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追録2の目録

暫定版です。原文との照合により、概要や文書の区切り等を修正する場合があります。

全3,207件中 901~1000件・10 / 33ページ

  1. 追録2-No.897 伊集院久美外二名連署書状

    伊集院久美・町田久置・神宮寺純正が島津助之丞へ、先に相談した国絵図の用務について、春成五左衛門と上山郷右衛門を派遣して申し上げるので、万事指導してほしいと依頼した連署書状。

  2. 追録2-No.898 伊集院久美外二名連署書状

    伊集院久美・町田久置・神宮寺純正が島津主計と御与力衆へ、先に相談した国絵図の用務について、春成五左衛門と上山郷右衛門を派遣するので、万事指導してほしいと依頼した連署書状。詳細は両人から申し上げるため、その旨を承知するよう求める。No.897と同日・同趣旨だが宛所が異なる。

  3. 追録2-No.899 戸村愛忠外二名連署書状

    戸村愛忠・九津見定春・伴良錦が島津主計と御与力衆へ、壱岐守領分の控絵図を渡すよう家老から命じられたため、使者を立てて引渡しを依頼した連署書状。

  4. 追録2-No.900 川野市右衛門・河内山清八連署届書

    秋月長門守家臣の川野市右衛門・河内山清八が、国絵図調進の命令を受け、肥後国に接する長門守領内の境を調査した結果、地面に相違がないことを確認して境絵図を調製し提出した連署届書。

  5. 追録2-No.901 近衛家熙書状

    近衛家熙が松平薩摩守島津綱貴へ、春の賀状を受け取り、綱貴が無事に越年したことを喜び、自身の側も変わりないと伝えた書状。目録どおりの贈物と、連年にわたる懇情に深く謝し、後日の音信を期す。綱貴公御譜中の正文で、近衛家熙の花押を備える。

  6. 追録2-No.902 島津忠守外二名連署書状

    島津忠守・種子島久時・肝付久兼が泥谷長規・小坂昌朝へ、境絵図を調製して絵図役人を派遣するとの書状を受け、その趣旨を承知したと答えた連署書状。薩摩側の絵図役人衆へ申し伝えておくため、詳しい説明は不要とする。

  7. 追録2-No.903 島津忠守外二名連署書状

    島津忠守・種子島久時・肝付久兼が伊東祐秋・山田宗春・川崎祐昌へ、大和守領分の絵図を調製し、使者松浦助右衛門に持参させるとの書状を受け、その趣旨を承知したと答えた連署書状。薩摩側の絵図方担当者から松浦へ指示を伝えるため、詳しい説明は不要とする。

  8. 追録2-No.904 秋元喬朝書状

    秋元但馬守喬朝が松平修理大夫へ、将軍が機嫌よく年始の規式を済ませる予定であることを喜ぶ趣旨の書状を読み、その恐悦をもっともとした返書。使者を通じて献上された肴一種を同僚と相談し首尾よく披露したと報告する。

  9. 追録2-No.905 柳沢保明・松平輝貞連署書状

    柳沢出羽守保明・松平右京大夫輝貞が松平修理大夫へ、将軍が機嫌よく年始の規式を済ませる予定であることを喜ぶ書状を読み、その趣旨を了承した連署書状。同日No904と異なり、肴の献上・披露は記さない。

  10. 追録2-No.906 秋元喬朝書状

    秋元但馬守喬朝が松平修理大夫島津吉貴へ、将軍が健勝で、去月八日に東叡山御堂へ参詣したことを吉貴が喜ぶ書状を読み、その趣旨をもっともとした返書。同僚と相談して将軍へ言上したと伝える。

  11. 追録2-No.907 柳沢保明・松平輝貞連署書状

    柳沢出羽守保明・松平右京大夫輝貞が松平修理大夫島津吉貴へ、将軍が健勝で、去月八日に東叡山御堂へ参詣したことを吉貴が喜ぶ書状を読み、その趣旨を了承した連署書状。No.906と同日・同用件だが、同僚との相談・将軍への言上は記さない。

  12. 追録2-No.908 秋元喬朝書状

    秋元但馬守喬朝が松平修理大夫島津吉貴へ、将軍が機嫌よく年始の規式を終えたことを吉貴が喜ぶ書状を読み、その趣旨をもっともとした返書。同僚と相談して将軍へ言上したと伝える。

  13. 追録2-No.909 柳沢保明・松平輝貞連署書状

    柳沢出羽守保明・松平右京大夫輝貞が松平修理大夫島津吉貴へ、将軍が機嫌よく年始の規式を終えたことを吉貴が喜ぶ書状を読み、その趣旨を了承した連署書状。No.908と同日・同用件だが、同僚との相談・将軍への言上は記さない。

  14. 追録2-No.910 秋元喬朝書状

    秋元但馬守喬朝が松平修理大夫へ、鶴姫君の疱瘡がいよいよ快然となるはずと喜ぶ書状を読み、その恐悦はもっともとし、書面の趣旨を同僚と相談して言上したと報告する。刊本傍注は鶴姫を綱吉の娘・徳川綱教室とする。

  15. 追録2-No.911 柳沢保明・松平輝貞連署書状

    柳沢出羽守保明・松平右京大夫輝貞が松平修理大夫島津吉貴へ、鶴姫の疱瘡がいよいよ快復するはずとの知らせを読み、その趣旨を了承した連署書状。No.910と同日・同用件だが、同僚との相談や将軍への言上は記さない。

  16. 追録2-No.912 伊集院久美外二名連署書状

    神宮寺純正・町田久置・伊集院久美が嶋主計(忠雄傍注)と与力衆へ、国絵図のため当地から派遣した者たちが万事懇切な指示を受けたと聞き、厚意に謝した連署書状。追書で一種を進献すると記すが、その内容は示さない。

  17. 追録2-No.913 阿部正武書状

    阿部豊後守正武が松平薩摩守島津綱貴へ、歳暮の御内書を渡すため、翌日の五半時に家来一人を御城へ差し出すよう指示した書状。受渡しの時刻・場所・人数を具体的に指定する。

  18. 追録2-No.914 近衛基熙書状

    近衛基熙が薩摩中将島津綱貴へ、昨冬の嫡孫の慶事に対する祝意と目録どおりの贈物を受け、深い配慮に満足し、厚意をありがたく思うと伝えた書状。後日の音信を期す。

  19. 追録2-No.915 戸村愛忠外二名連署書状

    戸村愛忠・九津見定春・伴良錦が嶋津勘解由・嶋津助之丞・種子嶋蔵人・肝付主殿へ、領内の下絵図がようやくできたので絵図役人岡田新右衛門を派遣すると伝える。御用が急なため先に大隅の絵図を調えることを頼み、当月中旬に役人を送る予定から少し遅れたと断る。相手方絵図役人へ詳細に指図するよう依頼する。

  20. 追録2-No.916 島津忠守外二名連署書状

    島津忠守・種子島久時・肝付久兼が伊集院三右衛門・町田彌次右衛門・神宮寺外記へ、国絵図御用で春成興五左衛門・上山郷右衛門を派遣するとの書状を読み、その趣旨を了承した連署書状。委細は嶋津主計から両人に申し合わせてあるので詳答を省くとする。

  21. 追録2-No.917 島津忠雄書状

    嶋津主計(忠雄傍注)が伊集院三右衛門・町田彌次右衛門・神宮司外記へ、二通の書状を拝見したと返答する。春成與五左衛門・上山郷右衛門が持参した絵図を吟味し、国境の証絵図一枚・領分の惣絵図一枚・郷帳一冊を当日受領したと報告する。両名へ申し渡してあるため詳答を省く。

  22. 追録2-No.918 近衛家熙書状

    近衛家熙が薩摩中将島津綱貴へ、昨冬の嗣息の慶事に対する祝意と目録どおりの贈物を受け、心のこもった厚意に満足したと伝えた書状。後日の音信を期し、近衛家熙の花押を備える。

  23. 追録2-No.919 近衛家久書状

    近衛家久が薩摩中将島津綱貴へ、昨冬の慶事について祝意を示され、目録どおりの贈物を受けたことを深く喜んだ書状。後日の音信を期し、近衛家久の花押を備える。

  24. 追録2-No.920 秋元喬朝書状

    秋元但馬守喬朝が松平修理大夫島津吉貴へ、将軍が機嫌よく、先頃山王社へ参詣したことを吉貴が喜ぶ書状を読み、その趣旨をもっともとした返書。同僚と相談して将軍へ言上したと伝える。

  25. 追録2-No.921 柳沢保明・松平輝貞連署書状

    柳沢出羽守保明・松平右京大夫輝貞が松平修理大夫島津吉貴へ、将軍が機嫌よく先頃山王社へ参詣したことを吉貴が喜ぶ書状を読み、その趣旨を了承した連署書状。No.920と同日・同用件だが、同僚との相談や将軍への言上は記さない。

  26. 追録2-No.922 北郷久嘉江戸ニ赴ク

    北郷久嘉が島津綱貴の命を受け、薩摩府を出発して江戸へ赴き、芝御屋敷で番頭を勤めた記事。大嶺勝兵衛安明が随行した。

  27. 追録2-No.923 稲葉丹後守ほか四名連署状

    稲葉丹後守・秋元但馬守・小笠原佐渡守・土屋相模守・阿部豊後守の五名が松平薩摩守へ、翌朔日は例月の御礼がないため登城に及ばないと通知した連署状。

  28. 追録2-No.924 秋元喬朝書状

    秋元但馬守喬朝が松平修理大夫島津吉貴へ、将軍が機嫌よく、去月二十四日に増上寺御仏殿へ参詣したことを吉貴が喜ぶ書状を読み、その趣旨をもっともとした返書。同僚と相談して将軍へ言上したと伝える。

  29. 追録2-No.925 柳沢保明・松平輝貞連署書状

    柳沢出羽守保明・松平右京大夫輝貞が松平修理大夫島津吉貴へ、将軍が機嫌よく、去月二十四日に増上寺御仏殿へ参詣したことを吉貴が喜ぶ書状を読み、その趣旨を了承した連署書状。No.924と同日・同用件だが、同僚との相談や将軍への言上は記さない。

  30. 追録2-No.926 秋元喬朝書状

    秋元但馬守喬朝が松平修理大夫島津吉貴へ、鶴姫の疱瘡が快癒し、酒湯を済ませたとの知らせを喜んだ返書。その内容を同僚と相談し、将軍へ言上したと伝える。

  31. 追録2-No.927 柳沢保明・松平輝貞連署書状

    柳沢出羽守保明・松平右京大夫輝貞が松平修理大夫島津吉貴へ、鶴姫の疱瘡が快癒し、酒湯を済ませたとの知らせを読み、その趣旨を了承した連署書状。No.926と同日・同用件だが、同僚との相談や将軍への言上は記さない。

  32. 追録2-No.928 秋元喬朝書状

    秋元但馬守喬朝が松平修理大夫島津吉貴へ、将軍が機嫌よく、先頃護持院へ御成りになったことを吉貴が喜ぶ書状を読み、その趣旨をもっともとした返書。同僚と相談して将軍へ言上したと伝える。

  33. 追録2-No.929 柳沢保明・松平輝貞連署書状

    柳沢出羽守保明・松平右京大夫輝貞が松平修理大夫島津吉貴へ、将軍が機嫌よく、先頃護持院へ御成りになったことを吉貴が喜ぶ書状を読み、その趣旨を了承した連署書状。No.928と同日・同用件だが、同僚との相談や将軍への言上は記さない。

  34. 追録2-No.930 土屋政直書状

    土屋相模守政直が松平修理大夫島津吉貴へ、将軍が機嫌よく、先頃柳沢出羽守邸へ御成りになったことを吉貴が喜ぶ書状を読み、その趣旨をもっともとした返書。同僚と相談して将軍へ言上したと伝える。No.931の連署書状と異なり、相談・言上を明記する。

  35. 追録2-No.931 柳沢保明・松平輝貞連署書状

    柳沢出羽守保明・松平右京大夫輝貞が松平修理大夫島津吉貴へ、将軍が機嫌よく先頃柳沢出羽守邸へ御成りになったことを吉貴が喜ぶ書状を読み、その趣旨を了承した連署書状。No.930と同日・同用件だが、同僚との相談や将軍への言上は記さない。

  36. 追録2-No.932 土屋政直書状

    土屋相模守政直が松平修理大夫島津吉貴へ、将軍が機嫌よく先頃松平右京大夫邸へ御成りになったことを吉貴が喜ぶ書状を読み、その趣旨をもっともとした返書。同僚と相談して将軍へ言上したと伝える。No.935の連署書状と異なり、相談・言上を明記する。

  37. 追録2-No.933 戸村愛忠外二名連署書状

    戸村愛忠・九津見定春・伴良錦が嶋津大蔵ら六名へ、領分の控絵図を受け取る使者を先頃派遣した件で壱岐守方から申し入れた内容について返答する。嶋津主計へ両種、川上八郎右衛門・村田平右衛門へ一種ずつを贈ったと聞いた件を壱岐守へ伝えたところ、心遣いに感じ入った旨を述べたと知らせる。贈品の具体内容は記さない。

  38. 追録2-No.934 戸村愛忠外二名連署書状

    戸村愛忠・九津見定春・伴良錦が嶋津大蔵ら六名へ、壱岐守領分絵図と郷帳の控えを受け取る使者を派遣したところ、相手方役人が控えを引き渡し使者を馳走したことに謝す。特に中務が出向いて面会し、各様より両種の心遣いを受けた旨を壱岐守へ伝えたところ、書中で謝意を述べるよう申し付けられたと伝える。両種の具体内容は…

  39. 追録2-No.935 柳沢保明・松平輝貞連署書状

    柳沢出羽守保明・松平右京大夫輝貞が松平修理大夫島津吉貴へ、将軍が機嫌よく先頃松平右京大夫邸へ御成りになったことを吉貴が喜ぶ書状を読み、その趣旨を了承した連署書状。No.932と同じ御成を扱うが、同僚との相談や将軍への言上は記さない。

  40. 追録2-No.936 柳沢保明・松平輝貞連署書状

    柳沢出羽守保明・松平右京大夫輝貞が松平修理大夫島津吉貴へ、将軍が機嫌よく年始の規式を首尾よく終えたことを吉貴が喜ぶ書状を読み、その趣旨を了承した連署書状。同僚との相談や将軍への言上は記さない。

  41. 追録2-No.937 土屋政直書状

    土屋相模守政直が松平修理大夫島津吉貴へ、将軍が機嫌よく先頃聖堂へ御成りになったことを吉貴が喜ぶ書状を読み、その趣旨をもっともとした返書。同僚と相談して将軍へ言上したと伝える。

  42. 追録2-No.938 柳沢保明・松平輝貞連署書状

    柳沢出羽守保明・松平右京大夫輝貞が松平修理大夫島津吉貴へ、将軍が機嫌よく先頃聖堂へ御成りになったことを吉貴が喜ぶ書状を読み、その趣旨を了承した連署書状。No.937と同日・同用件だが、同僚との相談や将軍への言上は記さない。

  43. 追録2-No.939 阿部正武書状

    阿部豊後守正武が松平修理大夫島津吉貴へ、将軍が正月八日に東叡山御堂、同月二十四日に増上寺御仏殿へ参詣したことを吉貴が喜ぶ二通の書状を読み、その趣旨をもっともとした返書。同僚と相談して将軍へ言上したと伝える。

  44. 追録2-No.940 柳沢保明・松平輝貞連署書状

    柳沢出羽守保明・松平右京大夫輝貞が松平修理大夫へ、将軍が機嫌よく正月八日に東叡山御堂へ参詣したことへの恐悦をもっともとし、書面の趣旨を了承した連署書状。

  45. 追録2-No.941 松平輝貞・柳沢保明連署書状

    松平右京大夫輝貞・柳沢出羽守保明が松平修理大夫へ、将軍が機嫌よく正月二十四日に増上寺御仏殿へ参詣したことへの恐悦をもっともとし、書面の趣旨を了承した連署書状。

  46. 追録2-No.942 阿部正武書状

    阿部豊後守正武が松平修理大夫島津吉貴へ、将軍が機嫌よく先頃護持院へ御成りになったことを吉貴が喜ぶ書状を読み、その趣旨をもっともとした返書。同僚と相談して将軍へ言上したと伝える。

  47. 追録2-No.943 柳沢保明・松平輝貞連署書状

    柳沢出羽守保明・松平右京大夫輝貞が松平修理大夫島津吉貴へ、将軍が機嫌よく先頃護持院へ御成りになったことを吉貴が喜ぶ書状を読み、その趣旨を了承した連署書状。No.942と同日・同用件だが、同僚との相談や将軍への言上は記さない。

  48. 追録2-No.944 泥谷長規・小坂昌朝連署書状

    泥谷長規・小坂昌朝が嶋津助之丞・喜入安房・種子島蔵人へ、日向国の清絵図が薩摩側で調製され、井上大和守から秋月式部へ移管された村を含む式部領分絵図も日向へ送る件を説明した連署書状。地面・村付を調査し、江戸の長門守と協議した内容を自領絵図へ書き込んで薩摩の絵図役人へ提出すると伝える。

  49. 追録2-No.945 島津忠守外二名連署書状

    島津忠守・種子島久時・肝付久兼が戸村愛忠・九津見定春・伴良錦へ、領分下絵図を岡田新右衛門に持参させる予定が遅れたとの通知を了承した連署書状。薩摩側絵図役人から岡田へ詳しく伝えるとし、江戸からも急いで調製・送付するよう重ねて指示が来ているため、油断なく進めるよう求める。

  50. 追録2-No.946 伊集院久美外二名連署書状

    神宮寺純正・町田久置・伊集院久美が嶋助之允・喜安房・種子蔵人・肝主殿の四名へ、国絵図の件で嶋津主計から段々の指導を受け、相手方の地で首尾よく納めたとして、使者が帰還したことを伝える。この経過を淡路守方へも知らせ、厚意に謝す。

  51. 追録2-No.947 柳沢保明・松平輝貞連署書状

    柳沢出羽守保明・松平右京大夫輝貞が松平修理大夫島津吉貴へ、将軍が機嫌よく先頃山王社へ参詣したことを吉貴が喜ぶ書状を読み、その趣旨を了承した連署書状。同僚との相談や将軍への言上は記さない。

  52. 追録2-No.948 阿部正武外三名連署書状

    阿部豊後守正武・土屋相模守政直・小笠原佐渡守長重・稲葉丹後守正往が松平修理大夫島津吉貴へ、翌十五日の五時に江戸城へ登城し、参府の御礼を申し上げるよう命じた老中連署書状。登城日・時刻・用件を具体的に指定する。

  53. 追録2-No.949 戸村愛忠外二名連署書状

    戸村愛忠・九津見定春・伴良錦が嶋津助之丞・喜入安房・種子嶋蔵人の三名へ、派遣した絵図役人岡田新右衛門が詳しい指導を受け、公儀の国絵図関係書付と正保年間絵図の当領分の写しを渡されたことに謝す。新右衛門への留任中の馳走、特に蔵人の面会にも謝し、絵図を滞りなく調え完成次第送り、本絵図は五月までに調えると伝…

  54. 追録2-No.950 泥谷長規・小坂昌朝連署書状

    泥谷長規・小坂昌朝が嶋津助之丞・喜入安房・種子島蔵人へ、秋月式部領分絵図を薩摩側へ送る件について返答した連署書状。昨冬に当地の絵図を役人へ持参させた一方、分知分の絵図が未送付との照会を受け、その行き違いを了承し、念入りな確認に謝す。

  55. 追録2-No.951 伊東祐秋外二名連署書状

    伊東祐秋・川崎祐昌・山田宗武が嶋津助之丞・喜入安房・種子嶋蔵人・肝付主殿へ、国絵図用務で先に派遣した松浦助右衛門への馳走と人馬の手配に重ねて謝した連署書状。再び絵図相談のため松浦と木脇小三郎を派遣するので、相手方絵図役人に遠慮なく指導するよう頼む。

  56. 追録2-No.952 伊東祐秋外二名連署書状

    伊東祐秋・川崎祐昌・山田宗武が嶋津主計へ、国絵図本図の調製を労い、先に派遣した松浦助右衛門への懇切な指示に謝した連署書状。再び絵図相談のため松浦と木脇小三郎を派遣するので、遠慮なく指導するよう頼む。

  57. 追録2-No.953 土屋政直書状

    土屋相模守が松平薩摩守へ、薩摩国鹿児嶋城下の干潟海手に五町ほどを築地して町屋とし、その内側に小船などを置く堀を設け、居所東方の磯辺に大船をつなぐ浪除けの波戸を普請する願いを了承する。絵図・書付を一覧し、願いどおり普請するよう認める。

  58. 追録2-No.954 阿部正武外四名連署書状

    阿部正武・土屋政直・小笠原長重・秋元喬朝・稲葉正往が松平薩摩守島津綱貴へ、翌二十八日は例月の御礼がないため、江戸城へ登城する必要はないと通知した老中五名の連署書状。

  59. 追録2-No.955 島津綱貴書状

    島津綱貴が松平修理大夫島津吉貴へ、鍋三郎出生の祝儀は江戸到着時に伝えるつもりだったが、船路が順風を得ず滞ったため、税所甚右衛門を途中から使者として差し越した書状。祝儀として目録記載品を贈り、詳しくは使者の口上に委ねる。

  60. 追録2-No.956 喜入久亮外二名連署書状

    喜入久亮・種子島久時・肝付久兼が伊東権左衛門・川崎大膳・山田次郎左衛門へ、絵図相談のため松浦助右衛門・木脇小三郎を派遣し、当方役人と遠慮なく相談させるとの通知を了承する。先の松浦派遣時には十分な馳走ができなかったという謙辞を述べ、謝礼を受けたことに恐縮する。嶋津助之丞はその場にいないため連署できない…

  61. 追録2-No.957 木脇小三郎・松浦助右衛門連署証状

    伊東大和守家臣の木脇小三郎・松浦助右衛門が、日向国清絵図の調製に際し、大和守領分絵図を鹿児島へ持参したところ、領境筋の絵図一紙が調製されたため、関係者が立ち会って印形を据え、後証として受け取ったことを証した連署証状。

  62. 追録2-No.958 川上八郎左衛門・村田平右衛門連署証状

    島津綱貴家臣の川上八郎左衛門・村田平右衛門が、日向国清絵図の調製に際し、日向の相給領主側から鹿児島へ送られた領分絵図を基に領境の地面・村付を吟味したことを証した連署証状。互いの境筋を絵図一紙に調え、関係者が立ち会って印形を据え、後証として取り置いた。

  63. 追録2-No.959 津田秀全外二名連署書状

    津田秀全・勝部治房・宇野為明が嶋津主計へ、日向国清絵図に合わせた代官所分の絵図作成について、古絵図がなく境界変更の有無を判断できないため、相手方の古絵図内の当国代官所分を写して提供するよう求める。代官所の村付を添え、当人たち二人は日州役所に勤めているので、絵図について指示してほしいと頼む。

  64. 追録2-No.960 山木與惣左衛門代官所村付覚

    日向国の山木與惣左衛門代官所の村町名を宮崎郡・那阿郡・諸県郡・児湯郡・臼杵郡別に列挙した村付覚。原列挙は上段十四・十四・十二、下段十一の計五十一項目で、花ケ嶋町を一項目として含む。下北方村・瓜生野村・村角村・岡富村・財光寺村・山陰村などを挙げ、古絵図との増減があり得るが現在の高帳に記載して差し上げた…

  65. 追録2-No.961 島津忠久出生記事

    元禄十三年冬、林大学頭信篤が島津家祖忠久を源頼朝の庶長子とする説の明証を求め、島津綱貴が家蔵史料を調べさせた記事。頼朝が奥州征伐の先鋒畠山重忠へ与えた教書、忠久を副将とする伝承、薩摩・大隅・日向三州守護職関係文書と家譜略を、家臣田中国明を介して信篤へ示し、信篤が句解・書写・跋文を加えた経緯を記す。

  66. 追録2-No.962 島津忠久奥州出師覚書

    島津家旧記に基づき、源頼朝の奥州征伐で畠山重忠が先陣を務め、忠久が副将として従軍した由来をまとめた覚書。忠久の出生・養育をめぐる伝承、重忠から兵士を付けられて奥州へ進発したこと、後に薩摩・大隅・日向の所領を得て島津氏を称した経緯を、異説にも触れながら記す。

  67. 追録2-No.963 源頼朝加判平盛時奉書句解

    島津綱貴が、家蔵する源頼朝加判・平盛時奉書の古雅な文言には通読しにくい箇所があるため、語句の読み方を覚書として示した句解。「あすは」「こふのこなたに」「ちむのはら」などの語を注し、後世に原文書と一緒に伝えるよう記す。

  68. 追録2-No.964 林信篤跋文

    林信篤が、島津家に伝わる源頼朝の自筆・花押入り文書について、鎌倉以来の旧物が長く保存された意義と島津家の忠功を述べた跋文。文治五年の奥州征伐、忠久と畠山重忠の関係、幕府による薩摩・大隅・日向三州の守護職授与に触れ、子孫が家宝として伝えるよう求める。

  69. 追録2-No.965 林信篤識語

    林信篤が、薩摩羽林源綱貴を鎌倉右大将頼朝の後裔とし、その家に五百年以上伝わる頼朝手書の字画が消えず手沢なお新しいと記す識語。綱貴が錦綾で包み彩匣に納め、林に跋文を求めて後証とし、武州昌平坂聖堂へ奉納して後世の鑑に供すると述べる。本巻はその模写であり、巻尾に記して将来の隆盛を祝うとする。

  70. 追録2-No.966 林信篤作島津家譜叙文

    林信篤が綱貴の求めに応じ元禄十四年三月上旬に作成した島津家譜の叙。忠久を頼朝の長庶子とする家伝、三州所領・守護職と歴代軍功、琉球・朝鮮対応、近世幕府への奉仕、綱貴の家譜編纂意図をたどる。由緒の中には鳩形で飾る短剣、二疋龍と十字の家紋、歴代の利剣・駿馬・蒼鷹の賞賜を含む。これらは叙文の所説として記録し…

  71. 追録2-No.967 島津惟久書状

    嶋津淡路守惟久が嶋津主計へ、国絵図完成に際し、惟久領分の絵図について役人たちへ懇切に指導したと聞き、その礼を述べた書状。在所の品一種を贈り受納を求める。品物の内容は本条に記されていない。

  72. 追録2-No.968 泥谷長規・小坂昌朝連署書状

    泥谷長規・小坂昌朝が嶋津中務ら六名へ、長門守領内の絵図と同式部の分知絵図を調え、郷村高付帳を添えて持参させたと通知する。適切に申し付けるよう頼み、委細は役人同士の口上に委ねる。

  73. 追録2-No.969 阿部正武書状

    阿部豊後守正武が松平薩摩守島津綱貴へ、綱貴が献上した御香具品々と御肴一種を首尾よく披露したと報告した書状。

  74. 追録2-No.970 島津綱貴御馬拝領記事

    元禄十四年四月十二日、上使稲葉丹後守義雅が綱貴へ上意を伝え、恩賜も例年のとおりであった。その後、綱貴は登営して謝礼し、馬一匹を賜ったと記す記事。

  75. 追録2-No.971 馬拝領目録

    松平薩摩守に六歳の馬一匹を下す目録。元禄十四年の記載がある。

  76. 追録2-No.972 稲葉正往書状

    稲葉丹後守(正往傍注)が松平薩摩守へ、家来の嶋津中務を翌十五日五時に城へ差し出すよう命じた書状。

  77. 追録2-No.973 河野通心・河内山長好連署証状

    秋月長門守家臣の河野通心・河内山長好が、日向国の清絵図改訂に際し、島津綱貴側が調製する絵図に合わせて秋月領分の境筋絵図1紙を作成し、双方が立ち会って印形を加え、後証として各方で受け取ったことを証した連署証状。

  78. 追録2-No.974 川上久清・村田経寧連署証状

    川上久清・村田経寧が、日向国清絵図を島津綱貴側で調進するため、秋月長門守側から届いた領分絵図を基に境界の地面・村付を吟味し、境筋絵図1枚を共同で調製して双方立会いの印形を加え、後証として受け取ったことを証した連署証状。

  79. 追録2-No.975 戸村愛忠外二名連署書状

    戸村愛忠・九津見定春・伴良錦が嶋津助之丞・喜入安房・種子嶋蔵人へ、当領の絵図ができたので送り、岡田新右衛門に持参させると通知する。先頃相手方の地で絵図役人同士が相談したとおり、諸事を新右衛門に指図するよう頼み、委細は本人の口上に委ねる。

  80. 追録2-No.976 喜入久亮外二名連署書状

    喜入久亮・種子島久時・肝付久兼が泥谷長規・小坂昌朝へ、秋月長門守領分絵図と秋月式部分知絵図に郷村高付帳を添えて使者が届けるとの通知を承知したと返答し、詳しくは使者の口上で伝えるとした連署書状。

  81. 追録2-No.977 島津忠守外二名連署書状

    島津忠守・種子島久時・喜入久亮が戸村愛忠・九津見定春・伴良錦へ、秋月領分絵図を岡田新右衛門に持参させたとの丁寧な通知を了承したと答え、詳しくは新右衛門の口上で伝えるとした連署書状。

  82. 追録2-No.978 泥谷長規・小坂昌朝連署書状

    泥谷長規・小坂昌朝が嶋津助之丞ら四名へ、領分絵図・秋月式部分知絵図・郷帳を、相手方役人の指示で滞りなく首尾よく納めたと、帰還した役人から聞いた旨を報告する。丁寧な馳走と、往還の際に下位の者まで人馬を手配されたことに謝し、詳しくは長門守へも伝えるとする。

  83. 追録2-No.979 亀姫縁組記事

    島津綱貴の息女亀姫の縁組が定まり、近衛大納言家久が進藤刑部大輔長之を結納の使者として江戸へ下したことを記す記事。この時、家久が北郷久嘉へ時服3襲を与えたことも記録する。

  84. 追録2-No.980 平松時量書状

    平松中納言入道時量が松平薩摩守島津綱貴へ、公武の隠居と宰相の家督が首尾よく命じられたことを祝し、綱貴から祝儀として贈られた太刀など目録どおりの品を受納したと礼を述べた書状。

  85. 追録2-No.981 平松時方書状

    平松宰相時方が松平薩摩守へ、入道の隠居と自身の家督が首尾よく命じられたことを喜び、その祝儀として太刀など目録どおりの品を贈られたことに謝し受納を伝える。隠居と家督相続を祝って品を受け取った側からの返礼書状である。

  86. 追録2-No.982 交野時香書状

    交野三位時香が松平薩摩守島津綱貴へ、平松入道の隠居と平松宰相の家督相続が首尾よく命じられたことへの祝詞と、目録記載の贈物を受け取ったと礼を述べた書状。

  87. 追録2-No.983 戸村愛忠外二名連署書状

    戸村愛忠・九津見定春・伴良錦が嶋津主計へ、絵図の件で先頃岡田新右衛門を派遣したところ、たびたび面会して特別に懇切にされたと詳しく聞いたことに謝す。

  88. 追録2-No.984 三浦明敬書状

    三浦壱岐守明敬が嶋津助之丞・喜入安房守・種子嶋蔵人へ、絵図の件で先頃家来を派遣したところ、各人が心を添え、絵図役人と詳しく相談し、格別に馳走されたことに謝す。追書では嶋津主計が特に心を配ったと聞いて喜び、よろしく承知してほしいと頼む。

  89. 追録2-No.985 戸村愛忠外二名連署書状

    戸村愛忠・九津見定春・伴良錦が嶋津助之丞・喜入安房・種子嶋蔵人へ、当方領分絵図ができ先頃岡田新右衛門を派遣した際、相手方役人が受け取り、本絵図仕立てを指導し、滞在中に馳走し、特に助之丞忠守が面会したと聞いたことに謝す。壱岐守も喜んで書中で謝意を伝えるよう命じたとし、本絵図ができ次第こちらから知らせる…

  90. 追録2-No.986 徳川綱吉御内書

    徳川綱吉が薩摩中将島津綱貴から端午の祝儀として帷子・単物数十を受け取り、歓覧したと伝える御内書。詳しくは土屋相模守政直が述べるとする。

  91. 追録2-No.987 島津綱貴金山試掘資金借用記事

    前年七月に島津綱貴が願い出た金山試掘資金について、元禄十四年五月六日に老中稲葉丹後守正往ら三名から黄金2万両を受け、その全額を薩摩・大隅・日向三州の金山試掘費に充てることとなった記事。島津久輝・島津久當・新納久珍が連署して国元へ達した。

  92. 追録2-No.988 新納久珍書状

    新納久珍が嶋津勘解由ら七名へ、金山入用金の引替えを願っていたところ、去る六日に稲葉丹後守から金二万両の引替えを命じられたと報告する。年賦返済の予定かと荻原近江守に照会すると、返済年限と金高の定めがあれば拝借だが今回は合力金のようなものなのでそのように考えるのがよいとの説明を受けた。公儀の取扱いや外聞…

  93. 追録2-No.989 平松時方書状

    平松宰相時方が松平薩摩守島津綱貴へ、平松入道の隠居と時方の家督相続に対する使者を介した祝意を喜び、返礼として太刀・目録と御樽代を進上した書状。

  94. 追録2-No.990 平松時春書状

    平松侍従時春が松平薩摩守島津綱貴へ、平松入道の隠居と父平松宰相時方の家督相続に対する祝意を喜び、返礼として太刀・目録を進上した書状。

  95. 追録2-No.991 交野時香書状

    交野三位時香が松平薩摩守島津綱貴へ、平松入道の隠居と平松宰相の家督相続に対する祝儀を喜び、返礼として太刀・目録を進上した書状。

  96. 追録2-No.992 石井行康書状

    石井小納言行康が松平薩摩守島津綱貴へ、平松家の隠居・家督相続への祝儀を使者から受けたことを喜び、返礼として太刀・目録を進上した書状。

  97. 追録2-No.993 石井行豊書状

    石井宮内卿行豊が松平薩摩守島津綱貴へ、平松家の隠居・家督相続への祝儀を使者から受けたことを喜び、返礼として太刀・目録を進上した書状。

  98. 追録2-No.994 伊集院久美外二名連署証状

    神宮寺純正・町田久置・伊集院久美が嶋津助之丞ら四名へ、伊東大和守・秋月長門守の領境絵図について相手家来と当方役人の証印が済んだとの通知を承知したと返答する。当方領境も先例に従い、主計が取り寄せた絵図で地面・字名などを照合して証印すれば送る旨を了承し、証印付き絵図は相手方で調製する由なので、できたら知…

  99. 追録2-No.995 於奈百誕生記事

    元禄十四年五月二十日、島津藤次郎久智の室で江田国重の娘が武州芝邸で女子於奈百を出産した記事。於奈百は享保四年正月十日に没し、法名を常心玄円としたことも記す。

  100. 追録2-No.996 石井行豊書状

    石井宮内卿行豊が松平薩摩守島津綱貴へ、帰国途上の伏見屋敷で少納言とともに訪ねる予定だったが、綱貴が近衛殿を見舞い平松宰相も出向くため伏見訪問を取りやめ、そちらで面会すると伝えた書状。