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追録1の目録

暫定版です。原文との照合により、概要や文書の区切り等を修正する場合があります。

全2,718件中 1101~1200件・12 / 28ページ

  1. 追録1-No.1085 酒井忠清外三名幕府老中連署状

    幕府老中四名が島津光久へ、年頭の祝儀として太刀一腰と馬代黄金十両を献上したことを披露し、喜ばれた旨を伝えた連署状。

  2. 追録1-No.1086 島津光久吉書

    島津光久の寛文五年正月十一日付吉書について、御判があることを示し、原文は省略した編者記事。

  3. 追録1-No.1087 酒井忠清外三名幕府老中連署状

    幕府老中四名が島津光久へ、将軍の機嫌がよいことを伝え、当年の参勤時期について先の奉書を了承した旨と礼使の趣旨を上聞に達した旨を述べた連署状。

  4. 追録1-No.1088 久世広之書状

    久世広之が島津光久へ、旧冬に宝樹院殿の遠忌法事が首尾よく執行され、将軍が東叡山へ参詣して無事還御したことを聞き喜んだ旨を承知し、その趣旨を台聴に達したと伝えた書状。

  5. 追録1-No.1089 久木田内蔵衛門起請文前書

    久木田内蔵衛門らが、島津光久から受けた重い厚恩には現世で報い尽くせないため来世まで奉公したいと述べ、新納大蔵を通じて申し上げた趣旨に偽りがないことを誓った起請文前書。

  6. 追録1-No.1090 阿部忠秋書状

    阿部忠秋が島津光久へ、先月二日に大坂城天守が落雷で焼失したと聞き驚いたが、御殿・櫓などには別条がないことを承知した旨を伝えた書状。

  7. 追録1-No.1091 青山宗俊書状

    青山宗俊が島津光久へ、先月二日夜の天守落雷炎上について、御殿その他に別条がなく城中も静穏であるとの知らせを受け、承知した旨を伝えた書状。

  8. 追録1-No.1092 酒井忠清外三名幕府老中連署状

    幕府老中四名が島津光久へ、陽春の慶事と将軍の機嫌がよいこと、使者を通じて勇健を確認したこと、年始の礼式が例年どおり済み、樽肴の献上を披露したことを伝えた連署状。

  9. 追録1-No.1093 賀山久興外二名連署起請文前書

    賀山久興ら三名が、御家の兵術に関する他言や雑事への関与を慎み、親子兄弟の情に左右されず、私意を挟まず忠実に勤めることなどを天罰霊社に誓った連署起請文前書。

  10. 追録1-No.1094 島津光久書状

    島津光久が琉球国司へ、清国勅使の来着後に首尾よく即位が済んだことを祝い、賀使として大里按司を差し越し、別録どおりの祝物が届いたことを喜び、詳しくは使者が述べると伝えた書状。

  11. 追録1-No.1095 稲葉正則書状

    稲葉正則が島津光久へ、前年の歳暮祝儀として呉服を献上し将軍の内書を頂戴したこと、礼使が綿衣を拝領したことへの謝意を承知した旨を伝えた書状。

  12. 追録1-No.1096 土屋数直・久世広之連署状

    土屋数直・久世広之が島津綱久へ、翌二十八日に尾張中将へ暇が与えられるため、例月の御礼登城には及ばないと通知した連署状。

  13. 追録1-No.1097 島津外記誕生記事

    島津綱久の男子十九人のうち島津外記が、寛文五年三月二十八日に隅州桜島で家の女房を母として誕生したことを記す系譜記事。

  14. 追録1-No.1098 島津光久参勤記事

    島津光久が寛文五年三月二十九日に鹿府を発ち、薩州西津から出帆して大坂を経由し、五月二十一日に江戸の邸館へ着いた。家老鎌田蔵人正勝が随行し、例の上使を受けて登営、将軍へ太刀一腰・御馬一匹・時服十を献上した。その後、領国産の馬一匹を進献したと別に記す。

  15. 追録1-No.1099 酒井忠清外三名幕府老中連署状

    幕府老中四名が島津光久へ、将軍の機嫌がよく、使者を通じて勇健を確認したこと、氷砂糖一壺と肴一種の献上を披露したことを伝えた連署状。

  16. 追録1-No.1100 酒井忠清外三名幕府老中連署状

    久世広之・稲葉正則・阿部忠秋・酒井忠清が松平大隅守へ、東照宮遠忌法事に際し、使者をもって太刀一腰・馬代黄金十両を日光山へ献じ、首尾よく納めたことについて、入念の段を上聞したところ御喜色であったと伝える。

  17. 追録1-No.1101 徳川家綱御内書

    徳川家綱が島津光久へ、端午の祝儀として単物五点が到来したことを喜び、詳しくは酒井忠清が述べると伝えた御内書。

  18. 追録1-No.1102 阿部忠秋書状

    阿部忠秋が島津光久へ、先頃の松平式部大輔の死去について、言葉に尽くせないほど哀惜しているとの書状を拝見し、その心遣いを同僚と相談して将軍へ伝えると回答した書状。

  19. 追録1-No.1103 阿部忠秋書状

    阿部忠秋が松平大隅守へ、公方は機嫌よく、先月十七日の紅葉山御宮参詣を備州鞆津で承知して喜んだとの知らせを承知したと返答する。差し越した使者の入念の段は各々相談して上聞すると伝える。

  20. 追録1-No.1104 阿部忠秋書状

    阿部忠秋が松平大隅守へ、東照宮遠忌法事が日光山で首尾よく執行されたことを重く思う旨を承知したと返答する。そのため使者をもって御樽肴を献じた件を各々相談して披露し、一段の御仕合と伝える。

  21. 追録1-No.1105 阿部忠秋書状

    阿部忠秋が松平大隅守へ、公方の機嫌がよいことを伝え、先頃上使を介して同姓薩摩守が御鷹之梅首鷄を拝領したことを、勢州鈴鹿で知ってありがたく思うという知らせを承知したと返答する。礼使の入念の段は各々相談して上聞に達したと伝える。

  22. 追録1-No.1106 阿部忠秋奉書

    阿部忠秋が島津光久へ、翌二十七日に御目見があるので四時頃に登城し、参勤の礼を申し上げるよう指示した奉書。

  23. 追録1-No.1107 琉球諸島名書上

    光久公御譜中に琉球関係の島名を列挙した書上。大嶋・鬼界嶋・土久嶋・永良部嶋・与論嶋などから、本琉球と注記された沖縄、久米嶋・宮古嶋・八重山嶋まで続き、読みの傍訓や伊平屋等の注記を付す。土久嶋には徳之島、本ママの注がある。末尾に寛文五年閏五月廿三日と記す。

  24. 追録1-No.1108 島津綱久帰国記事

    寛文五年六月九日、島津綱久が上使稲葉正則から帰州の暇を賜り、恩賜の品物と御馬を拝領した。同月二十五日に江戸を発ち、家老島津中務久茂が随従して八月十日に鹿府へ入る。即日、相良式部左衛門頼貞を東都へ遣わして帰国の厚恩に謝し、例の幣物を献上する。

  25. 追録1-No.1109 稲葉正則書状

    稲葉正則が松平大隅守へ、琉球布・御肴・泡盛酒を献じた件を目録どおり披露し、一段の御仕合と返答する。

  26. 追録1-No.1110 酒井忠清外三名幕府老中連署状

    幕府老中四名が島津光久へ、御内書を渡すので翌日四時頃に家来一人を登城させるよう通知した連署状。

  27. 追録1-No.1111 島津綱久書状

    島津綱久が琉球国司へ、前年秋の曹源院死去に際して弔問の使者を遠路差し渡されたことへの謝意を伝えた書状。

  28. 追録1-No.1112 諸社禰宜神主法度

    幕府が諸社の禰宜・神主らに対し、神祇道の崇敬、社人の位階・装束、神領売買、外部者の居住、社殿修理、境内清掃、違反者の処罰などを定めた法度。

  29. 追録1-No.1113 阿部忠秋書状

    阿部忠秋が島津光久へ、用向きがあるので翌十三日四時頃に登城するよう通知した書状。

  30. 追録1-No.1114 島津久通外四名老中連署覚書

    島津久通ら五名が、切支丹宗門の禁制を領内へ徹底するため、宗門改帳、他国人・旅人・奉公人の身元確認、移転・死亡・失踪の届出、寺社・町村での監督、違反時の処罰などを定めた連署覚書。

  31. 追録1-No.1115 伊集院乗右衛門外四名連署覚書

    伊集院乗右衛門ら五名が、宗門改めに伴う証文・手札の改替、死亡者・旅人・奉公人の届出、焼失・紛失時の処理、居住移転、帳簿と人数の照合などの実務手順を定めた連署覚書。

  32. 追録1-No.1116 島津綱久書状

    島津綱久が琉球国司へ、年頭の祝儀として使者と目録どおりの祝物が届いたことを喜び、詳細は使者が述べるので省略すると伝えた書状。

  33. 追録1-No.1117 稲葉正則書状

    稲葉正則が松平大隅守へ、青毛の御馬を献じた件を披露し、一段の御仕合と伝える。

  34. 追録1-No.1118 島津久通書状

    島津久通が鎌田蔵人らへ、新田開発と水廻しの費用調査、金山の火災・採鉱と吹金、新川開削・移住者、百姓と奉公人、逃亡・死亡・欠勤者、御座所経費など複数の領内案件について、調査・帳簿・処置と報告を求めた書状。

  35. 追録1-No.1119 酒井忠清外三名幕府老中連署状

    幕府老中四名が島津光久へ、御内書を渡すので翌日四時頃に家来一人を登城させるよう通知した連署状。

  36. 追録1-No.1120 阿部忠秋書状

    阿部忠秋が島津光久へ、翌二十八日は参勤の面々の礼があるため、例月の御目見はなく、登城に及ばないと通知した書状。

  37. 追録1-No.1121 島津綱久書状

    島津綱久が琉球国司へ、前年に即位が首尾よく済んだことを祝し、大里按司を祝賀使として差し渡し、目録どおりの贈物が届いたことを喜ぶ旨を伝えた書状。

  38. 追録1-No.1122 島津久記誕生記事

    綱久公御譜中の同胞系図で、綱久と久記を横列に置き、男女二十人と注記する。久記は千代徳丸、寛文五年十一月三日生まれ、母は家の女房で、異本には濱田勘左衛門純昌女とある。元禄十四年十一月十四日、兄久明の例により四男へ進めたと記す。小字注には久記一流系で光久の十三男、母濱田とすること等を掲げる。

  39. 追録1-No.1123 島津久祐誕生記事

    綱久公譜中に、長千代丸(又次郎、字右衛門、織部、久祐)が寛文五年十一月八日に生まれ、のち家臣桂太郎兵衛久常の養嗣となったことを記す系譜記事。

  40. 追録1-No.1124 条書覚

    島津光久の譜中に、江戸詰役人の勤務、月例寄合、訴訟・内談、贈答や役儀、金山・新田・水利、百姓・奉公人、犯罪・処罰、忌服・寺社儀礼、帳簿・会計など多方面の藩政運営上の注意事項を列挙した条書覚。

  41. 追録1-No.1125 久世広之奉書

    久世広之が島津光久へ、同姓の薩摩守の参勤について将軍へ申し上げたところ、翌年四月上旬に国元を出発して参府するよう命じられたと伝えた奉書。

  42. 追録1-No.1126 稲葉正則書状

    稲葉正則が松平大隅守へ、桜島蜜柑二箱と御肴一種を献じた件を披露し、一段の御仕合と返答する。

  43. 追録1-No.1127 徳川家綱御内書

    徳川家綱が島津光久へ、歳暮の祝詞として小袖五領が到来したことを喜び、詳しくは酒井忠清が述べると伝えた御内書。

  44. 追録1-No.1128 大山六右衛門起請文前書

    大山六右衛門が、光久に格別の恩をもって召し仕われ、ありがたいこと、光久の意向を聞いて自分も後世の御供をしようと心に定めたことを三条に記す。ただし天下の法度を承知するため御前には申し上げず、安心してもらうよう三名へ申し入れてあるという。偽りなら神罰を受ける旨を続け、牛王神文は省略される。極月吉日、大山…

  45. 追録1-No.1129 桜田藩邸類焼記事

    寛文六年正月二十四日に尾張中納言義直の江戸屋敷から失火し、余焔が広範囲に及んで島津光久の桜田館も類焼したことを記す記事。

  46. 追録1-No.1130 板倉重矩覚書(火災被害書上)

    板倉重矩が薩摩守の宿所へ、正月二十四日朝の江戸火災について、延焼を免れた諸大名・旗本の屋敷と、焼失・半焼した屋敷を列挙して知らせた覚書。

  47. 追録1-No.1131 酒井忠清外三名幕府老中連署状

    幕府老中四名が島津光久へ、歳暮の御内書を渡すので翌日四時頃に家来一人を登城させるよう通知した連署状。

  48. 追録1-No.1132 新納久了書状

    新納又左衛門久了が島津三郎右衛門(志心傍注)・鎌田蔵人(正勝傍注)へ、十一月二十六日の貴札に返答し、犬追物を明年行うかとの相談を論じる。犬・馬上手は家格だけによらず見定めるべきとし、検見の作法、犬を物陰へ入れないこと、射手・馬の技能と借馬について述べる。江戸王子の犬追物に向け四五年間稽古し、晴の御犬…

  49. 追録1-No.1133 久世広之書状

    久世広之が松平大隅守へ、鯛一折を献じた件を披露し、一段の御仕合と伝える。

  50. 追録1-No.1134 阿部忠秋書状

    阿部忠秋が島津光久へ、翌朔日に知恩院御門跡と対面して登城するため、例月の御礼には及ばないと通知した書状。

  51. 追録1-No.1135 久世広之書状

    久世広之が松平大隅守へ、重食籠二組と御肴一種を献じた件を披露し、一段の御仕合と伝える。

  52. 追録1-No.1136 島津綱久参府記事

    島津綱久が寛文六年四月四日に国元を発ち、家老島津中務久茂を伴って五月十六日に江戸へ着き、のち将軍へ拝謁して先例どおりの品を献上したことを記す系譜記事。

  53. 追録1-No.1137 島津光久帰国記事

    光久が同年四月六日に上使久世大和守広之から帰国の暇を賜り、例の恩給を受けた。十八日に江府を辞し、大坂で出帆、長州赤間関・薩州の津を経て六月十日に鹿児島へ帰着した。家老島津三郎右衛門忠心が随行する。種子島左近久時を武江へ遣わし、羅紗と酒肴を献じて厚恩に謝し、久時は将軍に謁して時服一夾を頂戴したと記す。

  54. 追録1-No.1138 久世広之書状

    久世広之が松平大隅守へ、仙香色々と御肴一種を献じた件を披露し、一段の御仕合と伝える。

  55. 追録1-No.1139 徳川家綱御内書

    徳川家綱が島津光久へ、端午の祝儀として単物五点が到来したことを喜び、詳しくは酒井忠清が述べると伝えた御内書。

  56. 追録1-No.1140 土屋数直書状

    土屋数直が島津光久へ、将軍家綱が息災であること、伊勢内記が先月二十八日に首尾よく御目見えし謝礼使を差し越したこと、今月六日の大坂出船を承知したことを伝えた書状。

  57. 追録1-No.1141 島津久通外二名家老連署覚書(町人帯刀・喧嘩取締)

    町人の大小刀帯刀と喧嘩・口論の取締について、帯刀の禁止、違反者・双方の処罰、百姓や他領者を含む事件の調査と裁許の原則を定め、役人衆へ申し渡した家老連署覚書。

  58. 追録1-No.1142 稲葉正則書状

    稲葉正則が松平大隅守へ、炎気の折にも公方は機嫌よく過ごしているので安心するよう伝える。琉球布十巻・泡盛酒二壺・御肴一種を献じた件を披露し、一段の御仕合と返答する。

  59. 追録1-No.1143 久世広之書状

    久世広之が島津光久へ、将軍が息災であること、島津飛騨守の縁辺が願いどおり許可され、謝礼使を差し越したことを伝えた書状。

  60. 追録1-No.1144 稲葉正則外三名幕府老中連署状

    幕府老中四名が島津光久へ、先月十日に帰国して休息しているとの知らせを承知し、謝礼使の種子島左近が羅紗五間・樽肴を献上して将軍へ披露され、御前へ召し出されたことを伝えた連署状。

  61. 追録1-No.1145 土屋数直書状

    土屋数直が島津光久へ、端午の祝儀に帷子を献上したため御内書を拝領し、使者にも時服が下されたことへの礼意を承知し、老中らで相談して将軍へ言上すると伝えた書状。

  62. 追録1-No.1146 稲葉正則外三名幕府老中連署状

    板倉重矩・土屋数直・久世広之・稲葉正則が松平大隅守へ、八朔の祝儀として太刀一腰・馬代黄金十両を献じた件を披露し、一段の御仕合と伝える。

  63. 追録1-No.1147 北郷久加城代を勤む記事

    北郷久加が寛文六年八月十七日に命を受けて城代に任じられ、島津光久の袖判を据えた三通の条書を頂戴したことを記す譜中記事。条書本文は御譜中所収のため省略する。

  64. 追録1-No.1148 島津光久口上覚書

    島津光久が北郷久加へ、国元の留守居役を命じ、家老衆・諸士について遠慮なく言上すること、病身や家老中との相談の難しさがあっても他に任せる者がいないため請けるよう申し渡した口上覚書。

  65. 追録1-No.1149 島津光久袖判条書

    島津光久が家老衆・諸士へ、徒党を組んで国政を妨げる者、縁者への贔屓、賄賂や私的相談、留守中の怠慢、親類の非を隠す行為などを戒め、発見時には遠慮なく申し出るよう定めた袖判条書。

  66. 追録1-No.1150 紀千右衛門・時任慶右衛門連署起請文前書

    紀千右衛門と時任慶右衛門が、御家へ忠節を尽くすこと、家伝の兵術や御前で命じられた秘密を漏らさないこと、親子兄弟であっても不忠・野心を報告することなどを神文に誓った連署起請文前書。

  67. 追録1-No.1151 島津基明等系譜抄

    島津綱久の子女のうち、於鶴・千代鶴と、のち基明と改名した男子について、出生年月日、母、婚姻・養嗣、改名などを記した系譜抄。

  68. 追録1-No.1152 島津光久参籠記事

    島津光久が寛文六年八月の彼岸に湯之村の摩利支天へ参籠し、八月二十七日から九月四日まで八日間籠もったことを記す年代記記事。

  69. 追録1-No.1153 徳川家綱御内書

    徳川家綱が島津光久へ、重陽の佳節に小袖五領が到来したことを喜び、詳しくは酒井忠清が述べると伝えた御内書。

  70. 追録1-No.1154 板倉重矩書状

    板倉重矩が島津光久へ、将軍が息災であること、将軍の様子を伺うため差し越した使者の件と、国元の肴一種を献上して披露されたことを伝えた書状。

  71. 追録1-No.1155 島津綱久書状

    島津綱久が琉球国司へ、当年の嘉祥を祝い、使者と祝物を目録どおり贈られたことへの喜びを伝えた書状。

  72. 追録1-No.1156 稲葉正則外三名幕府老中連署状

    幕府老中四名が島津綱久へ、翌二十八日は光御門跡との対顔があるため例月の御礼はなく、登城に及ばないと通知した連署状。

  73. 追録1-No.1157 久世広之書状

    久世広之が松平大隅守へ、先頃、上使を介して息薩摩守が御鷹之雲雀を拝領した件をありがたく思う旨を承知したと返答する。その礼の使者の入念の段は、各々相談して上聞すると伝える。

  74. 追録1-No.1158 久世広之書状

    久世広之が松平大隅守へ、先頃差し越した使者が御前に召し出され、時服などを賜ったことをありがたく思う旨を承知したと返答する。入念の段は各々相談して上聞に達したと伝える。

  75. 追録1-No.1159 島津光久御鷹の鶴拝領記事

    光久公御譜中に、同年十一月朔日、奉書によって御鷹之鶴を恩賜し、駅路で薩摩へ伝送したと記す。使价をもって恩に謝し、肴一種を献上した。

  76. 追録1-No.1160 稲葉正則外三名幕府老中連署状

    幕府老中四名が島津光久へ、将軍が息災であることを知らせ、将軍の鷹狩による鶴を拝領させるため宿継ぎで差し越したと通知した連署状。

  77. 追録1-No.1161 稲葉正則書状

    稲葉正則が松平大隅守へ、公方の様子を尋ねる使者に答え、公方はますます勇健なので安心するよう伝える。御道服五と御肴一種を献じた件を各々相談して披露し、一段の御仕合と返答する。

  78. 追録1-No.1162 鎌田正勝覚書

    鎌田正勝が伊勢兵庫から聞いた内容として、島津綱久の翌年参勤の時期、参勤に伴う御座所・随行、女性奉公人や商人の扱い、伏見・大坂・京都での滞留や物資手配など、幕府との相談事項を記録した覚書。

  79. 追録1-No.1163 板倉重矩書状

    板倉重矩が松平大隅守へ、公方の機嫌がよい旨の祝意を承知したと返答する。国元の蜜柑二箱と御肴一種を献じた件を各々相談して披露し、一段の御仕合と伝える。

  80. 追録1-No.1164 稲葉正則外三名幕府老中連署状

    老中四名が松平大隅守へ、御鷹之鶴下賜への謝意を承知し、礼使と肴一種献上の趣旨を披露したところ、入念のことで喜色であると返答する。詳しくは使者が説明するという。

  81. 追録1-No.1165 稲葉正則外三名幕府老中連署状

    幕府老中四名が島津光久へ、翌年の参勤時期について相談を受け、先々年に命じたとおり三月下旬に国元を出発して参府するのがよいと通知した連署状。

  82. 追録1-No.1166 土屋数直書状

    土屋数直が島津光久へ、将軍が息災であること、寒中に将軍の様子を伺うため使者を差し越した件と、肴一種を献上して披露されたことを伝えた書状。

  83. 追録1-No.1167 板倉重矩書状

    板倉重矩が松平大隅守へ、先の重陽の祝儀に呉服を献じて御内書を頂戴し、使者にも時服を賜ったことを重く思う旨を承知したと返答する。この趣は各々相談して上聞すると伝える。

  84. 追録1-No.1168 土屋数直書状

    土屋数直が松平大隅守へ、公方の機嫌がよいことを喜ぶ旨を承知したと返答する。先頃上使を介して同姓薩摩守が御鷹之鴈を拝領したことへの謝意と礼使を受け、入念の段を相談して上聞に達したと伝える。

  85. 追録1-No.1169 徳川家綱御内書

    徳川家綱が島津光久へ、歳暮の嘉儀として小袖五領が到来したことを喜び、詳しくは酒井忠清が述べると伝えた御内書。

  86. 追録1-No.1170 島津光久仰書

    島津光久が、交替で又三郎(島津綱貴)に仕える者だけでは継続的な教導が難しいとして、北郷佐渡久加を側に付け、若年の綱貴の行跡を指南し、家の長久の基となるよう守り立てることを命じた仰書。

  87. 追録1-No.1171 島津光久仰書

    島津光久が、病後で留守居役を命じられた北郷久加に、江戸で又三郎(島津綱貴)の守役を務めるよう重ねて求めた仰書。綱貴の才発を認めつつ、当世の作法と合わない薩摩家中の古風な慣行を見分けて指南するよう命じる。

  88. 追録1-No.1172 北郷久加、綱貴ノ守役ヲ勤ム

    北郷佐渡久加譜中の記事。寛文七年正月三日、光久は幼年とする又三郎延久(十八歳との注)の後見・指南を久加へ命じた。病気隠居中の久加は再三固辞したが、命を辞しきれず五月十五日に平佐を発ち武陽へ赴任し、大嶺少兵衛安親・弟子丸権右衛門盛張らが随従した。七月五日に江府で光久の使者相良吉右衛門・桂杢之助を介して…

  89. 追録1-No.1173 島津綱貴叙任

    島津綱貴の譜中記事。曽祖父家久、祖父光久、父綱久の初叙任の例を挙げ、綱貴の叙任も島津家の旧式・家例に基づき、同日に位階関係の口宣・宣旨・位記を賜ったことを記す。

  90. 追録1-No.1174 島津綱貴叙従五位下口宣案

    朝廷が源綱貴(島津綱貴)を従五位下に叙する旨を伝えた口宣案。袖小路大納言を上卿とし、蔵人頭左中弁藤原光雄が奉じた。

  91. 追録1-No.1175 島津綱貴任修理大夫宣旨

    朝廷が従五位下源朝臣綱貴(島津綱貴)を修理大夫に任ずる旨を宣した宣旨。大外記兼掃部頭造酒正中原朝臣師定が奉じた。

  92. 追録1-No.1176 島津綱貴任修理大夫口宣案

    朝廷が源綱貴(島津綱貴)を修理大夫に任ずる旨を伝えた口宣案。袖小路大納言を上卿とし、蔵人頭左中弁藤原光雄が奉じた。

  93. 追録1-No.1177 島津綱貴叙従五位下位記

    朝廷が源朝臣綱貴(島津綱貴)を従五位下に叙した位記。叙位理由を記し、中務・式部・大外記など関係官人の官位・署名を列挙する。

  94. 追録1-No.1178 稲葉正則外三名幕府老中連署状

    幕府老中四名が島津光久へ、年頭祝儀として使者を通じて太刀一腰と馬代黄金十両を献上した書状を拝見し、将軍へ披露したところ入念であると喜ばれた旨を伝えた連署状。

  95. 追録1-No.1179 久世広之外二名幕府老中連署状

    幕府老中三名が島津光久へ、将軍が息災で年始の諸礼を無事に終えたことを知らせ、使者を通じた肴二種・樽一荷の献上を将軍へ披露し、入念であるとされた旨を伝えた連署状。

  96. 追録1-No.1180 久世広之書状

    久世広之が島津光久へ、将軍が息災であることを伝え、前年冬に伺いを立てた参勤時期について、三月中に国元を出発するよう命じられた件と、その礼使を差し越したことが上聞に達した旨を知らせた書状。

  97. 追録1-No.1181 牧野正秀書状

    牧野正秀が薩州家中へ、将軍が今朝疱瘡を発したものの容体は良好であり、詳報とその後の吉報を追って知らせると伝えた書状。

  98. 追録1-No.1182 土屋数直書状

    土屋数直が松平大隅守へ、先の歳暮の祝儀として御服を献じ、御内書を頂戴し、使者にも時服を賜ったことをありがたく思う旨を承知したと返答する。入念の段は各々相談して上聞に達したと伝える。

  99. 追録1-No.1183 土屋数直書状

    土屋数直が松平大隅守へ、公方の機嫌を尋ねる使者に答え、公方はますます勇健なので安心するよう伝える。御肴一種を献じた件を各々相談して披露し、一段の御仕合と返答する。

  100. 追録1-No.1184 光久参勤ス

    光久が寛文七年三月二十六日に首途し薩西津から開帆、五月十二日に大坂、二十六日に江戸へ着いた。家老島津図書久通・町田勘解由久昌と使役桂木工助忠保が供奉し、二十七日に板倉重矩が慰労した。その後登城し、太刀一腰・猩々皮十間・羅紗十間・御馬一匹を進献した。御馬には代白銀五百枚の傍注がある。明暦三年の江戸火災…