ARCHIVE DIRECTORY
追録2の目録
暫定版です。原文との照合により、概要や文書の区切り等を修正する場合があります。
全3,207件中 2501~2600件・26 / 33ページ
追録2-No.2498 種子島久時・島津久輝・島津久明連署書状
種子島久時・島津久輝・島津久明が幸地親方へ、菟姫と松平刑部の縁組を祝って太守へ練蕉布三端・焼酎一壺を献じた品が無事披露されたと伝える連署書状。No.2497とは縁組の当事者が異なる。
追録2-No.2499 種子島久時・島津久輝・島津久明連署書状
種子島久時・島津久輝・島津久明が池城親方へ、年始の祝儀として太守へ練蕉布十端を献じた品が無事披露されたと伝える連署書状。No.2496~2498とは宛所と祝賀の用件が異なる。
追録2-No.2500 種子島久時・島津久輝・島津久明連署書状
種子島久時・島津久輝・島津久明が池城親方へ、本丸普請の完成を祝って太守へ練蕉布三端・焼酎一壺を献じた品が無事披露されたと伝える連署書状。No.2496とは宛所が異なる。
追録2-No.2501 種子島久時・島津久輝・島津久明連署書状
種子島蔵人久時・島津中務久輝・島津大蔵久明が識名親方へ、御本丸普請の完成を祝って太守へ練蕉布三端・焼酎一壺を献じた品が披露されたと伝える。
追録2-No.2502 種子島久時・島津久輝・島津久明連署書状
種子島久時・島津久輝・島津久明が識名親方へ、満姫と近衛左大将の縁組を祝って太守へ練蕉布三端・焼酎一壺を献じた品が披露されたと伝える。No.2501とは祝賀の対象が異なる。
追録2-No.2503 種子島久時・島津久輝・島津久明連署書状
種子島久時・島津久輝・島津久明が池城親方へ、満姫と近衛左大将の縁組を祝って太守へ練蕉布三端・焼酎一壺を献じた品が披露されたと伝える。No.2502と同じ祝儀だが宛所が異なる。
追録2-No.2504 種子島久時・島津久輝・島津久明連署書状
種子島久時・島津久輝・島津久明が幸地親方へ、太守への年始祝儀として練蕉布十端を献じた品が披露されたと伝える。焼酎は記されず、同日付の縁組祝儀書状とは数量も異なる。
追録2-No.2505 種子島久時・島津久輝・島津久明連署書状
種子島久時・島津久輝・島津久明が識名親方へ、菟姫と松平刑部の縁組を祝って太守へ練蕉布三端・焼酎一壺を献じた品が披露されたと伝える。No.2502とは縁組の当事者が異なる。
追録2-No.2506 種子島久時・島津久輝・島津久明連署書状
種子島久時・島津久輝・島津久明が識名親方へ、太守への年始祝儀として練蕉布十端を献じた品が披露されたと伝える。No.2504と同じ品目・数量だが宛所が異なる。
追録2-No.2507 種子島久時・島津久輝・島津久明連署書状
種子島久時・島津久輝・島津久明が池城親方へ、菟姫と松平刑部の縁組を祝って太守へ練蕉布三端・焼酎一壺を献じた品が披露されたと伝える。No.2505と同じ祝儀だが宛所が異なる。
追録2-No.2508 種子島久時・新納久珍・島津久輝・島津久明連署書状
種子島久時・新納久珍・島津久輝・島津久明が伊地知八郎兵衛へ、前年十二月晦日に中城王子が病没したことと、国司・中城王子の喪に伴う務めについて伝える。香奠の白銀三十枚を遣わすこと、中城王子への使者の手配も依頼する。
追録2-No.2509 種子島久時・島津久輝・島津久明連署書状
種子島久時・島津久輝・島津久明が伊地知八郎兵衛へ、国司の夏以来の筋の痛みを案じ、近ごろの快復の様子を尋ねて報告するよう求める。使者を寄越すべきかも問い、別紙の趣旨に沿って伝えるよう指示する。
追録2-No.2510 種子島久時・島津久輝・島津久明連署書状
種子島久時・島津久輝・島津久明が幸地親方へ、鍋三郎への年始祝儀として練蕉布十端を献じた品が江戸に届き、披露されたと伝える。No.2504・2506の太守宛年始祝儀とは献上先が異なる。
追録2-No.2511 種子島久時・島津久輝・島津久明連署書状
種子島久時・島津久輝・島津久明が識名親方へ、菟姫と松平刑部の縁組を祝って鍋三郎に練蕉布三端・焼酎一壺を献じた品が江戸で披露されたと伝える。No.2505の太守宛祝儀とは献上先が異なる。
追録2-No.2512 種子島久時・島津久輝・島津久明連署書状
種子島久時・島津久輝・島津久明が識名親方へ、御本丸の作事完成を祝って鍋三郎に練蕉布三端・焼酎一壺を献じた品が江戸で披露されたと伝える。No.2511とは祝賀の対象が異なる。
追録2-No.2513 種子島久時・島津久輝・島津久明連署書状
種子島久時・島津久輝・島津久明が識名親方へ、満姫と近衛左大将の縁組を祝って鍋三郎に練蕉布三端・焼酎一壺を献じた品が江戸で披露されたと伝える。No.2511の菟姫縁組とは当事者が異なる。
追録2-No.2514 種子島久時・島津久輝・島津久明連署書状
種子島久時・島津久輝・島津久明が識名親方へ、鍋三郎への年始祝儀として練蕉布十端を献じた品が江戸で披露されたと伝える。縁組や本丸作事の祝儀と異なり、焼酎は記されない。
追録2-No.2515 種子島久時・島津久輝・島津久明連署書状
種子島久時・島津久輝・島津久明が越来按司へ、鍋三郎への年始祝儀として練蕉布十端・焼酎一壺を献じた品が江戸で披露されたと伝える。No.2514とは宛所と品目が異なる。
追録2-No.2516 種子島久時・島津久輝連署書状
種子島久時・島津久輝が池城親方へ、鍋三郎への年始祝儀として練蕉布十端を献じた品が江戸で披露されたと伝える。前後の三人連署書状と異なり、この文書の署名は二人である。
追録2-No.2517 種子島久時・島津久輝・島津久明連署書状
種子島久時・島津久輝・島津久明が池城親方へ、御本丸作事の完成を祝って鍋三郎に練蕉布三端・焼酎一壺を献じた品が江戸で披露されたと伝える。No.2516の年始祝儀とは用件と数量が異なる。
追録2-No.2518 種子島久時・島津久輝・島津久明連署書状
種子島久時・島津久輝・島津久明が越来按司へ、御本丸作事の完成を祝って鍋三郎に練蕉布五端・焼酎一壺を献じた品が江戸で披露されたと伝える。同じ作事祝儀のNo.2517より練蕉布が二端多い。
追録2-No.2519 種子島久時・島津久輝・島津久明連署書状
種子島久時・島津久輝・島津久明が幸地親方へ、御本丸作事の完成を祝って鍋三郎に練蕉布三端・焼酎一壺を献じた品が江戸で披露されたと伝える。No.2517とは宛所が異なる。
追録2-No.2520 種子島久時・島津久輝・島津久明連署書状
種子島久時・島津久輝・島津久明が池城親方へ、満姫と近衛左大将の縁組を祝って鍋三郎に練蕉布三端・焼酎一壺を献じた品が江戸で披露されたと伝える。No.2513と同じ祝儀だが宛所が異なる。
追録2-No.2521 島津久輝・島津久明連署書状
島津久輝・島津久明が越来按司へ、満姫と近衛左大将の縁組を祝って鍋三郎に練蕉布五端・焼酎一壺を献じた品が江戸で披露されたと伝える。前後の三人連署書状と異なり署名は二人で、練蕉布も五端である。
追録2-No.2522 種子島久時・島津久輝・島津久明連署書状
種子島久時・島津久輝・島津久明が幸地親方へ、満姫と近衛左大将の縁組を祝って鍋三郎に練蕉布三端・焼酎一壺を献じた品が江戸で披露されたと伝える。No.2521とは宛所と練蕉布の数量が異なる。
追録2-No.2523 種子島久時・島津久輝・島津久明連署書状
種子島久時・島津久輝・島津久明が越来按司へ、菟姫と松平刑部の縁組を祝って鍋三郎に練蕉布五端・焼酎一壺を献じた品が江戸で披露されたと伝える。No.2521と同じ宛所・数量だが縁組の当事者が異なる。
追録2-No.2524 種子島久時・島津久輝・島津久明連署書状
種子島久時・島津久輝・島津久明が幸地親方へ、菟姫と松平刑部の縁組を祝って鍋三郎に練蕉布三端・焼酎一壺を献じた品が江戸で披露されたと伝える。No.2523とは宛所と練蕉布の数量が異なる。
追録2-No.2525 種子島久時・島津久輝・島津久明連署書状
種子島久時・島津久輝・島津久明が池城親方へ、菟姫と松平刑部の縁組を祝って鍋三郎に練蕉布三端・焼酎一壺を献じた品が江戸で披露されたと伝える。No.2524と同じ祝儀だが宛所が異なる。
追録2-No.2526 新納久珍書状
新納市正久珍が国司へ、年頭の祝儀として鍋三郎に献じた目録の品が江戸に届いたと伝える。具体的な品目・数量はこの書状に記されていない。
追録2-No.2527 新納久珍書状
新納市正久珍が中城王子へ、御本丸作事の完成を祝って鍋三郎に献じた別録の品が江戸に届いたと伝える。No.2526の年頭祝儀とは用件と宛所が異なる。
追録2-No.2528 新納久珍書状
新納市正久珍が中城王子へ、満姫と近衛左大将の縁組を祝って鍋三郎に献じた目録の品が江戸に届いたと伝える。No.2527の本丸作事祝儀とは祝いの対象が異なる。
追録2-No.2529 新納久珍書状
新納市正久珍が中城王子へ、菟姫と松平刑部の縁組を祝って鍋三郎に献じた目録の品が江戸に届いたと伝える。No.2528の満姫縁組とは当事者が異なる。
追録2-No.2530 島津惟久来訪中止記事
佐土原城主島津惟久は宗家の島津吉貴を訪ねる許しを得て、十月六日に居城を出て八日に福山へ到着した。しかし家千代の死去を受け、吉貴が使者を福山へ遣わして来訪を止めたため、惟久は佐土原へ帰った。
追録2-No.2531 徳川綱條書状
水戸中納言徳川綱條が島津吉貴へ、海陸の旅程に異状なく薩摩へ着いたとの便りを受け、その無事を喜んで返答する。
追録2-No.2532 徳川吉孚書状
水戸中将徳川吉孚が島津吉貴へ、江戸で暇を得て道中無事に薩摩へ着いたと知らせた吉貴の書状を喜ぶ。No.2531と同日付だが発給者は異なる。
追録2-No.2533 井上正岑・大久保忠増・秋元喬朝連署書状
井上河内守正岑・大久保加賀守忠増・秋元但馬守喬朝が十月十八日、薩摩守吉貴へ、公方・大納言の健勝を伝える。帰国暇と御馬・白銀・時服拝領、国許到着について、謝礼使者が目録記載品を献じた件を披露し、使者が御前へ召され、その入念さに喜色があったと報じる。
追録2-No.2534 本多正永・小笠原長重連署書状
本多伯耆守正永・小笠原佐渡守長重が十月十八日、薩摩守吉貴へ、公方・大納言の健勝を伝える。帰国暇と御馬・白銀・時服拝領、国元到着への謝礼使者が目録品を献じた件を披露し、使者が御前へ召され喜色があったと知らせる。公方の記載と召出対象が使者である点を補い、既往拝領の謝礼と新下賜を区別する。
追録2-No.2535 松平忠栄・松平輝貞連署書状
松平伊賀守忠栄・右京大夫輝貞が十月十八日、薩摩守吉貴へ、公方・大納言の健勝を伝える。帰国暇と御馬・白銀・時服拝領、国許到着への謝礼として使者を差し越した件を、書面の趣どおり承知したと返す。
追録2-No.2536 梅小路・まつ村連署消息
梅小路とまつ村が島津吉貴へ、吉貴の無事を喜び、十月十四日の地震後に城中に別条がないと知らせた書状を受けた旨を伝える。地震と吉貴の安否を案じ、今後も消息を寄せるよう求める。
追録2-No.2537 ひて・つほね連署消息
ひてとつほねが島津吉貴へ、吉貴の無事を喜び、十月十四日・十五日の地震にも城中で別条がないと知らせた書状を受けた旨を伝える。地震後の吉貴の安否を案じ、消息を求める。No.2536とは署名者と地震に言及する日付が異なる。
追録2-No.2538 幹姫生没系譜記事
継豊公の養女として記された幹姫について、元禄十七年三月十一日の誕生と宝永四年十月二十九日の早世を記す系譜記事。嫡母が幹姫を子としたこと、法名「明巌院殿霜尊」も載せる。
追録2-No.2539 島津惟久鹿児島来訪記事
佐土原の惟久は十月八日に宗家訪問のため福山まで来たが、家千代薨去により鹿府へ至らず佐土原へ戻った。十一月五日再発、九日福山から乗船して鹿府着、客舎に入り、十日初登城。太刀一腰・馬代白銀三枚・昆布一箱・干鯛一箱・樽一荷を吉貴へ献じ、若年寄種子島弾正伊時が取り次ぎ、対面宴饗を受ける。十二日再登城して饗応…
追録2-No.2540 近衛基熙書状
近衛基熙が薩摩少将島津吉貴へ、家千代の死去を知らせる書状を受け取り、その丁重な知らせに深く心を痛めたと答える弔意の書状。
追録2-No.2541 近衛基熙書状
近衛基熙が島津吉貴へ、家千代の死去を知らせる書状を受け、その不幸を深く悼んで返答する。
追録2-No.2542 近衛家久書状
近衛家久が島津吉貴へ、家千代の死去の知らせを受け、親しい者を失ったことを痛み悼む。同日付のNo.2541とは発給者が異なる。
追録2-No.2543 近衛基熙書状
近衛基熙が島津吉貴へ、先月四日に当地で地震があったとの便りを受けたが、被害は少なく無事だったと答える。心配して問い合わせた吉貴に安心するよう伝え、その心遣いを喜ぶ。
追録2-No.2544 徳大寺公全書状
徳大寺公全が島津吉貴へ、先月四日の当地の地震について問い合わせた吉貴の書状を受け、身に別条がないと答える。安否を気遣ったことに礼を述べる。
追録2-No.2545 井上正岑書状
井上河内守正岑が十一月七日、薩摩守吉貴へ、公方・大納言の機嫌や様子を尋ねる書状に対し、安全であるため安心するよう答える。吉貴の献じた肴一種を各人と相談して首尾よく披露したと知らせる。
追録2-No.2546 松平忠栄・松平輝貞連署書状
松平忠栄・松平輝貞が島津吉貴へ、吉貴の書状を披露し、大納言の機嫌がよいとの知らせを承知したと答える。吉貴が献じた品を受け、書状の趣旨も理解したと伝える。
追録2-No.2547 近衛家熙書状
近衛家熙が島津吉貴へ、先ごろ当地で地震があった件を吉貴が心配したことに礼を述べる。被害は難儀に及ばず、深く気遣った吉貴の厚意に満足したと伝える。
追録2-No.2548 平松時方書状
平松時方が島津吉貴へ、大坂表で大きく揺れたと聞いたが屋敷は無事で何よりと伝える。吉貴が先月四日の当地の地震を見舞ったことに礼を述べ、自身にも別条がなく早速の音問をうれしく思うと答える。
追録2-No.2549 霊元上皇女房奉書
霊元上皇の女房が御いまの御方へ、薩摩少将島津吉貴から献上された海辺の絵巻物を上皇に披露したと伝える。上皇は珍しい風景をたいそう面白く思い、その喜びを左大臣へよく伝えてほしいと命じた。
追録2-No.2550 井上正岑書状
井上正岑が島津吉貴へ、家千代死去の知らせを受け、哀悼の意を伝える。大納言の機嫌に変わりがないことも聞き、安心したと答える。
追録2-No.2551 松平忠栄・松平輝貞連署書状
松平忠栄・松平輝貞が島津吉貴へ、家千代の死去を知らせる書状を披露し、その不幸を悼む。大納言の機嫌に変わりがないとの知らせも承知し、安心したと伝える。
追録2-No.2552 小笠原長重書状
小笠原長重が島津吉貴へ、家千代の死去を知らせる書状を受けて悼む。大納言の機嫌に変わりがないとの知らせを聞き、安心したと答える。
追録2-No.2553 海辺絵巻二軸の霊元上皇献上記事
島津吉貴が法橋養伯に海辺の図を二軸描かせ、近衛左大臣家熙の執奏によって霊元上皇の院御所へ献上したことを記す。上皇の女房から家熙へ奉書が届き、家熙が吉貴へ伝えたため、その奉書を後に写し載せたという。
追録2-No.2554 霊元上皇女房奉書
霊元上皇の女房が御いまの御方へ、薩摩少将島津吉貴から献上された海辺の絵巻物を上皇が珍しい風景として喜んだと伝える。その喜びを左大臣へよく伝えるよう求める。No.2549と同文で、No.2553の献上記事に続く再録。
追録2-No.2555 小笠原長重書状
小笠原長重が島津吉貴へ、大納言の機嫌がよいとの知らせを喜ぶ。九月十四日の増上寺御仏殿参詣について吉貴から聞いた旨を答える。
追録2-No.2556 小笠原長重書状
小笠原長重が島津吉貴へ、大納言の機嫌がよいとの知らせを喜ぶ。九月八日の東叡山御堂への参詣について吉貴から聞いた旨を答える。No.2555とは参詣先と日付が異なる。
追録2-No.2557 徳川吉通書状
尾張中納言徳川吉通が島津吉貴へ、家千代の死去に伴う知らせを受け、弔意を伝える。
追録2-No.2558 徳川綱條書状
水戸中納言徳川綱條が島津吉貴へ、家千代の死去についての書状を受け、その悲しみを察し、弔意を伝える。
追録2-No.2559 徳川吉宗書状
紀伊宰相徳川吉宗が島津吉貴へ、家千代の死去を知らせる書状を受け、気遣いへの礼と弔意を伝える。
追録2-No.2560 徳川吉孚書状
水戸中将徳川吉孚が島津吉貴へ、家千代の早世を知らせる書状を受け、その深い悲しみを察して弔意を伝える。
追録2-No.2561 井上正岑書状
井上正岑が島津吉貴へ、吉貴の書状を披露し、大納言の機嫌がよいとの知らせを承知して喜ぶ。書状の趣旨も聞き届けたと答える。
追録2-No.2562 小笠原長重書状
小笠原長重が島津吉貴へ、吉貴の書状を披露し、大納言の機嫌がよいとの知らせを喜ぶ。吉貴の安否も承知し、書状の趣旨を聞いたと答える。
追録2-No.2563 即宗院楚長書状
即宗院楚長が島津大蔵久明らへ、幹姫が先月二十八日に死去したと聞き、太守の嘆きを察して悼む。折を見てこの弔意を太守へ伝えてほしいと頼む。No.2538の系譜記事は没日を二十九日と記しており、記載日が異なる。
追録2-No.2564 島津吉貴の切支丹嫌疑者取調書状
島津吉貴が永井直囿・佐久間信就へ、日向国諸県郡志布志で切支丹宗門の疑いがある一人を捕え、当地で取調べたと報告する。口問の内容を別紙三通にまとめ、本人をすぐ差し出すべきか指図を求め、使者の野村源助を派遣した。
追録2-No.2565 島津惟久佐土原帰城記事
島津惟久が十一月十八日に鹿児島城へ登って吉貴に帰城の暇を願い、吉貴はこれを許した。吉貴は相良清兵衛頼庸を宿所へ遣わし、白銀三百枚と白縮緬三十巻を贈った。惟久は二十二日に鹿児島を発ち、帖佐・加治木を経て佐土原へ帰った。
追録2-No.2566 徳川綱條書状
水戸中納言綱條が十二月二日、薩摩守吉貴へ、このたび紀伊中将方が宰相に任じられたことについて、懇ろな書状を寄せた厚意を喜び謝する。
追録2-No.2567 島津吉貴広済寺住持職任命状
島津吉貴が慈密西堂へ、広済寺の住持職を任せ、先例に従って寺務を執るよう命じる。
追録2-No.2568 秋元喬朝書状
秋元但馬守喬朝が十二月三日、薩摩守吉貴へ、十月四日・五日の地震について公方・大納言の様子を尋ねた書状に対し、両者とも機嫌よく無事であるため安心するよう答える。書状の趣旨は各人と相談して上聞に達したと知らせる。
追録2-No.2569 本多正永書状
本多正永が島津吉貴へ、十月四日・五日に当地で地震があったとの知らせを承知し、大納言の機嫌がよいことを喜ぶ。書状の趣旨も聞き届けたと答える。
追録2-No.2570 松平忠栄・松平輝貞連署書状
松平忠栄・松平輝貞が島津吉貴へ、十月四日・五日の当地の地震と、大納言の機嫌がよいとの知らせを承知して喜ぶ。吉貴の書状の趣旨も聞き届けたと答える。
追録2-No.2571 松平忠栄・松平輝貞連署書状
松平忠栄・松平輝貞が島津吉貴へ、志布志で切支丹宗門の疑いがある一人を捕らえ、口問を別紙三通に記したとの報告を受けたと答える。取調べのうえ、使者野村源助を通じて本人を早く当地へ差し出すよう求める。No.2564への返書。
追録2-No.2572 近衛基熙書状
近衛基熙が島津吉貴へ、吉貴が無事に国許にいるとの知らせを喜ぶ。折々の丁重な消息に礼を述べ、自身の安否を伝える。
追録2-No.2573 島津久時ほか五人連署書状
種子島久時ら五人が永井直囿・佐久間信就へ、志布志で捕らえた切支丹宗門嫌疑者についての指示を受け、書付に従って本人を差し出す手配をしたと伝える。差出しや取調べに関する書面のやり取りも報告する。No.2564・2571に続く件。
追録2-No.2574 山内豊隆書状
山内豊隆が島津吉貴へ、大納言の機嫌と吉貴の在国中の無事を喜ぶ。自領が地震と高潮で大きな被害を受けたため、来年の参勤を免じる奉書が先月二十七日に届いたと知らせ、吉貴の厚意に礼を述べる。
追録2-No.2575 秋元喬朝書状
秋元但馬守喬朝が十二月十三日、薩摩守吉貴へ、公方・大納言の機嫌や様子を尋ねる書状に対し安全であるため安心するよう答える。吉貴の献じた蜜柑二箱・肴一種は各人と相談して首尾よく披露したと知らせる。
追録2-No.2576 松平忠栄・松平輝貞連署書状
松平伊賀守忠栄・松平右京大夫輝貞が十二月十三日、薩摩守吉貴へ、公方・大納言の機嫌や様子を尋ねる書状に対し安全であるため安心するよう答える。吉貴の献じた蜜柑と肴および紙面の趣旨を承知したと伝える。
追録2-No.2577 本多正永書状
本多正永が島津吉貴へ、大納言の機嫌がよいとの知らせを喜ぶ。十月十四日の増上寺御仏殿参詣について吉貴の書状を受け、承知したと答える。
追録2-No.2578 秋元喬朝書状
秋元但馬守喬朝が十二月十五日、薩摩守吉貴へ、公方・大納言の機嫌や様子を尋ねる書状に対し安全であるため安心するよう答える。吉貴の献じた蜜柑二箱・肴一種は各人と相談して首尾よく披露したと知らせる。十三日付No2575とは別通。
追録2-No.2579 本多正永書状
本多伯耆守正永が十二月十五日、薩摩守吉貴へ、公方・大納言の機嫌や様子を尋ねる書状に対し安全であるため安心するよう答える。吉貴の献じた蜜柑二箱・肴一種は首尾よく披露したと知らせる。同日付No2578とは発給者が異なる。
追録2-No.2580 徳川綱條書状
水戸中納言徳川綱條が島津吉貴へ、八重姫の疱瘡が順調に快方へ向かったとの知らせを喜ぶ。丁重に知らせた吉貴の心遣いにも礼を述べる。
追録2-No.2581 道加を長崎奉行所へ護送す
肥前長崎に住み薩摩・大隅・日向三州を往来した僧形の道加が、宝永四年十一月五日、日向国諸県郡志布志に来て、自ら鬼利支丹宗であると称した。禁教であるため長崎奉行所の指示を受け、十二月十一日、用人向井市之丞友貞を監使、物頭村田伊左衛門経宅・馬廻町田勘左衛門久興らを添えて道加を長崎へ護送した。記事の宛先は設…
追録2-No.2582 永井直囿・別所常治連署書状
永井直囿・別所常治が島津吉貴へ、吉貴領内で捕えた邪宗門の者を警固の者を添えて差し送った件を報告し、当日受け取ったと伝える。使者からの口上も承知したという。道加護送に続く長崎側の受領報告。
追録2-No.2583 向井友貞書状
向井友貞が永井直囿・別所常治へ、邪宗門の者を警固の者とともに差し越したことを伝え、二人の引き合わせを求める。寒中の相手方の息災を喜び、儀礼書中で詳細を申し上げるという。
追録2-No.2584 井上正岑書状
井上正岑が島津吉貴へ、書状を拝見して吉貴の堅固を喜ぶ。先頃、島津淡路守が初めてその地へ赴いた件について、吉貴が紙面で伝えた趣旨を承知したと答える。
追録2-No.2585 土屋政直書状
土屋相模守政直が十二月二十五日、薩摩守吉貴へ、健固であることを喜ぶ。島津淡路守が相互に用事のある際、今後も吉貴の許へ来訪することを許してほしいという願いが認められ、このたび初めて来訪して諸用を済ませたという知らせを承知したと答える。
追録2-No.2586 別所常治書状
別所常治が島津吉貴へ、日州諸県郡志布志で捕えた邪宗門の者を先達て差し送った件に答える。本人を吟味したが伴う者や立ち合った者はなく、今後の吉貴家中の往来にも注意する旨を伝える。
追録2-No.2587 松村・梅小路連署消息
松村・梅小路が島津勘解由・島津帯刀へ、目録どおりの祝儀品を進上したことを述べ、近衛左府・関白も祝っていると伝える。大納言の機嫌もよいと知らせ、吉貴への祝意を取り次ぐよう依頼する。
追録2-No.2588 つほね・ひて連署消息
ひて・つほねが島津勘解由・島津帯刀へ、薩摩守吉貴の目録どおりの祝儀品進上と祝意を喜ぶ。近衛左府の関白宣下について書状を受けたことを祝い、目録どおりの品は大納言・御簾中へ披露し、両者とも満足していると伝える。吉貴の心遣いを喜び、この趣旨を伝えるよう求める。
追録2-No.2589 徳川綱吉御内書
徳川綱吉が島津吉貴へ、歳暮の祝儀として小袖五重が届いたことを喜ぶ。秋元但馬守から贈答の趣旨を聞いたと伝える。綱吉の黒印を伴う御内書。
追録2-No.2590 交野時香書状
交野時香が島津吉貴へ、用向きに関する目録を受け取って礼を述べ、陽和院殿からの懇意にも触れる。吉貴の堅勝を喜び、娘の祝儀について送られた目録も拝見したと伝え、来春のことを期して結ぶ。
追録2-No.2591 本多正永・小笠原長重連署書状
本多伯耆守正永・小笠原佐渡守長重が正月十一日、薩摩守吉貴へ、年頭祝儀として使者をもって太刀一腰・馬代黄金十両を献じたことについて、首尾よく披露したと知らせる。
追録2-No.2592 井上正岑ほか三名連署書状
井上河内守正岑・大久保加賀守忠増・秋元但馬守喬朝・土屋相模守政直が正月十一日、薩摩守吉貴へ、年頭祝儀として使者をもって太刀一腰・馬代黄金十両を献じたことについて、首尾よく披露したと知らせる。No2591と同じ献上に関わる四人連署の別通。
追録2-No.2593 秋元喬朝書状
秋元喬朝が島津吉貴へ、檜重一組を献じた件を受け、首尾よく披露したと伝える。年頭の太刀・馬代黄金に続く、品物を異にする献上品披露の返書。
追録2-No.2594 近衛家熙書状
近衛家熙が島津吉貴へ、春の祝儀を述べた書状を拝見し、吉貴が平安に年を越したと聞いて喜ぶ。目録に記された贈答品も受け取り、丁重な心遣いに感謝する。
追録2-No.2595 近衛家久書状
近衛家久が島津吉貴へ、年頭の祝儀の書状を拝見し、吉貴が無事に年を越したことを喜ぶ。目録に記された贈答品を受け取ったと知らせ、今後も変わらぬ交誼を願う。
追録2-No.2596 近衛基熙書状
近衛基熙が島津吉貴へ、前年冬に左丞相家の執柄を命じられた折、吉貴から祝意を記した書状と目録どおりの品が届いたことに礼を述べる。任命への祝賀を受けた返書。
追録2-No.2597 近衛家久書状
近衛家久が島津吉貴へ、前年末に受けた知らせと、遠国から目録を添えて送られた品への感謝を伝える。吉貴の厚意を喜び、以後も変わらぬ交誼を願う。