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追録2の目録

暫定版です。原文との照合により、概要や文書の区切り等を修正する場合があります。

全3,207件中 2801~2900件・29 / 33ページ

  1. 追録2-No.2798 吉貴室湯治と満姫への心遣いを伝える女中連署返書

    豊原・常盤井・たかせ・とみ岡・川嶋が五月朔日、島津将監・島津帯刀へ、御二御所の安否を喜ぶ。御台様が奥様の湯治留守を見舞い、目録どおり満姫へ贈ったことについて、吉貴がありがたく思う旨の御礼書状を指示どおり届けるよう伝える。

  2. 追録2-No.2799 徳川家宣の端午祝儀受領御内書

    徳川家宣が島津吉貴へ、端午の祝儀として届けられた品を喜んで受けたと伝える。大久保加賀守にこの旨を申し述べさせると記し、家宣公の墨印を据える短い御内書。

  3. 追録2-No.2800 左大将十三日訪問予定に関する女中連署返事

    豊原・ときは井・たかせ・とみ岡・川しまが五月十一日、島津将監・島津帯刀へ、御二所の機嫌を喜び、左大将が明後十三日にそちらへ入る見込みを伝える。吉貴の書状の心遣いを披露し、なお返答を求める。

  4. 追録2-No.2801 左大将の十三日入城と御台様への取次を伝える女中連署返事

    ひて・つほねが五月十一日、島津将監・島津帯刀へ、吉貴の書状を受けて公方・御台様の機嫌を喜ぶ。左大将が明後十三日に入る予定であることを左大将から御台様へ申し上げてもらうよう、書状どおりに取り次ぐことを求める。

  5. 追録2-No.2802 十五日の能見物と長袴での本丸出仕を命じる六名連署状

    井上河内守・大久保加賀守・本多伯耆守・秋元但馬守・小笠原佐渡守・土屋相模守が五月十三日、吉貴へ、本日の西丸への登城は不要と伝える。祝儀の能を明後十五日に行うため見物し、長袴を着て五ツ時に本丸へ登城するよう指示する。

  6. 追録2-No.2803 近衛家久の宣下使来府と芝屋敷招待の相談・許可記事

    家宣の将軍宣下に際し、近衛左大将家久が京都から江戸へ下向し、青松寺を旅館とする。近衛家と島津家の由緒により、吉貴が家久を芝屋敷へ招く件をあらかじめ間部詮房に伝え、井上正岑にも伺って許可を得たと記す。実際の饗応次第は次No2804へ続く。

  7. 追録2-No.2804 近衛家久の芝屋敷御成・饗応と献上品の詳細記録

    近衛左大将家久の五月十三日芝屋敷御成・饗応の詳細記録。四月以来の招請許可と役人照会、五月十一日の使者、十二日の旅館対面を経て、十三日四ツ時に家久を迎える。京都からの先の銀百枚・蝋燭千挺・七嶋鰹節一箱、当日の双方の太刀・馬代黄金十両・干鯛等、又三郎・吉貴室・女中随員への個別進物を授受の方向ごとに列記す…

  8. 追録2-No.2805 左大将訪問と御台様の目録品贈与を伝える返事

    ひて・つほねが五月十三日、島津将監・島津帯刀へ、御二所の機嫌を喜び、今日左大将がそちらへ入ることを祝う。御台様から上使堀源左衛門を通じて上意どおり目録品が贈られた件について、御礼書状を届けるよう取り次ぐ。

  9. 追録2-No.2806 左大将訪問と御台様の上使贈品への女中連署返事

    豊原・常盤井・たかせ・とみ岡・川しまが五月十三日、島津将監・島津帯刀へ、左大将が今日そちらへ入ることと、御台様から上使堀源左衛門を通じて目録どおり贈られた件の御礼を伝える。

  10. 追録2-No.2807 左大将の御手前様宅入りを伝える女中連署返事

    ひて・つぼねが島津将監・帯刀へ、左大将が御手前様の宅に入ったとの知らせを受け、御台様の機嫌がよくなったことを喜ぶ。島津側の御礼を取り次ぎ、今後もよく知らせるよう求める。

  11. 追録2-No.2808 左大将の初入城と御台様の御駈走を伝える返事

    ひて・つぼねが島津将監・帯刀へ、左大将が前日に初めて入城した際に御台様も機嫌よく、御座が整い、御駈走があったことを伝える。島津側の御礼を受け、引き続きよろしく申し上げると答える。

  12. 追録2-No.2809 奥様の使者御目見・拝領と御台様の見舞いへの返事

    ひて・つほねが五月十四日、島津将監・島津帯刀へ、昨日奥様の召使を参上させ、御台様に御目見し、御二所から拝領品を賜ったことを喜ぶ。御台様から奥様・おみつ・陽和院・信證院へ丁寧な見舞いを受けた件について、御礼を披露すると伝える。

  13. 追録2-No.2810 左大将の芝屋敷初訪問と馳走を喜ぶ女中連署返事

    豊原・ときはる・たかせ・とみ岡・川しまが五月十四日、島津将監・島津帯刀へ、公方・御台様の機嫌を喜び、左大将が昨日そちらへ初めて入り、ゆっくり在座して各種の馳走を滞りなく受けたことを喜ぶ。書状どおりよろしく伝えるよう求める。

  14. 追録2-No.2811 陽和院・信證院への御礼取次を伝える女中連署返事

    豊原・ときはる・たかせ・とみ岡・川しまが五月十六日、島津将監・島津帯刀へ、御台様が陽和院・信證院へ懇ろな見舞いの上意と目録どおりの品を贈った件の御礼を受け、披露したと伝える。

  15. 追録2-No.2812 御礼と吉貴室の湯治を伝える女中連署返事

    豊原・常盤井・たかせ・とみ岡・川嶋が五月十八日、島津将監・島津帯刀へ、御礼書状を披露する旨を返す。御台様の機嫌と今日の将軍宣下を祝い、公方様から久松太郎左衛門、御台様から早川勝七郎を上使に迎えた件への礼を伝える。奥様の湯治による留守のため吉貴から御礼を申し上げると承知した。

  16. 追録2-No.2813 将軍宣下の御礼と早川勝七郎の取次を伝える返事

    ひて・つぼねが島津将監・帯刀へ、将軍宣下の御祝いと御台様の御機嫌がよいことを喜び、御礼を述べる。早川勝七郎を介した御台様からの申し入れを承知し、なお文書で伝えてほしいと求める。

  17. 追録2-No.2814 近衛家久の金屋駅宿泊・贈品への返書

    近衛家久が島津吉貴へ、書状を受けて無事を喜び、連日の晴天のなか今夕は金屋駅に宿泊すると伝える。道中の安否を尋ねたことと贈られた二種の品に礼を述べる花押付き返書。

  18. 追録2-No.2815 近衛家熙の家久在府中の招待饗応への返書

    近衛家熙が仲夏二十一日、薩摩少将吉貴へ、暑中の清健を喜び、左幕下〈家久〉が在府中無事で、吉貴の館に招かれて丁寧な饗応を受けたことを喜ぶ。早い知らせに礼を述べる。

  19. 追録2-No.2816 近衛基熙の家久への饗応を喜ぶ書状

    近衛基熙が島津吉貴へ、届いた書状を受け取り、左大将家久が江戸滞在中に無事で、吉貴の屋敷へ招かれ丁寧にもてなされたと聞いて喜ぶ。吉貴の心遣いへの礼を述べる。

  20. 追録2-No.2817 南泉院・東照宮の神体彫刻を了承する書付

    内藏權頭保孝と大佛師康傳が、薩摩国南泉院の東照宮に造営する神体の彫刻を了承したことを記す。三宮一品宮の御機嫌を踏まえて進めると述べ、二名の判と包紙を伴う。

  21. 追録2-No.2818 英光院の祠堂造営へ黄金五枚を進める書状

    島津帯刀仲休と島津大藏久明が、英光院殿の祠堂造営のため島津吉貴から黄金五枚を差し上げると伝える。滞りなく取り計らい、指示を下すよう依頼する。

  22. 追録2-No.2819 島津吉貴の帰国許可と時服・白銀下賜記事

    吉貴公御譜が、六月六日に本多伯耆守正永が桜田屋敷へ来て島津吉貴の帰国許可を伝え、時服百領・白銀千枚を下賜したと記す。翌七日、吉貴は登城して謝礼を述べ、家宣と御台様への贈物を進め、帰国と琉球使節の参府日程にも言及する。

  23. 追録2-No.2820 大藏久明の帰国許可と将軍拝謁・太刀馬代献上記事

    江府で芝の華亭を守っていた大藏久明が、吉貴から帰国の暇を許された際、将軍家に拝謁し、太刀・馬代銀一枚・時服三を献じたと久明譜に記す。

  24. 追録2-No.2821 助之丞久貞の吉貴帰国礼使と家宣からの時服・羽織拝戴

    宝永六年秋、助之丞久貞が吉貴帰国の礼使として江府へ赴き、使事を務めた。その際、将軍家宣から時服三・羽織を拝戴したと久貞譜に記す。

  25. 追録2-No.2822 吉貴帰国許可と将軍宣下の御礼を伝える女中返事

    ひて・つぼねが島津将監・帯刀へ、御台様からの書状と両御所の御機嫌を承知し、吉貴の帰国許可を喜ぶ。早川勝七郎を通じて将軍宣下の祝儀と御礼を取り次ぎ、女中らにも伝えると答える。

  26. 追録2-No.2823 帰国許可への御礼取次を伝える女中連署返事

    豊原・ときはる・たかせ・とみ岡・川しまが六月七日、島津将監・島津帯刀へ、吉貴の帰国の暇が許され、御台様から早川勝七郎を使者に目録どおりの品を贈られた件について、御礼書状どおり申し上げると答える。

  27. 追録2-No.2824 近衛関白の摂政就任祝儀を伝える女中返事

    ひて・つぼねが島津将監・帯刀へ、吉貴の帰国許可を喜び、御台様の機嫌がよいと知らせる。近衛関白が摂政に就いたことを御台様から聞き、吉貴方の祝儀を披露したと伝える。

  28. 追録2-No.2825 近衛関白の摂政宣下祝儀贈品の披露を伝える女中連署返事

    豊原・ときはる・たかせ・とみ岡・川しまが、島津将監・島津帯刀へ、公方様・御台様の機嫌を喜び、近衛関白の摂政宣下に際する祝儀と目録どおりの進上品を披露したと伝える。

  29. 追録2-No.2826 又三郎の元服改名祝儀贈品への吉貴返書

    吉貴が六月十一日、島津兵庫へ、又三郎の元服改名の祝儀として使者を通じ目録どおり贈られた品を喜び、兵庫の無事を喜ぶ。

  30. 追録2-No.2827 三郎の元服改名を祝う島津吉貴書状の別本

    島津吉貴が島津周防へ、三郎の元服・改名祝いの使者と目録記載の贈物を受け取ったと伝える。前号とほぼ同文ながら宛先が島津周防で、吉貴の御判を記す。

  31. 追録2-No.2828 吉貴の帰国許可と琉球使節参府を伝える書状

    松平信庸が島津吉貴へ、六月六日に吉貴の帰国許可が出て、将軍への拝礼が済んだことを喜ぶ。来年の琉球中山王の使者参府についても申し入れが認められたと伝える。

  32. 追録2-No.2829 南泉院を東叡山末派とする輪王寺宮御書

    輪王寺宮が南泉院權僧正へ、島津吉貴が国府に建立した大雄山仏日寺を東照宮勧請の寺として東叡山の末派と認める。權僧正智周に寺法と祭儀を司らせ、南泉院の院号を永く認めて顕密二学の弘通を命じる。

  33. 追録2-No.2830 南泉院の宗法・学問・祭儀を定める制条

    恵恩院慧潤が薩州大雄山南泉院へ、宗法の遵守、神事と祭礼の励行、天下安泰の祈願、学頭の選定、山門法曼院での顕密修学、国主の制法を私に検断しないことを定める。末尾に信解院恵順と楞伽院貫通の判を伴う。

  34. 追録2-No.2831 琉球布・泡盛酒などの献上受領を告げる書状

    土屋相模守政直が六月十八日、松平薩摩守吉貴へ、琉球布十巻・砂糖漬天門冬一器・泡盛酒二壺・肴一種の献上を首尾よく披露したと知らせる。

  35. 追録2-No.2832 御叙位祝儀の樽代二種献上を受ける返書

    土屋政直が島津吉貴へ、御台様の叙位に対する祝儀として樽代二種が献じられたと知らせる。相談のうえ首尾よく披露すると答える。

  36. 追録2-No.2833 御台様叙位祝儀の女中取次を伝える返事

    しまつらが島津将監・帯刀へ、御台様の叙位祝儀で女中使を遣わすことと、吉貴の御礼を取り次ぐ旨を承知したと答える。

  37. 追録2-No.2834 吉貴の江戸出発から鹿児島帰着までの旅程と帰国礼使派遣記事

    吉貴は六月二十三日江戸を発ち、中山道から七月九日伏見、十三日淀川を下って大坂、二十日室津、二十五日豊前田之尻へ進み、陸路大里を経て八月七日出水、十三日鹿児島城へ帰着した。家老島津帯刀仲休・若年寄種子島伊時と比志島範房・用人菱刈重格と市来家賢が陪従した。同日、島津助之丞久貞を御礼使として江府へ送り、献…

  38. 追録2-No.2835 右府帰京の安着と御台様の御機嫌を伝える女中返事

    岩倉・梅そのが島津吉貴へ、右府様が先月十六日に無事帰京したと伝え、御台様の御機嫌がよいことを知らせる。吉貴からの書状と御礼を受け、女中を通じて伝えると答える。

  39. 追録2-No.2836 吉貴の帰国安着と御台様叙位を祝う書状

    近衛家久が島津吉貴へ、酷暑の中で無事に帰国したことを喜び、御台様の叙位も祝う。早々に書状を寄せる花押付きの短い返書。

  40. 追録2-No.2837 吉貴の無事と御台様叙位を祝う近衛基熙書状

    近衛基熙が島津吉貴へ、酷暑の中で吉貴が無事に過ごすことを喜び、御台様の叙位を祝う。家久の返事に続く同趣旨の書状で、基熙の花押を伴う。

  41. 追録2-No.2838 帰国許可と近衛左大将への饗応を伝える返書

    島津吉貴が島津周防へ、帰国許可を得たことと、近衛左大将家久が江戸屋敷に来た際に饗応したことを知らせる。周防からの祝辞と贈物を喜んで受けたと返す御判付き書状。

  42. 追録2-No.2839 大師殿の荘厳・供養と寄附品の扱いを伝える公成書状

    龍松院上人公成が七月二十日、島津帯刀へ、薩州公の無事帰国の予定を喜ぶ。大師殿の完成に伴い、寄附された曼荼羅壇一基・什器一部・舎利塔・記文等を殿内に荘厳し、供養と祈祷を行うことを伝え、寺門と一山の慶事を喜ぶ。序の折の言上を頼む。

  43. 追録2-No.2840 八朔祝儀の太刀と馬代黄金十両献上を告げる書状

    井上正岑・大久保忠増・本多正永・小笠原長重・土屋政直が八月三日、松平薩摩守吉貴へ、八朔祝儀として使者を通じ太刀一腰・馬代黄金十両を献じられ、首尾よく披露したと知らせる。

  44. 追録2-No.2841 近衛関白摂政の祝儀取次を伝える女中返事

    ひて・つぼねが島津将監・帯刀へ、御台様の御機嫌がよいことを知らせ、近衛関白の摂政就任を祝う申し入れを承知したと答える。祝儀を取り次ぐ旨を伝え、御台様が長く御機嫌よく過ごすよう願う。

  45. 追録2-No.2842 尚貞の死去と飛舟先報・島津将監久當宅への告訃記事

    七月十二日夜、琉球中山王尚貞が死去した。城代越来按司と三司官幸地・識名・池城親方が森山親雲上を使者とし、飛舟で新納市正久珍へ先に書状を送った。八月二十日、在番の稲嶺親方が森山を伴い、当番の国老島津将監久當の宅に来て訃報を告げた。

  46. 追録2-No.2843 公方の機嫌伺いと御肴献上を受ける小笠原長重書状

    小笠原佐渡守長重が八月十九日、松平薩摩守吉貴へ、公方様の機嫌伺いに答えて無事を伝える。肴一種の献上を同僚と相談して首尾よく披露したと知らせる。

  47. 追録2-No.2844 公方の機嫌伺いと御肴献上を受ける間部詮房書状

    間部越前守詮房が八月二十三日、松平薩摩守吉貴へ、公方様の機嫌を尋ねる書状に答え、無事を伝える。肴一種の献上について書面どおり意を承知したと返す。

  48. 追録2-No.2845 尚益の継目願使者登城と琉球産物取調べ記事

    吉貴公御譜が、琉球国司の継目願の使者が九月十四日に帰仁按司を伴って登城し、堀甚左衛門興昌が三所へ報告したと記す。吉貴は、国司尚貞の継目と中城王子尚益に関する使者を差し向け、琉球の産物を調べて報告するよう命じた。

  49. 追録2-No.2846 重陽祝儀の小袖五領到来を知らせる達書

    将軍家から島津吉貴へ、重陽の祝儀として小袖五領が届いたことを知らせる。詳しい用件は小笠原佐渡守長重が伝えるとして、将軍家の墨印を捺す。

  50. 追録2-No.2847 島津家の紋と左平太忠守の名字使用許可

    島津吉貴が義岡源右衛門へ、図示した島津家の紋を付けることと、左平太忠守と名乗ることを許す。吉貴の御印と紋の図を伴う短い許可状。

  51. 追録2-No.2848 尚益への香奠白銀五十枚等の贈答記事

    吉貴公御譜が、島津吉貴が中城王子尚益に香奠白銀五十枚を贈り、琉球国在番の中神七右衛門頼常を介して授けたと記す。尚益は富山清右衛門を使いとして贈り物を差し出し、丹青二軸、花瓶一双などの品が挙げられる。

  52. 追録2-No.2849 尚貞死去に際し中城王子尚益を慰める書状

    島津吉貴が中城王子尚益へ、琉球国司尚貞が病気療養もかなわず死去したと聞き、尚益の悲しみを察すると伝える。言葉に尽くせないとして弔意を述べる御判付きの短い書状。

  53. 追録2-No.2850 琉球漂着の他国船・帰朝日本船の取扱いを定める書付

    御家老座が九月十六日、琉球方へ、他国船の漂着時、日本船なら現地で船中を調べ、当地への船便があれば地方に馴れた船頭を案内船に付け、着船地から早く鹿児島へ知らせるよう命じる。大清その他の異国から帰朝する日本船が漂着した場合には、とりわけ入念に改め、地方へ送り届けるよう求める。

  54. 追録2-No.2851 吉貴帰国の安着を喜ぶ近衛基熙書状

    近衛基熙が島津吉貴へ、先月中旬に海路・陸路とも無事に帰国し、その後も平安であるとの報告を受けて喜ぶ。帰国を知らせる吉貴の書状への短い返事。

  55. 追録2-No.2852 公方の聖堂参詣を聞き喜ぶ大久保忠増書状

    大久保忠増が島津吉貴へ、公方の機嫌がよく、先頃の聖堂参詣を聞いて喜ぶ。吉貴の書状に記された詳しい意向を承知したと答える。

  56. 追録2-No.2853 御台叙位の祝儀を喜ぶ近衛基熙書状

    近衛基熙が島津吉貴へ、御台様の叙位に際して先に祝儀の贈物を寄せたところ、吉貴から丁寧な返事を受けたと喜ぶ。弥勇健と老いの無事を願う短い返書。

  57. 追録2-No.2854 公方の聖堂参詣を聞き喜ぶ間部詮房書状

    間部詮房が島津吉貴へ、公方の機嫌がよく、先頃の聖堂参詣を聞いて喜ぶ。吉貴の書面に記された意向を承知したと答える、No.2852と同趣旨の別人による返書。

  58. 追録2-No.2855 琉球方寄物と渡唐船の品物管理を命じる書付

    堀興昌が琉球国国司へ、琉球方から仮屋へ届く寄物の一番・二番・三番品を帳面二冊で照合し、渡唐船の品と混同しないよう命じる。唐船改奉行の七月廿八日付書付と三司官の八月三日付書付を踏まえ、後から届く品も在番奉行と中神七右衛門方で確認し、帳面を返送させる。

  59. 追録2-No.2856 渡唐船の帰帆・乗員・御用物取扱いを命じる書付

    御勝手方が九月二十五日、琉球国国司へ、渡唐船帰帆時に風の都合で本琉球への着船が難しければ、都合のよい地へ寄航し、とくに大嶋なら同地から当地の御用物を取り分け、代官が上切封して送り上せるよう指示する。本琉球から差し上せる際も同様とし、乗組役人に難儀をかけず海上の事情に応じ無事着船を図るよう求める。

  60. 追録2-No.2857 琉球渡唐船の漂着と積荷仕分けを定める長文書付

    御勝手方が九月二十五日、大嶋代官富山傳内左衛門へ、漂着する渡唐船の着船地への役人派遣・曳船と湾内引入、積荷保全、乗員の陸上詰居、水薪補給、在番方への通報を命じる。当地御用物は才付らと相談して取り分け、切封・送り状を付ける。荷物は御米と牛皮で保護して積み、皮の買入・死牛皮の回収を行い、不足時には渡唐船…

  61. 追録2-No.2858 尚益の琉球国政継承を命じる吉貴公御譜記事

    吉貴公御譜が、島津吉貴の家老新納市正久珍・島津帯刀仲休ら重臣と側用人が列座したことを記す。島津帯刀が吉貴の命を伝え、尚貞の死去により中城王子尚益に琉球国の政を継がせ、務めを尽くすよう命じた。

  62. 追録2-No.2859 吉貴帰国の安着を喜ぶ花押付き書状

    差出人名を記さない書状が島津吉貴へ、吉貴の書状を読み、涼しい季節に海陸とも無事に帰国したと知って喜ぶ。ほぼ同文の二通のうち、花押No.4を伴う一通。

  63. 追録2-No.2860 吉貴帰国の安着を喜ぶ別花押の書状

    差出人名を記さない書状が島津吉貴へ、涼しい季節の海陸無事の帰国を喜ぶ。前号とほぼ同文ながら、花押No.10を伴う別本。

  64. 追録2-No.2861 琉球国王継目の江戸使節と人数・品物の取扱い

    堀興昌が琉球国国司へ、国王継目のため翌年江戸へ送る使者は役人を減らし、供人も身分に応じて選ぶよう命じる。道中の宿泊・幕の取替えを控え、琉球の器物や食品をむやみに求めず、雨具や身の回り品を整え、江戸での受渡しを相談するよう求める。

  65. 追録2-No.2862 帰国御礼使者島津助之丞の西丸差出しを伝える書状

    本多正永が島津吉貴へ、帰国の御礼を述べる使者島津助之丞を明朔日の五時過ぎに西丸へ差し出すよう伝える。吉貴本人の御礼についても申し上げる意向を承知したと答える。

  66. 追録2-No.2863 迫水家の系譜と相続を証する書状

    佐多豊前久達が迫水善左衛門へ、迫水家の祖を九代太守忠国の五男島津伊豫忠經とし、子孫が迫水を家号とした由来を記す。断絶後、家臣の子が家を継いだ経緯を述べ、旧格と家中での取立てを願う申し立てを後日の証拠として認める。

  67. 追録2-No.2864 島津久房の年頭賀使としての江戸往復記事

    求馬久房譜による。宝永六年十月三日、久房は仁礼仲右衛門頼常を通じ翌年の年頭賀使として江府へ赴くよう命じられ、黄金百両を賜って謹んで拝謝した。

  68. 追録2-No.2865 吉貴の白銀時服腰物馬拝領謝礼と久貞の目録献上に答える六名連署書状

    井上正岑ら六名が十月四日、吉貴へ、公方様の無事を伝える。吉貴が帰国の暇と白銀・時服を頂戴し、さらに腰物・馬を拝領したことへの謝意を承知したと答える。国元到着の礼として島津助之丞が目録どおり献じた品を披露し、御前に召し出され喜色を示されたと伝える。

  69. 追録2-No.2866 吉貴の白銀時服腰物馬拝領謝礼と帰国礼使の献上への詮房返書

    間部越前守詮房が十月四日、吉貴へ、公方様の無事を伝える。帰国の暇と白銀・時服を頂戴し、さらに腰物・馬を拝領したことへの謝意を承知し、国元到着の礼に島津助之丞が目録品を献じた旨も承知したと答える。

  70. 追録2-No.2867 吉貴帰国の安着を喜ぶ水戸綱條書状

    水戸中納言綱條が島津吉貴へ、暇を得て帰国し、道中無事に国元へ着いたとの知らせを喜ぶ。遠い地の様子を案じていたとして、到着を祝う短い返書。

  71. 追録2-No.2868 島津久基の家督・名乗りと家格承認記事

    薩州家備前守忠清後嗣久基の記事。久基は新納市正久珍の二男として生まれ、元禄十四年に元服した。宝永六年九月九日、吉貴に側小姓比志島範房から伝えられて出仕する。忠清家が無後断絶した事情とその先祖・家格を述べ、忠清の玄孫久基に三男家ではなく二男家の格で継承させ、家老直触とする。十月十六日家紋衣服拝領、十一…

  72. 追録2-No.2869 公方の機嫌伺いと御肴献上を受ける本多正永書状

    本多伯耆守正永が十月二十五日、吉貴へ、公方様の機嫌伺いに無事を伝え、肴一種の献上を同僚と相談して披露し、好結果であったと知らせる。

  73. 追録2-No.2870 琉球中山王の弔問使者をめぐる井上正岑書状

    井上正岑が島津吉貴へ、常憲院の薨去に際し琉球中山王から当地へ弔問の使者が差し越されたと伝える。使者の到着後に上聞へ達し、返礼の方法も伺うと答える。

  74. 追録2-No.2871 家宣の常憲院仏殿初参詣を祝う本多正永書状

    本多正永が島津吉貴へ、公方の機嫌がよいと伝え、去月十日の紅葉山常憲院仏殿への初参詣について祝意を受ける。同僚と相談して上聞に達すると答える。

  75. 追録2-No.2872 公方の機嫌伺いと御肴献上への間部詮房返書

    間部詮房が島津吉貴へ、公方の様子を伺ったことに対し、変わらず無事であると知らせる。あわせて御肴一種の献上を承知したと答える。

  76. 追録2-No.2873 琉球中山王の弔問使者を承知する間部詮房書状

    間部詮房が島津吉貴へ、常憲院薨去に伴い琉球中山王が当地へ使者を差し渡すとの知らせを承知したと答える。No.2870の井上正岑書状とは別に、間部が同じ使者の件に返答したもの。

  77. 追録2-No.2874 家宣の本丸移徙を祝う島津吉貴の献上

    十一月二日、家宣が西丸から本丸へ移徙した。吉貴は四日、在江戸の家老島津大藏久明を使者に、塩鶴一箱・鰯一箱・昆布一箱・樽三荷を献じて祝う。御台君には二種干疋子を贈り、若松彦兵衛久亀が使者となって二丸で納めた。

  78. 追録2-No.2875 家宣の紅葉山常憲院仏殿初参詣を祝う大久保忠増書状

    大久保忠増が島津吉貴へ、九月十日の公方による紅葉山常憲院仏殿への初参詣について祝意を受け、承知したと答える。No.2871と同じ行事をめぐる、大久保単独の返書。

  79. 追録2-No.2876 家宣の本丸移徙祝儀と樽肴献上への六名連署書状

    井上正岑ら六名が十一月十一日、吉貴へ、本丸移徙の祝儀として使者を通じ献じた樽肴を披露し、好結果であったと知らせる。

  80. 追録2-No.2877 薩摩島に流罪の五人の赦免を知らせる書状

    大久保忠増が島津吉貴へ、薩摩島に流罪となっていた五人が赦免されたと知らせる。家来を呼んで書付で申し渡し、従前の例にならって警固を添えて大坂で縁者に引き渡すよう求める。

  81. 追録2-No.2878 義岡家の相続と子孫継続を認める五名連署証状

    島津久輝ら五名が義岡左平太へ、義岡作助久伴に嗣子がなく長年断絶した義岡家の相続を認め、子孫が家を続けるための証文を与える。島津吉貴の自筆の証印を受けたと記し、義岡家の系譜一巻も御記録所へ渡した。

  82. 追録2-No.2879 鶴城の神明宮建立と抱真院による祭祀

    宝永三年、吉貴が鶴城上の築地に神明宮を建立し、四月二十七日に釿始、九月に造営を終え、同月十六日に遷宮した。翌年別当寺を建てて抱真院と号し、盛壽法印を開基とした。今年には高三十斛を寄進した。

  83. 追録2-No.2880 神明宮の社領三十石を抱真院へ付す寄進状

    島津吉貴が神明別当抱真院へ、神明宮建立に伴い社領として高三十石を寄進する旨を記す。前年までの神明宮造営を述べるNo.2879に続き、社領の額と管理先を明示する寄進状。

  84. 追録2-No.2881 神明宮社領三十石の村別内訳を示す寄進状

    島津久輝ら六名が神明別当抱真院へ、神明宮建立に伴う社領三十石を、川辺郡小野村・日置郡田布施池邊村・姶良郡帖佐松津村から寄進する旨を記す。No.2880の吉貴花押付き寄進状と異なり、具体的な村名と石高を列記する。

  85. 追録2-No.2882 義岡家の系図一巻の受領・保管を命じる佐多久達書状

    佐多久達が義岡左平太へ、義岡家の相続が認められたため、御記録所から義岡家系図一巻を受領するよう命じられたと伝える。受け取った系図を子孫に至るまで大切に保管するよう求める。

  86. 追録2-No.2883 公方の濱御殿御成への祝意に答える秋元喬知書状

    秋元但馬守喬知が十一月十五日、吉貴へ、公方様の無事を伝え、先頃の濱御殿御成を承知して喜んだとの書状に答える。書面の趣は同僚と相談して上聞に達した。

  87. 追録2-No.2884 家宣の紅葉山常憲院仏殿初参詣を祝う間部詮房書状

    間部詮房が島津吉貴へ、公方による紅葉山常憲院仏殿への先日の初参詣を祝う意を承知したと答える。No.2883の秋元喬知書状と同趣旨の、翌日付の別返書。

  88. 追録2-No.2885 公方の機嫌伺いと御肴献上への間部詮房返書

    間部越前守詮房が十一月十六日、吉貴へ、公方様の機嫌伺いに無事を伝え、肴一種の献上について書面の意を承知したと答える。同日別通No2884は濱御殿御成を扱う。

  89. 追録2-No.2886 増上寺御仏殿参詣への祝意に答える秋元喬知書状

    秋元但馬守喬知が十一月二十五日、吉貴へ、公方様の無事を伝え、九月十日の増上寺御仏殿参詣を喜んだ書状に答える。書面の趣を同僚と相談して上聞に達した。

  90. 追録2-No.2887 増上寺常憲院仏殿の参詣を祝う間部詮房書状

    間部詮房が島津吉貴へ、公方による九月十四日の増上寺常憲院仏殿参詣を祝う意を承知したと答える。同じ増上寺参詣でも、No.2886の秋元喬知書状は九月十日と記す。

  91. 追録2-No.2888 川上万鶴の加冠後の名乗りを定める吉貴判物

    島津吉貴が川上万鶴の加冠に際し、名乗りを孫太郎とするよう定めた短文書。正文は川上久馬にあると注記する。

  92. 追録2-No.2889 水戸中将逝去の報告を受ける土屋政直書状

    土屋政直が島津吉貴へ、水戸中将の逝去を知らせる書状を受け取り、言葉を失ったとの趣旨を承知したと答える。あわせて公方の機嫌伺いに使者を差し越す意向を承知し、公方の無事を伝える。

  93. 追録2-No.2890 水戸羽林逝去の知らせに答える吉宗書状

    紀伊中納言吉宗が島津吉貴へ、水戸羽林の逝去に際して吉貴から届いた書状を受け取り、その心遣いへの謝意を述べる。No.2889の土屋政直書状と同日付の、吉宗による短い返書。

  94. 追録2-No.2891 公方機嫌伺いと蜜柑・御肴献上への土屋政直返書

    土屋相模守政直が十二月十六日、吉貴へ、公方様の無事を伝え、蜜柑二箱・肴一種の献上を同僚と相談して披露し、好結果であったと知らせる。

  95. 追録2-No.2892 新院の崩御と東山院の追号を記す記事

    吉貴公御譜が、十二月十七日に新院が崩御し、東山院と追号されたことを記す。短い一行の記事。

  96. 追録2-No.2893 水戸中将逝去と公方機嫌伺いへの間部詮房書状

    間部詮房が島津吉貴へ、水戸中将逝去の知らせを承知したと答える。あわせて公方の機嫌伺いに使者を差し越す意向を承知し、公方の無事を伝える。

  97. 追録2-No.2894 公方機嫌伺いと蜜柑献上への間部詮房書状

    間部詮房が島津吉貴へ、公方の機嫌伺いに対して公方の無事を知らせ、蜜柑二箱と御肴一種の献上を承知したと答える。同日付のNo.2893は水戸中将逝去と使者の件であり、用件が異なる。

  98. 追録2-No.2895 鹿籠浦漂着の南京唐船を長崎で受け取った返書

    駒木根政方と佐久間信就が島津吉貴へ、鹿籠浦に漂着した南京唐船一艘と乗員二十一人が警固付きで送られ、前日に長崎へ着岸したと知らせる。船と人員を相違なく受け取ったことを伝える。

  99. 追録2-No.2896 寒中の機嫌伺いと羽織・御肴献上への土屋政直返書

    土屋相模守政直が十二月二十三日、吉貴へ、寒中の機嫌伺いに公方様の無事を伝え、羽織五・肴一種の献上を同僚と相談して披露し、好結果であったと知らせる。

  100. 追録2-No.2897 将軍代替に伴う幕府巡見使下向の通達

    将軍家代替に伴い、先例どおり諸国巡見上使が派遣されることとなり、執政秋元但馬守喬朝から予告された。吉貴は家老島津中務久貫・種子島蔵人久時・同弾正伊時らに、交代で上使下向の事を担当するよう命じた。