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追録2の目録

暫定版です。原文との照合により、概要や文書の区切り等を修正する場合があります。

全3,207件中 1501~1600件・16 / 33ページ

  1. 追録2-No.1497 島津久明外四名連署書状

    島津久明ら家老五名が識名親方へ、年頭の祝儀として島津綱貴に練蕉布十端を進上した件を、首尾よく綱貴へ披露したと通知した連署書状。

  2. 追録2-No.1498 島津久明外四名連署書状

    島津久明ら家老五名が幸地親方へ、年頭の祝儀として島津綱貴に練蕉布十端を進上した件を、首尾よく綱貴へ披露したと通知した連署書状。

  3. 追録2-No.1499 柳沢吉保書状

    柳沢吉保が島津綱貴へ、綱貴の健勝を喜び、将軍の機嫌を伺うため使者を差し越した件について書面の趣旨を承知したと答えた書状。

  4. 追録2-No.1500 島津綱貴書状

    島津綱貴が琉球国司へ、当年の佳祥を祝う使者の書状と、恒例に準じた目録記載品を贈られたことを喜び、謝意を伝えた返書。

  5. 追録2-No.1501 島津綱貴書状

    島津綱貴が琉球国司へ、琉球が平安であるとの知らせを喜び、贈られた銅製品一本(本文の品名一字欠)・唐織一軸・縮布五端に謝意を述べた返書。

  6. 追録2-No.1502 島津綱貴書状

    中将綱貴が中城王子へ、今年の慶事を祝う書状と、佳例に準じた別録記載品を贈られたことを喜び謝意を伝える。九月二十七日付。

  7. 追録2-No.1503 島津綱貴書状

    島津綱貴が中城王子へ、前年冬に江戸の町屋から出火して屋敷が類焼した件について、丁重な見舞状と目録記載品を贈られたことを喜び、謝意を述べた返書。

  8. 追録2-No.1504 島津久明外四名連署書状

    家老五名が読谷山王子へ、去年中将へ年頭祝儀を述べた際に、御書と宇治御茶一壺・二種一荷を贈られたことについて、王子から書状で示された礼の趣旨は中将へ届いたと伝える。九月二十七日付。返礼品への王子の謝意を中将へ伝えたことの通知であり、家老が王子へ謝意を表す書状としない。

  9. 追録2-No.1505 島津久明外四名連署書状

    家老五名が読谷山王子へ、奈百姫(綱貴四女と傍注)の誕生に際し、去年中将へ祝儀を述べたところ御書と目録品を贈られたことについて、王子からの礼の趣旨は中将へ伝わったと通知する。九月二十七日付。去年は祝儀を述べた時期に掛かり、誕生年を本条から新たに確定しない。

  10. 追録2-No.1506 島津久明外四名連署書状

    島津久明ら家老五名が越来按司へ、自身の称号を前年に越来へ改めた件について川上八郎左衛門へ送った書状の趣旨を承知し、島津綱貴へ伝えたと通知した連署状。

  11. 追録2-No.1507 島津久明外四名連署書状

    島津久明ら家老五名が越来按司へ、年始の祝儀として島津綱貴に練蕉布十端・焼酎一壺を進上した件を、首尾よく綱貴へ披露したと通知した連署状。

  12. 追録2-No.1508 島津久輝書状

    島津久輝が幸地親方へ、年始の祝儀として島津吉貴に練蕉布三端を進上した件を披露したところ、吉貴が喜んだと伝えた書状。

  13. 追録2-No.1509 島津久輝書状

    島津久輝が読谷山王子へ、前年に島津吉貴へ年頭祝儀を述べたことへの吉貴の返書について、読谷山王子の謝意を吉貴へ伝えたところ、吉貴が心遣いを喜んだと知らせた書状。

  14. 追録2-No.1510 島津久輝書状

    島津久輝が読谷山王子へ、奈百姫誕生に際して前年夏に島津吉貴へ祝儀を述べた件について、吉貴から返書と目録記載品が贈られたことへの謝意を首尾よく伝えたと知らせた書状。

  15. 追録2-No.1511 阿部正武外四名連署状

    稲葉正通・秋元喬朝・小笠原長重・土屋政直・阿部正武が松平薩摩守綱貴へ、帰国暇と御馬・白銀・時服拝領、国許到着への御礼として使者から目録品を献上された件を披露し、使者を御前に召し出され、入念な謝礼を将軍が喜んだと伝える。

  16. 追録2-No.1512 柳沢吉保・松平輝貞連署書状

    柳沢吉保・松平輝貞が島津綱貴へ、綱貴の帰国暇と御馬・白銀・時服拝領後、国元到着の御礼として使者が目録品を献じた件について、書面の趣旨を承知したと答えた連署書状。

  17. 追録2-No.1513 島津吉貴書状

    松平修理大夫吉貴が中将綱貴へ、冷気に向かう時節の健勝を祝い、当地の一門にも変わりがないと伝える。機嫌伺いとして鱈帚巻十を進上する。吉貴の譜にもあるとの注を伴う。

  18. 追録2-No.1514 近衞基熙書状

    近衞基熙が島津綱貴へ、孫女の誕生に際して祝賀の書状と目録記載品を贈られたことに、親切な心遣いとして深く謝意を述べた書状。

  19. 追録2-No.1515 近衞家熙書状

    近衞家熙が島津綱貴へ、こちらでの安産に際して祝賀の書状と目録記載品を贈られたことを喜び、親切な心遣いに深く謝意を述べた書状。

  20. 追録2-No.1516 近衞家久書状

    近衞家久が島津綱貴へ、父公方の女子誕生に際して祝賀の書状と目録記載品を贈られたことを喜び、懇切な心遣いに謝意を述べた書状。

  21. 追録2-No.1517 進藤長房外三名連署書状

    進藤長房・今大路光好・進藤長之・今大路孝在が喜入安房・新納市正へ、無上法院(常子内親王・基熙室と注)の一周忌に、御二所様が大徳寺へ香奠を進上した心遣いを右大臣が喜び、その旨を二人へ伝えるよう命じたと通知する。十月六日付。

  22. 追録2-No.1518 徳川吉孚書状

    徳川吉孚が島津綱貴へ、帰国暇を首尾よく得て道中も無事に国元へ到着したとの知らせを喜び、丁重な書状に謝意を述べた書状。

  23. 追録2-No.1519 永井直圓・別所常治連署書状

    永井直圓・別所常治が島津綱貴へ、琉球の夏船・秋船十二艘が先月二十四日から二十九日までに帰帆し、領内の浦々へ例どおり対応を命じたと家来から報告された件を承知したと答えた連署書状。

  24. 追録2-No.1520 平松時方書状

    平松時方が島津綱貴へ、交野時香が三位・宮内卿に任じられたことを大いに喜び、その件への綱貴の祝詞に謝意を述べた書状。

  25. 追録2-No.1521 島津綱貴書状

    中将綱貴が琉球国司へ、亀女方の入輿を聞いて祝儀を示し、目録記載品を贈られたことを喜び謝す。十月十三日付。亀女は人名で動物の亀には分類しない。

  26. 追録2-No.1522 交野時香書状

    交野時香が島津綱貴へ、宮内卿叙任を承知した綱貴から祝詞と目録記載品を贈られたことに謝意を述べ、品々を受納したと伝えた書状。

  27. 追録2-No.1523 島津吉貴書状

    島津吉貴が島津綱貴へ、綱貴が海陸とも無事に八月四日に鹿児島城へ到着したことを祝い、御礼使の島津新八が御目見を済ませて奉書を受け、当日当地を出立すると報告した書状。

  28. 追録2-No.1524 島津吉貴書状

    島津吉貴が島津綱貴へ、鍋三郎とみつの件が首尾よく調ったことを伝え、祝儀の使者と目録記載品を受け取ったことに謝意を述べた書状。注記は鍋三郎とみつの出生について説明する。

  29. 追録2-No.1525 島津吉貴書状

    松平修理大夫吉貴が中将綱貴へ、先頃、生御霊の祝儀として目録記載品を進上したところ、入念な返答を受けたことに謝意を述べる。十一月四日付。

  30. 追録2-No.1526 小笠原長重書状

    小笠原長重が島津綱貴へ、将軍の機嫌を伺う綱貴に将軍が健勝であると伝えて安心させ、綱貴が献上した御肴一種を首尾よく披露したと報告した書状。

  31. 追録2-No.1527 柳沢吉保・松平輝貞連署書状

    柳沢吉保・松平輝貞が島津綱貴へ、将軍の機嫌を伺った書状を披見し、将軍が健勝であると伝えて安心させたうえ、綱貴が御肴一種を献上したとの書面の趣旨を承知したと答えた連署書状。

  32. 追録2-No.1528 島津吉貴書状

    島津吉貴が島津綱貴へ、先頃の娘の出生に際して目録記載の祝儀品を贈られたことに謝意を述べ、御礼の使者を差し上げるとともに目録記載品を進上した書状。

  33. 追録2-No.1529 交野時香書状

    交野時香が島津綱貴へ、宮内卿叙任への祝意に謝して目録記載品を贈り、厳寒へ向かう折の綱貴の健勝を祈った書状。

  34. 追録2-No.1530 阿部正武外四名連署書状

    稲葉正通ら老中五名が島津綱貴へ、将軍が健勝であると伝え、使者を通じて参勤時期を伺った件を将軍に聞かせたところ、翌年四月中に参府するよう命じられたと通知した連署書状。

  35. 追録2-No.1531 島津吉貴書状

    島津吉貴が島津綱貴へ、綱貴が翌年の参勤時期を伺ったところ例年どおり四月中の参府を命じられたことを祝い、祝意を伝えた書状。

  36. 追録2-No.1532 島津吉貴書状

    島津吉貴が島津綱貴へ、年末を迎える折の健勝を祈り、歳暮の祝儀として目録記載品を進上した書状。

  37. 追録2-No.1533 鳥居忠救書状

    鳥居播磨守忠救が松平薩摩守の取次へ、十八日の大火で芝屋敷が危険となり退避したが夜中に無事帰ったと伝え、自身の下屋敷も類焼したと述べる。二十二日夜の大地震については芝・高輪の屋敷に異変はなく安心するよう伝え、自身の屋敷は大破したが手が入り修復を始めたと知らせる。十八日・二十二日に先月とは記さない。

  38. 追録2-No.1534 島津惟久書状

    嶋津淡路守惟久が嶋津大蔵へ、家来宇宿傳左衛門(久明と傍注)と三角太兵衛に不届きがあったため、今二十五日に暇を出し、御分国と日向国から追放して他家奉公を禁じたと通知する。中将へ伝え、宛先の家中にも二人を召し抱えないよう周知してほしいと頼む。十一月二十五日付。

  39. 追録2-No.1535 島津吉貴書状

    島津吉貴が島津綱貴へ、十八日の四谷出火が大火となり、二十二日夜には江戸で大地震が起きて余震が続く一方、将軍と一門は無事であると報告した書状。

  40. 追録2-No.1536 阿部正武外三名連署書状

    阿部正武ら老中四名が島津吉貴へ、御修復中のため翌二十八日の月次御礼は行わず、登城に及ばないと通知した連署書状。

  41. 追録2-No.1537 阿部正武外四名連署書状

    稲葉正通ら老中五名が島津吉貴へ、御修復中のため翌朔日の例月御礼は行わず、登城に及ばないと通知した連署書状。

  42. 追録2-No.1538 島津惟久書状

    島津惟久が島津大蔵へ、先に通知した家来宇宿傳左衛門・三角太兵衛の不届きによる薩摩藩領・日向国からの追放について、書付を添えて改めて知らせ、適宜披露するよう頼んだ書状。詳細は使者の口上に含める。

  43. 追録2-No.1539 島津吉貴書状

    島津吉貴が島津綱貴へ、寒気の折の健勝を伺い、当地の一門にも異変がないと伝えた書状。寒中の機嫌伺いを目的とする。

  44. 追録2-No.1540 平松時量書状

    平松時量が島津綱貴へ、先月十八日の江戸大火と二十二日の大地震について、芝御屋敷と高輪が無事だったと聞いて安堵し、田町御屋敷の類焼を痛ましく思うと伝えた書状。遠国にいる綱貴の心配を察する。

  45. 追録2-No.1541 平松時方書状

    平松時方が島津綱貴へ、先月十八日の江戸大火と二十二日の大地震について、田町御屋敷は類焼したが芝・高輪御屋敷は無事で、将軍も健勝であると伝えた書状。遠国にいる綱貴の心配を察する。

  46. 追録2-No.1542 石井行康書状

    石井行康が島津綱貴へ、先月十八日の江戸大火と二十二日の大地震に驚いたと述べ、田町御屋敷は類焼した一方、芝・高輪御屋敷は無事と聞いて安堵した書状。綱貴の遠国での心配を察する。

  47. 追録2-No.1543 徳川吉孚書状

    徳川吉孚が島津綱貴へ、徳川主税頭に家領相続が命じられた件について、綱貴から伝えられた祝意を喜んだと述べた書状。

  48. 追録2-No.1544 秋元喬朝書状

    秋元但馬守喬朝が松平薩摩守へ、寒気の時節にも相手が堅固であると聞き喜び、入念な書面と目録記載品を贈られたことに謝意を述べる。

  49. 追録2-No.1545 稲葉正通書状

    稲葉正通が島津綱貴へ、綱貴が献上した蜜柑二箱と御肴一種を首尾よく披露したと報告した書状。

  50. 追録2-No.1546 阿部正武外四名連署書状

    稲葉正通ら老中五名が島津吉貴へ、御修復中のため翌十五日の例月御礼は行わず、登城に及ばないと通知した連署書状。

  51. 追録2-No.1547 島津惟久書状

    島津惟久が島津大蔵へ、先月二十二日丑刻の大地震後も芝・高輪両御屋敷に異状がなく、一同が健勝であると報告し、中将島津綱貴へ披露するよう頼んだ書状。

  52. 追録2-No.1548 島津吉貴書状

    島津吉貴が島津綱貴へ、例年の献上品の残りとして桜島蜜柑と炙鰹を贈られたことに謝意を述べ、礼を伝えた書状。

  53. 追録2-No.1549 土屋政直書状

    土屋政直が島津綱貴へ、寒中の書状を受けて将軍が健勝であると伝え、綱貴が献上した羽織五と御肴一種を諸老中で相談して首尾よく披露したと報告した書状。

  54. 追録2-No.1550 小笠原長重書状

    小笠原佐渡守長重が松平薩摩守へ、相手が堅固であるとの書状を喜び、紗綾二百端と一種を贈られたことに謝意を述べる。十二月十五日付。

  55. 追録2-No.1551 柳沢吉保・松平輝貞連署書状

    柳沢吉保と松平輝貞が島津綱貴へ、寒中の書状を受けて将軍が健勝であると伝え、綱貴が献上した羽織五と御肴一種の件を承知したと回答した連署書状。

  56. 追録2-No.1552 近衛基熙書状

    近衛基熙が島津綱貴へ、先頃一種の品に書状を添えて送ったところ、丁寧な礼状が届いたことを喜び、後便を期すと伝えた書状。

  57. 追録2-No.1553 近衛家熙書状

    近衛家熙が島津綱貴へ、先頃一種の品に書状を添えて送ったところ、丁寧な礼状が届いたことを喜び、後便を期すと伝えた書状。

  58. 追録2-No.1554 近衛家久書状

    近衛家久が島津綱貴へ、先頃贈った一種の品について丁寧な謝礼が届いたことを喜び、後便を期すと伝えた書状。

  59. 追録2-No.1555 島津惟久書状

    島津惟久が島津大蔵へ、中将島津綱貴からの見舞状に答え、先月十八日の江戸火災で三田屋敷は類焼したが女子らは無事であると報告し、綱貴の配慮に謝意を述べた書状。

  60. 追録2-No.1556 倹約令覚

    家作の梁や手の込んだ造作、歳暮年頭の祝儀、衣類、料理、菓子、献上品、年始の振舞、風烈時の外出など十項目について、華美を避け倹約を守るよう命じた覚書。強風時は年礼であっても延期し、在宿するよう定める。

  61. 追録2-No.1557 松平輝貞書状

    松平輝貞が島津綱貴へ、将軍が健勝で、先頃輝貞の私邸へ来訪して機嫌よく還御したと報告し、その慶事への綱貴の祝意を喜んだ書状。

  62. 追録2-No.1558 土屋政直書状

    土屋政直が島津綱貴へ、将軍が健勝で、先頃増上寺へ参詣したことへの綱貴の祝意を受け取り、内容を上聞に達したと回答した書状。

  63. 追録2-No.1559 柳沢吉保・松平輝貞連署書状

    柳沢吉保と松平輝貞が島津綱貴へ、将軍が健勝で、先頃増上寺へ参詣したことへの綱貴の祝意を受け取り、その趣旨を承知したと回答した連署書状。

  64. 追録2-No.1560 島津吉貴書状

    島津吉貴が島津綱貴へ、鍋三郎とみつの件が首尾よく済んだことへの祝儀を使者から受け取ったと礼を述べ、返礼として目録記載品を使者に持たせたと報告した書状。

  65. 追録2-No.1561 徳川信庸書状

    徳川信庸が島津綱貴へ、江戸の大火と強い地震に際する見舞状を拝見し、将軍が一層健勝であるため安心するよう伝え、綱貴の配慮に謝意を述べた書状。

  66. 追録2-No.1562 徳川綱吉御内書

    徳川綱吉が島津綱貴へ、歳暮の祝儀として小袖五重が届いたことを喜び、詳細は阿部正武が伝えるとした御内書。綱吉の黒印を据える。

  67. 追録2-No.1563 琉球国司尚貞書状

    琉球国司尚貞が島津綱貴へ、改年を祝い、綱貴と領国の平安を喜んだうえ、安里親方を使者として新年の祝詞を伝え、目録記載品を進上した書状。

  68. 追録2-No.1564 読谷山王子尚益書状

    読谷山王子尚益が島津綱貴へ、改年を祝い、綱貴と領国の平安を喜んだうえ、新年の祝詞を述べ、目録記載品を進上した書状。

  69. 追録2-No.1565 琉球国司尚貞書状

    琉球国司尚貞が島津吉貴へ、改年を祝い、吉貴と領国の平安を喜んだうえ、安里親方を使者として新年の祝詞を伝え、目録記載品を進上した書状。

  70. 追録2-No.1566 中城王子尚純書状

    中城王子尚純が島津吉貴へ、年頭の吉祥と多幸を祝い、祝詞を伝える書状とともに、目録記載品を吉例として進上した書状。

  71. 追録2-No.1567 読谷山王子尚益書状

    読谷山王子尚益が島津吉貴へ、改年を祝い、吉貴の安泰を願う祝詞を述べ、別紙の目録に記した品を進上した書状。

  72. 追録2-No.1568 阿部正武外四名連署書状

    稲葉正通ら老中五名が島津綱貴へ、年頭の祝儀として使者から太刀一腰と御馬代黄金十両を受け取り、首尾よく披露したと報告した連署書状。

  73. 追録2-No.1569 島津綱貴書状

    島津綱貴が万里小路大進御房へ、前年十一月二十九日夜の火災が寺内まで類焼したものの、御前が無事であったと承知し、安心と慶びを伝えた書状。

  74. 追録2-No.1570 秋元喬朝書状

    秋元喬朝が島津綱貴へ、将軍が健勝であると伝え、前年冬の当地の激しい地震を案じて綱貴が差し越した使者について、書面の趣旨を老中らで相談して上聞に達したと報告した書状。

  75. 追録2-No.1571 柳沢吉保・松平輝貞連署書状

    柳沢吉保と松平輝貞が島津綱貴へ、将軍が健勝であると伝え、前年冬の当地の激しい地震を案じた綱貴の書状を受け取り、その趣旨を承知したと回答した連署書状。

  76. 追録2-No.1572 島津綱貴書状

    島津綱貴が島津吉貴へ、吉貴と一門が無事であるとの知らせを喜び、自身も異状がないので安心するよう伝え、寒中見舞への配慮に謝意を述べた書状。

  77. 追録2-No.1573 島津綱貴書状

    島津綱貴が戸田長門守へ、このたび御成御殿を拝領したとの知らせを受け、慶賀の意を伝えた書状。

  78. 追録2-No.1574 鳥居忠救書状

    鳥居忠救が島津綱貴へ、前年十一月十八日の火災、二十二日の大地震、二十九日の大火に遭ったが、屋敷も人々も無事であったと報告し、綱貴の見舞状に謝意を述べた書状。

  79. 追録2-No.1575 松平定直書状

    松平定直が島津綱貴へ、前年冬の江戸の激しい地震でも自身と屋敷に異状がなかったと報告し、綱貴から届けられた見舞状への謝意を述べた書状。

  80. 追録2-No.1576 近衛家熙書状

    近衛家熙が島津綱貴へ、当地の火災は離れた場所で起こり、自身に異状はなかったと伝え、早々に書状を寄せた綱貴の配慮を喜んだ書状。

  81. 追録2-No.1577 近衛家熙書状

    近衛家熙が島津綱貴へ、堀川新造邸への前殿下の移徙に際して、綱貴から賀状と目録記載品を贈られたことを喜び、綱貴の健勝を祝った書状。

  82. 追録2-No.1578 池田吉明書状

    池田吉明が島津綱貴へ、前年冬の当地の激しい地震で屋敷に少し損傷があったものの、ほかに異状はないと報告し、綱貴の見舞状に謝意を述べた書状。

  83. 追録2-No.1579 稲葉正通書状

    稲葉正通が島津綱貴へ、前年冬の当地の地震で私邸が損傷したが、けが人はなく出勤できていると報告し、綱貴の見舞状に謝意を述べた書状。

  84. 追録2-No.1580 土屋政直書状

    土屋政直が島津綱貴へ、年頭の祝意に答え、前年冬の当地の強い地震を案じた綱貴の見舞状を受け取り、綱貴が無事であることも喜んだ書状。

  85. 追録2-No.1581 宗義方書状

    宗対馬守義方が松平薩摩守へ、旧冬の地震について見舞いの書状を寄せられた心遣いに謝意を述べる。

  86. 追録2-No.1582 島津吉貴書状

    島津吉貴が島津綱貴へ、前年十一月十八日の火災と二十二日の地震でも一門に異状はなく、その後も小さな揺れは続くが次第に軽くなっていると報告し、綱貴の心遣いに謝意を述べた書状。

  87. 追録2-No.1583 近衛基熙書状

    近衛基熙が島津綱貴へ、新年の祝詞と目録記載品が届いたことを喜び、綱貴の健勝と多幸を祝った書状。

  88. 追録2-No.1584 近衛家熙書状

    近衛家熙が薩摩中将綱貴へ、新年の祝詞を受け、綱貴が健やかに越年したことを喜び、自身の側も同様に変わりないと答える。目録記載品を贈られた懇情に謝意を述べる。仲春朔日付。

  89. 追録2-No.1585 近衛家久書状

    近衛家久が島津綱貴へ、新年の祝詞を受け、綱貴が健勝で越年したことを喜び、例年どおり贈られた目録記載品に謝意を述べた書状。

  90. 追録2-No.1586 近衛家熙書状

    近衛家熙が島津吉貴へ、新年の祝詞を受け、吉貴が無事に越年したことを喜び、当地も同様であると伝えた書状。

  91. 追録2-No.1587 近衛家久書状

    近衛家久が島津吉貴へ、新年の祝詞を受け、吉貴が無事に越年したことを喜び、当地も同様であると伝えた書状。

  92. 追録2-No.1588 島津綱貴書状

    島津綱貴が松平陸奥守へ、前年冬に少将へ昇進したとの知らせを受け、祝意を伝えた書状。

  93. 追録2-No.1589 島津綱貴書状

    島津綱貴が松平伊予守へ、前年冬の江戸火災で桜田屋敷が類焼し、さらに激しい地震にも遭った際、伊予守が桜田屋敷へ二度使者を送ったことに謝意を述べた書状。

  94. 追録2-No.1590 島津綱貴書状

    島津綱貴が島津吉貴へ、新年の祝意に答え、吉貴が正月二日の登城御礼を無事に済ませ、御盃と時服を拝領したことを喜び、目録記載品の贈答に謝意を述べた書状。

  95. 追録2-No.1591 島津綱貴書状

    島津綱貴が島津吉貴へ、前年十二月二十七日付の書状で吉貴の無事を知って喜び、鍋三郎とおみつの縁組が首尾よく済んだ祝儀として贈った目録品への返礼と、吉貴からの目録品に謝意を述べた書状。

  96. 追録2-No.1592 島津綱貴請書

    島津綱貴が戸田長門守忠利へ、前年末に桜田屋敷へ使者を遣わして歳暮の祝儀を述べ、時服五領を下した厚意に謝意を表し、その旨の取り次ぎを頼んだ請書。

  97. 追録2-No.1593 島津綱貴書状

    島津綱貴が中山備中守信敏へ、前年冬に寒中見舞として二種を進上したところ、中山が桜田屋敷へ使者を送り礼を述べたことに謝意を表し、その旨の取り次ぎを頼んだ書状。

  98. 追録2-No.1594 島津綱貴書状

    島津綱貴が土屋相模守政直へ、前年十二月二十四日に命じられた家作・祝儀の贈答の簡素化、献上以外の杉・檜・畳・白木台の不使用、衣類・振舞の倹約、強風時の在宿という書付の趣旨を承知したと答えた書状。

  99. 追録2-No.1595 島津久房家紋拝領記事

    求馬久房(光久十七男と注)の譜に、元禄十七年二月九日、綱貴が衣服の紋を自筆で書き、二階堂出右衛門行佐(小納戸役)を通じて与えたと記す。その図は十字の縦横の先が円外へ少し尖って出て、円内は丸く、外形は花輪のようであると説明する。

  100. 追録2-No.1596 島津綱貴書状

    島津綱貴が聖護院門跡の岩坊法印へ、前年冬の江戸火災・地震に際して私屋敷まで見舞いの使僧を遣わされた厚意に謝意を述べ、門跡への取り次ぎを頼んだ書状。