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追録2の目録
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全3,207件中 2001~2100件・21 / 33ページ
追録2-No.1998 本多正永書状
本多正永が松平薩摩守島津吉貴へ、大納言に献上された御檜重一組を滞りなく披露したと知らせた書状。
追録2-No.1999 平松時方書状
平松時方が島津吉貴へ、娘が長旅を無事に終えて去る十三日に江戸へ到着し、三所への御目見も滞りなく済んだと報告した書状。吉貴から寄せられた祝意と目録品に謝意を述べた。
追録2-No.2000 吉貴帰国ス
帰国の暇を賜った吉貴が七月九日江戸を発ち、東海道・美濃路から二十四日に伏見、二十六日に京都錦旅亭へ入り、紀伊守信茲を訪問して伏見へ戻る。二十九日大坂へ進み、八月三日に乗船したが海況が悪く尼崎に着き、陸路山陰道を取り小倉・九州の宿駅を経て九月朔日に鹿児島城へ入った。佐多木工忠一を江戸へ遣わし、十月十五…
追録2-No.2001 山内豊房書状
山内豊房が松平薩摩守島津吉貴へ、七月十日に土佐国足摺山沖で大船を確認し、同日清水湊へ入った船を調べると、唐から帰帆中に難風で漂着した乗員約八十二人の琉球船だったと報告した書状。江戸へも注進したため、使者をもって吉貴へ届け出た。
追録2-No.2002 徳川光貞書状
徳川光貞が松平薩摩守島津吉貴へ、吉貴の無事を喜び、自身の病状には特段の変化がないと知らせ、見舞いへの謝意を述べた書状。
追録2-No.2003 平松時方書状
平松時方が島津吉貴へ、大坂へ向かったと伊集院主水から聞き、船中の無事と帰国を願った書状。島津帯刀を介した返答を受け、亀姫のことは疎略にせず心配不要と述べ、亀姫への配慮と文箱中の贈物に謝意を示した。
追録2-No.2004 鳥居忠救書状
鳥居忠救が松平薩摩守島津吉貴へ、道中無事に先月二十四日伏見へ到着したとの報告を喜んだ書状。伏見へ使者を遣わして二種と双樽を贈ったところ、吉貴から礼状が届いたため謝意を述べた。
追録2-No.2005 秋元喬朝書状
秋元喬朝が松平薩摩守島津吉貴へ、桂昌院の逝去に際して吉貴が使者を通じて献じた香奠を増上寺へ納め、その旨を上聞に達したと知らせた書状。
追録2-No.2006 別所常治書状
別所常治が松平薩摩守島津吉貴へ、吉貴が豊前小倉付近まで無事に航行したことを喜び、唐から帰帆中に難風で土佐国へ漂着した琉球船について返答した書状。国元家臣から伝えられた先例を承知し、船が当地へ着けば吉貴の家臣と相談して処置するとした。
追録2-No.2007 永井直囿書状
永井直囿が松平薩摩守島津吉貴へ、先月十四日に豊前小倉付近を無事に通船したことを喜び、唐からの帰帆中に難風で土佐国へ漂着した琉球船についての報告を承知したと答えた書状。
追録2-No.2008 別所常治書状
別所常治が松平薩摩守島津吉貴へ、土佐へ漂着した琉球船について、松平土佐守から報告を受けた老中が長崎奉行と相談するよう指示する見込みだと知らせた書状。下知が届けば吉貴の家臣へ伝えるとし、江戸の小笠原彦大夫から聞いた内容も承知したと述べた。
追録2-No.2009 徳川綱条書状
水戸宰相徳川綱条が島津吉貴へ、吉貴の無事を尋ね、領地の鮭三尺を贈った書状。
追録2-No.2010 土屋政直外四名連署書状
土屋政直ら老中五名が松平薩摩守島津吉貴へ、八朔祝儀として公方徳川綱吉と大納言徳川家宣へ使者を通じて献上された太刀・馬代を、滞りなく披露したと知らせた連署書状。
追録2-No.2011 別所常治書状
別所常治が松平薩摩守島津吉貴へ、去る九日夜に長崎の町屋から出火して大火となったが、役屋敷・出島・唐人屋敷などは無事で、翌十日に鎮火したと報告した書状。吉貴からの火災見舞いと別紙の連絡に謝意を述べた。
追録2-No.2012 亀姫逝去ス
綱貴公御子亀姫君伝中に、八月晦日、亀姫が前関白基熙の堀川御所へ初参し、平調五常楽・合歓塩・長慶子の音楽を聴いたことを記す。基熙の和琴、石井少納言の笛、櫛笥中将の琵琶、四辻の笙、監役らを列記する。同年秋に病み療養・投薬の効なく十月五日京都の邸で十六歳で死去。七日夜半に遺体を大徳寺へ移し、十日酉刻に葬礼…
追録2-No.2013 島津惟久書状
島津惟久が島津帯刀へ、島津吉貴が家督相続後初めて帰国暇を得て海陸無事に鹿児島城へ着くことを祝い、使者を通じて太刀・馬代・二種両樽を進上した書状。吉貴の前で披露するよう依頼した。
追録2-No.2014 島津惟久書状
島津惟久が島津帯刀へ、亀姫の近衞家への入輿・婚礼が無事に整い、島津吉貴が満悦していることを祝った書状。使者を通じて目録品を進上し、吉貴の前で披露するよう依頼した。
追録2-No.2015 秋元喬朝書状
秋元喬朝が松平薩摩守島津吉貴へ、公方徳川綱吉と大納言徳川家宣がともに健やかであると知らせ、吉貴が献じた一種を関係者で相談して滞りなく披露したと伝えた書状。
追録2-No.2016 松平輝貞書状
松平輝貞が松平薩摩守島津吉貴へ、公方徳川綱吉と大納言徳川家宣がともに健やかであると知らせ、吉貴から献じられた一種を受け取り、書面の趣旨を承知したと伝えた書状。
追録2-No.2017 小笠原長重書状
小笠原長重が松平薩摩守島津吉貴へ、大納言徳川家宣が健やかであると知らせ、吉貴が献じた一種を滞りなく披露したと伝えた書状。
追録2-No.2018 徳川綱条書状
水戸宰相徳川綱条が島津吉貴へ、音信として書状に添えて贈られた当地の一種に謝意を示し、吉貴の無事を喜んだ書状。
追録2-No.2019 徳川綱吉御内書
将軍徳川綱吉が薩摩少将島津吉貴へ、重陽祝儀として届いた小袖五領を喜んで受け取り、詳しい返答を土屋政直に委ねた御内書。
追録2-No.2020 小笠原長重・本多正永連署書状
小笠原長重・本多正永が松平薩摩守島津吉貴へ、重陽祝儀として使者を通じて目録どおり献上された品を、滞りなく披露したと知らせた連署書状。
追録2-No.2021 平松時方書状
平松時方が松平薩摩守島津吉貴へ、海上を無事に帰国したことを重ねて祝い、少し不快であった亀姫が日ごとに快復しているので安心するよう伝えた書状。吉貴の到着への祝意も述べた。
追録2-No.2022 阿部正喬書状
阿部正喬が松平薩摩守島津吉貴へ、帰国到着の御礼を述べる使者を翌十月朔日の五半時に城へ差し出すよう通知し、使者自身も御礼を申し上げるのでその旨を承知するよう伝えた書状。
追録2-No.2023 吉貴、光貞ノ死ヲ弔フ
宝永二年八月八日、紀州和歌山藩主で徳川頼宣の二男・徳川家康の孫にあたる紀伊大納言徳川光貞が死去したため、島津吉貴が幕府へ弔問の献書を行ったことを記す記事。
追録2-No.2024 小笠原長重書状
小笠原長重が松平薩摩守島津吉貴へ、徳川光貞の逝去を聞いて言葉もないとの吉貴の意向を承知し、差し越された使者と書面の趣旨を将軍へ言上したと伝えた書状。
追録2-No.2025 秋元喬朝書状
秋元喬朝が松平薩摩守島津吉貴へ、徳川光貞の逝去を聞いて言葉もないとの吉貴の意向を承知し、差し越された使者と書面の趣旨を関係者で相談して将軍へ言上したと伝えた書状。
追録2-No.2026 松平輝貞・松平忠栄連署書状
松平輝貞・松平忠栄が松平薩摩守島津吉貴へ、徳川光貞の逝去を聞いて言葉もないとの吉貴の意向を承知し、差し越された使者と書面の趣旨を承知したと答えた連署書状。
追録2-No.2027 近衞家煕書状
近衞家煕が薩摩少将島津吉貴へ、書状を読み、冷気の季節にもかかわらず海陸とも無事に帰国したとの知らせを喜んだ書状。京都は平穏であると伝え、後便を期した。
追録2-No.2028 稲葉正通書状
稲葉正通が松平薩摩守島津吉貴へ、帰国御礼の使者を翌四日の四半時に城へ差し出すよう通知した書状。
追録2-No.2029 徳川綱条書状
水戸宰相徳川綱条が松平薩摩守島津吉貴へ、首尾よく暇を得て道中も異状なく領国へ着いたことを重ねて祝い、遠路からの書状を喜んだ書状。
追録2-No.2030 徳川吉孚書状
水戸中将徳川吉孚が松平薩摩守島津吉貴へ、首尾よく暇を得て道中も異状なく領国へ着いたことを重ねて祝い、念入りな知らせを喜んだ書状。
追録2-No.2031 亀姫、近衞邸ニ死ス
吉貴公御譜中に、亀姫は病気に湯薬を進めても効なく、宝永二年十月四日に京都の近衛大納言家久の邸で死去したと記す。同月十七日に訃報が薩州へ届き、当日から二十一日まで鳴物・遊興・殺生などを禁じた。殺生の対象動物は列挙されない。No2012の亀姫君伝は十月五日と記し、本条と一日の差があるため、各原記載を保っ…
追録2-No.2032 平松時春書状
平松時春が松平薩摩守島津吉貴へ、亀姫の養生がかなわず前夜に死去したことへの驚きと、吉貴および江戸の関係者の悲嘆を察し、悔やみを述べた書状。
追録2-No.2033 平松時方書状
平松時方が松平薩摩守島津吉貴へ、亀姫の容体が急変し、医師の診脈・治療もかなわず前夜に死去したと知らせた書状。吉貴に悔やみを述べ、陽和院・信證院の悲嘆、とくに高齢の陽和院の難儀を案じた。
追録2-No.2034 幕府、漂着ノ進貢船ノ長崎回送ヲ免ス
清国への進貢を終えた琉球国王尚貞の船一艘(館頭・水主八十二人)が帰途に風浪を受け、宝永二年七月十日に土佐国幡多郡清水湊へ漂着した記事。土佐守松平豊房は幕府と薩摩へ報告し、幕府は先例と進貢遅延への配慮から長崎回送を免じ、薩摩で吟味のうえ琉球へ帰帆させることとした。
追録2-No.2035 幕府達書
幕府が島津吉貴へ、土佐国に漂着した清国帰りの琉球進貢船について、従来の先例と進貢遅延への配慮から長崎へ送らず、薩摩で吟味して別条がなければ琉球へ帰帆させるよう命じた達書。
追録2-No.2036 松村四郎兵衞書状
秋元喬朝の家臣松村四郎兵衞が赤松甚右衞門へ、土佐国に漂着した琉球船について、伺いの後に秋元喬朝が申し上げた趣旨を閲覧用の書付に整え、持参させたと伝えた書状。
追録2-No.2037 徳川吉宗書状
紀伊中納言徳川吉宗が松平薩摩守島津吉貴へ、首尾よく暇を得て道中も無事に領国へ到着したことを祝い、老中へ使者を差し越した念入りな対応を喜んだ書状。
追録2-No.2038 徳川綱条書状
水戸宰相徳川綱条が松平薩摩守島津吉貴へ、徳川光貞の逝去に際して寄せられた懇切な書状を受け、吉貴の心遣いと弔意に謝した書状。
追録2-No.2039 徳川吉通書状
尾張中納言徳川吉通が薩摩少将島津吉貴へ、徳川光貞の逝去に際して寄せられた書状を受け、吉貴の厚い心遣いと弔意に謝した書状。
追録2-No.2040 徳川吉孚書状
水戸中将吉孚が十月七日、松平薩摩守へ、対山方の逝去に際して示された懇情は過分であると礼を述べる。
追録2-No.2041 近衞基熙書状
近衞基熙が薩摩少将島津吉貴へ、書状を受け取り、海陸とも無事に帰国したことを重ねて祝い、自身の周辺にも異事はないと伝えた書状。吉貴からの丁寧な知らせを深く喜んだ。
追録2-No.2042 山内豊房書状
土佐守山内豊房が松平薩摩守島津吉貴へ、領国に漂着した琉球船を警固し、奉行衆から前夜届いた命令に従って引船で長崎へ送る手配をしたので、近く出船すると伝えた書状。長期間領内に滞船した一行はよく働き、万事異状がなかったとも報告した。
追録2-No.2043 新納久珍書状
新納久珍が読谷山王子へ、大玄院の不幸に際する悔やみのため、琉球国司から富名腰親雲上を差し上せたとの書面を承知し、国司の心遣いを上聞に達したと伝えた書状。
追録2-No.2044 新納久珍書状
新納久珍が中城王子へ、大玄院の不幸に際する悔やみのため、琉球国司から富名腰親雲上を差し上せたとの書面を承知し、国司の心遣いを上聞に達したと伝えた書状。
追録2-No.2045 新納久珍書状
新納久珍が読谷山王子へ、太守島津吉貴の前年冬の家督相続祝儀として、鍋三郎へ目録どおり太刀を進上したとの知らせを受け、その旨を江戸で披露すると伝えた書状。
追録2-No.2046 新納久珍書状
新納久珍が読谷山王子へ、太守島津吉貴の前年十二月の任官祝儀として、鍋三郎へ目録どおり太刀を進上したとの知らせを受け、その旨を江戸で披露すると伝えた書状。
追録2-No.2047 新納久珍書状
新納久珍が読谷山王子へ、太守島津吉貴の前年冬の改名祝儀として、鍋三郎へ目録どおり太刀を進上したとの知らせを受け、その旨を江戸で披露すると伝えた書状。
追録2-No.2048 新納久珍書状
新納久珍が読谷山王子へ、鍋三郎への年頭祝儀として目録どおり品を進上したとの知らせを受け、その旨を江戸で披露すると伝えた書状。
追録2-No.2049 新納久珍書状
新納久珍が中城王子へ、鍋三郎への年頭祝儀として目録どおり品を進上したとの知らせを受け、その旨を江戸で披露すると伝えた書状。
追録2-No.2050 近衞家久、光明真言ヲ書シ悼歌ヲ詠ズ
亀姫の死去を悼み、近衞家久が自筆で光明真言を書き、和歌一首を添えて亀姫の霊前に供えた記事。後に陽和院が家久の筆跡を表装して薩摩の深固院へ納め、正文は福昌寺内の深固院に伝わったと記す。
追録2-No.2051 近衞家久悼歌
近衞家久が亀姫を悼み、「今日さらに思ふものなかれ、おそくとて、つるに行へき我ならすやは」と詠んだ和歌。
追録2-No.2052 大圓雄山盛悼詞
大圓雄山盛が英光院殿覚樹圓明大姉(亀姫)を弔った悼詞。亀姫が生前に阿弥陀の名号を千二十遍自書して後世を誓ったことを記し、解脱と来世往生を願う偈を捧げた。
追録2-No.2053 即宗院楚長書状
即宗院楚長が十月十二日、嶋津中務(久輝と注)へ、亀姫が薬治もかなわず死去したと聞き、言葉もないとして悔やみを述べる。機会があれば御前へしかるべく悔やみを伝えるよう取り次ぎを頼む。
追録2-No.2054 平松時方書状
平松時方が松平薩摩守島津吉貴へ、亀姫の違例について使者と書状を受け、回復を報じていたが当月三日夜に病状が急変し、医師の診脈・投薬も効かず死去した経過を伝えた書状。近衞家からも詳細を知らせるはずとし、遠国で聞く吉貴の驚きを察して悲嘆を述べた。
追録2-No.2055 萱首座書状
萱首座が十月十二日、嶋津中務へ、亀姫が薬治もかなわず死去したと聞き、言葉もないとして悔やみを述べる。機会があれば御前へしかるべく悔やみを伝えるよう取り次ぎを頼む。
追録2-No.2056 徳川頼方書状
徳川主税頭頼方が松平薩摩守島津吉貴へ、徳川光貞(対山)の逝去に際して寄せられた書状を受け、吉貴の懇切な心遣いに謝意を述べた書状。
追録2-No.2057 徳川吉通書状
尾張中納言徳川吉通が薩摩少将島津吉貴へ、首尾よく暇を得て道中も無事に領国へ到着したとの知らせを重ねて祝い、吉貴の念入りな書状を喜んだ書状。
追録2-No.2058 島津吉貴寄進状
島津吉貴が所願成就のため、波平安正作の刀一腰を奉納した寄進状。
追録2-No.2059 島津吉貴証状
島津吉貴が飯隈山蓮光院へ、聖護院門跡の許可と書付を受けた薩摩・大隅・日向諸県郡の年行事職について、大峯修行を怠らず島津家の祈念に誠を尽くすよう命じた証状。
追録2-No.2060 島津吉貴寄進状
島津吉貴が所願成就のため、和泉守忠重作の刀一腰を奉納した寄進状。
追録2-No.2061 島津吉貴書状
島津吉貴が読谷山王子へ、中将殿の逝去を悼む書状を受け、懇切な弔意に謝した書状。
追録2-No.2062 島津吉貴書状
島津吉貴が中城王子へ、中将殿の逝去を悼む書状を受け、懇切な弔意に謝した書状。
追録2-No.2063 島津吉貴書状
島津吉貴が中城王子へ、去冬の首尾を経て家督相続を命じられた祝儀として太刀・馬代と目録の品を贈られたことを喜び、謝意を伝えた書状。
追録2-No.2064 島津吉貴書状
島津吉貴が読谷山王子へ、去冬の首尾を経て家督相続を命じられた祝儀として太刀・馬代と目録の品を贈られたことを喜び、謝意を伝えた書状。
追録2-No.2065 島津久明外四名連署書状
肝付主殿久兼・川上式部久重・島津帯刀忠雄・島津中務久輝・島津大蔵久明が喜地親方へ、太守の名替えの祝儀として進上された練蕉布三端・焼酎一壺を首尾よく披露したと通知した連署書状。
追録2-No.2066 島津吉貴書状
島津吉貴が中城王子へ、去冬の名替えの祝儀として太刀目録および別紙記載の品を贈られたことを喜び、謝意を伝えた書状。
追録2-No.2067 島津久明外四名連署書状
肝付主殿久兼・川上式部久重・島津帯刀忠雄・島津中務久輝・島津大蔵久明が喜地親方へ、太守の任官祝儀として進上された練蕉布三端・焼酎一壺を首尾よく披露したと通知した連署書状。
追録2-No.2068 島津吉貴書状
島津吉貴が中城王子へ、叡慮により少将に任じられた祝儀として太刀・馬代と目録の品を贈られたことを喜び、謝意を伝えた書状。
追録2-No.2069 島津吉貴書状
島津吉貴が読谷山王子へ、年甫の祝詞を記した書状と別紙記載の品を贈られたことを喜び、謝意を伝えた書状。
追録2-No.2070 島津吉貴書状
島津吉貴が中城王子へ、年甫の祝詞を記した書状と別紙記載の品を贈られたことを喜び、謝意を伝えた書状。
追録2-No.2071 島津久明外四名連署書状
肝付久兼・川上久重・島津忠雄・島津久輝・島津久明が読谷山王子へ、前年に太守へ年首の祝儀を述べたことへの返書が遣わされたとし、太守の謝意を伝えた連署書状。
追録2-No.2072 島津久明外四名連署書状
肝付主殿久兼・川上式部久重・嶋津帯刀・嶋津中務久輝・嶋津大蔵久明が十月十六日、中城王子へ、去歳に太守へ年始祝儀を述べたことへの返書が進められ、礼の趣旨を伝えたと知らせる。宛名は次頁冒頭に続く。
追録2-No.2073 島津久明外四名連署書状
肝付久兼・川上久重・島津忠雄・島津久輝・島津久明が幸地親方へ、太守への年始祝儀として進上された練蕉布十端を首尾よく披露したと通知した連署書状。
追録2-No.2074 島津久明外四名連署書状
肝付久兼・川上久重・島津忠雄・島津久輝・島津久明が中城王子へ、鍋三郎・満姫の御弘目の祝儀に対し、前年に太守から書状と目録記載の品が遣わされたことを述べ、謝意を伝えた連署書状。
追録2-No.2075 島津久明外四名連署書状
肝付久兼・川上久重・島津忠雄・島津久輝・島津久明が読谷山王子へ、鍋三郎・満姫の御弘目の祝儀に対し、前年に太守から書状と目録記載の品が遣わされたことを述べ、謝意を伝えた連署書状。
追録2-No.2076 島津久明外四名連署書状
肝付久兼・川上久重・島津忠雄・島津久輝・島津久明が中城王子へ、剛姫誕生の祝儀を述べたことに対し、前年に太守から書状が遣わされたとし、謝意を伝えた連署書状。
追録2-No.2077 島津久明外四名連署書状
肝付久兼・川上久重・島津忠雄・島津久輝・島津久明が幸地親方へ、太守の継目の祝儀として進上された練蕉布三端・焼酎一壺を首尾よく披露したと通知した連署書状。
追録2-No.2078 島津久明外四名連署書状
肝付久兼・川上久重・島津忠雄・島津久輝・島津久明が池城親方へ、太守の名替えの祝儀として進上された練蕉布三端・焼酎一壺を首尾よく披露したと通知した連署書状。
追録2-No.2079 島津久明外四名連署書状
肝付久兼・川上久重・島津忠雄・島津久輝・島津久明が池城親方へ、太守の任官祝儀として進上された練蕉布三端・焼酎一壺を首尾よく披露したと通知した連署書状。
追録2-No.2080 島津久明外四名連署書状
肝付久兼・川上久重・島津忠雄・島津久輝・島津久明が池城親方へ、太守の継目の祝儀として進上された練蕉布三端・焼酎一壺を首尾よく披露したと通知した連署書状。
追録2-No.2081 島津久明外四名連署書状
肝付久兼・川上久重・島津忠雄・島津久輝・島津久明が池城親方へ、太守への年始祝儀として進上された練蕉布十端を首尾よく披露したと通知した連署書状。
追録2-No.2082 島津久明外四名連署書状
肝付久兼・川上久重・島津忠雄・島津久輝・島津久明が識名親方へ、太守の任官祝儀として進上された練蕉布三端・焼酎一壺を首尾よく披露したと通知した連署書状。
追録2-No.2083 島津久明外四名連署書状
肝付久兼・川上久重・島津忠雄・島津久輝・島津久明が識名親方へ、太守の継目の祝儀として進上された練蕉布三端・焼酎一壺を首尾よく披露したと通知した連署書状。
追録2-No.2084 島津久明外四名連署書状
肝付久兼・川上久重・島津忠雄・島津久輝・島津久明が識名親方へ、太守の名替えの祝儀として進上された練蕉布三端・焼酎一壺を首尾よく披露したと通知した連署書状。
追録2-No.2085 島津吉貴書状
島津吉貴が読谷山王子へ、去冬の名替えの祝儀として太刀目録および別紙記載の品を贈られたことを喜び、謝意を伝えた書状。
追録2-No.2086 島津吉貴書状
島津吉貴が読谷山王子へ、旧臘に少将へ任じられた祝儀として太刀と目録記載の品を贈られたことを喜び、謝意を伝えた書状。
追録2-No.2087 島津久明外四名連署書状
肝付久兼・川上久重・島津忠雄・島津久輝・島津久明が識名親方へ、太守への年始祝儀として進上された練蕉布十端を首尾よく披露したと通知した連署書状。
追録2-No.2088 島津久明外四名連署書状
肝付久兼・川上久重・島津忠雄・島津久輝・島津久明が識名親方へ、太守の名替えに伴う鍋三郎への祝儀として練蕉布三端・焼酎一壺が進上された旨を、江戸で伝えると通知した連署書状。
追録2-No.2089 島津久明外四名連署書状
肝付久兼・川上久重・島津忠雄・島津久輝・島津久明が識名親方へ、鍋三郎への年始祝儀として練蕉布三端が進上された旨を、江戸で伝えると通知した連署書状。
追録2-No.2090 島津久明外四名連署書状
肝付久兼・川上久重・島津忠雄・島津久輝・島津久明が識名親方へ、太守の任官に伴う鍋三郎への祝儀として練蕉布三端・焼酎一壺が進上された旨を、江戸で伝えると通知した連署書状。
追録2-No.2091 島津久明外四名連署書状
肝付久兼・川上久重・島津忠雄・島津久輝・島津久明が識名親方へ、太守の継目に伴う鍋三郎への祝儀として練蕉布三端・焼酎一壺が進上された旨を、江戸で伝えると通知した連署書状。
追録2-No.2092 島津久明外四名連署書状
肝付久兼・川上久重・島津忠雄・島津久輝・島津久明が幸地親方へ、太守の名替えに伴う鍋三郎への祝儀として練蕉布三端・焼酎一壺が進上された旨を、江戸で伝えると通知した連署書状。
追録2-No.2093 島津久明外四名連署書状
肝付久兼・川上久重・島津忠雄・島津久輝・島津久明が幸地親方へ、太守の継目に伴う鍋三郎への祝儀として練蕉布三端・焼酎一壺が進上された旨を、江戸で伝えると通知した連署書状。
追録2-No.2094 島津久明外四名連署書状
肝付久兼・川上久重・島津忠雄・島津久輝・島津久明が幸地親方へ、鍋三郎への年首祝儀として練蕉布三端が進上された旨を、江戸で伝えると通知した連署書状。
追録2-No.2095 島津久明外四名連署書状
肝付久兼・川上久重・島津忠雄・島津久輝・島津久明が幸地親方へ、太守の任官に伴う鍋三郎への祝儀として練蕉布三端・焼酎一壺が進上された旨を、江戸で伝えると通知した連署書状。
追録2-No.2096 島津久明外四名連署書状
肝付久兼・川上久重・島津忠雄・島津久輝・島津久明が池城親方へ、太守の任官に伴う鍋三郎への祝儀として練蕉布三端・焼酎一壺が進上された旨を、江戸で伝えると通知した連署書状。
追録2-No.2097 島津久明外四名連署書状
肝付久兼・川上久重・島津忠雄・島津久輝・島津久明が池城親方へ、太守の名替えに伴う鍋三郎への祝儀として練蕉布三端・焼酎一壺が進上された旨を、江戸で伝えると通知した連署書状。