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追録2の目録
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追録2-No.2198 島津忠直、徳川綱吉・家宣拝謁記事
正月十五日、綱吉が吉貴へ御肴(鮭十尺と小注)と奉書を賜ったため、土屋政直の駅路証印で伊集院久矩・国分友益らが七日継夜で運び、二月十日に鹿児島城に着いて家督後初帰国の安否伺いを伝えた。礼使の忠置は病気となり、玄蕃久直(忠カと注)が代わって二月十六日に江戸へ発ち三月二日到着、十五日に吉貴の報書と証印を老…
追録2-No.2199 秋元喬朝書状
秋元但馬守喬朝が松平薩摩守島津吉貴へ、土佐国へ漂着した琉球船を長崎へ送らず、先例どおり吉貴の領国で吟味したうえで帰帆させるよう申し進めた件について、吉貴の詳しい報告を承知したと返答した書状。
追録2-No.2200 近衞家熙書状
近衞家熙が薩摩少将島津吉貴へ、新春の書状を受け、吉貴が健康に年を重ねたことを喜び、自身の無事も伝えた書状。目録記載品を贈り、末永く喜んで受納するよう求めた。
追録2-No.2201 近衞基熙書状
近衞基熙が薩摩少将島津吉貴へ、昇進に際して使者を遣わした吉貴の書状を受け、目録記載の贈物に深く感謝した書状。自身も無事であると伝え、後日の慶事を期した。
追録2-No.2202 山内豊房書状
松平土佐守豊房が正月二十二日、薩摩守吉貴へ、国号の文字を改めたいと御用番へ伺ったところ早速許され、本望を遂げたと伝える。この件への祝詞を示された丁寧な心遣いに謝意を述べる。
追録2-No.2203 島津吉貴公帖
島津吉貴が永謚西堂へ、廣濟寺の住持職を先例どおり執務するよう命じた帖。住持職補任の用件を簡潔に記す。
追録2-No.2204 島津吉貴公帖
島津吉貴が守惺西堂へ、廣濟寺の住持職を先例どおり執務するよう命じた帖。前号と同日・同内容で、補任先の西堂が異なる。
追録2-No.2205 島津忠置、吉貴ニ供奉シテ登営ス
北郷家伊豆忠置譜は、吉貴の家督相続と任官を祝い、正月二十七日に吉貴を邸に招いて舞台で能を催し、太刀一腰・刀一腰(吉岡一文字)・馬一匹(星栗毛鞍置と注)・単物三を献上したと記す。四月五日、吉貴が武陽を発つ際に忠置が供奉した。同年六月九日、忠置は綱吉に拝謁し、太刀一腰・馬一疋(銀馬代)・雉子三・単物三を…
追録2-No.2206 平松時方書状
平松時方が松平薩摩守島津吉貴へ、旧冬に種子島弾正久基へ申し含めた内容が吉貴に届き、丁寧な礼を受けたことに感謝した書状。その後、家来奥村助之進から弾正へ口上書を届けたので披露するよう求めた。
追録2-No.2207 平松時方書状
平松時方が松平薩摩守島津吉貴へ、旧冬に女房奉書の件で差図を申し入れたことに対し、懇ろな礼状を受けて喜んだと返答した書状。
追録2-No.2208 近衞基熙書状
近衞基熙が薩摩少将島津吉貴へ、書状を受けて領内が平穏であることを喜び、旧冬に種子島弾正久基が内意を伝えた件への謝意を述べた書状。委細は後日伝えるとした。
追録2-No.2209 松村外二名連署消息
松村・あすか・梅小路が島津勘解由・島津帯刀へ、薩摩守島津吉貴の健康を祝い、その意を伝えるよう頼んだ連署消息。吉貴が家督相続後に無事帰国したかを宿次の奉書で尋ねたことにも触れ、丁重な書状への謝意を伝えた。
追録2-No.2210 局・秀連署消息
局・秀が島津勘解由・島津帯刀へ、薩摩守島津吉貴の健勝と長久を祝い、家督後に無事国元へ着いたかを尋ねた宿次奉書への礼を伝えた連署消息。吉貴が目録どおり御簾中へ進上した品と書状を披露すると御簾中が満足し、大納言徳川家宣とともに健勝であるとも報じた。
追録2-No.2211 大久保忠増書状
大久保忠増が松平薩摩守島津吉貴へ、将軍徳川綱吉と大納言徳川家宣の健勝を伝えた書状。綱吉が旧冬に観音堂へ参詣したことを吉貴が喜んだ旨を、同僚と相談して上聞に達したと報告した。
追録2-No.2212 松平輝貞・松平忠喬連署書状
松平輝貞・松平忠喬が松平薩摩守島津吉貴へ、将軍徳川綱吉と大納言徳川家宣の健勝を伝えた連署書状。綱吉が旧冬に観音堂へ参詣したことを吉貴が喜んだ旨を承知し、同僚と相談して上聞に達したと報告した。
追録2-No.2213 島津久重書状
嶋津八郎右衛門久重が二月六日、嶋津帯刀へ、旧冬から宿次の奉書と拝物が仰せ出されたと聞き、喜びを伝える。機会を見て御前へこの祝意を伝えてほしいと取り次ぎを頼む。
追録2-No.2214 島津吉貴、参勤期を六月中とするよう伺う記事
島津吉貴が前年春の訴えにより毎年六月の参勤交替を許された後、宝永三年春に同年の参府時期を改めて伺った記事。将軍の聴聞を経て、老中奉書により六月中に参府するよう命じられた。
追録2-No.2215 土屋政直外三名連署奉書
土屋政直・井上正岑・秋元喬朝・大久保忠増が松平薩摩守島津吉貴へ、将軍徳川綱吉と大納言徳川家宣の健勝を伝えた連署奉書。吉貴が使者を通じて伺った参勤時期について、将軍の上聞を経て同年六月中に参府するよう命じた。
追録2-No.2216 近衞基熙書状
近衞基熙が松平薩摩守島津吉貴へ、新春の書状を受け、吉貴が健康に年を越したことを喜び、自身の無事も伝えた書状。目録記載の年賀品を毎年丁重に贈られることへ謝意を示した。
追録2-No.2217 大久保忠増書状
大久保忠増が松平薩摩守島津吉貴へ、将軍徳川綱吉と大納言徳川家宣が健勝で、年始の儀式も滞りなく済んだと伝えた書状。吉貴が献じた御樽肴について同僚と相談し、首尾よく披露したと報告した。
追録2-No.2218 松平忠栄・松平輝貞連署書状
松平伊賀守忠栄・松平右京大夫輝貞が二月十一日、薩摩守吉貴へ、公方・大納言の機嫌がよく年始規式も済む予定であることを伝え、樽肴の献上と紙面の趣を承知したと返す。
追録2-No.2219 大久保忠増書状
大久保忠増が松平薩摩守島津吉貴へ、将軍徳川綱吉と大納言徳川家宣の健勝を伝えた書状。綱吉が旧冬に護国寺へ赴いたことを吉貴が喜んだ旨を、同僚と相談して上聞に達したと報告した。
追録2-No.2220 松平輝貞・松平忠喬連署書状
松平輝貞・松平忠喬が松平薩摩守島津吉貴へ、将軍徳川綱吉と大納言徳川家宣の健勝を伝えた連署書状。綱吉が旧冬に護国寺へ赴いたことを吉貴が喜んだ旨を承知し、同僚と相談して上聞に達したと報告した。
追録2-No.2221 本多正永書状
本多伯耆守正永が二月十二日、薩摩守吉貴へ、公方・大納言の機嫌がよく年始規式も済む予定であると伝え、樽肴の献上を首尾よく披露したと報告する。
追録2-No.2222 徳川綱條書状
徳川綱條が松平薩摩守島津吉貴へ、新年の吉兆を祝い、吉貴が無事に年を越したことを喜んだ書状。遠路から丁重な年賀状を受けたことにも謝意を示した。
追録2-No.2223 徳川吉宗書状
徳川吉宗が松平薩摩守島津吉貴へ、旧臘の水戸中納言徳川綱條の任官に際して吉貴が祝意を寄せたことに感謝した書状。
追録2-No.2224 徳川吉宗書状
徳川吉宗が松平薩摩守島津吉貴へ、自身が旧臘に官位昇進を命じられた際、吉貴が祝詞と目録記載品を贈ったことに感謝した書状。遠国からの心遣いを喜んだ。
追録2-No.2225 徳川吉通書状
徳川吉通が薩摩少将島津吉貴へ、水戸殿徳川綱條が旧臘に中納言へ任じられたことを祝い、吉貴が丁重に書状を寄せたことに感謝した書状。
追録2-No.2226 徳川吉孚書状
水戸中将吉孚が二月十七日、薩摩守吉貴へ、旧臘の中納言方の転任を祝って、太刀・馬代等を目録どおり送られた遠路からの懇情に謝し、吉貴の無事を喜ぶ。
追録2-No.2227 徳川綱條書状
徳川綱條が松平薩摩守島津吉貴へ、紀伊宰相徳川吉宗が旧臘に中納言へ任じられ、先頃その御礼も済ませたことを伝えた書状。吉貴から丁重な書状を受けたことに謝意を示した。
追録2-No.2228 稲葉正通書状
稲葉丹後守正通が松平薩摩守島津吉貴家の留守居へ、歳暮の御内書を渡すため、翌日五半時に江戸城へ出頭するよう命じた書状。
追録2-No.2229 徳川綱教書状
徳川綱教が松平薩摩守島津吉貴へ、新春を祝い、吉貴が無事に年を越したことを喜んだ書状。自身も健やかに越年したと伝え、吉貴の丁重な心遣いへ謝意を示した。
追録2-No.2230 近衞家熙書状
近衞家熙が薩摩少将島津吉貴へ、書状を受けて吉貴の安穏を喜び、今回東武から安否を尋ねられ、薫種を賜ったことを報じた書状。風調の趣を慰慶し、自身も無事であると伝えた。
追録2-No.2231 近衞家久書状
近衞家久が薩摩少将島津吉貴へ、書状を受けて吉貴の平穏を喜び、今回東武から安否を尋ねられ、薫種を賜ったことを報じた書状。風調の趣を慰慶し、自身も無事であると伝えた。
追録2-No.2232 平松時春書状
平松時春が松平薩摩守島津吉貴へ、吉貴が家督相続後初めて無事帰国したかを江戸から宿次の奉書で丁重に尋ねられ、御肴一種も拝領したことを祝った書状。
追録2-No.2233 石井行豊書状
石井行豊が松平薩摩守島津吉貴へ、家督後初の帰国が無事であるかを宿次の奉書で尋ねられ、御肴を拝領したことを祝った書状。平松時方からもその旨を聞いたと記した。
追録2-No.2234 平松時方書状
平松時方が松平薩摩守島津吉貴へ、関東から宿次の奉書で家督後初帰国の無事を尋ねられ、御肴一種を拝領したことを祝った書状。江戸の一族も同様に喜び、陽和院はとりわけ満悦するだろうと述べた。
追録2-No.2235 交野時香書状
交野時香が松平薩摩守島津吉貴へ、関東から宿次の奉書が届き、家督後初の帰国について安否を尋ねられたことを祝った書状。平松時方から伝筆の内容も聞いたと追記した。
追録2-No.2236 石井行康書状
石井行康が松平薩摩守島津吉貴へ、家督後初の帰国が無事であるかを宿次の奉書で尋ねられ、御肴を拝領したことを祝った書状。吉貴の喜びを察し、祝意を伝えた。
追録2-No.2237 山内豊房書状
山内豊房が松平薩摩守島津吉貴へ、前年秋に漂着した琉球船が長い停泊中も問題なく処置を終えたことを喜んだ書状。遠路からの使者・目録記載品と家来末々への配慮に謝し、参府が近い吉貴の健勝を尋ねた。
追録2-No.2238 島津吉貴、屏風を東山天皇へ献上した記事
島津吉貴が家臣の法橋養伯(坂元氏)に描かせた屏風一双を、近衞家熙の執奏によって東山天皇へ献上した記事。宝永三年春、天皇の恩意を受け、女房奉書と近衞家熙の書状を賜った。
追録2-No.2239 東山天皇女房奉書
東山天皇の女房が御局へ、薩摩少将島津吉貴から献上された屏風二帖を天皇が披見し、色彩が麗しく、とりわけ面白いと感じた旨を伝えた奉書。その喜びを吉貴へ十分に伝えるよう求めた。
追録2-No.2240 近衞家熙書状
近衞家熙が薩摩少将島津吉貴へ、旧臘から宮中へ献上する屏風二帖を執奏し、女房を通じて天皇の叡感を伝えられたと報告した書状。その旨を知らせる奉書を贈り、詳細は進藤が説明するとした。
追録2-No.2241 進藤長之書状
進藤長之が島津帯刀へ、前年冬に坂本養伯が調進した屏風二帖を内々に禁裏へ献上し、左大臣が御前で執奏した結果、女房奉書が出されたと報告した書状。奉書をこの便で下し、左大臣の命により詳細を伝えた。
追録2-No.2242 松平定直書状
松平隠岐守定直が三月十八日、薩摩守吉貴へ、先に家督後初帰国を使札で祝ったことに対し、使者、太刀・馬代と目録記載品を贈られた遠境からの厚意に謝する。口上は使者に申し含めたと記す。
追録2-No.2243 石井行豊書状
石井行豊が松平薩摩守島津吉貴へ、前年冬の自身の位階昇進を祝う書状と、太刀一腰・馬代黄金十両を贈られたことに謝した書状。祝意を受けたことを喜び、後日の慶びの時を期した。
追録2-No.2244 平松時方書状
平松時方が松平薩摩守島津吉貴へ、子の時春が前年冬に少納言へ任じられたことに対する祝書と御肴一種に謝した書状。二人の弟の加階にも祝意を受け、時春らへの個別の祝儀にも礼を述べた。
追録2-No.2245 平松時春書状
平松少納言時春が三月十一日、薩摩守吉貴へ、旧臘の少納言任官を祝う太刀・馬代黄金十両の受贈に謝する。石井宰相行豊・交野宮内卿時香の加階にも祝意を受けたことを追記する。
追録2-No.2246 交野時香書状
交野宮内卿時香が三月十一日、薩摩守吉貴へ、旧臘の自身の昇進を祝う書状、太刀・馬代黄金十両を贈られた厚意に謝する。石井宰相・平松少納言の昇進も併記し、後の慶びの時を期す。
追録2-No.2247 石井行康書状
石井行康が松平薩摩守島津吉貴へ、前年冬の従二位昇進を祝う御肴一種に謝した書状。交野宮内卿と平松少納言も昇進したことを重ねて喜んだ。
追録2-No.2248 島津久明外四名連署証状
島津久明ら五名が島津家の宿坊である某寺へ、中納言島津家久の代に興隆して寺領を寄付した先例に従い、少将島津吉貴の相続に際して寄付を更新した証状。御祈祷、先祖の位牌供養、寺中修営を怠らず行うよう命じた。
追録2-No.2249 松平輝貞・松平忠栄連署書状
松平輝貞・松平忠栄が松平薩摩守島津吉貴へ、将軍が健勝で正月二十日に東叡山御堂へ参詣したと聞き、吉貴が喜んだ旨を記した書状を披見し、その趣旨を了承した連署状。
追録2-No.2250 松平定重室消息
松平定重室が松平薩摩守島津吉貴へ、なお寒い時節の息災を喜び、吉貴の帰国祝儀として届いた使者と目録品、先に自分方から贈った祝儀への礼に謝した消息。年が明け、吉貴が下向する時期も次第に近づいたと述べた。
追録2-No.2251 井上正岑書状
井上正岑が松平薩摩守島津吉貴へ、将軍が健勝で正月二十日に東叡山御堂へ参詣したと聞き、吉貴が喜んだ旨の書状を披見し、同僚と相談して将軍へ伝えたと報じた書状。
追録2-No.2252 島津吉貴条書
島津吉貴が家中・役人へ、公儀政務と命令の遵守、一向宗禁制、学問・武芸・礼法の修練、分限相応の衣食住と倹約を命じた条書。訴訟での私曲・賄賂・朋党、犯罪隠蔽、博奕、農民への不当負担を禁じ、親族統制、土地境界、農政、役人配置を公正に処理するよう定めた。
追録2-No.2253 島津吉貴条書并家老達書
吉貴公御中の組頭覚悟条目。公儀の仕置・組帳肩書・学文武芸、武具馬具整備、服務・勤怠・病気・相続届出、喧嘩・切支丹取締、席次・名乗を定める。弓馬修練と、馬の外形より脚力を重んじる飼立、借馬等による騎乗準備を求め、馬道具の美麗を戒める。身分別衣服制では鹿子入衣服などを禁じ、婚葬・贈答・供人数・馬挑灯の節…
追録2-No.2254 井上正岑書状
井上正岑が島津吉貴の留守居へ、翌二日の四時に江戸城へ出頭するよう命じた書状。
追録2-No.2255 秋元喬朝書状
秋元喬朝が四月二日、松平薩摩守吉貴へ、公方の健勝と正月二十四日の増上寺御仏殿参詣を喜ぶ書状を披見し、その趣を各人と相談して上聞に達したと知らせる。
追録2-No.2256 松平輝貞・松平忠栄連署書状
松平輝貞・松平忠栄が松平薩摩守島津吉貴へ、将軍が健勝で正月二十四日に増上寺御仏殿へ参詣したと聞き、吉貴が喜んだ旨の書状を披見し、その趣旨を了承した連署状。
追録2-No.2257 土屋政直外四名連署状
土屋政直ら老中五名が松平薩摩守島津吉貴へ、将軍・大納言の健勝を伝え、家督後の無事な帰国を宿次奉書で尋ねられ御肴を拝領したことへの吉貴の謝意を了承した連署状。吉貴の礼使と目録記載品を披露し、御前へ召し出された際に格別の喜色があったと報じた。
追録2-No.2258 小笠原長重・本多正永連署書状
小笠原長重・本多正永が松平薩摩守島津吉貴へ、将軍・大納言の健勝を伝え、家督後の無事な帰国への宿次奉書と御肴に対する吉貴の謝意を了承した連署状。吉貴の礼使と目録品を披露し、御前で格別の喜色があったと報じた。
追録2-No.2259 松平輝貞・松平忠栄連署書状
松平輝貞・松平忠栄が松平薩摩守島津吉貴へ、将軍・大納言の健勝を伝え、家督後の無事な帰国を老中の奉書で尋ねられ御肴を拝領したことへの謝意を了承した連署状。吉貴が送った礼使と目録記載品も受け付けた。
追録2-No.2260 秋元喬朝書状
秋元喬朝が松平薩摩守島津吉貴へ、将軍が先頃護持院へ赴いたと聞き、吉貴が喜んだ旨の書状を披見し、同僚と相談して将軍へ伝えたと報じた書状。
追録2-No.2261 松平輝貞・松平忠栄連署書状
松平輝貞・松平忠栄が松平薩摩守島津吉貴へ、将軍が健勝で先頃護持院へ赴いたと聞き、吉貴が喜んだ旨の書状を披見し、その趣旨を了承した連署状。
追録2-No.2262 島津吉貴参勤記事
吉貴は四月五日発府城参覲、西海を航し同月晦日に播州室津着、陸路五月五日大坂着、九日大坂発伏見着、十四日伏見発、東海道を経て六月朔日参府。一族島津筑後忠置、家老島津中務久輝・帯刀忠雄、用人市来次郎左衛門家賢・相良権大夫長規らが供奉する。三日秋元喬朝が桜田第で遠来を労い、九日登城して綱吉へ太刀一腰・馬代…
追録2-No.2263 秋元喬朝書状
秋元喬朝が松平薩摩守島津吉貴へ、将軍が健勝で先頃松平美濃守の亭へ赴いたと聞き、吉貴が喜んだ旨の書状を披見し、同僚と相談して将軍へ伝えたと報じた書状。
追録2-No.2264 松平輝貞・松平忠栄連署書状
松平輝貞・松平忠栄が松平薩摩守島津吉貴へ、将軍が健勝で先頃松平美濃守の亭へ赴いたと聞き、吉貴が喜んだ旨の書状を披見し、その趣旨を了承した連署状。
追録2-No.2265 秋元喬朝書状
秋元喬朝が松平薩摩守島津吉貴へ、将軍が健勝で先頃松平右京大夫の亭へ赴いたと聞き、吉貴が喜んだ旨の書状を披見し、同僚と相談して将軍へ伝えたと報じた書状。
追録2-No.2266 松平輝貞・松平忠栄連署書状
松平輝貞・松平忠栄が松平薩摩守島津吉貴へ、将軍が健勝で先頃松平右京大夫の亭へ赴いたと聞き、吉貴が喜んだ旨の書状を披見し、その趣旨を了承した連署状。
追録2-No.2267 本多正永書状
本多正永が松平薩摩守島津吉貴へ、将軍が健勝で、大納言徳川家宣が先頃松平美濃守の亭へ赴いたと聞き、吉貴が喜んだ旨の書状を披見し、その趣旨を了承したと伝えた書状。
追録2-No.2268 本多正永書状
本多正永が松平薩摩守島津吉貴へ、将軍が健勝で、大納言徳川家宣が二月十四日に増上寺御仏殿へ参詣したと聞き、吉貴が喜んだ旨の書状を披見し、その趣旨を了承したと伝えた書状。
追録2-No.2269 本多正永書状
本多正永が松平薩摩守島津吉貴へ、将軍が健勝で、大納言徳川家宣が二月十七日に東叡山御仏殿へ参詣したと聞き、吉貴が喜んだ旨の書状を披見し、その趣旨を了承したと伝えた書状。
追録2-No.2270 徳川綱吉御内書
将軍徳川綱吉が薩摩少将島津吉貴へ、端午の祝儀として帷子・単物数十点が届き、喜んで見たと伝え、詳しくは大久保加賀守忠増から述べさせるとした御内書。綱吉の御印判を据える。
追録2-No.2271 近衞基熙書状
近衞基熙が薩摩少将島津吉貴へ、吉貴の書状を受け取り、先月中旬に左大臣近衞家熙が少し瘧疾を患ったものの、養生により順調に快復したと知らせた書状。親しい交誼を祝う言葉を添える。
追録2-No.2272 多聞院南谷書状
京六孫王社の多聞院南谷が島津吉貴の用人へ、日々の祈念に励み、吉貴の健康を喜ぶと伝えた書状。先頃伏見まで機嫌伺いに出向いた返礼として目録品を賜ったことに謝し、吉貴の長久の武運を祈っている。
追録2-No.2273 小笠原長重書状
小笠原長重が松平薩摩守島津吉貴へ、将軍と大納言が健勝で、将軍が先頃浜御殿へ赴いたと聞き、吉貴が喜んだ旨の書状を披見し、その趣旨を了承したと伝えた書状。
追録2-No.2274 井上正岑書状
井上正岑が松平薩摩守島津吉貴へ、将軍と大納言が健勝で、将軍が先頃日光御門跡へ赴いたと聞き、吉貴が喜んだ旨の書状を披見し、同僚と相談して将軍へ伝えたと報じた書状。
追録2-No.2275 松平輝貞・松平忠栄連署書状
松平輝貞・松平忠栄が松平薩摩守島津吉貴へ、将軍と大納言が健勝で、将軍が先頃日光御門跡へ赴いたと聞き、吉貴が喜んだ旨の書状を披見し、その趣旨を了承した連署状。
追録2-No.2276 小笠原長重書状
小笠原長重が松平薩摩守島津吉貴へ、将軍と大納言が健勝で、将軍が先頃小石川御殿へ赴いたと聞き、吉貴が喜んだ旨を了承した書状。さらに、宿継奉書による先頃の安否伺いへの返礼使者が御前へ召し出されたことを喜ぶ別紙の内容も了承した。
追録2-No.2277 井上正岑書状
井上正岑が松平薩摩守島津吉貴へ、将軍と大納言が健勝で、大納言徳川家宣が先月二十日に東叡山御堂へ参詣したと聞き、吉貴が喜んだ旨の書状を披見し、同僚と相談して将軍へ伝えたと報じた書状。
追録2-No.2278 松平輝貞・松平忠栄連署書状
松平輝貞・松平忠栄が松平薩摩守島津吉貴へ、将軍と大納言が健勝で、大納言徳川家宣が先月二十日に東叡山御堂へ参詣したと聞き、吉貴が喜んだ旨の書状を披見し、その趣旨を了承した連署状。
追録2-No.2279 稲葉正通書状
稲葉正通が松平薩摩守島津吉貴へ、将軍と大納言が健勝で、大納言徳川家宣が去る八日に東叡山御堂へ参詣したと聞き、吉貴が喜んだ旨の書状を披見し、同僚と相談して将軍へ伝えたと報じた書状。
追録2-No.2280 松平輝貞・松平忠栄連署書状
松平輝貞・松平忠栄が松平薩摩守島津吉貴へ、将軍と大納言が健勝で、大納言徳川家宣が去る八日に東叡山御堂へ参詣したと聞き、吉貴が喜んだ旨の書状を披見し、その趣旨を了承した連署状。
追録2-No.2281 松村・梅小路連署消息
松村・梅小路が島津勘解由・島津帯刀へ、大納言徳川家宣と御簾中の健勝を伝え、御簾中から端午の祝儀として目録記載品を早川勝七郎に託し、島津吉貴の妻へ贈ると知らせた連署消息。吉貴夫妻の健康と家族の幸福を願う。
追録2-No.2282 局・秀連署消息
局・秀が島津勘解由・島津帯刀へ、島津吉貴が道中無事に参府したことを祝し、御簾中から吉貴の妻へ贈る祝儀の目録品を堀源左衛門に託したと知らせた連署消息。吉貴夫妻の健康と家族の幸福を願う。
追録2-No.2283 松平定重室消息
松平越中守内が五月、薩摩守吉貴へ、船中・道中とも無事に下り十八日に桑名へ宿泊し、越中守と久しぶりに対面したことを喜ぶ。今後も桑名に一宿してほしいと勧め、高輪・芝にも変事がないと聞く喜びを伝える。書出の返々書では、肴一種を飛脚で進めるしるしとして差し上げる旨を述べる。
追録2-No.2284 土屋政直外四名連署状
土屋政直ら老中五名が松平薩摩守島津吉貴へ、翌九日の四時に家来二人を召し連れて江戸城へ登り、参勤の御礼を申し上げるよう命じた連署状。家来二人にも将軍への御目見が命じられた。
追録2-No.2285 井上正岑書状
井上正岑が松平薩摩守島津吉貴へ、吉貴が献じた屏風二双を内々に披露し、滞りなく済んだと報告した書状。
追録2-No.2286 大久保忠増書状
大久保忠増が松平薩摩守島津吉貴へ、吉貴が献じた琉球布十巻・砂糖漬天門冬一器・泡盛酒二壺・御肴一種を滞りなく披露したと報告した書状。
追録2-No.2287 本多正永書状
本多正永が松平薩摩守島津吉貴へ、吉貴が献じた琉球布十巻・砂糖漬天門冬一器・泡盛酒二壺・御肴一種を滞りなく披露したと報告した書状。
追録2-No.2288 大久保忠増書状
大久保忠増が松平薩摩守島津吉貴へ、吉貴が献じた御檜重一組を滞りなく披露したと報告した書状。
追録2-No.2289 大久保忠増書状
大久保忠増が松平薩摩守島津吉貴へ、吉貴が献じた御肴一種を滞りなく披露したと報告した書状。
追録2-No.2290 大久保忠増書状
大久保忠増が松平薩摩守島津吉貴へ、端午の御内書を渡すため、翌日に家来一人を伴って五半時に江戸城へ登るよう命じた書状。
追録2-No.2291 松村・梅小路連署消息
松村・梅小路が島津勘解由・島津帯刀へ、島津吉貴の参府を祝い、上使秋元喬朝が将軍の意向を伝えたことへの丁重な礼状を拝見したと知らせた連署消息。将軍・大納言の健勝を伝え、吉貴と妻の健康を願う。
追録2-No.2292 局・秀連署消息
局・秀が島津勘解由・島津帯刀へ、島津吉貴の参府を祝い、上使秋元喬朝が将軍の意向を伝えたことへの丁重な礼状を拝見したと知らせた連署消息。将軍・大納言の健勝を伝え、吉貴と妻の健康を願う。
追録2-No.2293 島津吉貴口上覚
吉貴が七月、家来伊勢兵部(貞顕と注)は代々自分継目の礼に将軍御目見を許される家筋として、当年江戸へ伴ったため先例どおり拝謁を願う口上覚。添付の由緒書控は、御代々の御目見・能見物・料理、江戸妻子居住と切米五百俵、土井大炊頭取持の鷹拝領、小袖・白銀・御馬拝領、親貞昭の延宝七年自分継目御目見と太刀・銀馬代…
追録2-No.2294 近衞家久詠草
綱貴公御女亀姫君伝中の記載。宝永三年秋、大納言家久が、大姉が生前愛した宇津山蔦を見て和歌一首を詠む。「色つきぬ涙のみさへこの秋は/かへる蔦葉もむかししのへと」と故人を偲ぶ。追悼という用途を、書状の宛先とは区別する。
追録2-No.2295 土屋政直外四名連署状
土屋政直ら老中五名が松平薩摩守島津吉貴へ、翌十五日の例月御礼は行われないため、江戸城へ登城しないよう通知した連署状。
追録2-No.2296 徳川綱條書状
水戸中納言徳川綱條が松平薩摩守島津吉貴へ、吉貴の近況を尋ね、領内産の鮭二尺を贈って後日の音信を期した書状。
追録2-No.2297 土屋政直書状
土屋政直が松平薩摩守島津吉貴へ、吉貴が献じた御馬二疋を滞りなく披露したと報告した書状。