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追録2の目録
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追録2-No.2598 近衛基熙書状
近衛家久が孟陽晦日、薩摩少将吉貴へ、旧臘の左相府の関白勅許に際し、遠国から祝賀書状と目録どおりの品を送られたことに謝し、親切な心遣いに満足していると伝える。後の慶事を期す。No2597とは別通。
追録2-No.2599 大久保忠増書状
大久保加賀守忠増が閏正月十日、薩摩守吉貴へ、年頭祝賀と公方・大納言の安泰、年始の規式が無事済む予定であることを伝える。吉貴の献じた樽肴は各人と相談して首尾よく披露したと知らせる。
追録2-No.2600 松平忠栄・松平輝貞連署書状
松平伊賀守忠栄・松平右京大夫輝貞が閏正月十日、薩摩守吉貴へ、年頭祝賀と公方・大納言の安泰、年始の規式が無事済む予定であることを伝える。吉貴の献じた樽肴と紙面の趣旨を承知したと答える。
追録2-No.2601 本多正永書状
本多伯耆守正永が閏正月十日、薩摩守吉貴へ、年頭祝賀と公方・大納言の安泰、年始の規式が無事済む予定であることを伝える。吉貴の献じた樽肴を首尾よく披露したと知らせる。No2599・2600とは差出人が異なる。
追録2-No.2602 北郷忠置系譜抄
北郷家の伊豆守忠置の系譜記事。宝永五年閏正月十日、島津吉貴が麓府館に来て舞台で能を催したこと、後年に吉貴が武陽へ赴いた際に忠置が供奉したこと、忠置が将軍家宣に拝謁したことを記す。
追録2-No.2603 島津忠英別家建立の記事
花岡邑主周防久儔〈初名忠英〉の譜に、宝永五年閏正月十五日、忠英が別家を立てたため、太刀・馬代・三種二荷を献上したと記す。
追録2-No.2604 井上正岑ほか三名連署書状
井上正岑・大久保忠増・秋元喬朝・土屋政直が閏正月十三日、松平薩摩守吉貴へ、公方・大納言の健勝を伝える。使者を通じた参勤時期の照会を上聞に達したところ、六月中に参府するよう仰せ出されたので、その意を承知するよう知らせる。
追録2-No.2605 徳川綱條書状
徳川綱條が島津吉貴へ、迎春の祝儀を述べ、吉貴が無事に年を越したとの知らせを喜ぶ。遠方からの丁重な消息に礼を述べる。
追録2-No.2606 徳川吉通書状
尾張中納言徳川吉通が島津吉貴へ、春の祝儀を述べる。吉通自身が無事に年を越したと伝え、吉貴からの消息に礼を述べる。No.2605と同日だが差出人が異なる。
追録2-No.2607 徳川吉孚書状
水戸中将徳川吉孚が島津吉貴へ、改春の祝儀を述べ、吉貴が無事に年を越したことを喜ぶ。吉貴からの書状を受け取ったと伝える。
追録2-No.2608 徳川吉宗書状
紀伊中納言徳川吉宗が島津吉貴へ、春の祝儀を述べ、吉貴が無事に年を越したとの知らせを喜ぶ。自身と家中も健在であると伝え、丁重な消息に礼を述べる。
追録2-No.2609 近衛基熙書状
近衛基熙が島津吉貴へ、関白・従一位への任命を祝う吉貴の書状を受け取り、丁重な祝意に感謝する。自身は健康に過ごしているとも伝える。
追録2-No.2610 近衛基熙書状
近衛基熙が島津吉貴へ、新年の祝儀を記した書状を受け、吉貴が無事に年を越したことを喜ぶ。目録に記された贈答品も受け取ったと伝え、前年同様の心遣いに礼を述べる。
追録2-No.2611 近衛家久書状
近衛家久が島津吉貴へ、関白の叙位を祝う吉貴の書状を受け取り、親切な祝意を喜ぶ。No.2609と同じ関白叙位への祝賀を扱うが、差出人が異なる。
追録2-No.2612 近衛家熙書状
近衛家熙が春半初六、薩摩少将吉貴へ、平安を喜ぶ。旧臘に洞中へ献じられた絵巻物の執奏に関する奉書が到来し、今これを授与したところ畏まって受けたという書状の趣旨と、目録どおりの贈り物を喜び謝する。
追録2-No.2613 井上正岑ほか三名連署書状
井上正岑ら四人が島津吉貴へ、八重姫が無事に出産したとの知らせを受け、吉貴が祝儀として目録どおりの品を献じたことを首尾よく披露したと伝える。
追録2-No.2614 徳川吉通書状
尾張中納言徳川吉通が島津吉貴へ、前年末に紀州の殿が中納言に任じられた件について吉貴の書状を受け、趣旨を承知したと答える。
追録2-No.2615 徳川吉孚書状
水戸中将徳川吉孚が島津吉貴へ、紀州中納言の任官を祝う吉貴の書状を受け、遠方からの心遣いを喜ぶ。No.2614と同じ任官を扱うが差出人が異なる。
追録2-No.2616 徳川吉宗書状
紀伊中納言徳川吉宗が島津吉貴へ、前年末に自分が中納言に任じられたことへの祝儀を受け、目録どおりの贈答品と遠方からの心遣いに礼を述べる。No.2614・2615と同じ任官を本人が答えた書状。
追録2-No.2617 小笠原長重書状
小笠原長重が島津吉貴へ、吉貴が献じた葛粉一箱を首尾よく披露したと知らせる。品名と数量を明記した献上品披露の返書。
追録2-No.2618 井上正岑書状
井上正岑が島津吉貴へ、大納言の機嫌がよいとの知らせを喜ぶ。正月二十日の東叡山御堂参詣について吉貴の書状を受け、承知したと答える。
追録2-No.2619 井上正岑書状
井上正岑が島津吉貴へ、大納言の機嫌がよいとの知らせを喜ぶ。正月二十四日の増上寺御仏殿参詣について吉貴の書状を受け、承知したと答える。No.2618とは参詣先と日付が異なる。
追録2-No.2620 松平忠栄・松平輝貞連署書状
松平忠栄・松平輝貞が島津吉貴へ、大納言の機嫌がよいとの知らせを喜ぶ。正月二十四日の増上寺御仏殿参詣について吉貴の書状を受け、承知したと答える。No.2619と同じ参詣を扱うが差出人が異なる。
追録2-No.2621 松平忠栄・松平輝貞連署書状
松平忠栄・松平輝貞が島津吉貴へ、大納言の機嫌がよいとの知らせを喜び、正月二十日の東叡山御堂参詣について吉貴の書状を受けて承知したと答える。No.2618と同じ参詣を扱う連署の返書。
追録2-No.2622 評定所定書
評定所の呼出し・出頭・礼状取次の手順を定める。縁類・親類、召寄せ人、証拠を持つ者らの門番所への申出、庭や座敷での席次、警固、使者の応対を細かく規定し、蔵人・帯刀・市正・中務・大蔵の名を末尾に列記する。
追録2-No.2623 口事糺明手続の定書
宝永五年二月の口事糺明手続の定書。毎月五・十二・十八・二十二・二十五日の審理日と出席する奉行・御目付らを定め、双方の訴状・証拠、論人や証拠人の事情をあらかじめ調べ、先格と道理を吟味して公正に処理するよう求める。口問書の清書・照合・披露、家老への申出、籠入・親類預・遠慮、偽りや身分格式をめぐる扱い、審…
追録2-No.2624 秋元喬朝書状
秋元但馬守喬朝が三月三日、薩摩守吉貴へ、公方・大納言の機嫌がよいことを伝え、先頃公方が護持院へ御成になった件を承知したという書状を受けたことに喜びを示す。紙面の趣旨は各人と相談して上聞に達したと知らせる。
追録2-No.2625 本多正永書状
本多正永が島津吉貴へ、大納言の機嫌がよいとの報告に加え、以前からの根津権現への参詣の儀が滞りなく済んだとの知らせを受け、喜ぶ。No.2624とは参詣先と差出人が異なる。
追録2-No.2626 松平忠栄・松平輝貞連署書状
松平忠栄・松平輝貞が島津吉貴へ、大納言の機嫌がよいとの報告と、根津権現への参詣の儀が滞りなく済んだとの知らせを受け、喜ぶ。No.2625と同件だが連署の返書。
追録2-No.2627 松村・梅小路連署消息
梅小路・まつ村が三月六日、島津勘解由・島津帯刀へ、薩摩守吉貴の書状を受け、御二御所と吉貴の安否を喜び、この趣旨を伝えるよう求める。左府の関白宣下祝儀として、閏正月五日、堀源左衛門正隆を使者に吉貴夫妻へ贈った件に触れ、奥様へ無事を願う心遣いを披露するよう求める。
追録2-No.2628 つほね・ひて連署消息
ひて・つほねが三月六日、島津勘解由・島津帯刀へ、薩摩守吉貴の書状を受け、御二御所と吉貴の安否を喜び、よろしく伝えるよう求める。閏正月五日、堀源左衛門を使者に関白宣下祝儀の目録どおりの品を贈った件を記し、奥様へも無事を願う心遣いを披露するよう求める。
追録2-No.2629 江戸市中火災記事
八日に江戸の市店から火が出て院中に及び、同日、四御所の渡御先を用意したと記す。女院は中宮還幸の場所、主上は表方、東宮は裏方に仮殿を定め、今後の儀は案内を待つよう記している。
追録2-No.2630 本多正永書状
本多正永が島津吉貴へ、大納言の機嫌がよいとの報告と、閏正月十四日の増上寺御仏殿参詣の知らせを受け、喜ぶ。No.2625の根津権現参詣とは参詣先と日付が異なる。
追録2-No.2631 本多正永書状
本多正永が島津吉貴へ、献上された御肴一種を首尾よく披露したと伝える。品の種類と披露の報告に絞った短い返書。
追録2-No.2632 土屋政直書状
土屋政直が島津吉貴へ、大納言の機嫌がよいとの報告と、先頃の日光准后に関する儀が滞りなく済んだとの知らせを受け、喜ぶ。
追録2-No.2633 松平忠栄・松平輝貞連署書状
松平忠栄・松平輝貞が島津吉貴へ、大納言の機嫌がよいとの報告と、日光准后に関する儀が滞りなく済んだとの知らせを受け、喜ぶ。No.2632と同件を連署で答えた書状。
追録2-No.2634 島津吉貴参勤記事
島津吉貴が四月十日に参勤のため国を発ったことを記す。島津玄蕃忠直・島津帯刀忠雄・種子島弾正伊時らが従い、十八日に脇本から船で出発、五月七日に播州室津、十二日に大坂、十六日に伏見に着き、二十日に東行した行程を列記する。
追録2-No.2635 土屋政直書状
土屋政直が島津吉貴へ、大納言の機嫌がよいとの知らせと、先頃の松平美濃守邸への訪問の儀が滞りなく済んだとの報告を受け、喜ぶ。No.2636とは同じ訪問を扱うが差出人が異なる。
追録2-No.2636 松平忠栄・松平輝貞連署書状
松平忠栄・松平輝貞が島津吉貴へ、大納言の機嫌がよいとの知らせと、先頃の松平美濃守邸への訪問の儀が滞りなく済んだとの報告を受け、喜ぶ。No.2635と同件を連署で答えた書状。
追録2-No.2637 土屋政直書状
土屋政直が島津吉貴へ、大納言の機嫌がよいとの知らせと、二月朔日に八重姫が安産だったとの報告を喜ぶ。吉貴が使者を差し越したことも承知したと答える。
追録2-No.2638 小笠原長重書状
小笠原長重が島津吉貴へ、大納言の機嫌がよいとの知らせと、二月朔日に八重姫が安産だったとの報告を喜ぶ。使者の差越しも承知したと答え、No.2637とは差出人が異なる。
追録2-No.2639 松平忠栄・松平輝貞連署書状
松平忠栄・松平輝貞が島津吉貴へ、大納言の機嫌がよいとの知らせと、二月朔日に八重姫が安産だったとの報告を喜ぶ。No.2637・2638と同件を連署で答えた書状。
追録2-No.2640 土屋政直書状
土屋政直が島津吉貴へ、大納言の機嫌がよいとの報告と、先頃の松平右京大夫邸への訪問の儀が滞りなく済んだとの知らせを受け、喜ぶ。No.2635の松平美濃守邸とは訪問先が異なる。
追録2-No.2641 松平忠栄・松平輝貞連署書状
松平忠栄・松平輝貞が島津吉貴へ、大納言の機嫌がよいとの報告と、先頃の松平右京大夫邸への訪問の儀が滞りなく済んだとの知らせを受け、喜ぶ。No.2640と同じ訪問を連署で答えた書状。
追録2-No.2642 小笠原長重書状
小笠原長重が島津吉貴へ、大納言の機嫌がよいとの知らせと、先頃の松平美濃守邸への訪問の儀が滞りなく済んだとの報告を受け、喜ぶ。
追録2-No.2643 土屋政直書状
土屋政直が島津吉貴へ、大納言の機嫌がよいとの知らせと、先頃の松平伊賀守邸への訪問の儀が滞りなく済んだとの報告を受け、喜ぶ。No.2642とは訪問先が異なる。
追録2-No.2644 松平忠栄・松平輝貞連署書状
松平忠栄・松平輝貞が島津吉貴へ、大納言の機嫌がよいとの知らせと、先頃の松平伊賀守邸への訪問の儀が滞りなく済んだとの報告を受け、喜ぶ。No.2643と同件を連署で答えた書状。
追録2-No.2645 土屋政直書状
土屋政直が島津吉貴へ、大納言の機嫌がよいとの知らせと、先頃の成満院への訪問の儀が滞りなく済んだとの報告を受け、喜ぶ。
追録2-No.2646 松平忠栄・松平輝貞連署書状
松平忠栄・松平輝貞が島津吉貴へ、大納言の機嫌がよいとの知らせと、先頃の成満院への訪問の儀が滞りなく済んだとの報告を受け、喜ぶ。No.2645と同件を連署で答えた書状。
追録2-No.2647 徳川綱吉御内書
徳川綱吉が島津吉貴へ、端午の祝儀として贈られた帷子・単物数十を受け取り喜んだと伝える。詳しい返答は井上河内守から述べさせるという御内書。
追録2-No.2648 本多正永・小笠原長重連署書状
本多正永・小笠原長重が島津吉貴へ、端午の祝儀として使者を通じて目録どおりの品を献じた件を首尾よく披露したと伝える。No.2647は将軍本人の受領返答で、本状は献上披露の報告。
追録2-No.2649 本多正永書状
本多正永が島津吉貴へ、大納言の機嫌がよいとの知らせと、二月二十九日の東叡山御仏殿参詣の報告を受け、喜ぶ。参詣の日付と場所を明記した返書。
追録2-No.2650 大久保忠増書状
大久保忠増が島津吉貴へ、大納言の機嫌がよいとの知らせと、先頃の観音堂参詣の儀が滞りなく済んだとの報告を受け、喜ぶ。No.2649の東叡山御仏殿参詣とは参詣先が異なる。
追録2-No.2651 松平忠栄・松平輝貞連署書状
松平忠栄・松平輝貞が島津吉貴へ、大納言の機嫌がよいとの知らせと、先頃の観音堂参詣の儀を承知したと答える。No.2650と同じ参詣を連署で答えた書状。
追録2-No.2652 本多正永書状
本多正永が島津吉貴へ、大納言の機嫌がよいとの知らせと、先頃の浜御殿への訪問の儀が滞りなく済んだとの報告を受け、喜ぶ。
追録2-No.2653 大久保忠増書状
大久保忠増が島津吉貴へ、大納言の機嫌がよいとの知らせを喜び、立坊・立后の儀が済んだことを承知したと答える。使者を差し越した件も受け、書面の趣旨を相談・言上すると伝える。
追録2-No.2654 本多正永書状
本多正永が島津吉貴へ、大納言の機嫌がよいとの知らせと、立坊・立后の儀が済み、吉貴が使者を差し越した件を承知したと答える。No.2653と同件だが差出人が異なる。
追録2-No.2655 松平忠栄・松平輝貞連署書状
松平忠栄・松平輝貞が島津吉貴へ、大納言の機嫌がよいとの知らせと、立坊・立后の儀が済み、吉貴が使者を差し越した件を承知したと答える。No.2653・2654と同件を連署で答えた書状。
追録2-No.2656 大久保忠増書状
大久保忠増が島津吉貴へ、大納言の機嫌がよいとの知らせと、先頃の山王社参の儀を承知したと答える。No.2657と同じ社参を扱うが差出人が異なる。
追録2-No.2657 松平忠栄・松平輝貞連署書状
松平忠栄・松平輝貞が島津吉貴へ、大納言の機嫌がよいとの知らせと、先頃の山王社参の儀を承知したと答える。No.2656と同じ社参を連署で答えた書状。
追録2-No.2658 大久保忠増書状
大久保忠増が島津吉貴へ、三月八日に京都の町屋から出火し、禁裏の御殿が焼けたとの知らせを受け、驚いたと答える。この件で吉貴が使者を差し越したことも承知したと伝える。
追録2-No.2659 本多正永書状
本多正永が島津吉貴へ、三月八日に京都の町屋から出火し、禁裏の御殿が焼けたとの知らせを受け、驚いたと答える。この件で吉貴が使者を差し越したことも承知し、No.2658と同じ火災を別の差出人が扱う。
追録2-No.2660 松平忠栄・松平輝貞連署書状
松平忠栄・松平輝貞が島津吉貴へ、三月八日に京都の町屋から出火し、禁裏の御殿が焼けたとの知らせを受け、驚いたと答える。No.2658・2659と同じ火災を連署で答えた書状。
追録2-No.2661 徳川吉宗書状
紀伊中納言徳川吉宗が島津吉貴へ、吉宗の差合を気遣う書状を受け取り、心配りを喜ぶ。差合の具体的な事情は本文に記さない短い返書。
追録2-No.2662 徳川綱條書状
水戸中納言徳川綱條が島津吉貴へ、松姫が養女として城に入った件について吉貴の祝意の書状を受け、喜ぶ。
追録2-No.2663 徳川吉通書状
尾張中納言徳川吉通が島津吉貴へ、松姫が本丸に入った件について吉貴の祝意の書状を受け、喜ぶ。No.2662とは松姫の本丸入りを明記した返書。
追録2-No.2664 徳川吉宗書状
紀伊中納言徳川吉宗が島津吉貴へ、松姫が養女となった件について吉貴の祝意の書状を受け、喜ぶ。No.2662・2663と近い出来事への別の差出人の返書。
追録2-No.2665 徳川吉孚書状
水戸中将徳川吉孚が島津吉貴へ、尾張中納言の妹を養女とすることが命じられた件について吉貴の祝意の書状を受け、喜ぶ。
追録2-No.2666 大久保忠増書状
大久保忠増が島津吉貴へ、大納言の機嫌がよいとの知らせと、尾張中納言の妹を養子とする命令を受けた件を承知したと答える。吉貴が使者を差し越したことも受け、書面の趣旨を相談・言上すると伝える。
追録2-No.2667 本多正永書状
本多正永が島津吉貴へ、大納言の機嫌がよいとの知らせと、尾張中納言の妹を養子とする命令を受けた件を承知したと答える。吉貴が使者を差し越したことにも触れる。
追録2-No.2668 松平忠栄・松平輝貞連署書状
松平忠栄・松平輝貞が島津吉貴へ、大納言の機嫌がよいとの知らせと、尾張中納言の妹を養子とする命令を受けた件を承知したと答える。No.2666・2667と同件を連署で答えた書状。
追録2-No.2669 大久保忠増書状
大久保忠増が島津吉貴へ、大納言の機嫌がよいとの知らせと、先頃の進休庵への訪問の儀が滞りなく済んだとの報告を受け、喜ぶ。No.2670と同件だが差出人が異なる。
追録2-No.2670 松平忠栄・松平輝貞連署書状
松平忠栄・松平輝貞が島津吉貴へ、大納言の機嫌がよいとの知らせと、先頃の進休庵への訪問の儀が滞りなく済んだとの報告を受け、喜ぶ。No.2669と同件を連署で答えた書状。
追録2-No.2671 大久保忠増書状
大久保忠増が島津吉貴へ、公方・大納言の機嫌がよく、松姫君の縁組が仰せ出されたと承知した旨を返す。吉貴が祝いの使者を差し越したことを受け、書面の趣旨を相談のうえ上聞に達すると伝える。
追録2-No.2672 本多正永書状
本多正永が島津吉貴へ、公方・大納言の機嫌がよく、松姫君の縁組が仰せ出されたと承知した旨を返す。吉貴の祝いの使者を待ち、書面の趣旨を上聞に達すると伝える。
追録2-No.2673 松平忠栄・松平輝貞連署書状
松平忠栄・松平輝貞が島津吉貴へ、公方・大納言の機嫌がよく、松姫君の縁組が仰せ出されたと承知した旨を返す。吉貴の祝いの使者と書面の趣旨を受けた、同日の連署書状。
追録2-No.2674 徳川綱條書状
水戸中納言徳川綱條が島津吉貴へ、松姫君の縁組が仰せ出されたことについて吉貴が芳翰で祝意を示したのを喜ぶ。
追録2-No.2675 徳川吉孚書状
水戸中将徳川吉孚が島津吉貴へ、松姫君の縁組が仰せ出された件を遠方から祝う書状を受け、喜ぶ。綱條の返書と同じ縁組を扱うが、差出人は吉孚。
追録2-No.2676 徳川吉宗書状
紀伊中納言徳川吉宗が島津吉貴へ、先頃、松姫君と松平若狭守方との縁組が仰せ出された件につき、吉貴から祝いの書状を受けて喜ぶ。
追録2-No.2677 井上正岑・大久保忠増・秋元喬朝・土屋政直連署書状
井上河内守正岑・大久保加賀守忠増・秋元但馬守喬朝・土屋相模守政直が六月十一日、薩摩守吉貴へ、翌十二日四ツ時に登城して参勤の御礼を申し上げるよう指示する。家来二人も御目見を仰せ付けられたため、召し連れて登城するよう伝える。
追録2-No.2678 島津吉貴参勤記事
島津吉貴は五月二十日に発して東海道・美濃路を経て六月四日に参府し、土屋相模守政直を訪ねた。十二日に登城して将軍に拝謁し、玉営へ先例どおりの幣物を献じた。島津忠直・忠雄らも先例に従ったと記す。
追録2-No.2679 島津忠直参勤供奉記事
島津忠直が四月十日に東武へ参勤する太守吉貴に供奉し、五月十八日に江戸へ着き、六月十二日に将軍綱吉への拝謁と先例どおりの進献に臨んだと記す。宝永八年六月二十五日に二十四歳で死去したことも付記する。
追録2-No.2680 井上正岑書状
井上河内守正岑が六月十五日、薩摩守吉貴へ、琉球布十巻・砂糖漬天門冬一器・泡盛酒二壺・肴一種の献上を受け、首尾よく披露したと知らせる。
追録2-No.2681 小笠原長重書状
小笠原佐渡守長重が六月十五日、薩摩守吉貴へ、琉球布十巻・泡盛酒二壺・砂糖漬天門冬一器・肴一種の献上について、首尾よく披露したと知らせる。No2680と同じ献上に関する別通。
追録2-No.2682 井上正岑書状
井上正岑が島津吉貴へ、端午の祝儀として御内書を渡すので、翌日五ツ半時に登城するよう命じる。
追録2-No.2683 松平定重書状
松平定重が島津吉貴へ、暑中の見舞いを受け、吉貴の堅固を喜ぶ。駿府の御手伝が済んだため祝儀の目録を進覧したところ、御礼があったことにも触れる。
追録2-No.2684 東山天皇女房奉書
薩摩少将が機嫌をうかがい、珍しい品々を献上したことについて、御いまの御局へ伝える仮名書きの文書。品々を披露したことを述べ、薩摩少将への返答を求める。
追録2-No.2685 慶仁親王令旨
薩摩少将から機嫌をうかがう珍しい品々の献上があり、品々を御覧になったことを御いまの御局へ伝える。献上への返答を求める仮名書きの春宮令旨。
追録2-No.2686 平松時方女房奉書副状
平松時方が島津吉貴へ、禁裏・春宮への珍しい品々の献上を取り次ぎ、殿下へ奏達したところ機嫌よく受け取られたと伝える。御返事の書状を吉貴へ届ける旨を記す。
追録2-No.2687 松平定重書状
松平越中守定重が七月四日、薩摩守吉貴へ、健固であることを喜ぶ。駿府普請が完成したため、去る二十八日、同氏因幡守が召されて時服を頂戴したという知らせを受け、ありがたいこととし、吉貴の喜びの言葉にも謝する。
追録2-No.2688 吉貴、増上寺火の番を勤む記事
七月二十九日、将軍綱吉が吉貴に増上寺の火の番を命じたと記す。あわせて、長州萩城主松平吉元、阿州徳島城主松平淡路守綱矩の名を挙げる。
追録2-No.2689 井上正岑・大久保忠増・秋元喬朝・土屋政直連署書状
井上河内守・大久保加賀守・秋元但馬守・土屋相模守が七月二十九日、薩摩守吉貴へ、増上寺火の番を仰せ付けられたため、その意を得て勤務するよう命じる。
追録2-No.2690 徳川綱吉御内書
徳川綱吉が島津吉貴へ、先頃献上した禁裏・春宮への品々を執奏し、その件の奉書を贈ったところ、吉貴の返書を喜んだと伝える。花押を伴う御内書。
追録2-No.2691 平松時方書状
平松時方が島津吉貴へ、先に陽和院殿への申し入れを承知したと伝える。禁裏・春宮への献上品について女房奉書二通が届き、御礼を上申したところ、目録どおりの品を拝領したと報じる。
追録2-No.2692 別所常治書状
別所常治が島津吉貴へ、七月二十八日夜の町屋出火で多数の家屋が焼けたが、出島・唐人屋舗と役屋敷に被害はなかったと伝える。見舞いの書状への礼を述べる。
追録2-No.2693 徳川綱吉御内書
徳川綱吉が島津吉貴へ、先頃の執奏に関して重ねて謝意を述べ、目録どおりの品を贈ったことへの吉貴の礼状を喜ぶ。花押を伴う短い御内書。
追録2-No.2694 徳川綱吉御内書
徳川綱吉が九月七日、薩摩少将吉貴へ、重陽祝儀として小袖五が届いたことを喜び、詳しくは秋元但馬守が述べると伝える。綱吉公墨印を伴う御内書。
追録2-No.2695 本多正永書状
本多正永が島津吉貴へ、重陽の祝儀として使者が目録を差し出した件を受け、首尾よく披露すると伝える。
追録2-No.2696 島津吉貴献馬記事
吉貴公譜に、吉貴が参府職礼後、先例に従って綱吉へ龍蹄〈馬〉二疋、家宣へ同一疋を献じたと記す。
追録2-No.2697 大久保忠増書状
大久保加賀守忠増が九月十二日、薩摩守吉貴へ、御馬二疋の献上を首尾よく披露したと知らせる。