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追録1の目録

暫定版です。原文との照合により、概要や文書の区切り等を修正する場合があります。

全2,718件中 2101~2200件・22 / 28ページ

  1. 追録1-No.2080 綱貴家督ノ祝宴ヲ催ス

    光久の隠居後、島津綱貴が江戸に留まり、九月十一日に家督相続の祝宴を催して老中・家臣らを招き、饗応と贈物を行った経緯を記す記事。

  2. 追録1-No.2081 光久帰国ス

    島津光久が隠居後に帰国の暇と拝領品を受け、江戸を発って家臣らと帰国し鹿児島の下屋敷へ入ったのち、島津久寧を江戸へ遣わして帰国を礼謝し、献上を行った記事。

  3. 追録1-No.2082 島津光久達書

    島津光久が大山主馬・相良主税を使者として、光久の帰国に伴い中将光久は下屋敷へ、薩州綱貴は本丸へ移るため、発駕前にその旨を綱貴へ伝えるよう命じた達書。

  4. 追録1-No.2083 島津光久書状

    中将がちよつる・とよ松方へ、消息を披見し、自身の願いどおり隠居を命じられ、家督を薩摩へ仰せ付けられたことを喜ぶ。諸衆に示して念を入れたことに謝し、こちらの一門も心安くしていると伝える。追書では、隠居の上で首尾よく暇を得て今日当地を発ち、やがて無事に下った後に詳しく伝えると述べる。

  5. 追録1-No.2084 島津綱貴書状

    島津綱貴が三宝院御門跡へ、光久の願いどおり家督相続を命じられたことへの祝詞と太刀一腰・馬一疋の贈物を受け、謝意を伝えた書状。

  6. 追録1-No.2085 伊勢神領寄進状書改ニ付伺書

    領主代替わりに伴い、伊勢神領の過去の寄進状と銀子奉納の由緒を挙げて書付の改めを求める伊勢御次太夫の願いについて、家老らが国元との相談と返答方針を伺った書付。

  7. 追録1-No.2086 某覚書

    伊勢御次太夫から神領寄進状の書替え願いが出されたため、仁礼覚左衛門・諏方仲左衛門を介して事情を聞き、他家の代替わり時にも書付が改められたという先例を踏まえ、願いの処置を記した覚書。

  8. 追録1-No.2087 新納久辰申渡書

    新納久辰が琉球役人四名へ、浜島漂着の呉国船を長崎へ報告した件について覚書二通を渡し、報告内容との差を確認して今後の異国船漂着時には船・乗員を確実に保全し、適切に処置するよう申し渡した書。

  9. 追録1-No.2088 評定所達書

    評定所が新納近江へ、琉球浜島に漂着した呉国船について長崎へ提出した覚書写を三司官へ渡し、最初の琉球報告との差を確認させ、今後の漂着船対応を周知するよう命じた達書。

  10. 追録1-No.2089 新納久了申渡書

    新納久了が河野伊右衛門へ、異国船漂着時には船を陸へ繋ぎ、乗員の上陸・私取引を禁じ、船具・貨物を保全し、長崎へ報告して指示を待つことなどを、過去の漂着事例を挙げて詳しく申し渡した書。

  11. 追録1-No.2090 平田宗正・島津忠守連署証状

    平田宗正・島津忠守が山田有英へ、先祖が出水郷下大河内鹿倉で郷士衆の騒動を鎮めた功により義久から与えられた由緒を認め、改めて恩賞を与える旨を証した連署証状。

  12. 追録1-No.2091 市来次左衛門覚書

    市来次左衛門が、紀州浦へ漂着した呉国船が警固付きで長崎へ送られた経緯、乗員数・死者、船具・武器・衣類などの品目、船主らの処置を記した覚書。

  13. 追録1-No.2092 市来次左衛門覚書

    市来次左衛門が、紀州から長崎へ送られた呉国船の乗員を召し出して漂着事情を聞き、病死者・生存者、船の図、航路や処置について長崎奉行側と確認した経緯を記す覚書。

  14. 追録1-No.2093 異国船警固衆書上

    紀州から送られた呉国船を警固した大船頭・与力・役人・医師・船頭・水主・下役人らの氏名と人数、船数を列挙した書上。

  15. 追録1-No.2094 島津久皎誕生、記事

    綱久公御譜中の系譜図に、綱久の弟久皎を掲げる。久皎は貞享四年十一月十四日に誕生、母は家の女房で、種之助・又之丞・左門と称する。元禄十四年十一月二十八日に高橋七郎右衛門種周の孫女を娶って養子となり、高橋左門種意と称した。事情により彼家と違縁し、少将吉貴の命で母方の税所氏を名乗る。

  16. 追録1-No.2095 新納久了達書

    新納久了が河野為右衛門へ、紀州漂着の呉国船が長崎へ送られた件の書付と船図を保管し、琉球側にも周知して今後の漂着船対応に役立てるよう命じた達書。

  17. 追録1-No.2096 阿部正武書状

    阿部豊後守正武が松平大隅守へ、公方の機嫌を伝え、土屋相模守(政直との傍注)が連判の列に加えられた件への書状を承知したと返答する。書面の趣は各人で相談して上聴に及んだと述べる。

  18. 追録1-No.2097 阿部正武書状

    阿部正武が松平大隅守へ、寒中に使者を立て将軍の機嫌を伺い、肴一種を献上したことについて、将軍が健勝で献上品も首尾よく披露したと答えた書状。

  19. 追録1-No.2098 綱貴左近衛権少将ニ転任ス

    貞享四年十二月二十五日、島津綱貴が登営し、従二位のまま左近衛権少将へ転任したことを記す記事。

  20. 追録1-No.2099 島津綱貴任左近衛権少将宣旨

    従二位侍従の島津綱貴を左近衛権少将に任ずる旨を、藤原光雄が宣し、中原師庸が奉じた宣旨。

  21. 追録1-No.2100 島津綱貴任左近衛権少将口宣案

    貞享四年十二月二十五日の口宣案。上卿烏丸大納言(藤原光雄との注)の宣により、侍従源朝臣綱貴を左近衛権少将へ任じる旨を、蔵人頭左近衛権中将藤原基勝が奉じる。烏丸は人名である。

  22. 追録1-No.2101 徳川綱吉御内書

    徳川綱吉が島津綱貴へ、歳暮の祝儀として小袖五重が到来したことを喜び、委細は戸田山城守忠昌から述べさせると伝えた御内書。

  23. 追録1-No.2102 大久保忠朝外三名連署状

    土屋政直・戸田忠昌・阿部正武・大久保忠朝が松平大隅守へ、年頭祝儀の使者が太刀一腰と馬代黄金十両を献上し、首尾よく披露されたと連署して通知した。

  24. 追録1-No.2103 島津綱貴書状

    島津綱貴が進藤筑後守へ、前年十二月二十五日に左近衛権少将を拝命した謝意を述べ、口宣等の件で使者と目録記載の品を差し上げたので近衛家熙へ披露するよう依頼した書状。

  25. 追録1-No.2104 島津綱貴書状

    島津綱貴が進藤修理亮へ、前年十二月二十五日に左近衛権少将を拝命した謝意を述べ、口宣等の件で使者と目録記載の品を差し上げたので近衛家熙へ披露するよう依頼した書状。

  26. 追録1-No.2105 土屋政直書状

    土屋政直が松平大隅守へ、将軍の健勝を喜ぶ旨を了承し、参府時期について同族の薩摩守から伺いがあり、その回答をありがたく承ったとの意向を受け、使者を差し越して同僚と相談し上聞に達したと伝えた書状。

  27. 追録1-No.2106 島津久記系譜抄

    島津光久が久記に三千石余の地と家財等を与えて立野に宅を構えさせ、のち組頭職に補し、薩摩国田布施の地頭職を与えたことを記す系譜抄。

  28. 追録1-No.2107 大久保忠朝書状

    大久保忠朝が松平大隅守へ、将軍の健勝と正月八日の東叡山御堂参詣を聞いて喜ぶ旨を了承し、書面の内容を同僚と相談して上聞に達したと伝えた書状。

  29. 追録1-No.2108 光久、綱貴ノ転任ヲ謝ス

    前年十二月二十五日に島津綱貴が将軍の命で左近衛権少将へ転任したため、貞享五年三月、光久が喜入久金を江戸城へ遣わして謝意を表し、縮緬二十巻・干鯛一箱・昆布一匣・御樽一荷を献上した記事。

  30. 追録1-No.2109 大久保忠朝書状

    大久保忠朝が松平大隅守へ、将軍の健勝と正月二十日の東叡山御堂参詣を聞いて喜ぶ旨を了承し、書面の内容を同僚と相談して上聞に達したと伝えた書状。

  31. 追録1-No.2110 大久保忠朝書状

    大久保忠朝が松平大隅守へ、将軍の健勝と正月二十四日の増上寺御仏殿参詣を聞いて喜ぶ旨を了承し、書面の内容を同僚と相談して上聞に達したと伝えた書状。

  32. 追録1-No.2111 島津久竹外四名家老連署条書

    島津久竹ら家老五名が琉球在番に赴く三原重儀へ、公儀流人・異国船・唐人や琉球人の往来、船舶・貨物・商売・借物、奉行以下の人員統制、禁制違反や緊急事態の報告など、在番中に守るべき事項を条書で命じた。

  33. 追録1-No.2112 島津久竹外四名家老連署達書

    家老連署の覚に、公儀流人とその一類との通路を禁じ、やむを得ない事情があれば伺うという江戸老中の命令を、預かる流人にも堅く伝えるよう記す。難渋があれば申し出、本人や当国の同類その他から密かな書状の取替えなど不審があれば早速披露し、緩慢なら預主の越度とする。種子島蔵人および金武按司・三司官への伝達として…

  34. 追録1-No.2113 島津忠直誕生、記事

    忠将一流系図に、忠直は虎安丸・又四郎・玄蕃と称し、元禄元年四月五日に武州芝邸で誕生、母は江田五兵衛国重入道道用の女、綱貴の三男と記す。同五年十月十六日に無後嗣の久治の養子となったという記載に、実は島津玄蕃久憲の養子であるとの訂注がある。正徳元年六月二十五日卒、法名静海即福とする。

  35. 追録1-No.2114 綱貴帰国ノ暇ヲ賜ハル

    綱貴公御譜中に、貞享五年四月二十八日、阿部正武を上使として祖父光久の例により時服百・白銀千枚を賜り、翌二十九日の登営謝礼時に綱吉から御馬一匹を賜ったと記す。六月六日に江戸を発ち、八月六日に鹿府へ入る家督後初帰国の行程が続く。礼使島津助太夫久文は江戸で練芭蕉百端・干鯛一箱・するめ(原鰑)一箱・昆布一箱…

  36. 追録1-No.2115 北郷資茂、虎安丸誕生奉賀使トナル

    北郷資茂が貞享五年五月、島津忠智の命で綱貴の三男虎安丸誕生を祝う使者として江戸へ向かい、六月十六日に駿州江尻で綱貴へ拝謁し、白銀一枚を賜ったことを記す記事。

  37. 追録1-No.2116 島津綱貴書状

    島津綱貴が勝仙院大僧正へ、相手の無事を喜び、自身も変わりないと述べ、贈られた匂袋一箱への謝意を伝えた書状。

  38. 追録1-No.2117 三原重儀琉球在番トナル

    貞享五年夏に三原重儀が琉球在番奉行となったことに続き、同年六月六日に綱貴が江戸を発って京都・大坂を経て七月に船で帰国し、八月六日に鹿児島へ着いた行程と、島津久文を江戸へ遣わして帰国許可を謝し献上品を届けた経緯を記す記事。

  39. 追録1-No.2118 土屋政直書状

    土屋政直が松平大隅守へ、将軍が健勝で、四月二十一日に牧野備後守成貞の屋敷へ御成りになったことを聞いて喜ぶ旨を了承し、書面の内容を同僚と相談して上聞に達したと伝えた書状。

  40. 追録1-No.2119 土屋政直書状

    土屋相模守政直が松平大隅守へ、公方の機嫌を伝え、同氏薩摩守が家督後初めて国元への暇を賜ったことへの謝意を承知したと返答する。使者を通じた肴一種の献上を各人で相談して首尾よく披露したと述べる。原貞享五年六月二十七日を保持し、編者が元禄元年八月六日の家督後初下国を別譜から掲げる注との時期異同は解消しない…

  41. 追録1-No.2120 土屋政直書状

    土屋政直が松平大隅守へ、使者を通じて将軍の機嫌を伺った件について将軍が健勝であるため安心するよう伝え、献上品の趣旨を同僚と相談して上聞に達したと知らせた書状。

  42. 追録1-No.2121 大久保忠朝書状

    大久保忠朝が松平大隅守へ、将軍が五月二十五日に牧野備後守成貞の屋敷へ御成りになり、姫君も入られたと聞いて喜ぶ旨を了承し、書面を同僚と相談して上聞に達したと伝えた書状。

  43. 追録1-No.2122 綱貴家伝ノ重物ヲ譲受ク

    貞享五年八月十二日、島津光久が城代佐多豊前久達を介して綱貴へ、系図・文書・記録、源氏重代の膝丸をはじめとする太刀・脇指、愛染明王像その他の家伝重物を譲り渡し、別録の譲状・目録を添えたことを記す記事。

  44. 追録1-No.2123 島津光久譲状

    島津光久が島津綱貴へ、家督を初めて入国した際に先祖代々相伝してきた家伝品を別録の表のとおり譲り、子孫まで堅固に所持するよう定めた譲状。

  45. 追録1-No.2124 島津家調度文書目録

    島津家の重物として、系図・文書・同巻物・御判物・記録の冊数、膝丸などの太刀・脇指、愛染明王像、忠久所用の鎧、諸流の刀剣・武具を列挙し、子孫へ相伝して秘蔵すべきことを記した目録。

  46. 追録1-No.2125 道具目録

    綱貴へ譲る道具の目録。琴・尺八・衛府太刀・鞍・旗と、作者を付す刀剣・腰物・鎧などを列挙する。鞍には梨子地蝶の高蒔絵・紫大綱・虎皮泥障有との付記があり、別の鞍には紋猿金具、轡には正宗作之由という注がある。

  47. 追録1-No.2126 徳川綱吉御内書

    徳川綱吉が島津綱貴へ、重陽の祝儀として小袖五つが到来したことを喜び、委細は阿部豊後守正武から述べさせると伝えた御内書。

  48. 追録1-No.2127 島津光久書状

    島津光久が琉球国司へ、今年の嘉儀を祝う使簡と恒例に準じた目録表の贈物が届いたことを喜び、詳しくは使者に述べさせると答えた書状。

  49. 追録1-No.2128 島津光久書状

    島津光久が琉球国司へ、虎徳丸誕生を祝う使者と目録記載の贈物が届いたことを喜び、詳しくは使者に述べさせると答えた書状。

  50. 追録1-No.2129 島津光久書状

    島津光久が琉球国司へ、虎徳丸誕生を祝う使者と目録記載の贈物が届いたことを喜び、詳しくは使者に述べさせると答えた書状。

  51. 追録1-No.2130 島津光久書状

    中将光久が琉球国司へ、旧臘(前年十二月)の太守少将転任を自分たちも喜んでおり、祝儀として越来按司が渡海して特別録どおりの贈物を贈られた厚意に謝すると述べる。

  52. 追録1-No.2131 島津光久書状

    島津光久が琉球国司へ、薩摩守綱貴の家督相続を祝い金武按司を渡海させ、別録記載の祝詞・贈物を届けられたことを喜び、詳しくは使者に述べさせると答えた書状。

  53. 追録1-No.2132 島津光久書状

    中将光久が琉球国司へ、去夏に隠居の願いがかなって悠々と休息でき、本懐に過ぎると述べる。その祝儀に国頭按司が渡海し、格別の品々が到来したことを喜び、詳しくは使者の口上に委ねる。

  54. 追録1-No.2133 島津光久書状

    島津光久が中城王子へ、年頭の慶事を祝う書状と嘉例による目録記載の二種の贈物を受け取ったことを喜び、後日の慶事にも言及した返書。

  55. 追録1-No.2134 島津光久書状

    島津光久が中城王子へ、虎徳丸誕生への祝詞と別録記載の贈物を受け取ったことを喜び、後日の慶事にも言及した返書。

  56. 追録1-No.2135 光久参勤ス

    貞享五年九月十八日に島津光久が鹿児島を発して船で京泊から大坂へ向かい、十一月二十五日に江戸へ到着し、家老喜入久亮・用人喜入久甫・中神頼安が供奉したことを記す参勤記事。

  57. 追録1-No.2136 伊達綱村書状

    伊達綱村が松平薩摩守綱貴へ、将軍の健勝をともに喜び、帰国の暇を首尾よく賜って国元へ無事到着したことへの祝意を述べた書状。

  58. 追録1-No.2137 元禄改元

    貞享五年十月六日に元号が元禄へ改められたことを記す改元記事。

  59. 追録1-No.2138 家老衆達書

    島津家老衆が、琉球側へ渡した銀高七百六十貫目について、毎年の返済分や前年までの納入額、河野為右衛門が書き出した額を示し、残額を今後も所定どおり返済するよう命じた達書。

  60. 追録1-No.2139 島津久竹外五名家老連署条書

    家老連署で新納近江へ、琉球から清国へ渡す金銀高と京都問屋の封印・売買、在番奉行と三司官の検査、帰帆船の荷物と船頭・水手の内証売買を統制する。当地假屋用物を唐で調える代銀も定額内とし、新作書および切支丹書を漢字に直して持ち渡ることを禁じる。毛織は前の申渡しどおり私用以外の商買・買渡しを禁ずる。

  61. 追録1-No.2140 島津久竹外五名家老連署条書

    島津久竹ら家老六名が三司官へ、琉球から清国へ渡す金銀・商品を公儀の指示に従って減らし、京都問屋・長崎商人・在番奉行による買物、封印、帳簿、抜荷等を厳格に管理するよう命じた連署条書。

  62. 追録1-No.2141 島津久竹外五名家老連署条書

    家老六名が新納近江へ、対清交易の金銀・買入品について京都問屋の封印と在番奉行・三司官の検査を定め、船頭・水手の内証売買と直接注文を禁じ、三司官へ申し渡すよう命じる。假屋用物の代銀も定額内とする。書籍は古来のものを認め新作書を禁じ、切支丹書を漢字に直して持ち渡ることを禁ずる。毛織は前の申渡しどおり私用…

  63. 追録1-No.2142 島津吉貴書状

    島津吉貴が琉球国司へ、中将光久の隠居が前年冬に実現したことへの祝意と、国頭按司を通じて贈られた別紙記載の品々に謝意を述べた書状。

  64. 追録1-No.2143 島津吉貴書状

    島津吉貴が琉球国司へ、中将光久の隠居と少将綱貴の家督相続を喜び、祝儀として金武按司を通じて贈られた目録記載の品々に謝意を述べた書状。

  65. 追録1-No.2144 島津吉貴書状

    島津吉貴が琉球国司へ、当年の賀事に際して使札と目録記載の贈物を届けられたことを喜び、後日の便りを期すと答えた書状。

  66. 追録1-No.2145 島津吉貴書状

    島津吉貴が琉球国司へ、虎徳の出生を喜び、その祝儀として使者と目録記載の贈物を届けられたことに謝意を述べた書状。

  67. 追録1-No.2146 島津吉貴書状

    島津吉貴が琉球国司へ、前年末に少将綱貴の任官が無事整ったことを喜び、祝意を示して越来按司を通じて贈られた目録記載の品々に謝意を述べた書状。

  68. 追録1-No.2147 島津吉貴書状

    島津吉貴が中城王子へ、少将綱貴の任官が無事整ったことを喜び、琉球国司の使者に託された祝意と目録記載の贈物に謝意を述べた返書。

  69. 追録1-No.2148 島津久竹外五名家老連署条書

    島津久竹ら家老六名が琉球在番三原次郎左衛門へ、対清交易の金銀・商品を減らし、京都・長崎経由の買物、在番奉行・三司官の検査、唐船の船頭・水手による私的売買、現地からの注文品等を統制するよう命じた連署条書。

  70. 追録1-No.2149 元禄改元

    貞享五年九月晦日に元号が元禄へ改められ、その知らせが同年十月に薩摩府へ到達したため、以後を元禄元年としたことを記す改元記事。

  71. 追録1-No.2150 島津綱貴書状

    島津綱貴が琉球国司へ、改元の祝詞と恒例に従う目録記載の贈物を受け取ったことを喜び、後日の便りを期すと答えた書状。

  72. 追録1-No.2151 島津綱貴書状

    島津綱貴が琉球国司へ、中将光久の隠居願が許されたことへの祝意と、国頭按司を通じて届けられた別録記載の品々に謝意を述べた書状。

  73. 追録1-No.2152 島津綱貴書状

    島津綱貴が琉球国司へ、中将光久の隠居と自らの家督相続が無事に命じられたことを喜び、その祝詞と金武按司を通じた目録記載の贈物に謝意を述べた書状。

  74. 追録1-No.2153 島津綱貴書状

    島津綱貴が琉球国司へ、相手方が平穏であることを喜び、自身にも変わりがないと知らせ、青貝の料紙箱一通と硯箱を贈られた厚意に謝意を述べた書状。

  75. 追録1-No.2154 島津綱貴書状

    島津綱貴が琉球国司へ、前年末の自らの任官を祝って越来按司を使者とし、別格の品々を贈られた厚意に謝意を述べた書状。

  76. 追録1-No.2155 島津綱貴書状

    島津綱貴が琉球国司へ、虎徳誕生の祝儀として使者と目録記載の贈物を届けられたことを喜び、祝意と厚意に謝した書状。

  77. 追録1-No.2156 島津綱貴書状

    綱貴が中城王子へ、去夏、中将光久が願いどおり隠居し、自らの家督相続も首尾よく命じられたことを大いに喜ぶと述べる。その嘉儀に目録どおりの贈物を受けた厚意に謝し、後喜を期す。

  78. 追録1-No.2157 島津綱貴書状

    島津綱貴が中城王子へ、前年末に自らの任官が無事に命じられたことを喜び、その嘉詞と別録記載の贈物を受けた厚意に謝した返書。

  79. 追録1-No.2158 島津綱貴書状

    島津綱貴が中城王子へ、虎徳誕生への祝詞と目録記載の贈物を受け取ったことを喜び、その厚意に謝した返書。

  80. 追録1-No.2159 島津綱貴書状

    島津綱貴が中城王子へ、改元の嘉儀と恒例に従う別録記載の贈物を受け取ったことを喜び、後日の便りを期すと答えた返書。

  81. 追録1-No.2160 島津綱貴書状

    島津綱貴が中城王子へ、中将光久の隠居願が無事に許されたことを喜び、その祝儀として目録記載の贈物を受けた厚意に謝した返書。

  82. 追録1-No.2161 新納久了申渡書

    新納久了が三司官へ、琉球方での唐買物銀について、公儀へ申し出た額を超えず、在番奉行が用途・品物・銀高を確認し、仮屋方の取扱いと帳簿を厳格にするよう申し渡した文書。

  83. 追録1-No.2162 新納久了申渡書

    新納久了が河野伊右衛門へ、破損した異国船の檣木など再利用できる材を取り集め、数量・寸法を確認して長崎へ送り、残材も適切に管理・移送するよう命じた申渡書。

  84. 追録1-No.2163 島津久竹外五名家老連署申渡書

    島津久竹ら家老六名が三司官・島津図書へ、南京船など外国船の漂着・破損時に、修船資材、積荷・船材、乗組員、長崎移送、私的売買、抜荷、宿泊、食料・薪水等を厳格に管理するよう命じた連署申渡書。

  85. 追録1-No.2164 島津綱貴書状

    島津綱貴が土屋政直の家臣へ、藤堂伊予守邸で示された捨子禁制の書付を承知し、自領内で厳重に申し付けると回答した書状。

  86. 追録1-No.2165 島津綱貴書状

    綱貴が藤堂伊予守方へ、去月十六日に伊予守邸へ家来を召し寄せ、捨子禁制を書付で伝えられた趣旨を承知したと述べる。その件で土屋相模守へ書状を送る旨を伝える。

  87. 追録1-No.2166 島津綱貴書状

    島津綱貴が大久保忠朝へ、重陽祝儀として小袖を献上したところ御内書を賜ったことに謝し、その旨を適切に披露するよう依頼した書状。

  88. 追録1-No.2167 島津綱貴書状

    島津綱貴が大久保忠朝の家臣へ、重陽の御内書を頂戴し、家臣が時服二領を拝領したことへの礼を述べ、その旨を取り次ぐよう依頼した書状。

  89. 追録1-No.2168 島津綱貴書状

    島津綱貴が老中四名へ、改年を祝し、年始の規式として使者を差し上げ、肴二種と樽一荷を献じて将軍の機嫌を伺いたいと申し入れた書状。

  90. 追録1-No.2169 島津綱貴書状

    島津綱貴が老中四名へ、将軍健勝を喜び、自らの参勤時期を伺ったところ当年四月中に参府せよとの奉書を受け、そのとおり出府すると回答した書状。

  91. 追録1-No.2170 島津綱貴書状

    綱貴が老中四名方へ、公方の機嫌がよいことを喜び、旧臘十九日に同姓大隅守(光久との傍注)へ上使をもって懇ろな仰せがあった旨を承知し、ありがたく思うと述べる。その礼として肴一種を献上し、取次を依頼する。

  92. 追録1-No.2171 島津久竹外六名家老連署条書

    島津久竹ら家老七名が村尾源左衛門へ、琉球在番に際し、唐人・異国書物や禁制品の取扱い、船舶の入出港、付衆の私的行為、国司への申請、町人・家来との交際や物品貸借などを厳格に管理するよう条目で命じた連署条書。

  93. 追録1-No.2172 島津綱貴書状

    島津綱貴が老中四名へ、将軍が健勝で、先月八日に東叡山の御堂へ参詣して無事に還御した旨を承知し、その喜びと礼を伝えた書状。

  94. 追録1-No.2173 島津綱貴書状

    綱貴が老中四名方へ、公方の勇健を喜び、去月十二日に山王へ御成となり、すぐに牧野備後守邸へ渡御し、機嫌よく還御した旨を承知したと述べる。その喜びを伝える書状である。

  95. 追録1-No.2174 島津綱貴書状

    島津綱貴が牧野成貞の家臣へ、将軍が山王から牧野邸へ渡御し、機嫌よく還御したことを喜び、その旨を主人へ取り次ぐよう求めた書状。

  96. 追録1-No.2175 綱貴参府ス

    元禄二年三月三日、島津綱貴が家督相続後初めて参勤のため国を発ち、一族・家老・番頭・用人らを伴って細島、大坂、伏見を経由し、四月十八日に参府、翌十九日に上使大久保忠朝の慰労を受けた記事。

  97. 追録1-No.2176 島津忠守、綱貴ノ参府ニ従ヒ登城

    家老島津忠守が島津綱貴の参勤に供奉して江戸へ赴き、江戸城で将軍に拝謁し、太刀・馬・時服三領を献上した記事。

  98. 追録1-No.2177 林光院ニ義弘ノ肖像ヲ存ス

    関ヶ原退却時に島津義弘を厚遇した大坂町人今井道与との交誼、義弘が自らの肖像を作らせて道与へ贈った経緯、その遺像が子孫を経て林光院に安置されたことを家老らが記した記事。

  99. 追録1-No.2178 島津久竹外二名連署佛餉料寄進状

    島津久竹ら家老三名が林光院へ、島津義弘の肖像が今井道与の子孫から伝来して同院に安置されたことを綱貴が承知したため、佛餉料として毎年銀子十枚を遣わす旨を通知した連署寄進状。

  100. 追録1-No.2179 親類書案紙

    幕府へ提出する親類書の案紙で、本人の高・屋敷・家督・年齢を記し、祖父母、父母、妻子、孫、兄弟姉妹、叔伯父母、甥姪らの氏名・続柄・居所・年齢・縁組等を所定の順序で申告する書式を示す文書。