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追録2の目録
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追録2-No.2998 浜御殿への御成を承知する井上正岑書状
井上正岑が島津吉貴へ、公方の機嫌を伝え、先ごろ浜御殿への御成があったことを承知したと答える。No.2995・2996と同じ御成を扱う井上からの返書。
追録2-No.2999 清揚院三十三回忌の増上寺参詣を承知する間部詮房書状
間部詮房が島津吉貴へ、清揚院の三十三回忌法事が増上寺で執り行われ、九月十四日に御仏殿へ参詣した旨を承知したと答える。No.2997の本多正永書状と同じ法事を扱う別返書。
追録2-No.3000 浜御殿への御成を承知する間部詮房書状
間部詮房が島津吉貴へ、公方の機嫌を伝え、先ごろ浜御殿への御成があったことを承知したと答える。同じ十一月のNo.2999とは異なり、清揚院法事ではなく浜御殿への御成を扱う。
追録2-No.3001 常憲院三回忌法事の東叡山参詣を承知する間部詮房書状
間部詮房が島津吉貴へ、常憲院の三回忌法事で前月十日に東叡山の御仏殿へ参詣した旨を承知したと答える。前の清揚院法事を扱う書状とは、故人と寺が異なる。
追録2-No.3002 参覲の御礼を述べるため翌十五日の登城を命じる連署状
井上正岑・大久保忠増・本多正永・秋元喬知が島津吉貴へ、参覲の御礼を申し上げるため、翌十五日の五時過ぎに登城するよう伝える。四名連署の登城指示。
追録2-No.3003 家臣二人を御目見のため召し連れるよう命じる書状
本多正永・秋元喬知が島津吉貴へ、吉貴の家臣二人に御目見が仰せ付けられたので、二人を召し連れて登城するよう伝える。同日のNo.3002は吉貴自身の参覲の御礼のための登城を指示する。
追録2-No.3004 島津吉貴と家臣らの将軍家宣への拝謁記事
島津吉貴が井上正岑・大久保忠増・本多正永・秋元喬知の奉書を受けて登城し、将軍徳川家宣に拝謁して参覲の礼を述べ、恒例の品を献じたと記す。一族の島津筑後忠置や家老島津将監久當らも拝謁した。
追録2-No.3005 翌十六日四時の登城を命じる四名連署状
井上河内守・大久保加賀守・本多伯耆守・秋元但馬守が十一月十五日、吉貴へ、御用があるため翌十六日四時に登城するよう命じる。
追録2-No.3006 将軍の意向による吉貴の叙任と琉球使者登城の記事
井上正岑らの奉書を受けた島津吉貴の登城と、将軍家宣からの意向を記す。吉貴の従四位上・左近衛中将への叙任、琉球人の登城、家宣への拝謝、大目付仙石丹波守の来訪と拝領品に触れる。
追録2-No.3007 島津吉貴の従四位上・中将叙任を伝える連署状
井上正岑ら五名が松平紀伊守へ、松平薩摩守吉貴を従四位下・少将から従四位上・中将へ進める旨を伝え、宣旨などの儀を相談して奏聞するよう求める。
追録2-No.3008 島津吉貴を従四位上に叙す宣旨
吉貴を従四位下から従四位上へ叙する旨の宣旨。上卿は冷泉中納言で、蔵人右少弁藤原光栄が奉じたと記す。
追録2-No.3009 島津吉貴を左近衛権中将に転任させる宣旨
左近衛権少将の島津吉貴を左近衛権中将に転任させる旨の宣旨。上卿は徳大寺大納言で、蔵人左少弁藤原治房が奉じたと記す。No.3008の位階昇進とは別の官職の宣旨。
追録2-No.3010 島津吉貴の左近衛権中将転任を命じる辞令
大外記兼掃部頭造酒正の中原朝臣師英が、従二位行権大納言藤原朝臣公全の宣を奉じ、左近衛権少将の島津吉貴を左近衛権中将に転任させるよう命じる。No.3009の宣旨に続く別文書。
追録2-No.3011 島津吉貴を従四位上に叙する位記
従四位下の島津吉貴を従四位上に叙する位記。中務卿邦永親王らの関与と多くの公卿の署名・官位を列記し、付札には口宣案二枚、宣旨一枚、位記一巻とある。
追録2-No.3012 吉貴叙任時の上卿・職事を列記する覚書
島津吉貴が従四位上となる際の上卿・職事として冷泉院中納言と烏丸右少弁を記し、中将となる際には徳大寺大納言と清閑寺左少弁を記す。二つの叙任手続の担当者を対にした覚書。
追録2-No.3013 琉球使者同行と吉貴叙任を喜ぶ連署消息
豊原・ときわる・み室・たかせ・川しまが松平薩摩守吉貴側へ、公方様・御台様の無事を喜び、琉球人を変わらず連れていることを祝う。従四位上中将に任じられたことを喜び、書状にある御礼の趣を申し上げると返す。
追録2-No.3014 吉貴の官位昇進の祝儀と御礼に触れる消息
ひてが島津吉貴へ、官位昇進の祝儀で前日に二人の所へ参ったことや、御礼の書状に触れ、吉貴の長寿を祝う。
追録2-No.3015 琉球使者同行と従四位上・中将叙任への祝意
ひてが島津吉貴へ、将軍の機嫌と琉球人を召し連れた件を聞き、吉貴が従四位上・中将となったことを喜ぶ。吉貴の長久繁昌を願う返書。
追録2-No.3016 琉球使者同行と米三千俵拝領を喜ぶ消息
ひてが島津吉貴へ、琉球人を召し連れた件と、上使仙石丹波守を通じて米三千俵を拝領した件を聞き、喜びを伝える。前のNo.3015が官位昇進を祝うのに対し、こちらは米三千俵を挙げる。
追録2-No.3017 琉球使者同行と米三千俵拝領を喜ぶ連署消息
川島ら五名が島津吉貴へ、琉球人の同行と、上使仙石丹波守を通じた米三千俵の拝領を聞き、喜ぶ。No.3016と同じ用件を五名連署で伝える別の返書。
追録2-No.3018 琉球使者の将軍家宣拝謁から帰国までの経過
島津吉貴が琉球使者を率いて登城し、将軍徳川家宣に拝謁させた。美里王子・豊見城王子が品を献じ、十一月二十一日には使者が音楽を奏し、二十三日には国服を賜る。その後、十二月十八日に江戸を辞し、翌年に鹿児島を経て琉球へ帰った経過を記す。
追録2-No.3019 琉球使者の大坂着船から江戸参府・帰途までの記録
御代替の祝儀使者・美里王子と中山王の継目使者・豊見城王子が、島津吉貴に伴われ江戸へ赴いた経過を、十一月十一日の大坂川口着船から記す。船と宿所、警固・食糧の手配、登城時の御目見・献上・席次、二十一日の琉球音楽披露、使者らへの拝領や中山王への遣物を詳記する。十二月十八日に使者が江戸を発ったことまで、日ご…
追録2-No.3020 琉球使者を伴う登城と家臣の御目見を喜ぶ消息
ひてが島津吉貴へ、将軍と御台所の機嫌を聞き、前日に琉球使者を召し連れて登城した際、将軍から親しい上意を受け、吉貴の家臣まで御目見を仰せ付けられたことを喜ぶ。
追録2-No.3021 琉球使者の登城・家臣の御目見を喜ぶ別の返書
豊原・ときわる・三室・たかせ・かわしまが吉貴側へ、公方様・御台様の無事を喜び、昨日琉球使者を伴って登城し、御目見と懇ろな上意を受け、家来までも御目見を仰せ付けられたことを喜ぶ。御礼の趣を申し上げると返す。
追録2-No.3022 琉球音楽の上覧と使者・楽人への饗応を喜ぶ返書
とよ原が島津吉貴へ、前日に琉球音楽が将軍の上覧を受け、吉貴に懇ろな上意があったことを喜ぶ。琉球の両使とそのほかの者に料理が下され、楽人にも拝領があったことを伝え、御文の届け方について返答する。
追録2-No.3023 琉球音楽上覧と楽人の拝領に対する返書
ひてが島津吉貴へ、前日の琉球音楽が上覧され、吉貴に懇ろな上意があり、琉球の両使とそのほかの者には料理、楽人にも拝領があったことを喜ぶ。吉貴の礼状に返答する。
追録2-No.3024 使者らの登城と拝領を喜び寒気を案じる返書
ひてが島津吉貴へ、寒気の中でも息災であることを喜び、前日に中山王の使者とそのほかの者が登城し、中山王や使者らに拝領品があったことを祝う。御台所の機嫌もよいと述べる返書。
追録2-No.3025 島津吉貴の登城と叙爵・任官の御礼
島津吉貴が十一月二十八日に登城し、将軍家宣へ太刀一腰・御馬代黄金十両・御小袖二十、御台所へ白銀三十枚を献じた。家宣に拝謁して、叙爵・任官の御礼を述べたことを記す。
追録2-No.3026 翌二十八日の登城と官位御礼を指示する連署状
井上河内守ら四名が島津吉貴へ、翌二十八日五時過ぎに登城し、官位について御礼を申し上げるよう指示する。十一月二十七日付の連署状。
追録2-No.3027 官位御礼の成就を喜ぶ返書
ひてが吉貴側へ、御二所の機嫌がよいことを喜び、今日吉貴が官位の御礼を首尾よく申し上げたと聞いて祝う。御礼の趣をよろしく申し上げると返す。
追録2-No.3028 吉貴の官位御礼の首尾を喜ぶ連署消息
豊原・ときわる・みむろ・たかせ・川しまが吉貴側へ、御二所の機嫌を喜び、今日官位の御礼を首尾よく申し上げたことを祝う。御礼の趣を申し上げると返す。
追録2-No.3029 御台所から中山王への贈物を喜ぶ返書
ひてが島津吉貴へ、中山王から両使が差し上げられた祝儀に際し、御台所が堀山城守を使者として中山王へ贈物を届け、吉貴にも拝領があったことを喜ぶ。吉貴からの礼状への返事。
追録2-No.3030 御台所から中山王への贈物を喜ぶ五名連署の返事
豊原ら五名が島津吉貴へ、中山王の両使参上に伴い、御台所が堀山城守を使者として中山王へ贈物を届け、吉貴にも拝領があったことを喜ぶ。吉貴からの礼状への返事。
追録2-No.3031 平等王院へ吉田郷の花尾権現宮領を寄付する目録
肝付兼柄らが平等王院へ、薩摩国吉田郷山厚地村の花尾権現宮について、高二十石と名寄帳を記した土地を寺領として寄付する。三十六坊を建て、忠久の志願による旧寺を再興する趣旨を記す。
追録2-No.3032 本地院へ吉田郷の花尾権現宮領を寄付する目録
肝付兼柄らが本地院へ、薩摩国吉田郷山厚地村の花尾権現宮について、高二十石と名寄帳を記した土地を寺領として寄付する。三十六坊の建立と、島津忠久の志願による旧寺の再興を記す。
追録2-No.3033 普賢院へ吉田郷の花尾権現宮領を寄付する目録
肝付兼柄と島津久貫が普賢院へ、薩摩国吉田郷山厚地村の花尾権現宮に関する高二十石と名寄帳記載の土地を寺領として寄付する。三十六坊を建てて旧寺を再興する趣旨を記す。
追録2-No.3034 圓融院へ吉田郷の花尾権現宮領を寄付する目録
肝付兼柄らが圓融院へ、薩摩国吉田郷山厚地村の花尾権現宮について、高二十石と名寄帳記載の土地を寺領として寄付する。三十六坊を建て、島津忠久の志願による旧寺を再興する旨を記す。
追録2-No.3035 多聞院へ吉田郷の花尾権現宮領を寄付する目録
肝付兼柄らが多聞院へ、薩摩国吉田郷山厚地村の花尾権現宮について、高二十石と名寄帳記載の土地を寺領として寄付する。三十六坊の建立と旧寺の再興を記す。
追録2-No.3036 蜜柑二箱と御肴一種の献上への返書
秋元但馬守喬知が十二月七日、吉貴へ、蜜柑二箱・肴一種の献上を披露し、好結果であったと返す。
追録2-No.3037 琉球使者の参府と国政を中山王へ伝える書状
島津吉貴が琉球国司へ、御代替の祝儀のため美里王子、国司自身の継目のため豊見城王子を参府させたことを述べる。遠国の使者を引き連れて参府し、旧来の規矩を失わず祝意を示したことを喜び、今後も国中の政務を正道に従って行うよう伝える。
追録2-No.3038 常憲院法事への香奠奉納を伝える返書
大久保加賀守忠増が十二月十六日、吉貴へ、常憲院一回御忌法事に際し使者を通じ献じた香奠を東叡山へ首尾よく奉納し、上聞に達したと伝える。
追録2-No.3039 歳暮の小袖五重到来を伝える消息
差出人が島津吉貴へ、歳暮の祝儀として小袖五重が届いたことを喜び、詳しくは土屋相模守が伝えると述べる。将軍家の黒印を伴う。
追録2-No.3040 口宣調達・受領と御礼目録贈品に答える松平信庸書状
松平紀伊守信庸が十二月二十七日、吉貴へ、公方様の無事を伝える。官位について命じられ、老中奉書が届き、伝奏へ申し入れて口宣等を調え、使者が受け取ったと報告する。また吉貴から太刀・黄金馬代と目録どおりの品を贈られたことに謝す。
追録2-No.3041 官位昇進を祝う花押四の短状
島津吉貴へ、官位昇進を厳命により請い、宣使が遣わされて登ったことを祝う。目録を添えた短状で、花押番号四を記す。
追録2-No.3042 官位昇進を祝う花押十の短状
島津吉貴へ、官位昇進を厳命により請い、宣使が遣わされて登ったことを祝う。No.3041とほぼ同文だが、花押番号十を記す別状。
追録2-No.3043 琉球帰国使者の渡海と浦々への通達
琉球人が帰国するため、島津吉貴の家来を召し連れて薩摩国へ渡海する際、海上の風波が荒れれば浦々の船を出して迎え、急用があれば滞らせず通すよう伝える。松平薩摩守の家来への可相渡者として八木勘十郎らを挙げ、領内外の浦々へ通達する。
追録2-No.3044 家宣の代替に伴う領地御判物の改めの記事
前年の家宣代替に伴い、先例どおり領地の御判物を改めるため、安藤右京進重行・松平備前守正久をその奉行とし、執政があらかじめ命を伝えたと記す。
追録2-No.3045 御判物・朱印と家臣への知行文書の取扱い
一万石以上の者の御判物・御朱印は安藤右京進と松平備前守が改めるとし、家臣らの御判物・御朱印、高の加増・拝領・所替、寺社領や郷村高辻帳を調べる手順を列挙する。相親儀は両人が承り合う旨も記す。
追録2-No.3046 東照宮へ大般若経一部を寄進する願文
又三郎忠休が南泉院に、武運長久を祈るため東照宮へ大般若経一部を寄進したことを伝え、寺で保管するよう求める。
追録2-No.3047 南泉院へ東照宮御供養の大般若経を寄進する状
肝付兼柄らが南泉院へ、島津又三郎忠休が武運長久を祈って東照宮に寄進した大般若経一部を寺に納め、供養するよう伝える。忠休が幼年のため裁定できないことにも触れる。
追録2-No.3048 火事の見舞いと御屋敷の無事を伝える消息
岩倉・かよが島津将げん・島津帯刀へ、昨夜の火事で屋敷が無事だったと聞いて喜ぶ。近所の火事と聞いてこちらも案じたが、屋敷には別条なく喜ばしいとして、変わらず過ごすよう伝える。
追録2-No.3049 神社仏閣修造・農事・年貢納入を掲げる吉書
島津吉貴が年頭の吉書で、神社仏閣の修造と興行、農事の勧奨、国への年貢納入を三条で命じる。
追録2-No.3050 島津兵庫久佳への謝意と官位昇進の祝意
島津吉貴が島津兵庫久佳へ、久佳の参府での御礼が首尾よく済んだことを喜び、又三郎の水痘が軽く済んだことにも触れる。吉貴自身の官位昇進を祝って贈られた品に謝意を示す。
追録2-No.3051 家宣代替後初朝参に伴う領国産龍蹄二匹献上記事
宝永辛卯正月二十一日、家宣の代替後初めて朝参するに際して、吉貴が領国産の龍蹄二匹を献じたと記す。
追録2-No.3052 琉球使者帰国時の渡海と浦々の助力を求める状
北条安房守と大田和泉守が御料・私領の浦々へ、琉球人が島津吉貴の家来を伴い薩摩国へ帰る渡海で風波が荒れた際は、浦の船を出して迎え、急用でも滞らせず通すよう命じる。No.3043と同趣旨の別通。
追録2-No.3053 檜重一組の献上への返書
井上河内守正岑が島津吉貴へ、檜重一組を献上したことを披露し、御仕合せであると返答する。
追録2-No.3054 即位・元服祝儀の使者による献上を報じる書状
松平紀伊守信庸が島津吉貴へ、天皇の即位・元服を祝うため吉貴の使者が献上品を差し出し、紙面に記された趣旨を承知したと報じる。
追録2-No.3055 御肴一種の献上への返書
井上河内守正岑が島津吉貴へ、御肴一種を献上したことを披露し、御仕合せであると返答する。二月十三日付で、No.3053の檜重一組とは献上品が異なる。
追録2-No.3056 久雄が天皇即位の祝賀使者として参内
今上天皇が受禅したため、島津久雄が正使を命じられて上洛し、二月十五日に参内した。島津吉貴が用意した献上品を禁裏へ差し出したことを記す。
追録2-No.3057 今上天皇の即位と島津久茂による祝賀献上
今上天皇は東山院の第六皇子で、元禄十四年生まれ、宝永四年に皇太子となり、宝永八年二月十一日に即位したと記す。島津吉貴の使者・島津備中久茂が二月十五日に太刀一腰・白銀二十葉を禁裏へ献じ、仙洞や女院にも白銀を贈って祝意を伝えた。
追録2-No.3058 禁中即位の成就と祝儀書状の披露を伝える五名連署返書
豊原・ときはる・みむろ・たかせ・川しまが吉貴側へ、御二所の機嫌を喜ぶ。禁中の即位が首尾よく済んだとの知らせを喜び、先頃吉貴が祝儀を申し上げたいとする書状を、その趣のとおり申し上げると返す。
追録2-No.3059 天皇即位の祝儀品披露を喜ぶ返書
岩倉とかよが島津将監・島津帯刀へ、二人の無事を喜び、禁中の天皇即位に伴う祝儀品が披露されたことを祝う。以前の書状への返事として述べる。
追録2-No.3060 天皇即位祝儀の首尾を喜ぶ五名連署の返書
豊原・ときはる・みむろ・たかせ・川しまが吉貴側へ、機嫌を喜び、即位が首尾よく済んだことへの祝儀を書状のとおり申し上げると返す。
追録2-No.3061 即位祝儀書状を御台様へ披露した旨のひて返書
ひてが吉貴側へ、即位が首尾よく済んだことを喜び、吉貴の祝儀書状を御台様へ披露したと返す。御台様も満足したとして、書状どおりよろしく伝えるよう求める。
追録2-No.3062 天皇の元服と御台様の機嫌を伝える五名連署返書
豊原・ときわる・みむろ・たかせ・かわしまが吉貴側へ、公方様・御台様の無事を喜び、天皇の元服が首尾よく済んだことを祝う。これに伴う祝意を書状どおりよろしく申し上げると答える。
追録2-No.3063 即位成就祝儀の樽肴献上への正岑返書
井上河内守正岑が二月二十三日、吉貴へ、即位が済んだ祝儀として使者を通じ樽肴を献じられ、披露して好結果であったと返す。
追録2-No.3064 家宣将軍宣下を祝う慶宴と四座猿楽舞曲の記事
二月二十六日、吉貴は家宣の将軍宣下を祝う慶宴を芝の第で開き、執政・若年寄らを招き、四座の猿楽が舞曲を奏した。招待者へ珍羞を供し、医師・江戸商家の老長らにも庭上で観覧させた。翌二十七日には親戚・故旧を招いて同様の四座猿楽と饗宴を催し、諸職人・諸家の家老にも膳を供した。
追録2-No.3065 口宣等の頂戴謝礼に答える松平信庸返書
松平紀伊守信庸が二月二十六日、吉貴へ、書状を受け、公方様・御台様の無事を喜ぶ。先頃口宣等を頂戴したことへの謝意を承知し、丁寧な書状の意をありがたく思うと返す。
追録2-No.3066 吉貴叙爵拝任の謝宴と鮮鯛等の内証贈答記事
三月二日、吉貴は叙爵拝任を祝う謝礼の慶宴を芝の第で開き、親戚・故旧を招いて俳優の舞曲を見せた。幕府給人・医師職人・江戸商家の老長らも観覧し膳を受けた。同日内証で家宣と御台所へ鮮鯛各一折を献じ、大老・執政・若年寄へ茶一管・檜重一組・鮮鯛一折を各贈って謝す。
追録2-No.3067 正月四日の出火と屋敷無事の知らせへの返書
吉貴が三月四日、島津周防国章へ、正月四日の出火で屋敷が無事だった旨を自ら知らせたことについて、周防から丁寧な返書を受けたと謝す。
追録2-No.3068 香具品と御肴一種の献上への返書
大久保加賀守忠増が島津吉貴へ、香具品と御肴一種を献上したことを披露し、御仕合せであると返答する。
追録2-No.3069 昇進に伴う禁裏献上品の執奏を報じる書状
近衛家熙が島津吉貴へ、昨冬の昇進に際し先例どおり禁裏へ献じた二品を内々に執奏し、女房奉書が出されたと伝える。使者の口上の件は詳述しがたいとも記す。
追録2-No.3070 近衛左大将の内大臣宣下を喜ぶ五名連署返書
とよ原・ときはる・みむろ・たかせ・川嶋が吉貴側へ、御二所の無事を喜び、近衛左大将の内大臣宣下を祝い、目録どおりの進上と祝意の披露を伝える。
追録2-No.3071 近衛左大将の内大臣宣下と贈物を喜ぶ五名連署返書
豊原ら五名が島津吉貴へ、近衛左大将が内大臣に宣下されたことを喜ぶ。御台様から陽和院・信證院への品も目録どおり贈られたと伝え、吉貴の書状に返答する。
追録2-No.3072 近衛左大将の内大臣宣下を喜ぶ返書
岩倉・かよが島津将監・島津帯刀へ、御二所の無事を喜び、御台所の意を取り次いで、近衛左大将の内大臣宣下を祝い、この便に目録どおり進上されたことへの満足を伝える。
追録2-No.3073 近衛左大将の内大臣宣下を喜ぶ別の返書
岩倉とかよが島津将監・島津帯刀へ、二人からの手紙を受け、近衛左大将の内大臣宣下と祝儀の首尾を喜ぶ。No.3072と同じ差出人・宛先だが、こちらは祝儀に触れる。
追録2-No.3074 吉貴の昇進御礼として献上した黄金百両・絹三十疋の披露
四月十八日、御いまの・御はくの連署消息は、薩摩中将吉貴より昇進御礼として黄金百両と絹三十疋が進上され、披露された旨を伝える。
追録2-No.3075 吉貴任官祝儀と女房奉書の伝達
石井中納言行豊が島津吉貴へ、近衛殿へ祝儀を献上した件を受け、近衛殿が執奏し、使者を差し上げたと報じる。女房奉書も出されたため、吉貴の昇進祝儀として承知したと述べる。
追録2-No.3076 京極宮の薨去への弔書に礼を述べる書状
近衛家久が島津吉貴へ、京極宮の薨去に際して吉貴が寄せた弔書に礼を述べる。除服して出仕する折に書状を送った。
追録2-No.3077 正徳改元が鹿府に伝わった記事
五月一日に元号が宝永から正徳へ改められ、その知らせが同月十八日に鹿府へ届いたと記す。
追録2-No.3078 家宣の将軍宣下と昇進の祝賀を報じる書状
五月二日、吉貴が島津周防へ、来札で祝意を寄せられた家宣の将軍宣下および自らの昇進の祝儀が首尾よく済んだことを知らせ、祝意に謝す。
追録2-No.3079 子の任槐への祝辞と贈物に礼を述べる返書
近衛家熙が島津吉貴へ、自分の子が任槐したことへの祝辞と目録に記した贈物を受け取ったことに礼を述べ、後日さらに音信すると伝える。
追録2-No.3080 端午祝儀の帷子・単物への御内書
将軍徳川家宣が島津吉貴へ、端午の祝儀として帷子・単物数十が届き、喜んで見たと返答する。詳しいことは大久保加賀守が伝えると記す。
追録2-No.3081 琉球の飢饉・首里城焼失への吉貴の助力を将軍がねぎらう記事
将軍家宣は井上河内守正岑を介し、琉球の飢饉と中山王居城の焼失が続くなか島津吉貴が尽力したことをねぎらった。横田備中守らが列座する場で吉貴が謝礼を述べ、退出したと記す。
追録2-No.3082 琉球の飢饉と居城焼失への助力をねぎらう書状
石井行康が島津吉貴へ、琉球で五年前に飢饉があり中山王居城も焼けた際に吉貴が助力し、前年には琉球の使者二人を先例どおり伴って参府したことを述べる。その労を将軍がねぎらい、来年の参府は免除するとの意向を伝える。
追録2-No.3083 五月十五日の登城と将軍からの褒詞を伝える書状
島津帯刀が田中五右衛門へ、五月十五日の島津吉貴の登城時に、将軍家宣からの褒詞が伝えられたと報じる。吉貴の退城後、大目付横田備中守を通じてその趣旨が示され、書付一通を添えた。
追録2-No.3084 女房奉書を頂戴した吉貴への返書
石井行康が島津吉貴へ、吉貴の書状を拝見し、女房奉書が無事に出されて吉貴が頂戴したことを喜ぶ。知らせてくれたことへの礼も述べる。
追録2-No.3085 吉貴の時服百・白銀千葉・龍蹄一匹拝領と登営謝礼記事
六月十一日、阿部豊後守正喬が上使として桜田の邸へ来て、吉貴は時服百・白銀千葉を賜った。即日登営して謝し、さらに龍蹄一匹を拝領した。同日、留守家老島津内記久貫も将軍家宣に拝謁し、先例どおり太刀・小袖を献じた。
追録2-No.3086 琉球布・砂糖漬・泡盛などの献上への返書
秋元但馬守喬知が島津吉貴へ、琉球布十巻・砂糖漬天門冬一器・琉球泡盛二壺・御肴一種を献上したことを披露し、御仕合せであると返答する。
追録2-No.3087 将軍から吉貴へ御馬一匹を賜る書付
松平薩摩守吉貴へ下される御馬を、栗毛六才一疋と記す。六月十四日、芝屋敷に拝領馬が到着した時分に添えられた書付である。
追録2-No.3088 お満方の秋の上京を喜ぶ書状
島津吉貴が島津周防へ、書状を読み、お満方が来秋に上京するとの知らせを喜んだと伝える。
追録2-No.3089 お満方の秋の上京を喜ぶ別の書状
島津吉貴が島津兵庫へ、書状を読み、お満方が来秋に上京するとの知らせを喜んだと伝える。No.3088と同文面だが宛先が異なる。
追録2-No.3090 満女の江戸城大奥登営と贈答を記す記事
六月十八日、近衛家熙の養女となり家久との縁組が定められた吉貴長女満が大奥へ登営し、御台所から熨斗、内証で香合・伽羅を拝領した。帰営後の饗応と満女側から御台所・家宣・奥向きへの黄金・織物等の献上を記す。別に家宣から満女へ大紋繻子三十端・干鯛一箱、御台所から吉貴・妻女へ各干鯛一箱や絹縮等、陽和院・信證院…
追録2-No.3091 満女の大奥登営・贈答の詳細を報じる連署書状
六月二十日、島津将監久當・内記久貫が島津大蔵・種子島弾正・肝付主殿へ、十八日の満姫大奥登営、御台所への御目見と熨斗・内証の香箱伽羅拝領、供女中らの御目見・饗応・拝領、岩倉・かよの取持、帰館後の出迎えと祝儀を報じる。献上・拝領・役人らへの贈物の品目は別紙とし、老中らへの礼や太閤の不例、任官祝儀の取次、…
追録2-No.3092 満女の登城と拝領を喜ぶ五名連署返書
豊原・ときわる・みむろ・たかせ・川しまが松平薩摩守へ、御二所の無事を喜び、姫君の登城と拝領物を祝う。内証で祝意を寄せ目録どおり進上したことについて、披露すると伝える。
追録2-No.3093 満女の登城と祝儀を喜ぶ岩倉らの返書
岩倉・かよが島津将監・島津帯刀へ、御二所の無事を伝え、御台所の意を取り次いで姫君の登城・拝領を喜ぶ。吉貴からの祝意と目録どおりの進上を披露し、満足している旨を伝える。
追録2-No.3094 二御所の安否と暑中の礼を伝える返書
岩倉とかよが島津将監・島津帯刀へ、暑気の強い時期に相手を気遣い、御台様から申し伝えるよう命じられた旨を記す。土用の暑さの中でも二御所の機嫌がよく、祝儀を受けたことを伝える。
追録2-No.3095 国元への暇と目録・使者を伝える五名連署返書
豊原ら五名が松平薩摩守へ、二御所の機嫌がよいことを伝え、薩摩守の国元への暇が首尾よく申し渡されたと喜ぶ。近く本間豊前守が使者として向かい、目録の件も伝える。
追録2-No.3096 国元への暇と本間豊前守の使者を伝える返書
岩倉とかよが島津将監・島津帯刀へ、薩摩守の国元への暇が申し渡され、御台様から本間豊前守が使者として向かうと伝える。No.3095と同じ暇・使者の件を将監・帯刀に知らせる別通である。
追録2-No.3097 馬拝領と家来の御目見を喜ぶ五名連署返書
豊原ら五名が松平薩摩守へ、二御所の機嫌がよく、上使阿部豊後守を通じて馬を拝領したことを喜ぶ。家来の御目見と表向きの礼にも触れ、内向きからも祝意を伝える。