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追録1の目録

暫定版です。原文との照合により、概要や文書の区切り等を修正する場合があります。

全2,718件中 2301~2400件・24 / 28ページ

  1. 追録1-No.2280 土屋政直書状

    土屋政直が松平大隅守綱貴へ、将軍の機嫌がよく、先月八日に東叡山御堂へ参詣したことを綱貴が喜んだ旨を承知し、書状の趣旨を関係者で相談して上聞に達すると返答した書状。

  2. 追録1-No.2281 土屋政直書状

    土屋政直が松平大隅守へ、土用中に使者を通じて公方の機嫌を尋ねられたことへの返答として、安全であるから安心されたいと伝える。肴一種の献上について各人で相談して首尾よく披露したと述べる。

  3. 追録1-No.2282 戸田忠昌書状

    戸田忠昌が松平大隅守綱貴へ、将軍の健勝を喜び、又次郎惟久への家督相続と式部少輔久寿への分知を受けた謝礼使者の趣旨を関係者で相談して上聞に達すると返答した書状。

  4. 追録1-No.2283 戸田忠昌書状

    戸田忠昌が松平大隅守綱貴へ、残暑の中でも将軍が健勝で、日光山御宮の造営と正遷宮が滞りなく済んだことを綱貴が喜んだ旨を承知し、関係者で相談して上聞に達すると返答した書状。

  5. 追録1-No.2284 戸田忠昌書状

    戸田忠昌が松平大隅守綱貴へ、将軍の健勝を喜び、又次郎惟久の家督相続と式部少輔久寿への分知について御礼が済んだことを承知し、書状の趣旨を関係者で相談して上聞に達すると返答した書状。

  6. 追録1-No.2285 戸田忠昌書状

    戸田忠昌が松平大隅守綱貴へ、将軍の健勝を喜び、日光山御宝塔の正遷座が滞りなく済んだことを綱貴が喜んだ旨を承知し、関係者で相談して上聞に達すると返答した書状。

  7. 追録1-No.2286 大久保忠朝外三名幕府老中連署状

    土屋政直・戸田忠昌・阿部正武・大久保忠朝の四名が松平修理大夫吉貴へ、御用があるため翌七日四時に登城するよう通知した連署状。

  8. 追録1-No.2287 島津綱貴書状

    島津綱貴が幕府老中へ、同姓大隅守の参府に際して速やかに上使を派遣されたことを承知し、謝意を述べた書状。

  9. 追録1-No.2288 島津綱貴書状

    島津綱貴が幕府老中へ、先月十二日の将軍御能で同姓修理大夫吉貴に拝見を命じられたことへの謝意を述べ、肴一種を献上した書状。

  10. 追録1-No.2289 島津綱貴書状

    島津綱貴が阿部豊後守正武へ、端午の祝儀として帷子・単物を献上したところ、御内書を頂戴したことへの謝意を述べ、その旨の披露を求めた書状。

  11. 追録1-No.2290 島津綱貴書状

    島津綱貴が阿部豊後守正武へ、端午の御内書を頂戴した際、家来が時服三領を拝領したことへの謝意を述べた書状。

  12. 追録1-No.2291 島津綱貴書状

    島津綱貴が幕府老中へ、将軍の勇健を喜び、改めて機嫌を伺うため飛札を送り、肴一種を献上するので取り計らうよう求めた書状。

  13. 追録1-No.2292 島津綱貴書状

    島津綱貴が琉球国司へ、修理大夫吉貴が正月に疱瘡を軽く患ったものの早く快復して酒湯まで済ませたと知らせ、伊野波親方を通じて祝儀の目録品を贈られたことに謝意を述べた書状。

  14. 追録1-No.2293 島津綱貴書状

    島津綱貴が琉球国司へ、修理大夫吉貴の縁組が滞りなく命じられたことを知らせ、祝儀使者の安室親方と目録品を贈られたことに謝意を述べた書状。

  15. 追録1-No.2294 島津綱貴書状

    島津綱貴が琉球国司へ、自身の妹と鳥居播州との縁組が滞りなく決まったことを知らせ、祝儀使者の奥間親方と目録品を贈られたことに謝意を述べた書状。

  16. 追録1-No.2295 島津綱貴書状

    島津綱貴が琉球国司へ、改年の祝詞を述べる書状と恒例どおりの目録品を贈られたことに謝意を述べ、後日の再会を期した書状。

  17. 追録1-No.2296 島津綱貴書状

    綱貴が琉球国司へ、相手方の平穏を喜び、自身にも変わりないと知らせる。進貢使の帰帆に際して大清国王から拝領した織物一疋・香草・錦一疋を贈られた厚意に謝する。

  18. 追録1-No.2297 島津綱貴書状

    島津綱貴が琉球国司へ、前年に清国へ派遣された進貢使福地親雲上が北京で役目を果たして六月に帰帆し、清国が平穏であるとの報告を喜び、福地親雲上を通じた別録の贈物に謝意を述べた書状。

  19. 追録1-No.2298 島津綱貴書状

    島津綱貴が中城王子へ、修理大夫吉貴が正月に疱瘡を患ったものの早く快復して酒湯まで済ませたことを知らせ、祝儀の目録品を贈られたことに謝意を述べた書状。

  20. 追録1-No.2299 島津綱貴書状

    島津綱貴が中城王子へ、修理大夫吉貴の縁組が滞りなく命じられたことを知らせ、祝儀の目録品を贈られたことに謝意を述べた書状。

  21. 追録1-No.2300 島津綱貴書状

    島津綱貴が中城王子へ、自身の妹と鳥居播州との縁組が滞りなく決まったことを知らせ、祝儀の目録品を贈られたことに謝意を述べた書状。

  22. 追録1-No.2301 島津綱貴書状

    島津綱貴が中城王子へ、改暦の祝詞を述べる書状と恒例どおりの目録品を贈られたことに謝意を述べた書状。

  23. 追録1-No.2302 島津綱貴書状

    島津綱貴が幕府老中へ、将軍が勇健で、先月六日に牧野備後守邸へ赴き機嫌よく還御したと承知した喜びを飛札で申し上げた書状。

  24. 追録1-No.2303 島津綱貴書状

    島津綱貴が琉球国司へ、修理大夫吉貴が官位と御字を命じられ、御腰物を拝領したことを知らせ、その祝儀として使者大里按司・太刀一腰・馬代黄金十両を贈られたことに謝意を述べた書状。

  25. 追録1-No.2304 島津綱貴書状

    島津綱貴が中城王子へ、修理大夫吉貴が官位を命じられて御判物・御腰物を拝領したことを知らせ、祝詞と別録の品を贈られたことに謝意を述べた書状。

  26. 追録1-No.2305 島津綱貴書状

    綱貴が老中四名方へ、公方の勇健を喜び、寒中の機嫌を伺うため使者を差し上げると述べる。羽織五と肴一種を献上するので、しかるべく差図を願う。

  27. 追録1-No.2306 島津綱貴補任状

    島津綱貴が飯隈山陽慶坊に、聖護院門跡の許容書を得たことを前提として、薩摩・大隅・日向諸県郡の年行事職を認め、毎年大峯修行を怠らず島津家の祈念に励むよう命じた補任状。

  28. 追録1-No.2307 島津綱貴口上書

    綱貴の口上書に、領内の薩摩・大隅・日向の所々で猪・鹿・狼が田畑を荒らし、落し鉄砲でも荒らしが止まらないと記す。月番大久保加賀守へ申し上げ、鉄砲で打ち殺すよう申し渡すこと、打仕廻りの数寄等を証文で報告することを伝える。

  29. 追録1-No.2308 土屋政直書状

    土屋政直が松平薩摩守へ、書状を拝見し、寒中ますます堅固であることを喜ぶと述べる。桜島蜜柑と炙魚を目録どおり届けられた厚意に謝する。

  30. 追録1-No.2309 評定所達書

    評定所が新納近江へ、公儀が命じた木材使用制限の書付を写して示し、献上箱・塗箱・家具・籠・乗物などについて檜・杉の代替材や使用可否を細かく定め、翌年正月から遵守させ、琉球仮屋在番へ申し渡すよう命じた達書。

  31. 追録1-No.2310 島津綱貴参府・三原重儀琉球在番奉行再任記事

    島津綱貴が元禄四年二月十日に参府のため発国し、四月十八日に将軍徳川綱吉へ拝謁した経過と、同年春に三原次郎左衛門重儀を琉球在番奉行へ再任し、椎原彌右衛門らを副役として渡琉させたことを記す記事。

  32. 追録1-No.2311 島津綱貴参府・将軍拝謁記事

    玄蕃久治譜中に、元禄四年二月十日、太守綱貴が参覲のため鹿児島を発ち、久治が供奉して四月十日に江戸へ着き、十八日に登営して綱吉に拝謁し、太刀・馬・衣服等を献上したと記す。続いて元禄五年七月二十七日に城州伏見で死去、享年四十八と記す。

  33. 追録1-No.2312 喜入久亮随行・将軍拝謁記事

    喜入久亮の譜中に、元禄四年二月八日、島津綱貴が参府のため江戸へ赴く際に久亮が随行し、今回も将軍徳川綱吉へ拝謁したことを記す記事。

  34. 追録1-No.2313 島津綱貴書状

    島津綱貴が幕府老中へ、将軍が勇健で、去月十一日に聖堂へ参詣し機嫌よく還御したと承知した喜びを飛札で申し上げた書状。

  35. 追録1-No.2314 島津綱貴書状

    島津綱貴が林大学頭へ、将軍が勇健で、去月十一日に聖堂へ参詣し機嫌よく還御したと承知した喜びを述べ、よろしく申し入れるよう求めた書状。

  36. 追録1-No.2315 島津光久帰国記事

    徳川綱吉が島津綱貴を召して光久へ帰国の暇と羽織五領を与え、光久が閏八月二十一日に江戸を発ち十一月三日に鹿児島へ帰着した経過と、入来院志摩重堅を江戸へ遣わして謝礼品を献上し、時服・羽織を拝領したことを記す記事。

  37. 追録1-No.2316 島津綱貴書状

    島津綱貴が加藤平太郎へ、無事の到着を喜び、現地および京都町屋敷に置く家来の伊集院主水・平田藤之丞が御用を申し上げるので、両名へ適切な指図を与えるよう依頼した書状。

  38. 追録1-No.2317 島津綱貴書状

    島津綱貴が琉球国司へ、改年の祝儀として書状と恒例どおりの目録品を贈られたことに謝意を述べた書状。

  39. 追録1-No.2318 島津綱貴書状

    綱貴が琉球国司へ、先方の安泰を喜び、自身にも変わりないと知らせ、唐絵四枚と石の鉢二を贈られた厚意に謝する。

  40. 追録1-No.2319 島津綱貴書状

    島津綱貴が中城王子へ、改暦の慶事として書状と恒例どおりの目録品を贈られたことに謝意を述べた書状。

  41. 追録1-No.2320 島津吉貴書状

    侍従吉貴が琉球国司へ、今年の慶事に使翰と目録どおりの品々を贈られた厚情を喜び、謝意を述べる返書。

  42. 追録1-No.2321 琉球唐物抜荷取締達書

    琉球から清国へ渡す銀高と唐物取引をめぐり、京都問屋を介した売買、送手形、抜荷・密貿易の摘発、関係者の処置、返答期限などを定め、厳重な取締りと報告を命じた達書。

  43. 追録1-No.2322 新納久辰副状

    新納近江久辰が琉球側役人へ、唐物取引の抜荷や銀高をめぐる先の達書を受け、私的売買の禁止、送手形・帳簿による管理、違反者処罰、取締りの徹底と報告を改めて命じた副状。

  44. 追録1-No.2323 島津綱貴口上覚

    綱貴公御譜中の口上覚に、お亀(綱貴の女との傍注)を相手の養女として遣わし、高輪御前が養育してきた経緯を述べ、今後は御前の子として扱うことを申し渡す。相手には男女の実子も多いことに触れ、二番目の娘萬千代を虎徳(久儔との注)へ縁組させ、その件を使者で伝える。

  45. 追録1-No.2324 平田宗正・禰寝清雄連署申渡書

    平田宗正・禰寝清雄が新納近江へ、琉球唐物の持渡し・商売、抜荷防止、船頭・水手の名簿と送状、銀高、問屋・仮屋の印鑑、荷物の検査・差越しなどの統制を詳しく申し渡した連署申渡書。

  46. 追録1-No.2325 平田宗正・禰寝清雄連署達書

    平田宗正・禰寝清雄が新納近江へ、琉球側の諸役人や仮屋に扱わせる銀子の額を定め、唐物取引における私売・横流しを禁じ、帳簿・書付と取締りを徹底するよう命じた連署達書。

  47. 追録1-No.2326 三原重儀申渡書

    三原重儀が三司官へ、八重山・宮古へ遣わす船の足見を行わず、運賃船頭・水手の私荷を過分に積むこと、那覇で届けず近辺から乗り込み沈船もあることを問題とする。今後は先行船の足見と焼印で積足を示し、積み終えた際と那覇着岸時に足見を行い、焼印を超える分や過積の私荷を琉球方が取り上げるよう申し渡す。鎌田・後藤へ…

  48. 追録1-No.2327 島津光久書状

    光久が琉球国司へ、今年の祝儀として使翰と恒例どおりの目録品を贈られた厚情を喜び、謝意を述べる。詳しくは使者が説明すると結ぶ。

  49. 追録1-No.2328 島津光久書状

    光久が琉球国司へ、薩摩守(綱貴との傍注)の妹の縁辺が整った大慶事について、祝儀の使者と目録どおりの品々を贈られた厚意に謝する。

  50. 追録1-No.2329 島津光久書状

    島津光久が琉球国司へ、修理大夫吉貴の縁組願が望みどおり整ったことへの祝意と、使者・目録品を贈られたことに謝意を述べた書状。

  51. 追録1-No.2330 島津光久書状

    光久が琉球国司へ、修理大夫が疱瘡を軽く済ませた旨がそちらへ伝わり、祝詞として使者と目録どおりの品々を贈られたことを大いに喜ぶと述べる。

  52. 追録1-No.2331 島津光久書状

    光久が琉球国司へ、先年、大清へ礼聘のため渡海した使者が、彼地で首尾よく用事を済ませて帰帆した旨を書面で承知したと述べる。目録どおりの贈物を過分の厚意として謝する。

  53. 追録1-No.2332 島津光久書状

    島津光久が琉球国司へ、前年暮れに修理大夫吉貴の元服・官位等が滞りなく済んだことへの祝儀として、大里按司を使者に太刀・黄金の馬代と目録品を贈られたことに謝意を述べた書状。

  54. 追録1-No.2333 島津光久書状

    島津光久が中城王子へ、当年の賀儀として恒例どおりの目録品を贈られたことに謝意を述べた書状。

  55. 追録1-No.2334 島津光久書状

    光久が中城王子へ、修理大夫の旧臘の官位等が首尾よく整ったことを喜び、その祝儀として紙面と目録どおりの品を贈られた厚意に謝する。

  56. 追録1-No.2335 島津光久書状

    島津光久が中城王子へ、修理大夫吉貴の縁組が滞りなく済んだ大慶事について、紙面と目録品を贈られたことに謝意を述べた書状。

  57. 追録1-No.2336 島津光久書状

    島津光久が中城王子へ、修理大夫吉貴が疱瘡を軽く済ませて平癒したことへの祝儀として、目録品を贈られたことに謝意を述べた書状。

  58. 追録1-No.2337 島津光久書状

    島津光久が中城王子へ、薩摩守の妹の縁辺が整ったことを先方が聞き、祝儀として目録品を贈ったことに謝意を述べた書状。

  59. 追録1-No.2338 阿部正武書状

    阿部正武が松平大隅守へ、寒中の将軍機嫌を使者により伺った件について将軍が安泰であると伝え、献上された肴一種を相談のうえ無事披露したと返答した書状。

  60. 追録1-No.2339 島津吉貴書状

    島津吉貴が琉球国司へ、自身の縁組が滞りなく命じられたことを知らせ、祝儀として使者安室親方と目録品を贈られたことに謝意を述べた書状。

  61. 追録1-No.2340 島津吉貴書状

    島津吉貴が琉球国司へ、前年暮れの元服・任官と諸拝領を知らせ、その祝儀として大里按司を使者に太刀・馬などを贈られたことに謝意を述べた書状。

  62. 追録1-No.2341 島津吉貴書状

    島津吉貴が琉球国司へ、当年の嘉儀として使者と目録品を贈られたことに謝意を述べた書状。

  63. 追録1-No.2342 島津吉貴書状

    吉貴が琉球国司へ、先頃の御勝方の縁組が首尾よく整ったことを喜び、その祝儀として使者奥間親方と目録どおりの品々を贈られた厚意に謝する。

  64. 追録1-No.2343 島津吉貴書状

    島津吉貴が琉球国司へ、自身が疱瘡を軽く済ませ快気したことへの祝詞として、使者伊野波親方と目録品を贈られたことに謝意を述べた書状。

  65. 追録1-No.2344 島津吉貴書状

    吉貴が中城王子へ、先頃の御勝方の縁組が首尾よく整ったことを喜び、国司が差し越した使者と目録どおりの品々を贈られた厚意に謝する。

  66. 追録1-No.2345 島津吉貴書状

    島津吉貴が中城王子へ、自身が疱瘡を軽く済ませ快然となったことへの祝儀として目録品を贈られたことに謝意を述べた書状。

  67. 追録1-No.2346 島津吉貴書状

    島津吉貴が中城王子へ、当年の嘉儀として目録どおりの品を贈られたことに謝意を述べた書状。

  68. 追録1-No.2347 島津吉貴書状

    島津吉貴が中城王子へ、前年暮れの元服・任官と諸拝領が滞りなく済んだことへの祝儀として、目録品を贈られたことに謝意を述べた書状。

  69. 追録1-No.2348 島津吉貴書状

    島津吉貴が中城王子へ、自身の縁組が滞りなく命じられたことについて祝儀の目録品を贈られたことに謝意を述べた書状。

  70. 追録1-No.2349 島津綱貴伺書

    島津綱貴が大久保加賀守へ、同姓大隅守が四月に暇を得た後、病気のため閏八月に江戸を発ち十一月に鹿児島へ着いた経過を報告し、翌年の参勤時期と登城について指図を求めた伺書。

  71. 追録1-No.2350 島津綱貴書状

    島津綱貴が阿部豊後守へ、同姓大隅守の翌年の参勤時期を伺ったところ、八月中に参府せよとの指図を受けたことを確認し、以後も指図に従う旨を述べた書状。

  72. 追録1-No.2351 島津綱貴書状

    島津綱貴が中将へ、新年の嘉祥を祝い、当地・一門と自身が無事に越年したことを知らせ、年賀の使札と樽代千疋を進上した書状。

  73. 追録1-No.2352 島津綱貴書状

    綱貴が中将へ、修理大夫が旧臘二十九日に上使堀小四郎(利安との傍注)を通じて御鷹に関わる品を拝領したことをありがたく思い、その旨を報告する。

  74. 追録1-No.2353 元禄五年関狩記事

    雑抄に、元禄五年正月九日晴天の春山御関狩を記す。名代島津下野と家老・惣奉行・組頭らを列記し、二番の火付けと発砲・星合の不調、四番の合流、野火の中での猥な発砲、詮議と三番の持場に関する申渡しを述べる。

  75. 追録1-No.2354 島津久方系譜抄

    島津久方の子愛寿丸(又之進・図書)が元禄五年二月二十六日に武州芝邸で出生し、島津図書久洪の養嗣子となり、享保四年五月二十日に没したことを記す系譜抄。

  76. 追録1-No.2355 島津綱貴書状

    島津綱貴が藤堂伊豫守へ、関所手形を申請する際には家来の伊勢十兵衛・赤松甚右衛門・阿多六太夫の三人から事情を申し上げるので、しかるべく指図してほしいと依頼した書状。

  77. 追録1-No.2356 島津綱貴書状

    綱貴が堀田五郎左衛門方へ、関所手形を申請する際には家来の伊勢十兵衛・赤松甚右衛門・阿多六太夫の三人から届けるので、しかるべく差図を願うと述べる。

  78. 追録1-No.2357 島津綱貴書状

    島津綱貴が山岡傳五郎へ、領内の船が当地から帰帆する際は、家来阿多六太夫が伊勢十兵衛・赤松甚右衛門と同様に届け出るので、しかるべく指図してほしいと依頼した書状。

  79. 追録1-No.2358 島津綱貴書状

    島津綱貴が高林彌市郎へ、領内の船が当地から帰帆する際は、家来阿多六太夫が伊勢十兵衛・赤松甚右衛門と同様に届け出るので、しかるべく指図してほしいと依頼した書状。

  80. 追録1-No.2359 島津綱貴書状

    綱貴が彦坂壱岐守方へ、関所手形を申請する際は家来阿多六太夫が伊勢十兵衛・赤松甚右衛門と同様に届けるので、しかるべく差図を願うと述べる。

  81. 追録1-No.2360 島津綱貴書状

    綱貴が大久保玄蕃頭方へ、関所手形を申請する際は、家来阿多六太夫が伊勢十兵衛・赤松甚右衛門と同様に届けるので、しかるべく差図を願うと述べる。

  82. 追録1-No.2361 島津綱貴書状

    綱貴が内藤上野介方へ、関所手形を申請する際は家来阿多六太夫が伊勢十兵衛・赤松甚右衛門と同様に届けるので、しかるべく差図を願うと述べる。

  83. 追録1-No.2362 綱貴帰国の暇を賜る

    元禄五年四月二十一日、戸田山城守忠昌が上使として島津綱貴に帰国の暇を伝え、先例どおりの品を与えたこと、綱貴が登城して礼謝し御馬一匹を拝領したことを記す記事。

  84. 追録1-No.2363 島津綱貴書状

    島津綱貴が中将へ、二十一日に上使戸田山城守から国許への暇を命じられ、時服・白銀等を賜り、登城して礼を述べた際には御前で御馬を拝領したことを報告した書状。

  85. 追録1-No.2364 琉球王子尚益薩府に来る

    琉球国王尚貞の嫡孫である佐鋪王子尚益が薩府へ来朝し、綱貴が江戸在府中であったため、太刀・馬代黄金・香・織物・焼酎などを鹿児島城で献じて来薩の礼を述べたことを記す記事。

  86. 追録1-No.2365 光久参勤

    島津光久が元禄五年六月十三日に鹿児島を出発し、大坂・伏見を経て八月二十五日に江戸へ到着した参勤行程と、供奉した家老・用人、九月十四日に土屋忠朝が上使として台命を伝えたことを記す記事。

  87. 追録1-No.2366 綱貴帰国

    島津綱貴が元禄五年七月六日に江戸を発ち、伏見で参勤途上の光久に会い、大坂から船で八月二十六日に鹿児島へ帰着した行程、帰国拝領への謝礼使・献上、のちに佐鋪王子尚益が登城して綱貴に初謁したことを記す記事。

  88. 追録1-No.2367 島津光久書状

    島津光久が中城王子へ、当年の嘉儀として芳書と例年どおりの目録品を贈られたことに謝意を述べた返書。

  89. 追録1-No.2368 島津光久書状

    光久が中城王子へ、去夏に江府で病気となったが、ほどなく快気して大いに喜んだと述べる。その祝儀として目録どおりの品を贈られた厚意に謝する。

  90. 追録1-No.2369 進貢螺殻免除と代替錫に関する口上覚

    琉球から大清への進貢品の螺殻が免除された後、銅・硫黄だけでは軽少として代わりに錫三千斤を求められた件の口上覚。錫は琉球の土産ではなく日本で調達するため公儀の指図を仰ぐが、江戸への照会が当年進貢に間に合わない場合でも大清内での約束に相違が生じぬよう、当面先に錫千斤を渡すとの対応を述べる。以後の差渡しは…

  91. 追録1-No.2370 島津綱貴書状

    島津綱貴が中城王子へ、前年夏に江戸で中将が病気となったものの早く快復したことへの祝儀として、目録品を贈られたことに謝意を述べた返書。

  92. 追録1-No.2371 禰寝清雄・平田宗正連署条書

    禰寝八郎右衛門(清雄との注)・平田新左衛門(宗正との注)が新納近江へ、琉球の唐物買付け・渡唐船の取締りを条書で示し、北谷按司・稲嶺親方へ申し渡すよう命じる。帰唐船着津後の即時検査、大和払品の官屋留置、荷主証文、琉球人の管地遣用品の改奉行・三司官による検査と封印、規模帳の改正を定める。船頭・水手・中乗…

  93. 追録1-No.2372 島津忠守外五名連署条書

    六名の連署条書で琉球在番三原次郎左衛門へ、糸・巻物等の密売、在番・附衆家来の私商売、水手の抜刀、薪用木の不正などの取締りを命じる。狩りの催促に多数の人を集めて百姓の耕作を妨げないよう求め、猪・鹿が田畑を荒らすための狩りは別として、遊山の殺生を禁ずる。在番の職務遅滞と定額外買物も戒める。署名は平田新左…

  94. 追録1-No.2373 家老条書

    琉球の糸・巻物等の密売と在番・附衆家来の商売を戒め、渡海する横目に見聞を報告させること、在番の職務遅滞や権柄による不正を防ぐことを定める。狩りの催促で人を集めて百姓の耕作を妨げないよう求め、猪・鹿が田畑を荒らす場合の狩りは別として、遊興の殺生を禁止する。

  95. 追録1-No.2374 島津綱貴公帖

    島津綱貴が宗□西堂に、先例どおり正興寺の住持職を務めるよう命じた補任状。

  96. 追録1-No.2375 北郷久嘉使者として参府

    北郷久嘉が島津綱貴の命で翌年年頭の使者として江戸へ赴き、到着後に幕府老中らの屋敷を訪ねたことを記す記事。

  97. 追録1-No.2376 綱貴、北郷忠置を忠智の名代とし独礼を許す

    島津綱貴が、北郷家は大身で三州の他領境を守る家であることから、忠智の病中は忠置を名代として独礼を許し、忠置が家督を継いだ後にもこれを認めたことを記す記事。

  98. 追録1-No.2377 島津綱貴届書

    島津綱貴が高木伊勢守へ、領国内で鉄砲により猪・鹿・狼を撃った場合、害獣止めのため撃った頭数の証文を提出するよう命じられた件を了承した旨を届けた書状。

  99. 追録1-No.2378 島津光久書状

    光久が琉球国司へ、当年の嘉儀として使翰と佳例どおりの目録品を贈られた厚情を喜び、謝意を述べる。

  100. 追録1-No.2379 桂久澄系譜抄

    桂久澄が天和元年に横目頭へ任じられ、元禄五年に島津綱貴の命で島津虎安丸の家のことを総監した旨を記す系譜抄。