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追録2の目録

暫定版です。原文との照合により、概要や文書の区切り等を修正する場合があります。

全3,207件中 1101~1200件・12 / 33ページ

  1. 追録2-No.1097 秋元喬朝書状

    秋元喬朝が島津綱貴へ、将軍徳川綱吉が健やかであることを綱貴が喜び、さらに将軍の様子を伺う使札を各老中へ送った旨を承知したと答えた書状。添えられた御肴一種にも謝意を述べる。

  2. 追録2-No.1098 島津久記分立

    島津綱貴が島津久記(頼母久記)を分立させ、兄島津久明家の例に準じて島津宗家の四男家とした記事。

  3. 追録2-No.1099 北郷久嘉室出産

    北郷久嘉の妻が平産したため、島津綱貴が久嘉邸へ赴き、妻へ品物を与えた記事。久嘉は当時江戸におり、新納市正久珍が綱貴に供奉した。

  4. 追録2-No.1100 阿部正武外四名老中連署奉書

    阿部正武・土屋政直・小笠原長重・秋元喬朝・稲葉正通が島津綱貴へ、将軍徳川綱吉が健やかであることを伝え、使者を通じた参勤時期の伺いに対し、翌年四月中に参府するよう命じた老中五名連署奉書。

  5. 追録2-No.1101 島津久儔前髪ヲ取ル

    島津久儔(周防久儔)が元禄十四年十二月三日に前髪を取り、その際に島津綱貴から書状を与えられた記事。

  6. 追録2-No.1102 島津綱貴内意書

    島津綱貴が島津久儔(又八郎)へ、島津吉貴(修理大夫)と相談のうえ、吉日を選んで前髪を取るよう命じた内意書。互いに無事であることも伝え、包紙には久儔の御宿所宛と記す。

  7. 追録2-No.1103 土屋政直書状

    土屋政直が島津綱貴へ、将軍徳川綱吉が健やかであることを綱貴が喜んだ旨を承知し、献上された蜜柑二箱・御肴一種を同僚と相談して首尾よく将軍へ披露したと答えた書状。

  8. 追録2-No.1104 秋元喬朝書状

    秋元喬朝が島津綱貴へ、寒中に使者を送って将軍徳川綱吉の様子を伺ったことに対し、将軍は健やかなので安心するよう答えた書状。綱貴が献上した羽織五領・御肴一種は同僚と相談して首尾よく披露したと伝える。

  9. 追録2-No.1105 柳沢吉保・松平輝貞連署書状

    柳沢吉保・松平輝貞が島津綱貴へ、寒中に将軍徳川綱吉の様子を伺った書状を披見し、将軍は健やかなので安心するよう答えた連署書状。綱貴が献上した羽織五領・御肴一種も承知したと伝える。No.1104と同じ贈物を扱うが、将軍への披露には触れない。

  10. 追録2-No.1106 小笠原長重書状

    小笠原長重が島津綱貴へ、寒気の折にも綱貴が健やかであるとの書状を喜び、添えられた御肴一種への謝意を述べた書状。将軍への機嫌伺いや披露は記さない。

  11. 追録2-No.1107 秋元喬朝書状

    秋元喬朝が島津綱貴へ、将軍徳川綱吉が健やかであることを綱貴が喜んだ旨を承知し、献上された蜜柑二箱・御肴一種を同僚と相談して首尾よく将軍へ披露したと答えた書状。内容はNo.1103の土屋政直書状とほぼ同じ。

  12. 追録2-No.1108 柳沢吉保・松平輝貞連署書状

    柳沢吉保・松平輝貞が島津綱貴へ、将軍徳川綱吉が健やかであることを綱貴が喜んだ旨を承知し、献上された蜜柑二箱・御肴一種も了承したと答えた連署書状。No.1107の秋元喬朝書状と同じ贈物を扱うが、同僚との相談・将軍への披露には触れない。

  13. 追録2-No.1109 島津吉貴書状

    島津吉貴が島津綱貴へ、島津惟久(淡路守)の新生女の命名を綱貴から委ねられた件について、惟久の申越しを待って差し支えない名を考え、名の文字は陽和院に相談すると答えた書状。陽和院は遠慮しながらも相談に応じる意向を示し、惟久からの連絡待ちで返事が遅れたとも記す。重陽祝儀の目録品への返礼にも謝意を述べる。

  14. 追録2-No.1110 柳沢吉保書状

    柳沢吉保が島津綱貴へ、綱貴の書状を拝見してその健康を喜び、歳暮として目録記載品を献上された厚意に謝意を述べた書状。

  15. 追録2-No.1111 柳沢吉保書状

    柳沢吉保が島津綱貴へ、将軍徳川綱吉が健やかであることに加え、先頃柳沢邸へ御成となり無事に還御したことを報告し、綱貴から示された祝意に謝した書状。

  16. 追録2-No.1112 島津忠休誕生

    継豊の御譜に、初名忠休、鍋三郎丸・又三郎、大隅守・従四位下侍従・左近衛少将・従四位上左近衛中将を列記する。元禄十四年十二月二十二日に武州高輪第で誕生したと記し、嫡母が忠休を自分の子としたこと、実母について同三千満姫と記す注を載せる。家臣嶋津中務久輝は三暮目の鳴弦役を勤めた。

  17. 追録2-No.1113 丹羽長守・大嶋義也長崎奉行連署書状

    長崎奉行の丹羽長守・大嶋義也が島津綱貴へ、福州からの唐船一艘が今月八日夜に川辺郡久志浦へ漂着し、番船を付け、破損した船具を修補して日和次第で警固付き送致するとの十二日付報告を承知した連署書状。従前どおり早々に長崎へ差し遣わすよう求める。

  18. 追録2-No.1114 秋元喬朝書状

    秋元喬朝が島津綱貴へ、将軍徳川綱吉が健やかで、先頃増上寺へ御成となったことを綱貴が喜んだ旨を承知し、その書面を同僚と相談して将軍へ申し上げたと答えた書状。

  19. 追録2-No.1115 柳沢吉保・松平輝貞連署書状

    柳沢吉保・松平輝貞が島津綱貴へ、将軍徳川綱吉が健やかで、先頃増上寺へ御成となったことを綱貴が喜んだ旨を承知した連署書状。No.1114の秋元喬朝書状と同じ用件だが、同僚との相談・将軍への言上には触れない。

  20. 追録2-No.1116 島津吉貴書状

    吉貴が中将綱貴へ、又八郎が今日首尾よく元服を済ませたことを、自分も同様に大いに喜んでいると報告する。

  21. 追録2-No.1117 島津忠英書状

    島津忠英(又八郎)が島津綱貴へ、自身が当日首尾よく元服したことを報告し、目録記載品を進上した書状。No.1116の島津吉貴書状が又八郎の元服を第三者として報告するのに対し、本書は本人の報告である。

  22. 追録2-No.1118 石井行康書状

    石井行康が島津綱貴へ、宮内卿が右衛門督に任じられたことを報告し、綱貴から祝詞を贈られた厚意に謝した書状。

  23. 追録2-No.1119 島津吉貴書状

    島津吉貴が島津綱貴へ、島津惟久(淡路守)の新生女について陽和院と相談し、今月十八日に「おます」と命名したと報告した書状。No.1109で命名方針と陽和院への相談を答えた件の結果報告に当たる。

  24. 追録2-No.1120 平松時春書状

    平松時春が島津綱貴へ、石井宮内卿が右衛門督に叙任されたことを大いに喜び、綱貴から早々に祝詞を贈られた厚意に謝した書状。No.1118の石井行康書状と同じ任官を別の立場から扱う。

  25. 追録2-No.1121 徳川綱吉御内書

    将軍徳川綱吉が島津綱貴へ、歳暮の祝儀として贈られた小袖五重を受領して喜んだことを伝え、詳しい返答は稲葉丹後守正通から述べさせるとした御内書。綱吉の黒印を据える。

  26. 追録2-No.1122 島津綱貴書状

    島津綱貴が島津吉貴へ新年を祝い、一門に別条がなく、自身も無事に年を越したと伝えた書状。年始の祝儀として目録記載品を贈る。

  27. 追録2-No.1123 島津久住書状

    島津久住が島津綱貴へ、鍋三郎が前年六月に初めて稲荷へ参詣したと承知して喜び、その祝意を申し上げた書状。傍注は鍋三郎を綱貴の幼名とし、兵庫久住を綱貴の家臣と記す。

  28. 追録2-No.1124 島津吉貴書状

    島津吉貴が島津綱貴へ新年を祝い、綱貴が変わりなく健やかに年を越したことを喜んだ書状。吉貴は例年どおり当日に登城して首尾よく年賀の礼を述べ、盃と時服を拝領したと報告し、年始の祝儀として肴二種と樽一荷を贈る。

  29. 追録2-No.1125 島津綱貴書状

    綱貴が進藤筑後守(長房傍注)へ、改年を祝い、前関白(基熙傍注)が健やかに越年したことを喜ぶ。祝詞を申し上げ、太刀一腰・馬代黄金十両を進上する旨を、よろしく取り次いで伝えてほしいと頼む。

  30. 追録2-No.1126 島津綱貴書状

    綱貴が今大路兵部大輔(光好傍注)へ、改年を祝い、右府(近衛家熙傍注)の勇健な越年を喜ぶ。祝詞を申し上げ、太刀一腰・馬代黄金十両を進上する旨を、よろしく取り次いで伝えてほしいと頼む。書状宛先今大路と進上対象右府を区別する。

  31. 追録2-No.1127 島津綱貴書状

    綱貴が進藤刑部大輔(長之傍注)へ、改年を祝い、大納言(近衛家久傍注)の勇健な越年を喜ぶ。祝詞を申し上げ、太刀一腰・馬代黄金十両を進上する旨を、よろしく取り次いで伝えてほしいと頼む。前二条と同型の文面だが、祝意対象と取次先が異なる。

  32. 追録2-No.1128 島津綱貴書状

    綱貴が石井宰相(行豊傍注)へ、先頃約束した百合草三本を贈ったところ、無事に届き御所の花壇へ献上されたとの報知を受け、本望であると喜ぶ。丁重な礼状を受けたことにも謝意を示す。

  33. 追録2-No.1129 琉球国司尚貞書状

    琉球国司尚貞が島津綱貴へ年始を祝い、綱貴の健康と繁栄を喜び、目録記載品を那原親方を通じて献上した書状。

  34. 追録2-No.1130 中城王子尚純書状

    中城王子尚純が島津綱貴へ年始を祝い、綱貴の健康を喜ぶとともに、目録記載品を年賀の贈り物として献上した書状。No.1129の琉球国司尚貞書状と同日・同趣旨だが、こちらは中城王子名義である。

  35. 追録2-No.1131 佐敷王子尚益書状

    佐敷王子尚益が島津綱貴へ新年を祝い、年賀の祝意を述べる書状と目録記載品を献上した書状。綱貴の慶事が今後も長く続くことを願う。

  36. 追録2-No.1132 阿部正武外四名老中連署状

    老中の阿部正武・土屋政直・小笠原長重・秋元喬朝・稲葉正通が島津綱貴へ、年頭祝儀として使者を通じて献上された太刀一腰と馬代黄金十両を、首尾よく将軍へ披露したと知らせた連署状。

  37. 追録2-No.1133 近衛基熙書状

    近衛基熙が島津綱貴へ新年を祝い、互いに無事に年を越したことを喜び、目録記載の贈物を丁寧に受納したと答えた書状。花押を据える。

  38. 追録2-No.1134 近衛家熙書状

    近衛家熙が島津綱貴へ新年を祝い、綱貴が無事に年を越したことを喜び、当地も変わりないと伝え、目録記載の贈物に深く謝した書状。花押を据える。

  39. 追録2-No.1135 近衛家久書状

    近衛家久が島津綱貴へ新年を祝い、綱貴が無事に年を越したことを喜び、当地も変わりないと伝え、目録記載の贈物を受納したと答えた書状。花押を据える。

  40. 追録2-No.1136 島津綱貴請書

    島津綱貴が土屋政直へ、地震・火事を受けて幕府が示した作事、衣服、音信、贈答、料理、火の元、火事場へ騎馬の者を派遣しないことなどの規制を書付どおり承知したと答えた請書。

  41. 追録2-No.1137 島津久明外四名家老連署条書

    家老五名が御関狩を多人数の集まる武芸鍛錬の場とし、歩行可能な者は老若を問わず参加し、火災後に分割した組の与頭も原則各組員を率いるよう命じる。御用があれば家老へ申し出る。外城の騎馬者は乗馬御桟舗辺に置き、人数を率いる際は歩行し、馬上で駆け回り指図せず乗馬御桟敷前を避け後ろへ控える。兼役小頭と諸役人の役…

  42. 追録2-No.1138 近衛家熙書状

    近衛家熙が島津綱貴へ、堀川の新邸が完成して前殿下が移徙したことへの祝意と目録記載品を受け、深く喜んだと答えた書状。綱貴の健康を喜び、自身も変わりないと伝える。

  43. 追録2-No.1139 近衛家久書状

    近衛家久が島津綱貴へ、大殿が堀川の新邸へ移徙したことへの祝詞と目録記載品を受け、丁寧な心遣いを喜んだと答えた書状。花押を据える。

  44. 追録2-No.1140 徳川綱教書状

    紀伊中納言徳川綱教が島津綱貴へ、前年冬に大納言殿の参府御礼が済んだことについて、綱貴が心を配ったことを喜び謝した書状。

  45. 追録2-No.1141 稲葉正通書状

    稲葉正通が島津綱貴へ、薩摩国へ送られる流人の件について、綱貴から伝えられた詳細を承知し、書面の内容を同僚と相談したと答えた書状。

  46. 追録2-No.1142 島津惟久書状

    島津惟久が島津久明へ、前年に生まれた自身の娘を島津吉貴(修理大夫)が先頃「おます」と命名したことへの謝意を述べ、その礼を機会を見て伝えるよう頼んだ書状。

  47. 追録2-No.1143 丹羽長守・大嶋義也長崎奉行連署書状

    長崎奉行大嶋義也・丹羽長守が松平薩摩守へ、去る二十一日付の書状を拝見し、今月六日に領内屋久島の暮石浦へ朝鮮国船一艘が漂着したとの件を承知したと答える。家臣からも詳しい説明を受けたという。

  48. 追録2-No.1144 島津吉貴書状

    島津吉貴が島津綱貴へ新年を祝い、綱貴が健やかに年を越したことを喜び、当地の一門も変わりないと伝えた書状。綱貴から目録記載品を下賜された厚意に謝する。

  49. 追録2-No.1145 島津綱貴書状

    島津綱貴が島津吉貴へ新年を祝い、吉貴が健やかに年を越したことを喜び、自身も無事に越年したと伝えた書状。吉貴から贈られた目録記載品を喜んで受け取る。

  50. 追録2-No.1146 高輪邸焼亡、吉貴芝邸ニ移ル

    江戸四谷の出火が西北風にあおられて一帯を焼き尽くし、島津吉貴の高輪邸も焼失したため、吉貴が一時芝邸へ入り、その後桜田屋敷へ移ったことを記す記事。

  51. 追録2-No.1147 今大路光好書状

    今大路光好が喜入久亮へ、前年十二月に当地の屋敷まで届けられた歳暮祝儀の書状を右大臣が喜んでおり、礼だけの用件なので右大臣自身は返書を出さず、光好から一同へその旨を伝えるよう命じられたと知らせた書状。

  52. 追録2-No.1148 高崎能盈琉球ニ在番ス

    島津綱貴が高崎四郎右衛門能盈を琉球国在番奉行に任じ、永吉惣兵衛・八木九郎兵衛・岩切治左衛門・高崎権之助を副役として渡航させ、琉球の諸事を監督させた記事。能盈らは元禄十七年夏に任期を終えて薩摩へ帰った。

  53. 追録2-No.1149 阿部正武書状

    阿部正武が島津綱貴へ、新年の祝意を受け、将軍徳川綱吉が健やかで年始の規式も無事に済んだことを綱貴が喜んだ旨を了承した書状。使者を通じて献上された樽肴は、同僚と相談して首尾よく将軍へ披露したと伝える。

  54. 追録2-No.1150 柳沢吉保・松平輝貞連署書状

    柳沢吉保・松平輝貞が島津綱貴へ、新年の祝意と、将軍徳川綱吉が健やかで年始の規式も無事に済んだことを綱貴が喜んだ旨を了承した連署書状。樽肴の献上も承知したが、No.1149の阿部正武書状と異なり、同僚との相談や将軍への披露には触れない。

  55. 追録2-No.1151 徳川吉通書状

    尾張宰相徳川吉通が島津綱貴へ新年を祝い、綱貴の祝意に謝し、自身も無事に年を越したと伝えた書状。

  56. 追録2-No.1152 島津忠置家督ヲ謝ス

    北郷家伊豆忠置の譜に、元禄十五年二月二十一日、忠置が家督の礼を述べたと記す。太守綱貴の鹿府館では舞台を飾って能が催され、忠置は太刀一腰・刀一腰・馬一疋を献上した。

  57. 追録2-No.1153 島津綱貴書状

    島津綱貴が戸田忠昌・土屋政直へ、将軍徳川綱吉が健やかで、去月二十四日に増上寺御仏殿へ参詣して機嫌よく還御したことを喜び、その祝意を飛札で伝えた書状。

  58. 追録2-No.1154 近衛基熙書状

    近衛基熙が島津吉貴へ、城中へ年賀を申し入れる機会に書状を送り、互いの無事を伝えた書状。使者の口上に詳しい用件を託し、自ら調合した薫物二香合を贈って試用を勧める。

  59. 追録2-No.1155 阿部正武外四名老中連署状

    老中の阿部正武ら五名が島津吉貴へ、翌朔日の例月御礼は行われないため、江戸城へ登城する必要はないと通知した連署状。

  60. 追録2-No.1156 島津惟久書状

    島津惟久が島津久明へ、先月十一日に江戸四谷筋から出火し、烈しい風で高輪と品川の屋敷が類焼したと承知して驚いたと伝えた書状。島津吉貴をはじめ一同の無事を喜び、吉貴へ見舞いを伝えるよう頼む。

  61. 追録2-No.1157 阿部正武書状

    阿部正武が島津吉貴へ、将軍徳川綱吉が健やかで年始の規式も首尾よく済んだことを吉貴が喜んだ旨を了承した書状。その書面を同僚と相談して将軍へ申し上げたと伝える。

  62. 追録2-No.1158 稲葉正通書状

    稲葉正通が島津吉貴へ、桂昌院の一位叙位を祝って献上された両種と樽代について、同僚と相談し、首尾よく披露したと伝えた書状。

  63. 追録2-No.1159 綱貴参勤、代リテ吉貴帰国ス

    島津綱貴が三月十日に参勤のため鹿児島を発ち、島津久重・喜入久亮・肝付兼柄・野村廣貫・平田純音らを伴って川内京泊から海路で大坂・伏見へ進み、中山道を通った記事。高輪邸焼失で吉貴が屋敷を再建できなかったため道中交替が許され、四月十三日に江戸を発った吉貴と駿州藤枝で交替し、綱貴は同月二十一日に江戸へ着いた…

  64. 追録2-No.1160 島津綱貴書状

    島津綱貴が島津吉貴へ、先月十一日の四谷出火が烈しい北風で高輪屋敷へ類焼したことを承知して心配したが、吉貴・陽和院をはじめ一同が無事であったことを喜んだ見舞いの返書。

  65. 追録2-No.1161 高輪第火災、吉貴櫻田第ニ移ル

    二月十一日に江戸四谷から出火し、北風を受けて武家屋敷や町家へ延焼し、島津吉貴の高輪邸も焼失した記事。吉貴は一時芝邸へ入り、その後桜田邸へ移った。

  66. 追録2-No.1162 島津綱貴書状

    島津綱貴が島津吉貴へ、先月十一日の四谷出火が烈しい北風で高輪屋敷へ類焼したことを案じ、吉貴・陽和院をはじめ一同の無事を喜んだ書状。

  67. 追録2-No.1163 阿部正武外四名連署状

    老中の阿部正武ら五名が島津吉貴へ、翌十五日の例月御礼は行われないため、江戸城へ登城する必要はないと通知した連署状。

  68. 追録2-No.1164 島津綱貴書状

    島津綱貴が戸田忠昌へ、江戸の火災で自身の下屋敷が類焼した際、戸田が桜田屋敷へ見舞いの使者を遣わしたことに謝意を伝えた書状。

  69. 追録2-No.1165 島津綱貴書状

    島津綱貴が万里小路大進御房へ、江戸の火災で自身の下屋敷が類焼した際、桜田屋敷へ見舞いの使者を遣わされたことに謝意を伝えた書状。

  70. 追録2-No.1166 島津綱貴請書

    島津綱貴が土屋政直へ、薩摩の島々へ科人四人を流罪とする命令を、先月朔日に家来を通じて書付で受け取り、承知したと回答した請書。

  71. 追録2-No.1167 島津綱貴書状

    島津綱貴が松平定重へ、先月十一日の江戸火災で同姓の島津吉貴の屋敷が類焼したことへの見舞いに謝した書状。綱貴が杉山八蔵へ音物を贈った件について、定重から別紙で礼を受けたことにも謝意を述べる。

  72. 追録2-No.1168 稲葉正通書状

    稲葉正通が島津綱貴へ、将軍徳川綱吉の機嫌がよく、正月二十日の東叡山御堂参詣を綱貴が喜んだ旨を了承した書状。その書面について同僚と相談し、将軍へ申し上げたと伝える。

  73. 追録2-No.1169 柳沢吉保・松平輝貞連署書状

    柳沢吉保・松平輝貞が島津綱貴へ、将軍徳川綱吉の機嫌がよく、正月二十日の東叡山御堂参詣を綱貴が喜んだ旨を了承した連署書状。二人がその書面の趣旨を将軍へ申し上げたと伝える。

  74. 追録2-No.1170 稲葉正通書状

    稲葉正通が島津綱貴へ、将軍徳川綱吉の機嫌がよく、先頃の山王社参が首尾よく行われたことを綱貴が喜んだ旨を了承した書状。その書面について同僚と相談し、将軍へ申し上げたと伝える。

  75. 追録2-No.1171 柳沢吉保・松平輝貞連署書状

    松平輝貞・松平美濃守吉保が松平薩摩守へ、将軍の機嫌がよく、先頃山王社参があったことを喜ぶ旨の書状を披見し、その趣旨を承知したと答えた三月二十七日付連署書状。

  76. 追録2-No.1172 島津綱貴書状

    綱貴が松平修理大夫へ、鍋三郎の出生と箸揃の祝いを江戸到着時に届けると前もって伝えたが、船路に順風がなく参勤が延引したため、税所甚右衛門を途中から使者として遣わし、目録の祝儀品を贈ると伝える。三月二十八日付。

  77. 追録2-No.1173 島津綱貴書状

    綱貴が嶋津又八郎へ、

  78. 追録2-No.1174 稲葉正通書状

    稲葉正通が島津綱貴へ、将軍徳川綱吉の機嫌がよく、正月二十四日の増上寺御仏殿参詣と翌二十五日の護持院御成を綱貴が喜んだ二通の書面を了承した書状。同僚と相談し、その趣旨を将軍へ申し上げたと伝える。

  79. 追録2-No.1175 柳沢吉保・松平輝貞連署書状

    柳沢吉保・松平輝貞が島津綱貴へ、将軍徳川綱吉の機嫌がよく、正月二十四日の増上寺御仏殿参詣と翌二十五日の護持院御成を綱貴が喜んだ二通の書面を了承した連署書状。二人がその趣旨を将軍へ申し上げたと伝える。

  80. 追録2-No.1176 島津綱貴書状

    島津綱貴が伊達綱村へ、綱村と同姓の越前守について、久我通誠の養女との縁組が願いどおり許可されたと聞き、祝意を伝えた書状。

  81. 追録2-No.1177 綱貴、桂昌院ノ昇任ヲ賀ス

    三月九日に大樹綱吉の母堂(桂昌院)が一位に任ぜられたため、綱貴が祝賀した記事。綱吉公と御母堂それぞれへ御肴二種・御樽代金子千疋を献上し、書状を老中へ届けたと記す。

  82. 追録2-No.1178 島津綱貴書状

    綱貴が阿部豊後守・土屋相模守・小笠原佐渡守・秋元但馬守・稲葉丹後守へ、先月九日に三丸様(桂昌院)が一位へ昇進したことを祝い、使者を送ると伝える。公方へ御肴二種・御樽代千疋を献上し、一位様にも同じ品目の目録で進上するので、適切に取り計らってほしいと頼む。

  83. 追録2-No.1179 島津綱貴書状

    綱貴が松平美濃守・松平右京大夫へ、先月九日に三丸様(桂昌院)が一位へ昇進したことを祝い、使者を送ると伝える。公方へ御肴二種・御樽代千疋を献上し、一位様にも同じ品目の目録で進上するので、適切に取り計らってほしいと頼む。

  84. 追録2-No.1180 島津綱貴書状

    島津綱貴が毛利吉広へ、鷹司兼熙の養女との縁組が成立したと聞き、祝意を伝えた書状。

  85. 追録2-No.1181 琉球国司尚貞書状

    琉球国司尚貞が島津吉貴へ、前年に奈百姫が誕生したと承知して祝い、別録記載の品を進上した書状。

  86. 追録2-No.1182 中城王子尚純書状

    中城王子尚純が島津吉貴へ、前年に奈百姫が誕生したと承知して祝い、目録記載の品を進上した書状。

  87. 追録2-No.1183 小笠原長重書状

    小笠原長重が島津吉貴へ、吉貴が献上した御肴一種を首尾よく披露したと伝えた書状。

  88. 追録2-No.1184 島津綱貴書状

    島津綱貴が老中五名へ、将軍徳川綱吉が健やかで、先月二十一日に聖堂へ参詣して機嫌よく還御したと承知し、祝意を飛札で伝えた書状。

  89. 追録2-No.1185 島津綱貴書状

    島津綱貴が柳沢吉保・松平輝貞へ、将軍徳川綱吉が健やかで、先月二十一日に聖堂へ参詣して機嫌よく還御したと承知し、祝意を飛札で伝えた書状。

  90. 追録2-No.1186 島津綱貴書状

    島津綱貴が島津吉貴へ、去る朔日に土屋政直が上使となって暇を許され、拝領物もあったことを祝い、江戸を発った吉貴の道中安全を願った書状。綱貴自身は備後国白石まで船で進み、近日中に大坂へ着く予定と報告し、悪天候で大坂川口を出船できない新納市正からの軽使についても伝える。

  91. 追録2-No.1187 島津綱貴書状

    島津綱貴が老中五名へ、先月二十八日に桂昌院の一位昇進を祝う御能が催され、島津吉貴が見物を命じられたと承知し、御礼を申し上げた書状。

  92. 追録2-No.1188 島津綱貴書状

    島津綱貴が柳沢吉保・松平輝貞へ、先月二十八日に桂昌院の一位昇進を祝う御能が催され、島津吉貴が見物を命じられたと承知し、御礼を申し上げた書状。

  93. 追録2-No.1189 島津綱貴請書

    島津綱貴が、酒造米に関して渡された書付の内容を詳しく承知したと回答した請書。

  94. 追録2-No.1190 小笠原長重書状

    小笠原長重が島津綱貴へ、将軍徳川綱吉が先頃松平美濃守邸へ御成になったことを綱貴が喜んだ旨を了承した書状。その書面について同僚と相談し、将軍へ申し上げたと伝える。

  95. 追録2-No.1191 柳沢吉保・松平輝貞連署書状

    柳沢吉保・松平輝貞が島津綱貴へ、将軍徳川綱吉が先頃松平美濃守邸へ御成になったことを綱貴が喜んだ旨を了承した連署書状。二人がその書面の趣旨を将軍へ申し上げたと伝える。

  96. 追録2-No.1192 吉貴帰国ス

    吉貴は四月朔日に土屋政直から帰国の暇を告げられ、白銀五百枚・時服五十を拝領し、登城時には御馬一疋を賜った。四月十三日に江戸を発ち、家老嶋津中務久輝、用人相良長規・堀興昌らを伴い東海道を進む。綱貴の訴えで駿州藤枝での交替を免除され、四月二十八日伏見着、五月朔日大坂下着、四日に乗船して五日開帆、豊州大裏…

  97. 追録2-No.1193 島津綱貴書状

    綱貴が小笠原彦大夫(長住傍注)へ、同姓修理大夫の暇願いが許され、相手が心を寄せたことを新納市正から詳しく聞いたとして謝する。海上の余寒と悪天候で通船できず参勤が延引したが、今日播州室に着き、今晩か翌日に大坂へ着く見込みを伝える。高輪屋敷類焼で早い参勤が難しい事情も理解してほしいとし、小笠原佐渡守へ伝…

  98. 追録2-No.1194 島津綱貴書状

    島津綱貴が老中五名へ、島津吉貴の帰国の暇が願いどおり許され、時服・御馬も拝領したことをありがたく思い、御礼を申し上げた書状。

  99. 追録2-No.1195 島津綱貴書状

    島津綱貴が柳沢吉保・松平輝貞へ、島津吉貴の帰国の暇が願いどおり許され、時服・御馬も拝領したことをありがたく思い、御礼を申し上げた書状。

  100. 追録2-No.1196 小笠原長重書状

    小笠原長重が島津綱貴へ、将軍徳川綱吉が先頃松平右京大夫邸へ御成になったことを綱貴が喜んだ旨を了承した書状。その書面について同僚と相談し、将軍へ申し上げたと伝える。