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追録2の目録

暫定版です。原文との照合により、概要や文書の区切り等を修正する場合があります。

全3,207件中 1401~1500件・15 / 33ページ

  1. 追録2-No.1397 鳥居忠救書状

    鳥居播磨守忠救が薩摩中将へ、相手の勇健と在国を喜び、去年十一月十八日に田町屋敷と添屋敷が類焼した際に見舞いを申し上げたところ、丁寧な書面を受けたことに謝す。

  2. 追録2-No.1398 島津綱貴書状

    島津綱貴が島津吉貴へ、前年十二月二十四日付書状を披見し、吉貴の無事を喜ぶとともに、自身も異状がないと伝えた書状。島津惟久の妻が平産し男子を出産したとの知らせにも謝意を示す。

  3. 追録2-No.1399 近衞基熙書状

    近衛基熙が薩摩侍従吉貴へ、自身の新宅への移徙祝いとして遠方から使者・書状と目録記載品を贈られたことに謝意を述べ、親切な心遣いをありがたく思うと伝える。仲春二日付。

  4. 追録2-No.1400 近衞家熙書状

    近衞家熙が島津吉貴へ、堀川新造邸の完成に伴う前殿下の移徙について祝書を寄せ、目録記載品を贈ったことに謝意を述べた書状。厚い心遣いに満足したと伝える。

  5. 追録2-No.1401 近衞家久書状

    近衞家久が島津吉貴へ、移徙祝いの書状を受け取り、目録記載品を贈られた丁寧な心遣いに謝意を述べた書状。

  6. 追録2-No.1402 伴良錦・九津見定春・戸村愛忠連署書状

    伴良錦・九津見定春・戸村愛忠が嶋津大蔵ら六名へ、三浦壱岐守領分の控絵図を渡すとの先の命令について、今回絵図方役人へ使者をもって申し入れたので、適切に引き渡すよう命じてほしいと頼む。二月十一日付。

  7. 追録2-No.1403 戸村愛忠外二名連署書状

    戸村愛忠・九津見定春・伴良輔が島津久年へ、領分絵図控を引き渡すとの家老衆の命令を受け、使者を通じて連絡した連署書状。適切に引渡しを命じるよう頼む。

  8. 追録2-No.1404 近衞基熙書状

    近衞基熙が島津綱貴へ、関白辞退を勅許されたことへの祝書と目録記載品を贈られ、深い心遣いをありがたく思うと答えた書状。

  9. 追録2-No.1405 近衞家熙書状

    近衞家熙が島津綱貴へ、前関白の辞退と自身の関白就任に関する賀儀を受け、喜んだと答えた書状。

  10. 追録2-No.1406 近衞家久書状

    近衞家久が島津綱貴へ、前関白の辞退と関白職に関する祝詞を受け、喜んだと答えた書状。

  11. 追録2-No.1407 近衞基熙書状

    近衞基熙が島津綱貴へ、前年冬の綱貴の移徙に際して祝儀を贈ったことへの返礼書状と目録記載品を受け、丁寧な心遣いに満足したと答えた書状。

  12. 追録2-No.1408 近衞家熙書状

    近衞家熙が島津綱貴へ、前年冬の綱貴の新宅移徙に際して祝儀を贈ったことへの謝辞と目録記載品を受け、鄭重な心遣いをありがたく思うと答えた書状。

  13. 追録2-No.1409 近衞家久書状

    近衞家久が島津綱貴へ、前年冬の綱貴の新宅移徙に際して賀儀を贈ったことへの謝辞と目録記載品を受け、厚い心遣いを喜んだと答えた書状。

  14. 追録2-No.1410 進藤長之書状

    進藤長之が島津勘解由・喜入安房へ、前年末に当地の屋敷へ歳暮祝儀を申し入れた際の中将の書状を大納言が喜んだと伝えた書状。大納言は礼状を出さず、進藤から両名へ謝意を伝えるよう命じたとする。

  15. 追録2-No.1411 秋元喬朝書状

    秋元但馬守喬朝が松平修理大夫吉貴へ、書状を拝見し、将軍がますます機嫌よく年始の規式が済む予定であることを喜ぶ旨を了承する。使者を通じ肴一種を献上された件は、同僚と相談して首尾よく披露したと伝える。二月十二日付。

  16. 追録2-No.1412 柳沢吉保・松平輝貞連署書状

    松平右京大夫輝貞・松平美濃守吉保が松平修理大夫吉貴へ、書状を拝見し、将軍がますます機嫌よく年始の規式が済む予定であることを喜ぶ旨を、紙面のとおり承知したと答える。二月十二日付。

  17. 追録2-No.1413 吉村傅七請取状

    吉村傅七が本城源四郎・藤野休左衛門へ、諸国絵図改めに伴い薩摩守側で調進し、前年に江戸評定所へ納めた日向国絵図に関して、鹿児島で領分絵図控の写一枚、郷帳控の写一冊、変地その他の改訂目録控の写を受け取ったことを後年の証拠として記した請取状。

  18. 追録2-No.1414 島津久年書状

    島津久年が戸村愛忠・九津見定春・伴良輔へ、領分絵図控の引渡しについて家老から案内があり、吉村傅七が来訪したため、絵図・郷帳等の控を役人から滞りなく引き渡したと報告した書状。詳しい事情は傅七が伝えるとする。

  19. 追録2-No.1415 土屋政直書状

    土屋政直が島津綱貴へ、歳暮の将軍内書を渡すので、翌日の五半時に家来を登城させるよう通知した書状。

  20. 追録2-No.1416 徳川吉孚書状

    徳川吉孚が島津綱貴へ、紀伊中将の昇進が命じられたことに関する書状を受け取り、遠国から心に掛けてもらったことを喜んだと答えた書状。

  21. 追録2-No.1417 菊池武信書状

    菊池武信が島津大蔵ら六名へ、日向国椎葉山の絵図控等を渡した礼として、先頃遠江守から武信へ使者が来たうえ、今回も丁寧な書面を受け取ったことに謝意を示した書状。

  22. 追録2-No.1418 島津久明外五名連署書状

    島津久明ら六名が戸村愛忠・九津見定春・伴良輔へ、領分絵図控を受け取る者を差し向けるよう先に求め、今回その人物が来たため、絵図役人に命じて当該領分の絵図控等を引き渡したと報告した連署書状。詳しくは使者が説明するとする。

  23. 追録2-No.1419 近衞基熙書状

    近衞基熙が島津綱貴へ、恒例の改年祝儀を申し入れ、太刀一腰、馬一疋、調合した薫物二香合を贈るので試すよう伝え、詳しくは使者の口上に委ねた書状。

  24. 追録2-No.1420 阿部正武外四名連署状

    阿部正武・土屋政直・小笠原長重・秋元喬朝・稲葉正往が島津綱貴へ、翌月朔日の月例御礼は行われないので登城には及ばないと通知した連署状。

  25. 追録2-No.1421 伴良錦・九津見定春・戸村愛忠連署書状

    伴良錦・九津見定春・戸村愛忠が嶋津主計へ、三浦壱岐守明敬領分の控絵図受取りのため吉村傳七郎を遣わしたところ、絵図と郷帳の控を受領し、傳七郎も種々もてなされたことを伝える。事情を壱岐守も承知しており、その礼を述べる。三月四日付。

  26. 追録2-No.1422 富澤庄左衛門請取状

    富澤庄左衛門が竹村惣左衛門代・本城源四郎・藤野休左衛門へ、諸国絵図改めに伴い薩摩守側で調進し、前年に江戸評定所へ納めた日向国絵図に関して、御料所宮崎表の絵図控写三枚、郷帳控写一冊、変地その他の改訂目録控写を鹿児島で受け取ったことを後年の証拠として記した請取状。

  27. 追録2-No.1423 伊集院久美外二名連署書状

    伊集院久美・町田久賢・神宮寺純正が島津久年と与力衆へ、懇切な指南により国絵図等が完成して滞りなく納められ、二人の使者が帰着したため、その旨を淡路守にも伝えたと報告し、謝意を述べた連署書状。

  28. 追録2-No.1424 島津吉貴書状

    島津吉貴が島津綱貴へ、参勤のため同日に鹿児島を出発したことを報告した書状。綱貴の健勝を喜び、後便を期すと結ぶ。

  29. 追録2-No.1425 吉貴参府ス

    島津吉貴は三月十一日に鹿児島を発ち、陸路で薩摩国脇元へ至り、十三日に開帆して肥前国天草中軍浦へ着いたが、海上不順のため二十六日に脇元へ戻った。二十八日に再出発し、九州を経て四月八日に豊後国大里から出帆、長州下関から中国路を進み、四月二十二日大坂、二十四日伏見、五月十日江戸へ到着した。十五日に登城して…

  30. 追録2-No.1426 土屋政直書状

    土屋相模守政直が松平修理大夫吉貴へ、将軍がますます機嫌よく年始の規式が済んだことを喜ぶ旨を承知し、書面の趣旨は同僚と相談して上聞に達したと答える。三月十四日付。

  31. 追録2-No.1427 柳沢吉保・松平輝貞連署書状

    松平右京大夫輝貞・松平美濃守吉保が松平修理大夫吉貴へ、将軍の機嫌がよく年始の規式が済んだことを喜ぶ旨を承知し、紙面の趣旨を了承したと答える。三月十四日付。

  32. 追録2-No.1428 土屋政直書状

    土屋政直が島津綱貴へ、将軍が機嫌よく、正月二十七日に東叡山の御堂へ参詣したことを喜び、綱貴の書面の趣旨を同僚と相談して言上したと答えた書状。

  33. 追録2-No.1429 柳沢吉保・松平輝貞連署書状

    柳沢吉保・松平輝貞が島津綱貴へ、将軍が機嫌よく、正月二十七日に東叡山の御堂へ参詣したことを喜び、綱貴の書面の趣旨を了承したと答えた連署書状。

  34. 追録2-No.1430 土屋政直書状

    土屋政直が島津綱貴へ、将軍が機嫌よく、先頃山王社へ参詣したことを喜び、綱貴の書面の趣旨を同僚と相談して言上したと答えた書状。

  35. 追録2-No.1431 柳沢吉保・松平輝貞連署書状

    柳沢吉保・松平輝貞が島津綱貴へ、将軍が機嫌よく、先頃山王社へ参詣したことを喜び、綱貴の書面の趣旨を了承したと答えた連署書状。

  36. 追録2-No.1432 土屋政直書状

    土屋政直が島津綱貴へ、将軍が機嫌よく、正月二十四日に増上寺の御仏殿へ参詣したことを喜び、綱貴の書面の趣旨を同僚と相談して言上したと答えた書状。

  37. 追録2-No.1433 柳沢吉保・松平輝貞連署書状

    柳沢吉保・松平輝貞が島津綱貴へ、将軍が機嫌よく、正月二十四日に増上寺の御仏殿へ参詣したことを喜び、綱貴の書面の趣旨を了承したと答えた連署書状。

  38. 追録2-No.1434 阿部正武外四名連署状

    稲葉丹後守正通・秋元但馬守喬朝・小笠原佐渡守長重・土屋相模守政直・阿部豊後守正武が松平薩摩守綱貴へ、明二十八日の例月の御礼はないため登城には及ばないと伝える。三月二十七日付。

  39. 追録2-No.1435 於剛女誕生

    於剛は元禄十六年三月二十七日に武蔵国芝邸で生まれ、桂太七郎久章の妻となった。母は江田国重の娘で、享保六年十二月二十二日に没し、法名を廉貞良質という。

  40. 追録2-No.1436 土屋政直書状

    土屋政直が島津綱貴へ、将軍が機嫌よく、先頃護持院へ赴いたことを喜び、綱貴の書面の趣旨を同僚と相談して上聞に達したと答えた書状。

  41. 追録2-No.1437 柳沢吉保・松平輝貞連署書状

    柳沢吉保・松平輝貞が島津綱貴へ、将軍が機嫌よく、先頃護持院へ赴いたことを喜び、綱貴の書面の趣旨を了承したと答えた連署書状。

  42. 追録2-No.1438 阿部正武書状

    阿部正武が島津綱貴へ、香具品々と肴一種の献上品を滞りなく披露したと報告した書状。

  43. 追録2-No.1439 阿部正武書状

    阿部正武が島津綱貴へ、将軍が機嫌よく、先頃松平美濃守邸へ赴いたことを喜び、綱貴の書面の趣旨を同僚と相談して上聞に達したと答えた書状。

  44. 追録2-No.1440 柳沢吉保・松平輝貞連署書状

    柳沢吉保・松平輝貞が島津綱貴へ、将軍が機嫌よく、先頃松平美濃守邸へ赴いたことを喜び、綱貴の書面の趣旨を了承したと答えた連署書状。

  45. 追録2-No.1441 阿部正武書状

    阿部正武が島津綱貴へ、将軍が機嫌よく、先頃松平右京大夫邸へ赴いたことを喜び、綱貴の書面の趣旨を同僚と相談して上聞に達したと答えた書状。

  46. 追録2-No.1442 柳沢吉保・松平輝貞連署書状

    柳沢吉保・松平輝貞が島津綱貴へ、将軍が機嫌よく、先頃松平右京大夫邸へ赴いたことを喜び、綱貴の書面の趣旨を了承したと答えた連署書状。

  47. 追録2-No.1443 阿部正武書状

    阿部豊後守正武が松平修理大夫吉貴へ、将軍が機嫌よく先頃牧野備後守成貞の館へ御成となったことを喜ぶ旨を承知し、書面の趣旨は同僚と相談して上聞に達したと答える。四月二十七日付。

  48. 追録2-No.1444 柳沢吉保・松平輝貞連署書状

    松平右京大夫輝貞・松平美濃守吉保が松平修理大夫吉貴へ、将軍が機嫌よく先頃牧野備後守の館へ御成となったことを喜ぶ旨を承知し、書面の趣旨を了承したと答える。四月二十七日付。

  49. 追録2-No.1445 阿部正武書状

    阿部正武が島津綱貴へ、将軍が機嫌よく、先頃日光御門跡へ赴いたことを喜び、綱貴の書面の趣旨を同僚と相談して上聞に達したと答えた書状。

  50. 追録2-No.1446 柳沢吉保・松平輝貞連署書状

    柳沢吉保・松平輝貞が島津綱貴へ、将軍が機嫌よく、先頃日光御門跡へ赴いたことを喜び、綱貴の書面の趣旨を了承したと答えた連署書状。

  51. 追録2-No.1447 稲葉正通書状

    稲葉正通が島津綱貴へ、将軍が機嫌よく、先頃護国寺へ赴いたことを喜び、綱貴の書面の趣旨を同僚と相談して言上したと答えた書状。

  52. 追録2-No.1448 柳沢吉保・松平輝貞連署書状

    柳沢吉保・松平輝貞が島津綱貴へ、将軍が機嫌よく、先頃護国寺へ赴いたことを喜び、綱貴の書面の趣旨を了承したと答えた連署書状。

  53. 追録2-No.1449 徳川綱吉御内書

    徳川綱吉が島津綱貴へ、端午の祝儀として帷子・単物数十が届いたことを喜び、詳しくは小笠原佐渡守から伝えるとした御内書。

  54. 追録2-No.1450 稲葉正通書状

    稲葉正通が島津綱貴へ、将軍が機嫌よく、先頃観音堂へ参詣したことを喜び、綱貴の書面の趣旨を同僚と相談して上聞に達したと答えた書状。

  55. 追録2-No.1451 柳沢吉保・松平輝貞連署書状

    柳沢吉保・松平輝貞が島津綱貴へ、将軍が機嫌よく、先頃観音堂へ参詣したことを喜び、綱貴の書面の趣旨を了承したと答えた連署書状。

  56. 追録2-No.1452 稲葉正通書状

    稲葉正通が島津綱貴へ、将軍が機嫌よく、先月二十日に東叡山御堂へ参詣し、同二十六日に聖堂へ赴いたことを喜び、綱貴の書面の趣旨を同僚と相談して上聞に達したと答えた書状。

  57. 追録2-No.1453 柳沢吉保・松平輝貞連署書状

    柳沢吉保・松平輝貞が島津綱貴へ、将軍が機嫌よく、先月二十日に東叡山御堂へ参詣し、同二十六日に聖堂へ赴いたことを喜び、綱貴の書面の趣旨を了承したと答えた連署書状。

  58. 追録2-No.1454 阿部正武外四名連署状

    稲葉丹後守・秋元但馬守・小笠原佐渡守・土屋相模守・阿部豊後守の五名が松平修理大夫吉貴へ、明十五日五半時に登城し、参府の御礼を申し上げるよう命じる。五月十四日付。

  59. 追録2-No.1455 土屋政直外三名連署状

    稲葉丹後守・秋元但馬守・小笠原佐渡守・土屋相模守の四名が松平薩摩守綱貴へ、家来の嶋津助之丞(忠守と傍注)を、明二十八日五半時に登城させるよう命じる。五月二十七日付。

  60. 追録2-No.1456 島津綱貴帰国ノ暇ヲ賜ハル

    将軍徳川綱吉は秋元喬朝を上使として島津綱貴に帰国の暇を与え、先例どおり品物を下賜した。綱貴はその後登城して謝礼を述べ、御馬一匹を賜った。

  61. 追録2-No.1457 島津惟久書状

    島津惟久が喜入安房へ、綱安丸が六月朔日に死去したと聞き、言葉もないほど嘆き、中将の心中を推察して悔やみを申し上げた書状。

  62. 追録2-No.1458 島津惟久書状

    島津惟久が喜入安房へ、おますの死去に際して中将から悔やみの書状を受けたことに、過分な心遣いとして厚く礼を述べた書状。

  63. 追録2-No.1459 小笠原長重書状

    小笠原長重が島津綱貴へ、琉球布十巻、砂糖漬天門冬一器、泡盛酒二壺、肴一種の献上品を滞りなく披露したと報告した書状。

  64. 追録2-No.1460 綱貴、鍋三郎丸ヲ吉貴ノ嫡嗣トス

    島津綱貴が松平定重と相談し、元禄十六年夏、鍋三郎丸を島津吉貴の嫡嗣に立てたことを記す記事。詳細は後続史料に譲る。

  65. 追録2-No.1461 松平定重書状

    松平定重が小笠原長重へ、島津吉貴の子綱三郎を奥方の養子とする件について、島津綱貴・吉貴との相談で決定したと承知し、両人へ確定を申し渡すよう依頼した書状。

  66. 追録2-No.1462 島津綱貴帰国ス

    綱貴が六月十八日に江戸を発ち、喜入安房久亭、用人野村太左衛門広貞・平田九郎右衛門純音が従った。六月二十七日に伏見、七月二日に大坂へ着き、六日に出船、二十日に豊州小倉に着き、九州の駅路を陸行し八月四日に鹿城へ入った。嶋津新八久昌を東都へ遣わして帰州の暇を謝し、太刀・銀馬代・時服を先規どおり献上させた。…

  67. 追録2-No.1463 阿部正武外四名連署奉書

    阿部正武ら老中五名が島津綱貴へ、鹿児島城下の居所南側の堀二か所、南東門の堀一か所、東北間の堀一か所について、絵図・書付の内容を了承し、元のように浚わせるよう命じた連署奉書。

  68. 追録2-No.1464 小笠原長住覚書

    小笠原長住が島津吉貴へ、吉貴の妾腹の三歳男子綱三郎を、本妻である松平定重の娘の養子としたうえで嫡子とする件について、定重・島津綱貴との相談経緯、同族への披露や挨拶などの手順を記して提出した覚書。

  69. 追録2-No.1465 小笠原長住口上覚

    小笠原長住が島津吉貴へ、綱三郎の嫡子願について小笠原長重が詳しく聴取し、重要な事柄として同僚にも話したうえで、一両日中に返答すると述べた旨を伝えた口上覚。

  70. 追録2-No.1466 小笠原長重書状

    小笠原長重が島津綱貴の留守居へ、端午の御内書を渡すため、翌二十七日五半時に江戸城へ出るよう命じた書状。

  71. 追録2-No.1467 陽和院消息

    陽和院が松平薩摩守へ、土用明けにも厳しい暑さが続く道中を案じ、中途からの使者と相手の機嫌を聞いて喜ぶ。進殿の初旅も支障なく通ったことを喜び、おみつ・鍋三郎の件が内々の予定どおり整い、一門にも披露されたと聞き、勘解由(久當)・助之丞(忠守)の働きも喜ぶ。

  72. 追録2-No.1468 向井正興書状

    向井正興が島津綱貴へ、海陸の旅を終えて国元へ無事到着することを祝い、綱三郎を嫡子として披露する件が首尾よく済んだことを喜んだ書状。

  73. 追録2-No.1469 向井正興書状

    向井正興が島津綱貴へ、朔日に水戸家へ参上した際、綱貴が国元から贈った三種の品に水戸家が大いに満足し、向井らに謝意を伝えるよう命じたと報告した書状。

  74. 追録2-No.1470 京極高規書状

    京極対馬守高規が松平薩州へ、残暑の安否を述べ、同氏松平修理大夫の息子鍋三郎の嫡子願いが首尾よく認められたことを祝う。七月十日付。

  75. 追録2-No.1471 松平定重書状

    松平越中守定重が松平薩摩守へ、おみつ・鍋三郎の披露が済んだことを祝って目録記載品を贈ったところ、礼を受けたことに懇切な心遣いとして謝意を述べる。七月十一日付。祝品は使者に託したと記す。

  76. 追録2-No.1472 松平定逵書状

    松平因幡守定逵が松平薩摩守へ、おみつ・鍋三郎の披露が済んだことを祝って目録記載品を贈ったところ、礼を受けたことに懇切な心遣いとして謝意を述べる。七月十二日付。

  77. 追録2-No.1473 松平定儀書状

    松平三郎助定儀が松平薩摩守へ、おみつ・鍋三郎の披露が済んだことを祝って目録記載品を贈ったところ、礼を受けたことに懇切な心遣いとして謝意を述べる。七月十二日付。

  78. 追録2-No.1474 島津吉貴書状

    島津吉貴が島津綱貴へ、海陸とも無事に帰国することを祝い、使者を通じて目録記載品を進上した。当地の一門に異状がなく、自身も無事であるため安心するよう伝えた書状。

  79. 追録2-No.1475 阿部正武外四名連署状

    稲葉正通・秋元喬朝・小笠原長重・土屋政直・阿部正武が松平薩摩守へ、八朔の祝儀として使者から献上された太刀一腰・馬代黄金十両を、首尾よく披露したと伝える連署状。

  80. 追録2-No.1476 大田好敬書状

    大田和泉守好敬が松平薩摩守へ、家来今井八右衛門を京都に置いて御用を命じたことを承知し、大坂で用事があれば八右衛門と相談する旨を了承したと答える。八月三日付。

  81. 追録2-No.1477 島津吉貴書状

    島津吉貴が島津綱貴へ、先月十九日に門司関付近の船中で突然大風に遭ったと聞いて驚いたが、別状なく帰国したことを祝い、自身も無事だと伝えた書状。

  82. 追録2-No.1478 島津綱貴書状

    島津綱貴が島津吉貴へ、吉貴が無事であることを喜び、七夕の祝物を贈ったところ謝礼の書状を受けたことに、丁寧な心遣いとして謝意を述べた回章。

  83. 追録2-No.1479 島津吉貴書状

    侍従吉貴が琉球国司へ、去年冬の江戸火災で芝屋敷とほか二か所の屋敷が類焼した際、見舞いの使札と目録品を贈られたことを厚く謝す。八月六日付。

  84. 追録2-No.1480 島津吉貴書状

    侍従吉貴が琉球国司へ、新年の祝儀として使簡を差し渡され、目録記載品も贈られたことを喜び、入念な心遣いに謝意を述べる。八月六日付。

  85. 追録2-No.1481 島津吉貴書状

    侍従吉貴が中城王子へ、今年の佳事を祝う書状と目録記載品を贈られたことを喜び、入念な心遣いに謝意を述べる。八月六日付。

  86. 追録2-No.1482 島津吉貴書状

    島津吉貴が読谷山王子へ、今年の佳事を祝う書状と目録記載品を贈られたことを喜び、丁重な心遣いに謝意を述べた返書。

  87. 追録2-No.1483 島津吉貴書状

    侍従吉貴が中城王子へ、去年冬の江戸火災で芝屋敷とほか二か所の屋敷が類焼した際、入念な見舞書状と別紙の表に記した品を贈られたことを厚く謝す。八月六日付。

  88. 追録2-No.1484 島津吉貴書状

    侍従吉貴が読谷山王子へ、去年冬の江戸火災で芝屋敷とほか二か所の屋敷が類焼した際、入念な見舞書状と別紙の表に記した品を贈られたことを厚く謝す。八月六日付。

  89. 追録2-No.1485 法印尊海書状

    三輪山王大先達法印尊海が島津綱貴へ、吉日良辰に大峯大護摩を先達らが修し、国家安全・武運長久・無病息災・延命・子孫繁栄を祈った御札と巻数を進上した書状。

  90. 追録2-No.1486 阿部正武外四名連署状

    阿部正武ら老中五名が島津吉貴へ、翌十五日の月例御礼はないため登城する必要がないと通知した連署状。

  91. 追録2-No.1487 交野時香書状

    交野時香が島津綱貴へ、綱貴の無事な帰国を喜び、同月二十日に宮内卿任官の勅許を得たため、今後は「交野宮内卿時香」と称すると知らせた書状。

  92. 追録2-No.1488 近衞家熙書状

    近衞家熙が島津綱貴へ、書状を受け取り、残暑を避け難い時節にも健勝で無事に帰国したとの知らせに満足したと答えた書状。

  93. 追録2-No.1489 徳川綱吉御内書

    将軍綱吉が薩摩中将綱貴へ、重陽祝儀の小袖五が届いたことを喜び、詳細は秋元但馬守が述べると伝える。九月七日付、綱吉黒印。

  94. 追録2-No.1490 徳川綱條書状

    徳川綱條が島津綱貴へ、綱貴の無事を喜び、領内で得た鮭三尺を進上したと伝えた書状。

  95. 追録2-No.1491 綱貴、近衞邸造営ヲ助成ス

    綱貴の二女亀姫を近衛大納言家久の配偶者とする約定があり、前年に左大臣家熙が綱貴へ家久の宮室造営を求めた。元禄十六年九月、綱貴は担当者を京都へ遣わし土木工事を始めた。傍注は家久の居所を表、亀姫の居所を裏と称したと説明する。叙述記事であり宛先欄は空欄とし、亀姫は人名として扱う。

  96. 追録2-No.1492 柳沢吉保書状

    柳沢吉保が島津綱貴へ、泡盛の件を申し達したところ五壺が献上され、それを桂昌院一位へ差し上げて喜ばれたと報告した書状。

  97. 追録2-No.1493 阿部正武書状

    阿部正武が島津綱貴へ、使者による将軍徳川綱吉の機嫌伺いに対して綱吉が健勝であると伝え、献上された御肴一種を同僚と相談のうえ首尾よく披露したと答えた書状。

  98. 追録2-No.1494 島津綱貴公帖

    島津綱貴が宗玉西堂を正興寺の住持職に任じ、先例どおり寺務を執行するよう命じた公帖。綱貴の花押を据える。

  99. 追録2-No.1495 柳沢吉保・松平輝貞連署書状

    松平右京大夫輝貞・松平美濃守吉保が松平薩摩守へ、使者により将軍の様子を尋ねられた件に、将軍はますます勇健なので安心するよう答える。肴一種を献上された件も書面の趣旨を承知したと伝える。九月二十七日付。

  100. 追録2-No.1496 秋元喬朝書状

    秋元但馬守喬朝が松平薩摩守へ、書状を拝見し、自身が変わりなく過ごしていることを喜ぶ旨に礼を述べる。将軍の機嫌伺いに使者を差し上げる件、入念な書面と串鮑一箱を贈られたことをありがたく思うと伝える。九月二十七日付。