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追録2の目録
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追録2-No.2398 秋元喬朝書状
秋元喬朝が松平薩摩守島津吉貴へ、歳暮の御内書を渡すため、翌日五半時に家来を江戸城へ差し出すよう命じた書状。
追録2-No.2399 松平忠章廻状
松平石見守忠章が二月廿七日、薩摩守吉貴ら廻状宛先へ、秋元但馬守から渡された書付の写しを見て、次の宛所へ通達するよう求める。今晩遅くに遣わすため夜陰の廻状となるが、最後に留まる先も明暁までのうちに備中守宅へ返すよう命じる。
追録2-No.2400 横田備中守触書
横田備中守が松平薩摩守らへ、天真院殿の逝去により当日から二十九日まで鳴物を停止するよう触れた書付。普請は差し支えないとし、折井淡路守・安藤筑後守・仙石丹波守ら複数の宛先を列記する。
追録2-No.2401 井上正岑ほか四名連署状
井上正岑・大久保忠増・稲葉正通・秋元喬朝が松平薩摩守島津吉貴へ、翌朔日に予定された例月の御礼は行わないため、江戸城へ登城する必要がないと通知した連署状。
追録2-No.2402 梅小路・松むら連署消息
梅小路・松むらが島津勘解由・島津帯刀へ、薩摩守からの書状を受け、近衛大納言と御簾中が機嫌よく過ごすと伝える連署消息。三月九日に両人が登城して対面する予定も知らせる。
追録2-No.2403 つほね・ひて連署消息
つほね・ひてが島津勘解由・島津帯刀へ、薩摩守夫妻の無事を喜び、近衛大納言と御簾中の近況を伝える連署消息。三月九日に両人が登城して対面することを知らせる。No.2402とは発給者が異なる。
追録2-No.2404 つほね・ひて連署消息
つほね・ひてが島津勘解由・島津帯刀へ、薩摩守らの機嫌を喜び、近衛前関白の逗留や二十一日に西の丸へ暇乞いに赴く予定を伝える連署消息。薩摩守からの書状への礼も述べる。
追録2-No.2405 つほね・ひて連署消息
つほね・ひてが島津勘解由・島津帯刀へ、薩摩守の前回の叙任を喜び、近衛前関白が三月二十三日に機嫌よく江戸を出発したと知らせる連署消息。目録どおりの贈物と祝儀への謝意も示す。
追録2-No.2406 松むら・梅小路連署消息
松むら・梅小路が島津勘解由・島津帯刀へ、薩摩守からの書状と目録記載の祝儀を受けた礼を述べる連署消息。薩摩守夫妻の機嫌を喜び、目録品を披露したと伝える。
追録2-No.2407 つほね・ひて連署消息
つほね・ひてが島津勘解由・島津帯刀へ、若子の誕生を伝えられて喜び、薩摩守からの書状と目録品にも礼を述べる連署消息。若子の誕生と前関白の近況を併せて記す。
追録2-No.2408 梅小路・松むら連署消息
梅小路・松むらが島津勘解由・島津帯刀へ、薩摩守夫妻の機嫌を喜び、安産を願って祈祷所に祈願させたと伝える連署消息。薩摩守からの書状と目録品への礼も述べる。
追録2-No.2409 相承院口上書
鎌倉の相承院が島津帯刀へ、法華堂本尊と白幡宮の修覆がおおむね整った一方、戸帳・鬘髪袋の仕立てが未完であると説明し、頼朝公の威光と寺の後世のため援助を願う口上書。
追録2-No.2410 相承院口上書
鎌倉の相承院が島津中務へ、法華堂本尊と白幡宮の修覆が進むなか戸帳・鬘髪袋の仕立てがなお必要と述べ、頼朝公の威光と寺の後世のため援助を願う口上書。No.2409と同趣旨だが宛所が異なる。
追録2-No.2411 松むら・梅小路連署消息
松むら・梅小路が島津勘解由・島津帯刀へ、薩摩守の叙任を喜び、薩摩守からの書状に礼を述べる連署消息。二人の機嫌を祝い、久しく奉仕した喜びも伝える。
追録2-No.2412 島津帯刀・島津中務連署返書
島津帯刀・中務が四月十四日、相承院へ、堂社修覆に伴う本尊・白幡宮の戸張と鬘髪入袋の改調、還宮供料の調達を願う書状を受け、薩摩守に申し聞かせたところ、願いどおり調えるよう指示されたので役人から相談すると答える。白幡宮への永い供料は追って意向を聞き薩摩守に申し聞かせる予定と記す。
追録2-No.2413 相承院良陳書状
相承院良陳が島津帯刀・島津中務へ、法華堂本尊と白幡宮の戸帳・鬘髪袋の仕立て、還宮時の供料を願い出た書状を読んだことへの礼を述べる。薩摩守への取次を重ねて求める。
追録2-No.2414 島津忠五郎誕生記事
島津家の忠五郎が宝永四年四月二十日に誕生したと記す記事。母を越恒渡の妹とし、忠五郎が翌宝永五年十一月二十三日に夭折したことも併記する。
追録2-No.2415 つほね・ひて連署消息
つほね・ひてが島津勘解由・島津帯刀へ、若子の誕生を知らされて喜び、薩摩守の近況を祝う連署消息。薩摩守からの書状にも礼を述べ、後から届く知らせを待つと伝える。
追録2-No.2416 琉球国司尚貞書状
琉球国司尚貞が少将島津吉貴へ、吉貴の機嫌を祝い、大清から賜った花綾子一本・縞子一本と当地の大蘇鉄二本を進上する書状。
追録2-No.2417 稲葉正通書状
稲葉正通が松平薩摩守島津吉貴へ、吉貴の献じた香具品と御肴一種を首尾よく披露したと知らせる書状。同日・同内容の本多正永書状(No.2418)と発給者が異なる。
追録2-No.2418 本多正永書状
本多正永が松平薩摩守島津吉貴へ、吉貴の献じた香具品と御肴一種を首尾よく披露したと知らせる書状。同日・同内容の稲葉正通書状(No.2417)とは別の返書である。
追録2-No.2419 島津吉貴直書
島津吉貴が家老中へ、二男忠五郎の誕生を受け、その家格を家中の二男の先例に照らして定めるよう命じた直書。幼少時に家督を継いだ先例も含めて調べ、決定した格式を記録所へ記すよう指示する。
追録2-No.2420 徳川綱吉御内書
徳川綱吉が薩摩少将島津吉貴へ、端午の祝儀として帷子・単物数十点が届いたことを喜ぶ御内書。委細は稲葉丹後守正通に述べさせると記し、綱吉の印を据える。
追録2-No.2421 本多正永・小笠原長重連署書状
本多正永と小笠原長重が松平薩摩守島津吉貴へ、端午の祝儀として吉貴が献じた品を、使者の目録どおり首尾よく披露したと知らせる連署書状。
追録2-No.2422 近衛基熙書状
近衛基熙が薩摩少将島津吉貴へ、江戸で使者を通じて述べた年始の祝詞に吉貴から丁寧な返礼があったことを喜ぶ書状。基熙の花押No.3を据える。
追録2-No.2423 相承院口上書
相承院が島津帯刀へ、頼朝公の鬢髪は類のない寺宝で焼失・紛失を恐れるとして、一部を国元の白幡社へ奉納するよう願う口上書。鬢髪二、三本を本尊の首にも納めたいとし、瀬治右衛門へ詳しく話したと記す。
追録2-No.2424 平松時方書状
平松中納言時方が五月十四日、薩摩守吉貴へ、暑気に向かう時節に相手方の健固を喜び、このたび次男が誕生したことを祝って書状を送る。
追録2-No.2425 島津帯刀・島津勘解由・島津中務連署書状
島津帯刀・勘解由・中務が相承院へ、頼朝公の神霊に供える白銀百両を薩摩守から送ると告げる連署書状。手配が長く滞ったことを詫び、受領を求める。
追録2-No.2426 相承院請書
相承院が島津帯刀・中務・勘解由へ、薩摩守が頼朝公の神霊への供料として白銀百両を寄進し、永代供養を命じたことに礼を述べる請書。さらに還供料として白銀十枚を拝領したと伝える。
追録2-No.2427 島津帯刀書状
島津帯刀が五月廿七日、相承院へ、寺が納め伝える頼朝公の鬢髪を分け、薩州に頼朝を崇める社頭へ安置したいとの申入れについて返す。数百年間全てを奉納してきた大切な寺宝を今さらに分取し、数百里の山海を越えて移すことに手を付けるのは忍び難く、所望に応じ難いと伝える。
追録2-No.2428 相承院書状
相承院が五月廿七日、島津帯刀へ、頼朝公鬢髪の件で薩摩守の意向を承知し、中務にも直接薩摩守前で意向を聞いたと返す。中務から後に返答があるはずだが、当分下屋敷にいるため相承院一人で返答すると記す。続く正文在文庫の別文は、薩摩守と中務の仰せを了解し、鬢髪を一層堅固に守る旨を述べ、中務への取次も頼む。
追録2-No.2429 島津吉貴頼朝像修理銘
島津吉貴が相承院に伝わる源頼朝の護身仏とその旧像の修理・彩色を命じたことを記す銘。頼朝像のほか観音・弥陀・勢至の像を挙げ、失われかけた旧物を後世へ残す意図を述べる。宝永四年六月朔日付で相承院主永命と吉貴の識語を載せる。
追録2-No.2430 稲葉正通書状
稲葉正通が松平薩摩守島津吉貴へ、端午の御内書を渡すので、翌日の五つ半時に家来を江戸城へ差し出すよう伝える書状。
追録2-No.2431 島津吉貴賜暇・拝謝記事
将軍徳川綱吉が稲葉丹後守正通を桜田の島津吉貴邸へ遣わし、吉貴に白銀千枚と時服百領を賜った記事。吉貴は翌十三日に登城して謝礼を述べ、さらに御馬一匹を賜る。
追録2-No.2432 まつ村・梅小路連署消息
まつ村・梅小路が島津勘解由・帯刀へ、薩摩守からの書状と贈物を受け取り、近衛家の人々の無事を喜ぶ消息。久しく仕えている喜びを述べ、薩摩守の帰国に伴う品々にも礼を伝える。
追録2-No.2433 つほね・ひて連署消息
ひて・つほねが六月十二日、島津勘解由・帯刀へ、酷暑のなか薩摩守と二所の機嫌がよいことを喜ぶ。今日上使稲葉丹後守から国許への暇を仰せ出され、さらに品々を賜ったことへの満足を祝う。
追録2-No.2434 つほね・ひて連署消息
ひて・つほねが島津勘解由・帯刀へ、薩摩守と二所の機嫌を喜び、吉貴に国元への暇が仰せ出され、早川勝七郎を使いとする餞別を贈られたことへの礼状を拝見したと述べる。暑中の安否も気遣う。
追録2-No.2435 梅小路・まつ村連署消息
梅小路・まつ村が六月十三日、島津勘解由・帯刀へ、薩摩守が昨日国元への暇を賜り、謝礼に登城して御前へ召され、懇ろな上意と御馬拝領を受けたと聞く喜びを述べる。
追録2-No.2436 つほね・ひて連署消息
つほね・ひてが島津勘解由・帯刀へ、薩摩守の国元への暇と御馬の拝領を喜ぶ消息。薩摩守の礼状を読み、登城して述べた謝意が受け入れられたことを祝う。
追録2-No.2437 島津吉貴覚書并伺書
島津吉貴が帰国に際し、江戸にいる実子惣領鍋三郎の扱いや家来の差出しについて老中に伺った覚書・伺書。吉貴自筆の封印文書を六月十八日に月番の土屋相模守へ渡し、同内容を小笠原佐渡守にも提出した経過を記す。
追録2-No.2438 土屋政直書状
土屋政直が松平薩摩守島津吉貴へ、吉貴の献じた檜重一組を首尾よく披露したと知らせる書状。
追録2-No.2439 まつ村・梅小路連署消息
まつ村・梅小路が島津勘解由・帯刀へ、薩摩守の国元への暇を喜び、早川勝七郎を使者として届けられた祝儀の目録に礼を述べる消息。
追録2-No.2440 つほね・ひて連署消息
つほね・ひてが島津勘解由・帯刀へ、薩摩守の近況と国元への暇を喜び、早川勝七郎を使者として届いた祝儀目録に礼を述べる消息。No.2439と同日の別の書き手による礼状である。
追録2-No.2441 稲葉正通書状
稲葉正通が松平薩摩守島津吉貴へ、吉貴が献じた御肴一種を首尾よく披露したと知らせる書状。
追録2-No.2442 本多正永書状
本多正永が松平薩摩守島津吉貴へ、吉貴が献じた琉球布十巻・砂糖漬天門冬一器・泡盛酒二壺・御肴一種を首尾よく披露したと知らせる書状。
追録2-No.2443 井上正岑・大久保忠増・稲葉正通・秋元喬朝連署状
井上正岑・大久保忠増・稲葉正通・秋元喬朝が島津吉貴へ、翌二十八日の五つ半時に家来を江戸城へ差し出すよう伝える連署状。
追録2-No.2444 土屋政直書状
土屋政直が松平薩摩守島津吉貴へ、吉貴が献じた琉球布十巻・砂糖漬天門冬一器・泡盛酒二壺・御肴一種を首尾よく披露したと知らせる書状。No.2442とは発給者が異なる。
追録2-No.2445 島津帯刀書状
島津帯刀が島津大蔵・新納市正・種子嶋蔵人へ、吉貴の帰国に先立ち、実子惣領鍋三郎が江戸にいる間の老中への届けや家来の差出しについて伝える書状。吉貴の自筆書を土屋相模守・小笠原佐渡守へ渡し、必要な内容を記録所に残すよう求める。
追録2-No.2446 島津吉貴帰国記事
吉貴は先に暇を賜り、七月朔日江府を発ち、久輝・家賢・長規・用人代重年らが随行する。東海道を経て七月十一日伏見着、十七日に二男忠五郎と母堂も着く。廿一日大坂着、廿五日大坂発、廿七日室津着、廿八日乗船、八月十日豊州大里着、廿二日薩州和泉(出水注)、九月朔日薩城入、忠五郎母子も同日後着。即日久茂を江府へ帰…
追録2-No.2447 つほね・ひて連署消息
つほね・ひてが島津勘解由・帯刀へ、薩摩守が国元へ出発したことを喜び、堀源左衛門を使者として届けられた目録の品に礼を述べる消息。
追録2-No.2448 つほね・ひて連署消息
つほね・ひてが島津勘解由・帯刀へ、薩摩守からの書状を読み、堀源左衛門を使者として届いた目録の品に礼を述べる消息。薩摩守が国元へ出発したことを喜ぶ。
追録2-No.2449 井上正岑・大久保忠増・土屋政直連署書状
井上正岑・大久保忠増・土屋政直が島津吉貴へ、家千代の七夜の祝儀として献じられた目録の品を首尾よく披露したと知らせる連署書状。
追録2-No.2450 本多正永・小笠原長重連署書状
本多正永と小笠原長重が島津吉貴へ、家千代の七夜の祝儀として献じられた目録の品を首尾よく披露したと知らせる連署書状。No.2449と同じ用件を別の発給者が伝える。
追録2-No.2451 島津吉貴・家千代七夜祝儀献上記事
吉貴が七月十八日、家千代七夜祝いとして献じた品を贈与先ごとに列挙する。綱吉へ干鯛・昆布各一箱と樽代二千疋、家宣へ太刀一腰(金三十枚の備前長光代)・干鯛昆布各一箱・樽代二千疋、家千代へ脇指一腰(金二十枚の左文字代)・産衣代白銀二十枚・干鯛一箱・樽代千疋、御台所や家宣簾中等へも干鯛等を贈る。簾中の献品に…
追録2-No.2452 松平輝貞・松平忠栄連署書状
松平伊賀守忠栄・右京大夫輝貞が七月十九日、薩摩守吉貴へ、公方・大納言は健勝であり、このたび西丸で若君が誕生したことを喜ぶ吉貴の書状を了承したと伝える。
追録2-No.2453 稲葉正通書状
稲葉丹後守正通が七月十九日、薩摩守吉貴へ、公方・大納言の健勝を伝え、西丸での若君誕生を祝う吉貴の書状と、それに伴い差し越された使者の趣を各人と相談して上聞に達したと知らせる。
追録2-No.2454 小笠原長重書状
小笠原佐渡守長重が七月十九日、薩摩守吉貴へ、公方・大納言の健勝を伝え、若君誕生を祝う書状と差し越された使者の趣を上聞に達したと報じる。前後の同件返書で若君は西丸誕生と分かる。
追録2-No.2455 徳川吉孚書状
水戸中将徳川吉孚が島津吉貴へ、若君誕生に関する吉貴の礼の趣旨を承知し、喜ばしく思うと答える書状。
追録2-No.2456 徳川綱條書状
水戸中納言徳川綱條が島津吉貴へ、若君誕生を伝える吉貴の礼状を受け、喜ばしいことだと答える書状。No.2455と同日の別の返書である。
追録2-No.2457 徳川吉通書状
尾張中納言徳川吉通が薩摩少将島津吉貴へ、家千代の誕生に関する吉貴の礼状を読み、喜びを伝える書状。
追録2-No.2458 徳川吉宗書状
紀伊宰相徳川吉宗が松平薩摩守島津吉貴へ、若君誕生についての吉貴の礼状を受け、喜ばしく思うと答える書状。
追録2-No.2459 島津吉貴諏方大明神太刀寄進状
島津吉貴が正二位諏方大明神へ、江戸西の丸での安産という宿願の成就を受け、近江守忠綱作の太刀一腰を奉納する寄進状。
追録2-No.2460 島津吉貴霧島権現宮太刀寄進状
島津吉貴が霧島権現宮へ、江戸西の丸での安産という宿願の成就を受け、丹後守兼道作の太刀一腰を奉納する寄進状。No.2459とは寄進先と刀銘が異なる。
追録2-No.2461 稲葉正通書状
稲葉正通が島津吉貴へ、家千代が健やかに育ち、吉貴も無事であることを喜ぶと返答した書状。
追録2-No.2462 小笠原長重書状
小笠原長重が島津吉貴へ、家千代の成長と吉貴の無事を喜び、道中の吉貴の安否も尋ねる書状。No.2461と同日の別の返書である。
追録2-No.2463 松平輝貞・松平忠栄連署書状
松平輝貞と松平忠栄が島津吉貴へ、家千代の成長と吉貴の無事を喜び、書状の趣旨を承知したと返す連署書状。
追録2-No.2464 まつ村・梅小路連署消息
まつ村と梅小路が薩摩守島津吉貴へ、今月十日の夜に若君が生まれたと聞いた喜びを述べる消息。吉貴の旅の無事を願い、改めて消息を寄せるよう求める。
追録2-No.2465 つほね・ひて連署消息
つほねとひてが薩摩守島津吉貴へ、今月十日の夜の若君誕生を喜び、吉貴の旅の無事を願う消息。No.2464と同じ慶事を別の二人が伝える。
追録2-No.2466 つほね・ひて連署消息
つほねとひてが薩摩守島津吉貴へ、若君の成長と吉貴の道中の無事を喜ぶ消息。松平美濃守の使者から家千代への祝いの太刀・守・脇差や、美濃国垂井宿での様子を聞いたことを記す。
追録2-No.2467 まつ村・梅小路連署消息
まつ村と梅小路が薩摩守島津吉貴へ、若君の成長と吉貴の道中の無事を喜ぶ消息。松平美濃守の使者から家千代への祝い品や美濃国垂井宿での様子を聞き、書状で近況を知らせるよう求める。
追録2-No.2468 島津久房剣奉納の使を勤む
島津吉貴が鹿児島の諏訪大明神へ剣一振を奉納し、島津久房がその使者を務めたことを記す記事。使者の名を明記する点で、吉貴自身の寄進状とは異なる。
追録2-No.2469 島津吉貴達書
島津吉貴が高橋七郎右衛門と諏方市右衛門へ、御兄弟衆・御城代・御家老・若年寄などの称呼と官名の付け方を指示した達書。御側衆・一番頭・近国の大名には国名や官名を添え、それ以外の百官は原則として新名を加えないなど、相手の格に応じた書き分けを定める。
追録2-No.2470 伊達吉村書状
伊達吉村が島津吉貴へ、自領の者が難風に遭い琉球内の大島へ漂着した際、吉貴の領内で世話と物品の給付を受けたことに礼を述べる書状。
追録2-No.2471 土屋政直・秋元喬朝・大久保忠増・井上正岑連署状
井上河内守正岑・大久保加賀守忠増・秋元但馬守喬朝・土屋相模守政直が八月三日、薩摩守吉貴へ、八朔祝儀として使者を通じ太刀一腰・馬代黄金十両を献じた件を首尾よく披露したと報じる。
追録2-No.2472 小笠原長重・本多正永連署書状
小笠原長重と本多正永が島津吉貴へ、八朔の祝儀として家千代へ使者を通じて目録どおりの品を献じた件が無事披露されたと伝える連署書状。No.2471とは献上先と記載品が異なる。
追録2-No.2473 秋元喬朝書状
秋元但馬守喬朝が八月廿五日、薩摩守吉貴へ、公方・大納言・家千代の機嫌はよいと知らせる。先月十八日の家千代七夜祝儀が済んだ旨を承知して吉貴が喜び、使者を差し越したことについて、その書面の趣を各人と相談し上聞に達したと報じる。
追録2-No.2474 本多正永書状
本多正永が島津吉貴へ、家千代の成長と吉貴の無事を喜び、先月十八日に家千代の七夜祝儀を済ませたと聞いたことに返答する書状。No.2473とは発給者が異なる。
追録2-No.2475 松平輝貞・松平忠栄連署書状
松平輝貞と松平忠栄が島津吉貴へ、家千代の成長と吉貴の無事を喜び、先月十八日に家千代の七夜祝儀を済ませたと聞いたことに返答する連署書状。
追録2-No.2476 まつ村・梅小路連署消息
まつ村と梅小路が島津吉貴へ、家千代の成長を喜び、七月十八日の七夜祝儀を聞いて祝う消息。吉貴の近況を知らせるよう求める。
追録2-No.2477 つほね・ひて連署消息
つほねとひてが島津吉貴へ、家千代の成長を喜び、七月十八日の七夜祝儀を聞いて祝う消息。吉貴の無事を喜び、引き続き消息を求める。No.2476とは発給者が異なる。
追録2-No.2478 秋元喬朝書状
秋元但馬守喬朝が八月廿六日、薩摩守吉貴へ、公方・大納言・家千代の機嫌や様子を尋ねる吉貴の書状を披見し、三者が安全であるため安心するよう伝える。その書面の趣を各人と相談して上聞に達したと知らせる。
追録2-No.2479 本多正永書状
本多正永が島津吉貴へ、家千代が健やかに育ち、吉貴も無事であることを喜ぶ書状。No.2478と同じ用件に対する別の返書である。
追録2-No.2480 松平輝貞・松平忠栄連署書状
松平輝貞と松平忠栄が島津吉貴へ、家千代が健やかに育ち、吉貴も無事であることを喜ぶ連署書状。No.2478・2479と同日の、発給者が異なる返書。
追録2-No.2481 佐久間信就・永井直囿連署書状
佐久間信就と永井直囿が島津吉貴へ、薩摩領の水引という所の者三人を当地で悪事に関わったとして召し捕り、詳しい事情は追って伝えると報告した連署書状。
追録2-No.2482 秋元喬朝書状
秋元但馬守喬朝が九月朔日、薩摩守吉貴へ、公方・大納言・家千代の機嫌や様子を問う書状を披見し、三者が安全であるため安心するよう答える。献じた肴一種も各人と相談して首尾よく披露したと知らせる。
追録2-No.2483 本多正永書状
本多伯耆守正永が九月朔日、薩摩守吉貴へ、公方・大納言・家千代の機嫌や様子を尋ねる書状に対し、三者が安全であるため安心するよう伝える。献上した肴一種を首尾よく披露したと知らせる。No2482とは同日の別返書で、原公方の記載を補完する。
追録2-No.2484 松平輝貞・松平忠栄連署書状
松平伊賀守忠栄・右京大夫輝貞が九月朔日、薩摩守吉貴へ、公方・大納言・家千代の機嫌や様子を尋ねる書状を披見し、三者が勇健であるため安心するよう答える。肴を献じた旨も書面のとおり了承したと伝える。
追録2-No.2485 島津久雄帰国礼使を勤む
島津吉貴が帰国に際して島津久雄を使者として江戸城へ送り、久雄が将軍家に拝謁して帰国の礼を述べ、先例どおり進物を献じたことを記す記事。
追録2-No.2486 徳川綱吉御内書
徳川綱吉が薩摩少将島津吉貴へ、重陽の祝儀として小袖五領が届き喜んで見たと伝え、詳しいことは稲葉丹後守から述べさせるとする御内書。
追録2-No.2487 小笠原長重・本多正永連署書状
小笠原長重と本多正永が島津吉貴へ、重陽の祝儀として使者を通じて目録どおりに献じた品が無事披露されたと伝える連署書状。
追録2-No.2488 近衛家熙書状
近衛家熙が薩摩少将島津吉貴へ、吉貴が海上で難なく帰国したとの便りを喜び、自身も変わりなく過ごしていると答える書状。
追録2-No.2489 北郷久嘉略譜・種子島久時大目付補任記事
北郷久嘉略譜の記事。宝永四年九月廿一日、太守吉貴の高命により久嘉が家老座へ召されたと記し、続いて種子島蔵人久時と大目付役補任を述べる。
追録2-No.2490 蘭室院殿位牌供養僧衆書上
蘭室院殿身安真法大姉の位牌供養に加わる僧衆と役割を書き上げた文書。金剛三昧院・無量寿院・引摂院・安楽院・清雲院・弥勒院などの院名を列挙し、開眼供養や修善に当たる者を示す。
追録2-No.2491 蘭室院殿追善逮夜供養僧衆書上
蘭室院殿身安真法大姉の追善逮夜・光明三昧に奉仕する僧衆と房名を書き上げた文書。供養法導師の蓮金院をはじめ、観智院・教覚院・真光院・智徳院、春房・寛琳房などを列記する。
追録2-No.2492 蘭室院殿日牌証帳
高野山の蓮金院が伊地知五兵衛へ、蘭室院殿身安真法大姉の位牌を安置し、日々の供養と灯明を続けることを誓う証帳。供養を絶やさず勤める旨を記す。
追録2-No.2493 近衛基熙書状
近衛基熙が薩摩少将島津吉貴へ、海路で無事に着岸したと知らせた吉貴の書状を喜び、自分も変わりなく過ごしていると答える書状。
追録2-No.2494 種子島弾正覚書
種子島弾正が周防殿の別格の所帯について、先代に分けて与えた五千石や川上・式部の屋敷、家来の人数・屋作・道具の扱いを列挙し、家老中へ伝えるよう求める覚書。
追録2-No.2495 近衛家久書状
近衛家久が薩摩少将島津吉貴へ、海上の難なく早く帰国したと知らせた書状を喜び、こちらも無事であると答える書状。No.2493とは発給者と日付が異なる。
追録2-No.2496 種子島久時・島津久輝・島津久明連署書状
種子島蔵人久時・島津中務久輝・島津大蔵久明が幸地親方へ、本丸普請の完成を祝って太守へ練蕉布三端・焼酎一壺を献じた品が無事披露されたと伝える連署書状。
追録2-No.2497 種子島久時・島津久輝・島津久明連署書状
種子島久時・島津久輝・島津久明が幸地親方へ、満姫と近衛左大将の縁組を祝って太守へ練蕉布三端・焼酎一壺を献じた品が無事披露されたと伝える連署書状。