について、軽人八人と男女四十二人のうち三十二人が居所を退き、国端へ帰参せず悪事を働くため、淡路守と相談して処置したいと申し出た覚書。

  95. 追録2-No.1692 稲葉正通書状

    稲葉正通が島津吉貴へ、徳川家綱(巌有院)の遠忌法事を執行し、使者から献じられた香奠を東叡山で首尾よく納めたと知らせた書状。

  96. 追録2-No.1693 島津綱貴書状

    島津綱貴が松平紀伊守へ、国元から江戸へ向かう娘付きの女十四人を関所に通す手形の発給を依頼し、詳しくは京都の家来伊集院主水が証文を差し出すと伝えた書状。

  97. 追録2-No.1694 島津綱貴書状

    島津綱貴が島津吉貴へ、使者が帰国するため書状を託し、道中無事に大坂へ到着するよう願った書状。吉貴の譜中にも収録されるとの注記がある。

  98. 追録2-No.1695 小笠原長重書状

    小笠原長重が島津綱貴へ、献上品を奥向きで首尾よく披露し終えたと知らせた書状。

  99. 追録2-No.1696 島津綱貴書状

    島津綱貴が進藤筑後守へ、左大臣の転任を祝ったところ礼を受け、太刀・御馬代と目録記載の品を拝領したことに謝意を述べた書状。

  100. 追録2-No.1697 島津綱貴書状

    島津綱貴が今大路兵部大輔へ、左大臣の転任を祝ったところ礼を受け、太刀・御馬代と目録記載の品を拝領したことに謝意を述べた書状。