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追録2の目録

暫定版です。原文との照合により、概要や文書の区切り等を修正する場合があります。

全3,207件中 1301~1400件・14 / 33ページ

  1. 追録2-No.1297 島津惟久書状

    島津惟久が島津中務へ、十八日夜に烈風下で火災が起こり、島津吉貴の芝屋敷が類焼したことに驚いたと伝えた書状。中将島津綱貴ら一同が無事であることを喜び、吉貴への見舞いの披露を頼む。

  2. 追録2-No.1298 近衛基熙書状

    近衛基熙が島津綱貴へ、安否を尋ねる書状と目録どおりの品を贈られた厚意に満足し、綱貴が健勝であることを喜んだ書状。自身の側も無事であると伝える。

  3. 追録2-No.1299 交野時香書状

    交野時香が島津綱貴へ、十八日夜に表門前から出火したと聞き、言葉を失うほど驚いたと伝えた火災見舞状。奥方・子息らが無事に避難し、綱貴が高輪へ移ったと知って安堵した。

  4. 追録2-No.1300 近衛家熙書状

    近衛家熙が島津綱貴へ、書状を読み、綱貴の地で異変がないことを喜ぶとともに、自身の側も従来どおり無事だと伝えた書状。安否伺いと目録どおりの贈物に謝意を述べる。

  5. 追録2-No.1301 近衛家久書状

    近衛家久が島津綱貴へ、書状を読み、綱貴が平安であることを喜び、自身の地も無事だと伝えた書状。安否を尋ねる書状と目録どおりの贈物に深く謝意を述べる。

  6. 追録2-No.1302 島津吉貴書状

    島津吉貴が島津綱貴へ、寒さが増す時節に綱貴の健康を喜び、自身も変わりなく過ごしているので安心するよう伝えた書状。寒中の機嫌を伺う。

  7. 追録2-No.1303 阿部正武書状

    阿部正武が島津綱貴へ、重陽の御内書を渡すので、翌日五半時に家来を江戸城へ差し出すよう命じた書状。

  8. 追録2-No.1304 土屋政直書状

    土屋政直が島津吉貴へ、将軍徳川綱吉の機嫌がよく、先頃小石川御殿へ御成りになったことへの吉貴の祝意を了承した書状。内容を同僚と相談し、将軍へ言上したと報じる。

  9. 追録2-No.1305 柳沢吉保・松平輝貞連署書状

    柳沢吉保と松平輝貞が連署して島津吉貴へ、将軍徳川綱吉の機嫌がよく、先頃小石川御殿へ御成りになったことへの吉貴の祝意をもっともとし、書面の内容を了承した書状。

  10. 追録2-No.1306 島津忠置、島津吉貴へ家督を謝す

    北郷忠置が家督相続の礼として、元禄十五年十一月二十二日、鹿府の館で吉貴へ拝謁したと記す。太刀一腰・刀一腰(吉光と傍注)と、鞍を置いた鹿毛馬一疋を献上した。叙述記事のため宛先欄は空欄とする。

  11. 追録2-No.1307 近衛基熙書状

    近衛基熙が島津綱貴へ、火災後も平安かと尋ね、困難な状況を遠くから察して見舞った書状。目録どおりの品を贈り、受納されることを望む。

  12. 追録2-No.1308 近衛家熙書状

    近衛家熙が島津綱貴へ、急火によって居宅が焼失したと聞き、窮屈な状況を察して健康を尋ねた見舞状。茶一壺を贈る。

  13. 追録2-No.1309 近衛家久書状

    近衛家久が島津綱貴へ、付近の類焼を聞いたが、綱貴ら一同が無事であることを喜んだ火災見舞状。今後も平穏であるよう願う。

  14. 追録2-No.1310 某書状

    差出人不明の人物が島津綱貴へ、近隣からの出火で空屋敷も焼けたことを見舞い、難儀を察した書状。綱貴の家内上下が無事と知って喜び、寒さに向かう時節の健康を尋ねる。

  15. 追録2-No.1311 島津吉貴書状

    島津吉貴が島津綱貴へ、去月十八日晩に芝の同朋屋敷裏から出火し、綱貴の屋敷が類焼したと聞いて見舞った書状。綱貴ほか一同に別条がないと知り喜んだ。

  16. 追録2-No.1312 稲葉知通書状

    稲葉正通が島津綱貴へ、先頃の当地の火事で綱貴の屋敷が類焼したと聞き、苦々しく思うと伝えた見舞状。

  17. 追録2-No.1313 品宮薨ス

    吉貴の譜に、先日(嚮日)品宮が薨去したため、甲府中納言綱豊の家属である戸田長門守忠利へ弔書を送り、返章を得たと記す。編注は品宮を近衛基熙の政所とし、その所生の女子が綱豊の簾中であると記す。

  18. 追録2-No.1314 戸田忠利書状

    戸田忠利が島津吉貴へ、品宮薨去の知らせを記した書状を拝見し、その内容を甲府殿徳川綱豊へ披露したと答えた書状。綱豊から、自分より返答するよう命じられたため書き送ったと述べる。

  19. 追録2-No.1315 阿部正武外四名連署奉書

    稲葉正通・秋元喬朝・小笠原長重・土屋政直・阿部正武が連署して島津吉貴へ、使者を通じた参勤時期の伺いを将軍へ聞こし召された結果、翌年五月中に参府するよう命じた奉書。

  20. 追録2-No.1316 蓮金院某書状

    蓮金院の僧が島津綱貴の用人衆へ、綱貴から下された銀で大坂の愛染堂その他の大破箇所を七月中旬から修補し、先月末におおむね完成したと報告した書状。当月朔日に愛染明王を堂内へ安置し、綱貴のため愛染堂十座・千万遍の秘法を修して巻数を進上したので、御前へ披露するよう頼む。

  21. 追録2-No.1317 蓮金院某書状

    蓮金院の僧が喜入安房へ、大坂屋敷へ使僧を送り、島津綱貴のため十万遍の秘法を執行して巻数を用人方へ届けたので、御前へ披露するよう頼んだ書状。修補の詳細は伊地知五兵衛へ伝えたと記す。

  22. 追録2-No.1318 高輪第新造、陽和院外移徙ス

    綱貴の譜に、今年二月十一日に焼亡した高輪の館を再建し、吉日良辰を選び、陽和院・知性院・御亀が新造の館へ移ったと記す。編注は陽和院を中将光久の簾中、知性院を光久の娘、御亀を中将綱貴の娘で後に近衛大納言家久へ嫁いだ人とする。

  23. 追録2-No.1319 阿部正武書状

    阿部正武が島津吉貴へ、将軍徳川綱吉の機嫌がよく、先頃増上寺へ御成りになったことへの吉貴の祝意を了承した書状。書面の内容を同僚と相談し、将軍へ言上したと報じる。

  24. 追録2-No.1320 柳沢吉保・松平輝貞連署書状

    柳沢吉保と松平輝貞が連署して島津吉貴へ、将軍徳川綱吉の機嫌がよく、先頃増上寺へ御成りになったことへの吉貴の祝意をもっともとし、書面の趣旨を了承した書状。

  25. 追録2-No.1321 島津綱貴書状

    島津綱貴が島津吉貴へ、互いの無事を確認し、陽和院・知性院・御亀の高輪新造邸への移徙が済んだことへの祝儀に謝意を述べた書状。重陽祝儀として目録記載品を進上し、別紙による返礼にも礼を述べる。

  26. 追録2-No.1322 島津吉貴書状

    島津吉貴が島津綱貴へ、綱貴の娘に「おせい」と名を付けたと聞き、喜ばしいと伝えた書状。おせいは後に町田氏の妻となったと注記する。

  27. 追録2-No.1323 島津吉貴書状

    島津吉貴が島津綱貴へ、綱貴の健勝を願い、歳暮の祝意を伝えた書状。歳暮の贈物として目録記載品を進上する。

  28. 追録2-No.1324 島津惟久請書

    島津惟久が島津大蔵へ、中川因幡守屋敷との屋敷替えに関する詳しい指示を了承した請書。指示どおり書状を作って小笠原彦大夫へ差し出し、年内に実現しなければ翌年改めて願い出てもよいとの見通しを承知して、引き続き取り次ぐよう頼む。

  29. 追録2-No.1325 阿部正武書状

    阿部正武が島津吉貴へ、将軍徳川綱吉の機嫌がよく、先頃本庄安芸守邸へ御成りになったことへの吉貴の祝意を了承した書状。書面の内容を同僚と相談し、将軍へ言上したと報じる。

  30. 追録2-No.1326 柳沢吉保・松平輝貞連署書状

    柳沢吉保と松平輝貞が連署して島津吉貴へ、将軍徳川綱吉の機嫌がよく、先頃本庄安芸守邸へ御成りになったことへの吉貴の祝意をもっともとし、書面の趣旨を了承した書状。

  31. 追録2-No.1327 近衛家熙書状

    近衛家熙が島津吉貴へ、先頃の返書が丁寧であったことを喜び、寒い時節にも吉貴が平安であると知って重ねて喜んだ書状。自身も無事であると伝える。

  32. 追録2-No.1328 近衛家熙書状

    近衛家熙が島津吉貴へ、先頃の返答として届いた数通の書状がいずれも懇切であったことを喜んだ書状。吉貴が安寧であると知って喜び、自身の周辺も無事だと伝える。

  33. 追録2-No.1329 島津久明外三名連署達書

    島津久明・久輝・久珍・久重が連署して小坂六郎左衛門ら三名へ、江戸で調製した領分絵図の控を当地で渡すので、十二月十一日か十二日頃に受取人を派遣するよう命じた達書。現地では絵図方役人から渡すと伝える。

  34. 追録2-No.1330 島津久明外三名連署達書

    島津久明・久輝・久珍・久重が連署して宇宿伝左衛門ら三名へ、江戸で調製した領分絵図の控を当地で渡すので、十二月十四日か十五日頃に受取人を派遣するよう命じた達書。現地では絵図方役人から渡すと伝える。

  35. 追録2-No.1331 島津久明外三名連署達書

    島津久明・久輝・久珍・久重が連署して竹村惣左衛門へ、江戸で調製した日州支配所絵図の控を当地で渡すので、十二月十三日か十四日頃に手伝衆を派遣するよう命じた達書。現地では絵図役人から渡すと伝える。

  36. 追録2-No.1332 島津久明外三名連署達書

    島津久明・久輝・久珍・久重が連署して万江長右衛門ら四名へ、江戸で調製した日州椎葉山絵図の控を当地で渡すので、十二月六日か七日頃に受取人を派遣するよう命じた達書。現地では絵図方役人から渡すと伝える。

  37. 追録2-No.1333 島津久明外三名連署達書

    島津久明・久輝・久珍・久重が連署して伊東権左衛門ら四名へ、江戸で調製した領内絵図の控を当地で渡すので、十二月九日か十日頃に受取人を派遣するよう命じた達書。現地では絵図役人から渡すと伝える。

  38. 追録2-No.1334 島津久明外三名連署達書

    島津久明・久輝・久珍・久重が連署して戸村惣右衛門・九津見吉左衛門へ、江戸で調製を終えた日向国絵図の控を各担当者へ書き写して渡すと伝えた達書。領内分の絵図が広く年内に調わない場合は、翌春まで引き延ばして渡してよいと指示する。

  39. 追録2-No.1335 菊池武信・米良陳章連署書状

    菊池武信と米良陳章が連署して島津大蔵ら四名へ、日州椎葉山絵図の控を当地で渡すとの通知を了承し、十二月六日か七日頃に受取人を派遣すると答えた書状。絵図役人からの引渡しと、かねて遠江守から頼んでいた調達への配慮に謝意を述べる。

  40. 追録2-No.1336 伊東祐秋外二名連署書状

    伊東祐秋・山田宗武・松岡信伴が連署して島津大蔵ら四名へ、領内絵図の控を当地で渡すとの通知を了承し、十二月九日か十日頃に受取人を派遣すると答えた書状。川崎大膳は江戸へ赴いていたため加判しなかったと付記する。

  41. 追録2-No.1337 宇宿久明外二名連署書状

    宇宿久明・伊集院久美・神宮寺純正が連署して島津大蔵ら四名へ、領分絵図の控を当地で渡すとの通知を了承し、十二月十四日か十五日頃に受取人を派遣すると答えた書状。絵図役人から受取人へ引き渡すよう求める。

  42. 追録2-No.1338 小坂昌朝外二名連署書状

    小坂昌朝ら三名が連署して島津大蔵ら四名へ、領分絵図の控を当地で渡すとの通知を了承し、十二月十一日か十二日頃に受取人を派遣すると答えた書状。絵図役人から受取人へ引き渡すよう頼む。

  43. 追録2-No.1339 戸村愛忠・九津見定春連署書状

    戸村愛忠と九津見定春が連署して島津大蔵ら四名へ、江戸で調製を終えた日向国絵図の控を各担当者に書写させ、翌春にこちらへ渡すとの通知を了承した書状。その内容を関係者へ伝えたと報告する。

  44. 追録2-No.1340 菊池武信・米良陳章連署書状

    菊池武信と米良陳章が連署して島津大蔵ら四名へ、日州椎葉山絵図の控を十二月六日か七日頃に受け取る件を再確認した書状。受取を任せていた新宮市左衛門が病気のため別人を派遣するので、絵図役人からその者へ引き渡すよう頼む。

  45. 追録2-No.1341 米良権左衛門請取状

    米良陳章(権左衛門)が松平薩摩守家中の本城源四郎・藤野休左衛門へ、幕府の諸国絵図改訂に伴い、椎葉山の下絵図を鹿児島へ提出し、清絵図が江戸評定所へ納められた経緯を記す。鹿児島で椎葉山絵図控写一枚と、変地その他の改訂目録控写を受領した証として出した請取状。

  46. 追録2-No.1342 伊東祐秋外二名連署書状

    伊東祐秋・松岡信伴・山田宗武が島津久明ら四名へ、領内絵図控を十二月九日か十日頃に渡すとの通知に応じ、受取人の松浦助右衛門を派遣したと回答した。絵図方役人から松浦へ引き渡すよう頼み、委細は本人の口上に託す。

  47. 追録2-No.1343 小坂昌朝外二名連署書状

    小坂昌朝・隈江昌興・小田知貞が島津久明へ、長門守領分絵図控を十二月十一日か十二日頃に渡すとの通知に応じ、受取人の恵利清八を派遣したと回答した。恵利への引渡しを取り計らうよう頼む。

  48. 追録2-No.1344 松浦助右衛門請取状

    伊東大和守家中の松浦祐実(助右衛門)が本城源四郎・藤野休左衛門へ、諸国絵図改訂に伴い、那珂・宮崎郡内の大和守領下絵図を鹿児島へ提出し、清絵図が江戸評定所へ納められた経緯を記す。鹿児島で領分絵図控写一枚、郷帳控写一冊、変地その他の改訂目録控写を受領した証として出した請取状。

  49. 追録2-No.1345 恵利清八請取状

    秋月長門守家中の恵利清八が本城源四郎・藤野休左衛門へ、諸国絵図改訂に伴い、長門守領内の下絵図を鹿児島へ提出し、清絵図が江戸評定所へ納められた経緯を記す。鹿児島で領分絵図控写一枚、郷帳控写一冊、変地その他の改訂目録控写を受領した証として出した請取状。

  50. 追録2-No.1346 島津久明外三名連署書状

    島津久明・久輝・新納久珍・川上久重が小坂昌朝ら三名へ、恵利清八の来訪を受け、絵図役人に長門守領分絵図などを引き渡させ、清八が受領したと回答した書状。詳細は清八の説明に委ねる。

  51. 追録2-No.1347 宇宿久明外二名連署書状

    宇宿久明・伊集院久美・神宮寺純正が島津主計と与力衆へ、家老から淡路守領内絵図控を渡すと命じられたため、受取人の春成与五左衛門を派遣したと通知した書状。受取手続を指導するよう依頼する。

  52. 追録2-No.1348 宇宿久明外二名連署書状

    宇宿久明・伊集院久美・神宮寺純正が肝付主殿とその家中へ、家老から淡路守領内絵図控を渡すと命じられたため、受取人の春成与五左衛門を派遣したと通知した書状。受取手続を指導するよう依頼する。

  53. 追録2-No.1349 稲葉正通書状

    稲葉正通が松平修理大夫へ、寒中に使者を立てて将軍の機嫌を尋ねた書状を披見し、将軍はますます安泰なので安心するよう回答した書状。献じた肴一種は同僚と相談し、首尾よく披露したと伝える。

  54. 追録2-No.1350 柳沢吉保・松平輝貞連署書状

    柳沢吉保と松平輝貞が松平修理大夫へ、寒中に使者を立てて将軍の機嫌を尋ねた書状を披見し、将軍はますます安泰なので安心するよう回答した書状。肴一種を献じたとの書面の趣旨を了承したと伝える。

  55. 追録2-No.1351 芝第焼亡、綱吉之ヲ見舞ハシム

    元禄十五年十月十八日に芝邸が二度目の火災に遭い、翌十九日、将軍徳川綱吉が齋藤治左衛門を使者として火災後の安否を尋ねた。在国中の島津吉貴がこれを聞き、使書で謝意を表したところ奉書を賜ったと記す記事。

  56. 追録2-No.1352 稲葉正通書状

    稲葉正通が松平修理大夫へ、将軍が健勝であると伝え、同族の薩摩守の居宅が類焼した際に上使を遣わされたことへの謝意を了承した書状。書面の趣旨は同僚一同が披見したと答える。

  57. 追録2-No.1353 柳沢吉保・松平輝貞連署書状

    柳沢吉保と松平輝貞が松平修理大夫へ、将軍が健勝であると伝え、同族の薩摩守の居宅が類焼した際に上使を遣わされたことへの謝意を了承した書状。稲葉正通書状と異なり、同僚による披見には触れない。

  58. 追録2-No.1354 島津綱貴書状

    島津綱貴が宛先不明の相手へ、先月六日付の見舞状を披見したと答えた書状。先頃の火災で芝屋敷が類焼したものの一同に異状はなく、相手の心遣いに謝意を示す。

  59. 追録2-No.1355 島津綱貴書状

    薩摩守綱貴が松平修理大夫へ、双方の無事を喜び、先頃の屋敷類焼の翌日に上使齋藤治左衛門が遣わされ、添仕合に思うと述べる。相手が税所治左衛門を差し越して祝意を示した心遣いにも礼を述べる。十二月十四日付。

  60. 追録2-No.1356 島津惟久書状

    島津惟久が島津久輝へ、修理大夫らの健勝を喜び、当地の中将らも無事であると伝えた書状。十五日の吉日に移徙が首尾よく済んだことを祝い、その祝意を本人へ取り次ぐよう頼む。

  61. 追録2-No.1357 春成与五左衛門請取状

    島津淡路守家中の春成与五左衛門が本城源四郎・藤野休左衛門へ、諸国絵図改訂に伴い、児湯・那珂郡内の淡路守領下絵図を鹿児島へ提出し、清絵図が江戸評定所へ納められた経緯を記す。鹿児島で領分絵図控写一枚、郷帳控写一冊、変地その他の改訂目録控写を受領した証として出した請取状。

  62. 追録2-No.1358 島津久明外三名家老連署書状

    島津久明・川上久重・新納久珍・島津忠守が宇宿久明ら三名へ、春成与五左衛門の来訪を受け、絵図役人に淡路守領分絵図控などを引き渡させたと回答した書状。詳細は春成から伝えるとする。

  63. 追録2-No.1359 島津久年書状

    十二月十五日、島津主計久年が宇宿伝左衛門・伊集院三右衛門・神宮寺外記へ、領分絵図の控の引渡しのため春成興五左衛門を派遣したという通知を承知し、その日役人から絵図・郷帳等を引き渡したと報じる。年来の御用完了を共に喜び、残りは与五左衛門から伝えるとする。署宛後の尚々では、遠方から鴨二羽を贈られた配慮に謝…

  64. 追録2-No.1360 松平頼常書状

    松平頼常が松平薩摩守へ、先頃、水戸中将が前髪を除いて昇進したとの通知を受け、その趣旨をすべて承知したと答えた書状。

  65. 追録2-No.1361 綱貴新造ノ芝第ニ移徙ス

    元禄十五年十月十八日に芝邸が焼失したため、新宅を造営し、完成後の同年十二月十五日に島津綱貴が芝の新造邸へ移徙したと記す記事。

  66. 追録2-No.1362 伊東祐秋外三名連署書状

    伊東祐秋ら四名が島津久明ら四名へ、松浦助右衛門の来訪と、大和守領分の絵図・郷帳などの控を鹿児島の絵図役人から引き渡されたことを報告した連署書状。念入りな取扱いへの謝意を示し、江戸の大和守方へ伝えるとする。

  67. 追録2-No.1363 島津惟久書状

    島津惟久が島津久年へ、高輪屋敷の作事が完成し、十八日の吉日に奥方が首尾よく移徙したことを祝い、修理大夫も満悦であろうと述べた書状。祝意を本人へ取り次ぐよう頼む。

  68. 追録2-No.1364 陽和院消息

    陽和院が松平修理大夫へ、年暮の祝意を述べ、お亀方からも同様の祝意を伝えるよう頼んだ消息。奥方・おみつ・鍋三郎が新築した奥方の住居へ十八日に無事移り、皆機嫌よく暮らしているため、相手も満足であろうと伝える。

  69. 追録2-No.1365 阿部正武書状

    阿部正武が松平修理大夫へ、寒中の将軍の機嫌伺いを了承し、将軍は健勝なので安心するよう答えた書状。献上された肴一種は同僚と相談し、首尾よく披露したと伝える。

  70. 追録2-No.1366 松平輝貞・柳沢保明連署書状

    松平右京大夫輝貞・柳沢出羽守保明が松平修理大夫へ、寒中に将軍の様子を尋ねた書状を披見し、将軍はますます勇健なので安心するよう答える。肴一種を献上した件も紙面のとおり承知したと伝える。No1365と異なり相談・披露の文言はない。原署名は保明と記す。十二月二十三日付。

  71. 追録2-No.1367 近衞基熙書状

    近衞基熙が島津綱貴へ、居宅の造営が完成し、去る十五日に移徙したことを祝った書状。祝儀として目録記載品を贈る。

  72. 追録2-No.1368 近衞家熙書状

    近衞家熙が島津綱貴へ、居宅の造営が整い、去る十五日に移徙したことを祝った書状。祝詞を表すため目録記載品を送る。

  73. 追録2-No.1369 近衞家久書状

    近衞家久が島津綱貴へ、居宅の造営が整い、去る十五日に移徙したことを祝った書状。賀儀を述べるため目録記載品を贈進する。

  74. 追録2-No.1370 宇宿久明外二名連署請書

    宇宿久明・神宮寺純正・伊集院久美が島津久年へ、淡路守領内の絵図・郷帳などを引き渡すよう命じられ、春成与五左衛門へ諸事を指図して首尾よく完了したと報告した連署請書。相手の配慮への謝意も述べる。

  75. 追録2-No.1371 平松時量書状

    平松時量が松平薩摩守へ、二十四日に火災が発生して自邸へ悪い風向きとなり案じたものの、鎮火して安堵したと伝えた書状。その際、京都屋敷の伊集院主水配下の者たちが尽力したことに謝意を述べる。

  76. 追録2-No.1372 島津吉貴書状

    島津吉貴が島津綱貴へ、綱貴の健勝と当地一同の無事を喜び、島津惟久の妻が平産し、男子を出産したことを祝った書状。

  77. 追録2-No.1373 徳川綱吉御内書

    将軍徳川綱吉が島津綱貴へ、歳暮の祝儀として届けられた小袖五重を喜んで受納したと伝え、詳しくは土屋相模守政直から述べさせるとした御内書。

  78. 追録2-No.1374 島津久雄年首ノ賀使トナル

    元禄十六年、島津綱貴が島津久雄を年首の賀使として江戸へ派遣し、正月二日に登城して年頭の賀儀を述べたと記す記事。

  79. 追録2-No.1375 相良頼喬書状

    絵図役人をはじめ関係者の念入りな取扱いに謝意を述べる。

  80. 追録2-No.1376 島津綱貴書状

    島津綱貴が島津吉貴へ、新年を祝い、吉貴の無事な越年を喜ぶとともに、当地の一門にも異状がないと伝えた書状。祝詞の印として目録記載品を贈る。

  81. 追録2-No.1377 小笠原長重書状

    小笠原長重が松平修理大夫へ、将軍の健勝を喜ぶ旨を了承し、芝屋敷の類焼に伴う同族薩摩守の願いが認められたことへの謝意も承知したと答えた書状。このため差し出された使者の書面は同僚一同が閲覧したとする。

  82. 追録2-No.1378 柳沢吉保・松平輝貞連署書状

    柳沢吉保と松平輝貞が松平修理大夫へ、将軍の健勝を喜ぶ旨を了承し、芝屋敷の類焼に伴う同族薩摩守の願いが認められたことへの謝意も承知したと答えた連署書状。小笠原長重書状と異なり、使者や同僚の閲覧には触れない。

  83. 追録2-No.1379 小笠原長重書状

    小笠原長重が松平修理大夫へ、将軍の健勝を喜ぶ旨を了承し、同族薩摩守に六月中の国元への暇が許されたことへの謝意も承知したと答えた書状。書面は同僚一同が閲覧したとする。

  84. 追録2-No.1380 柳沢吉保・松平輝貞連署書状

    柳沢吉保と松平輝貞が松平修理大夫へ、将軍の健勝を喜ぶ旨を了承し、同族薩摩守に六月中の国元への暇が許されたことへの謝意も承知したと答えた連署書状。小笠原長重書状と異なり、同僚の閲覧には触れない。

  85. 追録2-No.1381 多田院尊光書状

    多田院尊光が松平薩摩守へ、新年と無事な越年を祝い、神前で武運長久の祈祷を勤修したため、その御札を進上すると伝えた書状。

  86. 追録2-No.1382 交野時香書状

    交野時香が松平薩摩守へ、前年末に屋敷の造作が完成し、移徙したことを祝った書状。併せて新年の祝意を述べる。

  87. 追録2-No.1383 戸村愛忠外二名連署書状

    戸村愛忠・九津見定春・伴良輔が島津大蔵ら六名へ、領内絵図の控が完成に近づいたため、十五日巳刻後に受取人を遣わすとの通知を了承した連署書状。念入りな取扱いに謝意を示し、絵図役人へも使者を送るとする。

  88. 追録2-No.1384 阿部正武外四名老中連署状

    阿部正武ら老中五名が松平修理大夫へ、年頭の祝儀として使者を通じて献上された太刀一腰・馬代黄金十両を首尾よく披露したと伝えた連署状。

  89. 追録2-No.1385 多田院尊光書状

    多田院尊光が松平薩摩守へ、新年と無事な越年を祝い、神前で武運長久の祈祷を勤修したため、その御札を進上すると伝えた書状。正月九日付の同趣旨書状と日付が異なる。

  90. 追録2-No.1386 近衞基熙書状

    近衞基熙が島津綱貴へ、新年の賀状を受け、綱貴の無事な越年を喜ぶとともに、自身も変わりないと答えた書状。目録記載品を贈られたことと、年来の厚意に謝意を示す。

  91. 追録2-No.1387 近衞家久書状

    近衞家久が島津綱貴へ、新年の賀状を披見し、綱貴の無事な越年を喜ぶとともに、自身も変わりないと答えた書状。目録記載品を贈られ、毎々の厚意に満足したと述べる。

  92. 追録2-No.1388 秋元喬朝書状

    秋元但馬守喬朝が松平薩摩守へ、書状を拝見し、去年の冬に当地で大地震があった際、一位様(桂昌院と傍注)がますます機嫌よく過ごしていることを喜ぶ旨を、念入りに書面で伝えられたことを承知したと答える。正月十五日付。

  93. 追録2-No.1389 徳川吉通書状

    徳川吉通が島津綱貴へ、新年を祝い、前日に綱貴が訪ねてきたことを喜んだ書状。

  94. 追録2-No.1390 近衞家熙書状

    近衞家熙が島津綱貴へ、前年冬に当地で火災があった際の見舞状に謝意を示した書状。火元からさほど遠くなかったが無事であり、早々の丁寧な心遣いをありがたく思うと伝える。

  95. 追録2-No.1391 近衞家久書状

    近衞家久が島津綱貴へ、前年冬に当地で火災があった際の見舞状を披見し、屋敷近辺が無事であったことを伝えた書状。丁寧な心遣いに満足したと謝意を示す。

  96. 追録2-No.1392 別所常治書状

    別所播磨守常治が松平薩摩守へ、十一日付書状を拝見し、将軍の機嫌と相手の健達を喜ぶ。石尾阿波守氏信が当地へ下着したため使者を遣わされたことを承知し、見舞いとして贈られた琉球八重山嶋産海鼠一箱に謝意を述べる。正月二十日付。

  97. 追録2-No.1393 竹村嘉躬願書

    竹村嘉躬が島津大蔵ら四名へ、日向支配所絵図の控を受け取るため前年十二月十三・十四日頃に手代を出すよう命じた十一月二十三日付書状が遅れて到着し、返答も遅れたと釈明した願書。日向に置いた手代を派遣するので、絵図控を引き渡すよう願う。

  98. 追録2-No.1394 近衞基熙書状

    近衞基熙が島津綱貴へ、前年十二月二十四日夜に当地で火災があったものの、自邸近辺は無事だったと伝えた書状。火災見舞いの丁寧な書面に深く満足したと謝意を示す。

  99. 追録2-No.1395 島津吉貴書状

    島津吉貴が島津綱貴へ、芝屋敷の作事が完成し、前年十二月十五日に綱貴が移徙したことを祝った書状。併せて高輪屋敷の作事も完成し、同月十八日に移徙したと報告する。

  100. 追録2-No.1396 近衞家熙書状

    近衞家熙が島津綱貴へ、自身の新宅への移徙祝いとして、遠方から使者と書状を寄せ、目録記載品を贈ったことに謝意を述べた書状。綱貴の健勝を喜び、自身も無事であると伝える。