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追録5-No.1889御譜記事旧記雑録暫定版・確認中

国目付、任満チテ帰府ス(記事)

宝暦六年十一月三日~閏十一月十二日(記事)/整理ID 旧記雑録追録5_文書1889

確認度要確認
この文書は暫定版です

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概要

宝暦六年十一月三日、任期を終えた国目付二人が旅館を発った。家臣の従僕が扈従し、江戸留守居岩下方峯・使番佐久間村央・目付肥後八右衛門盛望と諸有司も同日に鹿府を発ち、横井を経て伊集院苗代川に泊まった。忠洪・継豊はあらかじめ家老島津主殿久馮に慰労を命じた。四日に市来湊・串木野・隈之城を経て森尾町、五日に西方を経て阿久根、六日に野田・高尾野を経て米之津に泊まった。七日に出水境を越えて肥後へ入り、九州の駅路を経て十五日に豊前大里へ着いた。船奉行土岐次郎八房常が二人の乗船を迎え、十六日に乗船して二十八日に大坂へ着岸した。二十九日に陸路で伏見、翌晦日に京都を経て、美濃路・東海道を進み、閏十一月十二日に江戸へ帰って復命した。在薩中に求められた城絵図と薩摩・大隅・日向・琉球の地図を提出した。記録奉行吉田用右衛門清純、記録方添役本田新右衛門親方・山田喜三右衛門有雄らが、各国の郡県・境土・番鎮・島嶼・津浦・山川・名勝・名産・城址・神社・仏閣などを編んだ二冊を「地誌要略」と号し、これも提出した。両使の質問百余条を後の参考として次に載せ、その他は煩雑なため省くとする。出典は重豪公御譜。

登場人物

国目付二人(両監国使)・岩下方峯・佐久間村央・肥後八右衛門盛望・島津主殿久馮・島津忠洪・島津継豊・船奉行土岐次郎八房常・吉田用右衛門清純・本田新右衛門親方・山田喜三右衛門有雄

宛先

該当なし

キーワード

十一月三日任期終了旅館発、岩下方峯佐久間村央肥後盛望、横井伊集院苗代川、忠洪継豊久馮慰労、森尾町阿久根米之津、豊前大里土岐房常乗船、十六日乗船二十八日大坂、伏見京都、閏十一月十二日江戸復命、城絵図薩隅日琉球地図、吉田清純本田親方山田有雄、地誌要略二冊、問条百余

冊子頁

637頁

読込量

中

面白さ

高

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(5)621~786頁(宝暦6~宝暦10).pdf