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追録2の目録
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追録2-No.196 島津綱貴書状
島津綱貴が松平修理大夫の旧臘二十二日付書状を披見した返書。相手の参勤は当初三月中と命じられていたが、上野御普請の手伝を命じられたため七月中の参府へ変更され、相手が感謝して御礼の使者を送った旨を了承し、委細は家老から伝えるとする。
追録2-No.197 小笠原長重外三名連署状
小笠原長重・土屋政直・戸田忠昌・阿部正武が松平薩摩守へ、翌十五日は例月の御礼がないため江戸城へ登城する必要はないと通知した連署状。
追録2-No.198 阿部正武書状
阿部正武が松平薩摩守へ、歳暮の御内書を渡すので、翌日五時以前に家来を江戸城へ差し出すよう命じた書状。薩摩守本人の登城ではなく、家来による御内書受領を指示する。
追録2-No.199 土屋政直書状
土屋政直が松平修理大夫の書状を披見し、将軍が勇健で年始御規式も済んだことを相手が喜んだ旨をもっともとした返書。書面の趣旨を同僚と相談のうえ言上したと伝える。
追録2-No.200 柳沢保明・松平輝貞連署書状
柳沢保明・松平輝貞が松平修理大夫の書状を披見し、将軍が勇健で年始御規式も済んだことを相手が喜んだ旨をもっともとし、書面の趣旨を了承した連署返書。
追録2-No.201 土屋政直書状
土屋政直が松平修理大夫の書状を披見し、将軍が勇健で、正月八日に東叡山御堂へ参詣したことを相手が喜んだ旨をもっともとした返書。書面の趣旨を同僚と相談のうえ言上したと伝える。
追録2-No.202 柳沢保明・松平輝貞連署書状
柳沢保明・松平輝貞が松平修理大夫の書状を披見し、将軍が勇健で、正月八日に東叡山御堂へ参詣したことを相手が喜んだ旨をもっともとし、書面の趣旨を了承した連署返書。
追録2-No.203 土屋政直書状
土屋政直が松平修理大夫の書状を披見し、将軍が勇健で、先頃の山王御社参を相手が喜んだ旨をもっともとした返書。書面の趣旨を同僚と相談のうえ言上したと伝える。
追録2-No.204 柳沢保明・松平輝貞連署書状
柳沢保明・松平輝貞が松平修理大夫の書状を披見し、将軍が勇健で、先頃の山王御社参を相手が喜んだ旨をもっともとし、書面の趣旨を了承した連署返書。
追録2-No.205 土屋政直書状
土屋政直が松平修理大夫の書状を披見し、将軍が勇健で、正月二十四日に増上寺御仏殿へ参詣したことを相手が喜んだ旨をもっともとした返書。書面の趣旨を同僚と相談のうえ言上したと伝える。
追録2-No.206 柳沢保明・松平輝貞連署書状
柳沢保明・松平輝貞が松平修理大夫の書状を披見し、将軍が勇健で、正月二十四日に増上寺御仏殿へ参詣したことを相手が喜んだ旨をもっともとし、書面の趣旨を了承した連署返書。
追録2-No.207 島津綱貴書状
島津綱貴が阿部豊後守へ、領内の島へ流罪を命じられた科人三十九人について、大坂町奉行衆の指図次第に受け取り、国元へ差し越すよう命じられた旨を承知したと報告する書状。
追録2-No.208 土屋政直書状
土屋政直が松平修理大夫の書状を披見し、将軍が勇健で、先頃の護持院御成を相手が喜んだ旨をもっともとした返書。書面の趣旨を同僚と相談のうえ上聞に達したと伝える。
追録2-No.209 柳沢保明・松平輝貞連署書状
柳沢保明・松平輝貞が松平修理大夫の書状を披見し、将軍が勇健で、先頃の護持院御成を相手が喜んだ旨をもっともとし、書面の趣旨を了承した連署返書。
追録2-No.210 島津綱貴書状
綱貴が松平修理大夫へ、先頃の於莵出生に対する祝意と目録どおりの品を贈られたことを喜び、後喜の時を期すと返した四月十日付書状。
追録2-No.211 小笠原長重書状
小笠原長重が松平薩摩守へ、薩摩守側から香具品々と肴一種が献上された件について、首尾よく披露したと伝える書状。小笠原自身が品を受領したのではなく、献上品を披露したことを通知する。
追録2-No.212 小笠原長重外三名連署状
小笠原長重・土屋政直・戸田忠昌・阿部正武が松平薩摩守へ、翌十五日は例月の御礼がないため江戸城へ登城する必要はないと通知した連署状。
追録2-No.213 小笠原長重書状
小笠原長重が松平修理大夫の書状を披見し、将軍が勇健で、先頃柳沢出羽守邸へ御成になったことを相手が喜んだ旨をもっともとした返書。書面の趣旨を同僚と相談のうえ言上したと伝える。
追録2-No.214 柳沢保明・松平輝貞連署書状
柳沢保明・松平輝貞が松平修理大夫の書状を披見し、将軍が勇健で、先頃柳沢出羽守邸へ御成になったことを相手が喜んだ旨をもっともとし、書面の趣旨を了承した連署返書。
追録2-No.215 小笠原長重・土屋政直・戸田忠昌連署奉書
小笠原長重・土屋政直・戸田忠昌が松平修理大夫へ、従来は七月中に参府するよう伝えていたが、将軍から八月下旬に参勤するよう改めて命じられたため、その趣旨を承知するよう通知した連署奉書。
追録2-No.216 土屋政直書状
土屋政直が松平薩摩守へ、八重姫君の入輿に際して薩摩守が屏風五双を献上した件を、同僚と相談のうえ高聞に達したと伝える返書。
追録2-No.217 小笠原長重外三名連署状
小笠原長重・土屋政直・戸田忠昌・阿部正武が松平薩摩守へ、翌二十八日は例月の御礼がないため江戸城へ登城する必要はないと通知した連署状。
追録2-No.218 小笠原長重書状
小笠原長重が松平修理大夫の書状を披見し、将軍が勇健で、先頃松平右京大夫邸へ御成になったことを相手が喜んだ旨をもっともとした返書。書面の趣旨を同僚と相談のうえ言上したと伝える。
追録2-No.219 柳沢保明・松平輝貞連署書状
柳沢保明・松平輝貞が松平修理大夫の書状を披見し、将軍が勇健で、先頃松平右京大夫邸へ御成になったことを相手が喜んだ旨をもっともとし、書面の趣旨を了承した連署返書。
追録2-No.220 徳川綱吉御内書
徳川綱吉が薩摩中将から端午祝儀として帷子・単物数十を受け取り、歓慰した旨を伝える御内書。委細は小笠原佐渡守長重から伝えるとする。
追録2-No.221 戸田忠昌書状
戸田忠昌が松平修理大夫の書状を披見し、将軍が勇健で、先頃本庄因幡守邸へ御成になったことを相手が喜んだ旨をもっともとした返書。書面の趣旨を同僚と相談のうえ言上したと伝える。
追録2-No.222 柳沢保明・松平輝貞連署書状
柳沢保明・松平輝貞が松平修理大夫の書状を披見し、将軍が勇健で、先頃本庄因幡守邸へ御成になったことを相手が喜んだ旨をもっともとし、書面の趣旨を了承した連署返書。
追録2-No.223 島津惟久厳有院廟外郭修造助役記事
将軍家が東叡山にある厳有院殿尊霊安在の廟堂外郭を修造し、島津惟久がその助役を命じられて勤めた記事。
追録2-No.224 阿部正武書状
阿部正武が松平修理大夫の書状を披見し、将軍が勇健で、先頃尾張中納言邸へ御成になったことを相手が喜んだ旨をもっともとした返書。書面の趣旨を同僚と相談し、高聞に達したと伝える。
追録2-No.225 柳沢保明・松平輝貞連署書状
柳沢保明・松平輝貞が松平修理大夫の書状を披見し、将軍が勇健で、先頃尾張中納言邸へ御成になったことを相手が喜んだ旨をもっともとし、書面の趣旨を了承した連署返書。
追録2-No.226 柳沢保明・松平輝貞連署書状
柳沢保明・松平輝貞が松平修理大夫の書状を披見し、将軍が勇健で、先頃日光御門跡へ御成になったことを相手が喜んだ旨をもっともとし、書面の趣旨を了承した連署返書。
追録2-No.227 阿部正武書状
阿部正武が松平修理大夫の書状を披見し、将軍が勇健で、先頃日光御門跡へ御成になったことを相手が喜んだ旨をもっともとした返書。書面の趣旨を同僚と相談のうえ言上したと伝える。
追録2-No.228 阿部正武書状
阿部正武が松平修理大夫の書状を披見し、将軍が勇健で、先頃護国寺へ御成になったことを相手が喜んだ旨をもっともとした返書。書面の趣旨を同僚と相談のうえ言上したと伝える。
追録2-No.229 柳沢保明・松平輝貞連署書状
柳沢保明・松平輝貞が松平修理大夫の書状を披見し、将軍が勇健で、先頃護国寺へ御成になったことを相手が喜んだ旨をもっともとし、書面の趣旨を了承した連署返書。
追録2-No.230 阿部正武書状
阿部正武が松平修理大夫の書状を披見し、将軍が勇健で、先頃増上寺へ御成になったことを相手が喜んだ旨をもっともとした返書。書面の趣旨を同僚と相談し、高聞に達したと伝える。
追録2-No.231 柳沢保明・松平輝貞連署書状
柳沢保明・松平輝貞が松平修理大夫の書状を披見し、将軍が勇健で、先頃増上寺へ御成になったことを相手が喜んだ旨をもっともとし、書面の趣旨を了承した連署返書。
追録2-No.232 阿部正武書状
阿部正武が松平修理大夫の二通の書状を披見し、将軍が勇健で、四月二十日の東叡山御堂参詣と同月二十五日の観音堂参詣を相手が喜んだ旨をもっともとした返書。二通の趣旨を同僚と相談し、高聞に達したと伝える。
追録2-No.233 柳沢保明・松平輝貞連署書状
柳沢保明・松平輝貞が松平修理大夫の書状を披見し、将軍が勇健で、四月二十日の東叡山御堂参詣と同月二十五日の観音堂参詣を相手が喜んだ旨をもっともとし、二通の書面の趣旨を了承した連署返書。
追録2-No.234 阿部正武書状
阿部正武が松平修理大夫の書状を披見し、将軍が勇健で、四月朔日に喜知姫が御城へ入ったことを相手がめでたいと喜び、使者を差し越した旨を了承した返書。書面の趣旨を同僚と相談し、高聞に達したと伝える。
追録2-No.235 柳沢保明・松平輝貞連署書状
柳沢保明・松平輝貞が松平修理大夫の書状を披見し、将軍が勇健で、四月朔日に喜知姫が御城へ入ったことを相手がめでたいと喜んだ旨をもっともとし、書面の趣旨を了承した連署返書。
追録2-No.236 阿部正武書状
阿部正武が松平薩摩守へ、薩摩守から琉球布十巻・砂糖漬天門冬一器・泡盛酒二壺・御肴一種が献上され、首尾よく披露したと伝える書状。
追録2-No.237 小笠原長重外二名連署状
小笠原長重・土屋政直・阿部正武が松平薩摩守へ、将軍の上意として明後二十五日の御能見物を命じ、五半時に江戸城へ登城するよう通知した連署状。
追録2-No.238 本庄宗資書状
本庄宗資が松平修理大夫へ、甚暑の時節でも桂昌院はますます安泰であると答え、土用中の機嫌伺いという相手の心遣いを承知したと伝える返書。後日の便りを期す。
追録2-No.239 阿部正武書状
阿部正武が松平修理大夫へ、使者を通じた土用中の将軍安否伺いに対し、将軍はますます勇健なので安心するよう答えた返書。御肴一種の献上について同僚と相談し、首尾よく披露したと伝える。
追録2-No.240 柳沢保明・松平輝貞連署書状
柳沢保明・松平輝貞が松平修理大夫へ、土用中の将軍安否伺いに対し、将軍はますます勇健なので安心するよう答え、書面の趣旨を了承した連署返書。
追録2-No.241 島津吉貴参府記事
島津吉貴が七月十日に参府へ出発し、陸路で阿久根へ至って同月十八日に乗船し、家老島津勘解由久當、用人仁礼覚左衛門景治・堀四郎右衛門興昌らを従えた記事。八月十三日に大坂、十五日に伏見へ着き、途中の不予で遅れて晦日に参府した。九月十五日に徳川綱吉へ謁見して先規どおり献上し、二十八日には久當が幕府へ出仕した…
追録2-No.242 本多正永書状
本多正永が松平修理大夫の書状を読み、甚暑中も公方が勇健であることを相手が喜んだ旨を承知する。土用中にさらに機嫌を伺う使札を老中へ届けたとの知らせについても、趣旨を承知したと返す七月十一日付書状。
追録2-No.243 土屋政直書状
土屋政直が松平修理大夫の書状を披見し、将軍が勇健で、五月八日に東叡山御堂へ参詣したことを相手が喜んだ旨をもっともとした返書。書面の趣旨を同僚と相談のうえ言上したと伝える。
追録2-No.244 柳沢保明・松平輝貞連署書状
柳沢保明・松平輝貞が松平修理大夫の書状を披見し、将軍が勇健で、五月八日に東叡山御堂へ参詣したことを相手が喜んだ旨をもっともとし、書面の趣旨を了承した連署返書。
追録2-No.245 島津綱貴書状
島津綱貴が松平修理大夫へ、七夕祝儀と生身霊祝詞として目録記載の品々を贈られたことを欣然と喜び、謝礼を述べた書状。
追録2-No.246 小笠原長重書状
小笠原長重が松平薩摩守へ、端午の御内書を渡すため、翌日五時に家来を江戸城へ差し出すよう命じた書状。
追録2-No.247 東叡山本堂落成記事
七月二十一日に東叡山本堂が落成したため、島津綱貴が助役の任務を完了したことを記す記事。
追録2-No.248 島津吉貴書状
島津吉貴が中将島津綱貴へ、七夕祝儀として目録記載の品々を下賜されたことをありがたく思い、謝礼を述べた書状。後日の喜びを期すと結び、この書は綱貴公の御譜中にないと注記される。
追録2-No.250 小笠原長重外三名連署状
小笠原長重・土屋政直・戸田忠昌・阿部正武が松平薩摩守へ、別紙書付に記された家来を翌三日四時に江戸城へ差し出すよう命じた連署状。
追録2-No.251 登城家来人名書付
翌三日四時に江戸城へ差し出す家来として、禰寝丹波・島津大蔵・北郷惣次郎・市来次郎左衛門・村田善太夫・伊集院猪右衛門ら十四名の姓名を列記した別紙書付。
追録2-No.252 東叡山本堂助役褒賞記事
八月二日、小笠原長重ら老中が島津綱貴を江戸城へ召し、東叡山本堂助役の功を賞した記事。将軍徳川綱吉は長光の腰物一枚を自ら綱貴へ下賜し、翌三日には家臣を召して、島津久明らへ功の等級に応じ白銀五十・二十・十枚と時服六・四・二領を与えた。
追録2-No.253 小笠原長重外三名連署状
小笠原長重・土屋政直・戸田忠昌・阿部正武が松平修理大夫へ、八朔祝儀として使者を通じ献上された太刀一腰・馬代黄金十両を首尾よく将軍へ披露したと伝える連署状。単なる受領通知ではなく、献上品の披露完了を報告する。
追録2-No.254 上野御普請祝儀対応覚
上野御普請手伝を首尾よく勤め、登城して拝領物と中将の褒美を受けた者について、祝いの心得を定める覚。祝いは身分相応に、親類とやむを得ない人までの内祝を一度軽く行うにとどめ、他の人からの祝い、重い祝い、繰り返す祝いを控えさせる。この指示を手伝勤仕の人々へ伝え、承知するよう求める。
追録2-No.255 東叡山中堂上棟棟札・座次図
元禄十一年八月十一日の東叡山寛永寺中堂上棟を記す棟札と配置図。徳川綱吉を大檀主、公辨親王を大願主とし、柳沢保明・松平綱貴ら造営担当者の官位・役名を列記して、上棟・中堂を中心とする座次を図示する。
追録2-No.256 島津吉貴書状
島津吉貴が中将島津綱貴へ、八朔祝儀として目録記載の品々を下賜されたことをありがたく思い、謝礼を述べた書状。後日の喜びを期すと結ぶ。
追録2-No.257 小笠原長重書状
小笠原長重が松平修理大夫へ、将軍の機嫌良好を喜ぶ旨と、六月十三日に八重姫が水戸少将へ入輿したとの報告を了承した返書。相手が差し越した使者と書面の趣旨について同僚と相談し、将軍へ言上したと伝える。
追録2-No.258 柳沢保明・松平輝貞連署書状
柳沢保明・松平輝貞が松平修理大夫へ、将軍の機嫌良好を喜ぶ旨と、六月十三日に八重姫が水戸少将へ入輿したことをめでたいと思う旨を了承した連署返書。小笠原長重書状と同件だが、使者や将軍への言上には触れない。
追録2-No.259 小笠原長重書状
小笠原長重が松平修理大夫へ、喜知姫の逝去を悲しみ言葉もないとの書面を了承した弔意の返書。相手が差し越した使者と書面の趣旨について同僚と相談し、将軍へ言上したと伝える。
追録2-No.260 柳沢保明・松平輝貞連署書状
柳沢保明・松平輝貞が松平修理大夫へ、喜知姫の逝去を悲しみ言葉もないとの書面を了承した連署返書。小笠原長重書状と同件だが、使者や将軍への言上には触れない。
追録2-No.261 小笠原長重書状
小笠原長重が松平修理大夫へ、将軍が勇健であることと、相手が参府のため先月初めに国元を出船したものの、悪天候と病気で遅れ、十三日にようやく大坂へ到着したとの報告を了承した返書。差し越された使者と書面の内容を同僚が一覧したと伝える。
追録2-No.262 小笠原長重書状
小笠原長重が松平修理大夫へ、使者を通じた将軍の安否伺いに対し、将軍はますます勇健なので安心するよう答えた書状。あわせて、相手が献上した御肴一種を同僚と相談し、首尾よく将軍へ披露したと報告する。
追録2-No.263 柳沢保明・松平輝貞連署書状
柳沢保明・松平輝貞が松平修理大夫へ、将軍の様子を尋ねた書面に対し、将軍はますます勇健なので安心するよう答え、書面の趣旨を了承した連署返書。小笠原長重書状と異なり、御肴の献上・相談・披露には触れない。
追録2-No.264 小笠原長重書状
小笠原長重が松平修理大夫へ、同氏薩摩守が東叡山御普請の手伝を勤め、二日に将軍の御前へ召されて懇ろな上意を受け、腰物を拝領したとの報告を了承した返書。御礼使者と書面の趣旨を同僚と相談し、将軍へ高聞したと伝える。
追録2-No.265 柳沢保明・松平輝貞連署書状
柳沢保明・松平輝貞が松平修理大夫へ、同氏薩摩守が東叡山御普請の手伝を勤め、二日に将軍の御前へ召されて懇ろな上意を受け、腰物を拝領したとの報告を了承した連署返書。御礼使者の差越しと書面の趣旨を承知したと伝える。
追録2-No.266 島津久住書状
島津久住が中将島津綱貴へ、上野御普請が首尾よく成就し、将軍から腰物を拝領したと承って喜び、祝意を述べた書状。
追録2-No.267 島津綱貴帰国許可・恩賜記事
九月五日、上使阿部正武を通じて綱貴へ暇を告げ、先例どおりの恩賜品を与えた記事。例年は四月を交替の期としていたが、前年以来の東叡山助役の事情があり、今回はこの時期に暇を告げられたと記す。その後、綱貴が登営して礼謝し、さらに御馬一匹を賜った。
追録2-No.268 鐵牛機禅語賛文
達磨大師四十四世の正伝を継ぐ淨住開山・七十一歳の鐵牛機が、元禄十一年中秋二十九日に弘福方丈で禅語を書き、左中将薩摩三州太守源綱貴(法名・大玄院殿昌道元新大居士)へ付嘱した文。観音像奉納の祈願文ではなく、達磨・禅に関する一枝如意の賛文である。
追録2-No.269 徳川綱吉御内書
徳川綱吉が薩摩中将島津綱貴へ、重陽祝儀として小袖五領が届き、喜んで見たと伝える御内書。詳しいことは戸田山城守忠昌から述べさせるとする。
追録2-No.270 琉球国司回答
琉球国司が中将島津綱貴へ、当地の平安を知らせる書状を喜び、自身も無事に在府しているので安心するよう答えた書状。唐絵四枚・石製方形鉢一鉢・縮布三端の贈物に厚意を感じて謝意を述べる。
追録2-No.271 島津綱貴返書(琉球国司宛)
島津綱貴が琉球国司へ、今年の祝詞を記した使翰と、佳例に準じた数品の贈物を受けて喜び、謝意を述べた返書。後日の喜びを期すと結ぶ。
追録2-No.272 島津綱貴返書(琉球国司宛)
綱貴が琉球国司へ、娘の出生が伝わり、祝儀として目録どおりの品を贈られたことを喜び、謝意を述べた九月十日付返書。
追録2-No.273 島津綱貴返書(中城王子宛)
島津綱貴が中城王子へ、娘の出生に際し、祝儀として目録どおりの品々が届いたことを喜び、謝意を述べた返書。
追録2-No.274 島津綱貴返書(中城王子宛)
島津綱貴が中城王子へ、当年の賀儀として書状と恒例どおり目録記載の品々を贈られたことに過分の厚意を感じ、謝意を述べた返書。後日の喜びを期すと結ぶ。
追録2-No.275 島津吉貴返書(琉球国司宛)
吉貴が琉球国司へ、当正月の妹の誕生が聞き伝わり、祝儀として目録どおりの品を贈られた心遣いを喜び、謝意を述べた九月十日付返書。妹の誕生を知って祝品を贈った琉球側と、返礼する吉貴を区別する。
追録2-No.276 島津吉貴返書(琉球国司宛)
吉貴が琉球国司へ、今年の嘉儀として使簡を遣わし、恒例どおり目録記載の品を贈られた入念さを喜び、後音の時を期すと結んだ九月十日付返書。
追録2-No.277 小笠原長重外三名連署状
小笠原長重・土屋政直・戸田忠昌・阿部正武が松平薩摩守へ、参勤の御礼を申し上げるため、翌十五日五時に江戸城へ登城するよう命じた連署状。
追録2-No.278 島津吉貴書状
島津吉貴が松平修理大夫へ、重陽祝儀として目録記載の品々を下賜され、長く拝受することをありがたく思い、謝礼を述べた書状。後日の喜びを期すと結び、この書と次の同文書は吉貴公の御譜中にないと注記される。
追録2-No.279 島津吉貴書状
島津吉貴が中将島津綱貴へ、重陽祝儀として目録記載の品々を下賜され、長く拝受することをありがたく思い、謝礼を述べた書状。後日の喜びを期すと結び、前の松平修理大夫宛書状とともに吉貴公の御譜中にないと注記される。
追録2-No.280 平松時方書状
平松時方が、五日に首尾よく暇を得て近く帰国するとの知らせを喜び、近日伏見へ到着する際の面会を希望した書状。交野権佐が参府した際、多くの家来を付けて滞在中の公用を無事に済ませ上京できたことや、不慮の出火時の配慮で損害なく済んだことへ謝意を述べる。追伸でも、伏見到着時に知らせを得たいと重ねる。九月二十三…
追録2-No.281 小笠原長重外三名連署状
小笠原長重・土屋政直・戸田忠昌・阿部正武が松平薩摩守へ、家老島津勘解由久當を翌二十八日五時に江戸城へ差し出すよう命じた連署状。
追録2-No.282 島津綱貴帰国・久祐の江府派遣献上拝領記事
綱貴が九月晦日に江戸を発ち帰国する。家老喜入安房久亮、用人村田善太夫経智・市来次郎左衛門家賢らが従い、十月十三日伏見着、十五日大坂へ下り、十九日発船、十一月七日日州細島着船、その後陸路を取り十五日に鹿城へ入った。続いて桂宇右衛門久祐を江府へ遣わし、暇を賜って帰州したことを謝し例どおり献品する。久祐も…
追録2-No.283 伊野波親方外五名連署書状
伊野波親方ら六名が中将へ、年始祝儀として芭蕉布十端・練蕉布三端・焼酎一壺を東叡山中堂御普請の首尾よい成就への祝意とともに進献し、披露を願った連署書状。
追録2-No.284 琉球での鯨糞隠買い・長崎での隠売調査に関する覚
前年、琉球で船頭・水手が密かに鯨糞を買い取ったとの風聞があり、今度は御当国の者が鯨糞六十斤ほどを隠売したと長崎から知らせが来た件を扱う。琉球で風聞があった際に早く沙汰し、実否を報告すべきだったとし、他国への密かな持出しを問題とする。関係者がまだ極まっていないため内々に調べ、琉球表で厳しく詮議して来春…
追録2-No.285 川村少左衛門書状(指示伝達と実否調査・来春便報告依頼)
川村少左衛門が伊野波親方・仲田親方・北谷按司へ、右之通の件は伊地知八右衛門の取次で近江殿方へ伝えられ、近江殿の差図によって知らせたものなので、そちらで実否を糺し来春便に報告するよう求めた十月十七日付書状。
追録2-No.286 諸国銀貨交換・渡唐銀覚
新金銀の通用開始に伴い、渡唐銀を新銀へ交換し、琉球人が唐で旧銀を得た場合も長崎で新銀へ替えること、旧銀回収時の不足や交換差額、琉球・長崎での手続を定めた五名連署の覚。
追録2-No.287 琉球漂着異国船処置覚
元禄五年、八重山の石垣島川平湾へ漂着した異国船をめぐり、乗員殺傷、荷物・食料の供給、船修理、送還、取調べを記した覚。琉球側の処置と幕府・薩摩への報告、再発防止の取締りを詳述する。
追録2-No.288 北谷按司・三司官書状(寒中見舞の献上と差図依頼)
北谷按司・三司官が島津中務・島津図書へ、公方が勇健であることを喜び、寒中の機嫌伺いとして使者を上せ、羽織五と肴一種を献上するので、しかるべく差図してほしいと求めた十月二十一日付書状。
追録2-No.289 新銀交換・渡唐銀覚
北谷按司・三司官が新納近江へ、新金銀への交換は難しいが琉球から渡唐する者には新銀を持たせ、唐から旧銀を持ち帰った場合は新銀へ替える方針を回答した覚。交換差額がなければ新銀を持ち渡ることにも同意する。
追録2-No.290 島津綱貴書状
島津綱貴が、将軍の機嫌を伺い、私領桜島の蜜柑二箱と御肴一種を献上するので、将軍へ披露するよう依頼した書状。
追録2-No.291 小笠原長重書状
小笠原長重が松平薩摩守へ、将軍の機嫌伺いに対し勇健なので安心するよう答え、献上された肴一種を諸役人で相談して首尾よく披露したと伝えた書状。
追録2-No.292 土屋政直書状
土屋政直が松平薩摩守へ、将軍の機嫌伺いに対し勇健なので安心するよう答え、献上された肴一種を諸役人で相談して首尾よく披露したと伝えた書状。
追録2-No.293 柳沢保明・松平輝貞連署状
柳沢保明・松平輝貞が松平薩摩守へ、将軍の機嫌伺いに対し勇健なので安心するよう答え、肴一種の献上を含む書面の趣旨を了承した連署返書。小笠原長重・土屋政直の返書と異なり、相談して披露したとの記述はない。
追録2-No.294 島津綱貴書状
島津綱貴が阿部豊後守・戸田山城守・土屋相模守・小笠原佐渡守へ、暇を許され白銀・袷・馬を拝領して国許へ無事到着したと報告し、御礼使桂宇右衛門を差し上せた書状。目録記載品を献上したいとして、適切な差図を求める。
追録2-No.295 桂久祐帰国礼使記事
桂織部久祐が島津綱貴の着城御礼使を勤めて江戸へ赴き、翌元禄十二年正月十五日に将軍へ拝謁し、恒例どおり品を献上した記事。
追録2-No.296 島津綱貴書状
島津綱貴が松平右京大夫・柳沢出羽守へ、暇を許され白銀・袷・馬を拝領して国許へ無事到着したと報告し、御礼使桂宇右衛門を差し上せ、目録記載品を献上すると伝えた書状。四老中宛の同日書状と異なり、献上の差図は求めていない。